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11月 23 2011

鳥の不思議①

二~三日前に茨城、広島で連続して震度五の地震が起きました。立川のオバちゃんがくだらないメールを意地で送ってきていますので、それも仕方がない話です。(内心ビクビクのくせに〔笑〕)

そればかりではありません。今度は私にコソコソ逃げ回ってないで(言ってる意味がよく分かりませんが?)議論しましょうと言ってきました。面白い冗談ですね(笑)私とあなたが議論したなら、私の弱い者いじめとしか皆さん取らないでしょう、それでは私が損をするだけです。

では、そんなオバちゃんに言っておきますが、そんな口だけで勝負してどうするのですか、私たちは法を学んでいるのですよ。勝負するなら祈りで勝負しましょうよ、祈りで。

私はタイの洪水を祈りで引かせると宣言して、その通りのことが起きたのですから、あなたもそれ以上の現象を祈りで起こしてみてください。(私程度の者でもタイの洪水を祈りで引かせたのです、あなたほどの方ならそれ以上のことができるはずです。ぜひ、それをお見せください、私のブログを読んでいる人たちにも)

何時幾日までに私の祈りでこれだけの事を行う、というコメントを送ってくだされば、即、公開します。(この人のコメントおかしな波動が出ていますので、公開する時は私がしっかりそのコメントは祈りますので、読まれる皆さんはご心配なさらずに…多分コメントを公開することはないと思いますよ。そんなコメントこの人送ってこれないでしょうから)

私たち法を勉強している者は他の人とは違う、というところを、このブログを読んでいる人たちに見せてあげましょう。信じられないような現象のコメントお待ちしています。(例えば、一ヶ月以内に私の祈りで富士山を噴火させる、とか何とか書いて送ってきたらどうですか?富士山は高橋先生が噴火すると予言されているのですから、あてずっぽうで書いてきても、もしかしたら当たるかもしれません〔笑〕)

しかし、もし、それ以外のあーだ、こーだ、という言い訳やごまかしのコメント送ってくるのであれば、あなたは祈っても何も起きない口だけの人と判断し、コメントを公開しないのはもちろんのこと、このブログの中でも大笑いさせていただきます。それは覚悟してください。二十年以上、法を勉強していられるのです。(それでも私の方が法を勉強している期間は長いのですが…)当然、祈れば何か現象が起こせるはずです。(あなたの祈りを天がきいてくれるはずですから)何も起きないということは、法を正しく勉強しているのならありえません。必ず何か起きます。(それは私が何度も証明しています)

ぜひ、あなたの祈りを通し、あなたが言う法の正しさを証明してください。(しかし、タイのあれほどの洪水が引いたということは、神は私の側にいるということが分かりそうなものですが、一体この人、何を根拠にくだらないメールを度々送ってくるのでしょうか?意味が分かりませんが、それも今度送ってくるコメントでハッキリするでしょう。この人の言う神が本物か、私の言う神が本物か)

私の祈りを散々バカにしているのです。さぞ、私などの凡人が考え付かないような現象を起こしてくださると期待しています。(もちろんこのブログを読んでいる方々も大いに期待していると思いますよ)どのような現象を祈りで起こしてくださるのか、コメントお待ちしています。(よろしくお願いいたします。法の正しさを証明してください〔笑〕)

では、このオバちゃんの祈りのコメントはお待ちするとして(コメントの内容によってはオバちゃんなどという言い方は、失礼ですから改めないといけないかもしれませんね〔笑〕)その祈りのことで先日、不思議なことがありました。(最近はよく不思議なことが起きます。前置きが長くなりすぎて、本題に入るのが大分遅くなりました〔笑〕)

それは、よく行っている白鳥公園での出来事です。

その日、私がベンチに座っていると、またいつものように三十~四十羽ほどのスズメが私の近くに寄ってきました。(最近は、百羽のスズメに囲まれるということはなくなりましたが、それでも数十羽のスズメはしょっちゅう寄ってきます)

しかし、近くに寄ってくるといいましても、スズメたちは一塊になり、どちらかといえばまだ少しこちらを警戒しながら、私の近くで餌をついばんでいました。(たまにとぼけたスズメもいて、一羽で私のすぐ近くまで寄ってきて、私が話しかけると喜んでいるのもいるにはいますが)多くのスズメは、私の近くに寄ってはきていても警戒しているようでした。(なら寄ってこなければいいのに、と思うのですが〔笑〕)

その日は私の斜め前にも鳩が十羽ほどいて餌をついばんでいました。私の右横にスズメたちが一塊でいたのですが、その時フッと「そうだこの周りにいる鳥たちを一度祈ってやろう」と思いました。

そこで私は目をつぶり「神よ、この鳥たちに光をお与えください、安らぎをお与えください、この鳥たちが幸せな生活をしていけますよう、お導きください」と祈りました。そう祈った直後のことです。

私の横にいたスズメたちのほとんどがいっせいに飛び上がったのです。そうして私の周りに散らばって「ピー、ピー」泣き出しました。

「な、何だ?」何が起きたのか分かりませんでしたが、私が祈った途端、スズメたちが騒ぎ出し大騒ぎを始めたのです。

何羽かのスズメは私の頭の近くをビュンビュン飛び回り、二、三羽のスズメは私のすぐ後ろでギャーギャー騒いでいます。何を騒いでいるのか見ると餌の取り合いをしています。「何やってんだ、お前ら」と思いそちらを見ていると、私の周りに散らばったスズメたちが、私の近くで何羽も、キャッキャッ言いながら餌をついばんでいます。しかも異様にその距離が近いのです。それこそどのスズメも、手を少し伸ばせばつかめるような所に平気でいます。そればかりか、私のすぐ近くに飛んできて私の顔をジッと見ているスズメもいます。

私には何が起きたのか分かりませんでした。

不思議に思いましたが、明らかに私が祈った途端にスズメたちの態度が変わったのです。それまでは警戒しながら近づいていたスズメたちが、一変に警戒心がなくなり、平気で私に近づいているのです。それだけではありません。ずいぶん喜んでもいます。

「祈ったのが分かったのか?」と不思議に思いましたが、このスズメたちの態度を見ていると、どうも私が祈ったのが分かったようです。それにしても祈った意味まで、このスズメたち分かるのか?とも思いましたが、そういえば、スズメがこちらの心が分かるのではないか?と思えるような出来事が実は前にもあったのです。

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11月 21 2011

高速増殖炉もんじゅ

始めは「夢の原子炉」とよばれ、その後、トラブル続きでほとんど稼働していない高速増殖原型炉もんじゅの存廃が昨日(二十日)の「提言型政策仕分け」で議論されました。

結果は、もんじゅの抜本見直しということになったようです。

政府の政策仕分けでは抜本見直しということに決まりましたが、結論から言えば、この“もんじゅ”は廃止させてはならないということです。(前にも言いましたが、原発をゼロの方向にもっていくことはいけないのです)

どれだけ、もんじゅに金がかかろうが、トラブル続きであろうが、この核燃料リサイクルの研究はやらなければならないのです。どちらにしても原発は現在も動いているのです。もんじゅを廃止してしまったら、では、放射性廃棄物である原子炉カスはどうするのでしょうか?この原子炉カスは原発を動かしている間は出続けるのであるし、これまでの原子炉カスも相当の量が溜まっているのです。それをどのように処理するのでしょうか?

もんじゅは「発電しながら燃料を生む未来の原発を開発する」という触れ込みで始めたのですが、こうトラブル続きであると、そんなものできないのではないか、と思う人も出てきて、できそうもないものを研究するのはやめろ、と言うことにもなるのですが、そんなことはありません。ちゃんとそれをするために生まれてきている人はいます。そのような人たちが、まだその使命を果たしていないだけです。(天にはそれができる計画がすでにあります。ただ、それがまだ使命を持った人たちに降りてきていないだけです。その人たちの心がきれいになれば、その計画はすぐにでも降りてきます)

原発の研究開発をすると決めて、その使命を持って生まれてきた人たちは、それを実行していただかなくてはいけないし、それをするために生まれてきている人たちがいるのですから、そういう人たちの使命を果たす場を奪ってはならないのです。

現在は原発事故の影響で原発が目の敵にされていますが、何度も言いますが、その利権の構造などはたしかに改革しなければなりませんが、原発事故の被害が甚大だからと、もう原発を止めてしまおうと思ってはならないのです。

どれだけ巨大なエネルギーであろうと、それをコントロールできるだけの心はどの人にも備わっているのであるし、その巨大エネルギーが間違った方向に(たとえば爆弾に使ったり、今回のような事故を起こしたり)行かないようにする力(もちろん一人一人の心のあり方です)も私たちにはあるのですから、当然その力を発揮しないといけないし、また、その力を発揮しなければ心の向上はないということです。

危ないから止めてしまえ、では心の向上はないのです。

どれだけ巨大なエネルギーであろうと、私たちはそれを使いこなさなければならないし、また、そうしなければ物質的な科学の発展も、精神的な心の向上もないのです。超巨大で危険なエネルギーだからと、逃げていては、心の発展も科学の発展もありません。

私たちはどのような巨大なものでも、使いこなせるだけの力を備えているのです。私たち一人一人は、原子力などより遥かに広く大きい心を持っているのです。その心の偉大さを知り、その力を発揮するために、私たちは今ここに生まれている、ということをもっと自覚しなければならないのです。

(高速増殖炉“もんじゅ”の名の由来が文殊からきているそうですが、それではあまりにげんが悪い、実際の文殊のひどさを知らずにつけたのでしょうが、こんな名をつけているから研究も進まずトラブル続きなのではないでしょうか。名を“しゃりほつ”に変えてやられたらどうでしょう。天から舎利弗の智慧が降りてくるかもしれません)

追伸…立川のオバちゃんがタイの洪水のことで、タイの洪水の水が減るのを私が分かっていて、あのような書き方をしたのだろう、あなたは詐欺師か、と言ってきました。(オバちゃんがそう思うほどタイの洪水の水が減ってきたのと、このブログに洪水のことを書いたタイミングがぴったりだったのでしょう)つまりオバちゃんは、私の祈りのすごさを証明してくれたことになります。(あのでたらめなオバちゃんでも、タイの水が減るのを知っていたのではないか、と思わせるほど、天がタイミングよくタイの洪水の水を減らしてくれたのですから)この世の科学ですら、タイの洪水の水がいつ引くかなど分からなかったのです。それなのになんで私がそんなことを先に知ることができるのでしょうか?私の霊力でですか?残念ですが私は、タイの洪水の水が減るのを先に知るほど霊力に長けていません。あれは私の祈りがきかれたのです。(オバちゃんは死んでもそれを認めたくはないでしょうが)私の祈りを天がきいてくれたから、タイの洪水の水を天が私のブログにあわせて引いてくれたのです。(あれほどタイミングよく水が引いているのですから、天が私の祈りをきいてくれた一つの証明になるのではないでしょうか)それともう一つオバちゃんに言っておきたいのですが、仮に私がタイの洪水の水が減るのを知っていたとします。それなら、そのような人を詐欺師と言う言い方は間違いです。(先に起きることをすでに知っていたのですから)そのような人は予言者というのです。言葉の意味をよく理解して書かないと笑われますよ(笑)。

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11月 19 2011

祈りの効果

タイの洪水が引き始めたようです。

不思議なことに前回タイの洪水のことを書いた、十三日から運河の水位が下がり始め、バンコクの中心部に向かって南下していた大量の水も減少しているようです。(立川のオバちゃんから、タイの洪水の件、依頼が来なくてよかったね、恥かかなくて済んで、などというメールが来ていましたが〔その後も悪口雑言の数々のメールが来て、私の企画を散々バカにしていましたが〕これくらいの結果が出れば恥もかかなくて済んだんじゃないですか?どうですか立川のオバちゃん、私の祈りもそうバカにしたものでもないでしょう?あなたが書いてきたこと、ことごとく外れてますけど、どう思われますか?くだらないメールを送ってくるより早く詫びられたらどうですか、もしかしてあなた大変なことしているかもしれませんよ)

タイの洪水が、私が祈り始めた翌日(六日)から小康状態となり、それが一週間ほど続いていたものですから、その十三日のブログに、私一人の祈りではここら辺が限界ではないかと書いたのですが、そう書いた途端に水の減少が始まりました。(やはり天はタイの洪水の水を引いてくれる気でいたようです。ということは、もし四日までに誰か私の呼びかけに応じてスポンサーになってくれていたら、六日からの一週間の洪水の停滞はなかったですね。多分五日のブログに、スポンサーが見つかったから祈ります、と書いたら翌日から即座に水は引き始めたでしょう。〔つまりもっと早く水は引いたということです〕誰もスポンサーになってくれなかったから、天はわざと洪水を一週間停滞させて水が引くのを遅らせたのです)

あれほどの洪水の水が引いているとなると、釈尊やキリストの足下にも及ばないと思っていた私の祈りも、釈尊やキリストの足下くらいには及んでいるのかもしれません。(笑)

しかしおかしいですね、中日新聞などを見てもタイの洪水の水が減少しているのは、北部に建設した巨大防水壁などが原因としか書いてありませんし、テレビでもタイの洪水の水が低下しているとか、日系企業や現地の学校が何日から再開するとか、そんなニュースばかりで、何でタイの洪水の水が低下し始めたのかは一言も言いません。

おかしいですね?どの新聞も、どのテレビも、私の祈りのことを一言も言わないなんて?週刊誌で大々的に報じてくれるのでしょうか?(そのわりには私のところに一つの取材も来ていませんが)まっ、まさか、また無視するなんて事はありませんよね(汗)。

多少は、私の祈りのこともテレビや新聞で言ってもらわないと、法の証明にならないのですが……また、無視ですか?テレビキャスターの方々も、少し気に食わないことを書けば文句を言うくせに、祈りのことは一言も言ってくれないのですね。(無理もありませんが)

私はこれまで、わざと“祈ります”とここに書いて、ずいぶん法の正しさの証明や神の実在の証明をしてきたつもりですが、まだ理解していただけないのでしょうか?

この二ヶ月ほどの間のことを思い出していただくだけでも、それは分かると思います。

九月は不思議な台風がいくつも日本に来ました。12号、15号の不思議な発達の仕方、動き方は、このブログに何度も書きました。そればかりではありません、日本に上陸した先の二つの台風はあんな異常な発達の仕方をしたのに、上陸しなかった(九州と奄美大島の間をうまい具合に抜けていきましたが…これも不思議でした)14号は同じような海水温のところを、同じようなスピードで進んでいるにもかかわらず、まったく発達しなかったのです。(結局なぜこの14号だけ発達しなかったのか、その理由を気象庁は一言も言いませんでしたが)

十月はどうだったでしょう。山が紅葉になりかけた時に雪が降り、その後、各地で桜が咲き(春が来たようでした)夏のような暑さになって夏のような大雨が降ったのです。(春夏秋冬の出来事がすべて起きました)

十一月はどうでしょう。やはり異常な暑さとなり、初冬というのに夏のような気温が続きました。そればかりではありません、今年の十一月は暖かくなったり、急に寒くなったり目まぐるしく気温が変わり、異様に寒暖の差が激しく、昨日今日など妙に暖かくて各地で夏のような激しい雨になるとか、異常現象は続いています。

そうして、日本に異常現象が続いているこの二ヶ月ほどの間に、タイの大洪水が起きたのです。

私は(私が祈って)これだけのことが起きているのに、それでもまだ、ここに書いている法を多くの人が信じてくれない(私に協力してくれないのは法をまだ信じていないからです)のを見て、それならばと、今度はタイの大洪水を引かせて見せると宣言し、協力者を募ったのです。しかし、私の相手をしてくれる人は誰一人いませんでした。(バカにする人がいただけです)

では、どうすればここに書いたことを信じてくれるのでしょう、どうすれば協力してくれるのでしょうか。ここに書いたことを、どれだけ行っても誰も信じようとせず、協力しようともしないのです。私一人ではもうやりようがないのではないでしょうか。

幸いタイの洪水は水が引き始めたようです。今月中旬(十五、六日頃でしょうか)がタイは大潮と聞いていましたが、それも過ぎました。もう私が祈る必要もないでしょう。(ほっておいても水は引くでしょう)タイの洪水を祈るのはこれくらいにしたいと思います。

しかし、私の祈りは確実に天に届き、きかれているのです。このようなことができる教えが他にあるのでしょうか?私は現在の日本で、誰もやったことがないことをやっているのです。その私の言うことを信じず、協力しないというのであれば、それはすなわち神を信じず神に協力しないということと同じことになります。(そんなことをしていて、この日本にいいことが起きてくるのでしょうか?)

この教えを学び、この教えの流布に、一人でも多くの方が協力していただきたいと切に願っています。

今、何が起きているのか。

天が次々に起こしている“大きな奇跡”それをしっかり理解しなければならないのです。

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11月 17 2011

三人よれば舎利弗の智慧②

舎利弗を筆頭に十大弟子や阿羅漢の人々は後世“辟支仏”(びゃくしぶつ)といわれるようになります。

辟支仏とは、仏になりたいと思っても仏にはなれない人たちで、十大弟子や五百羅漢の人たちは、この辟支仏であり、ただ自分一人の悟りを楽しんで人に伝えることをしない声聞(しょうもん)である、と言われ軽蔑されるようになり、代わって登場するのが、十大弟子でも五百羅漢でもなかった文殊と普賢です。

しかし、辟支仏と言われるような仏(?)など存在しませんし(すべての人は悟れるのであって、それが早いか遅いかの違いだけです。つまりすべての人が仏になれるのです)何で五百羅漢でもなかった文殊や普賢が(まだ阿羅漢の境地にも達していなかったのですから、ただ法を知っていると言うだけで、普通の人とさほどかわりません)五百羅漢や、まして十大弟子より上なのでしょうか?考えられないような高い評価をこの二人は後世受けることになったのです。

このような評価を、全然たいしたことがなかった二人が受けることになったのは、釈尊の弟子たちは確かによく禅定をしていました。しかし、それは禅定(反省・瞑想)がもっとも大事なことである、と釈尊に言われていて、五百羅漢の人たちはその言葉を守り、よくあちこちで禅定していたのを文殊や普賢があざけり「あんなに禅定ばかりして人に法を伝えようとしないのは、自分たちさえ悟ればいいと思っているからだ」(このような文殊などが適当に語った言葉が後世に伝えられ、後に仏教が小乗と大乗に分かれる理由の一つになるのですが、それはまた別の機会に書きます)などと、十大弟子や五百羅漢をくさしておいて「私はこのように釈尊から聞いた。この教えが本当なのです」と口からでまかせを、あちこちで言いまわった影響が大きかったのではないかと思われます。(それが後に文殊が主役である「維摩経」や普賢のお経までつくられてしまった理由です)

つまり、よりたくさんいい加減なことを言いまわった文殊や普賢が、後に十大弟子や五百羅漢より高い評価を受けるようになった、ということが事実のようです。

現代で言うなら、エル・カンターレとか、アホターレとか言っている(幸福の科学だったか不幸の科学だったか忘れましたが、高橋先生の名を利用して教祖になった)バカ教祖が、後世に高橋先生や園頭先生より高い評価を受けるということと同じことなのです。

それくらい文殊や普賢を高く評価することは間違っているのです。(物凄い間違いです)

つまり、今のように「三人よれば文殊の知恵」などと言っていれば、それは「三人よってもバカはバカ」程度の意味にしかならないのであって(こういう意味で使うなら全然OKです〔笑〕)普通の人でも三人が協力すればよい知恵が浮かぶ、という本来の意味にしたいのであれば「三人よれば舎利弗の智慧」と言うのが正しいのです。

舎利弗は、釈尊に後継者と認められていた、ただ一人の人物でありました。

エドワード・コンゼが書かれた「コンゼ仏教ーその教理と展開」(仏教の教義と歴史を知るには絶対に欠かせない世界的に有名な名著です)には創立者と継承者のことがこのように書かれています。

「継承者は創立者ほどに才能はないが、教義を分かりやすく編集して、普通の人間の要求と理解力により一層応ずるものである」

そしてシャリー・プトラーのことも次のように書いています。

「シャリー・プトラーは仏陀より六ヶ月前(実際は一年前です)にこの世を去ったから、仏陀の死後の組織化を引き継ぐことができなかった。しかしシャリー・プトラーは、彼独自の形態に基づいて教義を体系化し、これによって大きな影響を及ぼしたのである。仏陀の教理に対するシャリー・プトラーの解釈と理解とが、約十五世代から二十世代にわたって仏教社会を支配した」

一人の人間が生まれて、人に法を説くようになるには、早くてもせいぜい三十代から四十代です。その人が死ぬまで説法を続けるとして、一世代といえば三十年くらいでしょうか。仮に三十年として、十五世代で四百五十年、二十世代では六百年ということになります。

シャリー・プトラーがまとめた釈尊の教義は、四百五十年~六百年伝えられ続け、シャリー・プトラーは般若心経、法華経、阿弥陀経などの、ほとんどのお経に「舎利弗」「舎利子」(しゃりほつ・しゃりし)の名で、書き記されるようになります。

舎利弗の存在は後に仏教を知る人々に、多大な功績を残したのです。

この舎利弗と文殊では天と地ほどの違いがあります。

何人か集まってよい知恵が出たのであれば、その時は

『三人よれば舎利弗の智慧』

このように言うのが正しいことなのです。

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11月 15 2011

三人よれば舎利弗の智慧①

昨日発売されたプレジデント(これってビジネス誌じゃなかったですか?)にブッダとキリストの言葉を載せていて、ブッダとキリストの特集記事が組まれているようです。いろいろな人がブッダとキリストの言葉を解説されているようですが、その真意はともかく(その人たちは法を知らないんですから、百パーセント正しく解説しているわけではありませんが)ブッダやキリストの言葉が多くの人に知られるのはいいことです。

最近はブッダがブームだそうですが(ブッダがブームってどういう意味でしょう?)世間でそのようなことを言い始め、またこのような(釈尊やキリストの)特集記事まで雑誌で組むようになったということは、いよいよ法の拡がる時が来たのかもしれません。私がコツコツブログを書いてきた影響も少しはあるのかもしれませんが、いずれにせよ、もう正法の時代に入っています。法が拡がらなければならない時はすでに来ています。

しかし、特にブッダ(釈尊)の物語(仏典)など、釈尊滅後、三~七百年後くらいに書かれたものばかりですから、すべて正しいことが書かれてあるわけではありません。中には間違ったことも書かれてあります。

その間違ったことを仏典に書かれてしまったため、現在においても間違った言われ方をしている典型的な例を一つ書いておきましょう。

よく“三人よれば文殊の知恵”といわれます。

しかしこの言葉は、釈尊の教えがインドからシルクロードを通って中国にわたり、日本に伝わるまでのあいだの一つの弊害であり、このような言い方は明らかに間違いである、ということを、これから説明したいと思います。

釈尊在世当時(今より約二千五百年前)釈尊の一番の弟子であり、右腕と呼ばれていたのはシャリー・プトラー(舎利弗)でした。

もちろん、そう呼ばれるだけの智慧と実力が当時の舎利弗にはあり、釈尊の信頼はもちろんのこと、釈尊の他の弟子たちや周りの人々も舎利弗の実力を認め、舎利弗は釈尊の弟子たちの中でも一目置かれる存在でありました。

それは舎利弗を上根(上等の素質)の弟子、目蓮・迦葉(もくれん・かしょう)を中根(中等の素質)の弟子と、仏典に記されてあることでもその事実が分かります。(目蓮は舎利弗と並び釈尊の二大弟子といわれた人ですし、迦葉は釈尊入滅後の釈迦教団を率いた人です)

当時の釈尊の弟子たちのトップ3の中でも、舎利弗は飛びぬけた資質であったのです。

この舎利弗を筆頭に目蓮、迦葉、阿那律、須菩堤(モンガラナー、カシャパー、アニルダ、スブティーという古代のインドの人々の名を、中国に釈尊の教えが伝わった時、漢字で当て字にしたのです、シャリー・プトラー〔舎利弗〕も同じです)といわれる人々は、インド当時の釈尊の弟子たちの中でも、特によく釈尊の教えを学び、その教えを多くの人々に拡げられたのでしょう、それが後に釈尊の十大弟子という呼び方をされるようになり、尊称を持って後世に伝わることになります。

この十大弟子は当時の釈尊の弟子たちの中でも特に秀でた人々であったのです。

ところがこの十大弟子の中に文殊は入っていません。(もちろん普賢もです)

現在の日本で“三人よれば文殊の知恵”といわれるほどの人物が、なぜ十大弟子の中に入っていないのでしょうか?

理由は簡単です。文殊はそれほどの弟子ではなかったからです。

その証拠に釈尊入滅後の九十日目に行われた、第一次の結集(けつじゅう・釈尊の弟子たちの中でも、よくその教えを実践し何らかの霊能力〔霊視、霊聴などの霊力を持ち阿羅漢の心を得た人たち〕を得た者ばかりを集めて、釈尊の教えを正しく守り、正しく後世に残そうと話し合った集まり、約五百人の人が集まったといわれますが、この方々が後に五百羅漢という呼び方をされるようになるのです)に文殊は参加していません。

文殊は阿羅漢の境地にまだ達していなかったからです。(阿羅漢とは心の高さを言葉で表したものです。阿羅漢、菩薩、その上が如来であり、如来になればもう慈悲と愛の塊の心しかありませんが、菩薩は慈悲と愛の心を持ってはいますが、如来ほどの深さ広さはなく、阿羅漢の境地はそのもっと下です。しかし、この阿羅漢の境地まで達するといくつかの霊能力が与えられます。普通はこの阿羅漢の境地に達するだけでも大変なのです)

では、何で阿羅漢の境地にまでも達していなかった程度の弟子が、後世に名が残ったのかということですが、それは釈尊が入滅された後、五百羅漢の弟子たち以上に、文殊は大言壮語を言いまわったということです。

当時は現在のようにテレビもなければ新聞もありません、ただ人々に話して聞かせるほかないのです。五百羅漢の弟子たちのいないところで「あの人たちはああ言っているが、私は釈尊からこう聞いた」「本当の禅定はこうするのです」などという口からでまかせを、あちこちで言いまわったのです。(普賢も同じです。この普賢も「普賢三昧」〔ふげんざんまい〕と言われ、いわゆる行者の代表のように見られていますが、十大弟子でもなければ第一次結集にも参加していません。文殊と同じように「我こそは仏法の本流を説く者である」と、でかいことをあちこちで言いまわり、それが後世に伝わり、後に普賢のお経までつくられることになったのです)

当時のインドの人たちは、釈尊の弟子といえば、皆よく法を理解している人たちばかりであろうと思っています。弟子の誰が正しくて誰が正しくないかなど分かりません。それで五百羅漢の人たちの言うことも後世に残ったのですが、こんな文殊のような程度の低い弟子の言ったことも後世に残ることになったのです。(普賢も同じ理由です)

しかし、五百羅漢と文殊(あるいは普賢)を比べれば明らかに文殊が下であり、同じ釈尊の教えを話しても、五百羅漢の人たちの言う釈尊の教えの方がより正しいものであり、文殊が言う釈尊の教えなど、自分の考えも入れたでたらめなものであったのですが、当時のインドの人たちはその判別がつきませんでした。

それで五百羅漢の弟子たちも偉いが文殊も偉いということになり、後世には十大弟子よりも文殊の方が上である、という言われ方までするようになります。

それが次のような話となって伝わっているのです。

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