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12月 03 2011

天の警告

最近地震が多いですね、と書こうとしたら、今日の朝も地震が起きました。

五時五十五分頃(また同じ数字が三つ並びましたね)千葉で震度四の地震が起きました。しかし、それだけではありません、今日の地震には続きがあります。そのすぐ後の六時三分にも、やはり千葉の辺りで震度三の地震が起きたのです。すべて三(神の数字)がらみですが偶然でしょうか?

何度も言いますが、神の御業を無視し続けていては決してよいことは起きません。

ここ十日ほどの間でも茨城、広島、北海道などで震度五、やはり茨城や栃木、宮城、福島、長野などで震度三の地震が続けて起きています。(今日の朝の地震は千葉以外では、東京、埼玉、茨城、神奈川などで震度三の地震が起きました)

そればかりでなく東京など、先月の三十日の気温が午後二時の時点で19度もあったのに、翌日の十二月一日の気温は同じ午後二時の時点でわずか7度しかなく、一日で気温差が十度以上も出てしまったとか、異常現象は続いています。(東京と言えば立川のオバちゃん、少し前にブログに書いて以来パタリとメールが止まりました。〔前回書いたことが図星だったようです〕少しは反省されているのでしょうか?)

もう師走に入り今年も残すところ一ヶ月を切りましたが、本当に今年は異常現象がよく起こりました。その最たるものは、もちろん東日本大震災ですが、その巨大地震の影響で考えられないような大津波が東北を襲い、最悪の福島の原発事故は起こり、余震は未だに続いて、地盤沈下、液状化現象、地下水の噴出などの異常現象が続出、それ以外でも大雨、高温、大雪、火山の噴火、異常な発達の仕方、進み方をする台風、今年の初めなどは一ヶ月以上も雨が降らなかったところもあり、この秋はなんと各地で桜まで咲くという異常現象も見られました。その間、タイの大洪水も日本の企業に多大な影響を及ぼしました。このようなこと以外でも、もっと細かく調べれば、異常現象は全国各地で起きているのです。

こう見てくると、今年はありとあらゆる災いが起きたのではないか、とさえ思えます。

去年も百年に一度の異常気象といわれましたが(今年から見ればその程度の異常気象かわいいものでしたね)では、今年はどういえばいいのでしょうか?千年に一度の大災害が起こり(東日本大震災)それ以外でも去年以上の異常現象が次々に起きています。(観測史上最高やら最低やらが続出していますので)

今年は日本開闢以来、最悪の年とでも形容すればいいのでしょうか?

しかし、そんな言い方は気が早いでしょう、そのような形容の仕方は今年でその異常現象が終わればの話です。

このような現象が来年はピタッと止まると思いますか?止まるわけありません。このような現象を通しても、多くの人々の心はなんら変わっていないからです。

そんなことはない、東日本大震災を通し多くの日本の人々の心は変わった、絆ができた、と言われる方もいるかもしれませんが、そうでしょうか?本当に日本の多くの人の心が変わったといえるのでしょうか?言ってはいけませんが、ただの偽善のようなことをしているだけの人も多いのではないでしょうか。違いますか?本当に多くの人の心が変わっているのなら、なぜ、被災地の瓦礫を引き取る自治体がこんなに少ないのでしょう?検査をしているにもかかわらず、多くの人が、福島の米や薪や花火まで買うことを拒否し、福島の人たちまで差別するとは一体どういうわけでしょう?

多くの人の心が本当に変わっていたら、東北の人々が困っている瓦礫を、どこの自治体でも率先して引き取るであろうし、福島の農作物は皆喜んで買うでしょう。まして、福島の人を差別などするはずがありません。

しかし、現実は違います。そのようなことを皆平気でしているのです。

これで日本の多くの人たちの心が変わった?残念ではありますが、少々の寄付をしたところで、それは自分たちの余分な金を少し出しただけで、こんなことで人の心が変わるわけはないのです。本当に心が変わったというのであれば、少々自分たちの身を犠牲にしてでも相手のために尽くす、と言う行為が伴わなければ、心が変わったとはとてもいえないのです。

震災を機に心を変えた人がいないとは言いませんが、正確に言うならば、震災を機に心を変えた人もいれば変えなかった人もいた、というのが現実なのではないでしょうか。しかし、あのような大震災があっても、心が変わらなかった人が多かったのでしょう、その証拠に震災後も異常現象は相変わらず起きています。

土台無理な話です、心を変えようにもどう変えていいのか、その基準が分からないのですから、変えようにも変えようがありません。(しっかりした正しい心の基準など、誰も教えてこなかったのですからそれも仕方ないでしょう)

しかし、その正しい心の基準を知らないと、もはや生き残れない時代に入っている、ということはお気づきの方もいられるのではないでしょうか。(それは私のブログを読んでいる人限定になるかもしれませんが)

もう時は来ています。心を変えなければ、今以上の異常現象が起り生き残ることはできなくなります。多くの人が神の心に目覚めなければ恐ろしい現実が待っているのです。自分たちのことだけやっていてはいけないのです。

ここ十日ほどの間だけでも、どれだけ多くの地震が起きたでしょう。今年はまだ一ヶ月近くあります。今のままでは年内にもまだ起きますよ、大きな異常現象が。(今年、これだけ天が現象を現したにもかかわらず、あまりにも協力者〔理解者〕が少なかったので、最後に天が切れてデカイのがこないか心配です。本当に洒落にならないかもしれません)

私のブログを読まれている方はどうされるのでしょう、心を変えられる方はいるのでしょうか?(それにはもちろん行動が伴わなければなりませんが)しかし、今現在、正しい心の基準を知っているのは、私のブログを読んでいる人たちだけなのです。

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12月 01 2011

お知らせします

昨夜、震度三の地震が宮城で起きました。震源地は宮城沖だそうですが、地震が起きるのも無理はありません。賛助会員を三ヶ月前にも募集しましたが、その三ヶ月前と、ほとんど変わらない結果であったからです。

この三ヶ月間は何だったのでしょう?私の祈りは?それによって起こされた奇跡は?それを、このブログを見ている、ほとんどの人たちは認めていないということになります。

やはり、これ以上は無理ですね。これで終わりにします…。

と、言いたいところですが、今回も賛助会員になってくれた人がゼロではありませんでした。(といっても一人ですけど〔泣〕…もちろんありがたくて涙が出ているのですが)

せっかく賛助会員になっていただいて、もう止めます、では、詐欺をしているようでこちらも心苦しいので、とりあえずは続けますが、今月一杯やってみて、それでも多くの人が無反応なら、もうこれ以上やっても仕方がないでしょう。(法は拡がらないと思います)

しかし、何でこんなに多くの人が無反応なんでしょうか?普通祈って大雨が降ったり、地震が起きたりしたら、もう少し騒がないでしょうか?それに私は“祈ります”と宣言し、それから不思議なことが次々と起き、最後はタイの洪水を引かせるとまで言って、その通りのことが起きているのに、何でこんなに静かなんでしょう???(ニセの神には簡単に騙される人が多いのに、なぜ本物には無反応なんでしょう?それが不思議でなりません)

特別、騒がれたいとは思いませんが、多くの人が神の御業が現れているのに、その神の御業を神の御業と認めないと、それは神を何時までも否定していることになり、決してよいことが起きては来ないのですが…今回でもそうですが、昨夜宮城沖で起きた地震は、もし私が、これ以上やっても法は拡がらない、これで止めよう、と思っていたらもっとひどい(震度の大きい)地震が起きていたと思います。(私がもう少し続けようと思ったからあの程度で済んだのです)

こう書いても多くの人は信じませんが、よく考えてみてください。年利三十パーセントつきます、とか、掛け金の半分が毎年返ってきます、とか言って騙す詐欺師はいますが、大自然を相手に(今回のことも含め、大雨が降ります、台風が直撃します、などなど)人を騙す詐欺師がいると思いますか?(そんな詐欺師がいたら史上初ですね)そんな人間いるはずないでしょう、だいたい大自然を相手にして人を騙そうとしても、その通りのことが起きるはずないのですから、騙せるわけありません。

しかし、私がここに書いたことはことごとく起きているのです。ということは、ここに書いていることは正しいから、その通りのことが起きている(天がそれを行ってくれる)のであり、その通りのことが起きているのなら、起きなかったことも、多くの人の心次第で本当に起きると思われないでしょうか?

つまり、私が止めると決めていたら、昨夜の宮城沖で起きた地震はもっと大きなものになった、ということは実際そうであったのです。宮城沖で大きな地震が起きれば当然また津波が来ます。すると何が起きるのでしょうか?

言っている意味分かりますか?(恐ろしいことが起きるといっているのですが…)

宮城には女川原発があります。

つまりあそこ(宮城沖)で大きな地震が起きれば、大津波が押し寄せ今度こそ女川原発が爆発すると言っているのです。

するとどうなるでしょうか?もう東日本は壊滅でしょう。私は何度も言っていますが、法が拡がらなければ日本は滅ぶのです。私が法を説くのを止めると決めた時点で(それはもう日本では法が拡がらない、ということになりますので)昨夜のような地震が起きて、即座に東日本が壊滅すると言うことも、決して絵空事ではないのです。法が拡がらなければ天は日本を滅ぼすのですから。

「くだらない脅しだ」程度にしか思っていない人が多いのでしょうか?「バカが何か言っている」程度にしか、私のブログを見ている多くの人は思っていないのでしょうか?

だとしたら、どれだけ愚かな人が多いのでしょう、何度も言いますが、ここに書いていることは起きているのです。ということは、私がここに起きると書いたことが、実際に起きても何も不思議ではありません。(むしろ起きないと思う人の方がよほど不思議です)

今回、賛助会員になってくれた方が言われていましたが、この方は私のブログを全部読まれ、私の本も(華光如来と宇宙即我悟りへの道)取り寄せられ夢中になって読まれたそうです。お陰さまで色々なことを学ばせてもらいました、それで献金いたします、と今回、賛助会員になっていただけましたが、このような謙虚な心は大事なことではないでしょうか。

この程度のことは自分でも知っている、ではなく、知ることができてありがたい、という感謝の心で知ることができたことに対し、報恩の行為を行う、これは人として当たり前のことであると思うし、そのような心にならなければ心も向上していかないのです。

今回は、このような心の方が一人でも賛助会員になっていただけましたので、もう少し続けることにしましたが、どちらにせよ、このような心になられる人がもっと増えてこなければ長くは続けられないでしょう。

多くの人が早く気づかれることを願ってやみません。

(最近、チョコチョコ質問の問い合わせがくるようになりましたので、お知らせしておきますが、現在の私は事務所がありません。従って、どこかで会って話すと言うことができません。〔どうしてもと言うご希望であればお会いしますが、当然余計な費用が発生します〕現在のご相談は電話かメールのみとさせていただいています。メールは二十四時間受け付けていますが、電話は、できれば午前中はブログなど書いていますので、午後に〔一時から六時くらいまでの間で〕お願いしたいと思っています。アドバイス料はいくらでも結構です〔五百円でも千円でもいいです。よいアドバイスだと思われたら余計にくれれば結構ですし、そうでもないと思われたら少しでも結構です。好きな金額をお振込みください〕お金を払ってくれない人もいますが、それも自分のアドバイスが悪かったと反省して、お金を払ってくれないからと、催促などいたしませんのでご安心ください。〔笑〕私は一人でも多くの人に法を伝えたいだけです。何か相談事がありましたら、お気軽にご相談ください。〔ただ、せっかくアドバイスを受けられたのです、くだらないアドバイスと思われてお金を払ってくれなくても結構ですが、私がしたアドバイスは心のどこかに覚えておかれた方がいいと思います。後で何か役に立つ時が来るかもしれませんので〕)

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11月 29 2011

心の法則と縁

前回の集団ストーカーをしている人たちの罪の深さを、もう少し書いておきましょう。

例えば十人で一人の人を集団ストーカーしたとします。その十人の中には大人から子供までいます。それでストーカーをされた人が自殺をしたとします。

十人で一人の人を、このような方法で自殺に追いやった(殺した)ということになれば、心の世界(あの世)では、十人一人一人が一人の人を殺した責任を問われるのです。

そこに大人も子供もありません。(大人でも子供でも心は皆大人〔一人前〕であるからです)皆で力をあわせて一人の人を殺したのですから、皆同じ責任を取るのです。

だから気の毒だと言うのです。

このような場合、仮にこの世で罪に問われたとしても子供の罪は軽減されたり、十人で一人の人を自殺に追いやったわけですから、一人が一人を殺したわけではないので、そのような殺人者に比べれば一人一人の罪は軽いということになりますが、心の世界ではそんな罪の償い方ではありません。

皆で一人の人を殺せば、その一人一人が、その一人の人を殺した責任を自分で負うのです。

自分で犯した罪は自分で償う、というのが心の法則(因果応報)なのですから、そこに例外などないのです。

ある人が釈尊に聞きました。この世で一番悪い人とはどのような人を言うのでしょうか?釈尊は次のように答えられました。

「それは知るべきことを知らない人である」

知るべきことを知らない、つまり、バカが一番いけない、と釈尊は言われたのです。

この世では知らずに悪いことをしていれば、それは知らずにしているのだからしょうがない(だから子供の罪は軽いということなのでしょうが)と思いますが、しかし、考えてみてください。知らずに悪いことをするということは、そのことを悪いと思っていないのですから、加減などせず、とことんまでその悪いことをしてしまいます。それでも本人は罪の意識がなく、その悪いことが悪いと自覚するまで、その悪いことを平気でやってしまうのです。

すると、悪いことをしているという自覚のないこの人は、どれだけ罪を重ねるか分かりません。ところが悪いと分かってやっている人は、いくら平気で悪事をやっているように見えても、そこには必ず制御本能が働きます。(皆、神の心を持つ神の子なのですから)

そこに大きな違いが出てくるのです。

ですから釈尊はこの世で一番悪い人とは「知るべきことを知らない人である」と言われたのです。

知るべきことを知らない、それが善か悪かわからない、そんな判断もできない人が一番この世で悪い人なのです。

先の例とは違いますが、神の使いが現れているのに、その神の使いを無視し協力しないという人がいたとします。この場合は、それを知らずに無視した人と、知っていて無視した人とでは、知っていて無視した人の方が罪が重くなります。

さっきと話が逆ではないか、と思う人もいるかもしれませんがそうではありません。

この場合、神の使いと知っていて無視している人は、神の使いの偉大さ、この世に現れた時の大事さを理解していないのです。(だから、知るべきことを知らない、ということになります)本物の神の使いは、現在の人々だけでなく、後世の人々にも多大な影響を与えます。(その教えや起こされた奇跡などで)だから、その人が本物の神の使いと分かっていて、それを無視している人たちは、これほどの罪はない、と言うほどの大きな罪を負っているのです。(この世ではまったくそれが分かりませんが)だから、神の使いと知っていて無視している人たちは、その人が本物の神の使いと知らずにいた方がよかったのです。(まして神の使いの仕事を邪魔している人や、嫌がらせをしている人たちなど、その罪は計り知れないのです)

知ってしまったものを、今さら忘れてしまうわけにもいきません。(それに縁があるから知ってしまうのであって、その縁とは、生まれてくる前にあの世でしてきた約束なのですから、その約束を果たさなければ、当然その人は自分の使命を果たせない、ということになります)そのような人たちは、集団ストーカーの人たちよりも深い罪を負っているのですから、早く反省して神の使いに協力すべきです。その方が将来(私が言う将来とはこの世のことだけではありません。何千何万回という輪廻転生した永い先のことも含めてです)遥かに得になるからです。

昨夜、十一時三十三分頃、関東地方で震度三の地震がありました。333は神の数字です。(神が皆様方の行動を促しているのが分かりませんか?)

天が次々に現象を現し、神の心を知らせているのに、それをないがしろにし、神の御業が現れているにもかかわらず、自分の生活を一つも変えようとしない人は、やはり神を冒涜していると言われても仕方がないでしょう。

私たちは皆、神につくられた神の子なのです。その神の子が神の心が現れている現象を無視し、その気持ちまでないがしろにしていて、何の罪もないといえるのでしょうか?いつまでも神の気持ちを理解しない方が悪いと思われないでしょうか。

まだ、今日明日二日あるのでお待ちしていますが、後々、後悔がないようにしたいものです。

(大阪ダブル選は維新の会が圧勝でしたね、橋下人気のすごさが分かります。いよいよ政治の改革も始まったようです。橋下知事…もう大阪市長ですね、これからが大変でしょうが頑張ってください…まったく、えらい違いです〔泣〕)

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11月 27 2011

スポンサー&賛助会員募集

震度五の地震に続いて昨日一昨日は震度三の地震が茨城、福島で起きたようです。最近は連日地震が起きています。

いよいよ時が来たのかもしれません。

先日、集団ストーカーに遭われている方から相談を受けました。私なりにアドバイスはしておきましたが、このようなストーカーがあるんですね(よく考えると前にテレビで言っているのを聞いたことがあったかもしれません)集団ストーカーのホームページを見て驚きました。

名のある宗教団体が異常なことをするものです。しかし、このようなストーカーを受けている人も気の毒ですが、もっと気の毒なのはそんなことをしている人たちです。

こんなことをしている人たちは、自分たちがしたストーカー行為を受けた人たちと同じ苦しみを、いずれは自分自身で受けなければならなくなるからです。(因果応報)この世でそれを受けなければ、死んでいった先のあの世で、地獄の苦しみを味わうことになります。

早く気づいてほしいものですが、それもこれも正しい教えが拡がっていないことの弊害でしょう。正しい教えが分からないため、間違った教えをそのまま信じてしまい、恐ろしいことを平気でしているのです。先日、オウム真理教のサリン事件の首謀者の死刑が確定しましたが、オウムが起こしたサリン事件は、その肉体のみをサリンで殺すだけですが、集団ストーカーで相手を自殺まで追い込んだ場合のそれは、相手の肉体を殺すだけでなく、心まで狂わしてしまうのです。心と肉体の両方を殺してしまうのですから、その罪はオウムの数倍になります。その罪の深さを自覚しないと、後で自分がサリン事件を起こした、オウムの信者以上の地獄の苦しみを、それをしている人、一人一人が受けなくてはならなくなるのです。その恐ろしさを早く気づいてほしいものです。

こう見てきますと、本当に早く改革しなければならないのは、政治や経済なのではなく、多くの人の心をダメにしている現代の宗教である、とつくづく思います。

それにもう時も来ています。早くこの法を拡めなければ、大変なことが起きる、という予感もあります。

前回、賛助会員を募集したのは八月でした。その時は結局、前回寄付をしてくれた方を含め、わずか三人の方がなってくれただけでした。

もちろん賛助会員になってくださった方々には感謝しますが、これでは話になりません。それからわずか三ヶ月の間(九、十、十一月)にどれだけの異常なことが起きたでしょう。

私は、その一ヶ月前の八月からこれから祈りますと宣言し、それから様々な不思議な現象が起きました。

八月は、私が祈りますと宣言した立秋あたりから、急に暑さがぶり返し(普通ならそろそろ朝晩は涼しくなる頃です)連日気温が35度を超え、熱中症になる人が続出し、その暑さは私が祈りを止めるまで続きました。その後に賛助会員を募集したのですが、ほとんど協力してもらえる人が現れず、それでまた仕方がないので、この法の正しさを実証するため祈り始めました。

すると九月は異常な台風が日本を直撃し(大変な被害が出ました)十月には雪が降り、桜が咲き、夏のような天気になって夏のような大雨が降りました。十一月になってもそれは同じで、やはり(小春日和というよりも)何か夏のような気温になり、夏のような雨が降り、もう十一月も末だというのに名古屋のあたりでも、まだ紅葉していない木があるほどです。

このような不思議なことが起きたのは日本ばかりではありませんでした。その間にタイに大洪水が起きたのです。その洪水を私は引かせて見せると宣言し(その時だけの)スポンサーを募集したのですが、誰も相手をしてくれる人はいませんでした。仕方がないので一人私は祈りましたが、結局そのタイの大洪水は、私が祈り始めると同時に増水が止まり、一週間後には水位が下がり始めるという奇跡が起きたのです。

このようなことすべて神の御業であり、天が力を貸してくださった結果であると思います。

私が祈りますと宣言し、約三ヶ月間、これだけ天の心を現せば、もう十分ではないでしょうか。

それでもまだ、私の言うことを信じていただけないのでしょうか?ご協力いただけないのでしょうか?これでもまだ分からない、神など信じられないと言うのであれば、もうどんな奇跡が起きようと、そのような人は理解できないでしょう。もし、今回スポンサー&賛助会員を募集して、それでもまだ人が集まらない、誰も相手にしない、ということでありましたら、もうどれだけやっても無駄でしょう。(それに時間もあまりなさそうですし)

私も法の流布は諦めます。(さすがに天も許してくれると思います)

しかし、この日本に法が拡がらない、ということになれば、最近の様々な異常現象を見るならば、やはり恐ろしいことが起きるのではないかと予想されます。(これは脅しではありません、警告です)

また、そのような問題を抜きにしても、本当の神の教えは私たち一人一人が、絶対に理解しなければならないことなのです。

従って今回が最後の募集となります。スポンサー&賛助会員を募集します。(寄付だけでも結構です)何人かの方が、ご協力いただければ、法の流布を続けることができますが、今回も誰も私のことを相手にしないということになれば、それで終わりにしたいと思います。

本当にこれが最後のお願いになります。今のままでは日本は立ち行かなくなります。(神の心を無視しているからです)多くの人が勇気を出して立ち上がっていただきたいと切に願います。今月一杯お待ちします。どうかよろしくお願いいたします。

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11月 25 2011

鳥の不思議②

また、震度五の地震が起きたようです。(今度は北海道で)最近多いですね震度五の地震が…これは立川のオバちゃんだけのせいでもなさそうです。(私の存在を知っているにもかかわらず)多くの人が私のことを無視しています。そろそろまずいことが起きるのではないか…と危惧しています。

それは次回に書くとして、本題に戻りましょう。

数ヶ月前のことです。

その日も私は白鳥公園にいました。その時も私の周りに何羽かのスズメが寄ってきていたのですが、一羽のスズメだけが妙に近くに来ていて、私のすぐ足元まで来て「ピョピョ」鳴いていました。見るとまだ生まれて間もなさそうな子スズメのようでした。

あまりに近くにいるものですから踏んづけそうです。それで私が「おまえ近すぎる踏んづけるぞ」と足でもっとむこうに行けと、その子スズメに蹴るような素振りを見せると、その子スズメは少し後ろに後ずさりしました。その時です、その子スズメが片目をつぶっているのが分かりました。病気か怪我かは分かりませんが、どうもその子スズメは片方の目が明かないようでした。

見ていて何かかわいそうになって、少しこの子スズメを祈ってやろうと思い、右の手のひらをその子スズメの方に向け、その手のひらから神の光が出ていることを想念し「神よ、このスズメに光をお与えください、安らぎをお与えください、このスズメの目に光をお与えください、安らぎをお与えください。このスズメの目の肉体細胞よ、あなたたちは本来の機能を回復しなさい」と祈りました。

すると、そう祈っている最中にこの子スズメが、私の方に嬉しそうにピョンピョン跳んで近づいてきたのです。そればかりではありません、私が祈り始めると周りにいたスズメたちも急にざわつきはじめ私の方に少し寄ってきました。スズメたちは気が小さいので、少し私が変わったそぶりをするだけで、逃げてしまうのですが、私が右手を上げて、それを子スズメの方にかざしているにもかかわらず、それをされている子スズメも、その周りにいるスズメたちも嬉しそうに私に近寄ってくるのです。(普通なら手を上げた途端に逃げるはずです)

その時、私は「アレ、祈ってるのが分かるのかな」と思ったのですが、どうも今回のこのスズメたちの行動を見ていると祈るのが分かるようで、しかも、祈っている意味も分かっているようでした。

不思議な話ですが、スズメの生態を調べた人はたくさんいますが、では、スズメの心の中を調べた人はいるのでしょうか?心の中を調べる機械などないので、誰もスズメの心の中までは調べた人はいないと思います。

であるならば、スズメたちの心の中を私たちは誰も知らないのです。

もしかすると、そこらを飛び回っている鳥たちは、私たちの心の中を知っているのかもしれません。そうして、それだけではなく鳥たちは、私たち以上に神の存在を理解しているのではないでしょうか。(だから神に祈ると、その祈られた鳥たちは必要以上に喜んだのです)

追伸…ついでに書いておきますが、その片目をつぶっていたスズメですが、その後何度か私は白鳥公園に行き、多くのスズメを見ていますが、一羽も片目をつぶっているスズメを見ていません。私がその片目のスズメを見かけていないだけなのか、あるいは私の祈りで、そのスズメの目が治ってしまったのかもしれませんが、私はこのようなことを前にもしたことがあります。

さすがに人にはありませんが、前に私が住んでいたマンションでの出来事です。

そのマンションの近くには何匹かの野良猫がいました。私がマンションから出入りする時には、近くに猫がウロウロしていたのですが、その猫の中の一匹が子猫を数匹生みました。親猫はいつもその子猫たちと一緒にいたのですが、その子猫たちの中に私が近くを通っても逃げない猫が一匹いました。他の猫は逃げるのに何でこの猫逃げないのかな、と思い近づくと、その子猫は片目が膿んでいて開かず、もう一方の目も半分くらいは明いていましたが、その明いている片方の目も回りに膿がついていて、どうもこの子猫、病気であまり目がよく見えないようでした。

「それでこいつだけ逃げないのか」と納得し、その猫の頭をなでて仕事に行ったのですが、ある日のことです。

その子猫が一匹で「二ャー二ャー」鳴いていました。どうしたのかと思い近づくと、その猫の両目が膿んで目が明けなくなっていました。この猫の病気が進行し完全に目が見えなくなっているようでした。

「もう両目が完全にふさがれてしまったな…」目が見えなくなったのでは、この猫も長くは生きられないだろうな、と思った私は、その猫がかわいそうになり、その場でその猫の目に手を当て祈りました。

「神よ、この猫に光をお与えください、安らぎをお与えください。この猫の目に光をお与えください、安らぎをお与えください。神よ、この猫がもう寿命が来ていて死ななければならないのでしたら、この目が潰れたままでも仕方ないと思います。しかし、もしまだ、この猫がこの世で生きる使命が残っているのであれば、この目をお治しください、この目を癒してください。神よ、この猫の目に光をお与えください、安らぎをお与えください、この猫の目の肉体細胞よ、あなたたちは本来の機能を回復しなさい、自分たちの使命を果たしなさい」

そう祈り私は部屋に戻ったのですが、翌日のことです。(日曜日でしたので)私は昼ごろ部屋を出て昼飯を食べに行こうとしてマンションの下まで下りました。すると昨日祈った子猫が近くで寝ていたのですが、私が横を通ってもピクリともしません。

「アレ、昨日あんな祈りをしたから死んだんじゃないか?」と少し不安になり、寝ている猫のそばまで行き、頭を指でこずくと、その子猫が頭を上げて私をギロッとにらんで「二ャー」と一度鳴いて、また寝てしまいました。

「何だ、生きてるじゃん」と思い、安心して行こうとしたのですが「ン?」私はその時、妙な違和感を感じたのです。

それでもう一度戻り、その子猫の頭を指でこずくと、また頭を上げ、今度は片足を私に向けひっかくようなそぶりを見せ「二ャー」とまた鳴いて、私をギロッとにらんでいます。私はその時「うそ」と思いました。その猫の両目がきれいに明いているのです。

「何で両目明けてんだお前」私は思わずその猫に話しかけてしまいましたが、猫が理由を言うわけありません。(笑)私が祈ったのは昨日の夕方でした。まさか、それから誰かが、その猫を獣医に連れて行って目を治した、ということも考えられなくはありませんが、家の飼い猫ならともかく野良猫にそんなことをする人いるでしょうか?それにこの猫、片方の目は生まれた時から膿んで潰れていて、仮に誰かが獣医に連れて行き治療したとしても、すぐ治るような病気でもありません。

「何で目が治ってんだろ?」その時は不思議でしたが、私の祈りで様々なことが起きている今思えば、あるいは、私の祈りを天がきいてくれて、あの子猫の目が治ったのかも知れないと思えます。

正しい祈りは天に通じ様々な奇跡を起こします。キリストや釈尊は多くの癒しを行っているのですから、猫やスズメの目を癒す奇跡が起きても決して不思議ではありません。法を知っているならそのような奇跡も行えるのでしょう。

この教えを多くの人がぜひ勉強していただきたいと思っています。

(立川のオバちゃんですが、祈っても何一つ起きないようです。子供の悪口のようなメールがいくつもきました。〔苦笑〕そしていつものように私の祈りを否定しています。〔あなたが祈ったから何か起きたのではないと〕この人の送ってくるメールを見ていて、何で私にこんなくだらないメールを何度も送ってきているのか、理由が分かりました。結局この人ひがんでいるのです。この人これまでも何度も祈ったんだと思います。しかし、自分が祈っても何一つ起きないのに、私が祈って次々に現象が起きるものですから、それが悔しくて仕方がないようです。その、ひがみと妬みの心で何度もくだらないメールを私に送ってくるようです。しかし、祈って何も起きないのは自分の心が悪いからであり、それは自分の責任であって、心の差がそのまま現れているに過ぎないのですが、それを自分は認めたくないものですから、私の祈りがきかれているわけではないと、私の祈りを必要以上に否定しているのです。二十年以上も法を勉強していて、祈って何一つ起きないとは哀れと言うしかありませんが、この人を見ていて笑うどころか、何かかわいそうになりました。しかし、自分の心が悪いのに、いくら人をひがんでもそれで自分の心がよくなるわけではありません。早く自分の間違いに気づいてほしいものです)

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