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3月 13 2025

神理を無視する罪

今日もまたお怒りのようで。(もちろんあの会社)

そりゃそうでしょう。昨夜も遅くまで出ていたようであるからです。(もちろん天罰が)

それなのにまだ怒っている。本当に恐ろしい、どこまで神に逆らえば気がすむのかという話にもなるからです。

昨日もそういう人が多かったんですが(くだらない嫌がらせをしてくる人が)何度でもいいますが、そのような人たちは神に逆らっているのです。私にではなくです。

私は本当の神の教えである神理を説いています。その神理に神が宿っているのであり、神理に逆らうということは神に逆らっているということであり、だからそのようなことが(天罰が)次々に降りてくるわけです。

分かるまでいいますが、あなたたちは神に逆らっているからです。

その通りのことがもうたくさん起きていると思いますが、そのような天罰はもう死ぬまで(正確には死んだ後まで)続きます。自分のしたことをちゃんと反省し神理に感謝出来るまではです。

早く私のいった通りにすることです。それが正しい人の道であるからです。神に逆らい続けた人などこれまでいないからです。

昨日、私は辻説法&買い物がてら小雨降る中、表に出ていったんですが、家からしばらくいったところに梅がたくさん植えてある公園があり、その公園はこの時期は梅まつりなどと称して、たくさんの梅が咲いています。

今は梅が満開の時期ですし、ちょうどいいからついでに梅でも観ていくかと思って、その公園にいったのです。

そうしたらやはりどの梅も満開できれいに咲いていました。雨が降っていたので人もまばらでゆっくり梅の花を観ることが出来たんですが、しかし、昨日はその梅の木がたくさんはえている中に、一本、変わった木が混じっていました。

「なにこの木?」と私は不思議でした。なんとその木には、梅も咲いていましたが、そんな梅だけではなくメジロまで(もちろん、あの鳥のメジロのことです)たくさんなっていたからです。

不思議な木があればあるものと私はまじまじとその木を見つめていました。

なんてね。(笑)別にその木にメジロがなっていたわけではなく、そのたくさんある梅の木にきていたメジロたちが、その木にたくさん集まっていただけなんですが、ちょうど私が歩いていくすぐ前の木に集まっていたものですからね。

なんでこの木にこんなにたくさんのメジロがいるのか、不思議に思えたわけです。

それで私がその木の前に立ち止まって「なんだお前ら、ようけおるな」(これ名古屋弁ですかね。たくさんいるなという意味です)などと声をかけていたら、まだあっちからもこっちからも、その木にメジロが飛んでくるわけです。

ずいぶんメジロがいるなと思いましたが、どうもあのたくさんある梅の木の中にいたメジロたちが全部こちらに飛んできたみたいでした。(笑)それで、その木とその回りにある梅の木にたくさんメジロがとまって飛び回っているのです。

その一種異様な光景に思わずこちらは息をのみ動画を撮ってしまいましたが、こういう不思議なことも起きてきます。神理を行っているとです。

神理には逆らうよりも従いませんか。そうすればこのような愛ある現象が次々に起きてくるからです。

災いが次々に起きるなら、このような奇跡も次々に起きてきます。とにかく正しい信仰をするなら、よいことが次々に起きてくるのです。

行いませんか。この正法神理をです。それが人としての正しい在り方であるからです。

そりゃそうでしょう。本当の神の教えがあるなら、それを信仰するのは、人として、神の子の人間として当たり前のことであるからです。

その当たり前のことを一人でも多くの人たちが行ってくれることを願ってやみません。それをしないから(正しい信仰を行わないから)このようなひどい世の中にもなっているからです。

例えば、いま真っ盛りの春闘など見るとまあどこも満額回答、満額回答で、過去最高水準などといわれています。

ここだけ見ると、なんて日本は景気がいいんだなどと勘違いしてしまいますが、こんな景気のいいところは一部の大企業だけで、あとのほとんどの中小企業は、従業員の給料など無理して上げているか、上げたくても上げられずなんとかやっているか状態なのです。

なぜなら、そんな景気がいい大企業が、そちらに(下請け企業に)金を回さないからです。下請け企業への代金を、そんな状況なのに(自分たちは景気がよく儲かってもいるのに)まったく上げようとしないか、または下げてくれといってくる企業まであって、儲けが出ない中小企業がほとんどであるからです。

人件費だけでなく、こんなガソリンから部品からなにからなにまで全部上がってきている時に、儲かっている親会社からもっと下請け代金を下げろなどといってくる、もはや鬼としか思えないんですが、そういう企業が普通にあるようです。鬼の(心を持つ)企業がです。(ほんと鬼殺隊が必要ですね。〔苦笑〕)

自分のところのことしか考えない、そんな企業がどんどん増えているのです。実際にそうなのです。昔などこんな状態であるなら、下請けのことも考えて、ずいぶん下請け代金を上げてくれたという話を私はたくさんきいているからです。自分が会社勤めをしていた頃はです。

しかし、今そんな発想をする人たちなどいないんではないですか。余分に下請け業者に金を払うなど、もうそんな発想自体がなくなってしまっているからです。

そんなことより自分たちのこと、自分のことと、そればかりになっていてです。

だから、こうなっている、これだけひどい状態に日本はです。大本の大企業まで、そんな考えになっているからです。よそのことより、自分のところのこととそればかりにです。

しかし、大企業にそれをされたら、その下にいる多くの下請け企業は皆ダメになります。下請け企業がダメになるなら、結局、大企業もダメになるのです。そんな下請け企業がなければ大企業も仕事が出来なくなるからです。自分のところで使っている物などほとんど下請け企業から入ってきている物であるからです。

だから、自分たちも下請け企業も一心同体のはずなのに、そんな発想自体ない。自分のところは自分のところ、よそはよそとなんでも分けて考える、これまでの悪魔の思想のたまものなんですが(左翼リベラル)こういう思想を正すのが、この正法神理なのです。

そのようなところに多くの現象を現わしてです。(だから口だけではないということです)

例えばそんな大企業に天罰をくらわすとか。(その天罰とはそんな病気にさせるとか、そんなものばかりでなく、例えばいまいわれている関税とか〔それで自分のところも大損〕あるいは、一番大事な部品など急に入らなくなって、嫌でも下請けに頼ならなければいけなくなるとか、とにかく因果応報、その法則に従い現れてくるのです。そのような天罰はです)あるいは、そんな下請け企業にもっとよい売り先がみつかったり、仕事の効率が急によくなり儲けがたくさん出たり、そんなことが起きてくるということです。

神理を行うならです。神がそのように導いてくださるからです。

だから正しい信仰を行うことは、この正法神理を行うことは必要でしょう、といっているわけです。

神理が広がるなら、これだけひどい世の中にはならないからです。これだけ悪魔の思想が支配するこんなひどい世の中にはです。

だから、一にも二にも神理流布なのです。

その神理を知っている人たちが、神理に逆らいに逆らい、そうして無視している。これほどひどい行いもありません。

多くの人たちが、この正法神理を待っています。それをいつまでも無視していて本当によいのですか。

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3月 12 2025

関係

また今日もお怒りなんでしょうか?

昨日も烈火のごとくお怒りでしたからね。どこかの会社はです。そうであるならきっと今日もそうなんでしょう。すべて自分たちが悪いのにです。

そんなどこかの会社同様、バスやトラックの運転手でブシュブシュやってくるのがまだいますが(だいぶ減りましたけどね)そういう人たちは全員降りてきます。天罰がです。

そんなこと分かるわけないだろうと、確認出来ないだろうと、いくらいわれてもこちらが確認出来ているところには100%天罰がくだっているのです。

なら、確認出来ないからと、そういう人たちには天罰がくだっていないなどとはとても思えないのですが。くだっているとしか思えないのですが、そこはどうなんでしょうか。

だから、確認しているところに100%天罰がくだっているのなら、確認出来ていないところにも100%天罰はくだっていることでしょう。

もうやめませんか。そんな危ない(罰当たりな)ことはです。それは神が起こしていられることであるからです。神がされていないのであるなら、そんなことは(そこまでのことは)起きないはずであるからです。

何度でも分かるまでいいますが、神理を説いている私に嫌がらせをしてくる人たちは、それは神にしているのです。神にしているから、そういうことも(天罰も)起きてくるのです。

それがまだ分かりませんか。そのしていることの恐ろしさがまだです。

いい加減理解しませんか。自分がしていることの罪の重さをです。それだけ罪の重いことをしているから、それだけ天罰もくだっているからです。

だから、昔の人たちは誰もそんなことはしなかったのです。どんどん悪いことが起きてくるのに、それでもかまわず自分の行いをまったく変えようとしないなどという無反省なことはです。

昔の人たちは自分の周りに少々悪いことが続いただけでも行いを変えたからです。まして天変地変が起きた時などは猛省して自分の行いを正したのです。それは自分が悪いことをしているからそうなっていると皆が知っていたからです。

しかし、現代の人たちは、どれだけ自分の周りに悪いことが起きてきても、そうして、どれだけ異常気象が続いても、全部責任転嫁してまったく行いを変えようとはしません。

もう不遜などというよりも、もはや狂っているとしか思えませんね。そのような態度はです。そんな態度はこれまでの人類で取った人などいないからです。そういっても過言ではないくらい無反省な態度を取り続けているからです。現代の人たちは神に対してです。

自分たちのしていることの異常さがまだ分かりませんか? そんなことをし続けている人たちなど過去いないのです。そんな神に逆らい続いている人たちなどです。

だからこんなことが起きているのです。周りにどんどん悪いことが起きているのです。

そんな悪いことが周りにどんどん起き続けているというのに、そうしてその悪いことがどんどんひどくなっているというのに、それは自分とは関係ないとまったく自分の態度を変えようとしない。

なら、なんでその悪いことに自分もまきこまれて不幸になっているのですか? そんな不幸になっている人がどんどん増えているのでしょう。

自分たちにまったく関係ないことで、自分たちがどんどん不幸になっていくというのもまたおかしな話なのではないのですか。自分たちにまったく関係ないことであるなら、自分たちが不幸になることはないはずだからです。

自分たちに関係ないことで自分たちが不幸になるなどあり得ないからです。(まだ気づきませんか。自分たちの思っていることの矛盾がです)

だから、そのような周りに起きる現象で自分たちが不幸になるなら、その時点でもう自分たちとは関係大有りなのです。しかし、それでも、そのような現象は自分たちとは関係ないとすべて責任転嫁。

それで、どんどん不幸になっていく。自分たちに関係ないはずの周りに起きてくる現象で、そのように不幸になる人がどんどん増えていく。そのような自分の周りに起きていることは、実は自分に関係大ありだからです。

だから不幸になっているわけですよね。その自分の周りに起きてくる現象は大変自分たちに影響を与えることであるからです。自分たちに影響を与える現象であるなら、それは自分たちに大いに関係があるからです。

まあ、長々と説明しましたが(こんな簡単なことをやたらくどくどと)だから関係ないではなく大いに関係があるのです。反省しないといけないのです。自分がです。少なくとも自分の周りに起きてくることに関してはです。

それは自分の責任であるからです。

自分の責任であるから、その周りで起きてくることで自分が不幸にもなるのです。それは自分が原因で起きていることであるからです。

だから不幸になる。その自分に起きる不幸は自分がつくっているからです。

なにか禅問答のようになってきましたが、要は自分の周りに起きてくる現象は全部自分に関係あるということです。関係あるから自分に影響を与えるのです。本当に自分に関係ないなら、自分に影響を与えるはずがないからです。

だから、どれだけ遠くで起きている現象であろうと、それが自分に影響を与えるなら、それは自分に関係があるのです。それが悪い現象であるなら、それがよくなるよう自分も反省して行いを正さないといけないのです。

そうしないとその悪いことはどんどん増えていき、どんどん不幸になっていくからです。今のようにです。

しかし、一人一人がそのような気持ちになって、それぞれが行いを正すなら、その悪いことはだんだんいいことに変わっていくということです。

だから、自分の周りで起きている悪いことはもちろんですが、前回書いた東日本大震災でもそう、大船渡市の山火事でもそう。

自分は関係ないではないのです。そういう人たちの気持ちを思い寄り添い、そうして、そういう人たちの少しでも助けになればと、そのような愛の思いを持てる人が増えてくれば増えてくるだけ、そのような大災害は防がれるということです。

そのような愛の心は災害を防ぐことが出来るからです。(そういう証明を私は何度もしています。口だけでそれを否定する人とは違います)

そんな大災害が防がれるのであれば結局自分も救われるのです。

だから逆なのです。自分は関係ないではなく、自分はこの世のすべてのことに関係しているということです。そういう一人一人の心と行いがこの世を形づくっているからです。

そのような人一人がいなくなっただけで、その分、この世界は変わってしまうからです。

だからトランプ大統領などいい例でしょう。あの方が一人出てきただけで世界は大騒ぎ。(笑)それと同じなのです。その騒ぎが大きいか小さいかの違いなだけなのです。

この世は、いまこの世に出てきているすべての人に関係しているからです。だから、この世に自分が関係ないものなどないのです。厳密にいうならです。

ただ、縁が薄い厚いということはあります。だから少なくとも自分の周りで起きていることは自分とは関係大有りで、自分は関係ないではすまないということを知ってください。

自分が関係大有りなら、今の自分をもう少し正しませんか。

そうしないと、その自分の周りに起きている悪いことは止まらないからです。

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3月 11 2025

今の日本を救えるもの

今日はこちらは雨ですね。しかし、わりと暖かい雨でまだ助かります。

昨日は天気もよくて暖かかったんで母の施設に面会にいってきたんですが(別に暖かかったからいったわけではありませんが。〔笑〕)母はずいぶん顔色もよく元気そうでした。

この前、急に入院した時は死にそうな顔で寝ていたんですが(苦笑)ずいぶん元気になったものと「元気そうだけど、どこも痛いところはないのか」などときくと別にないといいます。

身体はどこも痛くなくて元気だともいいます。そういえばこの前、入院した時でもいろいろ検査してもらったんですが、今回の悪いところ以外では(なにかその時は膀胱にばい菌が入り、それで血尿が出たよです)特に悪いところはないと医者からいわれました。

前はあっちが痛い、こっちが痛いとよくいっていましたが、骨粗しょう症で背骨にひびが入っているというのに、その痛みもなくて他に悪いところもなくて前より健康になった、などということがあり得るのでしょうか?

もう90歳近い年寄りがです。

しかし、私の母親はそうなっています。まあ、その施設は皆が優しくて別に自分でなにかすることもなく、いろいろそこのスタッフがしてくれてテレビを見ながら毎日を心穏やかに暮らしているそうです。そうなると身体まで健康になるようです。

心が安らぐと身体まで健康になるというよい例であると思います。

イライライライラして嫌がらせをしてくるよりもです。(今日も朝からそのような感じですが。どこかの会社などです)「ああ自分が悪かった」と素直に反省し、感謝の布施でもされませんか。この正法神理にです。

そうすれば心も安らぎますし、そのような態度は一番神が喜ばれることでもあります。

そうなれば当然、奇跡も(運のよいことも)起きてくるからです。そのような態度こそ正しい態度であるからです。

正しい態度を取りませんか。それをして助かるのは誰でもない自分自身であるからです。

しかし、昨日でも間違った態度を取っている人が多かったんですが(私に〔神理に〕対する嫌がらせ)しかし、間違った態度を取って苦しむのは自分自身なのです。

そのようなことを神理を説いている私にしてくる人には必ず天罰がくだるからです。

少し前であるなら、そんなこと起きるわけがないと一笑に付すことも出来たんでしょうが、しかし、神理が出現した以上そういうわけにはいきません。

もう15年以上も、そのような天罰が私の周りにはくだり続けています。あまりに私のいうことを信じない人が多いためにです。

決して自分を基準に考えないことです。これまでは皆が皆、間違った神への信仰をしてきているのです。

だから天罰もくだらなかった。間違った信仰などいくらしてもご利益は現れてはこないからです。正しい神への信仰を正しく行わない限り、そんなご利益は現れてはこないからです。

だから、自分の周りではそんなことが起きたことがないので起きるわけがないと、そんな小さな考えで私に嫌がらせをしてくる人みなに確実に天罰がくだっているのです。

私は本当の正しい神の教えである正法神理を正しく行っているからです。本当の神の教えを正しく実践するなら、そのようなご利益は絶対に現れてくるからです。

それ以外でも、大きな災いから守られたり、多くの動物たちが寄ってきたり、先ほども書きましたが90近い母がずいぶん健康になってしまったり、そのような奇跡が次々に起きてくるのです。

次々に周りに災いが起きてくる人たちとはずいぶん違うのではないでしょうか。

これが正しい神への信仰をしている者と、間違った神への信仰をしている者との違いなのです。正しい神への信仰をしている者には確実にご利益が降りてくるということです。

今日で東日本大震災が起きて14年となりますが、この東日本大震災と大船渡市の山火事、両方に被災された方もいるようですね。今回その山火事で家が焼けてしまった人の中にはです。

東日本大震災の地震や津波で壊された家をなんとか新しく建て替えたのに、その家が今回の山火事で燃えてしまった、という二重三重の気の毒な人もです。

そういう人に命が助かったからまだよかったなどといえるのでしょうか? その人たちは、これほどひどい目に遭うくらいなら死んだ方がまし、などと思っている人もいるかもしれないのにです。特にお年寄りなどです。

そういう人たちにどうやって希望を持たせるのですか。そういう不幸な人たちに仮に多くの支援を政府がして(しないけど)そこに家をまた建てたとしても、そのような絶望感はなかなか消えないだろうし、二度もそんな大きな災害があったところなのです。

そんな家をそんな場所に建てても、また災害が起きるのではないのかという心配は常について回るのです。そこにまた住もうとしている人たちにはです。

しかし、そんな場所にでも神理を伝えるのなら、そこにそんな大きな災害は起きないでしょうし、それでそこに神理を実践する人が増えてくるならです。

どういう奇跡が起きてくるかしれないのです。それこそ政府がその場所に多くの金を落としてくれて町が再生するとか(政府から経済特区かなにかに指定されて)多くの支援が集まり、そこに多くの人たちが集まってきて事業を起こしてくれるとか、そういう奇跡も起きるかもしれないのです。(例えば、大船渡市にある海から異常に魚など取れ出したりしたらそういう奇跡も起きるでしょう。なにせ私には、そんな海や川などいくとたくさんの魚が寄ってきますから。私と同じ神理をする人が増えれば、そこの海には多くの魚たちが集まってくることでしょう)

そういう希望も持てるようになるということです。そこに神理が広がり、その神理を正しく行う人が増えてくるならです。

どれだけひどい場所でも神理を伝えることが出来さえすればどういう奇跡が起きてくるか(どういうご利益が降りてくるか)しれないからです。

神理を行う人が増えてくるなら、その場所には多くの神の光が降りてくるのです。神の光がその場所にたくさん降りてくるなら、その場所には多くの奇跡が起きてくるからです。

くだらないことをしている暇があるなら(またどこかの会社がお怒りでやかましいことしています)神理を勉強し、広めてもらえませんか。

このひどい状況の日本を唯一救うことが出来るのはこの正法神理しかないからです。

何度でもいいますが、今日であの未曽有の東日本大震災が起きて14年です。

そういう恐ろしことが日本には起きる、その現実をよく理解してください。

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3月 10 2025

夫婦の縁

休み明けの今日はずいぶんお怒りのようですね。それではまた今週も大変そうです。

もちろんどこかの会社なんですが、本当に哀れですね。こんな罰当たりな人たちはです。どれだけいっても神に逆らうのをやめないからです。

どれだけ神の心を説いても理解しないようです。よくここまで悪魔にやられたものです。しかし、その洗脳から抜けたもん勝ちです。

早く自分で気づいて、正しい行いをしてください。そうした人から救われていくからです。

前回も書きましたが、一体とは愛ということであり、この愛の心がどれほど大事なのかまだ分かりませんか。そのような愛の心は人を救うだけではなく自分さえも救うからです。

そのような愛と調和を主とするのが神の教えなのであり、今のように自分の我ばかり出させ(個人の)自由と平等を主とするのが悪魔の教えであるのです。

その悪魔の教えを主としている人が大多数なのですから、そりゃぶつかるわけです。私のような神の心を主とし、神の教えを説いている者とはです。

その考えが天と地ほど違うからです。

しかし、もう分かるでしょう。そんな(個人の)自由だの平等だのいっていることがどれほど小さく間違っているのかはです。

悪魔たちが教える自由、平等など単にわがままを増長しているだけなのです。愛をなくして自分の我を強くし、周りをもめさせたいだけの方便に過ぎないのです。

だから、その通りの世界になっている。

人はどんどんバラバラになり、だから相手のことなど考えず、少し自分が気に食わないとすさまじく文句をいい、自分さえよければそれでいいと。

しかし、そうなると(人がバラバラになると)なにか頼るものが欲しい。(人に頼れないから)

それで日本は神に頼らないから、だから金に頼って、なんでもいいから儲けられればいいと儲かることはすべてやる。それで犯罪まで犯してしまう人までいる。(だから犯罪も凶悪化する。相手のことを考えず儲けられればいいから)

それが上から下まで、どんどん徹底されていくというのですから恐ろしい。(上はUSAIDから下は誰でも簡単に出来る闇バイトまで)

だから神の教えが必要であるとずっと私は訴え続けているわけです。

もう上からして、自分たちの金儲けに走っているからです。USAIDなどから金をもらい、あることないことやって(いって)自分たちに金が入るよう入るようしているからです。

だから、前回書いた夫婦別姓でも、別に市民が声を上げているわけではないのです。(市民の関心度は低いですから。この問題はです)

それなのに政治家やマスコミ、経団連や連合など、それほど関係ないところから次々に声が上がってくるのです。

それは個々の結婚している夫婦の(もちろん子供も含めた)問題であるにもかかわらずです。

それで市民から大きな声が上がり、それで政治家も、そうしてマスコミや経団連や連合などの企業も動き出した、というなら話も分かります。

しかし、この問題は違うのです。別に市民はそれほど関心がないのに、わざわざ、こういうところが夫婦別姓を問題にし、それで騒いでいるのです。おかしいと思いませんか。

問題にする順序が逆だからです。市民がよほど騒いでそれで政治家や企業が重い腰を上げたというのではないからです。

この問題は、政治家や企業がやたら問題にして、市民の関心は無視して勝手に進めているからです。

それほど市民が関心がない夫婦別姓問題を一刻も早く行えと、政治家と企業がです。(いやいやそれより先に減税やれよとこちらはいいたい)

これはなぜか? ということです。

だからこれもまた金であるということです。こちらの問題などUSAIDがなくても、お隣の大国もいることです。(もちろん中国)

そういうところから金が回ってくるなら、そりゃいうでしょうね。こういうこともです。そりゃやるでしょうね。こんなことをすれば(前回も書きましたが)夫婦から親子からご先祖様から皆がバラバラになるのにです。

しかし、そんなことより金儲けなのです。このような人たちはです。

だから、それほど問題でないことを問題にし(そこに金儲けの種があるなら)多くの人々が望んでいないことまで平気で(一生懸命)しようとする。自分たちの金儲けのためだけにです。

これでよい日本がつくれると思いますか。そんなことより金儲け優先だからです。

本当にもう目を覚ましてください。人はもちろん、神は観ていられるからです。そのような人たちの行動すべてをです。

夫婦に愛があるなら、わざわざ夫婦が別姓にしないでも乗り越えていけるのです。そのような夫婦別性の問題など、大きな大きな夫婦の愛に比べるなら、とてもとても小さな問題であるからです。

それが大きな問題と言い張る人はあなたたち夫婦の愛があまりに小さいだけなのです。そうであるなら愛を出しましょう。夫婦の愛をもっとです。そのような夫婦の愛を出せば出すだけ自分たちだけでなく周りの多くの人たちも癒されるからです。

あなたたちも性の時など、愛を出せば出すだけ高まって幸せな気持ちになれるでしょう。(苦笑)それと同じです。(たとえ変ですけど。〔笑〕)

夫婦が愛を出せば出すだけ、自分の子供から親からご先祖様に至るまで、そんな死んだ人たちまでも癒されるのです。

その夫婦の愛にです。

要はすべてのことが大事なことであるということです。そのような夫婦で行うことはです。夫婦になることで多くの人たちと縁を持つことになるからです。その夫婦の親から家族から親戚、そうしてご先祖様に至るまでです。

だからキリストは結婚のことを一体といわれたのであるし、また「神が合わせたもうもの人これ離すべからず」ともいわれたのです。

男女の結婚とは、そのように多くの縁を持つばかりかりでなく、過去世でも多くのところで多くの縁を持ち、そうして今生結婚しているからです。その夫婦はです。

そのような深い縁がある者同士でなければ結婚は出来ないことであるからです。(ただし最近は例外もあるようですけどね。こんなわがままが過ぎる世になると、過去世で、そんなに縁のない人が今生であって感情だけで結婚してしまう人もいるようだからです。結婚してもすぐに別れてしまう人など、そのような人が多いようです)

だからキリストは結婚を「神が合わせたもうもの」といわれているのであるし「人これ離すべからず」ともいわれているのです。

この世だけで見るなら、男女がであって結婚したという話ですが、しかし、その結婚とはそれだけ深く複雑な縁の元しているからです。それは、ただ男女がであって結婚した、そんな簡単な話ではないからです。

そういうことを考えるなら、選択的夫婦別姓は選べるからいいとか、そういう問題ではないということが分かりませんか。過去何百年、何千年の縁の元その人たちは結婚しているからです。

そういうことを知っている私からすれば、結婚した以上、夫婦は一体なのだから、同じ姓で死ぬまで一緒にいろと、一緒に勉強しろと、そういいたくもなるのですが、しかし、それもまた極端ですので(キリストもそうはいわれても絶対に別れてはいけないとはいわれていませんし)それ相応の理由があるのなら、不幸な結末を迎えても仕方がないとは思いますが(離婚するなら自分たちが不幸になるだけだから)しかし、基本はです。

ひとたび夫婦となるなら、一体となって(ということは、もちろん姓も同じで)死ぬまでともにいることです。

だからそもそも、この夫婦別姓の理論自体がナンセンスであるのです。

この世で夫婦となる縁をいただいた以上、同じ姓となるのは必然のことであるからです。それがキリストが夫婦は一体といわれたことの最初の一歩であるからです。

どちらにしても、いつまでもそんな悪魔の思想に洗脳され、今のことだけしか考えない、金のことだけしか考えないでは不幸にしかなりません。

その不幸とは、あなただけではなく、あなたに縁ある(縁が深い)多くの人たちをも不幸になるということでもあるのです。

よく考えませんか。自分の行いをです。

そのようなすべての正しいことを教えてくれるのが、この正法神理であるのです。

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3月 09 2025

愛の凄さ

これだけ罰当たりな態度はよくないと、それでこんなひどいことにもなっていると、これだけ分かりやすくたくさんの例まで挙げて書いているのに、それでもまだ分からない、そんな愚かな人が昨日も多かったです。本当に残念です。

そういう愚かな人が減っていくなら布施も集まるでしょう。しかし、それが全然集まらない。(同じ人しかしない)

もう惨憺(さんたん)たる思いですね。これでは減らないはずです。天罰がです。

昨日嫌がらせしてきた人たちも全員出ます。そうしてそれは感謝するまで止まりません。

昨日もまたやたら怒っているところがいくつもありましたが、その災いは神理に感謝の布施をするまで止まりません。

神理をきいているのに感謝もせずに嫌がらせをしてきているのはあなたたちの方なのです。

そういう傲慢な態度を改め、謙虚に感謝してください。神理をきけていることにです。

何度でもいいますが、そういう謙虚な心にならない限り、絶対に(死んだ後まで)止まらないからです。その天罰はです。

それは(私ではなく)神が起こしていることであるからです。

だから、どれだけ怒ろうが、無視しようが無駄です。神にそのような態度を取っていては、それは不遜でしかないからです。それもまた罪であるからです。

いい加減、神理を説いている私のいうことを信じ、そのような神の業を畏れ、素直に頭を下げませんか。

そうした人から救われていくからです。

しかし、どれだけいってもそれが分からないようです。このブログを見ている多くの人にはです。(かなり傲慢さが進んでいます。本当に残念です。そこまで悪魔にやられてしまっていてです。〔涙〕)

あの大船渡市の山火事は消えたのでしょうか。あれほどの山火事も、そうしてそれを実質消したあの雨もです。

あまりに長引いてはと神も哀れに思われ、そうしてあの雨を降らされたのでしょう。もっと早くも起きるのです。あのような雨はです。神を思う心がもっとあるならです。

しかし、その山火事を消されたのも神なら、それを起こされたのも(これほどの乾燥をもたらして)神なのです。

東京は昨日もまた雪が降ったそうですが、その雪がこの一週間で3度も降っているそうですね。東京はです。

もう三月です。それなのにこれだけ雪が降る。そうかと思えば、シャツ一枚でも寒くない夏のような陽気にもなり、その極端さが半端ありません。(もはやここまでくると陽気ではなく妖気ですね。東京には妖気がただよっています。〔苦笑〕)

なんで東京はこんなことになっているのですか?(別に東京だけではありませんが、東京は特にひどい)

まだ神を信じませんか。東京の人たちもです。神を信じ、もっと神を思うなら、東京にもこんなひどいことは起きないのです。東京などもうずいぶん長いことこんな異常現象が続いているからです。

日照り、乾燥、長雨に大雨、今回のような雪に暴風、そうして地震まで多いと、もうなんでもござれです。東京はです。災いのデパートのようになっています。もう何年も前からです。

何度でもいいますが、なんで東京はこんなことになっているのですか?

それは神を無視している人が多いからです。

皆さん、もういい加減(傲慢な心を反省し)謙虚になって、この神理を真剣にききませんか。

そうすれば、そのような災いはおさまるからです。実際に私にはそんな災いは起きはしないからです。起きないどころか、よけていっているからです。

そういう証明がもう何度もなされているのに、いつまで無視しているのですか。だから、それほどの災いも起きるのです。

いい加減、信じ行いませんか。この正法神理をです。そうすれば多くの人たちが救われるからです。

こちらは分かるまでそれをいい続けるしかありませんが、もう15年も同じことをいい、そうして、それに伴う現象も現れ続けているのです。いい加減理解してほしいものです。この神理をです。

しかし、こちらは50年ですか。これはこれで長いですね。(苦笑)

しかし、よくこれだけ長いことおかしなことをいい続けられるものです。前回書いた国際女性デーの話ですが、昨日は名古屋・栄の辺りでデモまで行われていたそうですね。今日の中日新聞に書いてありました。

女性への差別や暴力の反対などを求めてのデモですか。

それは別にしてもらえばいいのですが(私も反対ですから。女性への差別や暴力はです)しかし、夫婦別姓の導入まで求められてはね。明らかにいきすぎだろうと思いますよね。

それほど夫婦が同姓で困ることなど今の日本ではないはずだからです。むしろ別姓にした方が不利益が大きいはずだからです。(前回も説明しましたが)

「事実婚では不利益なことが大きく、結婚11年目で法律婚をした。夫の姓で呼ばれるたび喪失感や悲しみがたまっていく」などと今日の中日新聞に、そのデモに参加した参加者の夫婦別姓に賛成する人の意見が書かれてありましたが、しかし「夫の姓で呼ばれるたびに喪失感や悲しみがたまっていく」って、この人、夫に対する愛がないんでしょうか?

夫に対する愛があるなら、逆に夫の姓で呼ばれるなら幸福感や嬉しさがたまっていくはずですが、夫の姓で呼ばれるたびに、この夫婦別姓に賛成している人は喪失感と悲しみがたまっていくそうです。

しかし、まあ、こんな夫婦間で愛のない人のインタビューを載せるより、もっと愛ある夫婦の人のインタビューを載せた方がいいのではないですか。中日新聞もです。

そうした夫婦の方がずっと多いだろうし、それに、そうした記事の方が、それを読む人たちの心もずっと安らぐであろうからです。

それなのにわざわざ、こんな愛のない夫婦の人のインタビューを中日新聞は載せている。さすがUSAIDにやられている新聞です。(苦笑)このように洗脳されるということです。

なにかそちらの意見の方が多いような、そんな気分にさせられてです。新聞に書かれるなら、そう思うからです。しかし、実際はそんな意見は少数意見であるということです。

そんな愛のない夫婦の方が少ないからです。世の中はです。

そうして愛ある夫婦は別々より同じを望むのです。だから夫婦は同姓であらねばならないのです。

夫婦は一体であるからです。キリストもそういわれているからです。夫婦は一体であるとです。

なんでキリストはそういわれたのか?

それは一体とは愛ということであるからです。

それが証拠に、一体である時は相手のすべてが愛おしく汚いものなどないでしょう。興奮して一体となっている時など相手のどんな汚いものでもきれいに思え、汚いという気持ちがなくなるのです。

だから一体の時は(愛がたくさん出ている時は)どんな汚いものでも口をつけることが出来るし、飲むことも出来る。

このブログは小学生まで見ているのでこれ以上は詳しく書きませんが、夫婦のみに許されている性を行う時は皆そうなるのです。相手の汚いものなどなくなるのです。それは愛があふれて一体となっているからです。

それは自分自身を考えてみても分かるでしょう。

例えば、唾(つば)でもそうではないですか。自分がはいた唾をもう一度飲み込めというと、それが出来る人はあまりいないでしょう。

いくら自分の唾とはいえ、はいてしまうと(自分の外に出してしまうと)それを汚く感じてしまい、もう一度それを飲めといわれても飲む気にはならないからです。

しかし、自分の口の中にある唾はどうでしょう。別に汚いとは思わず普通に飲めています。唾などいくらでも口の中にたまるからです。

これは大小便でも同じで、自分の体の中にあるうちは大小便も汚くは感じないのですが、それが一度、外に出てしまうと、誰もが汚く感じてしまう。大小便など自分もの人のものに限らずみな汚いと思ってしまうからです。

しかし、自分の体の中にあるうちは、不思議なことに誰もそれを汚いと感じない。

それはなぜなのか? ということです。

それは自分と一体であるうちは、それは愛があるということであり、その愛があるうちはどれだけ汚いものであろうが、じゃまなものであろうが、まったく気にならないということです。

愛の力は、そのすべてを凌駕(りょうが)するからです。

お分かりですか。愛の強さ、凄さというものがです。愛は、唾であろうが、大小便であろうが、それを超えていくということです。だから、例えば、ある人は寝たきりの親の下(しも)の世話までするが、ある人はまったくしようとしない。

それは愛の違いであるということです。愛があるならどんなことでも出来るからです。汚いことでも汚いと思わずにです。

だから子供が生まれた時は、その子供の世話を夫婦は喜んでするでしょう。あれは愛があるからそうしているのであり、愛がない人はたとえそれが自分の子供であろうと世話などしないのです。

それは子供がらみのおかしな事件など知れば分かるはずです。それを行う行わないの違いは愛があるかないかの違いであるということです。

すべてはその愛が元であり、愛がないとなにごとも出来はしないということです。うまくはです。

その愛のない人の意見を平気で載せる、先ほどの中日新聞の記事など、そういう記事に騙されては(洗脳されては)ならないのです。

愛ほど大事なものはないからです。

こういう愛の大事さまで、ここまで詳しく例を挙げ教えてくれるものなどこの神理しかありません。

もっと真剣にききませんか。この正法神理をです。

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