>>ブログトップへ

ブログ

12月 06 2019

すさまじい数の現象

昨日はちょっと驚きましたね。なぜって、まるで申し合せたかのようにどこも同じような態度を取っていたからです。

最近はどこかの会社までドン引きしているんですが、そのようなドン引きしているところがあちこちでドンドン増えているのです。

それだけではなく昨日など、ほとんどのところで(工場や工事現場で)みな同じようにドン引きしていたから驚いたのです。

あまりに取っている態度が同じであったからです。

あれだけ多くの場所で同じようにドン引きしていたことはこれまでなかったですね。昨日は金山の方に行っていたのですが、一社だけでしたもんね。怒っていたのはです。(またその怒り方が異様な怒り方でしたが。町中にきこえるようなでかい音を立てていましたから)

あと、その辺りはいくつも工事現場があるんですが、どこもドン引きしていて先週までとは大違いでした。

一週間前にも同じ場所に行きましたが、その時はどこでも嫌がらせをされましたから。あっちでガンガン、こっちでゴンゴンみたいにです。

というか、それが私は普通なんですが昨日など、異様な怒り方しているところが一社あっただけで、あとはどこもシーンとしているのです。

あんなに静かだったのは初めてですし、それにその場所には(金山駅のすぐ近くで線路がありますから)電車も走って行くんですが、その電車がまた静かなのです。

私がどういう声をかけても(もうこっちはドンドン病気になっているぞとか、帰依しなくて大丈夫かとかです)何もしていきません。いつもならファンファンやっていくのにです。

なんでこんなにどこも静かなんだろうと不思議で仕方ありませんでしたが、その時にふと気づいたのです。「あれ、そういえば今日は金山にくる時も(いつもと比べれば)どこも静かだったな」とです。

トラック連中が相変らずブシュブシュやっていましたので(この連中は変わりませんね。あれだけ減っているのにです。よく頑張ります)それまで気づかなかったのですが、昨日はどこを歩いていても妙に静かだったのです。

その金山からの帰り道でもそうでした。

どこも静かで、いつもなら(その道を通った時は)必ずでかい音を立ててくる工場があるのですが、昨日はそこも静かだったのです。私が何をいってもです。

だから不思議で仕方ありませんでした。

私からは、そのような態度が異様に思えて仕方なかったからです。これまでは静かな時でも、いくつかの会社からは、必ずでかい音を立てられ嫌がらせをされ続けていたからです。

ところがそういうところがドンドン減って行き、昨日などはもうどこの会社も同じように静かなのです。

さすがにちょっと気持ち悪かったですね。ずっと嫌がらせをし続けていたところが一斉にその嫌がらせをやめてしまっていたからです。(まあ、町中に響く程のでかい音を立てていた一社をのぞいてですが)

ということはです。それだけ一斉に現れ出したということなのではないでしょうか。同じような災いがです。

まさかもう嫌がらせに飽きたからやめたということはないでしょう。この辺りは、ずいぶん執念深い人たちばかりであるからです。(笑)

みんなが同じように嫌がらせに飽き、そうして一斉にみんなが私に対する嫌がらせをやめたということなど考えられません。

とうことは、それだけ多くの災いが、それだけ多くの人たちに現れだしたと考えた方がよいのではないでしょうか。

まだ、この状況でも私に嫌がらせをし続けていたところなど、どこも札付きのところばかりであったからです。(札付きの罰当たり連中が多いところという意味です)

このような状況でもまだ私に嫌がらせをしてくるところなどは、もうどれだけ災いが現れても、そんなこと知るかという奴が何人もいて、少々の災いが現れたくらいでは嫌がらせをやめようとしない、そんなところ(会社)ばかりなのです。

そんな札付きのところが一斉に私に対する嫌がらせをやめたということは、それだけ激しい災いが(多くの災いが)そういうところにも現れだしたということになります。

そういう札付き連中が嫌がらせをやめるくらいの数の災いがです。

だから私に対する嫌がらせをやめたのです。よほどの(数の)現象が現れて来なければ、このような札付き連中が私に対する嫌がらせをやめるわけがないからです。

そういう札付きの会社の連中が一斉に嫌がらせをやめたのです。そう考えるとです。ちょっと想像がつかないですね。

何の想像がつかないかといえばもちろん、今この辺りで起きている災いの数の想像がです。

そうではないでしょうか。

だって、昨日だけでもです。私は金山まで辻説法をしながら歩いて行ったのです。私の家から金山までは五~六キロはあるでしょうか。(もっとあるかもしれませんが)その間、会社や工事現場などは数知れずあります。

そうして、私に必ず嫌がらせをしてくる札付きのところなどいくつもあるのです。(もちろんそういう会社は五社や十社ではききません)

そういうところが昨日など一斉に嫌がらせをやめてしまったということはです。ここ数日で一体どれくらいの数の災いが現れたか知れないということになります。

どれだけ災いが現れていても、嫌がらせをやめなかった札付き連中が一斉に私に対する嫌がらせをやめたというのですから、もうそういうところには相当数の災いが現れたと考えて間違いないからです。

そういうところが一社や二社ではないのです。

では、何度もいいますが、そういうのを全部考えればです。一体どれだけ多くの災いがこの辺りに現れているのか想像がつかないといっているのです。

それだけすさまじい数の災いが現れているのは間違いないはずであるからです。

だから、もの凄い数の災いが現れていると思いますよ。だから札付き連中が嫌がらせをやめたのだし、それプラスこの車の減りようです。

もうすさまじいまでの災いがこの辺りだけでも現れていると想像できます。それなのに誰もこの起きている現象を怖がらないし(いや、凄い数の現象が現れているのですが……)奇跡が起きているこの教えに興味を示さないというのですから、起きていることがちゃんと分かっているのでしょうか?

この辺りの人たちはです。

多分、分かっていないのでしょう。だから歩いている人も、そうしてトラック連中なども平気で私に嫌がらせをし続けているのです。

いま起きていることが、全然理解出来ていないからです。

理解出来ていないでしょう。ちゃんと理解出来ているのなら、これだけ車だけ見ても減っているのです。

もう少し、この奇跡が起きている教えに興味を持って、帰依する人が出てきてもおかしくはないはずだからです。

しかし、そういう人は皆無です。では、いま何が起きているのか(どれだけ恐ろしいことが起きているのか)それをしっかり理解している人は皆無であるといっても過言ではないでしょう。

理解できないから、この教えの有難さが分からないのです。(起きていることの恐怖もです)

いま現在は多くの天変地変が日本中に現れているのです。(その数だけでもすさまじいですが)そして、この辺りだけ考えてもです。

多くの車が減り(これだけトラックが減っているのに、その減っているトラックの運転手連中がその恐ろしさの自覚が全然なさそうです。これだけトラックが減っていたら、次は自分がいなくなると想像できそうなものですが〔そういう想像が出来れば何とか助かりたいとか思いそうですが〕それをせずに私に対する怒りしか持たない。これではそんな運転手がいついなくなるか知れません)多くのところに次々に災いが現れているのです。

しかもその数はすさまじく、その災いの数がまだドンドン増えているのです。

それなのに、何一つしようとしない、その災いに対する対処をです。

しかし、その起きる災いは凄い勢いで増えているのです。それは私が一番分かっています。(これまでの体験でです。今回もしっかり書きましたが)

こういう状況にもかかわらず(何度もいっていますが)今のまま態度を変えなくてよいのですか?

今のままの態度では確実に現れてくるのですよ。自分たちにもその災いがです。(どれだけ目をつぶり、耳をふさいでも現実は変わらないのです。悪いことがドンドン増え続けているからです。だからこれだけ書いているのです。事実を事実のままです)

しかし、私が実践している正法神理はこれだけ災いが起きている中にあっても、唯一、奇跡を起こせる教えであるのです。

実際に奇跡が起きているのは私たちだけであるからです。

災いを防ぐには奇跡しかありませんが、それでもまだこの教えの無視を続けるのですか?このブログを見ている多くの人たちはです。

しかし、何度もいいますが、すでに日本中で天変地変がドンドン増え(いま現在でも北日本は大荒れですし〔震度3~4程度の〕地震が関東などにも頻繁に起きています)この辺りに起きる(病気などの)災いもすさまじい勢いで増えているのです。

何度も書きますが、私が祈り天気を変えたことも病気が治ったこともあります。

ということは、この教えを実践するなら、天気も変わり(天変地変もおさまり)病気も防げる(癒せる)ということになります。

そのような災いが今の日本には激増中ですが、その災いを防ぐことが出来るのはこの教えだけなのです。にもかかわらず、それでもまだこの教えをこのブログを見ている多くの人たちは無視するのですか?

この教えを日本中の(もっというなら世界中の)人々が待ち望んでいるにもかかわらずです。

2コメント

12月 05 2019

器の大きさ

本当にいい加減にしたらどうでしょう。折れればいいのにね。もう自分たちが悪いのは分かり切っているからです。

しかし、絶対に折れようとしません。この辺りの人たちはです。

もうどこかの会社など本当に次々に災いが起きているようですし(またコロッと逝く人が出たみたいです。もうドン引きしていますから……よく怖くないですね。これだけ起き出して)他の場所でも、同じようなものみたいですよ。

昨日でも二日前と同じようなところを歩いたのですが、その二日前に散々嫌がらせして来た工事現場の前を通ると、昨日など休みのように静かでした。

それで私が「皆さん、大丈夫ですか。滅びていませんか?」などと声をかけたのですが、一切、音を立てませんでした。二日前とのあまりの違いに(二日前はもうガンガンやられましたから)違うところに来たのかと錯覚したくらいです。

わずか二日でこうも違うのです。一体何が起きているのでしょう。そんなにすぐにです。(すぐに何か現れるようです)

これだけ次々に災いが(天罰が)現れているのです。どう考えても折れた方がいいでしょう。天罰が現れている方がです。

しかし、これだけ分かりやすく天罰が現れていても、それでもこの辺りの人たちは、自分たちが悪いとは認めようとしないのですから本当に呆れてしまいます。

昔の人ならもうとっくに頭を下げていたはずなのにです。しかし、この辺りの人たちは絶対に下げようとしない。本当に現代の人たちの傲慢さが(しかもとびぬけたです)よく分かる態度です。

お前のような悪い奴に頭など下げられるかですか?それともこれは皆お前がしていることだ、などとでもいいたいところなんでしょうか?

どちらにしても、おかしな難癖はやめてください。そんな(悪い)ことしていたら自分にも悪いことは起こります。(因果応報)しかし、私には奇跡しか起きていないのです。

これが私は何も悪いことなどしていないという何よりの証拠なのです。

自分たちが悪いことを(間違ったことを)しているから自分たちに悪いことが起きるのです。私はよいことを(正しいことを)しているから天罰もくだらず奇跡も起きているのです。

それが事実であり、それにもかかわらず(私の正しさを)絶対に認めようとしませんが、どういったら分かるんでしょうね。

こういう人たちにはです。

だから昨日など「もうこの教えを知らない人、無視している人、そうして逆らっている人たちに次々に災いが現れています。それはこの辺りだけでなく日本中の人たちにです。だから、もうこの教えに帰依しませんか?そうすればその災いは止まるからです」

「私が祈って天気が変わったのはみな知っていますよね。だから、この教えが日本の人々に拡がるなら、いま日本に起きている激しい天変地変も止まるのです。それなのに皆さん方はこの教えを無視しているのです。これだけ罰当たりな態度もありません。この教えを拡げれば日本は救われるのにです。それをいつまでたってもしようとしないのです。だから罰が当たるのです。よいことをしようとぜず自分のことばかりしているからです。この教えに帰依し、この教えを日本中に拡げませんか?そうすれば日本に起きている天変地変は止まるからです」

「自分さえよければそれでいいのですか?この教えに帰依すれば自分だけでなく日本中の人が救われるのですよ。やりませんか。無責任な態度を続けているのではなくです。皆さん方がこの教えを無視し続ければ日本中の人たちにも悪いことが起き続けるのです」

などなど、多くの人の愛の心や責任感に訴えるような話もしたんですが、それで黙り込む人などほんの少しで、ほとんどの人がそんな話をいくらきいても、人の(日本の)ことなど知ったことか、みたいな態度を平気で取り、嫌がらせをし続けていました。

本当に小さな考えです。こういう人たちは自分のことしか考えていないからです。(正確にいうなら、こういう人は自分のことも考えていませんね。私に嫌がらせなどし続ければ自分も危ないからです)

このような人たちは、どういってもこの教えに帰依して、この教えを世に広めようとは思わないようです。それをするなら自分も日本も救われるのにです。

しかし、これでは(こういう人たちばかりでは)どうしようもありませんね。こうも器が小さくてはです。

所詮、器の小さな人に世の中のことをいくら語っても関係ないからです。自分のことで精一杯であるからです。(その自分さえも粗末にしか扱えないのですから)

そこは本当に残念なんですが、この辺りのそういう(器の小さい)人たちはともかく、他の地域の人たちもそうなんでしょうか?

他の人たちのことなど、日本のことなど関係ありませんか?他の地域の人たちもです。

そういう(器の小さな)人は仕方ありませんが、そうではなく、自分が協力するだけで日本に起きている災いが(天変地変などの)止まるというのなら、帰依でも布施でもさせてもらおうではないか、と少しでも思える(器の大きな慈悲深い)人はやれる範囲で結構ですから、ぜひご協力ください。(それくらいの度量がある人はいないんでしょうか?本当に情けないです)

本当にこの教えを拡げるなら(この辺りの災いもそうですが)日本に起きている激しい天変地変を抑えることは可能であるからです。(いい加減信じてください。これは事実であるからです)

その器といえばです。

前回のブログに書いた天下人など器が大きくないととてもなれませんよね。

しかし、器と正しい行いは別なようです。器が大きくても邪な心が大きければ間違った方向に行ってしまうからです。

そうなってしまった日本の天下人はともかく(信長、秀吉)中国の天下人(笑)はどうなんでしょうか。

その中国の天下人の動向が日本で問題になっているからです。

もちろん、中国の天下人といえば、習近平国家主席なんですが、その習主席の国賓来日がずいぶん問題になっていますね。

そりゃなるでしょう。中国政府のウイグル弾圧の様子を記した内部文書が明らかになり、世界に衝撃を与えたばかりです。

これで習主席を国賓来日などさせれば、日本は世界から白い眼で見られてしまうと思うんですが、しかし、です。中国がウイグルを弾圧していたことなどすでに承知の事実です。

それ以外でもチベットや南モンゴルなどの弾圧も世界は皆知っています。今さら感はありますよね。もう中国のひどさはどこも知っていることであるからです。

だから逆に来てもらった方がいいのではないですか。習主席に来てもらって日本でゆっくりしてもらい、当分日本にいてもらえばいいのです。

いま中国側に拘束されている邦人(まだ十数人くらいいるんでしょう)を返してもらうまではです。

その人たちがみな帰って来たら、お帰り願えばいいのではないですか?その方が何かと早く解決がつくと思うからです。そういう問題もです。(それは北朝鮮も同じです。一度、金正恩党委員長に来日してもらい日本でゆっくりしてもらえばいいのです。拉致被害者がみな帰ってくるまでです)

……なんてことしたら中国との間に(北朝鮮とも)血の雨が降りますかね。(苦笑)

しかし、中国などそのようなことをするのは日常茶飯事でしょう。(というか、もっとひどいことしていますよね。中国は。いろいろすさまじい噂がきこえてきますから……ほんと中国首脳の皆さんが深い地獄に堕ちないか心配です)だから、そういうこともした方がいいのではないでしょうか。

そうすれば、それが悪いことだと少しは中国側にも分かってもらえると思うからです。(これも愛です)

もし、中国との間に血の雨が降るなら、仕方がないので同盟国のアメリカと組んでやってはどうでしょう。(後ろからロシアとインドから中国にミサイルを撃ちこんでもらって、横の台湾にも加勢を頼み合従連衡でです……みな中国のことはよく思っていないからやってもらえるでしょう。無理ですか?安倍総理、得意の外交で話つけといてください)そうすれば否応なく、嫌でもやらなければいけなくなるからです。

憲法改正もです。(苦笑)

などという危ない冗談はこれくらいにしまして(苦笑)しかし、アメリカと中国は本気で貿易戦争をしてるんですよね。(それにアメリカはウイグル人に対する人権法案も可決されたようですし)

大丈夫ですか。日本がアメリカも中国も、そうして他の国とも仲良くなどというコウモリ外交を続けていてです。

アメリカが怒りだしませんか。そんなどっちつかずのことをしていたらです。(今アメリカにソッポを向かれたらアウトですよ)

しかし、中国とも仲良くしないといけないですか。中国びいきの政財界の人々も(大物も)多いからです。(中国びいきって、単に中国から金をもらっているだけの話なんでしょうが。〔苦笑〕……しかし、大丈夫なんですかね。これほどひどいことをしている国と懇意にしていてです。自分もやられるとは思わないんでしょうか?だとしたら、ずいぶん能天気です)

しかし、中国の悪行が段々世界にばれてきています。(香港のあの弾圧もそうですが)ここであまり中国に寄っていってはまずいんじゃないですか。中国を反省させられるというのなら話も別でしょうが。(中国共産党の皆さん、今のままでは全員が地獄行きです。反省してください、とでもいって回りましょうか?私がです。〔笑〕それで中国が変わるなら世話ありませんが)

現時点ではアメリカでしょう。少々、アメリカ軍の駐留費を吹っ掛けられていてもです。(しかし、日米貿易協定はもっと頑張りましょうですけどね。どう考えてもです。今のままでは農家がつぶれます。ガッポリ補助金など出さないといけないでしょう)

だから、するならアメリカに比重を置いてやらないといけないと思いますが、まあ、いろいろな人がいて難しいところなんでしょう。

安倍総理はです。(それこそ他国びいきだけではなく工作員とか、スパイとかもたくさんいてです。スパイ防止法がない日本はスパイ天国ですから)

本当は、神に祈りながらすると一番いいのですが(そうすると悪いことをしている人たちにいろいろなことが起きますから。この辺りのようにです)政治の世界でこの教えを知っている(実践している)人はいません。

本当にそこも残念です。この教えを知っている(実践している)政治家が一人でも二人でもいるのなら、また、状況も変わってくるのにです。

しかし、無いものねだりをしていても仕方ありません。こちらはこちらで今やれることをするだけです。

このように今の日本は政治も(そうして経済も)非常に危ない状況になっています。

器の大きな方はぜひこの教えの流布にご協力ください。そうしないと、今のままでは日本はどちらにしても潰れるからです。

(ここ二、三日の間に関東北部で震度三以上の地震が相次いでいるようですね。〔北日本は大荒れだし〕いよいよ首都直下型地震がくるかもしれませんね。しかし、そのような天変地変だけでなく、政治経済の面でもすでに相当危なそうです。〔何か大失敗しそうでです……政策の失敗もそうですし、経済では、大会社のどこやらが潰れるだのリーマンショック以上の金融危機がくるだのいわれていますし〕本当に神の教えを無視しているとよい方には行きません。もうやるしかないのですけどね。この教えをの実践をです。日本が滅びる前に早く日本の人々にはそのことに気づいてほしいものです)

0コメント

12月 03 2019

自分本位の間違い

多少は出てきましたかね。私のいうことを(少しは)きく人もです。

といってもごくわずかなんですけどね。

例えば嫌がらせをして来た人でもです。

「大丈夫か、まだそんなことしていて。心が汚いまま責任転嫁している連中に次々に罰が当たっているぜ。うちの近所など死んでく人まで出ているのに、この教えに帰依しないでいいのか」とか「今のままでは必ず悪いことが起きてくるぜ。この教えに帰依しなくて大丈夫か」などなど、そのようなことをいい回っていると、無視する人たちもまだいますが、頭を下げる人たちも段々出てきました。(まあ、目の前で本当に危ないことが起きていますからね。この辺りは)

もう私のいうことを真剣にきかないと危ないのです。これだけ災いが起きてくると私のいうことをきく以外で救われる道はないからです。(またどこかの会社などコロッと逝く人が出たようです。朝からカーンとかして今はドン引きしていますから)

いつまでも悪いことを私のせいにして怒っている人たちなど、もう災いが起きるのを待っているようなものなのです。

それなのにいまだ多くの人たちが、私のいうことをきこうとしませんが、一体どういう基準でそれを(無視を)しているのでしょう。

これだけ災いが起きていてです。(この辺りも全国的にもです。昨日などでも関東辺りは十二月とは思えないような激しい雨になったようですね。ほんと天気も落ち着きません)

単にめんどくさいとか気に食わないからとかいう理由でしょうか?それともお前のいうことなど信用できるかということでしょうか?

どういう理由かは知りませんが、しかし、あんまりめんどくさいとか(そんな気楽なことをいっている場合でしょうか?)気に食わないということだけで無視などしない方がいいですよ。(信用できないなら仕方ないでしょうが)

気に食わないのと、正しいことをいっているのとは別であるからです。

それと金のあるなしもそうです。金などなくても正しいことはいくらでもいえるからです。

逆に、金があっても正しくない人たちは一杯います。

しかし、そういうことが基準の人ってわりと多いのではないでしょうか。金をもらえばいうことをきくがもらえなければきかないなどという人はです。

中には金をもらえるなら悪いことでもするという人もいますが、しかし、金などもらうだけで、あるいは金を稼ぎたいがためだけに、手段をえらばないようなことをしている人たちは死後、深い地獄に堕ちていかなければいけません。

その典型例が高橋先生が書いていられたGLA誌に書いてあります。それを抜粋して起きましょう。

自分だけ儲ければいいとか(えらくなればいいとか)金を稼ぐのに(出世するのに)手段をえらばないような人が案外世の中は多いからです。

その典型例とは、日本では一番の出世頭であった豊臣秀吉のことです。(なんせ、百姓から天下人ですから)その秀吉が、死後どのような世界に堕ちて行ったのかを高橋先生が書かれていますので、それを書いておきます。(そういえば来年の大河ドラマは明智光秀が主人公とのことですが〔麒麟がくる〕その光秀のことも書いてあります……その大河ドラマをやっているNHKなど、大河の出演者がいろいろ薬やら税金の問題などで不祥事を起こして、大変なことになっているようですが、NHKも儲け過ぎなのです。利益が一兆円近く出ているんですよね。〔ハァ?〕公共放送は営利を目的としないはずなのにあり得ませんね。〔給料もずいぶん高いみたいだし〕だから罰が当たるのです。自分たちばかりがいい目を見ているからです。受信料をもっと下げないとまだまだ罰は当たります。そういう時代になっているからです)

GLA誌 1973年 五月号より抜粋

<秀吉という男は草履取りから、位人身を極めた。今日、秀吉の魅力は大分半減したようだが、それでも出世主義は男の生甲斐になっている。秀吉は謀略の名人で、敵対する者は、ことごとく殺し、我が世の春を謳歌する。しかし、その反動は死の数年前から現れ、彼は自分の悪を清算できず、あの世に帰った。人の恨み、ねたみもあって、彼は地獄で今でも苦しみ、暗い世界でまだ号令をかけている。ところが号令をかけると、在世中、憎しみをいだいて死んでいった多くの人々の呪いの顔が彼の眼前に現れ、彼を苦しめる。彼の謀略は地獄では通じないのである。謀略の想念がスグ様自分にハネ返って来て、謀略で倒された人々の怨念が、彼の身と心を八つ裂きにするからだ。八つ裂きにされても彼は死ぬことが出来ない。息をふきかえし、我にかえると、また彼は号令をかける。また八つ裂きにあう。こうした繰り返しの中で、身も心も細る生活を続けている。現象界では謀略によって天下人になっても、あの世に帰れば一転して地獄である。その地獄も、自分の想念と行為の清算のみでなく、人々の怨念がプラスされる。

一方、歴史の上では悪の代名詞のようにみられてきた明智光秀は、神界にあって、自適の生活を送っている。殺された信長も秀吉同様、今もって地獄にあるのに、殺した光秀が神界にあるとは、誰しも解せぬであろう。殺された信長は権力の盲者であり、殺りくに快感を覚える精神異常者であった。殺した光秀は平和主義者であり、このため信長を討つことにずいぶんと迷う。しかし世の混乱のモトは信長にあり、逆臣の汚名を着せられても信長打倒に意を決し、本能寺を襲う。もちろん、こう決心するには、秀吉の奸計が裏で働いていた。彼は、信長に光秀謀反を伝え、光秀には信長打倒を促している。光秀はこれに感づいてはいたが、あえて信長打倒に踏み切ったのである。本能寺の変を知った時の秀吉の喜びようは大変であった。彼はこの時、天下人の夢を我がものにしたのである。

謀略によって、戦国の覇者になっても、落ち行く先が地獄では間尺に合うまい。栄耀栄華の期間は短く、地獄が何百年も続いては、どう転んでも計算が合わないからである>

このように、この世でどれだけ栄耀栄華を極めても、死後地獄に堕ち、何百年も苦しんでいるようでは間尺に合いません。

秀吉は慶長三年(1598年)信長は天正十年(1582年)に死んでいますので、まだ地獄にいるのなら四百年以上も地獄にいることになります。

秀吉の例を見ても分かりますように、一度地獄に堕ちると、次々に苦しみが襲い、とても反省など出来ないのです。苦しみの方が強くてです。

しかし、そのような苦しみの中で自分が悪かったところをよく反省した者だけが、ようやくその地獄の世界から抜け出ることが出来るのです。

秀吉や信長は戦国時代に自分の天下取りのため相当あくどいことをしたようです。その結果がこれです。

この世には、秀吉、信長ほどのあくどいことをしていなくても、自分ばかりが儲けて他は知らないという人たちがごまんといます。

そういう人たちは、秀吉や信長の例は知っておくといいでしょう。死後の自分のだいたいの基準が分かるはずだからです。(中には秀吉、信長以上のあくどいことをしている人もいるかもしれませんが、そういう人は秀吉、信長以上の深い〔苦しい〕地獄に堕ちないといけません。それは確実なのです。自分が蒔いた種は自分で刈り取る〔それがこの世であろうとあの世であろうです〕それがこの世界の誰にも変えられない〔神が決められた〕ルールであるからです)

この世で天下人といわれる人でも、あの世での評価はまったく違うということはこのようにあるのです。(光秀の評価もそうですが)

しかし、同じ天下人でも徳川家康は違ったようです。家康は同じ日本人としてすでにこの日本にまた生まれていたからです。(俳優の長谷川一夫)

地獄からこの世に生まれることは出来ません。だから家康は地獄に行かなかったようです。(または行っていてもごく短期間)

家康は周りに対する愛があり、秀吉や信長はその愛がまったくなかったということです。

自分のことしか考えない人と、周りに愛を持って接した人とではこれくらい違います。(家康と信長、秀吉とではえらい違いです)

だから自分のことだけ考えていてはいけないということです。

もう少し愛を持って周りの人のことも考え、金があるなら施してあげることです。そのような愛の行為が結局は自分を救うからです。

(この世の自分も、そうして死んだ後のあの世の自分もです)

0コメント

12月 01 2019

不幸の止め方

大丈夫なんでしょうかね。皆さん。ずいぶん引いている人が増えて来ましたが。

昨日だけでも、凄く怒っていた大工連中がうんともすんともいわなくなったところや逆に静かだったのに、また怒り出した工事現場がありました。

二つの場所とも確実に何か起きているんでしょうね。この数日の間にです。(数日前と全然違いますから)

夜は夜でどこかの会社がまた急にカーンとかでかい音を出して怒っていました。(また癌になる者でも出たんでしょう。もう態度ですぐに何か起きたと分かります)この連中など次々にこのような現象が現れています。

こういうところが(態度がコロコロ変わり、怒ったりドン引きしたりしているところが)この近辺だけでもそこらじゅうにあるのです。

それなのに無視していて大丈夫ですか、といっているのです。この如来の教え(正法神理)をです。

災いが次々に現れているようなんですけどね。この辺りはです。

そのような災いをどれだけ私のせいにしていてもですね、正味な話。苦しんで死んでいかなければいけないのは、正法神理を実践しようとしない、その怒っている人たちの方なのです。

真剣に考えてはどうですか。いま起きていることをです。そうしてこの正法神理をです。

もう(この辺りだけではなく)日本中で(もっといえば世界中で)多くの災いが現れているのです。今の心のままでは確実に自分たちにも災いは現れます。すでに多くの人々にその災いが現れているからです。

心をまったく変えようとしない、責任転嫁ばかりしている人たちにです。

だから、早くこの(奇跡が次々に現れる)教えを日本の人々に(そうして世界の人々にも)伝えないといけないのです。この教えに合わせて心を変えないと災いは止まらないからです。

そういう大事なことをいつまでも無視しているから、この辺りはもちろんのこと日本が災害大国などといわれるようになるのです。

それだけの大事な(大きな)使命を日本の多くの人たちが無視し続けているからです。(だからこれだけ天罰も現される)

そういう話をもう何度書いたか知れませんが、私のいうことをいつまでも無視しているから日本はドンドン悪い方向に行くのです。

今の日本の不幸はこのような病気や災害ばかりではなく、デフレは続き(ということは不景気)税金はボンボン上がる。(景気が悪いにもかかわらず消費税増税〔それで先月は凄い落ち込みとなったようですが〕凄い政府です)

そうして横の国の北朝鮮からはボンボンミサイルが撃ち込まれて(今年だけでもう二十数発)それに対し文句らしい文句もいわず、何のお返しもしない。(本当に凄い政府です。安全保障までも他国頼み〔アメリカ〕なのですから。日本って本当に主権国家なのでしょうか?)

いま現在の日本は、激しい天変地変の大雨だけではなく近海にミサイルの雨まで降っているというのですから、これだけ不幸が固まっている国もそうはありません。

そうして、そのミサイルを撃ち込まれている(日本の)方が、撃ち込んでいる(北朝鮮の)方から文句をいわれているというのですから本当に目も当てられない不幸なのです。(それなのに日本国内では、そのような安全保障はほとんど問題にせず〔大した問題ではない〕桜を見る会の方に注目がいっているというのですから、これもまた不幸な話です)

「弾道ミサイルを非常に近くで見ることになる」とかなんとか凄まれているようですが(見せてみろコラッ、くらい言い返すんでしょうか?)このような国内外の状況を見るなら、不幸がドンドン増えいっているように思いますが、一体どうするつもりでしょう。

日本の人々はです。(二、三日前でしたか、一変に四機くらいのヘリが上空を飛んでいました。〔まだヘリが来ていますから〕こちらにヘリを飛ばしている暇があるなら、日本海側に飛ばして北のミサイルの警戒でもしたらどうでしょう。その方がよほど国益にかなうからです)

どれだけ国内に災いが起きても、そうして他国からどれだけ辱(はずかし)めを受けても、我関(われかん)せずを通すのですか?日本の人たちはです。自分自身に不幸が起きるまではです。

まあ、そういう人たちが多いのでしょうが(自分に不幸が起きても変わらない人がいるくらいですから)しかし、こういう流れもです。段々変わっていくのです。

この正法神理を実践するならです。

それはザックリいうなら私の周りに起きていることを知れば分かるはずです。私に嫌がらせをしている人たちに天罰がくだっているのはもちろんですが、それ以外でも私には次々に奇跡が起きています。

鳥や魚が寄ってくるのはもちろん、母の病気(肺炎)などもあっという間に治ってしまいましたし、この教えを勉強しているウナッシーさんなどにも次々に奇跡が現れています。

ということは、この教えを他の人も実践するなら、他の人にも同じようなことが起きてくるということです。

例えば、仕事や生活に悩んでいる人たちがこの教えを実践すれば、様々な奇跡が起きて、その悩みは解決されていくでしょうし(私ほどひどい目には合っていないでしょう。そういう人もです。私などそこらじゅうの人から目の敵にされ嫌がらせをしまくられていたのですから。そういう者でも段々解決の道がついてくるのです。それこそ、そういうことをしているそこらじゅうの人に天罰がくだってです。もうこちらなど天罰がくだりまくりですから。一人として私によいことをしようとしないからです)おかしな政策を実行しようとする政治家たちにこの教えを実践する人が出てくるなら、そういう政治家も段々減っていくでしょうし(またはおかしな政策を行おうとする政治家を我々有権者が祈ってもいいのだし)それは経済や教育、医学など、すべての面においていえることなのです。

この如来の教えに波長を合わせるなら、その如来の教えがすべての面に作用して、すべてのところに奇跡が起きてよい方にいくということです。

この世のすべての物は神がつくられたのであり、その神の心がすべての面に伝わるのなら、そのすべてに神の正しい力が作用するからです。(だから悪を駆逐していくということです。前にも書きましたが、神はすべて善であるからです)

そうして、それは天変地変に対しても同じであり(私が祈って天気を変えたことでもその事実は分かります)他国に対しても同じであるということです。(日本で作用することは他国にも作用します。悪いことを行おうとする人がいたらその人に天罰がくだるのです)

そのようにすべてに神の心が伝わればすべてがよくなっていきます。だから、この教えを日本はもとより早く世界に伝えなくてはいけないといっているのです。

この教えが世界に伝われば、世界に奇跡が起き、世界中の人が(本当に)救われていくからです。

段々よい方に変わっていくということです。この教えが少しずつでも伝わっていくならです。

それほど大事な教えをやろうとも伝えようともしない、だから、これほどの悪いことも日本に起きてくるのです。(そうしてこの辺りにもです)なぜなら、この正法神理が出ているところは日本しかないからです。

他の場所には出現していないからです。(だからこの辺りには特にひどいことが起きるのです。私が説いているだけだからです。その〔釈尊やキリストが説かれた〕正法神理はです)

だから、それが分かるまで、激しい災いはこの日本に起き続けます。それほど大事な教えが日本には出現しているからです。

だから日本に起きている不幸を止めるには、日本の人々がこの教えを学べばいいのです。そうして多くの人々に伝えればいいのです。そうすれば起きている不幸は段々なくなっていくからです。

少しでいいから手伝ってください。自分は関係ないはないのです。如来の教えはすべての人が関係しているからです。

だから、この教えに帰依するなら、不幸は黙っていても止まるということです。

(だから結論はそれしかないのです)

0コメント

11月 29 2019

帰依する以外なし

前回あんなブログを書いたのです。昨日は戦々恐々として出て行ったんですが(さぞ皆さんお怒りだろうと思ってです)そうでもなかったですね。

怒っているというより、引いている人の方が多かったですね。意外でした。一体、何をそんなに引いているのでしょう。

十年前の予言を(日本の半分の人が死なないと日本の人々はこの教えが分からない)本気にした人が多かったのでしょうか?

だとしたら、少しは感心な人が出てきましたかね。信じる人は救われるからです。(この正法神理をです)

どちらにしてもです。この辺りはこのままでは無事ではすまないと多くの人たちが分かっています。(状況が状況ですから)そんな予言もすべてデタラメとは思えないのでしょう。

よく考えてみればです。すでにそのような現象はこの辺りでは起きているからです。これだけ多くの場所で、多くの災いが起き、これだけ車が減っていては、この辺りは滅ぼされつつあると考えても別に不思議ではないからです。

では、そんなブログなど書けばそれは引く人も出てきますよね。目の前で滅ぼされている人たちがドンドン現れているからです。

で、よいのですか。そのままでいてです。特にこの辺りなどです。

だって、そのままでいては滅ぼされるところがたくさん出るのではないですか。どこかの会社や次々に災いが起きているところなどこの辺りにはたくさんあるからです。(本当にたくさんあるようです……特にどこかの会社の皆さんなど大丈夫ですか?最近はドン引きしていますが)

そういうところは、この教えに帰依しなくてよいのですか?そのままでは(そのままの心では)その起きている(激しい)災いは絶対に止まらないからです。

それはもうご存知であると思いますが、それでもまだ、お前の知ったことではないと、別にかまわないと、強がりますか?(そんなの強がり以外の何ものでもないからです)

そういうところはよいのですが、その災いを止めたいのであればです。

この教えに帰依されることです。それ以外で止める方法はないからです。

それくらいこの辺りは、続々と(癌やコロッと逝くなどの)災いが現れているようなんですが、しかしそれは他の地域でもそんなに変わらないでしょうね。

だって、これだけどこも激しい天変地変が多発し、病気も流行っているのです。(癌なども今や二人に一人)

よく考えてみれば、十年前の予言がすでに着々と起きつつあるわけです。もう何年も前からです。私が勝手に、そんなことは起きるわけがないと思っていただけのようです。

年々激しくなる天変地変や病気や事故、同じように年々増えて行く死亡者(逆に減って行く出生数)など知れば、すでに日本の人々はドンドン減っているということは分かることであるからです。

平成二十九年に死亡者数は戦後最多となり(百三十四万)出生数も過去最少(九十四万)となりました。翌三十年はもっと死亡者が増え(百三十六万)出生数も減っています。(九十二万)

今年はもっと進むでしょうね。死亡者も出生数が減るのもです。このような数字だけ見ても日本の人々はドンドン減りつつあるのです。

つまり、十年前の予言は確実に実現しつつあるということです。

これで死亡者が激増し、出生数が激減したら日本の人々は一変に減ってしまいます。そうなると十年前の予言は当たることになります。

そういうことも(死亡者の激増など)起きかねないのではないですか。このような状況ではです。これだけ天変地変が激しく、そうして、成人病などが増え出してはです。

それ以外でも不景気や政治の不手際で(例えば、また北朝鮮がミサイルを発射したようですが、その北朝鮮や中国などのミサイルが間違って日本に飛んで来たりしたら。そういう国が日本に狙いを定めているミサイルはたくさんあるからです)日本の人々がたくさん死ぬことはあります。

そういう不慮や不測の事態も起きかねないということです。神をいつまでも敵に回しているとです。

日本には、これだけ災いが起きているのです。もうどのような災いが現れても不思議ではないということです。

それだけ神に対し不遜な人が多いからです。それではどのようなひどい導きを受けるか知れないからです。

そういう最凶、最悪な道から外れるにはどうしたらいいのですか?

もうこの教えを実践するしかないということです。本当の神の教えである正法神理に帰依するしかないということです。

この教え以外では光明の道は開かれないからです。

それ以外の道で(これまで通りのです)どこに救いがあるというのでしょう。

そのこれまで通りのことをしているから、これだけ不幸が増えているからです。

しかし、私が説いている神理はこのままではそうなると(今のままの心では死ぬ人がドンドン増えると)すでに十年も前にそういう予言をしているのです。

その神理に最悪の予言までされていて、その予言が着々と進みつつあるこのような状況で、神理に帰依する以外でどういう救われる道があるというのですか。

これまでの信仰をより一生懸命行いますか?それとも地震やすさまじい台風がいつくるか知れない(そうしてミサイルまで飛んでくるかも知れない)日本から逃げだしますか?

そんなことをどれだけしても無駄なのです。どこに逃げても病気や不慮の事故などからは逃げられないからです。

それはこちらの人たちなど見ても分かるのです。こちらは次々に癌になる人が出て、そうして急死する人まで出ているのです。

こんなことはどこの国に行っても起きることですし、そういう人たちは皆、何らかの信仰をしている人たちばかりなのです。

しかし、そういう信仰をしていても、そのような恐ろしい現象が次々に現れて来ているのです。こちらの人たちなどです。

では、もうそのような信仰をいくらしても、またどこに逃げても、災いからは逃れることが出来ないとそういうことになりませんか。

現実にそうであるからです。

今のままでは、どうやってもそのような災いから逃れることは不可能なのです。そのような災いの犠牲者はこれまでもたくさん出て、いま現在も出つつあるからです。

これが、このような状況が、今の日本の現実なのです。善人も悪人も含め(その基準は様々ですが)そういう人たちに次々に災いが現れて不幸になっているということがです。

では、こういう時に、このような最悪の状況の時にどうすれば救われるのですか?

それを真剣に考えないといけないと、もうそういう時が来ていると、それを私はもうずっと前からいっているわけです。

その私のいうことを、多くの人たちはいつまでたっても真剣にきこうとしませんが。

それでまだ真剣にはききませんか?私のいうことをです。しかし、すでに(ご存知のように)続々と現れているようですよ。

恐ろしい災いがです。

しかし、私たちには次々に奇跡が現れています。

その次々に奇跡が現れる教えでしか、次々に現れる災いは止めることが出来ないということです。

その起きている奇跡が、何よりの(そういうことが可能であるという)証明なのです。

それでもこの教えを信じ帰依することはしないのですか?(すでに続々と亡くなる人が出ていますが)まだ無視を続けるのでしょうか?

このブログを見ている人たちはです。(本当に救われる道が分かっているのはこのブログを見ている人たちだけなんですがね)

それは自由なんですが、しかし、今の(心の)ままでは確実に災いは現れるでしょう。

それはもうこのブログを見ている人たちなら分かるはずです。その通りのこと(災い)が起きているからです。このブログを見ている人いない人に関わらずです。

そういう(災いが起きている)人たちは、何も心を変えようとしなかった人たちばかりであるからです。

しかし、この教えに合わせて心を変えている私たちには次々に奇跡が起きています。

その奇跡が起きる教えに依り頼らなければ、その災いは防ぐことが出来ません。

災いから逃れたいのであれば、この教えに帰依する以外ないのです。

2コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。