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11月 22 2019

心のきれいさ

昨日の話です。金山に行ってきたんですが(辻説法をしに)すさまじい怒り方をしているところがありましたね。

私が近くを歩いていたら、もう町中にきこえるようなでかい音をガンガン立てるのだから驚きました。本当にバカじゃないかと思いました。

そこはマンションか何かを建てている大きな工事現場なんですが、一週間ほど前にそこを通るとガチャガチャやってきたのです。

それで私が、そんなことをすると悪いことが起きると、如来の教えを説いている者に嫌がらせなどしていたら罰が当たると、くどいくらいいったのです。その連中にです。

しかし、その連中はやめませんでした。そのようなくだらない嫌がらせをです。

だから私は、それなら何が起きても知らないと、罰が当たっても知らないからなと、何か悪いことが起きたら、それは天罰だからこちらのせいにはしないでくれよと、これもまたくどいほどいったのです。

そうして一週間ぶりにそこを通るとこれです。

本当にバカじゃないかと思います。私は何度もそれをいい(罰が当たると)実際その通りのことが起きているのに、自分たちの態度はまったく反省しようとせず、ただ起きたことだけを(どうせ癌か何かになった人がいるんでしょう)怒っているのです。

あれではまた出ます。このようなことをしている人たちは、私のブログを読んでいても感謝もせず、自分たちの行いをまったく反省もせず、怒って嫌がらせをしているだけの人たちであるからです。

こんな理不尽で傲慢な人たちが、このようなバカな態度を取り続ける限り罰はまだまだ当たるのです。

高橋先生のご著書に次のようなことが書かれてあります。(前にも書きましたけどね)

高橋先生のお名前が(ご著書と共に)売れだした頃、ある宗教家がそれが面白くないからと、高橋先生に呪いをかけようとガンガン祈っていたそうです。

そうしたら、その祈っている最中に、その呪いの祈りが自分に返って来て自分がひっくり返ってしまったそうです。

それであまりに苦しいので高橋先生に電話で救いを求めたという話なのですが、これでは笑い話にもなりませんね。(苦笑)

自分の呪いで自分が倒れてしまっているからです。

つまり、こういうことが起きるということです。私に嫌がらせなどすればです。

これは特別、私にだけ起きるわけではありませんが(高橋先生にも起きているのですから)正法神理を実践している者たちはみな心がきれいなのです。

そのような心のきれいな者に、怒りや憎しみの心で嫌がらせなどすれば、それは、その人を呪っているのと同じです。(その念の強さの違いはありますが、似たようなものでしょう。そのような悪い念を人に発しているのには変わりがないからです)

では、同じことが起きるのです。高橋先生を呪ってひっくり返った宗教家とです。

そのような念が全部自分自身に返ってくるからです。

心がきれい者は悪い念など受けつけません。心がきれいな者は心が鏡のようになっていて、悪い念を心のきれいな者にどれだけ発しても、それは全部発した人に返ってしまうのです。

しかし、普通の(心が汚い)人たちは、そういう念をすべて受けてしまいます。心が汚くては悪い念も跳ね返すことが出来ず同化してしまうからです。

だから、普段は人に嫌がらせなどしても何も起きないのです。その悪い念がすぐに自分に返ってくることはないからです。その念を相手がそのまま受けてしまい、相手が苦しむことになるからです。

それは周りにいる人たちも自分同様、心が汚い人ばかりであるからそうなるのであって、自分の周りに一人でも心がきれいな人がいるなら、こういうことは起きるのです。

その心のきれいな人に嫌がらせなどすればそれが自分に即座に返り自分が苦しむのです。

心がきれいな人は、その悪い念を受けるということはないからです。

その通りのことが、私と私に嫌がらせをして来ている人に起きているだけなのです。

私に嫌がらせをして来ているそのような人たちは、多分、普段からそのようなことをしているのでしょう。(少し気に食わない人がいるとすぐに嫌がらせするみたないことをです)

そうであるならもうずいぶん心は汚れていることでしょう。悪いことをすればするだけ心は汚れていくからです。

その汚い心でです。他の人たちと同じように私に嫌がらせなどすれば、その汚い心から発せられた強い念がまともに本人自身に返ってしまいます。

だから、人によっては(私に嫌がらせしたばかりに)癌にまでなる人がいるのです。自分の心がそれだけ汚れているからです。

その自分の心の汚れに自分自身がやられてしまったということです。

そういうことが実際に起きるのです。私に嫌がらせをして罰が当たった人は(正確にはそれは罰ではなく自分の念が自分に返っただけなのですが)この辺りにはごまんといるからです。

そういう人たちにきけば分かるでしょう。その人たちの多くは、私のせいで病気になったというはずだからです。

しかし、それは違うのです。自分が発した(私に嫌がらせをしたため)汚い念が自分自身を病気にしたのです。

だから私に嫌がらせをした人がどれだけ病気になろうが、私自身が病気になることはないのです。

その人が病気になったのは、私のせいではなく自分のせいであったからです。

そういう人がこの辺りはたくさんいますが、それは高橋先生がご著書に書かれていたことが実際に起きているだけだと知るべきでしょう。

単に私はそれを証明しているだけなのです。高橋先生のご著書に書かれてあることは正しいとです。

この辺りは、他にもそのような誤解をしている人がたくさんいます。(私が人を病気にしている、お前のせいで病気になったなどとです)

しかし、それは心がきれいか汚いか、その差にすぎないということを知るべきなのです。心のきれいな者に嫌がらせなどすれば、それが即座に自分に返り、自分が反省させられるということです。

そのような病気になったのは、自分の心が汚れていたため(心と行いが悪かったがため)それで病気になっただけであり、その心を正すなら、その病気は治るのです。

その汚い心をきれいにするため、自分の心と行いを正す時が(正さなければいけない時が)もう来ているのです。

その自分の心が汚いせいで、ドンドン病気になっている人たちがこの辺りにはたくさんいるからです。(というか、日本中にたくさんいます)

そのような人たちは心をきれいにするなら、そういうことは起きないし(急に病気になるようなことは起きないし)仮に病気になっている人でも早くよくなるということです。(まあ、コロッと逝ってしまってはどうしようもありませんがね。昨日も女優さんが急死したニュースが流れていましたが、それもまた心がきれいならそういう死に方をすることもなかったのです)

周りはともかく(こちらがこの状況では〔もうドンドン出ているようです。どこかの会社などです〕周りの人に合わせていたら自分も病気になってしまいますから)自分だけでも心をきれいにしませんか。

そうしないともはや日本中に危ない現象が続出しているからです。(心をきれいにするなら、すべての悪を跳ね返すのです。心がきれいな者は悪を受けつけないからです。ということは心がきれいなら、どんな悪からも〔災害などからも〕守られるということです)

心をきれいにするにはこの正法神理を実践するしかありません。

この教えを実践するならこのような効果もあり(悪いことをして来た人に即座にその悪いことが返り反省せざるを得ない)やればやるだけよい結果が現れくるのがこの教えなのです。

実感してみませんか?この教えの凄さをです。

しかし、やらないともう危なくて仕方ないのです。(心が汚いままではです)そういう時代にすでになっているからです。

次々に危ない現象が現れて来ています。もうくだらないことを(嫌がらせなどのです)している場合ではないのです。

私は様々な正法神理の正しさの証明をしています。この教えを信じ行ってみませんか?その行った人から救われて行くからです。

(理不尽なことをしている人は世にたくさんいます。身近にもたくさんいるはずです。〔自分の仲間、会社、学校、近所、エトセトラ〕自分の心がきれいになるなら、そういう人たちも変えることが出来るのです。自分の心がきれいなら自分に横暴なことをしてきた人には、即座にそれがその人自身に返り、その人が反省させられるからです。そういう人に変わりませんか?そうすれば自分の周りの人たちも大きく変わってくるからです)

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11月 21 2019

正しい信仰の大事さ

昨日もあちこちでずいぶん辻説法をしたんですけどね。残念な人が多かったです。

「如来の教えをきいていて、これだけ感謝しない人たちは現代の人たちくらいですよ。昔の人たちは如来の教えと分かればみな感謝して布施くらいしてくれたのです」とか「本当の神の教えをきいていてまったく感謝もせずに嫌がらせをしていて大丈夫ですか。もうボンボン罰が当たって死んでる人まで出ているんですよ」とか「もう日本中に天変地変が激しく起こって、癌やコロッと逝く人がドンドン出ているというのに、如来の教えを無視していてよいのですか。その汚い心のままでは自分たちにも災いが起きますよ」とか、散々いい回ったんですが、無視して行く人や怒りだすような人たちばかりでした。

一人として「自分が悪かった。如来の教えを教えてください」などと謙虚にいう人はいませんでした。

大丈夫なんですかね。こういう人ばかりで。皆コロッと逝かないか心配です。この近所はもうずいぶん出ているようだからです。そのような現象がです。(ここらなどまた天罰のレベルが上がったようです……どこかの会社など今日はドン引きのドン引き状態です。ど、どうしたんでしょう、一体。〔汗〕)

しかし、本当に残念な話ですね。

このような(すぐにお返しが返ってくる)正法の世になっても救われる教えがここに書いてあるというのに、この教えを知っている人たちも、知らない人たちと同様の災いしか現れていないというのですから。

それではこのブログを読んでいる意味がありません。何度もいいますが、このブログの中にはそのような災いを抑える方法が書かれてあるからです。

せっかくこのブログを読んでいて、それをスルーしてひどい目に遭っていては世話はありませんが、この教えを実践している私たちにはちゃんと奇跡が起きているのです。

では、ずいぶんもったいない話なのではないでしょうか。やれば(災いなど起きず)奇跡が現れてくるのにです。

それなのに無視しているなどこんなもったいない話もありません。どうですか。ずいぶんテンパっている人もいるようです。前回のブログではありませんが、ソロソロ真剣にこの教えの実践を考えてはです。

そうすれば少なくとも災いは起きて来ないからです。それくらいの力はこの正法神理(本当の神の教え)にはあるからです。

他のどのような信仰をしていても、もう災いがこれだけ重なって起きているのです。(特別この辺りだけではなく全国的にです)これでは止められるわけがありません。

ちょっとやそっとの災いが起きているわけではないからです。現在の日本には本当の神の業が(神の怒りが)現れているからです。

だから止められないのです。本当の神の業には本当の神の教えしか止めることが出来ないからです。

もう、この教えしかないのです。正味な話、災いを防ぐだけの力がある教えはです。

まだ分かりませんかね。それがです。(もう結果が出ているでしょう。しかも何度もです。それなのにいつまで無視しているんでしょう)

よく考えてみてください。例えば、これだけ天変地変が現れている日本でもです。(なにせ、災害大国などといわれていますから)この教えを勉強して皆が祈れば、その天変地変は止まるのです。(それは私が証明しています。祈れば天気が変わるということはです。今年でも台風十号があの程度の被害ですんだのは私たちが祈ったからです)

そうして、次々に現れている恐ろしい病でも、その病を治す力がこの教えにはあるのです。(それもまた事実です。いろいろな体験談を私やウナッシーさんが書いています)

そうであるなら、これだけ現在の日本に適した教えもないわけです。今の日本は(特別日本だけではないのでしょうが)次々に現れる激しい天変地変と様々な病気に多くの人が苦しんでいるからです。

その両方が抑えられるというのですから、これだけありがたい教えもないわけです。

そうしてそればかりではありません。昨日でも私など辻説法をしながら歩いていると、あちこちからすずめなど飛んで来て大騒ぎになるし(場所によってはです。そういうところもありました)川を眺めていれば魚がたくさん出て来て泳ぎ回っています。(昨日も途中に荒子川があるものですから、しばらくその川に沿って歩いているとたくさんの魚たちが出て来て泳ぎ回っていました。ああいうのを見ているだけで癒されます)

激しい天変地変が止まり、病気も癒され、多くの生き物たちによって心まで癒される、これ以上の教えはないのではないですか。そうして、この教えを実践するなら段々運もよくなり、周りに奇跡も起き出すというのですから、もう至れり尽くせりです。(笑)

逆になんでやらないの?とこちらは不思議でなりません。

しかし、如来が説いていられる教えとは、本当の神の教えとは、そのようなものであり、それを多くの人たちは知らないだけなのです。

よいところがあれば悪いところもあると、それが当たり前であると、勝手にそう思っているのは人間だけで、本当に神が現された教えとは悪いところなど一つもない、よいところしか現れて来ない、そのような教えであるのです。

なぜなら、神は善のみであるからです。

神はすべて善であり、悪とは人間が勝手につくり出した想念にすぎないからです。

だから悪など(悪いことなど)神の心にそのまま従えば起きてくるわけがないのであって、その悪いことが起きてくるということは、それだけ神の心に(善に)逆らっているから、その反対の現象が現れて来ているだけなのであって、善とは逆の現象のことを私たちは悪と呼んでいるにすぎないのです。

だから善とは逆のことをしているから、そのような悪が現れてくるのであり、善しか行わなければ善しか現れて来ないのです。

私たちはすべて善であるから、善以外のことをすると、それを(そのような悪を)嫌なこと、悪いことと感じるのです。

私たちの心には善しかないからです。

だから、神からそのまま現れる教えはよいことしか起きないのであって、神からそのまま現れた教えなら、そのすべてが善であり、悪が(不幸が)現れる隙間などないのです。(そこに間違った想念が入るとそこに隙間が出来て、そこから悪が発生するのです。それが間違った教えとなるわけです)

だから、私たちにはよいことしか起きないのです。そのすべて善である(本当の神の教えである)この正法神理を学び、それを実践しているからです。

だから、せっかくこの教えを知ったのならです。それを実践しなさいと、それをしないともったいないですよと、そう私はいっているわけです。

先ほど説明したように、実際これだけもったいない話もないからです。(これだけもったい話もないでしょう。すべてが善でよいことしか現れて来ない教えを知っているのに、それをしないなどです。だから実践がトリガーとなってよいことが現れてくるということです)

よいことは他の人をほっといても、自分一人でもするべきなのです。その自分が見本となって、他の人たちもそれをし出すようになるからです。

だからよいことをするのに他の人の目を気にする必要などないのです。よいことは一人でもするべきなのです。それが自分をひいては他の人たちをも救うことになるからです。

悪いことは人がしていてもしてはいけませんが、よいことは自分一人でもする。それこそ正しい行いなのです。(私たちは先ほども説明しましたように元が善であるからです。だから悪は〔善の逆の行いは〕絶対にしてはいけないし、よいことは〔善は〕一人でもするべきなのです。それが神の子の人間としての当たり前の行動であるからです。神の子の人間としての当たり前の行動が正しい行いなのです)

「天は自ら助くる者を助く」なのです。

今ほど、正しい信仰の大事さ、必要さが分かる時はありません。そうであるなら、その本当の正しい信仰が分かった人から、その正しい信仰を始めるべきなのです。

そこから多くの人たちの救いは始まるからです。

・

追伸…ドン引きのドン引きをしていたどこかの会社が急に怒り出しました。また何か起きたのでしょう。(また誰か癌になったようです。どうも次々に癌になる人が出ているようです。今さっき確認しましたから確かです……ずいぶん怖い現象が現れています)

そのような災いは善い行いをしない限り止まりません。

どうですか。少しは反省され、私に布施でもされたらです。そうしたらその(これまで以上に次々に起き出した)災いはピタリと止まるからです。(一度やってみたらどうですか?そうすれば嘘か本当か分かるからです)

如来の教えを説いている者に布施すること以上によいことなどないからです。そうであるなら、これだけ善なる行いもないからです。(そんなよいことをするなら、それは悪いことも止まるでしょう)

この辺りは、特にそのような人が多いのですから(災いばかり起きている人が)ここに書いてあることをもっと真剣に読むべきでしょう。

ここに書いてあることを実践するなら、確実に災いは減ってくるからです。

きかなきゃきかないでそれも結構ですが、ただそれでは災いは止まらないと、ドンドン増えると、そうなるだけです。

実際にその通りのことが起きているからです。

だから、よい行いをしなさいと、善なる行いをしないさいと、私はそういっているのです。そのよい行いだけが、その災いを止める唯一の方法であるからです。

まあ、よく考えるべきですね。ドンドン災いが現れているそんなところなどはです。

何度もいいますが、もう命にかかわるそんな恐ろしい現象が(すでに日本中で)続出しているからです。

(残念ですね。それをどれだけいってもききそうにないからです。どこかの会社など怒りまくっています。まあ、その中でもです。自分は助かりたいと、自分がよい見本になってよいと、そういう殊勲な人がいたら布施してください。私のいっていることの正しさが分かるからです。ああその時、間違えないでくださいね。店番号がすでに変わっているからです。〔460から763にです〕ホームページを直したいのですが、直す金もないからです。〔苦笑〕)

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11月 19 2019

正しい指針

昨日の夕方のことです。帰ってくるとまたどこかの会社の次にコロッと逝く人が出た会社が凄い怒りようでした。

また出たんですかね。この会社。(今日の朝など、この会社の次にコロッと逝く人が出たと思われる会社もやたら怒っていました。ここもまた出たのでしょうか?)

それで近くにその会社の従業員がいたものですから「おっちゃんたち、俺のいうことをきかないとみな死んじゃうぞ」といったんですが、まるで無視です。

どうするつもりなんでしょう、この人たちはです。このまま私のいうことを無視し続けるつもりなんでしょうか。

そうなると本当にみな死んでしまうかもしれませんが、それでもよいのでしょうか?

前回も書きましたが、すでにこの教えを知らない人たちはもちろんですが、知っていても実践しようとしない人たちにも、ボンボン災いが起きていてコロッと逝く人まで出ているのです。

そういう現実を真剣に理解しているんでしょうか?この人たちはです。身近にそのようなことが起きているにもかかわらずです。

真剣に考えているのなら、いつまでもこんな態度は取らないと思うんですけどね。

これほどのことが次々に起きているのなら、命にかかわるこれだけ恐ろしい話もないからです。(普通、悩みまくりませんか?こんなことが周りにドンドン起きて来たらです)

しかし、この辺りの人たちは、こんな恐ろしことがこれだけ起きているにもかかわらず、それを無視したり、責任転嫁して怒って私に八つ当たりしたりしているだけなのです。

一体どういうつもりなんでしょう。

そんなことをしているだけで自分たちが助かるとでも思っているのでしょうか?

やっていることがどう考えてもおかしいのですが、もしかしたらこの辺りの大方の人が、そのうち何とかなるとか、そのうちにこんな現象は止まるとか思っているだけなのではないでしょうか。

要は、いま起きていることをそんなに真剣に考えていないということです。真剣に考えれば考えるだけお先真っ暗になるからです。

だってそうでしょう。これだけ恐ろしいことがこれだけ(激しく)起きているのです。

もしこのまま、この現象が止まらなければ本当に自分たちは死ななければいけなくなります。そんなことを真剣には考えたくはないからです。誰だってです。

しかし、もしそんな(甘い)考えで皆がいるのであれば(ほっとけば止まるなどというです)それは大きな間違いでしょう。

もうこの現象は(残念ではありますが)ちょっとやそっとでは止まらないと思うからです。(もう現実逃避はやめましょう)

なぜなら、このような恐ろしい現象は前回も書きましたが、もうこの辺りだけではなく全国的にも起き出しているからです。

その恐ろしい現象が減るどころか、段々増えているのです。ドンドン広がっている現象がそんなに簡単に止まるものでしょうか?

そうしてそれは(この現象が止まるわけがないということは)日本中に起きている激しい天変地変を見ても分かるのです。

これだけ激しい現象が、これだけ立て続けに何年にもわたり起きたことなどないのです。

学者がそんなことはないと、過去にもこういうことが起きたことがあると、どれだけいおうとです。このような激しい天変地変に合わせたかのように、これだけの不治の病が(癌やコロッと逝くような病気が)そうして、それ以外でも様々な災いが、一変に現れて来ているのです。

こんなことがこれまであったのか?ということです。それが問題なのです。

いっている意味が分かりますか?個々それぞれに見るなら確かにこのようなことは過去も起きていると思います。

激しい天変地変も、癌やコロッと逝くような人がたくさん出たことも、それはこれまでもあったのでしょう。

しかしこのようないくつもの恐ろしいことが、これだけ同時に起きているということが問題なのです。

つまり、これだけ恐ろしいことがこれだけ重なったことが過去にあったのか?ということなのです。

だから私は、こういうことが(これだけ恐ろしいことがこれだけ重なるということが)神の力であり、天罰であるといっているのです。

いくらなんでもこれだけ多くの災いが、これだけ一変に起きるなど、どう考えてもおかしいからです。

天から罰を与えられているとしか思えないからです。

しかも、その悪いことが段々増えて行っているというのですから、だからもう真剣に考えないといけないといっているのです。

これだけ悪いことがこれだけ重なり、しかもドンドン増えているなど、これはもう天罰以外に考えられないからです。

そうして天罰であるならです。自分たちの心と行いを変えない限り(よい方に直さない限り)絶対に止まらないからです。

だから止まらないのです。止まらないどころかドンドン増えているのです。責任転嫁しているだけで日本の誰も心も行いも変えようとしないからです。

それだとよけい悪いことは増えてくるのです。起きていることが天罰であるならです。

自分たちが反省しない限りはです。

その通りの悪いことが日本中で起きています。(起き続けています)日本の誰も反省などしないからです。(私たち以外はです)

では、この起きていることは天罰なのでしょう。私の説明した通りになっているからです。

ここまで説明して、そうしてこれまで、その説明した通りのことがこれだけ起きているのですが、それでも信じませんか。

私のいうことをです。

頑として、これはただの自然現象であり(または私がしていることであり。〔?〕)時間がたてば止まると(または私に嫌がらせをし続ければ止まると。〔?〕)そう思う人は考えを変えなくても結構ですが、しかし、考えを変えないなら、いま起きている恐ろしい現象はいずれ自分にも現れるでしょう。

自分には現れないと、そう思っている人たちが、これまでもどれだけ亡くなって行ったのか知れないからです。(癌やコロッと逝く人ばかりでなく、これまでの激しい天変地変などでもです。だからそういう現実逃避はやめましょう。危ないだけであるからです)

しかし、もしです。もしこのブログを見ている人の中に、この(汚い心の)ままではダメだと、今のままの考えではいずれ自分にも不幸は起きてくると、そう思う人はです。(それが理解出来る人はです)

これまでの考えを変えることです。(反省することです)

自分の考えを変えるなら(反省するなら自分の心はきれいになり)自分の周りに起きてくることは変わってくるからです。

しかし、同じ考えを変えるならです。このブログに書いてある通りに変えませんか?

何せこのブログ(正法神理)に書いてある通りに心と行いを変えている私たちには、ちゃんと奇跡が起きているからです。

どうせ考えを変えるのなら、奇跡が起きている者たちと同じように変えた方が自分たちにも奇跡が起きて来て、そちらの方がよいと思うからです。(それに奇跡が起きている人には災いは起きて来ないでしょうし)

もう同じところにとどまっていてもよいことは起きて来ないのです。すでに時代は変わっているのであり、この時代、同じところにとどまっているのは悪でしかないからです。(だから天罰を食らう)

先に進まないといけないのです。もちろんその先とは、よい方の正しい方の道でないといけませんが。(間違った道に進んでも同じように天罰を食らいますから)

その正しいということの指針は、周りに起き出す奇跡であり、その奇跡が道しるべとなって正しい道が分かるのです。(だから、間違った道を進んでいる〔またはとどまっている〕人には、ちゃんと災いが現れくるのです。その現れる災いが間違っているという指針なのです)

この時代、同じところにとどまっていたり、間違った道に進むことはもう破滅の道であり、その先には地獄しか待っていません。

奇跡に従って正しい道を進んでこそ、それが光明の道であり、その先に天国が待っているのです。

いつまで同じところで堂々巡りをしているのですか?

それでは地獄にしか進めないのです。

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11月 17 2019

滅びつつある日本

北海道は暴風雪で大荒れのようですね。そうして(今日は天気がいいみたいですが)また明日から荒れた天気が続くとか、全国的にこんな天気ばかりです。

本当に一週間以上、よい天気が続くことなど最近はありませんね。一週間もすると、どこかの場所で異常気象となります。

ずっと続いていますね。こんな天気がです。

これでまた異常寒波などくるようなら、今回の台風(十五号、十九号、二十一号に伴う豪雨)の被災地の人たちなど非常に心配なんですが、そんな天気ばかりか、なんと今度は俳優が急死(心不全)したらしいですね。(この人は三十四歳とかいわれています。ほんと若いです)そうして囲碁の女流棋士までやはり病気で急逝したとか。

いよいよ有名人まで出始めましたかね。

コロッと逝く人がです。

例えば有名人だけとってもです。前回のブログでも書きましたが、あの急死した落語家から始まって、俳優、漫才師、サッカーの元日本代表GK、また俳優に女流棋士、そうして先ほど書きましたが、大荒れの天気の北海道の北海道大学の名誉教授とか、ヨネックスの創業者もこの数日で亡くなっていて、イタリアに行っている有名漫画家も脳卒中で倒れたとか。(重体)

ここ数日で立て続けです。亡くなったり、重病で倒れたりする人がです。

ここらで起きているようなことが、有名人の間でも起き出しているというのですから驚きますね。

こういうことを考えるとです。有名人などこの日本全体から見たらほんの一部の人たちなのです。

しかし、そんな一部の人たちの中にもこちらで起きていることと同じようなことが起き出しているのです。

ということはです。もうどこでもそんなことが起きているのではないでしょうか。

だって、無作為に抽出した一部の人たちを調べれば全体の傾向が分かるといわれているからです。

その条件にピッタリなのではないですか。有名人などはです。

ここ数日で亡くなった有名人だけ見ても、俳優、落語家、漫才師、棋士、大学教授、スポーツ選手、経営者などなど、様々な職種の人がいて年齢も皆違います。

これだけ多様な人たちならです。無作為に抽出した人たちと同じような条件になるのではないでしょうか。

そうであるなら、有名人に起きていることは全国的にも起きていると考えても、さほど間違いではないように思いますが、では、こちらや有名人に起き出していることはです。

すでに全国的にも起き出しているのではないでしょうか。そう考える方が自然であるからです。

なら出ているのでしょう。もう日本のあちこちでコロッと逝く人や癌で亡くなって行く人がです。

これだけの異常気象が日本は続いているのです。そうであるなら人の身体が異常になってもおかしくはないからです。

だから、これからは、多くの人たちが(凄いスピードで)ドンドン亡くなって行くのではないでしょうか。

そのような気配が、すでにこちらには現れて来ているからです。

しかし、亡くなるということはです。それは滅ぼされているということになりますよね。

では、滅ぼされている人がドンドン出ているということになりませんか。日本中にです。(このような病だけではなく、今回などいくつもの台風や豪雨でも多くの人が亡くなりましたから)

しかし、異常気象だけとってもです。こういうことがもう何年も前から続いているのです。ということはつまり、すでに日本は滅ぼされつつあるということです。

このような次々に起きてくる危ない現象で亡くなる人を見れば、そう思わざるを得ないからです。

よく考えてみればです。すでに滅びつつあったのですね。日本はです。もう何年も前からこのような危ない現象は起きているからです。そうしてその危ない現象はドンドン増えているからです。

このような(滅ぼされつつある)危ない現象は、これからも激しくはなっても止まることはないでしょう。

それはこれまでの現実を見れば誰でも分かるはずです。

それでもまだこの正法神理を無視するのですか?逆らい続けるのでしょうか?

もはやこの正法神理を実践する以外、救われる道はないのにです。

それがいつまでたっても分からない。理解しない。本当に哀れですね。

このブログを見ている多くの人たちはです。

(今のままでは本当に危ないですよ。大丈夫ですか。私のいうことを無視し続けていてです。すさまじい災いが、正法神理を知らない人たちはもちろんですが、知っていても実践していない人たちに次々に現れているからです)

・

追伸…こちらの人たちは相変わらずお怒りの人が多いのですが、今度はコロッと逝く人まで次々に現れて来ているのです。

お怒りもごもっともでしょう。(苦笑)

しかし、何でもかんでも私のせいによくするものです。そんなに私が人を病気にしているのなら、自分が病気になるはずなのにです。(私もコロッと逝きたいです。こんなひどい目に遭っているより楽ですから。〔苦笑〕)

一昔前なら、人が祈って人を病気にするなど思いもしなかったはずですが(逆にそんなこといくらいっても、笑われて〔またはこいつは頭がおかしいとか思われて〕それで終わりだったのですが)ほんと変われば変わるものです。

多くの人たちがです。(ずいぶん皆さん変わられたのですね。それ、誰のお蔭ですか?)

しかし、残念ですね。皆さん、変わったのはいいんですが、中途半端な変わり方しかしていないので、皆ドンドン不幸になって幸福になっている人がいないというのですから、これだけ哀れな話もありません。

何でそんなところで止まっているのですか?

人が人を祈って病気にするのはいいんですが、では、その先の考えには誰も進まないのでしょうか?

その先に正しい答えがあるのにです。(そこには誰もたどり着こうとしない。いやいやすばらしいです。すばらしいほど中途半端です)

例えば、祈って病気になったのなら、では、その病気は祈って治るのではないのかとかです。あるいは自分の行いを変えれば治るのではないかとかです。

そういう進み方はまるでしないのですね。どの人もです。祈って病気になっただの、祈って大雨が降っただの、そこまでは進んでもです。

しかし、その先には一歩も進まない。だから不幸になるのです。もっと考えを進めようとしないからです。

もっと考えを進めるならです。

人を祈って病気に(不幸に)などするなら自分も病気になる、祈れば必ずその祈りは自分に返ってくる、だから自分も正しい祈りをするならきかれる、自分の行いを変えれば自分に起きてくることも変わってくる、などなど、いくらでも幸せになる道は現れてくるのにです。

しかし、それ以上、進もうとしないため、ドンドン不幸が現れてくる。その場所はまだ天国に行く途中であるからです。

その先に天国があるのであり、途中で止まっていては、その場所は地獄でしかないのです。地獄のその先に天国があるからです。

もう次々に亡くなる人まで出てきました。どうせ進むならです。先の先まで進みませんか?

少々の苦労はしますが(しかし、今している苦労よりはよほどいいと思うんですが……今の苦労はまったく先がない苦労ですから)その自力で進んだ先の先に天国が待っているからです。

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11月 14 2019

奇跡の起こし方

二、三日前の話です。元正法会だったという方から電話がありました。

それで正法会の時のことをしばらく話していたのですが「で、どういうご用件ですか?」ときくと、私のブログを見て、それで何で名古屋で正法を説いている人がいるのかと(その方は大分の方でした)それで心の正しい在り方をききたいから電話したとかなんとかいっていましたが、そのきき方があまりに傲慢そうで、それ以外のことはききたくないという口ぶりで、こちらがこういう奇跡とか起きていますよとかいっても、まったくきこうとしないのです。

奇跡は私も前に起きたことがあるとか、そういう話はいいとか、こちらがきいたことだけ答えろという感じがもろに現れていて、他の話はまったくきこうとしない口ぶりでしたので、それなら私のブログを読んでくださいと、そのブログにいろいろ書いてありますからといって早々に電話を切りました。

しゃべっているだけでこちらは気分が悪くなってきたからです。

まったくなんでこういう態度なんでしょうね。謙虚さがまるでなく傲慢さがアリアリと分かります。これで正法をしていたというのですから笑ってしまいます。(苦笑)

この人も奇跡は起きていたといわれますが、それもどの程度の奇跡なのかよく分かりませんし、それに前に奇跡が起きていても今はどうなんでしょう。

どれだけ前に(園頭先生がいられた時に)奇跡が起きていても(園頭先生がいられなくなった)いま起きていなくては、それは本物ではありません。

そのような正しい正法神理の指導者がいなくなった後でも、同じように奇跡が起きていなくては正しく正法神理を実践しているとはいえないからです。

この人は自分で前に奇跡は起きていたといっているのですから、今は起きていないのでしょう。そうであるなら、まず、そのような傲慢なところを直された方がいいのではないでしょうか。

そうすればまた奇跡は起きてくるからです。

正法神理とは、文証(文証とは簡単にいうなら文字で書いて正法神理を残すということです。このブログがそうです)理証(理証とは正法神理を言葉で伝えるということです。辻説法がそうです)現証(現証とはもちろん、様々な形で現れる奇跡的な現象をいうのであり、この現象〔奇跡〕がちゃんと現れるかどうかが問題なのです)が同時に現れてはじめて正法神理といえるのです。

それが揃っているのは私だけです。どうせ、電話してくるならです。(何かききたいのであればです)もう少し謙虚に(まず何でも私の話をきいておこうという態度でです)話をしてもらいたいものです。

そうすれば、自分で気づいていない悪いところも気づいてよい方向にも行くからです。

正法神理を知っていてもこの程度(我が強そうで傲慢)ですからね。知らない人は尚更(なおさら)なんでしょうが、しかし、こちらなどもう大変な状況です。

傲慢で我が強い態度を少しは反省されてはどうでしょう。そうしないと本当に命にかかわるからです。

昨日もそうでした。夕方帰ってくるとすさまじい怒りようです。どこかと思ったら、どこかの会社の次にコロッと逝く人が出た会社でした。

また出たようです。コロッと逝く人がです。(この会社とどこかの会社の二社がもう次々に現れて来ているようです)

だからいってやったのです。「もうこちらのいうことをきけ」とです。しかし、頑としてきこうとしないのです。

私が何をいってもすさまじい怒り方で何もきこうとしません。(ほんと我が強くて傲慢です)

しかし、よいのですかね。私のいうことを頭からきこうとしなくてです。

では、この人たちどうやって、その起きている現象を止めようというのでしょう。

止まるのでしょうか?自分たちだけでです。

そのまま、その現象が止まらなければ大変なことになるのはもう誰でも分かることなのです。(当然、滅ぼされます)

それでもきかないのでしょうか。お前のせいでこうなったでしょうか。

くだらない小さな発想をいつまでもしているものです。それでは順序が違っているでしょう。いい加減、正しい判断をされてはどうでしょう。

そうしないと本当に滅ぼされてしまうからです。

もうそんなこといっている場合ではないでしょう。たとえそれが誰のせいであろうとです。それだけ危ない現象が次々に現れているのは自分たちなのです。

もはやそうなったのなら何を一番にすべきなのですか?

それが全然分かっていないから、くだらない小さな発想をいつまでもしているといっているのです。

もうそういう状況になっているのならです。その危ない現象を止めることが一番最初にやらなければいけないことなのではないでしょうか。その起きていることを人のせいにしているのではなくです。

だから、順序が違うといっているのです。

責任転嫁しているだけの、そんな考えでは滅びるのを待っているのと同じであるからです。

火事が起きているのに、この火事はお前のせいなどといって人のせいにしているだけで、その火事を消そうとしなければ、すべて焼き尽くされてしまいます。

それと同じことをしているのです。この辺りの人たちはです。

それでも私のいうことをきかないのでしょうか?しかし、私のいうことをきかない限り、この辺りで起き出した(心の)火事の火は消せないのです。

早くそれを悟ってほしいものです。それが事実であるからです。

しかし、少しは(私のいうことを)きき始めた人たちも出始めましたかね。昨日など辻説法をしていて、そういう感じの人たちもいたからです。(私のいうことを黙ってきいている人たちがです。まだ五~六割の人たちが反発していますが、後の人たちは黙って私のいうことをきいているか、またはきいているのかいないのかよく分からない人たちです)

もっと愛を出さなければいけないのです。愛を出さなければ災いは止まらないからです。

しかし、愛を出すとはいえ、例えば、この前の台風十五号で倒壊した(千葉の)ゴルフ練習場の撤去作業をしている会社がありますが、あの会社はなんと無償でそれを行っているそうです。

台風十五号の被害で困っている人がいるからと、すべてこの会社の自費であのゴルフ練習場の鉄柱の撤去作業を行っているようですが、はたから見ればです。

これだけ愛のある行いもないわけです。あれだけ大規模な撤去作業を無償で行うというからです。(費用だけみれば数千万はかかるようですから)

そうであるなら、これだけの愛ある行いをこの会社はしているのです。この後は、さぞ愛ある奇跡が現れてくるであろうと、よいことが起きてくるのであろうと誰でもそう思うわけです。

それだけの愛ある行いをやれるところもそうはないからです。

しかし、実際はどうなのかといえばです。

実際は、奇跡が現れてくるかもしれないし、現れて来ないかもしれないとしかいいようがないのです。

何でそうなのかといえば、それは、その会社の普段の行いが加味されてくるからです。

つまり、今後、この会社に奇跡が起きるか起きないかは、このような愛ある行い以外の行いで決まってくるということです。

そうして、そのような愛ある行いをしている時の心も加味されるということです。

まあ、分かりやすくいうならです。このような行いを売名行為で、もしやっていたとしたら、もちろん奇跡など起きませんし(数千万円単位で寄付をする会社などいくらでもありますから)その撤去作業をしているところの会社の社員などが他の場所で愛のない行為をしているのなら(人の悪口ばかりいっていたり、嫌がらせなどしている人が多ければ)やはり奇跡は起きて来ないということです。

奇跡とは、愛の心で愛の行為を行い、そうして普段から愛のないことをしない人にだけ起きてくる、神の業であるからです。(奇跡とは、そういう人にだけ現れる神の力であるということです)

だから、多くの金額を寄付する人とか、あるいはボランティアの活動を熱心にしている人とか、そういう人も奇跡が起きてくることがないのです。(もちろん、起きている人もいるのでしょうが)

普段から、そのような愛を出す人たちであっても、そういう人たちの心と行いのどこかに、その愛の行為を帳消しにするような部分があるからです。

そういう部分がある人たちには奇跡は起きないのです。

だから、簡単にここで奇跡、奇跡と書いてはいますが、そんなに簡単に起きることではないのです。その奇跡はです。

だから、このブログを見ているの人たちでもウナッシーさん以外の人には起きないのです。その奇跡がです。

それにはそういう理由があるからです。どれだけ愛を出しても、自分の悪いところを直さないと奇跡は起きて来ないのです。

何で私がこの奇跡のことを長々と書いたのかといえばです。もちろんそれは不幸が次々に起きている人たちのためにです。

その不幸は、この起きにくい、奇跡が起きてくるような心にならないと止まらないからです。

その不幸がこちらだけではなく日本全国でもまた始まりだしました。これから北海道など猛吹雪となるようですね。

それほどの寒気が入ってきつつあるようです。(だから私はいっているのです。一週間も二週間もよい天気は続かないとです)

これだけ日本中に悪いことが続くのは、私がここに書いた奇跡を起こすような心になる人が(あまりに)少ないからです。

それでもまだ私のいうことを無視しますか?逆らうのですか?しかし、そんなことをしている限り悪いことは起き続けるのです。

少しずつでもよいから、私のいうことに従いませんか。そういう人から救われて行くからです。

しかし、こちらはこちらで命にかかわることが、そうして他の場所では他の場所で命にかかわることが(台風十五号や十九号や二十一号に伴う豪雨での被災地の人たちなど、これから寒くなって雪でも降りだしたら命にかかわります)もう次々に起きて来ています。(有名人は有名人でまたよく亡くなり始めていますから。落語家や俳優、漫才師やサッカーの元日本代表のGKなど最近は続々とです)

奇跡が起きてくるような心に変わらない限り(それが善人だからです)このような次々に起きてくる不幸からは逃れることは出来ないのです。(それでは悪人の人たちばかりだからです。悪人には天罰がくだります)

せっかくこのブログを見ているのです。少しずつでも奇跡が起きる心に変わって行きませんか。(その方法がここに書いてあるのだし)

そうすることが、まだまだこれから数多く起きてくるであろう不幸から逃れることが出来る、唯一の方法であるからです。

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