>>ブログトップへ

ブログ

10月 08 2019

一度だけのお願です

やはりそちらですか…ポックリ逝くのはです。

どうもそのようです。(残念です。私は楽しみにしているのにです。あの世に行くのをです)だって、どこかの会社はもちろんのこと、その次にコロッと逝ったところも、その後も出ているみたいだし(もう怒っている怒っている。また〔またまた〕出たんじゃないですか)他にも異様に怒っているところがあったので「なんだなんだ、まさかコロッと逝ったのが出たんじゃないだろうな」といったら、急にシーンとなったのです。

出たところと同じ態度を取ってくるものですから「エッ、ほんとに出たの」とちょっとゾッとしたのですが、そういうところが他にもあり、サイレンも増えています。(昨夜もすぐ近くの家に救急車が来ていました……ま、まさか。〔汗〕)

本当にゾッとしますよね。段々、恐ろしい現象が増えて来ているようだからです。

しかし、このような状況になっているのに、まだ神に頭を下げようとしないとは、一体どういう神経しているんでしょう。この辺りの人たちはです。

怖くはないのですか?

少し考えを(行いを)変えるならみな救われるのに、頑として変えようとしない。なんでそこまでこだわるのでしょう。

あのねえ、如来の教えをきいたのなら、感謝して布施くらいしないといけないのです。それが当たり前のことであり、昔から、そのような行いをして来たのです。多くの人がです。

だから、みな救われて行ったのですが、ところが今生は如来の教えが出ていると分かっているのに、それをしっかり読んでいながら、まったく感謝も布施もしようとしないのです。

多くの人がです。

これでは罰は当たります。そんな傲慢な態度もないからです。

それなのに、その罰を如来の教えを説いている者のせいにして、嫌がらせをし続けている者もあり、こんなメチャクチャな態度を取り続けていたら、こういうことも(究極の天罰も)起きてくるのです。

それだけ罰当たりな行いもないからです。

自分たちが悪いのはどう考えても明らかなのですから(だから、自分たちに悪いことがこれだけ起きるのですから)もう、くだらない意地など張らず私のいうことをきいてもらえませんか。

そうすれば恐ろしい現象も止まるからです。

そのような正論をどれだけいっても無視です。気は確かですか?ここまで悪いことが起きているのにです。

態度を変えればいいのです。そうすれば起きてくることは変わるからです。(ほんとくどいくらいいいますけどね。また、どこかの会社に何か起きたようだからです。〔今の今です〕お前ら頭を下げろよ、それ以外、救われる方法はないからです)

この辺りなど、そのここまでの悪いことがこれだけ起きているにもかかわらず、今度は台風十九号が発生して、その台風十九号までこちらに迫って来ているようですね。(天気予報の予想のコースを見ると東海から関東辺りを直撃するコースのようですが)

次から次へと災いが現れてきます。

災いどころか、この台風、何か異常発達しているそうですね。(急速にすごい勢いで発達しているようですが)そうして今年最大、最強の台風にまで発達するとか。

これが、このまま東海から関東辺りを直撃すればまた凄い被害が出ることになります。

この前千葉に大きな被害をもたらした、十五号と同じくらいの被害が出るようなことをいわれていますが、それ以上の被害を覚悟しないといけないんじゃないですか。なにせ、今年最大最強の台風なんですから。(なんでこんな台風シーズンの終盤になって、まだこんなすさまじい台風が発生してくるんでしょう。〔海水温はどうなってんだ。下がってないのかといいたいです〕皆さん〔神を怒りに怒らせている〕ほんと勘弁してください)

いつものことなんですが、どれだけ悪いことが重なるのでしょう。これでまたこの台風が千葉の辺りなど直撃したら千葉はもうすさまじい被害になります。まだ、十五号の被害がそのままのところも多いようだからです。

どうしますか、このブログを見ている皆さん。この台風被害を少なく出来るのは、このブログを見ている人たちだけなんですが、今回もスルーしますか。このままではもう大被害が出ると分かり切っているのにです。(自分たちの町も家も命も危ないんですが……このままではです)

私のいうことをきいてくれるのなら、この台風被害もずいぶん減り(もしかすると直撃をまぬがれるかもしれませんし)そうして、今こちらで起き出した恐ろしい現象も止まるのですが(この現象はこちらだけでは多分終わらないですよ)それでもまだ無視しますか?

私のいうことをです。

いい加減、信じ行ってもらえませんか?私のいうことをです。

私は無理なことなどいっていません。少し心を(と行いを)変えてくれといっているだけなのです。

皆さん方が、私のいうことをこれだけ無視しているから、これだけ恐ろしいことも起きるのであり、如来の教えを説いている私のいうことを多くの人がきいてさえくれれば(それもほんの少しだけですよ)このような災いはずいぶん減るのです。

何べんもいいますがそれが事実なのです。このブログを見ているほとんどの人たちは、私のいうことをきいてくれたことがないのです。

一度も私に布施したことがない人がたくさんいるからです。

このブログを見ている人たちで私に布施した人などほんのわずかなのです。これでは災いは止まらないのです。如来の教えに感謝しないということは神に感謝しないことと同じであるからです。

神に感謝できなければよいことは起きてきません。

これもまた当たり前のことなんですが、その当たり前のことが(感謝して布施する、それだけのことが)このブログを見ている人たちはいつまでたっても出来ないのです。

それさえ(如来の教えに感謝さえ)してくれれば、これほどひどいことは起きないのにです。

しかし、このブログを見ている人たちは、どれだけそれをいっても理解しようとしません。

どれだけ自分たちに悪いことが起きて来ても、それは同じなのです。

どれだけ悪いことが起きても、それでも私のいうことはきかない。そうであるならです。もうそれはそれでいいでしょう。

人に何が起きようが、自分たちに何が起きようが関係ないと、自分たちのやりたいことが出来ればそれでいいと、そういう人たちに、それ以上、私が何をいってもきかないからです。

だから、それならそれでよいのですが、最後に一度でいいのです。(もうこういう状況です。いつ誰がどこで亡くなっても決して不思議ではないからです)

一度でいいから、私のいうことをちゃんときいてもらえませんか?もう何年も前から私のブログを読んでいる人たちはです。

一度くらいはいいでしょう。長年このブログを見ている人たちはです。私の願いをきいてくれてもです。(「なんだそれはいってみろ」くらいの度量をみせてくれませんか。一度くらいはです。〔笑〕)

もちろん、その願いとは感謝して布施してもらえることです。

それだけです。それだけなのです。(「なんだその程度のことか」くらい、いってもらえませんかね。その広い度量でです。〔笑〕)それ以上のことはいいません。

一度でいいのです。その私のいう感謝して布施するということをやってほしいのです。このブログを見ている多くの人たちにです。(出来ませんか?この程度のことがです。〔苦笑〕)

一度でいいのです。一度だけでいいですから、このブログにしっかり感謝して(その時だけでもかまいませんから)心からの布施をいただけませんか?

私に対してです。

今回だけでいいからです。

その後はもうどれだけ私が布施してくれといっても無視してくれて結構です。

あとは好きにしてくれればよいのですが、今回だけでいいのです。今回、一度だけでいいですから心からの布施をもらえないでしょうか。

私にです。

それだけでいいのです。今回一度だけでです。それくらいはきいてもらえませんか。長いことこのブログを読んでいるのならです。

長いことこのブログを読んでいるのなら、少しくらい救われたこともあったはずであるからです。

そうして、少しくらい知らないことを教えられたこともあったはずであるからです。

そういう少しくらいはあったはずのよいことを思い出して、今回だけ心からの布施をいただけないでしょうか?

私に対するです。

いくらでもよいからです。布施される金額はです。

一度でも如来の教えに感謝の布施をされるのなら、そこは神も、その人に対し、その分の大きな慈悲は示されると思うからです。

どうでしょう。今回一度だけでいいのです。それ以上の無理は申しません。(申すかもしれませんが、それは無視してくれて結構ですから……どうせ無視されるでしょうが。〔苦笑〕)

今回一度だけでいいのです。一度だけ心からの感謝と布施をお願い出来ないでしょうか。一度だけでもいただければ私はそれで満足だからです。(しかし、一度も布施をもらわないまま終わってしまうのはあまりにも私が不憫であるからです。〔苦笑〕また、それくらいの度量もなければ、あまりにこのブログを見ている皆様方が不憫であるからです。〔苦笑〕)

一度だけで結構です。どうかよろしくお願い致します。

(その布施は、台風がくる前にいただきたいのでよろしくお願いします。〔土曜日くらいに直撃するようなことを天気予報でいっています。だからその前にいただきたいのです。早ければ早い方がいいです。今日すぐにでもいただけませんか?いくらでも結構だからです〕今回だけで、今回だけで結構です。どうか、よろしくお願い致します)

・

追伸…あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が今日から再開されるようですね。

よくあんなの再開しますよね。しかし、河村市長がどれだけいわれてもやめようとしないのですから、私たち庶民がどれだけいっても、大村知事たちの耳には入らないでしょう。

しかし、昭和天皇のご真影を燃やして踏みつけるような動画が芸術などといえるのでしょうか?(どう考えても、日本人にケンカ売ってるとしか思えないんですが……このような企画展を再開させる人たちの頭の構造が分かりません)

まあ、まったく考えの違う人たちの考えは理解しようがありませんが、そうであるならです。

天に祈って、その考えが正しのかどうかを問うてみましょう。祈り方は前に書きました。(あの祈りが長いというのなら「神よ、どうぞこのような企画展を再開することが正しいことかどうか、この企画展を再開する人たちを通して多くの人たちに知らしめたまえ」「この方々に光をお与えください。調和と安らぎをお与えください」程度でもいいのです。とにかく、このような企画展を再開することがおかしいと思われる方々は、そのような祈りを愛の心で行ってください。より多くの人の正しい祈りが天に通じるからです)

祈れる人はどうぞ祈ってください。そのような正しい祈りは善行でありますので、そのような善行は災いを遠ざけるからです。

(このような災いが多い時代です。そういう時代に災いを遠ざける善行は出来るだけ行った方がよいですから)

0コメント

10月 06 2019

この教えの偉大さ

しかし、ほんと皆、怒っているだけですね。

たまには他の態度を取れませんか?今日も朝からやたら(ガンガンやって)怒っているバカがいましたし、昨日もアホみたいに怒っていた工事現場がありました。(そういえば、あそこは最近静かだったんですがどうしたんでしょう、急に……ま、まさか。〔汗〕)

この辺りは、そんな不遜な人ばかりです。これは大量死ですね。神をなめすぎです。

ほんと「少しはビビれよ」といいたいのですが、こんなことが起きているのにビビる人は皆無で、面白くないブログを書けば、大人から子供まで怒って嫌がらせしてくる連中ばかりです。

もう時は過ぎています。すさまじいことが起きなければいいのですが。罰当たりな態度が過ぎるからです。

しかし、ほんとこの辺りの人たちがもう少し謙虚で、私(のブログ)に感謝して、快く布施でもしてくれていたらと思うと返す返すも残念です。

そういう人が多ければ、これだけ悪いことは起きて来なかったでしょうし、もっと奇跡も起きていたからです。

しかし、傲慢(で狭量)な人たちばかりであったがため、癌になる人がドンドン増え、今度はコロッと逝く人まで出てきているというのに、それでもまだ傲慢な態度をやめようとしない。

もう私に逆らえば逆らうだけ悪いことが起きてくると分かり切っているのにです。

それでも自分たちの間違った態度は直そうとしない。ではもう、滅びるしかないのかもしれませんが、まあ、最後まで希望は捨てたくはありませんね。

一人でも二人でも、何とか反省してくれる人が出てくるのを願うばかりです。

他の地域の人たちも同じようなものなのでしょうか?すでに昨日書いた最後の祈りは始めているからです。(では、お気をつけて)

このまま私がこのブログを書けなくなれば(如来の教えを説けなくなれば)日本は終わりなんですが(だから、これほどのことも起きているのに)いい加減それを理解してほしいものです。

このブログを何年も前から見ている人たちはです。(そこは死んでも認めたくない人がこの辺りは多そうですが)

そんなこちらの状況もひどいんですが、香港のデモも段々ひどくなっていますね。

もうけが人だけではなく、死人まで出ているというではないですか。(表向きにはそんなこといわれていませんが)しかし、このままデモを続けて、それでこの先どうなるのでしょう。

こういうデモをどれだけ続けても、香港の人たちがいわれている自由を勝ち取ることなど出来ないと思うんですが、それどころか、このままではデモがドンドンひどくなって暴徒化し、そのうちに中国政府が軍隊を出してきて力ずくで鎮圧されるのではないでしょうか。

テレビのニュースなど観ていても、そのような悲惨な結末しか見えてこないからです。(また中国はそのような国ですし)

だから、デモなどしてはいけないのです。

デモなどいくらしてもききいれられないどころか、そのデモが激しくなればなるだけ、自分たちも危なくなるし、周りにも迷惑をかけるからです。

デモは平和的でいいといいますが、このようなデモのどこが平和的なんでしょう。まったく意味が分かりません。

イラクなどでも大規模なデモが行われているようですが、やはり多くの死傷者を出しているようです。

何でこんなことになるのでしょう。平和的なデモをしているはずなのにです。

要はやり方を間違えているのです。だから、これほどの悪い結果が現れるのです。間違ったやり方をしているからです。

じゃあ、正しいやり方とはどうやったらいいのか、どうしたら香港の人たちがいっている自由を正しく勝ち取ることが出来るのか?ということになりますが、そんな方法などないのでしょうか?

特に、あのような中国政府が相手ではです。民主政治など程遠い独裁国家であるからです。

しかし、そんな独裁国家であっても、いうことをきかすことが出来る正しい方法が一つだけありますよね。

このブログを見ている人たちならそれが分かるはずです。

もし、本気で香港の人たちが自由を正しく勝ち取りたいのであれば、この教えを正しく実践すればいいとです。(私たち以外はそれが分かりませんか。ねぇ、ウナッシーさん。〔笑〕)

残念ですね。この教えを香港の多くの人たちが知っているのなら、いうべきことを中国政府にいって、そうしてその後は、デモではなく皆で祈りをしていたはずであるからです。

そうしてそれが正しいやり方であるからです。

祈りであるなら、どれだけ多くの人が集まって祈ろうが、中国政府は取りしまりようがありません。

また、たくさんの人が集まってはいけないというのであれば、各個人で個々で祈ればいいのですから、止めようがないわけです。

しかし、多くの人たちが一斉に正しい祈りをするのであれば、その祈りはきかれます。

中国政府はその祈りに従うほかなくなるのです。

いくら独裁国家の中国とはいえ、正しい祈りをする人がたくさんいるのなら、その祈りの効果は絶大であるからです。

それはこの辺りで起きていることを知ってもらえれば分かると思います。この辺りは私一人で祈っているだけです。それでもこれほどのことが起きるのです。

では、数十万、数百万単位の人が一斉に(同じことを)祈ればどういうことが起きてくるでしょうか?(例えば、共産党の独裁政治をやめさせてほしいなどとです)

もし、そのような祈りを正しく出来るなら、下手すれば共産党独裁の中国政府を変えることも(潰すことも)可能なのです。(別に不可能じゃないでしょう。例えば、共産党の幹部連中がバタバタ亡くなっていったら、共産党独裁は出来なくなりますし、そういう過激なことが起こらなくても、内輪揉めして内部崩壊するとか、別の組織が出てきて独裁が出来なくなるとか、そういう様々なことが起こり、変わらざるを得なくなるということです。大勢の人が心を一つにして正しい祈りが出来ればです)

まあ、それは下手をしなくても可能なんですが、それを分かっている人たちが何もしようとしないのです。(このブログを見ている人たち)

それでは世の中は悪いままでしょう。正しく世の中を変えられる方法を知っている人たちが沈黙を続けているからです。(この教えを他の人々に教えないということはそういうことだからです)

それで、香港の人たちを救えだの、応援しろだのいくらいったところで、香港の人たちは救えないし、応援にもならないのです。口だけではどうにもならないからです。

香港が中国共産党の支配下に置かれれば、次は台湾で、その次は日本も危ないといわれています。

日本はアメリカがいるから大丈夫であると能天気な人たちはいうのでしょうが、自分たちでしっかり安全保障も出来ない国をどこまでアメリカが守ってくれるでしょう。

何でもそうですが他力本願ではダメなのです。それではどこかで失敗するのです。

自力本願が正しいからです。

日本は安全保障をもっと考えろといっても、では、財源はどうするのだとか(いや日本国民の命が危ないというのに財源って……)軍国主義の復活だとか、まったく的外れなことをいう人が日本は多いので、そういう人たちとどれだけ議論を重ねたところで時間の無駄でしょう。

どれだけ議論しても決まらないからです。そういうことをいう人たちがどちらも多ければです。

これが民主主義の弱点なのですが、しかし、正しい祈りはただです。

財源はいらないし軍国主義の復活にもなりません。また、このようなことを平気でいう能天気な人たちの変わるきっかけもつくれます。

正しい祈りをするならです。(そういう能天気な人たちを祈れば、その人たちに様々な現象が現れてです)

本当の神の教えは、如来の教えというものは、万能なのであり、このような様々な問題も解決する力があるのです。(だから、この教えが拡がることは心がよくなるだけではなく、安全保障の問題までも解決出来るということです。それは特別、外国勢力だけではなく天変地変も抑えることが出来るからです。この教えが拡がるなら日本国内はドンドン安全になるのです)

それこそが神の力であるからです。

これほどの事実がすでに分かっているにもかかわらず(もう分かっていますよね。こんなことはです。こんなこと何度も何度もこのブログに書いているからです)このブログを見ている人たちは、この教えの偉大さをいつまでたっても認めようとしません。

だから、悪いことばかりが起きるのです。

その大きな(大変な)間違いをコロッと逝く前に気づいてほしいものです。

(これでは災いも起こりますよねえ。〔自分にも、そうして日本にもです〕日本だけではなく世界を救える教えがここにあるというのに、このブログを見ている人たちが、その偉大な教えを無視し続けているからです。何度もいいますが、それだけ罰当たりな態度もないのです)

・

追伸…あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の再開はいつになるのでしょうか?

今日はもちろん無理で、八日も難しいかもしれないみたいなことが中日新聞に書かれてありました。

早くしてくれないと、いつこちらはポックリ逝くか分かりません。(なにせ、もう最後の祈りを一生懸命していますから)もし、私がポックリ逝くようなら、皆さん方が。

皆さん方が次々にポックリ逝くようなら(どうせ誰も布施などしようとはしないでしょうから)私が。

責任もって祈りましょう。

このような芸術とは名ばかりの反日プロパガンダの再開を目指している左翼連中をです。

こういう連中を一網打尽に出来るまたとないチャンスであるからです。(何かかまってこないと祈るチャンスも生まれませんから)

1コメント

10月 05 2019

次々に現れる恐ろしい現象

また出たようですね。その出たところはどこかの会社の次に出たところです。

その会社にまた出たようです。コロッと逝く人がです。(だから二度目です)

昨日のことです。私がその会社の近くまで行くと、前に出た時と同じような騒ぎ方をするので(ガンガン大騒ぎです)私が「まさか、また出たのか?」ときくと、ガンガン騒いでいたのが急にシーンとなりました。

それでまた出たと分かったのです。その連中のすることが、前に起きた時とそっくりであったからです。

それにしても急にこれだけ出ますかね。ここ十日くらいで、次々にコロッと逝く人が出だした感じであるからです。

なんぼなんでも出過ぎていませんか?この近所だけですさまじいペースです。それに最近はサイレンも増えてきたようです。(ほんと予想通りです。この辺り増えているんではないでしょうか。コロッと逝く人がです)

よいのですかね。このまま態度を変えずにいてです。はっきりいって次々に亡くなる人が出ているようだからです。(今日はどこかの会社まで異様な静けさです。ま、まさかまた……。〔汗〕)

しかし、拒めるものなんでしょうか?神の意志をです。無視できるものなんでしょうか?如来の教えをです。

それをしているから、これほどのことまで起こされているからです。

さすがにもう言葉も出てきませんが、これだけは繰り返し書いておきます。

如来の教えをきいているのにまったく感謝もせずにいてはいけないということです。まして怒りや憎しみを持つなど言語道断でしょう。

だから、このようなことも起きてくるのです。

如来の御教えをきけたのなら、心から感謝して報恩の行為くらいはされることです。

そうすれば不幸など起きて来ないからです。

(ほんと、シンプルな話なんですが……)

・

追伸…追討ち(おいうち)をかけるようで悪いのですが、今日から次のような祈りをすることにします。

その祈りとは「これ以上布施をもらえないのであれば、私か、または私のブログを見ていながら、一切、布施をしようとしなかった人たちのどちらかを即座に引き上げてください」というものです。

何でこんな祈りをするのか?

もうこれ以上は布施をもらえないならばやれないからです。

そう思っていたところに、このような現象が次々に現れ始めました。だから、ここで最後の祈りをするわけです。(さすが天上界は私の心をよく読んでいます。癌で死ぬのも苦しくて金〔入院などするなら〕もかかるし、と思っていたところでこの現象です。コロッと逝くなら一瞬だし金もかからないから楽でいいです。〔笑〕)

この祈りをするなら、どちらの行いが正しいのかはっきり分かるからです。

もう私も十年も頑張ったんだから、この辺りでよいだろうと思いますし、それにもう母から金を借りるのも(あくまでこちらは借りているだけなんですが)この辺りが限界です。

これ以上やっても、もう理解しない人たちはしません。ここらが(このブログを見ている人たちとの)潮時であろうと思えるからです。(もうこのような腐れ縁は結構です。〔苦笑〕)

だから、最後の祈りをしようと思うのです。

そういう祈りがきかれるなら、もう私では正法神理がこの世に拡がらないと思うのなら天上界は私を引き上げるでしょうし(私は引き上げられても全然OKですから。もういつ死んでもいいと腹を決めていますから。逆に死ぬのが楽しみなのです。やることやりましたから。〔笑〕)いつまでも布施しなかった方が悪いと思うなら、そのような人たち全員を次々に引き上げてくれるでしょうからです。(そういう人たちが皆なくなるのであれば、こちらは諦めもつきます。〔死んでしまった人たちから金は取れませんので……でもそのような人たち、全員地獄行きでしょうが〕)

逆に、そのような時が来ているからこういう現象も流行り出したのでしょう。

私からすればもはや時は(とっくに)過ぎています。今日からこの祈りを徹底的にしていきたいと思います。

いつまでも布施をしようとせず自分たちのしたいことをしている人たち覚悟めされよ。(笑)

0コメント

10月 04 2019

「反省」を知らない哀れさ

やはりといいましょうか、予想通りといいましょうか。止まらないようですね。どこかの会社などです。(一人、二人ですんでいるんでしょうか?今日など異様な態度ですが)

このままだと、またこの土、日でどれくらい逝く人が出るか知れません。だからちょっと書いておきます。

こんな状況でこれ以上我慢しても仕方ないでしょう。というか、危ないだけです。これ以上の無理はやめてはどうでしょう。本当に命に関わるからです。

こんな現象が現れていて、もう神は存在しないもないのです。神が存在しなければこんな現象は現れないのです。

ここまで最悪の現象を神から現されているのです。もう神の存在をしっかり認め、これだけちゃんと神の存在もそのお力も分かったのです。

それを教えてくれたこのブログに(如来の教えに)しっかり感謝して素直に布施くらいされてはどうでしょう。

その方が命がなくなるよりはよほどよいと思うからです……と普通は思うのですが、というか、思うはずなんですが、ところがです。

ところが、この辺りの人たちは私を知ってからずっと嫌がらせをし続けているものですから、それ以外のやり方がどうも分からないのではないでしょうか。

だから、何が起きて来ても怒って嫌がらせです。それ以外のやり方を知らないからです。

それをしているばかりにドンドン悪いことが起きているというのに、それでも同じ態度をやめようとしない。

悪いことが起きれば起きるほど怒って嫌がらせをしてくる。それ以外どうしていいか分からないからです。

昨日もあんなブログを書いたら怒っている人がたくさんいました。やたら怒っているトラックの運転手も何人もいましたが(思いっきりブシュとやっていった)そういう人たちが今日はどうなっているのか?

脅しでも何でもなく、もしかしたらコロッと逝っているかもしれない。すでにそういうすさまじい状況であるからです。(それはドンドン減っていく車の状況や〔昨日もほんと道がすいていました〕この辺りの状況を知るなら想像できるはずですが……)

しかし、それでも同じような態度を崩そうとしない。そういうことを恐れるも何も、それ以外の態度を知らないからです。

だから周りの状況がドンドンひどくなっているのに、怖がるどころか、その態度がますますひどくなる。この辺りの人々は怒って嫌がらせする以外の方法を知らないからです。

ちょっと考えられないと他の地域の人たちは思うのかもしれませんが、結局、反省という心がないと同じことを繰り返してしまうのではないでしょうか。

だから、それ以外のことが仮に分かっていたとしても出来ないのです。反省ということを知らないからです。

反省しなければ態度は変わりません。だから態度を変えようがないのです。この辺りの人たちは反省しないからです。(そうして反省しなければよいも悪いも分かりません。だから、この辺りの人たちは自分たちが悪いことをしているということも分からないのです。だから私に平気で罪を擦り付けられるわけです。反省しないから善悪がよく分からないからです)

しかしそれは、特別、この辺りに限ったことではないのではないでしょうか。この日本全体を見ても同じことがいえると思うからです。

そうではないですか?だって、このブログを書き始めた頃は(十年前)日本は災害列島などとはいわれていませんでした。

その頃も災害は多かったのですが、今ほどではなかったからです。

しかし、最近は災害列島などといわれるようになって来たのです。なぜでしょうか?なぜ、日本は、災害列島などといわれるようになったのでしょうか?

それはこのブログを書き始めた十年前より、はるかにひどく大きな災害が多発するようになったからです。

だから、最近の日本は災害列島といわれるようになったのです。

にも、かかわらず、このブログを見ている人たちはまったく自分たちの態度を変えようとしません……。

ネェ、どこも同じでしょう。(苦笑)結局「反省」というものを知らない人たちばかりであるからです。

だから、どれだけ状況が悪くなろうと(それこそ自分たちの命がどれだけ危なくなっても)それでも同じ態度を取り続けるのです。

反省を知らないから、態度を変えようがないからです。

態度など変えても状況は変わらない、と信じ込んでいる人は別でしょうが、このブログを見ている人たちなら分かるはずです。

態度を変えれば状況は変わるとです。しかし、それが分かっていてもやろうとはしない。

しっかり反省などしたことがない人たちばかりであるからです。

だから、そこまで考えが至らないのです。自分が何かしても変わらない、その程度のことしか理解していないからです。

しかし、少なくともこのブログを見ている人たちだけでも真剣に反省が出来るのなら、日本の状況は変わるのです。

しかし、それをやろうともしない。本当の反省を知らないからです。(だからやっても変わらないと思い込んでいる)

だから、このブログを見ている人たちで反省を知っているなどという人は、自分がして来た反省と思われることは、それは反省なのではなく、ちょっと考えを変えた程度のことなのです。

本当の反省を知っているのならです。それは心から自分が変わるということですから、起きてくることもガラリと変わって来なければいけないからです。

それが本当の反省であるからです。

だから、それをしている人がいないから、この辺りはドンドン悪いことが起きてくるのだし、そうして、日本全体も同じようにドンドン悪いことが起きてくるのです。

日本のどこにも本当の反省をしている人がいないからです。

特にこのブログを見ている人たちが本当の反省が出来ているのならです。私たちのように奇跡が起きてくるのです。

しかし、そんな人は全然いない。反省などしていない人たちばかりであるからです。

それが事実なのです。だから、これだけドンドン悪い状況にもなるのです。反省する人がいないからです。

その結果、こちらではもう次々にコロッと逝く人が出てきましたが、それでもまだ本当の「反省」をしようとする人はいないのですか?

そうであるなら、この現象はドンドン広がっていくことでしょう。同じような心の人が多いのなら同じようなことは起きてくるからです。

どうでしょう。この辺りで本当の「反省」をしてみませんか?そうすれば本当に人生が変わるからです。

その本当の反省とは、間違いは間違いとしっかり認めて、それを神に詫び、そうして、その間違いは二度と犯さないと神に誓って、自分の心から行いを変えるということです。

考えだけを変えるのではないのです。考え同様に行いも変えるのです。しっかりとです。

そうすれば起きてくることは必ず変わるからです。(神の力も加わってです)

それが本当の反省なのであり、そのような反省が出来てくると周りに起きてくることも変わって来て、奇跡も起き出すのです。

私たちは、そういう反省をして来たのであり、だから奇跡も起きるのです。本当の反省を繰り返しているからです。

それが出来る人は少しずつでもやってみてください。そうすれば自分の周りに起きてくることは必ず変わってくるからです。よい方にです。

もうその本当の反省を真剣にしなければいけない時が来ています。(こちらの人たちなどもうすぐにでもです。そうしないとすぐにでも命がなくなるかもしれないからです)

本当の反省をされてはどうでしょう。そうすれば本当に救われて行くからです。

(逆に、もう本当の反省が出来ない人は滅びるということです。〔そうして地獄にも堕ちるということです〕そういう現象が次々に現れてきているからです)

0コメント

10月 03 2019

天上界と地獄界

また出たみたいですね。今度はどこかの会社の横の会社です。

ここは長年私に嫌がらせをし続けて来たところです。そこがピタリと嫌がらせをやめたのです。

凄く分かりやすいです。何が起きたのかがです。私のいった通りのことが起きたのでしょう。だから、嫌がらせをやめたんでしょうが、大変なのはそれだけではありません。

どこかの会社ですが、どうも止まらなくなったようです。コロッと逝くのがです。もうすさまじい怒りようで半狂乱みたいなのもいます。それに電話もいまだすさまじく多い。

絶対に滅ぼされますね。この会社などです。(昨日も夜まで大騒ぎしていたし)

この連中の異様さが周りは分かるものですから、もうこの近所はドン引きしているんですが(ほんとご当人たち以上にです)本当にすさまじく恐ろしい現象が現れて来たものです。

しかも、その恐ろしい現象がドンドン広がりつつあるのですが、しかし、この現象。これだけ起きているのはこの辺りだけのようです。

昨日、一昨日と、庄内川や堀川の方に行っていたのですが、この辺りから少し離れるともう普通の感じで平気で嫌がらせをしてくる人がいます。

だから、アレッという感じですね。こちらとは全然雰囲気が違うからです。

よくこんなことしてくるな、怖くはないのかなと勝手に思ってしまいます。家の周りの状況があまりにすさまじいからです。

しかし、そういうことが実際に身近に起きていない人たちは、仮にそういうことが起きていると私のブログで知っていても、怖がることはないようです。すでに、癌になる人がこの辺りはごまんと出ているからです。

つまり恐ろしいことになれてしまい、実際にそうなる人が自分の近くに出てこない限り、いくらそんな話をきいてもビビることはないようです。

しかし、それも恐ろしい話です。恐ろしい現象になれてしまい、自分たちに何か起きない限り恐れないというのですから。

それではこんな現象が現れて来たら、死なないと分からないということになるからです。

だから、これは危ないと思い私も必死に訴えているのですが、けっ、みたいな態度を取る人も多いようです。(しかし、なれます。恐ろしい現象にです)

そういう人は、それが自分たちまで起きてくるかどうかは分からないとでも思っているのでしょうか?それとも、自分たちまでは起きないという確信でもあるのでしょうか?

どちらにせよ、そのような希望的観測はやめた方がいいでしょう。こちらに癌が起き出した時もそうでした。そんなに癌が広がるとは誰も思わなかったのです。

しかし、大きく癌は広がって行きました。だから、この現象も同じでしょう。もうこの近所では、あっという間にそのような現象が広がり始めているからです。

では、この辺りに、この恐ろしい現象がもっと広がるのも時間の問題だと思います。事実は事実として早くそれを認めるべきでしょう。

そうしないと、この究極の現象(過ぎ越しの祭)から救われる手立ては出てこないからです。

しかし、これだけすぐにあの世に行くような現象が現れてくると、もう(変な言い方ですが)あの世が身近に感じられてきますよね。

この近所の人たちなどはです。(もちろん私も含めてです。すぐ近くで次々にこんなことが起きているのですから)

高橋先生は、あの世とこの世の違いは、「あ」と「こ」の違いであるといわれていました。

あんまりよく分かりませんが、あまり違いはないということでしょう。この世の延長線上にあの世があるからです。

この世での心の在り方の通りの世界に死んだ後は行くことになるからです。(だから、この世で〔表面上はともかく〕心が怒りや憎しみで満ちていた人には、そのような〔地獄の〕世界に、愛や慈悲であふれていた人には、そのような〔天上の〕世界に行くことになるということです。そのような考えのどちらが多かったかで死後の世界も決まるのです)

だから、あまり違いはないといえばないのでしょうが、しかし、この世で怒りや憎しみばかりをその心にため込んでいた人など(または、それに殉じた行いをしている人たちなど)死後の行き先は相当ひどいものになります。

そのギャップは知っておいた方がいいでしょう。天上界はともかく地獄界のそのひどさは想像を絶するものであるからです。

高橋先生は、そのご著書にあの世(実在界)のことを(天上界から地獄界まで)いろいろ書かれていますが、高橋先生在世当時のGLA誌にある方が観て来た地獄界のことが書かれてあります。(高橋先生が会長をしていられた時のGLAの会員の人たちは、そういう地獄や天上界を幽体離脱して観て来れる霊能者がたくさんいたのです。今のGLAはそういう会員は皆無ですが)

その地獄界を書いておきましょう。その人が観て来た地獄界は、このブログを見ている人たちにとって非常によい参考になると思うからです。

その地獄界は次のようなところであったそうです。

その世界は薄気味の悪いところで、そこには何人もの人たちがいたそうです。しかし、その人たちは何もしようとしません。

ただ、ボーとしているだけなのです。

しかし、そのボーとしている人たちの身体を見ると、何か小さな虫がたくさんついていて、その虫たちは、その人たちの身体の血をチューチュー吸っているのです。

しかし、その人たちは、その虫たちを払おうともしません。その虫に血を吸われるままでいるのですが、しかし、その人たちは、その虫たちに血を吸われることに非常に恐怖を感じ悩んでいるのです。

でも、その虫を払おうとはしないのです。

それで、その地獄界を観てきた人が、なぜ、その虫を退治しないのかときくと、その人たちは「皆がしないので……」というだけでした。

つまり、この地獄界にいる人たちは、周りの人たちが何もしようとしないので、自分も何もしないというのです。(ねぇ、皆さん方とそっくりでしょう。こと神の運動に関してです)

周りの人たちが、何かするなら自分もそれに合わせてやるが、何もしないなら自分も何もしない。その地獄界は、そういう人たちが集まっている場所であったようです。

だから、どれだけ自分たちが嫌な目に遭っていても、それでも何もしない、周りの人たちが何もしようとしないからです。

そういう地獄もあるということです。(他にもたくさんの地獄の世界があるそうです。天上界も地獄界も多くの世界に分かれているそうです)

この世でそういう態度を取っていると、そういう世界に堕ちて行きます。

これだけのことが(すさまじい現象が)実際に起きて来たのです。周りの人たちが何もしなくても、自分だけは率先して動いたらどうでしょう。

もう、このような病が自分に起きた後では遅いからです。そんな(コロッといくような)病で死ぬなら確実に地獄行きであるからです。

この正法神理を勉強し行うなら、そのような心配もなくなりますが(過ぎ越しの祭も過ぎ越していきますが)それでもまだこの教えを無視し、私のいうことを信じませんか?

特にこの辺りの人たちなどです。(そういう人たちは気づいたら〔朝起きたら〕地獄にいたなどということにもなりかねませんよ)

この教えをよく勉強し実践するなら、そんな恐ろしい病気の心配などなくなりますし、奇跡も起きるし、天上界や地獄界も観てくることが出来ます。(私たちもよく夢などで観せられますよ。天上界や地獄界をです。ねぇ、ウナッシーさん)

そうして、死んだ後は天上界に往けるのです。

先ほどの地獄界を観てきた人が書いてあった同じGLA誌に、天上界を観てきた人のことも書いてありましたが、その人がいわれるには、天上界は私たちが想像しているよりも、もっとずっとよいところだそうです。

年がら年じゅう草木は青々と生い茂り(おいしげり)いろいろな国に住んでいた人たちと同じところに住んでいて(心のレベルに合わせて)そして、その人たちとはみな平等で調和と安らぎのある生活をしているそうです。

そうして、いつも一つ所に皆が集まって話をしたりきいたりして、やはり心の修行を天上界でも続けているそうです。

この世同様、天上界にも街も山も川もあるそうですが、本当にきれいで(この世のように公害で汚れているということはないそうです)楽しい所だそうです。

文明はこの世より発達していて、その住んでいるところは光り輝いているそうです。

そのような平和で調和と安らぎ、愛と慈悲で満ち溢れた輝く世界が天上界であるそうです。

地獄界と天上界ではこれだけの違いがあるのですが、この世の生活一つで、その死後の世界も決まってきます。

もうこんな(恐ろしい)ことまで起きて来たのですから、私のいうことを信じきいてはどうでしょう。これほどのことが起きているのに、それでもまだ私の(奇跡の起きている者の)いうことを無視しているなどもはや語る言葉もないからです。(こんな状況で、それでも無視しているなら、先ほど書いた地獄程度のところでは済まなくなります。死後は、もっと深く苦しい世界に堕ちて行かなければいけなくなるのです。いま起きていることは、そんな虫に血を吸われる程度のことではないからです)

人はどうでも、自分が気づいて正し行いをするなら、自分も救われ、それを見て何もしようとしなかった人たちも救われて行くのです。

自分の正しい行いに感化される人も出てくるからです。

もういつ死んでもおかしくないような現象まで現れてきました。このようなことまで起こさなければいけない、神の心を無視してはならないのです。

(その神の苦しさをお分かりですか?このブログを見ている人たちはです)

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。