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2015年1月

1月 25 2015

吉兆か、それとも凶兆か

一昨日ことです。白鳥公園にカモメが一羽もいませんでした。(それは昨日のブログに書きました)

それが何か気になったので、昨日は午後から名古屋城に行ってきました。あの名古屋城のお堀にもたくさんのカモメがいたからです。

「ここのカモメはいるだろう」そう思って名古屋城のお堀に行ったのですが(他の水鳥たちはいましたが)不思議なことに、ここにもカモメは一羽もいませんでした。

おかしいなと思って、その辺りの犬の散歩をしていた人にカモメのことを聞いてみました。すると三日ほど前から急にいなくなったとのことでした。

これまでのカモメたちは、年末くらいまではこの辺りにたくさんいて、そうして年明けくらいから段々少なくなり、三月くらいまでにいなくなるというのがパターンでした。

それが今年は、年が明けて一月の二十日過ぎに急にいなくなったのです。

どう考えても変です。これが一時的にいなくなっただけなのか、それとも今年の十一月くらいにならないと、もうここらには来ないのかは分かりませんが、これまで急にカモメが(一羽もです)いなくなるということなどありませんでした。

これまで起きたことがないことが起きたのです。これはたまたまなのでしょうか?それとも何か意味があることなのでしょうか?

これがたまたま起きただけということはないでしょう。いくら何でも一斉にこの辺りの(この辺りだけなのか、それとも全国的なことなのか知りませんが)カモメが一羽もいなくなるなんて、たまたまで起きるわけがありません。

何度も書いていますが、このような動物たちはみな天から何かを伝えられているからです。カモメたちは、天から何かを伝えられたから、この辺りからいなくなったのです。

では、何を伝えられてカモメたちはこの辺りからいなくなったのでしょう。この現象は吉兆(きっちょう・よいことの前兆)なのでしょうか?それとも凶兆(きょうちょう・悪いことの前兆)なのでしょうか?

私の推測ですが、カモメがたくさん集まってくる、ということであれば吉兆とも思えますが、逆に一羽もいなくなったのです。とても吉兆とは思えません。多分、凶兆でしょう。

では、その凶兆とはなにか、ということです。

もし、その凶兆が大きな天変地変であるなら(例えば、南海トラフとかです)カモメだけがいなくなるということはないでしょう。他の水鳥たちもいなくならなければおかしいですし、すずめや鳩、カラスなどの他の鳥たちも普通ではいられないでしょう。

何か普段とは違った行動を取るはずです。

しかし、今回はカモメ以外の他の鳥たちはいたって普通であり、カモメだけが一斉にいなくなったのです。ということは、仮にこれが凶兆であるならば、大きな天変地変が起きるということではない、ということになります。

では、それ以外の凶兆とはなにか?ということです。

何でしょうね。実は私、そのカモメが急にいなくなった昨日、一昨日あたりから嫌な予感がずっとしているのです。おかしな思いが何度も上がってくるからです。

この「たくさんのカモメが急にいなくなる」というカモメという部分を、人に置き換えたらどうでしょう。

「たくさんの人が急にいなくなる」という風にかわるわけです。

あまり危ないことを、ここにはっきり書きたくはありませんが、最近はそういうこともよく起きています。(御嶽山の噴火、伊豆大島や広島の土石流災害)あまりに神に逆らう人が多いのです。(この法を無視している人が多いとはそういうことです)

だから書いておきますが、他の地域の人は知りませんが、この辺りの人は要注意でしょう。カモメがこれからこの辺りに起きることを暗示しています。

「人がたくさんいなくなる」とは、あの救急車のサイレンがもっと増えるのか(今日も朝から何度しているでしょう。切れてる人もいるくらいです)それとも、あの救急車で運ばれる人の病気が心筋こうそくとか、くも膜下出血とか、命に関わる病気が増えるのか、どちらか分かりませんが、とにかくもう即、命に関わる、そのような現象が現れてくるということです。

恐ろしい話ですが、所詮は神に逆らうとはそういうことです。(人として、これ以上の恐ろしい行為はないということです)

そういう態度を続けるというのであれば、このような恐ろしい現象を起こされても仕方ないでしょう。それだけ神に対し不遜な態度を続けるということですから。

これほどの現象が現れているのです。少しくらいは謙虚になられ、神に頭を下げられてはどうでしょう。

そうしなければもう、いつこの世からいなくなるか分からない。今回のカモメが一斉にいなくなった出来事は、それを教えているのです。

(カモメも全身真っ白ですが、死に装束も真っ白です。何かそういうところが共通しているように思えてなりません)

追伸…今日のブログはあまりに怖すぎます。不吉すぎます。が、神の教えを無視していると当然このようなことは起きてきます。

いつまでもやろうとしない人が悪いのです。(鳥や魚たちは、それに気づいているのに人だけが気づかないとは本当に残念です)

今日の中日新聞に、インフルエンザの集団感染のことが書かれてありました。そうしてインフルエンザの予防接種の過信は禁物とも書いてありました。

今回の集団感染で、インフルエンザの予防接種をしている人まで、インフルエンザで亡くなったそうですが、その予防ワクチンは成人で七割程度、年寄りや子供では、その成人の半分程度しか効かないとのことです。

いいもいったりですね。これではワクチンが効いているのか、効いていないのか、さっぱり分かりません。

これでは予防ワクチンをしていてもしていなくても同じでしょう。自分にそのワクチンが効くのか効かないのか分からないからです。

続々と恐ろしい事実が分かり始めていますが、このように二十一世紀は正しいものと正しくないものが、はっきり分かる世紀でもあるのです。

イスラム国の問題もあります。(人質の日本の人たちが、殺害されたかどうかまだはっきりしませんが)

正しい教えが拡がれば、このような恐ろしい問題にも奇跡が起こり解決の道がついてくるのです。

どちらにしても、もうこの教えを無視していられる状況ではなくなってきています。

された人から救われて行きます。何度もいいますが少しは反省され、この教えを勉強されてはいかがですか?

そうしなければ恐ろしい現象は止まらないからです。(今日は本当に朝からサイレンが凄いですね。今もしています。もしかしたら、あのカモメたちの暗示はサイレンが増える方ではないでしょうね。両方だったりして…どれだけ脅すんでしょう。しかし、どれだけ脅してもまだ脅したりない、神に逆らうとはそれだけ恐ろしいことなのです)

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1月 24 2015

あの世の証明

インフルエンザがピークを迎えているようですね。(二百万人超とかいっていましたが)

A型だかB型だか知りませんが、まだ別のインフルのウィルスがこれから流行りだし、流行が長引くかもしれないとのことですが、インフルエンザの患者がドンドン増えているようです。(このような状況を見ると、予防ワクチンが効かないということがよく分かります)

こちらもサイレンが凄いです。(昨日はよく聞こえてきました)こちらは何といえばいいのか分かりませんが、こういうのを一括り(ひとくくり)にして祟りというのです。

祟られていますね。名古屋を始めとした日本全体がです。

そういう祟られそうな心の人が多いからでしょう。その心を直さない限り祟りは収まりません。神に(私にではありません)素直に頭を下げられたらどうでしょう。

そういう素直な心にならないと救われないからです。(素直なんて言葉、すでに忘れてしまった人が多いのではないでしょうか。〔笑〕)

さて、祟られていない私は(笑)昨日もまた面白いことがありました。

昨日は白鳥公園に行くと珍しくカモメが一羽もいませんでした。(こんなこと初めてです)

この時期に、横の堀川にカモメがいないなどこれまでなかったのですが「珍しいな」とも思い、カモメがいないと面白い動画も撮れないと思って(最近のカモメ凄いです)白鳥公園の横にある白鳥庭園に入りました。

実は一昨日にも白鳥庭園に行ったのです。その日は雨だったので人もいないだろうと思ったからです。

すると、その雨の日は、本当に庭園の中は誰もいなくて貸し切り状態でした。ラッキーと思って、池の中をのぞきながら歩いていました。(白鳥庭園の中は大半が池で、その池を中心に芝生がひいてあり、いろいろな木や花が咲いています)

池の中にはたくさん鯉がいます。鯉に「お前ら元気か」と声をかけながら歩いていたんですが、そのうちに鯉がたくさん寄って来ました。

口をあけながら寄って来る鯉が多いので、最初は餌をもらえると思って寄ってきているのかな(庭園の中には鯉の餌が売っているものですから)とも思いましたが「お前ら俺のことを知ってるか?」とかいいながら鯉たちを見ていたら、そのうちに池の真ん中あたりでバシャバシャ音がしました。

「ンッ」と思い、そちらを見ると、なんと大きな鯉が(跳ねるまではいきませんでしたが)体を二度三度と水面に出してくねらせていました。

まるで、私の問いに答えるかのような態度です。それで「おお、ここの鯉も知っているんだ」と合点が行き、それなら「今度お前らも動画に撮ってやるからな」と約束してその日は帰ったのでした。

それで次の日に(昨日のことです)また(ちょうど撮る対象のカモメもいなかったので)今度はビデオを持って白鳥庭園に行ったのです。

昨日も人がいるにはいましたが、少なかったので動画も撮りやすかったです。

池のほとりに行って鯉たちを呼んで動画を撮りましたが、もう寄ってくること寄ってくること、凄い数の鯉が寄ってきて、異様な数の鯉が撮れたのですが、その鯉たちが実は大変面白いことをしたのです。

その面白いこととは、なんと、あの世の証明でした。

「鯉たちがあの世の証明?なんだそれ」と思われる人も多いでしょう。しかし、本当に鯉たちがあの世があることを証明してくれたのです。

昨日私は、池のいろいろな場所で鯉を撮っていました。すると、どの場所に行っても鯉たちが嬉しそうに寄って来ます。

それで小さな橋の上で鯉たちを撮っていた時のことです。あまりにたくさんの鯉が寄ってくるので、私が何気なく橋の上から「そういえばお前ら、あの世でも会ったよな。久しぶりだな」とフッと漏らしたのです。

何でその時、私はそんなことをいったのか分かりません。分かりませんが、そういう言葉が急に出てきたのです。

そうしたらです。その橋の下で泳いでいた鯉たちが急に嬉しそうに泳ぎ回り始め、遠くにいた鯉までがドンドンその場所に集まってきたのです。(そこは動画に撮りましたが、動画で見ると分かりにくいかもしれませんが、実際見ているとよく分かりました。「あの世」という言葉を出したとたん、鯉たちの動きが変わったのです)

あれ、と思って「あの世」という言葉を連呼すると(「あの世のこと覚えているか」とか「またあの世で会おう」とかです)その辺りを元気よく泳ぎ回って、中には凄い勢いで泳いでいる鯉もいます。

あの世という言葉を使うと見るからにみな嬉しそうです。その鯉たちを見ていてつくづく思いました。「鯉たちはあの世があることを知っている」と。そうして「あの世にいたことを覚えてもいる」とです。

それはそうでしょう。どの魚もどの鳥も私のことを知っているのです。この世はこの世だけではなく、別な世界もあり、その世界から私のことを教えられていなければ、そんなことが起きるわけがありません。

そういう異次元の世界があり、そういう世界のことを知っているから、鳥や魚たちはみな私のことを知っているのです。

よく考えてみれば、鯉たちがあの世のことを知っているのは当然のことであり、その(当然知っている)楽しかったあの世(天上界)のことを私が話し出したから、鯉たちは喜んだのです。

鯉たちのこのような態度は、当たり前といえば当たり前の態度であったのです。

こういうすべての動植物(植物も当然知っているでしょう。態度に現さないだけです)が知っていることを、人間が知らない。(忘れてしまっている)何か寂しい気持ちになりました。

人間は、天上界のことをすっかり忘れてしまっている、だから私のことが分からない。しかし、鳥や魚たちは、天上界のことをしっかり覚えている、だから私のことをみな知っているのです。

また、このような鳥や魚たちの動画が近いうちに公開できると思います。(今回の白鳥庭園の出来事は入っていませんが…その次くらいには公開できると思います)

少しは、そのような動画を見て、あの世の天上界のことを思いだされてはいかがでしょう。そうすれば私が誰であるかも分かるからです。

人間は、このような鳥や魚たちは何も知らないと思っています。

しかし、本当に何も知らないのは、私たち人間の方なのです。

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1月 23 2015

深い考え

私、何か無茶なことや間違ったことをいってますかね?

何で、ここまで無視されるのか意味が分かりませんが、マァ、いいです。法の価値が理解できないのであれば、何でそんなものにお金を出さないといけないのか、という話にもなります。(このブログを見ている人は、どれだけ心を救われても、それを恩とは思わないようです)

しかし、法の価値が理解できなければ、理解出来るまで災いは起こり続けます。今日も北海道など大荒れの天気(暴風雪)になる予報が出ています。気の毒なことです。

気の毒といえば、この辺りも今日は朝からずいぶんサイレンがしています。心と行いを変える気がないなら、おかしな病気にならないようお気をつけください。サイレンを私のせいにいくらしたところで、このサイレンは止まらないからです。

おかしな病気といえば、インフルエンザの予防ワクチンが、実は全然効かないということが分かったそうですね。(ワクチンを打っても、インフルエンザの感染を防ぐ効果はほとんどないそうです。ワクチンが有効だと思っているのは妄想にすぎないそうです)

今年はインフルエンザの患者数が(すでに)過去最高を記録しています。

よく考えてみれば、多くの人が、インフルエンザの予防ワクチンを打っているのに、インフルエンザの患者数は増えているのです。

それを思うなら、インフルエンザワクチンは効かないのではないか、と分かりそうなものですが、それがなかなか分からないところが恐ろしいところです。(私は、インフルエンザのワクチンなど打ったことないですけどね)

このインフルエンザのワクチンの副作用で、毎年死者まで出ているそうです。子宮頸癌のワクチンの副反応同様、気をつけた方がいいのではないでしょうか。

どうも予防ワクチンというものはどれも胡散(うさん)臭いですね。(病院が儲けるだけという話もありますし)

しかし、世の中、効く薬もあれば(今回の予防ワクチンのように)効かない薬もあります。これだけ名古屋など病人が増えているのです。(けが人かもしれませんが)現代の医学ばかりに頼るのではなく、神の力にも頼られてはどうでしょう。その方がよほど安心だからです。(いろいろよい方に天が導てくれますから)

天変地変はもちろんですが、インフルエンザの患者数が、今年最高を記録したということもそうでしょう。

天変地変の多発や、疫病の蔓延(まんえん)など、神に逆らっているから起きて来ることであり、多くの人が心と行いを変えるなら、このようなことは収まってくるのです。

その心と行いを、いつまでたっても変えようとしないから、いつまでたっても恐ろしい現象が収まらないのです。

そのような恐ろしい現象が、繰り返し起きているところがあるようですが、そこも同じなのです。少し何も起きないと、またでかい音を立ててこのブログの邪魔をします。それからしばらくするとまた静かになります。「あっ、また何か起きたな」と分かるわけです。

そこは私に詫びを入れ、この法の流布を邪魔したことを心から反省しないと、その恐ろしい現象は止まらないのですが、何か起きたら静かになり(たまに切れてよけいうるさい時もありますが)少し起きないとまた邪魔を始める、その繰り返しなのです。

それでは災いは止まらないでしょう。何度でも起きます。自分たちが(大きな)間違いをし続けているからです。

特別、この会社だけではないでしょう。私が何度呼びかけても、このブログを見ている人は少しの寄付も行おうとしません。では、それが間違いであると分かるまで恐ろしい現象は続くでしょう。(人の心を救うほどの善行はありません。私は多くの人の心を救っているのですから、その心を救ってもらった私に、感謝も報恩の行為も一切しないというのは、これもまた大きな間違いなのです)

いつになったらその間違いに気づくのですか?

先ほどのインフルエンザのワクチン同様、少し深く考えれば、それが効果があるのかないのかは分かるはずです。

もう少し深く考え、この法の効果を実感していただけないでしょうか。そうすれば、少しくらいの寄付などなんとも思わなくなるからです。

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1月 22 2015

法への恩と自分たちの罪

くどいくらい書きますが、今を救えるだけではなく死んだ後まで救われる教えなのです。その教えを聞くだけ聞き、一切の報恩の行為をせず、自分のことをしているだけで本当によいのですか?

ウナッシーさんもイタリアの方も快く寄付してくれるのです。何で何年も前から、このブログを見ている人が何もしようとしないのですか?(いろいろなことを知り、散々心を救ってもらっているのにです)そう人たちが自分のことばかりやっていては、いつまでたっても災いは止まりません。

そのような行為は人の道に外れているからです。

間違ったことをしている人が多ければ、当然、それではいけないという現象は現れてきます。

法と縁が持てたのです。(この世でこれ以上のよいことはありません)その法を教えてもらった人に、少しくらいの報恩の行為はされたらどうですか。それが人として(神の子として)当たり前のことだからです。

現に、法を教えてもらっているにもかかわらず(感謝するどころか)私に嫌がらせを繰り返している人たちには、みな不幸が起きているのです。いま起きていない人でも、近い将来、必ず不幸が起きるのです。(もちろん死んだ後も、地獄でしっかりそのことを反省させられます)

それだけ法への恩は大きいからです。それを仇で返しているのです。どれだけの罪をつくっているかしれません。

だから不幸になるのです。法の恩の有難さを少しも理解しようとしないからです。

しかし、それは法の恩を理解しようとしない人が悪いのであって、私が悪いわけではありません。ところが、その自分の罪さえも私にかぶせ嫌がらせをしてくるのです。これは、あの世に引き上げられても仕方がないほどの行為であり(それ以上大きな罪を犯さないためにです)そういう危ないことを平気でしてくる人もいるのです。

法の偉大さをまったく理解しないからです。

こういうことが起きる(しかも何度もです)教えがこれまであったでしょうか?

祈れば次々に現象(奇跡)が現れる教えがこれまであったでしょうか?(なんならまたお見せしましょうか?少々大きな現象をです)

いってはいけませんが、このように次々に起きる災いも、多くの人が、いつまでたっても法の偉大さを理解しようとしないため起こされているものであり、その罪は法を理解しようとしない人たちにあるのであって、私にあるわけではありません。

だから私には次々に(鳥や魚が寄ってくるなどの)奇跡が起きてくるのであり、法の実践をしようとしない人たちには次々に災いが起きてくるのです。

やっていることの善い悪いが、このような現象として現されるのであり、この起きている現象の違いがその罪を現しているのです。

それにもかかわらず、自分たちの罪を認めず、どれだけ悪いことが起きても、それを私のせいや温暖化などのせいにしています。

一体いつになったら自覚されるのですか?自分たちの罪をです。

悪いことをしている人には災いが起き、善いことをしている人には奇跡が起きる、これ以上分かりやすい現象はないのではないでしょうか。

そんな分かりやすい現象が(一度や二度ではありません)何度も現れているにもかかわらず、それでもまだ少しも反省しようとしないのです。

これでは天も、もう滅ぼすしかないという結論になるのではないでしょうか。だから私は、南海トラフ大地震はいつ起きてもおかしくはないといっているのです。

あまりに神の業に無頓着な人が多いからです。(無頓着とか、そういうレベルではもはやありませんね。昨日も書きましたが、ここまで神の業を無視するのは〔神の子の〕人間として異常なのです)

このまま頑なに自分たちの行いを通すというのであれば、もう南海トラフは避けられないでしょうし、せっかく法を知っても、結局それでは深い地獄に堕ちていかなければいけません。(それはそうでしょう。法を知った人が何もしようとしなかったため、このような大災害は起こされたのですから、その罪は何もしようとしなかった人にあります)

法を知って地獄に堕ちるなど、これほど愚かな行為もありません。

今の人生など、人の永い輪廻転生の期間を考えるなら、ほんの一瞬の出来事でしかないのです。

そのほんの一瞬の出来事のために、多くの時間を無駄にするのですか?(長い間地獄にいれば多くの時間を無駄にすることになります)

これだけ多くのことを知り、これだけ多くの貴重な体験をしているのです。

少しの布施くらいされたどうでしょうか。

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1月 21 2015

唯物無神論の危なさ

誰も反応なしですか。(相変わらずです。何年たっても変わりません〔苦笑〕)

他のところはともかく、これほどのことが起き続けていても、それでもまだ名古屋の人は心を変えようとしないのですか。

大丈夫ですか。そんなに突っ張り続けてです。ずいぶん名古屋は意識が変わった人が多いはずです。(この辺りの人など、もうあの世を信じている人ばかりです。私に嫌がらせしてきた爺さんや婆さんに「そんなことしていると地獄に堕ちるぞ」というと、ほぼすべての人がビクッとしますから。〔笑〕)

それに感謝もせず、多くの人が私の顔を見れば嫌がらせです。そんなことをしていたら災いは止まりません。今日も朝からずいぶんサイレンがしていました。(どこかの会社もコロコロ雰囲気が変わりますし。今日はずいぶん静かです)

このサイレン、一つ一つに神の業が現れているとしたらどうでしょう。ずいぶん恐ろしいことが次々に起きていると思われないでしょうか。それこそ、このサイレンが聞こえてくるたびに「なんまいだぶ、なんまいだぶ」といいながら、手を合わせる爺ちゃん婆ちゃんも出てくるのではないでしょうか。

そのような神の業が次々に人に現れているというのに、ほとんどの人が無関心を装うか、怒っているだけです。(もちろん私のせいにしてです)

それでは明らかにまずいでしょう。

これほどの現象が毎日現れ続けているのです。そうであるなら、そこは謙虚になり「こういう現象が現れているのは、自分たちに何か悪いところがあるからだ」と考え、自分の心を反省するとか、神に手を合わせ「お助けください」と祈るべきなのであって、このような現象を無視していたり、人のせいにして怒っているなど言語道断なのです。

昔の人なら(その昔の人といっても唯物無神論になる前の人たちですから、かなり昔の人たちです)皆そうしたのです。

しかし、現在の名古屋でそのような態度を取る人は(ゼロではないかもしれませんが)ほとんどいません。これでは止まらないですね。このような神の業に、ほとんどの人が傲慢であるからです。

これほどのことが起きているのに、自分は何も悪くないと思っているんですから、傲慢以外の何ものでもありませんが、そういうことに誰も気づかないのです。

各地で起きている異常現象を知るならば、これは名古屋だけの問題ではなく、日本全体の問題であると思いますが、多くの人が、知らず知らずのうちに神から心が離れ傲慢になっている、これが唯物無神論という思想であり(現在の日本を見てもらえれば分かりますが)非常に危険な思想であったということです。(これほどの異常現象を起こしているのですから、それはそうです)

ただ、これまではそれに気づかなかったのです。そのような時代(末法の世)でもありましたし、私のような者もいなかったからです。(高橋先生と園頭先生がいられましたが、末法の世でもあり、他の霊能者との区別が多くの人にはつかなかった。これも唯物無神論の弊害です)

しかし、正法の世となり、本物の神の使いの業だけが現れ始めると、それが一発で分かることになり、それと同時にこれまでの人々の業(ごう)が一度に現れ始めたのです。

それが名古屋をはじめとした数々の異常現象です。

このような時代(正法の世)になったから、唯物無神論の危なさ、間違いが分かるようになったのであり、このような時代になったから、誰が本物かも分かるようになったのです。

これまでの唯物無神論のままでいれば、ほとんどの人が死後、地獄に堕ちたか、またはそれに近い世界にしか往けなかったのです。(幽界、霊界などの天上界でも低い世界です)唯物無神論の思想では救われないからです。

しかし、この唯心有神論の思想になるなら、人はどれだけ心が進歩するか分からないのです。(ということは死後、神界、菩薩界に往くことも出来るということです)

現に、そのような思想になったばかりに多くの人が神の存在を知り、あの世存在を知り、人の輪廻転生を知りました。それを知っただけでも心が軽くなったはずです。心が軽くなったということは、それだけ心のレベルが上がっているのです。心が軽くならないと心の高い世界にはいけないからです。(心が重いから、心の世界では下層にある地獄界に堕ちるのです。軽ければ上に行き、重ければ下に行く。この世と同じ現象ですが、それが心の世界では人に〔霊に〕如実に現れるのです)

時代が変わるとともに、これまで分からなかったことが次々に分かるようになってきました。それもまたよいことであり(当然、この世に生まれたら、知識はつけなければいけないことですから)分からないことが分かってきたのなら、それに合わせた行いは当然しなければいけないのです。

これまでの唯物無神論の思想のままで、神など存在しないと神に祈ることもなく、何が起きても責任転嫁ばかりしていては、それはいいこと起きません。そのような起きてきたことすべてが、自分に責任があるからです。

だから、起きてきたことに責任を持たなければ、悪い現象は収まりませんし、悪い現象を収めたいのであれば、先ほどいいましたように自分が悪かったと反省し、神に許しを請う以外、救われる道はないのです。

特に、名古屋など悪い現象が毎日次々に起きているのです。それなのに、未だ多くの人は心を変えようとしません。

すでに時代は変わりました。では、時代に合った心(愛、慈悲、感謝、寛容、反省など)にならなければ悪い現象は収まりませんし、悪い現象が収まらなければ不幸な人が続出するということになります。

だから、現在の名古屋に不幸な人が続出しているのです。前時代の心のままの人が多いからです。(怒り、ねたみ、ひがみ、責任転嫁)

私にどれだけ八つ当たりしても名古屋の現象は収まりません。いい加減もう感謝されてはどうですか?(これだけいろいろなことを教えてもらえたのです。しかもそれを大人から子供まで分かりやすくです)

そうしなければ名古屋の現象は収まらないでしょう。「お前みたいな奴に…」と思っているのは、そのような悪いことを全部私のせいにして、勝手に私を悪者に仕立て上げているから、そのように感じるだけで実際の私のことなど誰も知らないはずです。(案外いい奴かもしれないでしょう)

それほど悪い者に、鳥や魚は寄ってきません。私は鳥や魚が寄っていかない人よりよほどいい人なのです。

私に感謝し協力すれば救われますし、しなければ救われない、簡単な話です。

悪い人間がこれだけ多くの人の心を変えることができますか?(もちろんよい方にです)

自分のことを棚に上げ、人をいつまでも悪者に仕立て上げていては救われないのです。

いつまで悪魔の言葉に惑わされているのですか?いい加減、目を覚まされてはどうでしょうか。

追伸…悪魔といえば、イスラム国が、ついに日本人を人質にして日本に身代金を要求してきましたね。(しかもその額が二億ドル〔約二百三十六億円〕という法外な額です)

こうなってしまうと、もう総理が判断されるしかありませんが、こうならないためにも、この教えを一刻も早く世界に伝えないといけないのです。

これほどのことが起きる教えなのです。この教えが拡がるなら本当の世界平和も見えてくるからです。

日本の皆さん、小さな考えを捨て、世界平和のため、いい加減、立ち上がられてはいかがでしょうか。

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