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2015年11月

11月 30 2015

心21(心の国際会議)

フランスのパリでCOP21が開催されました。(今日からでしたっけ?)

このCOP21は、温室効果ガスの削減を目指す国際会議のようなのですが、そういう温暖化対策を話し合う場も必要なんでしょうが、世界の人々の心の対策はもっと必要です。(そのようなことのすべての原因は、人々の心にあるからです)

本当に、この世界で相次ぐ異常気象を止めたいのであれば、心21の開催は不可欠でしょう。(COP21にかけてみましたけどダメですか?)

一、二日前に堀川に行ったんですが、もうたくさんカモメが来ていました。

私の顔を見ると(半年ぶりくらいでしょうか)ギャーギャー、ギャーギャー大騒ぎです。

その場面を動画に撮りましたが、可愛いものです。

庄内川に行くと、庄内川にもカモメが来ていました。去年までは、庄内川にはあまりカモメはいなかったんですが(この時期でも、たまに数羽のカモメが飛んで行くくらいでした)今年は十数羽くらいのカモメが庄内川にいて飛び回っています。

庄内川のカモメも私を見るとよく近くに飛んできます。(そこも動画に撮りました)これもまた可愛いものです。

そうして最近はトビまで庄内川に来ているのです。

数日前の話です。いつも休憩する南陽大橋の辺りを私が歩いていると、数メートルくらい前の草むらから急に何かが飛び出して来ました。

そちらを見ると、なんとトビがハトを捕まえたようで、片方の足にハトをつかんだまま、草むらから私の目の前に出て来たのです。

急に出て来たものですから驚いたんですが、そのトビは少し私の顔を見ていましたが、すぐに飛んで行ってしまいました。(もちろんハトをつかんだままです)

それからですね。あの辺りでトビを見るようになったのは。

その時から南陽大橋の辺りを歩いていると毎回トビが飛んでいます。三日四日前には四~五羽のトビが飛んでいました。

そのトビも声をかけるとこちらに寄ってくるのです。

その時も、私が歩いている横の辺りを(といってもずいぶん高いところをですが)何羽かのトビが飛び回ってしばらく私について来ていました。

もう少し近くに寄ってくるようになったら、また動画に撮ろうと思っています。(その時も撮ったんですが、遠すぎたので消しました)

庄内川には本当にいろいろな生き物がいます。(エイや庄助もいますし。街中にはいない、貴重な生き物が見られます)庄内川は、川岸など草がたくさん生えていて自然もたくさん残っています。

これからも川岸をすべてコンクリートにするのではなく、あれくらいの自然は残しておいてほしいものです。

あれだけの自然が残っているのなら、そこを散歩するだけでいろいろな生き物に出会えるからです。(そういうのも癒されますから)

自然に触れ合うとは、そこにいる動物たちとの触れ合いも欠かせません。

心が変わるなら、その触れ合いはより深くなって、こちらの心もより癒されます。

仮に心21みたいな、各国の首脳が心のことを真剣に議論できる場が出来たなら、本当に世界は変わるであろうなとつくづく思います。(そのような動物たちとの調和も含めてです)

地球環境をきれいにすることも大事なことですが、世界の人々の心をきれいにすることはもっと大事なことなのです。

そのような心の国際会議を近い将来ぜひ開いてほしいものです。

心の国際会議を行って、正しい心の世界的基準が出来て、世界の人々の心がきれいになるなら、そのような地球環境だけではなく、いま問題になっているテロも、戦争も、不当な差別や貧困もなくせると思うからです。(多くの人の心がきれいになるのなら、お互いの意見を尊重しあって、本当に助け合える世界が実現するからです)

高橋先生は、人間が調和するなら動物同士の争いもなくなるといわれていました。

ということは人間が調和できれば、地球的規模の動物たちも含めた大調和が実現するのです。夢のような世界が現れると思われないでしょうか。

そう考えるのなら、いま一番先にやらなければいけないことは、人々の心をきれいにすること、それなのではないでしょうか。

人々の心がきれいになるなら、今のような世界で相次いでいる異常気象もなくなり、テロや戦争もなくなり、世界各国で奇跡が次々に起きるようになるからです。

それには法が欠かせません。その法にまつわる奇跡がいま日本で相次いでいるからです。(よいことも悪いことも含めてですが)

この法を中心とした「心21」はいつ開催できるのでしょう。

そのような心の国際会議がもし出来るようになったのであれば、世界は大きく変わることになるのです。

(マァ、名前はともかく、そのような各国首脳が参加する心の国際会議が、一日も早く出来るようになることを願ってやみません)

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11月 29 2015

法を知らない不幸

北海道は荒れた天気だけではなく、震度4の地震まで起きたそうですね。

まだ冬はこれからが本番です。今のまま何もしようとしなければ、北海道は今年の冬もまた過酷な冬になるといわざるを得ません。

本当に法を知ろうとしないということは不幸ですね。

いま世界中で異常気象が相次いでいるようですが、それを温暖化の影響と決めつけ、温室効果ガスを減らそうなどとやっていますが、いくら温室効果ガスを減らして温暖化を止めたとしても、この(日本はもとより)世界で起きている異常気象は止まりません。

この異常な異常気象は温暖化が原因ではないからです。この地球に住む人々の心が原因であるからです。(だけど、何か無理やり感はありますよね。科学は他に原因が分からないので、この異常気象の原因を無理やり温暖化に押し付けている、そのように感じてなりません。だって、異常に暑くても、異常に寒くても温暖化が原因というのでしょう。〔温暖化になると温度が極端になるとかいって〕そういう確かなデータでもあるんでしょうか?それもただの仮説でしょう。〔科学など所詮はみな仮説なんですから。本当にそれが正しいがどうかなど分からないんですから〕あれもこれも無理やりこじつけているとしか思えませんね。何度もいいますが、科学はこの異常気象の本当の原因が分からないからです)

この異常な異常気象の原因は「人々の心にある」早くそれを世界の人々に知ってもらわなければいけないのですが、私のいうこと(法)を聞いて、それを実践し奇跡が起きている人があちこちから出始めたようです。(それも世界的に注目を浴びる人たちからです。これも世界に法が拡がる、そのような順序の一つでしょう)

こういう現象一つとってみても、私のいっていることの正しさは理解していただけると思います。いっていることが正しいから奇跡が起きるのです。

あの歴代最高得点で優勝した選手(ああいうのは神がかりとはいわないのでしょうか?)など、競技後のインタビューで、長野といわなければいけないところを名古屋といっていました。(インタビューアーにいい間違いを指摘されていましたが)

よほど名古屋が気になるのでしょう。正直な選手だなと思わず笑ってしまいました。(笑)

法を実践するなら、もっともっと神の力は現れてきます。もっとされてはどうですか法の実践をです。

ほとんどの人は自分の都合のいい部分だけはやってあとはやろうとしません。だからダメなのです。

だから起きる奇跡も単発で終わってしまうのです。

それではただのいいとこどりだからです。(そんな自分の都合で実践されては奇跡は続きません)

何度もいいますが、アドバイスをもらいそれを実践していい結果が出たのであれば、そのお返しを少しでもするのは人として当たり前のことなのです。

せめて、その当たり前のことくらいまではされてはどうでしょう。

それならまた奇跡も起きてくると思うからです。(その肝心なところが抜けているからダメなのです)

そういうことさえもしない人が多いから、このような(異常気象が多発する)世の中になっているのです。

あまりに考えが足りないからです。自分のことしか考えないからです。

もっともっと法の実践をしないといけないのです。多くの人は、その法の実践があまりに足りないのです。

ただ、このような行いが如実に現れてくるようになったのは事実なのではないでしょうか。

わずかであってもです。法を実践している人には奇跡が(よいことが)法を知らない人、その法に逆らっている人には災いが(悪いことが)確実に起きているからです。

では、このような異常な異常気象が多発する世の中に、なぜなっているのか、それもお分かりいただけると思います。

あまりに法を知らない人が多いからです。

だから、このような世の中になっているのであって、法を実践する人が増えて来るなら、異常気象は段々収まっていき、そこかしこに奇跡が起きる、そのような世の中に変わってくるということになります。(奇跡が起きれば、その分災いはなくなるからです)

その法を実践すれば、奇跡が起きるということをもっとも現しているのが、この私なのではないでしょうか。

私は、この法を流布することで生きて行こうと決めたのです。

そうして、一日を法の流布と法の証明、それのみでやっているのです。(つまり神への全面投棄です。自分のためではなく、すべて神のために働いているのです)

するとどうでしょう。私に次々に奇跡が現れたのです。(そのような奇跡は逐一このブログに書いています)

法を信じ、このような神への全面投棄が出来るなら、その人には多くの奇跡が現れるのです。

これ以上の法を実践すれば奇跡が起きるという証明はありません。実際に生活をすべて法の実践に変えた私には、次々に奇跡が起きているからです。

みな、私のようにやれとはいいませんが、自分の生活の一部にこの法を取り入れるだけでも十分奇跡は起きるのです。

では、された方がいいでしょう。災いが起きるよりも奇跡が起きた方がよほどいいからです。

それに、その奇跡が起きないと災いは消せません。(相殺されるという意味ではありません。奇跡が起きるくらいの心にならないと、災いはなくならないという意味です)どちらにしても心の改革は必要なのです。

奇跡も目の前で見ることが出来、そうして、自らも奇跡の体験が出来る、これ以上の教えがあるのでしょうか。

この教えを一人一人が少しずつ実践するだけで、大きく世の中が変わるのです。

この法を知ったのなら、もう少し実践されてはどうでしょう。その法を実践する人が増えるのであれば、この異常な異常気象は収まってくるからです。

追伸…私は、一回三万円などとはいっていないのです。(苦笑)

「お気持ちだけで結構です」といっているだけなのです。少し実践していただけませんか?(報恩の行為をです)そうすれば、この法はもっともっと拡がって行くからです。

くれなきゃくれないで、こちらは飢え死にするだけですが、飢え死にしようと、この法の流布以外でお金をもらおうとは思いません。

こちらは命懸けです。間違ったことを説けば、あの世に引き上げてもらうという(死ぬということです)祈りまでしているのです。

このブログを読んでいる人は、もう少し真剣に世の中のことを考えていただけないでしょうか。

このブログを読んでいる人たちも、法に縁があったことには変わりないからです。(では、私と同じような使命があるということです)

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11月 28 2015

災いを防ぐには

北海道は大荒れの天気となっているようです。(賛助会員の方大丈夫でしょうか)

北海道がすぐに原発が動かせないのなら、あのたくさんある太陽光パネルを外したらどうでしょう。そうしたらとりあえず、これほどの異常気象は収まるからです。

茨木も同じです。(ずいぶん地震が多いようですが)

異常な地震を止めたいのであれば、あの風力発電をやめることです。そうすれば異常な地震は収まるからです。

もし、ここに書いたことをされないのであれば、北海道の異常気象も茨木の地震も収まりません。

それどころか、北海道はこのような冬の爆弾低気圧だけではなく、最近は夏には異常な大雨が降ったり台風まで来るようになりました。少し前までは、北海道に大雨が降ったり台風が行くなどということはなかったのにです。

茨木は今年鬼怒川の氾濫が起こって大きな被害が出ました。茨木にこれほど大きな被害が出るのも珍しいのではないでしょうか。

いっている意味がお分かりですか?

このままほっておけば起きる現象は益々ひどくなるということです。

私のいうことを聞かれてはどうでしょう。それが災いを防ぐ唯一の方法であるからです。

名古屋の人たちもそうです。

愛知県の横の静岡では火葬場が一週間待ちという現象が現れているのです。(先月までは三日待ちでした。それが今月は、一週間待ちになったということは明らかに死ぬ人が増えているのです。それも急激にです)

名古屋の人たちが(正確にいえば東海三県の人たちなんでしょうが)恐ろしい現象をすべて私のせいにするのはいいんですが、いくら私のせいにしたところで、静岡でも、そのような恐ろしい現象が現れ始めたのは事実なんですから、では、その恐ろしい現象は段々拡がっているということになります。

現にサイレンは(名古屋だけではなく)あちこちで聞こえ始めているのですから、そのような恐ろしい現象は確実に拡がっているのでしょう。

先ほど書いた、異常気象も含めてです。

それを、すべて私のせいにするのはいいんですが(それはそれであまりに非科学的だと思いますが…本当に無理やりですね)私のせいにいくらしたところで、この恐ろしい現象は止まることはありません。

くどいほど書きますが、起きる現象はだんだん激しくなっているからです。

では、どうやったら、この(異常気象も含めた)恐ろしい現象を止めることが出来るのですか?

どれだけ私のせいにしても起きる現象は止まらないのです。

そうであるなら、今一番先にやらなければいけないことは、この現象を人のせいにしていることよりも、この現象を止める方法を考えることなのではないでしょうか。

そうしなければ、確実に自分にも、その恐ろしい現象は起きることになるからです。

マァ、自分だけにはそのような現象は起きないと信じている人はいいのでしょうが(そういう人に限って起きるのです)そういう能天気な人はともかく、ほとんどの人はあのサイレンが激しく起きていた時のように、いつか自分にもそのような現象が現れるのではないかと、心配でならないのではないでしょうか。

そういう人が多いのであるなら、いま起きている恐ろしい現象を人のせいにしている場合ではないでしょう。

いま一番にやらなければいけないことは、この恐ろしい現象を止めることなのです。

では、どうやって止めるのですか?

この名古屋の人たちは、あれほど激しく起きたサイレンを知っているはずです。そうして、その激しく起きたサイレンを誰も止めることが出来なかったことも知っているはずです。

そうであるなら、現在の科学も宗教も、あのような神の業の前にはなすすべがなかったということも分かるはずです。

では、どうされるのですか?

このままでは、この現象は激しくなることはあっても止まることはないのです。(正法の世は一年一年深まって行くからです。正法の世になったから神の業がこれだけ頻繁に現れるようになったのです。ということは、年が変われば、また一段と激しい現象が現れてくるということになります)

正法の時代になれば正法を知らないと生きていけないのです。(だから、末法の心を持つ人たちが次々にあの世に引き上げられている、火葬場が一週間待ちという現象が起きているのです)

本当に法を学ばなくてよいのですか?

このような災いが多発する世の中で、奇跡が起きているのは私だけだというのにです。

追伸…しかし、軽減税率は喧々囂々(けんけんごうごう)の議論が続いていますが、ああも揉めていて決まるんでしょうか?

だいたい軽減税率など逆進性があって、金持ち優遇の税といわれています。

なんでそんな税を、あれだけ議論を出しあって(しかもまったくかみ合わないです)決めなければいけないのでしょう。

まったく意味が分かりませんね。(軽減税率などしたら、どれだけ手間がかかるか分からないのにです。〔中小企業が泣くだけです〕こういうことを考えても金持ち優遇丸出しです)

選挙公約だの約束だのいったところで、国民が一なのです。党の面子などどうでもいいことです。

本当に国民のためになるのか、ならないのか、その基準でお願いしたいものです。

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11月 27 2015

法の価値

急に寒くなりましたね。

北海道など十一月としては六年ぶりの大雪となっているそうですが、今日も大荒れの天気になる予報が出ています。

相変わらず北海道の異常な異常気象は続いていますね。

鹿児島は、そのような異常な異常気象は収まりました。(多少の異常気象はあるんでしょうが)おまけに桜島の爆発的噴火まで収まってしまいました。

あれだけ異常気象が激しかったのに、よその地域よりも起きる現象が静かになっています。

北海道も早く原発を動かした方がいいでしょう。鹿児島が、これだけ極端に起きる現象が変わったのも、あの原発を動かしてからのことだからです。

私は自分に起きる奇跡だけではなく、少しアドバイスしただけで奇跡が起きたり、こういうこと(原発などの功用)も伝えて、現実にそのような奇跡も現れているのに(こういう静かになったことは、奇跡ではないと思う人もいるかもしれませんが、とんでもありません。鹿児島はあれだけ異常な大雨が続いていたのです。それが急に収まったのですから〔それは桜島の爆発的噴火も同じですが〕こういうのも奇跡というのです)こちらもまた相変わらずで評価の悪いこと悪いこと、昨日もまた中学生と大喧嘩(おおげんか)になりました。

庄内川からの帰り道のことなんですが、歩いていると、そこらの家から出てきたオバちゃんに嫌がらせされましたので、そこで辻説法を始めたのです。

「オバちゃん、浜松では一週間待ちだそうだよ。一週間待ち。火葬場が一週間待ちだってよ。凄い人が死に始めたんだって。名古屋だけじゃないんだぜ、怖い現象が起きているのは。それなのになんで名古屋の人だけ(特別名古屋の人たちだけではないんですが)怖い現象を俺一人のせいにしているの。ボケっとしていたら皆死んじゃうぜ」

「俺には、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているの知っているだろう。同じ奇跡が起きるということは同じ神理を説いているということだ。その神理を聞いて実践しないと、その恐ろしい現象からは逃れられないんだ。悪いことをみな俺のせいにして、俺のことをいつまでも悪者にしていていいのか。それだと救われ道がなくなっちゃうぜ」

などと大きな声でしゃべっていたら、私の横を学生服を着た中学生が二人(マァ、高校生かもしれませんが)自転車で走って行きました。

その時に、一人の中学生が私に向かい「うるせー」といったのです。(一柳の生徒ではないと思います。一柳の生徒は庄内川の帰りはもう全然見ませんから)

それで私が「何がうるさいか、本当のことだろうが」とその中学生たちにいうと、少し走った先でその中学生二人が自転車を止め、こちらを振り向いて「お前、頭おかしいんじゃないのか。精神病院へ行け」とかなんとかいい返してきたものですから、そこで私もいい返して、二人の中学生と大喧嘩になったのです。(苦笑)

わりと家に近いところでしたので、私のことを知らないとは思えません。知ってていったのでしょう。

「お前ら死んでも知らねえからな」といっておきましたが(向こうは「お前が死ね」とかいっていましたが。〔笑〕)本当に死ぬかもしれません。辻説法のじゃまをしているからです。(なにせ、法の流布のじゃまをしている人たちに凄まじいことが起きていますから)

法の流布のじゃまをするのです。では、自分に何が起きても文句はいえないでしょう。法とは、それほど大事なものであるからです。

何でそれくらいのことで死ななければいけないのか、などと思っている人は考えが甘いのです。釈尊やキリストが説かれた法とは多くの人を救う力があるのです。その法の流布をじゃましているのです。

それは多くの人が救われるのをじゃましているのと同じことなのですから、それ相応の現象は現れてきます。

それを、そんなことでだの、お前のせいだの、いくらいったところで、それほどの悪いことをしているという自覚がない自分が一番悪いのです。

自分に起きた悪いことをどれだけ人のせいにしたところで、その悪いことが起きて一番苦しむのは自分自身なのです。では、自分がしていることの罪の重さをもっと自覚すべきでしょう。

法の価値とはそれほど重いものだからです。

現に、その法を説いている、私のいった通りのことが次々に起きているのです。(奇跡にせよ、災いにせよです)それに、法を聞いて心が救われた人はたくさんいるのです。

何でこれほど当たって、心が救われる法の話のじゃまをしていることが、それほど軽いものなのでしょう。

そのような法の価値が分からない自分たちが一番悪いのです。

しかし、これだけのことが起きているのに、未だ、間違った教えに騙され命を落とす人がいるのは残念でなりません。

昨日もそのようなニュースが流れていました。

龍神などと称する悪魔に憑かれた人を信じた両親が、自分の子供を殺してしまった事件です。

両親が子供を殺したといっても間違いではないでしょう。この子の両親は、どう考えても頭のおかしな人のいうことを、そのまま信じてしまったからです。(糖尿病の子供にインスリン投与をしなかったなど気違い沙汰です)

しかし、このような事件は氷山の一角であり、おかしな宗教に頼って、信仰だけで自分の病気が治ると信じて手遅れになる人はたくさんいるのです。

昨日の話ではありませんが、人間は肉体と精神が一体となって存在しているのですから、心の健康と肉体の健康、この両方から考えなければいけないのであり、片方だけに偏るのは間違いなのです。(だから医者が全面的に宗教を否定するのも間違いなら、宗教家が医学を全面的に否定するのも間違いなのです)

正しい教えを知らないと、こういうことが分からないのです。そうすると、どちらかに偏ってしまって、せっかく助かる命も助からない、ということも出てくるのであり、心も命も両方救うのが法(神理)なのであり、だから、それほどの教えを拡げるのをじゃまする(または、その法を説いている人に嫌がらせする)ことは大変罪が重いのです。

この教えが大きく拡がるならば、多くの人が物心両面から幸せになれるからです。

そう考えるなら、この教えを知っていて、いつまでたっても何もしようとしない人たちの罪もまた大きいといわざるを得ませんね。(この教えが大きく拡がっていたならば、昨日のニュースのような事件も起こらなかったからです)

この法の価値を知っていて、いつまでボケっとしているのですか?

そういう人が多いから、私が、これだけ無理なことをしているのです。

(それを「お前が悪い」などとやっているのですから呆れますね。〔苦笑〕)

追伸…先ほどの龍神などと称していた人は、手かざしや呪文などするだけで一回三万円も取っていたそうではないですか。(先ほどの両親など総額で二百万円も払っていたそうですが)

信じられませんね。その人は多くの人をだましているだけで何の奇跡も起こしていないのです。(災いを起こしているだけです)

私は多くの奇跡を起こし、なおかつ多くの人の心を救っているのに、その私に(その心を救われた)ほとんどの人が一銭も払わないとはどういうことでしょうか?

本当に世も末ですね。

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11月 26 2015

奇跡も災いも自分次第

今日も朝からキレてますね。(本当にキレキレです)

悪魔軍団がキレ出すとよそもキレるところがあって、そうすると、どこからともなくサイレンが響いて来ます。本当に不気味です。(実際さっきもそうでしたから。とか書いていたら、今もサイレンが響いて来ました。まさにホラー映画そのものですね。〔汗〕)

おまけに今日は朝からどんより曇って雨も時折降ってきます。(強く降ったり弱く降ったりです。ますます不気味です)

さらに朝からやたらカラスが鳴いています。(こんな天気が悪い日なのにカラスが近くにたくさん来ているようです)カラスが鳴くと人が死ぬといわれています。本当に不吉ですね。(別につくって書いているわけではありません。本当にそのようなシチュエーションなのです)

これだけ不吉な現象が次々に現れているのです。真剣に心の在り方を考えられてはいかがでしょう。

そうしないと、不吉な現象に拍車がかかると思うからです。

出足からメチャメチャ不気味なんですが、昨日も一昨日も出ているようですね。(現象がです。だからやたらキレているのです。そうかと思うと不気味なほど静かになりますし)

そういえば、園頭先生のご著書によいことが書いてありました。(園頭先生のご著書にはよいことしか書いてありませんが、今のあなたたちにぴったりのアドバイスという意味でです)

そこのところを抜粋しておきましょう。

「正法と人生の原点」から抜粋します。

<右は、荘淑旂(そうしゅくき・この方は台湾で医師の資格を取り、更に日本で医学を勉強し、中国医学の伝統を踏まえ、国際家庭癌連合会の会長として三万六千人以上の癌患者を治療された方です)先生の著書より引用であるが、ガンの治療について次のように書いていられることも注目すべきである。

ガン治療の第一歩はガンを恐れないこと

日々規則正しい生活を送り、自分の体型や体調をよく理解して、自然のリズムに調和して生きていけば、ガンだからといって、少しも恐れる必要はないのです。

一般にガン患者は、ガンだ、ガンだと恐れて、消極的になりすぎています。それが精神的なストレスとなって、ただでさえ弱っている体内代謝を悪くし、ますますガンを発達させる原因になっています。身も心も、前向きにならなければならないということを、まず認識してください。

ガンをつくった、それまでの自分の生活の仕方、食生活などの問題を少しも考えずに、ちょっとしたガンを見つけたら、もう大変だ、早く手術しなくては、というように考えるのは、性急にすぎます。

それよりも、ガンをつくり出したこれまでの自分の生活そのものを(反省して)改善していく、そしてガンが異常発達しないように自分の体質環境をつくりだしていく、そのことこそが、本当のガン治療だと思います。

胃の検査に行ったら、なんの症状も感じなかったのに、いつのまにか潰瘍をやって、その都度気づかないうちに治っていた跡が見つかる、ということがよくあります。ガンの場合も同じことがよくあります。

医師から見放されて、やむなく宗教に頼ったら、奇跡的に治ったという話をよく聞きます。しかし、それは奇跡でもなんでもないと私には思われます。宗教にすがって、そこで自分を捨てて、残り少ない人生を正しく生きようとする時、心の方が、ガンをなんでも治したいという、積極的な前向きな姿勢になることで安心立命を得て、防衛力が働きだし、ガンを封じ込めてしまうからです>

荘淑旂先生は、癌になったら、その癌を恐れてはいけない、そして癌をつくりだしたこれまでの生活そのものを反省して改善して行く、そうして、自分を捨て残り少ない人生を正しく生きようとする時に、癌を何が何でも治すんだという積極的な前向きな姿勢となって、そのような安心立命の心を得ることで、体の防衛力が働き出して、そうして癌を封じ込めるといわれているのです。

ただ、この方は宗教家ではありません。そのような心になるだけで癌が治るとはいわれていませんが、そのような癌を恐れないこと、反省すること、そうして残り少ない人生を正しく生きるということ、癌を治すという積極的な思いが大事であるといわれているのです。(これは癌を手術して切り取って治った人も同じでしょう。このような心にならないとまた癌は再発するのです)

そのうえで適切な治療を行われたので、三万六千人以上の癌患者をこの方は治されたのです。(だから、昨日西洋医学の弊害を少し書きましたが、もちろんそのような弊害はさけなければいけませんが、だからといってまったく医学を否定するのも間違いであり、心の治療と体の治療、両方を共にすれば病気が治る確率もぐんと上がるということです)

この荘淑旂先生もいわれていますが、これまでの間違った心と行いが癌をつくり出したのであり、人のせいで癌になったわけではありません。(癌の専門家が、人のせいで癌になるなどとは一言もいわれていないのです。癌になったら、これまでの生活そのものを反省しろといわれているのですから〔それは即ち自分のせいということですから〕これだけ確かな話はありません)

では、これまでの生活でどこかに間違いがあったのでしょう。それを反省することです。それが反省出来ないと、癌になってしまった人だけではなく、これからもたくさんの人が癌になるかもしれないからです。

私のいうことを聞かなくても一向にかまいませんが、私のいうことを聞いている人たちには奇跡が起きています。

その奇跡が起きている人たちは、普通の人やら野球の選手やらゴルフの選手やら千差万別で、どのような人でも、私のいうことを聞き(少し)心を変えれば奇跡が起きるのです。

別に私のいうことを聞かなくても結構ですが、こういうことが現実に起きているのです。(私のいうことに逆らっている人に何が起きているのかはよく知りませんが)

少しは聞かれたらどうですか?私のいうことをです。

そうしたらどのような人にも奇跡が起きるかもしれないからです。(かもですけどね。すべての人の心は違いますから。心が神の心に叶わないと奇跡は起きません)

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