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2019年2月

2月 28 2019

平成の堕落

前回の話をもう少し書きますが、なかなか理解は出来ないかもしれませんね。

今のような考え方(男女平等、子育て、出産に男が立ち会うなどなど)が定着してもう三十年近くになります。

こういう考え方はまったくおかしいと今さらいってもです。

しかし、間違っているものは間違っているとちゃんといい続けないと災いはドンドン起きてきます。(神の怒りはますます激しくなります)

たとえ私一人であろうと正しいことはいい続けます。どちらにしても私は前からこのようなことはいっていましたから。

結局、男女平等にしても、自分中心の子育てにしても、最近は個人の尊重などと普段からいわれているため、それが正しいと思い込んで、皆、個人重視の(自分さえよければいいという)考え方をしすぎているのです。

それと秩序も段々壊れてきています。(例えば、男が出産に立ち会うこととか、最近は出来ちゃった婚が増えていますが、こういうことなどもそうです)

人への愛や調和を無視して、何でも自由で何でもOKではありません。すべてのものに秩序があり順序があるのです。

その秩序、順序も考えず自分だけで勝手に進めてしまっては揉めるに(不調和になるに)決まっています。

にもかかわらず、それを悪いとも思わない、逆に進歩的と勘違いしている人が多いから災いが多発するのです。

間違ったことを進歩しているなどと勘違いしているのではなく、もう少し全体的な、歴史的なものの見方をしないと、正しいことは分かってこないのです。

歴史上、誰もしなかったことをしているということは、進歩なのではなく堕落であるということを知るべきなのです。

だから、災いが次々に起きているのです。堕落している人が増えているからです。

よく考えてみれば平成の三十年は、このような間違った考えに強く支配された時代でした。だから、平成は多くの天変地変が起きたのです。

これだけ神の心(愛と慈悲と調和)に反した思いもないからです。

平成の時代、このような神の心に反した、自分本位な考え方は私生活だけにとどまりませんでした。

だから、デフレが続いているのです。神の心に反した自分本位な心が経済にまで影響しているからです。

実際そうなのです。バブルがはじける前まで(だから1990年代以前)はインフレが続いていたのです。

その頃までは、まだ多くの大企業が下請けのことも考え仕入れ値を毎年上げてくれていたからです。

だから、この頃までの大企業は、どこも下請け企業に対する買値を上げるのが当たり前であったのです。

今では考えられませんが、その頃までは大企業は下請け企業がいなかったら、自分たちの仕事も成り立たないと(実際にそうですし。自分たちが出来ないところを下請け企業がカバーしてくれているのですから)感謝して、下請け企業を自分たちの子会社(というより家族)のように考え、ちゃんと自分たちの利益を下請け企業にまで回していたのです。

つまりこの頃まではどの大企業もみな愛があったということです。

下請け企業の売値が毎年上がるなら、下請け企業は設備投資も出来ますし、従業員の給料も上げることが出来ます。

設備投資も増えて、従業員の給料も上がるなら、当然、景気はよくなります。多くの金が世の中に出回るからです。

つまり、その世に出回っているものは物質的に見ればお金ということになりますが、心の面から見れば、それは愛ということになります。

その愛が巷にあふれていたのです。だからインフレが続いていたのです。その多くの愛のため景気が本当によかったからです。

しかし、バブルがはじけたのち1990年代後半くらいからでしょうか。その愛が段々なくなっていったのです。

つまりどの大企業も、この頃から(だから平成のはじめくらいからでしょうか)売値を全然上げてくれなくなったということです。

上げるどころか、毎年値下げを要求するようになっていったのです。(つまり愛が急速に〔急速にです〕なくなっていったということです。何でこれだけ急にと思いましたが、アメリカなどの他国の影響があったように思います。そういう話を〔アメリカ式、アメリカ式などという言葉を〕その頃さかんにきいていたからです)

これでは下請け企業は持ちません。つぶれるところや貧困化する中小企業が続出したのです。

確かに(バブルがはじけたため)景気も悪くなっていったということもあったのでしょうが、それ以上にこの頃から多くの人々に愛がなくなっていったのです。

なぜなら、これまでも景気が悪い時などいくらでもあったからです。しかし、大企業が下請け企業に対し、これだけ値下げを要求したことなどなかったからです。

これまでならです。どれだけ苦しい時でも、大企業は下請け企業に対し、今年は儲かっていないので値上げは出来ないが来年は頑張るからと、ことわりを入れ、そうして、実際に翌年は値上げしてくれたところがいくらでもあり、昭和の時代までは、大企業は下請け企業を(自分のところ以上に)大切にするということが当たり前のように行われていたのです。(これはつくり話でも何でもなく、本当の話ですから。実際、私の若い頃は〔だから三十年くらい前までは〕そういう話をいくらでもききました。「今年は上げられないが来年は頑張るからと親会社がいっているので、今年は我慢する」とか「今年はこれだけしか上げてくれなかったが、来年はもっと上げるからといってくれた」とかいう話を中小企業の社長からよくきいていました。昔は売値が上がるのが当たり前だったのです。今から考えると、まるでおとぎ話のようですが〔苦笑〕しかし、昭和までの時代は本当にそういう〔売値が上がることが当たり前の愛にあふれた〕時代であったのです)

それだけ大企業が下請け会社を大事にしてくれるのですから、当然、下請け会社も頑張ります。

そのような愛の循環が好景気を呼んでいたのです。

しかし、平成に入ってからは、大企業は居丈高になり、下請け企業に毎年、値下げを強要するようになります。それが嫌ならやめろとです。

こうなってからです。デフレとなって不景気となっていったのはです。つまり段々、愛がなくなっていったということです。

だから、好景気のわけがないのです。これだけ巷に愛がなくなって好景気になるわけがないからです。

だから、今、さかんに政府などがいっている好景気というのは統計不正によるでっち上げの嘘なのであり、もう平成に入ってからは(デフレになってからは)景気がよくなったことなど一度もないのです。

何度もいいますが、これだけ愛がなくなって好景気になるわけがないからです。

このように私生活から経済に至るまで(もっというなら政治や教育までもそうですが)愛がなくなり、堕落していったのです。

平成の世はです。

だから平成はこれほどの天変地変が起き、いま現在もそのようなことも含めた異常現象が止まらないのです。

多くの人々が堕落しているからです。

しかし、その平成も今年で終わります。それでもまだ(次の時代も)この平成の堕落を引きずるのですか?多くの人がです。

それでは不幸は続くのです。

古いものは悪と決めつけるのではなく(新しいものでも悪などいくらでもあるからです)昭和の時代のよき愛の心をもう一度思い出さないともう日本は持たないのです。(ほんと滅びそうです)

そのような愛の心があるなら、また奇跡は現れてきます。

このまま心を変えぬままでいくのなら、次々に不幸が起きてきます。愛と調和の心を、そうして秩序と順序をもう一度取り戻しませんか?

それ以外で不幸から逃れる術はないからです。

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2月 26 2019

異常な行い

何度もいいますが、命を懸けても惜しくない教えがここにあるのです。いつまでもグダグダいって責任転嫁しているのではなく、素直に勉強されてはどうでしょう。

そうすれば奇跡も起き救われて行くからです。(じゃないと〔昨日もコメントに書きましたが〕この辺りはほんと危なそうですから…ボケっとしていると、このままでは逆に命なくしますから)

どちらにしても、現代のような思想がどれくらいおかしいのか(他の時代と違っているのか)園頭先生が書かれた正法誌からちょっと抜粋しておきましょう。(多くの人が、今のような思想や行いは正しいと思い込んでいるようですが、正しい考えの人が多いのなら、これだけおかしなことは起きてきませんから)

1988年 八月号より抜粋します。

<子育ての根本

(中  略)

親はその子供を子供とすることにより、子供はその親を親とすることによって魂の勉強をしっかりしなければならないことがあるのである。

どんな子供であっても、その子供をどのように愛し育ててゆくかによって、親は魂の勉強(根本的には真実の愛とはどんなものであるかを知る)をしなければならないのである。

(中  略)

妊娠、出産は女性のみに与えられた神よりの使命で、妊娠、出産を女性が母となる喜びとして、心から喜ぶ女性は、夫をも子供をも幸福にすることが出来るが、それを嫌悪する心の多少によって、夫を子を不幸にするのである。

昔から「三つ子の魂、百まで」という。三才までにどのようなしつけがなされたか、それが子供の一生を支配するというのである。

現在の若い人たちは、子育てにあまりにも神経質になりすぎている。昔は「育児ノイローゼ」というものはなかった。

もっとも現在の教育は、教育といえば国語、算数、理科、英語、物理、化学など学科を覚えることだけになっていて、人間が生きるための基本的な道、即ち道徳、情操、信仰については何も教えない。

多くの女性は高校を卒業してそのまま社会に出て、そうして結婚するのである。ところが結婚してから最も大事な家庭生活のあり方、妊娠、出産、育児というようなことについてはまっくたく教えられずに卒業するのである。

教えられていないから知るわけがない。知るわけがないからというよりも、女性は結婚したら早速妊娠し出産し育児をしなければならないのであるから、そのことを考えたら自分でそのことを真剣に勉強しなければならないのに、勉強しようとする傾向がないのは残念である。

妊娠してはじめて慌てて育児の本を読む。

ところがそれらの本は、書いている人によってまちまちであったり、特に医学者の書いたものは、医学的な衛生的な取り扱い方が多く、子育てにもっとも大事な人間性の根本に立ってのことは何も書いていない。

五月二十五日、NHKの朝の「おはようジャーナル」で「新人類、母になったけれど」という放送があった。

テレビの画面に、母と子と同じ型の服を着たモデルが登場した。その場面の最後に松田聖子が出て来て「子供に精一杯、いい服装をさせれば楽しいじゃないですか」といった。ひどいといわれるかもしれないが私は松田聖子は少し常識が足りないと思った。松田聖子の子育ては確実に失敗すると思った。松田聖子もそうであるが、新人類の母親たちは、子供をペットみたいに愛玩物として考えているのである。

渋谷かどこかに、まだ歩けもしない赤ちゃんにはめる指輪を売っている店があって大繁盛だそうで、赤ちゃんの指輪を買っていた母親も「子供と一緒の服装をすれば楽しい」といっていた。

品物はつくり間違ったらつくり直せばよい。だが、子育ては失敗したらやり直しがきかないのである。子育てに失敗した負い目は、親も子も一生背負い続けなければならない。

それだけ子育てには真剣にならなければいけないのである。

親の一生の幸福も、もちろん子供の幸福も、その子供がどういう子供になるかにかかっている。若い時は苦労しましたが子供が立派に成長してくれまして、という親もいれば、親自身は成功して金持ちになったのに、子供がぐれて一人前にならないといって泣いている親もいる。

あなた方はどちらを選ばれるのであろうか。

ベビーシッターを頼んで、子供と遊んでもらっている間に美容院に行って「普通のお母さんのようにはなりたくない。主人も子供も大事だが、より以上に自分が大事だから」という女性も登場した。

私はそういう女性を妻にした男性が哀れになってきた。

子供をペットみたいに考えて、自分のしたいように育てていたら、決して子供は一人前の人間になれないのである。そうすればいいといってみても、世の中にはそうできない人の方が多いのである。物や金で贅沢させなかったら子育ての楽しみはないというのであったら、貧乏な人の子供は幸せにもりっぱな人間にもなれないということになるが「貧窮の門(ひんきゅうのもん)に孝行出づ」と昔からいわれているのはなぜだろうか。

(中  略)

男女平等だからといって、妻が出産する現場に立ち会ったという男性も出て来たが、男が出産の現場に立ち会うのは、女、妻の尊厳さを傷つけるものだと思う。

ある時テレビで、アフリカのピグミーの人たちが放送された。妻が出産する時は近所の女の人たちが来て手伝って男は絶対に産室に入れない。しかし、妻の出産の苦しみをともに分かとうとする夫は木陰で、妻と同じように自分も「うんうん」いって苦しむのである。

古事記(日本の神話と古代歴史を書いたもの)の中にも、女の神さまが、わたくしがお産するところを見なようにしてくださいといったのに、男の神さまがその現場を見られたら、女の神さまが怒られたということが書かれている。

女は、自分の身も心も、すべてを相手に捧げて愛したいと思う時に、自分の身体のすべても知ってもらいたいと思って男の前に自分の身体を投げ出したいという衝撃を感ずる時がある。愛とは自分のすべてを相手に与えて悔いない。むしろそれを喜びとする感情である。それは与えるべき人と時と所があるのであって、与えるべき人と時と所でなかった時に罪の意識が伴うのである。だからして、人と時と所とにかまわずに自分の身体を投げ出そうとする女性は当たり前の人間ではないといって軽蔑されるのである。

与えるべき人であるか、時と所であるか、それを確かめる時に羞恥心、恥ずかしいという感情を持つのである。

女が出産の現場を男に見られるのを恥ずかしいと思い、また、男もそれを見るのを恥ずかしいと思うのは、そしてまた、今までの歴史の中で、男が公然と女の出産の現場に立ち会ったという時代がないのは、男がそうすることは異常だということである。

女には出産の時、誰にも気がねなく、恥ずかしいところを見られている気持ちもなく、自然のうちに安心して出産させる方が、女性の尊厳さを尊ぶということになるのであるが、新人類の中には女性の分野に踏み込むことが女性を大事にすることだという間違った考えを持っている者があるようである。

男性が女性の出産の現場に立ち会わないのは女性を大事にしないことであるというならば、これまでの人類の歴史の中でどれほどの男性がそうしたであろうか。

見せたくないところを見せたがる露出狂も、見てはならないところをのぞきたがるのぞき屋も、どちらかというと精神異常の部に属する。露出狂やのぞき屋で立派な人間になった者はいない。人間には節度が大事である。

男に料理をさせることがよいことか、悪いことかという問題もある。

男に料理をさせるような女は、男を成功させる見込みはない。料理をしない男は最低だと新人類の女性はいうかもしれない。中にはすすんで料理をするという男性もいる。

すべての男性が料理を手伝わなければならないとなったら、世の中の動きは停滞する。

アメリカのレーガン大統領が、ソ連のゴルバチョフ書記長が、また、日本の松下幸之助さんが等々、毎日毎日家庭で食事の支度を手伝っている図を想像してみられると分かる。

私なども、妻が全部何もかもやっていてくれるから、朝早くから夜遅くまで原稿も書ける。「家事一切は女の仕事ですから」とすべてをやっていてくれるからこそ私も仕事が出来て感謝している。

だから私がいつもいうのは「原始女性は太陽であった」といって、明治の新しい婦人運動を始められた平塚雷鳥さんが、

「女は女でなければならない。女の仕事をきれいにやるということによって男性の尊敬をかち得るという女にならなければいけない」

といわれたそのことである。

(中  略)

私がこのようなことを書いたのは、女性中心のわがままな心を持っていては、立派な子育ては出来ないということを知ってもらいたいためであった。

そのNHKの「おはようジャーナル」のゲストの詩人伊藤比呂美さん(二十七、八才と見た)は

「私はお産をしてみて、はじめて自分を見つけました。女性として把握できるものを把握できました。日本の風土には、日本の風土にあった生き方があるので、今の世代の新人類というのは、その日本の風土を否定しようと考えているのだと思います」といわれた。

さすがに詩人だけあって見方が鋭いと思った>

とりあえず、園頭先生がいわれている子育ての部分を抜粋しておきました。ずいぶん、今(正しいと思われている子育て)といわれていることが違うのではないでしょうか。

園頭先生がいわれている子育ては古いですか?今は夫が妻の出産に立ち会うのは当たり前ですか?(しかし、園頭先生はそういうことをした人はこれまでの歴史上存在しないと。だから、そういうことをしている人たちは精神異常者だといわれていますが…)そうして男が家事も育児も手伝って、男女平等なんだから、何でも半々にしないといけないですか。(しかし、この男女平等という思想も今〔ここ数十年〕くらいですよ。これだけいわれているのはです。それ以前はちゃんと順序と役割がありましたから。男と女のです)

このくらいの頃(1980年代後半)からではなかったですかね。そのような家事、育児が正しいみたいにいわれだして、妻の出産に立ち会う男が増えだしたのはです。

それがいまだに正しいみたいにいわれていますが、阪神大震災が起きたのは1995年です。

もう何度も書いていますが、それ以前はこれだけ大きな地震など起きませんでした。しかし、この阪神大震災以降、大地震が立て続けに起き、その大地震がいまだに続いているのです。

もちろん、それ以外でもすさまじい天変地変が次々に現れ、日本が災害列島などといわれているのはご承知の通りです。

もう一ついっておくなら、大地震だけでなく、これだけ激しい天変地変も(もちろん多少は起きましたが)それ以前は起きていませんでした。

それが1990年代以降、立て続けに起き、それがいまだに続いているのです。

なぜでしょうか?

それは簡単な話なのです。多くの人々が、間違ったことを数多くしているからです。(1980年代以前よりです)

それが神の怒りを買い、このような激しい天変地変(プラス、この辺りで起きているような異常現象)となって日本に現れているわけです。(それは特別日本だけではありませんが。他国も同じです。同じ理由でそうなっているのです)

1980年代以降、間違った思想が(それも特にひどいです)ドンドン拡がりだし、それから数年してついに神の怒りが爆発。

それが阪神大震災であり、それ以降もまったく心を変えない人ばかりであったから、いまだにそのひどい神の怒りが続いて災いが多発している、簡単に書けばこのようなことなのです。

これまでの(特に1980年代以降の)考えは間違っているのです。しかも大きくです。

認めたくはないのでしょうが、だから、これだけひどいことが起きているのです。大きな間違いを多くの人がしているからです。

正しい考えでいるのは(この正法神理を実践している)私たちだけで、だから私たちには次々に奇跡が現れるのです。

その考えが正しいからです。(より神の考えに近いからです)

いい加減、理解してください。この分かりやすい事実をです。

今の常識は間違っていることが多いのです。だから、これだけの災いが起き続けているのです。

その大きな間違いが、神の怒りを買ってです。

では、その間違った考えを改める以外、この激しい災い(神の怒り)を止める手立てはないはずです。

この教えを実践する以外、救われる道はありません。気づいた人から行ってください。それが(自分だけではなく)多くの人々をも救う道でもあるからです。

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2月 24 2019

命懸け

最近は急に暖かくなって来ましたね。(まだ二月です。これも異常気象でしょうか)

このまま暖かくなるとのことですが、あまり寒いのは得意じゃないので私的にはありがたいですね。早く暖かくなるのはです。

この暖かさが続くのなら、今年は桜が早そうです。三月中旬くらいには開花したりして。(あまりに早いでしょうか。〔笑〕)

しかし、桜の開花は早くても、日本の人たちが神の心を開花するのはまだまだ先のようです。

どこも怒っている人たちばかりであるからです。(怒っていては神の心は開花しません。〔苦笑〕)

昨日でもやたら怒っている人がいましたが(爺さん婆さんにそういうのが多いです。それとトラックの運転手連中も)もうジタバタしたところで見苦しいだけです。

トラックの運転手連中も爺さん婆さんも先が短いのですから腹を決めましょう。もう地獄に堕ちるしかないとです。

などという冗談はともかく(冗談じゃないかもしれませんが。トラックの連中など一番先に滅ぼされそうだし、爺さん婆さんは先が短いのが当たり前だし)怒っていたって災いが止まるわけでもないのです。とち狂っている暇があるなら、もう観念して頭を下げたらどうでしょう。

どれだけ突っ張っても、突っ張れば突っ張るだけ不幸になるからです。

だいたい、自分たちは心を救われているくせに、それにはまったく感謝せず、無視したり、嫌がらせしたりしていて、いいことが起きるわけがないでしょう。

それが原因で災いが起きているのですから、それをどれだけ私のせいにしたところで、その災いが止まるわけがないのです。

起きている災いを止めたいのであれば、自分たちの悪い行いを反省してよい方に行いを変える以外、その災いを止める方法はないのです。

何でこんな簡単なことがいつまでたっても分からないのでしょう。

自分たちが悪いのを認め、これまでの行いを反省し、感謝して布施でもしたらどうでしょう。そういう善の行いをするなら、災いなどすぐにでも止まるからです。

それを誰もしようとしないから、特にこの辺りなど(この辺りばかりではないのでしょうが)次々に災いが現れ、皆、不幸になっているのです。

それに腹を立て、私に八つ当たりしていたところで自分が悪いのですからどうしようもありません。

命懸けでこの教えに逆らっているのではなく(ほんと命懸けですね。これだけのことが起きているのにまだ逆らっているなどです)早く詫びを入れて、命懸けでこの教えを実践してみてはどうでしょう。

そうすれば、どれだけ奇跡が起きてくるか分からないからです。

本当にもったいない話です。命を懸けてもよい教えがここにあるというのに、多くの人が逆のことをしているからです。

皆さん方の度胸がいいのはもう分かりました。(本当の神の教えにこれだけ逆らうのです。ほんと度胸ありすぎです)今度は、この教えに従う方に命を懸けたらどうですか?

そうすれば、起きてくる現象は百八十度変わってくるからです。

昨日は堀川の方に行っていたのですが、今年はカモメが早くにいなくなりました。(もう二~三週間くらい前から消えました)するともう魚があちこちで跳ねているのです。

他の水鳥はまだいるにもかかわらずです。(ほんとあそこの魚たち私が通ると平気で跳ねています)

魚が跳ね出すと春が来たことを実感するのですが(今年は早すぎですが。〔笑〕)魚だけではなく、歩いていると今の季節はすずめやムクドリ、その他メジロなどもよく飛んで来て近くの木の枝を飛び回っています。

他の鳥も同じように飛んで来て飛び回っていますが(ほんと私は鳥の名前を知りませんから。〔笑〕)もうしばらくするとツバメもやってきます。

早いのは三月末くらいには来ますかね。(去年はそのくらいの時期にもう見たような記憶がありますが…勘違いかな)四月に入れば確実に飛び始めて八月くらいまではいますね。

この辺りのツバメはです。

また、少々うるさい季節が始まりますが(川など行けば魚がガンガン跳ね、カニは出てくる、他の生き物も出てくる、空を見れば鳥が飛び回る。(すずめやムクドリばかりでなくツバメとかもほんとうるさいんですよ。ギャーギャー鳴きながら飛んで行きますから。〔笑〕)それもまた楽しいのです。

このような(他の生き物と調和された)楽しい人生を送りませんか?(怒ったり、恨んだりばかりしている)不調和な人生を送っているのではなくです。

このような楽しい人生を送っていると、他にも様々な奇跡が現れてきます。

少し祈れば病気が治ったり、困った時に祈ると、不思議と調和と安らぎのうちにその困ったことが解決したり、ついているようなことが次々に起きだしたりと、より楽しい人生が送れるようになるのです。

人生はよいこともあれば悪いこともあると、だから、悪いことが起きても仕方がないと、何か悟ったようなことをいう人もありますが、それは本当の正しい人生を知らないからそんなことをいっているだけで、釈尊が説かれた人生は、そのような四苦八苦の人生を解脱(げだつ)する道であったのです。(そこを間違えて、人生は苦なりと〔四苦八苦だと〕釈尊はいわれたと説いているのが今の仏教なのですが、そうではなく、釈尊はそのような苦しみの道を悟られることによって乗り越えられ、そのような四苦八苦を解脱する道を説かれたのです。今の仏教は釈尊の教えを途中で止めているのです。だから、奇跡が起きて来ないのです。しっかり釈尊の教えを説いていないからです)

だから、本当の人生は苦の道ではなく、楽の道であるのです。

それが実感として分かるのではないでしょうか。私に起きていることを知るならです。

本当の釈尊、キリストが説かれた教えを実践するのなら、このような(他の動物たちとも調和した本当の楽しい)楽な人生が送れるのです。

小さな我ばかり張って、命懸けでこの教えに逆らっているのではなく、命懸けでこの教えを実践されませんか?

この教えこそ、その本当の釈尊、キリストが説かれた教えそのものであるからです。

それは私たちに起きていることで証明出来るはずです。

何度もいいますが、命懸けで、この教えを実践されませんか?

そのような人たちから、真の楽しい人生が送れるようになるからです。

追伸…さすがにもう花粉は飛び始めていますよね。グズグズやっている人があちこちにいるからです。

だとしたら、はちみつ恐るべしですね。(笑)この時期になっても、ほとんど鼻水やくしゃみが出て来ないからです。(もちろん全然じゃないですよ。多少は出ますがしれたものです)

今年は薬など飲まなくても大丈夫そうです。

長年苦しんできた花粉症ともマジでおさらばできそうです。もう少し朝昼晩とはちみつを続けてみようと思います。

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2月 22 2019

今、一番しなければいけないこと

北海道で震度6の地震が起きました。

去年九月に起きた北海道胆振東部(いぶりとうぶ)地震(震度7)と同じようなところで起きているので、その余震であるといわれていますが、ずいぶんでかい余震がいきなり起きたものです。

しかし、そういいながら、この後もっとでかい地震が起きるかもしれないので、気をつけてほしいとか気象庁は(専門家も)いっているようですが、そんなのが起きたらもう余震でも何でもないと思うんですが(苦笑)本当に意味が分かりません。

要は、地震なんか何がいつ起きるか分かるか、といいたいようですが(それをいったらおしまいですもんね。〔笑〕)それにしても最近の北海道はいいことが起きませんね。

去年九月の大地震の後、しばらくして急に寒くなってそれから大荒れの天気が続いて、やっとそれが終わりかけた時にまたこの大きな余震(?)です。

私は一瞬、あのブラックアウトが頭をよぎって(だって、それが起きた時と同じような地震が起きましたので)ゾッとしました。

あの胆振東部地震の後、原発を動かしておけば、こんな心配することはなかったんですが(今回の地震でも泊原発は何の異常もなかったそうですし)その後、原発のげの字も出てきませんでした。

しかし、今回の地震で、もしブラックアウトが起きていたら「なんで前回の地震の後、原発を稼働させなかった」になっていたんでしょうが(笑)こういう最悪のことが起きるかもしれないから(だって、まだこの後、もっと大きな地震が起きるかもしれないんですよね。分かっていますか?そのお恐ろしい意味が)やれることは最大限やっておかないといけないのに、まったく先のことを考えない能天気な人が多いようです。(ほんとバカ丸出しです)

それが原因で北海道は危ないことがいろいろ起きているようです。

まあ、神の心をまったく理解しない人たちばかりです。何をいっても無駄なんでしょうが、それにしてもこちらなどはそうとばかりはいってもおれません。

もうこちらは相当危ないからです。

昨日など金山の方を歩いていたのですが、もうみんな引きまくりでしたね。

あの辺りも走っている車がずいぶん減っています。こうもずっと走っている車が少なくては気味が悪くもなるのでしょう。

それに引き換え、ずいぶんお怒りのようです。こちらの人たちなどはです。(どこかの会社など今日も朝からお怒りなんですが、まあ、この近所は怒っている人の方が断然多いです)

しかし、いつまでもお前のせいでは滅ぼされてしまいます。現実をしっかり見たらどうでしょう。もう、相当危ないのは誰だって分かるはずだからです。

他の地域を見ても、今回の北海道の地震もそうですし(この後、北海道はまだどれだけ恐ろしいことが起きるか分からないのです。原発を動かさなかったからです)白血病やら癌やらの発表が続いている有名人など見てもそうでしょう。

すでに日本中で(相当)危ないことが次々に起き出しているのです。

それが分からないのでしょうか?この辺りの人たちはです。

昨日など小学生があちこち歩いていましたが、ずいぶんおとなしくなりましたね。しばらく前とはだいぶ違います。(昨日歩いた辺りだけかもしれませんが。こんにちわ、などといっていった小学生までいましたから)

まあ、道路を見れば、その危なさは子供でも分かるのでしょう。

こういう状況で、起きていることを人のせいにして怒っているだけでいいのでしょうか。何度もいいますが、少なくともこの辺りは(他の地域以上に)相当危ない状況であるはずだからです。

それにもかかわらず、こうなったのはお前のせいと、人の顔見りゃ嫌がらせ、そんなことをしている場合でしょうか。

もう子供まで危ないのです。大人がそういう態度では無責任でしょう。

まだ、分かりませんか。起きていることの恐ろしさがです。

これが私のせいであろうとなかろうと、人がドンドン滅びて(減って)いっているのは事実なのです。(この辺りだけではなく、全国的にです)では、もうそんなことをいっている場合ではないでしょう。

今、一番しなければいけないことは、このような恐ろしい現象を止めることなのです。

それをしないと、どれだけ多くの人がこれからまだ滅びていくのか知れないからです。

いま起きている現象をほっといて、その起きていることを私のせいにいくらしたところで、それでこの現象が止まらないことはもう誰でも分かるはずです。(そういう責任転嫁はあとでしてください。このような現象が止まるのなら、そのあといくらでも、それを私のせいにするでも何でもすればよいからです)

では、まず今やらなければいけないことは、起きていることを私のせいにするのではなく、この起きている危ない現象を止めることのはずですが、それで誰かやれるのですか?

この恐ろしい現象を止めることをです。

やれる人がいるのなら、それをしてください。それが今、一番しなければいけないことであるからです。

しかし、それが出来ないから怒っているのでしょうが、そんなのはただの八つ当たりであり、そんなくだらないことをしていても不幸になるだけなのです。

実際にそうなっているのですからこれ以上の事実はありませんが(この辺りなど特にそうです。私に八つ当たりしている人たちが次々に不幸になっています)いい加減、神を信じませんか?

これほどのことを人が起こせるはずもないからです。神を無視し、いま起きていることを人のせいにしている人の方がよほどナンセンスであるからです。

大きな意味で神の心に逆らっている人が多いから、こちらの現象もそうですが、日本中にすさまじい災いが起きているのです。

それは嘘でも、適当なことでもなく、事実であるのです。

それを多くの無神論の人たちは信じない(認めない)だけで、実際、そういい続けている私にはその神の奇跡が起き続けているのです。

私の回りには、多くの鳥や魚たちなど寄って来て、愛と調和の世界が常に現れています。

その愛と調和の世界を壊しているのは、周りにいる「人間」たちなのです。

そういう人たちの怒りや憎しみ、ねたみひがみが愛ある世界を壊し、そうして自らをも不幸にしているのです。

神を信じ、その神の心を実践するなら、私と同じ愛ある世界が自分の周りに現れてきます。

そのような大きな愛が(自分さえよければいいという自己愛などの小さな愛は同じ愛でも間違っています。愛は愛でも〔それは自分だけでなく、同じ人間だけでなく、他の動物、植物、鉱物、すべてに至る〕大きな愛でないといけないのです)現れているのなら、そのような愛が他をも生かし(愛とは他を活かすことであるからです)調和ある世界が生まれるのです。

そのような愛と調和のある世界が出来るのであれば、そこに不幸が現れることはありません。

すなわち、いま起きているような不幸は、そのような世界が出来れば起きなくなるということです。

だから、今のような不幸な現象を止めるには、愛と調和のある世界をつくればいいということです。

そうすれば、不幸なことは起きなくなるのです。

それはそう難しいことではありません。今の多くの人の考え方を少々変えれば出来ることであるからです。

今、不幸になっている人たちは、自分たちの考えを全然変えようとしないから、不幸になっているのであり、少しでも変えるのなら、その不幸はその変えた分だけ減るのです。

まったく自分の考えを変えない心が、大きな不幸を呼んでいるのです。

では、多くの人たちが、少しずつでも今ある考えを(特に無神論などという考えを)変えるなら、少しずつでも起きてくる危ない現象は減っていくのです。

しかし、少しも考えを変えようとしないのなら、相変らず恐ろしい現象は出続け、逆に増えていくことでしょう。

実際にそうなっているのですから、そう思わざるをえません。

ですから、今、一番しなければいけないことは、自分の心を少しでもいいので変えることなのです。

とりあえず、この状況でも愛ある奇跡が起き続けているのは私たちだけです。

では、私の考えに少しずつでも寄せてきませんか?そうすれば、そのような人には少しずつでも同じ奇跡が起き出してくるからです。

そのように多くの人々が少しずつでも考えを変えていくことが、大きな救いとなって、この後、多くの人々を救っていくことになるのです。

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2月 20 2019

神の教えを無視する愚かさ

皆さん、ずいぶん引いています。

引きながらお怒りのようですが、どこかの会社も一昨日の夜でしたか、かなり怒っていました。

その後、救急車が来ていたようですが、本当に大丈夫でしょうか。どこの人たちもです。本当の神の教えをこれだけ無視し続けていてです。

昨日など雨が降っているというのに、道路はガラガラでした。普通、雨の日って道路など混むでしょう。(あまりスピードが出せないし走りにくいから)それが全然でした…本当に滅ぶ前に気づいてほしいものです。

もう自分たちの心が悪いばかりに、相当危ないとです。それをどれだけ人のせいにしていたところで救われることはないとです。

そういえば昨日でしたか、芸能人が癌(口腔癌)であることをブログで公表していましたね。

最近、続きますね。有名人がこのような重い病気になるのがです。(水泳選手の白血病だけでなく、女優さんも癌とかいってなかったですか…よく考えてみれば、少し前にプロ野球選手も癌になったとかいっていましたし、いよいよ出始めましたかね。他の地域でもです)

その癌になった芸能人は「必ず戻ってきます」といわれてはいますが、こればかりは運を天に任すほかないでしょう。残念ではありますが、ずいぶん癌が進んでいる様だからです。(ステージ4なんでしょう)

この方、リウマチなど二つの病気も患っているとブログに書いていますが(気の毒だとは思いますが)あまり心がよくないのでしょう。だから、これだけ病気になるのです。

例えばリウマチなどは、身内のことを憎んでいるとなるといわれます。(この方、子供さんとは仲がよさそうなんですが、何度も離婚していますし、親とか、兄弟とか、親戚とか、それ以外の人たちはどうなんでしょう)そのような悪いところを反省すると、このような病気も快方に向かうのですが、心を直さないと病気の方もなかなかよくなっていきません。

だから、そのような心の悪い部分を反省し、私たちのような本当の聖職者が祈るなら、たとえ癌が進んでいようが、それこそ戻ってこられるのでしょうが、このブログを見ていても無視しているようだとどうなるか分かりません。

だから、運を天に任せるしかないといっているのです。その天を味方につけようとは思わないようだからです。

そこらへんは本当に残念です。病気をより癒せる教えがここにあるのにです。

しかし、ご本人の心が変わらないようではどうにもなりません。ご本人が無理なら、その周りの人たちでもいないのでしょうか。その人のために祈ってください、くらいいう人がです。(あの水泳選手でもそうですが)

そのような愛の行為があるのなら、私たちの祈りもきかれるだろうと思われますが、誰も何もしようとしないのであるならどうしようもありません。(気のない人たちを祈っても天はその祈りをしっかりとはきいてくれませんから)

こちらは見守るしかないですね。

しかし、これも仕方のない話でしょう。愛のない人が多いからです。愛のない人が多いから、こんなに悪いことばかりが起きているのです。(天変地変もそうですが)

口ばかりでなく、一人でも多くの人が心からの無償の愛を出してほしいものです。そのような人が増えてくれば、だんだん救われる人も増えてくるからです。

私のいうことをいつまでも無視しているのはかまいませんが、しかし、この辺りでは、その私のいうことを無視している人たちがずいぶん不幸になっていっているようです。

私のいうことをきいている人には次々に奇跡が起き、無視している人たちはドンドン不幸になっていく。

これは道理でしょうね。

本当の神の教えに従うのなら幸福になるのは当たり前のことですし、それを無視しているのなら、これもまた不幸になっていくのが当たり前のことであるからです。

神の教えを無視する愚かさに早く気づいてほしいものです。その愚かさに気づいて反省した人から、幸福になっていくからです。

追伸…あの韓国の国会議長の暴言が止まらないようですね。(盗人猛々しいって、その言葉、そっくりそのままそちらにお返しします)

だから、いっているのです。韓国など撤回も謝罪もしないとです。そういう国なのですから、あまり相手にせずほっといた方がいいのではないでしょうか。不穏な噂もいろいろききますし。(財政危機が迫り、内乱も起こりそうだとか何とかかんとかです)

祈ればいいのです。祈れば。そうすれば天が正しく導いてくださるからです。

だから、日本の人たち皆で韓国とあの国会議長を祈りましょう。

「神よ、どうぞ韓国と韓国国会議長に様々な現象を現し、あの者たちを正しくお導きください。韓国と韓国国会議長に光をお与えください。調和と安らぎをお与えください」と、こんな感じで、こちらも調和と安らぎの心で祈ればいいだけなのですから、簡単な話なのではないでしょうか。(こういう祈りだけできかれますから。祈りは長々と祈らなくてもいいのです。シンプルに祈れば、あとは天が人々の心を観て正しく導いてくれますから。祈りがきかれている私がいうのですから間違いありません)

そういう祈りをすれば、韓国の国内に様々な現象が現れ(それが先ほど書いた、財政破綻とか、内乱とかいう現象として現れるかもしれないし、あるいは病気のような現象が現れるかもしれないし、また、韓国が正しいことをしているのなら奇跡が現れるかもしれないのです)あの傍若無人な国会議長も正しく導かれていくからです。

おかしな国相手にまともなことをしていても、バカを見るのはこちらなのです。ある程度、やることだけはやっておいてあとはしっかり祈りましょう。

そうすればこのような問題も正しく解決されていくからです。

(他のややこしい問題でもそうなのです。自分たちだけでやるのではなく、祈りながら〔天の力も借りながら〕やるといいのです。そうすれば、双方が納得いくような形で〔調和と安らぎのうちに〕解決されていくからです。そういう祈りの大事さを多くの〔無神論の〕人たちは知らないのです)

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