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2019年4月

4月 30 2019

御代替わりで心も変える

さて、今日で平成も最後となりました。

本当に平成はいろいろありました。感慨深いですね。

特に、平成の終わりの十年は不思議なことがたくさん起き出してよけい感慨深いのですが(奇跡ばかりでなく災いも含めて)新しい御代である令和では、奇跡ばかりが次々に起きる(ほんと平成は災いが多かったですから)そのような時代にぜひなってもらいたいものです。

ただ、天気があまりよろしくない。(平成最後の今日は、カミナリなど荒れた天気になるところがあるそうですし〔名古屋は雨が降っていますし〕令和初日の明日も天気があまりよくないとかいわれていますし)

単に時代が変わっただけでは何も変わらない、それを天が教えているのです。このような天気を通してです。

実際今日も朝からやたら(でかい音を立てて…周りは休みのところばかりで静かなのにです)怒っている人がいます。(と思ったら、どこかの会社は誰か出てきているみたいです。どうせこの連中でしょう)

今日、明日は日本にとっての歴史的な日だというのに、最後の最後まで変わらない人は本当に変わりません。

これでは日本にとって「御代替わり」という重要な日であっても天気は悪くなるでしょう。日本の人々の誰も心を変えようとはしないからです。

今日、明日は、天皇陛下が皇太子殿下に皇位を譲られる日本にとって歴史的な日でもあるのですから、その時に合わせて我々日本国民も心を変えないといけないのです。(それはそうでしょう。御代が替わるのですから、その心も変わるからです)

それなのに、その肝心の心を変える人が日本国民の中に誰もいない。ただ、時代が平成から令和に変わると浮かれているだけ。そうであるなら当然その日の天気は悪くなります。

平成のままの心の人たちばかりであるなら、天はまた平成同様の(それ以上の)災いを起こさなければいけなくなるからです。

平成の人たちの心が悪かったから、平成はこれほどの災いが起きたからです。

では、御代替わりとともに、私たち日本国民はその心も変えないといけないのです。多くの人が心を変えるなら、新しい令和の世は平成の世とは打って変わって奇跡ばかりが起きる、そのような時代になるはずだからです。

しかし、このまま誰も心を変えることなく、時代が変わるだけでは決していい世は来ないのです。

それを天が教えているのです。

このような日本にとって(平成から令和に変わる)歴史的重要な日を、このような(悪い)天気にしてです。

それは平成の世を知るなら分かるはずです。

平成の世も始まりは雨だったようですね。

このような重要な日はちゃんと晴れないといけない。晴れてこそ、天も同じように日本を祝福しているということになるのですが、平成の始まりの日もやはり雨でした。

ということは、天は平成の世を祝福していなかったということになります。

その通り、平成の世はすさまじい天変地変が起きたのです。天が平成の世を(まったく)祝福しなかったからです。

何で天が平成の世を祝福しなかったのか?

それは平成の世の人々の心が昭和の世の人々より悪かったからです。それどころか平成の世が進むにつれドンドン退化していったからです。

それは、このブログでも何度も指摘しましたが(平成の常識は他の時代の非常識などで)平成思想は、これまで(の日本)にないほど低い思想であったのです。

天はそうなることをすでに知っていました。だから、平成の始まりに天は平成の世を祝福しなかったのです。

ドンドン心が劣化していく人たちを天が祝福など出来るはずがないからです。

天は心が向上していく人たちだけを祝福されるからです。

では、平成の最後も荒れた天気になり(これは仕方ないにしても)令和の始まりも雨。

そうであるなら令和の世はこのままではまた……ということにもなるのです。

令和の世を平成以上の災いが起きる世にしてはならないのです。このブログを見ている人たちが、今すぐにでも心を変えるなら(このブログに合わせてです)明日は晴れるのです。

どうですか。平成から令和に変わる、この時に、心も同じように変えませんか?

そういう人が多ければ、本当に令和の世は(先ほども書きましたが平成とは打って変わって)奇跡ばかりが起きる、そのような世となるからです。

しかし、そんなこと知るかと、自分は自分の道を行くと、これまで通りの人が多ければ、令和は平成以上に災いが起きる、そんな世となるのは必然です。

それを天は(天気を通し)教えているのです。

令和をよい世とするのか、それとも平成以上の悪い世とするのかは、日本の人々の心次第です。

御代替わりとともに心を変えませんか。

それ以外で令和の世をよい世とすることは出来ないのです。

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4月 29 2019

自分本位の無理解

いよいよ平成も終わりですが、その平成の終わりにウナッシーさんと会いました。(笑)

ゴールデンウィークにウナッシーさんが伊勢神宮に参拝されるとのことで「その帰りに名古屋にも寄りますのでどこかで会いませんか」といわれたからです。

いつもなら、午前中はブログを書いて(またはユーチュウブなど見て)昼過ぎから外に出て辻説法や祈りなどして(または動物たちとたわむれる。〔笑〕)そうして、夜は夜でまたブログなど書いたりした後(夜は半分テレビを観ながらですけどね)祈ってから(この祈りで昼間、私に嫌がらせをして来た人たちをしっかり祈ります。覚悟してください。〔笑〕)寝るというのが、毎日のパターンなんですが(こう考えると私は毎日、正法神理に埋もれた生活をしています。〔笑〕)昨日はウナッシーさんと待ち合わせをしていたため、そのパターンを少し変え、昼から熱田神宮でウナッシーさんと会ったのですが(名鉄神宮前駅で待ち合わせしてです)駅を降りた瞬間、ウナッシーさんは名古屋の異様さが分かったそうです。

活気がないというか、ザワザワしているだけで元気がないというか、名古屋の人たちのおかしさが分かったそうです。

それに道路など見てもトラックが走っていなくて(昨日はまたトラックがほとんど走っていなかったものですから)ガラガラです。(いくらゴールデンウィークとはいえ、それを差し引いても走っている車が少ないのです)

他の町にはない異様さがあったのでしょうが、それそうでしょう。本当の神の教えにこれだけ逆らっている人たちは他の町にはいないのです。

それは車も減り活気もなくなるでしょう。

皆(神により)生気を抜かれてしまっているからです。(本当の神の教えに逆らうということは神に逆らうということです。それでは神から与えられている生気もなくなるでしょう)

こうなるとおかしな病気になる人も増えるでしょうね。(実際に増えているし)生気がないのであれば、おかしな病気にかかるのも必然であるからです。

それで、熱田神宮を歩きながらウナッシーさんといろいろ話をしたのですが、ウナッシーさんは園頭先生の下で講演会もきき、研修会まで行かれて指導を受けていた時より、今の方が成果が出ているような感じでしたね。

それが心の向上した結果なんでしょうが、後になっていろいろ結果が現れてくるというのも面白い話です。

やはり毎日の正法神理の実践の積み重ねが大事なのでしょう。

そうして、その正法神理をより深く広く深化させるのはもっともっと正法神理をよく知ることなのです。

そのような意味で、このブログはずいぶん貢献していると思います。高橋先生と園頭先生が説かれた正法神理をより細かく分かりやすく書いているからです。(高橋先生や園頭先生のご著書までどんどん抜粋してです)

だから、ウナッシーさんも次々に奇跡が現れだしたのです。園頭先生がいられた時以上にもっと深く広く正法神理を知られたからです。(さすがに園頭先生も毎日のようにブログを書かれたわけではありませんでしたから。〔その当時SNSなどなかったですから〕)

本当の神の教えが、これだけ分かりやすくたくさん書かれているブログもないのですが、それなのに、それをまったく活かそうとしない。(読んでいるくせにです)

この辺りの人たちは、本当に大丈夫なんでしょうか。他の町の人たちと比べてもうずいぶん生気がなくなっている人が多いようだからです。

同じところにいるから(または、自分のことだけしか考えていないから)それが全然分からないのです。(他の人と違うということがです)

もう少し、今の状況の危なさに気がついた方がいいのではないでしょうか。この状況で、本当の神の教えを無視しているということは相当危ないことであるからです。

それが自分のことしか考えていない人が多いため分からないだけなのです。(昨日ウナッシーさんもそういう話をしていました。仕事仲間もそういう人たちばかりであるとです)

自分のことだけしか考えていないと危なさも有難さも何も分かりません。(だから、何年にもわたり平気で布施の一つもされないのですね。このブログを見ている人たちはです。〔苦笑〕自分のことしか考えない人が多いからです)

その無理解に多くの人たちは一体いつ気づくのでしょうか。

追伸…昨日、ウナッシーさんと熱田神宮に行った時の話なんですが、熱田神宮の中には池もあるのです。

その池には鯉や亀がいます。

その池にいる鯉や亀は私が行くとよく寄って来ますので、昨日も「この池の鯉や亀など寄ってくるんですよ」といいながら、ウナッシーさんと一緒に池の脇まで行ったのです。

そうして池の中をのぞくと鯉がいました。そこでウナッシーさんと話していると段々鯉が近くに寄って来てバシャバシャ泳いでいます。

私が「お前ら元気か」と声をかけると喜んでいます。

そうして、一匹、亀も寄って来たのですが、その亀が近くまで来て水面から顔を出して私の顔をまじまじと見つめているのです。

あまりにこちらを見ているので「この亀、見てくださいよ。こっちを凝視していますよ」とウナッシーさんに声をかけると「ほんとですね」といいながら、ウナッシーさんもその亀を見ていました。

そうしたらその亀はこちらを見ているだけではあきたらなくなったようで、しばらくすると池の岸まで来て首をグイグイ伸ばしてきて、そうして池から体まで出して(半分くらいです)私の方に来ようとしています。

とにかくもう必死の形相なのです。(笑)

あれには笑ってしまいましたが、ウナッシーさんも「凄いですね。なんか飼っているみたいですね」と驚いていました。

熱田神宮など私はほとんど行かないのです。そのほとんど行かない場所の池の鯉や亀が、私たちの方にこれだけ寄ってくるのですから驚きもするでしょう。

このように、どこにいても、どのような動物からも愛がもらえるのがこの教えなのです。

ウナッシーさんだけではなく、他の人たちも、もう少し興味を持ってやられてはどでしょう。

この正法神理をです。

そうすれば、これまで出来なかったような愛ある体験がたくさん出来るようになるからです。

(ウナッシーさん、今度こちらに来られる時は海にでも行きましょうか。そうすれば今度はたくさんの魚に出会うことが出来るからです。〔笑〕)

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4月 28 2019

弱きをくじき強きを助ける

巷はゴールデンウィークでしょうか。

この辺りはもうずいぶん前からゴールデンウィークのようです。道路がガラガラだからです。

今年は十連休などと騒がれていますが、そのような長い休みも、毎日「癌になるのではないか」などと心配して過ごしていたのなら楽しくないでしょうね。

逆に苦痛なのではないでしょうか。仕事などでごまかせない分、休みはそのようなことばかり考えてです。

仮にどこかに遊びに行って、夢中で遊んでいる時はそのことを忘れていられても、それが終わればまた思い出す。

ほんと地獄のような日々です。(苦笑)

昨日もどこかの会社など凄い怒りようでした。災いに休みは関係ありません。怒っていたところで災いは止まらないのです。

前回も書きましたが、命懸けでこの正法神理に逆らっていても不幸になるだけです。

この教えを実践していると本当に楽しいですよ。次はどんな奇跡が起きるのだろうと常に思えてです。(災いではなくです。えらい違いです)

この正法神理に従われてはどうでしょう。そうすれば、心身ともに幸せになれるからです。

いつまでも逆恨みしているのではなく、早く自分たちの間違いに気づき、その間違いを反省し、正しい行いに目覚めてくれる人がたくさん出て来てくれることを願ってやみません。

自分でそのことに気づかない限り、幸福が訪れることはないからです。(自分で気づいて自分で正しい行為を行う。自力本願です)

まあ、こちらの人たちのことはこれくらいにしまして(いくらいっても理解しようとしない人たちばかりですから)昨日の中日新聞の中日春秋にアイヌのことが書かれてありました。

ちょうどいいので、そのアイヌのことを少し書いておきしょう。前回のブログでも少し触れたからです。

中日春秋には、これまで多くのアイヌの人たちが差別され、今もなお偏見や経済的な格差に苦しむアイヌがいると書かれてありますが、一般的な見方はたしかにそうでしょう。

そのように世間ではいわれているからです。

しかし、実際は違うんでしょう。(苦笑)

真相はまったく逆で、逆差別がずいぶんまかり通っているようではないですか。

いま現在は、そのアイヌの人たちの方が差別をたてに、横暴な態度を取っている人が多いようです。(もちろん、全員がそうとはいいませんが。そのような本を書かれている〔アイヌの〕方もみえますし)

ありもしない差別をでっち上げ、利権をむさぼっているアイヌの人たちもいて、北海道では、アイヌときくと行政や政治家もはれ物に触るような態度を取って何もいわないとか。(差別、差別といわれて、そのようなめんどうが嫌だから)

それをいいことに、アイヌといわれる人たちの中には(えせアイヌもたくさんいるようですし)ずいぶん不正がはびこって横暴な態度を繰り返している人たちがいるようです。

アイヌ協会の札幌支部など横領をしているのに、堂々と記者会見を開いて、その横領の罪を行政に擦り付ける人たちもいて、こんなアイヌ新法など決めたら、アイヌの名を利用した差別利権の温床になると危惧する人がたくさんいるとか。

だから、私はアイヌ新法はずいぶん評判が悪いといっているのです。

このアイヌ新法は、このような現状調査もしっかりされず、ただ、アイヌの自立支援の政策だの、文化保存の政策だのいっているだけで、歴史認識もあいまいなまま税金の助成だけを行うものであるからです。

これでは(ずる賢い人が多ければ)不正をしろといっているようなものです。

元々アイヌに対する差別などさほどなかったんでしょう。(大げさに差別、差別といっていますが)それどころか、アイヌの人たちの中の差別の方がよほどひどいらしいではないですか。(凄い差別をするらしいですから。アイヌの人たちはです)

だから、アイヌの人たちはこのような横暴な態度を平気で取れるわけです。自分たちの(アイヌ内の)差別が激しいからです。

だから、こんなゆるいアイヌ新法など通せば、えせアイヌがたくさん出現して、税金を我が物顔で搾取する不正が広がり、アイヌの人たちにとってもよくないのであり(悪を助長することになって)新法を通すなら通すで、しっかりした現状調査くらいはしないといけないということです。

ずいぶん悪い噂が流れているようだからです。

こういうことを大手新聞など知っているはずなのですが、書こうとしない。白々しい、いいことしか書かない。〔テレビもそうですが〕それこそめんどうが嫌だからでしょう。(マスコミはそういうこと〔タブー〕が多々あるようです)

しかし、アイヌの人たちもそうですし、マスコミもそうです。悪いことと分かっていて、その悪いことをしているのはもちろん悪いことですし、それを見て見ぬふりをするのも悪いことです。

悪いことをしていれば、死後は地獄行きです。(最近はもっと早く悪いことが返ってきますが)

会社がどうとか、周りがそういう人たちばかりだからとか、そういう言い訳はこの世で通用するだけです。

自分一人でも正しいことは通さないといけないのです。(それも程度問題でしょうけどね。〔生活できなくなってもいけませんから〕)

あまり極端なことをしてもいけませんが(私みたいにです。〔苦笑〕)しかし、ただ流されているだけではなく、正しい方向に持っていく努力は忘れてはいけないのです。

長い物には巻かれよで、弱気をくじき強きを助けるような行為をしているようでは、心は向上して行かないのです。

(まして、そのような利権をむさぼっている人たちからまた利権をむさぼるようでは話になりません。〔昔の悪代官ですね。よけい深い地獄に堕ちます〕最近は政治家からマスコミまでそういう人が多いようです。罰が当たらないようお気をつけください)

追伸…アイヌのことが問題になっている北海道は外国人の土地買収問題も深刻のようですね。

北海道の十分の一くらいの土地が、すでに外国人に(中国人が多いようですが)買われているそうではないですか。

それに長崎県の対馬もずいぶん外国人に土地を買われているとか。

これも問題でしょうね。(買われている土地が自衛隊の基地の周りとか、水源地の周りとか、そういう重要な場所が多いようですから)

日本は外国人でも簡単に土地を買うことが出来ますからね。こういうことが問題なのです。

こういうところの法律の改正を急がないといけないでしょう。一部の人たちの金儲けのための法律改正ばかりを急ぐのではなくです。

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4月 25 2019

正しい行いと間違った行い

そういえば最近、暴走事故が相次いでいますよね。(トラック、バス、車など)

これもおかしな事件ではあります。これだけ同じような暴走が立て続けに起きているからです。

運転手が急に病気になったり、ボーっとしていたりしていたなどという、同じような(それが原因で車が暴走し、多くの人たちをはねる)ことが、これだけ起きるものでしょうか?

何か、悪い方、悪い方に導かれているようで、少し天変地変が収まっていても(何か怖いくらい最近は何も起きていませんが…。〔汗〕)こういう事件が立て続けに起きていては心配は尽きませんね。

この教えが拡がるなら、よけいな心配もしなくてすむのですが、いかんせん、このブログを見ている人たちのほとんどがやる気がありません。

これではまた、どんな悪いことが起きてくるか知れないのです。(どれだけ悪いことが起きてもそれでもしようとしない人たちもいます。ほんと筋金入りですね。罰当たりのです)

経済もダメなら(一部の人ばかり儲けて)政治もダメ(最近は、カジノ法案、改正入管法、改正水道法、種子法廃止などなど、ひどい法案ばかり決めていますから…そういえばこのまえ通ったアイヌ新法ですか。あれも評判悪いですね。アイヌが先住民族であったなどという証拠もないのに、アイヌ優遇の新法など通してしまったからです)これではいいことが起きるはずがないのです。

神の心に背ている人たちばかりであるからです。(神の心は集中より分配ですから。愛と慈悲の心ですから)

もう少しこの教えの価値を理解してほしいものですが、政治といえば、衆参ダブル選挙が現実味を帯びてきたようですね。

もうそういう話ばかりテレビでやっているからです。

しかも、消費税を五パーセントに減税するという話まで出てきているようではないですか。私の予想通りです。(笑)

これを争点として衆院を解散し、衆参ダブル選挙でまた自民党がバカ勝ちし、そうして安倍総理の四選ですか?

それはともかくとしましても、少なくとも消費税凍結くらいはやるべきでしょう。

消費税をこのまま上げれば悲惨なことになるのは目に見えているからです。(これだけ景気が下がり傾向で、この前の衆院の二補選の自民党の惨敗、大阪ダブル選〔府知事と市長の〕でも自民党は惨敗。〔維新がずいぶん強いですね〕これで消費税なんぞ上げたら、それだけで安倍政権は吹っ飛びます)

それでは財源が足りなくなる~などという嘘はもうやめてはどうでしょう。

最近は例のアメリカから入って来た「MMT」(現代貨幣理論)がずいぶん話題になっているからです。

MMTでいわれるように、一定の条件下では財政赤字は別に問題ではないのでしょう。

自国通貨建ての国債では、どれだけ赤字が増えても財政破綻など起こすわけがないからです。(何度もいいますが、国債で破綻した国などないのですから)

それに日本はもう1000兆円以上の国債の赤字があるのですから、国債で破綻するのなら、もうとっくにしているはずです。一体いつになったら財政破綻を起こすのですか?

日本はです。

そのような危ない傾向はまったく見られませんし(金利は上がらないし、日本の円や国債は安全資産などといわれているし)この状況で日本が財政破綻したら、何度もいいますが、世界に衝撃が走ります。

どう考えてもおかしいでしょう。このような状況で日本が財政破綻を起こすなどです。

いい加減、国債で財政破綻するなどという嘘はやめましょう。そうして、財政赤字を気にせずデフレ脱却までは、数兆、数十兆円規模の財政出動を続けたらどうでしょう。

隣の中国など、それをしているから財政破綻を免(まぬが)れているようであるからです。また、それだけの財政出動をし続けているから、中国はあれだけの発展をしていると思うからです。

いつまでもバカげた政策を続けていても日本は疲弊するだけなのです。(現にそうなっています)

間違った行いをいつまでも続けていては、不幸になる人が増えるだけであり、正しい行いをしてこそ、自分も幸福になり、また同じように幸福になる人が増えるのです。

そのような幸福になる人が増えることが正しい行いなのであり、それこそが神の心なのです。

私たちはどれだけこの世で栄耀栄華を極めても、それはせいぜい数年、数十年の話であり、すべての人には寿命があるのです。

そうして、死ねば、この世の数倍、数十倍の長さの(人によってはもっと)あの世での生活が待っています。(長い人は数千年もいますから。あの世に)

あの世などない、そんなことが分かるわけがない、という話はもういいです。神の奇跡が起き続けている私がそういっているのですから、これだけ正しい話もないからです。(何の奇跡も起きない人たちがどれだけそれを否定したところで、それは神の心を知らないから否定しているだけの話で、そのような人たちは、ただ、正しいことを知らないだけなのです)

しかし、この世で間違ったことをして死んで行った人たちはみな地獄に堕ちるのです。その地獄での生活は、あの白血病になった水泳選手の言葉ではありませんが、自分が考えているより、何十倍も、何百倍も、何千倍もしんどいのです。

自分たちだけが儲けて、人など知らないなどというやり方は正しいものではないのです。

また、それを知らずにしていても(自分が間違っているとです)結果的に自分たちだけいい目をみているようなやり方は、やはり正しいやり方ではなく、そういう人たちは死ねば地獄に堕ちるのです。

間違った生き方をし続けていたからです。

正しい生き方とは、自分だけではなく他の人々の幸せも考えることが出来る、幸せを他の人々にも分け与えることが出来る、そのような生き方(考え方)なのであり、そういう生き方が出来る人が死んだ後まで幸せに生きることが出来るのであり(死んで生きるというのもおかしな言い方ですが、人は死ぬことはないからです。私たちは生き通しの永遠の生命であるからです)だから、自分さえよければいいという生き方はいけないと私はずっといい続けているのです。

そういう生き方は結局(どれだけこの世だけでよい目を見ていても最後は〔死ねば〕地獄に堕ちて)不幸になるからです。

だから、本気で日本をよくしないといけないといっているのです。

日本をよくするということは、そこに住む人たちをよくするということであり、そうして、その日本を通して世界もよくしていくということであるからです。(ということは、よくなる人たちばかりであるのですから、これだけ正しい考えもないわけです)

そのよくする方法がです。人によって違うのでしょうが、しかし、これだけはいえます。

少なくとも、災いが起きてくるようなやり方は正しくないとです。正しいことをしていて悪いことが起きてくるなどということはないからです。

悪いことが起きてくるのなら、そのやり方は間違っているからです。正しいやり方をするなら、必ず奇跡が起きてくるからです。

すでに、そのような時代(正法の世)に入っているからです。

それは、個人的な問題だけではなく、政治、経済、教育、その他すべてのことにいえるのです。

政治や経済に、あるいは教育の場にいま現在、奇跡が起きているのでしょうか?

これだけ天変地変が起き、おかしな事件や事故も続いている(またそういう場で小さな子供たちまで犠牲になっている)このような事実を見ますと、とても、そのようなところが正しいやり方をしているとは思えません。

正しいやり方をしているのなら、そこに奇跡が現れてくるはずであるからです。

これだけ災いが現れているということは、それだけ間違ったことをしているという何よりの証拠であるからです。

いま奇跡が現れているのは、この教えを実践している私たちだけなのです。

では、私たちのやり方が正しいのはないのですか。正しくなければ奇跡が現れてくるはずがないからです。

自分たちの生活はもちろんですが、政治、経済、教育など、そのすべての場にこの教えの心を通してこそ、それは正しくなります。

そのためにもこの正法神理の流布に協力願えませんか?

それ以上の正しい行いもないからです。

(この辺りの人たちは命懸けで間違ったことをし続けていますが〔この正法神理に逆らい続けてです〕どうせ命を懸けるならです。正しいことをされてはどうでしょう。〔この教えを命懸けで実践するとかです〕その方がよほど幸せになれるからです)

追伸…まだ、バカ週刊誌が皇室叩きをやめないようです。(ほんと恐ろしことをしています。〔金のためか何か知りませんが〕こんな日本の皇統を潰そうなどとしていたら、それに加担している人たちなど確実に地獄行きです)

皆さんガンガン祈りましょう。(私も祈っています)それが、こういうことをしている人たちのためでもあるからです。(この祈りは間違ったことをしている人たちを救う祈りですから)

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4月 23 2019

神の愛の深さ

昨日は暑かったですね。

名古屋は昨日、二十八度もあったものですから、辻説法もそこそこに(理解しない人たちばかりだからよけい暑くなるので)庄内川に行きました。

これだけ暑くなれば生き物もたくさん出てきているだろうと思ってです。

予想通りたくさん出てきていました。

鳥は大騒ぎしているし(ツバメやすずめ、ムクドリなど暑くなるとよけい元気になるようです)細かい魚はたくさん水面まで出てきていたし(声をかけるとピチャピチャやって楽しそうでした)南陽大橋の下で休んでいると、チゴガ二がわんさか出て来てバンザイをしています。(あちこちから固まって出てきました。何十匹もです。今年になってはじめてカニを観ましたので、挨拶がわりでしょうか。〔笑〕)

「お前ら久しぶりだな。元気しとったか」と声をかけているとこのカニたちもまた喜んでバンザイしているのが分かるのです。(先ほどの鳥や魚たちもそうですが、急に動きが活発になるので喜んでいるのがよく分かります)

鳥といい、魚といい、カニたちといい、本当に可愛いものです。私が声をかけると素直に喜んで楽しんでいるからです。

この生き物たちの爪の垢でも煎じてこの辺りの人たちに飲ませてあげたいくらいです。そうすれば、少しは反省する人も出てくると思うからです。(苦笑)

それにしても、バカの一つ覚えのように怒っていても仕方ないでしょう。怒っている間は、その災いは止まらないからです。

特にどこかの会社などその典型なのですが(今日も朝からすさまじい怒りようです。昨日も半狂乱みたいになっていましたから)自分たちが悪いのだから自分たちが頭を下げればいいのです。

何年たったら分かるのですか?自分たちの間違いがです。

自分たちが悪いにもかかわらず、それをいつまでも認めず、突っ張っているから悪いことが止まらないのです。

運転手連中もそうですが、潔く自分たちが悪かったと認めてください。(実際そうなんだから)そうして(自分たちは私に心が救われているのだから)感謝して布施でもしてください。

そうすれば、災いは起きなくなるからです。

反省し、心を変え、行いを変えれば、私のように愛ある奇跡が次々に起きてきます。

一度体験されてはどうでしょう。私のような奇跡をです。本当に楽しいものだからです。

今は猫カフェとか、何とかカフェとか、動物がさわれるカフェなどが人気ですが、そのような動物の癒しが、歩いているだけでそこらじゅうからもらえるのです。

これだけ楽しい話もないはずです。

そういう楽しいことがこの教えを実践するなら本当に起きるのです。これだけ癒される毎日もないでしょう。

皆さん方は神の愛の深さを知らないのです。だから、それだけ怒れるのです。神の心を全然理解しようとしないからです。

自分のことしか考えていないからダメなのです。だから、神の心など分かりもしないのです。自分のことだけで一杯一杯であるからです。しかし、それではダメなのです。

自分のことだけしか考えないでは絶対に幸せになれないのです。もっと心を広げないといけないのです。それも神の心であるからです。(広い心もです)

本当に哀れですね。心を変えるだけで百八十度違った人生が歩めるのです。

そんな自分が確実に幸せになれる方法が目の前にあるのに、それを一切無視して、わざわざ災いが起きる人生を歩き続けている、これだけバカげた行いもありません。

くだらない意地など張っている場合ではないのです。すでに皆さん方の怒りより、神の怒りの方がはるかに大きいからです。

だから、これだけ災いが起きているのです。神の怒りの現れでしょう。

しかし、その神の怒りにまるで気づいていない。哀れとか、バカとかいう言葉ではもういい表すことが出来ない、すさまじい外れようです。

いい加減、分かりませんか。そのような態度を取り続けている人々に神が怒らないわけがないということがです。

だってそうでしょう。目の前に幸せになる方法があるというのに(この教えの実践)それを無視して、わざわざ不幸になる道を歩んでいるのです。

これだけ神の心を無視した行いもないはずです。神はすべての人の幸せを願っているからです。

しかし、この辺りの人たちは、わざとその幸せの道を歩もうとしないのです。わざわざ不幸になる道を自ら望んで歩いているのです。

では、これだけ神の心に背く行為もないはずです。

だから、神はこの辺りの人たち以上に怒っているといっているのです。

これほど神の愛に背いている人たちもいないからです。

神はすべての人の幸せを常に願っているのです。それにもかかわらず、その幸せの道を自ら進まないということは、神の心を自ら裏切り続けているということになります。

それでは神の怒りも買うでしょう。自らをわざと不幸にするということは、神をも不幸にすることと同じであるからです。

この辺りの人たちは、そういう自覚がまるでないのです。「お前のいうことなどきけるか」とただ私のいうことに逆らっていると思っているだけなのです。

しかし、それは違うのです。そのような行為は(自らを不幸にする行為は)神をも不幸にしているということを知るべきなのです。

神と私たち神の子である人間とは一心同体であるからです。

そのような愛のない行いを(自らを不幸にするとはこれだけ愛のない行いもありません)続けていては、当然そこには神の愛もなくなります。(自ら神の愛を拒否しているのですから、当然そうなります)

神の愛のないところに愛ある奇跡は起きません。だから、災いが起きるのです。

愛のないところには災いしか起きないからです。

この辺りの人たちは自分たちの浅はかさをもっとよく知るべきでしょう。神はそのようなすべての人たちに愛を与えようと常に考えていられるからです。

その神の深い愛の心も知らず、よく奇跡が起きているこの教えにいつまでも逆らい続けているものです。

それだけ神の心に背いている(報いていない)行いもないのです。

もう少し神の深い愛を理解し、その神の心に感謝して、素直にこの教えに従いませんか?

そうすれば、愛にあふれた人生を送ることが出来るからです。

(ほんと、このブログを書いている最中だけでも、どこかの会社など大騒ぎです。〔何かもう起きっぱなしのようです〕神の愛の深さ大きさをもっとよく知ってください。そうすれば、自分たちの考えがどれだけ小さいかよく分かるからです)

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