5月 21 2024
復活
今日からブログ復活です。
もうずいぶん前からパソコンは買ってあったんですけどね。(中古の)しかし、ブログは新しい人からの布施があるまで書くなと天上界からいわれていましたので、それで書かなかったのです。
だからコメント欄に書いていたわけです。コメント欄ならとりあえずブログではありませんから。(苦笑)
しかし、いつまでたっても新しい人から布施などもらえない。布施をくれるのはこれまでくれた人たちばかり。これではブログは書けないということで、それでずっとコメント欄に神理を書いていたわけです。何年にもわたってです。何年たとうが、一切、新しい人からは布施をもらえなかったからです。(いやいやほんと筋金入りです。筋金入りの罰当たりですね。このブログを見ている多くの人はです。布施はしないのに、その間ずっとこちらの人たちなど嫌がらせはし続けていたからです)
しかし、昨日、臨時収入がありましてね。それもずいぶんいい金額の。(いま母親の荷物を整理していまして〔服やら鞄やらもう施設に入っているので着ないし使わないので〕ちょこちょこリサイクルショップに持っていっていたのですが、その中に金のイヤリングがいくつかありましてね。それがいい金額になったというわけです。まさかあんなわずかなイヤリングがあんな金額になるとはと驚きました。〔笑〕)そういう幸運なこともあって、それでもういいだろうとまた今日からブログを復活したわけです。
まだダメなら、いろいろ回りに悪いことが起きてきて分かると思いますので、その時はまた書くのをやめますが(コメント欄に戻しますが)多分もういいと思いますよ。日本の人たちなどもう長く生きられそうもありませんから。天変地変も激しいし、こちらの天罰も激しいし(今日もまた朝から怒り狂っているのがいます。どこかの会社の奴です)昨日も書きましたが、近いうちに訳の分からないワクチンなども打たれるでしょうからです。
そうなると、とりあえず日本は滅ぼされるということになりますが、それも仕方ないでしょう。先ほども書きましたが、こうも神理を無視しているようではです。そのような哀れな順序を得るのも仕方ないことだからです。だからいろいろあがいている人たちもいますが、それは無駄な努力で終わることでしょう。
結局、そちらを止めたとしても今度はこちらがなどということになるからです。今度は南海トラフなどということにもなりかねないからです。(今年は特に強い地震が多いし)いつまでも神理を(本当の神の教えを)無視しているならです。滅びる方、滅びる方へと導かれていくのです。それほどいけないことであるからです。神理を無視するということはです。全人類にとって、神理以上の大事なものはないからです。
それを(多くの人が)分かっていて無視している。それはどれほど大きな罪か分かりません。このブログも復活したことですし、ここをきっかけとして心を入れ替え、神理に感謝の布施くらいしませんか。
そうするなら、そんな恐ろしいことも段々おさまっていくからです。地震も大雨も減っていき、もちろんこちらの天罰も減っていき、そうしてあんな恐ろしいパンデミック条約なども決められることはなくなるはずであるからです。
しかし、それでも無視すると、神理に感謝など出来るかと、そういう態度を取り続けるなら、益々災いは増え、多くの不幸がどんどん現れてきます。
イランの大統領が乗っていたヘリコプターが墜落して大統領が亡くなられたそうですね。大変なことになりましたが(これだけ揉めている中東がよけい揉めるでしょうから)すでに様々な噂が流れてきています。イスラエルがやっただの、アメリカがやっただの、イラン国内の反対派がやっただの、どちらにしてもです。仮にただの事故だったとしても、これはただの事故では絶対に終わらないのです。それを認めない人たちはたくさんいるからです。
そういう人たちがあれこれあることないこといいますので、どれが正しくてどれが正しくないかがさっぱり分からない。安倍元総理が暗殺された時がいい例だからです。あの場面はカメラでも撮られていて、目の前の者に目の前であんなに分かりやすく撃たれているのに、それでも後ろから撃たれただの、前から撃たれたものは空砲だっただの、あるいは前から撃たれたのと同時に別のところから撃っただの、果ては警察も、病院もグルだっただの、とんでもないような話までボンボン出てくるのです。
それでより一層混乱に拍車がかかるわけですが、たしかに中身をよく知るということは大事なことなんですが、それがどこまで正しいかは分かりません。今はテレビ新聞だけでなくネットなどもあり、多くの情報が多くのところから入ってくるからです。だから昔以上に正しく判断するということをしないといけなくなったのです。そうしないとすぐに洗脳されてしまうからです。その人がいっていることが全部正しいなどと思えば、とたんに道を間違うなどということもあるからです。
だから高橋信次先生は「疑って、疑って、もう疑う余地がないというところまできたらはじめて信じなさい」といわれたのですが、こういう時代になると、そういわれていた高橋先生のお言葉が本当に正しかったのだとつくづく思います。人のいうことを今くらいすぐに信じてはならない時代もないからです。
正法神理は、そのようになにが正しいのか分からない時も天にきけばいいのですから(祈れば教えてもらえるからです。正しいことをです)よく分かるのです。なにが正しくてなにが正しくないのかはです。(ただしすべてではありませんが。自分が知っていいことだけ教えてもらえるだけなんですが。〔だから知らなくてもいいことは教えてくれません。よけいなことまで知らなくてもいいからです〕だから私はいっているのです。安倍元総理暗殺はそれほど複雑なものではないとです)
だからそういう面でも神理は必要であるといっているわけです。こういう混迷の世に正しい判断をするためにもです。そうしないと(正しい判断が出来ないと)そういう混乱に巻き込まれてもいくからです。
つまり今すべてのことに対し必要なものがこの正法神理であるということです。
その神理の大事さがまだ分かりませんか? これからまた神理をブログに書いていきますが、だからここをはじまりとしてです。改めて素直に神理に感謝されませんか。
そうすればこれからの人生は大きく(よい方に)変わっていくからです。
しかし、これまで通りなにも変えようとしないのであればです。それはこれまで以上に暗く不幸な人生を歩んでいかないといけなくなるのです。今すべての面で日本は悪い方、悪い方へと進んでいるからです。
いい加減神理の偉大さに気づいて行いませんか。いま目の前のそんな霧をです。しっかり祓うことが出来るのは、この正法神理だけであるからです。



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