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7月 23 2021

天の祝福

昨日は凄かったですね。

何が凄かったのかといえばです。昨日は午後から白鳥公園にいったのです。昨日は休みのところが多くてわりと静かに白鳥公園にまでいけたんですが(人通りも少なくて)それと同じように白鳥公園内も人が少なくて、それで白鳥公園横の堀川までいって魚でも出てこないかとながめていました。

しかし、昨日は堀川も静かなもので、見た感じ魚も全然水面まで上がってきている様子はありません。「今日はいないな」とキョロキョロ見渡していましたが、水面は静かなものでした。

それで「お前らいないのか」と声をかけながら掘川沿いを歩いていましたが、川ばかり見ているのではなく歩きながら鳥の相手をしたりして、暑いのでトボトボゆっくり川沿いを歩いていきました。

しかし、あまりに暑かったので、いつのまにか下を向きながらトボトボ歩いているだけになり、たまに「お前らいないのか」と声だけかけて掘川沿いを歩いていたのですが、ふと気づくと何か周りからピチャピチャ音がしてきます。

「ん? 何の音がしてるんだろう」と最初はその音が何か分からなかったんですが、そのうちにザバーンとかいう音もしてきました。それで何気なくパッと顔を上げて横の堀川の方を見て驚きました。

なんとなんと、先ほどまでシーンとして静かだった川面がもう一面です。一面ざわついていて、あちこちでキラキラ光る魚のうろこが見えます。

「えっ」と思ったんですが、いつのまにか堀川の水面にたくさん小魚たちが上がってきていてあちこちで飛び跳ねているのです。その飛び跳ねている時に小魚の背のうろこや白い腹がキラキラ光って見えるのです。

先ほどピチャピチャ音がしていたのは、それだけ多くの小魚たちが一変に水面まで上がってきて、水面でピチャピチャ跳ねたり泳いだりしていたので、それでそんな音がきこえてきたようなのです。

そりゃきこえるでしょうね。だって、凄い数なのです。もう堀川の川面一面にすさまじい数の小魚が上がってきていて、その小魚たちが見渡す限りいるのです。

「なんだこれ? お前らいつ上がってきた」などと声をかけていましたが、そういう声をかけると何か知りませんが、大喜びして、一ヶ所だけ跳ね回る魚たちがたくさんいて、その跳ね回っている辺りがです。

まるでその辺りだけ雨ではなくヒョウですか。ヒョウでも降っているかのごとくパシャパシャパシャと水面に穴が開いて、それがだだーと列をなし、何か凄いのです。この小魚たちがやっていることがです。

「お前らなんか凄いな」などと声をかけると、それと同じことをする小魚たちがあちこちにいて、あっちでパシャパシャパシャ、こっちでパシャパシャパシャと凄い跳ね方をしています。

ヒョウが降っているというより、何かその辺りだけ鉄砲で水面をパンパン撃っている(映画やテレビでよく見る光景です)かのようにも見えて凄い迫力です。

「おいおい元気だな」などといおうものなら、またあっちでパシャパシャこっちでパシャパシャやり出す魚たちがいます。また凄いなと思いながらその小魚たちを見ていました。そうして水面一面にはすさまじい数の小魚たちが上がってきている。おいおい、今日はどうしたと驚きました。

何でまた今日はと思ったんですが、しかし、不思議な話です。先ほどまでは本当に静かなものだったからです。堀川の川面はです。何もいなかったのです。シーンとしていたのです。

それが私が川沿いを歩いていたわずか数分の間に、いつのまにかすさまじい数の小魚たちが上がってきていたのです。水面上までです。信じられますか? こういうことがです。

しかし、嘘ではありません。昨日、私の目の前で起きたことをそのまま書いているだけだからです。

それでこの魚たち、一体どれだけいるんだろうとずっと掘川沿いを歩いていったんですが、白鳥橋をこえて七理の渡しくらいまではびっしり上がってきていましたね。二~五センチくらいの魚の集団がそこらじゅうにいましたから。それこそ川面一帯にです。

その先まではもういきませんでしたが(もうキリがないですから。〔笑〕)この小魚の数を考えればです。もう天文学的な数になります。考えられない数の小魚たちが昨日は堀川の水面まで上がって来ていたということです。それも急にです。

こういうことはさすがの私にもあまり起きたことはないですね。

最初からたくさん水面に上がってきていたということはあります。そういう日もあるからです。堀川にいくとたくさん小魚たちが水面にいたということはです。

しかし、それまでまるでそんな気配がなかったのに、声をかけていたら、いつのまに天文学的数字の魚たちが水面にまで上がってきたなどということは、これまでもあまりなかったことです。いきなりすさまじい数の魚たちが、一斉に水面まで上がってくるなどちょっと考えられないことであるからです。

その考えられないことが昨日は起きたのですが、何で昨日はそんな考えられないような奇跡が起きたのか? ということです。

だからきっとそれは天の祝福ではなかったのかと思うわけです。

昨日ああいうブログを書き、このブログの題名をしっかり「清き者たちへのおくりもの」としたからです。

それが天の御心に叶ったのでしょう。だから、そのような考えられない奇跡も起きた。天がそれを祝福してくれたからです。

このブログこそ、正真正銘、高橋信次先生の神理を正しく継いでいるからです。そのブログの題名を「清き者たちへのおくりもの」としたのなら(高橋先生の絶筆である新復活の副題をつけるなら)このブログこそ神理を正しく受け継いでいると(高橋先生や園頭先生の弟子たちも含めた)多くの人たちに知らしめることになります。

それを天も喜び、それで祝福してくれた。そうでなければ、これほどの奇跡が早々起きるものではないからです。

ということは、天もこのブログが唯一無二の正法神理を正しく説いているということを認めてくれたということになり、そうなると昨日書いた通り、正しい題名をこのブログにつけたことにより、これまで以上の奇跡もまた現れてくるということになります。

このような天のお墨付きまでもらえているからです。

その天が認める神理をです。いつまでも無視しているほど(逆らっているほど)愚かな行いもないのです。

追伸…いよいよ今日から東京オリンピックが始まりますね。しかし、このオリンピックは呪われた大会と海外メディアからいわれているようですね。(苦笑)今回のオリンピック関係者で辞退者や辞めさせられる人が続出しているからです。

昨日もまた演出担当者がクビになったそうですが(昨日はユダヤ団体から抗議文が出たとか。さすがに皆さんユダヤ団体から抗議文が出てきては真っ青でしょう。〔苦笑〕)今のところサッカーやソフトボールなど出だし好調なんですが、果たしていつまで続きますかね。

この調子では日本チームの成績がよいのもです。

今回のオリンピックは完全に神を敵に回しているからです。日本はです。だからこんなことも(呪われた大会などと)いわれるようにもなる。神が味方しないからです。

さて、その神が味方をしないオリンピックがどういうものになるのか、興味を持って見ていましょう。

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7月 22 2021

清き者たちへのおくりもの

このブログに題名をつけました。今回のブログの題名と同じ「清き者たちへのおくりもの」です。

この題名は高橋信次先生の絶筆である「新復活」の副題としてつけられていたものです。(新復活は結局出版されませんでした。高橋先生が書いていられる途中で亡くなられたからです)それをお借りしました。

お借りしたというより、高橋先生の御教えを継いでいるのは私なのですから、そのような意味からも、その神理が書かれているこのブログにはそのような題がピッタリくると思い、それでつけたわけです。

これで自他ともに認められることでしょう。私が高橋先生の後継者であるということがです。だいたい、私くらい周りに奇跡が現れている者もいません。文句がある人は、いくらでもお相手しますよ。その現象(現証)でです。

神理とは、現証が現れてこなければ神理ではないからです。口だけ(または適当なことを書いているだけ)では神理を説いているとはいえないからです。現証が現れて(文証、理証、現証の三つが揃って)初めて神理と認められるからです。

そういう意味では神理が書かれたブログとしてはふさわしい題名でしょう。そのような題名をつけておけば、このブログには本当の神理が書かれてあるということがよく分かるからです。

これでまた一段と奇跡が起きてくることでしょう。この題名をブログにつけることにより、正しく神理を説いているということを世にまた一段と知らしめることになるからです。

そのような正しいことを知らせれば知らせるだけこちらの徳はドンドン積まれていきます。そうなるなら必然的にまたたくさんの奇跡も現れてくることでしょう。徳と奇跡は比例するからです。

ですから、このブログを見ている人たちは、そのような厳粛な気持ちでお読みください。このブログをです。このブログはいま現在、唯一神理が書かれてあるブログであり、だから奇跡も起きてくるのであり、だから清くない人たちがこのブログを読むならです。

そのような人たちには天罰がくだります。だから、このブログを見ている多くの人たちに、そのような天罰もくだっているのでしょう。清くない人がたくさん読んでいるからです。

心を清くするなら、みな清い人になれます。心が清い人か、または心を清くしたい人が読むなら天罰がくだるということもないのでしょうが、そういう心がまったくない人は(軽い気持ちとか、怒りや憎しみの心で読んでいる人は)これを機にこのブログを読むのはおやめください。

清くない人たちがこのブログ読んでいるのなら、必ず天罰は現れてくるからです。

そういう特別なブログであるのです。このブログはです。だから特別なことも(奇跡も天罰も)起きてくるということをよく知ってください。

いつまでたってもそれを理解しようとしないため、特にこちらなどは大変なことになっているからです。

しかし、こちらの人たちのように(まあ、こちらの人たちばかりではないのでしょうが)天罰を人のせいに(責任転嫁)し続けているなど、まさに前代未聞でしょう。そんなバカなことをしているのは現代の人たちだけだからです。

そういう態度をくずさぬまま死んでいくならその人は確実に地獄に堕ちます。それではあまりに不憫(ふびん)でしょう。せっかく正法神理に出会っていながら、わざわざより深い地獄に堕ちていくなどです。(よけいな罪をつくってです。神理に逆らうくらいよけいで大変な罪もありませんから)

神理が唯一書かれているこのブログも題名がついて新たに始めることになりました。だから、このブログを見ている人たちもです。心機一転、心を入れ替えてやってみませんか。ここに書かれた正法神理をです。

今のままではこのブログを見ている大方の人が地獄に堕ちるからです。それだけ見ている態度が悪いからです。このブログを見ているほとんどの人がとても神理を見ている態度ではないからです。

そういう傲慢な態度を取り続けた人たちなど過去にはいないのです。過去の人たちは天罰などくだればみな恐れおののき、しっかり反省されたからです。自分の行いをです。

だから、救われる人も多かった。そういう態度が正しかったからです。

しかし、現代はそういう正しい態度を取る人はまずいません。天罰を恐れもせず、怖がりもせず、その天罰に怒り(ほんと凄い態度です)人に八つ当たりしている。(それ、神に八つ当たりしているのと同じなんですが、大丈夫ですか?)

本当にすさまじい態度です。だから日本など千年に一度の大災害も起きたのです。(東日本大震災)

過去千年を振り返っても、これだけひどい態度の(心の)人たちはいなかったからです。だから、千年ぶりとなるひどい大災害も起きた。それだけ心のひどい人たちがいま現在の日本には多いからです。

その千年に一度の大災害がお隣の中国にも起きているようですが(千年に一度の記録的大雨)なぜ、中国にこのようなことが起きているのかは、もうすでにこのブログに何度も書いていますので書きませんが、どこの国もそれだけひどいことをしているということです。

それが人に対してか、それとも神に対してかは知りませんが。

過去千年の間、起きなかったような大災害が起きるということは、過去千年の人たちがしていなかったような悪いことを現在の人たちがしているということです。だから、千年ぶりとなるような大災害も起きるのです。それもまた天罰であるからです。

それほどの天罰がいま続々と起きつつあります。これはいま現在の人々の心が、どれだけひどいのかということを物語っているのです。

だからこれだけひどい結果も現れてくる。それだけいま現在の人々の心が清くないということであるからです。汚れているということであるからです。

その心の汚れが、これほどの大災害を現しているのです。

だから心を清くされませんか。心を清くすればするだけ災いは減り、奇跡が起きてくるからです。その心を清くする方法は、唯一、ここに書かれた正法神理を実践することだけなのです。

いま現在の多くの人々の心は、過去千年そういう人がいなかったほど汚れています。そのひどい心の汚れを落とすには、この「清き者たちへのおくりもの」を実践するしかないのです。

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7月 21 2021

神の導き 神理を理解しない不幸

もはやすさまじいですね。すさまじい数、現れていまるようです。こちらなど天罰がです。

どこかの会社などドン引き状態ですしドンドン増えていきますもんね。怒っているところがです。そうしてドン引きしているところもです。もうぐうの音も出ないところもあるようで、特にひどい嫌がらせをしていたところにそういうところが多いようです。

それでもまだ頑張っているところもありますが、悲惨でしょうね。そういうところはです。わずかにまだ残っています。そういうところもです。しかし、そういうところは、もう凄い数、出てくると思いますよ。まだこれから難病、奇病がです。

神の業はそれほど甘くはないからです。反省しない限り止ることはないからです。

もう頭を下げるしかないのです。それ以外、その難病奇病を止める手立てはないからです。だから昔の人たちは皆そういう態度を取ったのです。そういう態度を取らないと、災いが止まらないのが分かっていたからです。

しかし、現代の人たちは、絶対にそのような態度を取りません。だから止まらないのです。恐ろしい災いが(神の業が)です。

神の業に対する態度がなっていないからです。神の業に対しとんでもない態度を取り続けているからです。

あまりに理解しなさ過ぎでしょう。現代の人たちはです。神理に逆らっているばかりに現れてくる神の業をです。だから死ぬほど出だした。そういうものだからです。本当の神の教えである神理に逆らうということは、すさまじい天罰がくだるということであるからです。

それは今日から行われるオリンピックでも分かることでしょう。日本の選手たちは前回のオリンピックでずいぶん、その神の業に助けられたのにまったく感謝しなかった。

では、今回のオリンピックではどういう結果が出るのか? ということです。それでまた神の業が証明されることになるのです。

予想以上の悪い結果が現れてくるからです。

予想では(週刊誌などでも書いてありますが)今回の東京オリンピックは日本は金メダルラッシュになるのではないかといわれていますが、残念ではありますが、絶対にそうはならないでしょう。

逆に地獄を見ることになるのではないでしょうか。今回の東京オリンピックでは日本の選手たちはです。それだけ神の業を無視した罪は大きいからです。

それはすでに始まる前から見えています。

また今度は絵本作家がオリンピックの出演を辞退されたそうですね。もう続々と辞める人が出てきます。それに経済界のお歴々が次々にオリンピックの開会式の出席を見送るとか。そうしてスポンサー企業からも開会式の欠席を表明する企業が続出。

もうほとんどの競技で無観客も決まっていてドンドン寂しくなります。今回の東京オリンピックはです。みな人が去っていくからです。

人がドンドン離れていくということです。そのように導かれるのです。神からです。

そうして、そればかりでなく東京の新型コロナの感染者が半端なく増えてきました。(昨日など火曜日としてはこれまでで最高の感染者だとか何とかいってませんでしたっけ?)しかし、何か首都圏だけ突出して増えていませんか。新型コロナの感染者がです。

今回の東京オリンピックのほとんどを行うことになる首都圏だけです。

大阪や愛知も増えだしてはいますが、首都圏レベルではないですもんね。(大阪は例の広域一元化条例がありますから、増えるの仕方ないし)よりにもよって、オリンピック競技を行う場所でだけ感染者がドンドン増えているというのは、どう考えてもおかしいですよね。

あまりにタイミングが悪いからです。特に東京などオリンピック直前くらいから増え方が急激であるからです。

だから、このようなことになるということです。裏目裏目に出るのです。やることがです。神に(神理に)逆らっているとです。そのように導かれるからです。

神理を実践している私たちには次々に奇跡が起きてくるんですから(これもまたそのように導かれているのです。神からです)その逆の目が出てくるのは当然の結果であると思いますが、それが本当によく分かることになるでしょう。

今回の東京オリンピックではです。神理に逆らっていることがいかにいけないかということがです。ここら辺の人たちだけではなく他の地域の人たちにもです。東京オリンピックを通してです。

しかし、この辺りの人たちは何度そういうことが起きてきても、それでも理解しません。しかし、他の地域の人たちは、神理に逆らうことの恐ろしさを今回はぜひ理解してほしいものです。

今回の東京オリンピックでは、そのようなことが(私のいっていることが)本当によく分かると思うからです。そのような運の悪いことが今回の東京オリンピックでは次々に起きてくると思うからです。まだこれからです。

そのような結果を見たら、今度こそです。今度こそ私のいうことをきいて神理に帰依して(せめて布施くらいはして)ほしいものです。

そのように神理に帰依した人だけがこれからは救われていくからです。正しい神の導きを得られるからです。

そのような神理の正しさがこれからはドンドン分かってきます。それと分かるような現象がまだこれからたくさん現れてくるからです。

そのようなことをもうしっかり理解しないといけないのです。このブログを長く見ている人たちはいい加減です。

神理を正しく理解しない限り不幸は続くからです。

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7月 20 2021

オリンピックに現れる災い

しかし、何かオリンピックは揉めたくっていますね。(苦笑)

今度は東京オリンピックの開会式の楽曲制作担当者が辞任したとか。この時期にですか。もう三日でその開会式でしょう。今から楽曲変更して間に合うんでしょうか。開会式にです。

しかも、その担当者が辞任した理由がいじめですか……しかし、少しくらいのいじめなどしたことはありませんか? 誰もです。私はありますよ。小学生の頃、身体が不自由だった子をいじめたことがです。

もちろん今はそのことを反省していますが、その前は女性タレントの容姿を侮辱して辞任した担当者がいましたし、その前は組織委員会の会長が女性蔑視発言で辞任されましたし(あの発言のどこが女性蔑視発言だったのか未だに分かりませんが)次々と出てきますね。辞任される人がです。

よほどオリンピックは立派な人の集まりなんでしょうね。少しでも過去に悪いことをした人は参加することが出来ない、そのような立派な大会なんでしょう。しかし、オリンピックの選手村ではコンドームを配っている(苦笑)何か矛盾していますよね。やっていることがです。

それにほとんどの競技の無観客もほぼ決まりのようですし、トヨタが五輪CMを見送ると今日の中日新聞に書いてありましたが、オリンピックのスポンサーもドンドン寂しくなっていきます。

これで盛り上がるんですかね。今回の東京オリンピックはです。相変わらず新型コロナの東京の感染者は増え続けているのにです。

そうして、その新型コロナの影響でサッカーの一次リーグの日本の初戦が出来なくなるかもしれないとのこと。(日本の相手チームの選手に感染者が出て)

そこにもってきて台風まであります。よくきませんでしたね。あの台風六号はです。今は沖縄辺りで中国の方にいってしまうようですが、私はまたあの台風が東京辺りを直撃するのではないかとヒヤヒヤしていました。

しかし、まだこれから南の海には台風になりそうな雲がたくさんあるとか。その雲が台風になり、もしオリンピック中にその台風が日本を(東京辺りを)直撃するようなら、史上初のオリンピックの途中中止などということも起こり得るのではないでしょうか。

そんなことになったら前代未聞でしょうね。

やはり違いますね。神にソッポを向かれているオリンピックはです。神の心とは正反対のことが次々に起きてくるからです。

神の心とは当然、愛や調和や寛容でしょう。しかし、今回のオリンピックは、その逆の怒りと不調和と狭量が渦巻いています。そうして、それによって起きる災いが次々に現れてきています。

ちょっとすでにげっそりといった感じでしょうか。こちらはです。(日本の人たちの多くはです)この状況で競技を行う選手たちも少々哀れです。また、この状況で普通に競技を行える選手たちばかりならよほどボケているのでしょう。スポーツにです。(3S政策にまともにはまっています)

だから私はいったのです。前回のリオの時にです。ちゃんとリオ・オリンピックに出た選手たちは神に感謝しないといけないとです。

しかし、一切しませんでした。リオの選手たちはです。その結果がこれでしょう。

その次のオリンピックでは次々に災いが現れ、オリンピックの開催自体まで危ぶまれている。それくらいの不調和と災いが現れてきているということです。今回の東京オリンピックはです。

今からでも遅くはないので感謝しませんか。神とこの正法神理にです。

そうすれば、オリンピックに関する災いもおさまっていき、無事オリンピックも開催出来ることになるからです。

しかし、今のままではまたどんな揉め事が起き、災いが現れてくるか知れないからです。(どちらにしても今のままオリンピックに突き進むなら何が起きてくるか知れません。これだけ悪いことばかり起きてはお祓いくらいしないとです。〔苦笑〕)

どちらにせよ今のままでは史上最悪のオリンピックとして名を残すことになるでしょう。それだけひどい揉め事と災いがすでに今回の東京オリンピックには現れているからです。

それを一気に変えることが出来るのはこの正法神理だけです。いい加減認めませんか。この正法神理をです。

神理を認めようとしない人があまりに多いため、このような災いは現れているからです。

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7月 19 2021

霊性発揮 悟るということ

今日はドン引き状態ですね。どこかの会社などです。

よほど出ているんでしょうか? 恐ろしい天罰がです。しかし、ここら辺を歩いているとよく分かるんですが、その天罰がずいぶん出ているのは確かなようです。まあ、私の周りに起きていることが起きていることです。この辺りは神理を説いている私に逆らっている人たちばかりです。

では出るでしょうね。激しい天罰もです。その逆の現象である奇跡もずいぶん起きているからです。

しかし、こんなこといつから起きるようになったんでしょうね。私も昔はこんなこと起きなかったですからね。

神理を知っていた時でもです。園頭先生に教えていただいていた時でも奇跡らしい奇跡は起きませんでした。園頭先生が倒れられた後くらいからでしょうか。ちょこちょこ不思議なことが起きだしたのはです。

しかし、これだけ周りに不思議なことが起きてきたのは、この神理を説いて生活していこうと決めてからですかね。それもあの四十日の断食をして死にかけてからですね。(苦笑)

その後、改めてこのブログを書き始めたくらいから、祈るとその祈りが段々ときかれるようになり周りにいろいろな奇跡が起きだしたのです。

園頭先生も大東亜戦争時、戦地でやはり重いご病気になられ、四十日ほど断食されたことがあるといわれていましたが、その理由を先生は、天上界より使命を持って生まれてきた人が自分で自覚して悟りを開かない場合には、天上界からいろいろな方法でその人が悟りを開くように仕向けることがあり、その場合、断食同様の状態にして霊性を開発させられることがあるので、そのような人はそのような順序ももらうのである、ということを正法誌に書かれていたことがありました。

だから、モーゼやキリスト他、預言者といわれた方々は、そういう経験を皆されるのかと納得した覚えがあります。(こういう方々はみな荒野で四十日四十夜、断食のようなことされていますから)

そういう方々は、過去世でも相当の霊力を発揮されている方々ばかりでしょうから(モーゼやキリスト以外でも、エリアやエリシャといわれる方々もそうです。だから歴史に名が残るほどの霊力も現すのです。そういう方々は、過去世からそのような力を発揮していたからです)その過去世通りの霊力を発揮するには、それ相当の刺激を与えねば、そこまでの霊力を現すのは無理でしょう。

つまり、今生生まれて、普通の生活を送っているだけでは、そこまで人間離れした霊力をいきなり世に現すのは無理であるということです。だから預言者といわれた方々は皆そのような人間離れした経験をされるのです。(普通四十日も食事をしなかったら死にますから)

人間離れした経験をしなければ、人間離れのした神の業を現すようになるのは無理だからです。そこまでの刺激を与えねば、そこまでの(過去世の)力は現れてはこないということです。

だから、そのような体験を皆されているのかと、それを知った当時は自分なりに納得していましたが、しかし、まさかそれと同じ体験を自分がするとは思いもしませんでした。(苦笑)

しかし、そういう体験をすると、確かに、そのような過去世がある人は、そういう過去世の力が現れてくるようです。自分では気づかないうちにです。

今の私がよい例だからです。周りにドンドン奇跡も天罰も現れ、自分が驚くほどであるからです。

しかし、それもこれも皆、神理の実践があった上でのことで、神理の実践がなければ、どれだけ力を持った人でも、その力は現れてはきません。そういう人で(過去世が有名な人で)今生失敗した人たちなどごまんといるからです。(今生はまた特別なんですけどね。これだけ多くの釈尊やキリストの弟子たちが、これだけたくさん失敗したことは過去ありませんから)

悟りとは(宇宙即我の境地は別格として)今まで閉ざされていた心が、神理を知って広く開かれていくことをいうのです。(そのように、これもまた正法誌に書かれてありました)

このブログを見ている人たちは、せっかくその神理を知ったのです。

いつまでも心を閉ざしていないで、この神理に従い、広げ開いていきませんか。自分の心をです。

そうすれば自分の意外な霊力も現れてくるかもしれないからです。

(この神理に縁の深い人はみな持っていますからね。そのような霊力はです。それを出せないでいるのです。せっかく神理を知っても神理の実践を行わないからです。だから出てこない。自分の本当の力がです。そういう点でももったいない話です)

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