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10月 07 2020

布施の効果

もうそこらじゅうみたいですね。

何がそこらじゅうかといえばです。昨日歩いていたら、あちこちの家から爺ちゃん、婆ちゃん、オバちゃんがよく顔を出していました。

皆さんやっと分かってくれたのかと、布施でもしてくれるのかと思っていたら、どこも、ドンとか、ガンとか、バンバンバンバンとか(布団叩いていました)音を立てまくりです。

「ああん」とか思って「罰が当たっても知らないぞ。もうそこらじゅうで病気が出ているんだからな」といい回っていたのですが、何でこんなにあちこちで怒っているんだろうと、今日書いたブログがよほど頭にきたのかな、と思って歩いていきました。

そういう人もいたかもしれませんが、しかし、何か様子が変なのです。

ブツブツいっている人が多く、もしかしたら、もうそこらじゅうでその病気が出ているのかな?とも思って、それでこんなにあちこちの人が怒っていたのかと途中で合点がいきました。

だからみな怒っていたのです。多くのところで多くの病気が出ているようだからです。

よく考えてみればです。そこらじゅうの会社で病気が出ているのですから、では、個人の家でも病気になる人がたくさん出ていてもおかしくはないわけで、むしろ会社で出ているということは、その会社の人たちに病気が出ているということであるのだから、家で出ているのが当たり前のことであるのであり、ではもうたくさんのところでおかしな病気が現れているということになるわけです。

だから、そこらじゅうの会社から家から怒りだしているのです。もうドンドン病気になる人が増えていっているからです。

昨日も回っていたら、ずっと静かだったところが(会社が)また怒り出したというところがいくつもありました。

やはり多くのところで出始めているようです。恐ろしい病気がです。これは決して脅しでも大げさな言い方でもなく事実であると思います。何せ、どこかの会社でも今日など朝からドン引きしているからです。(この会社がこれだけ引いている。相当コロッと逝く人が出たのでしょうか? 朝からカーンとかしていましたから。〔怖〕)

このような状況でも、それでも布施など考えもしないのでしょうか。この辺りの人たちばかりでなくこのブログを見ている多くの人たちはです。

どれだけ出ても平気なのですか、恐ろしい災いがです。

知りませんよ。そんな強がっていてまたどうなってもです。

台風十四号がジワジワ動き始めましたよね。また大きな被害が出るでしょうね。このままでは日本に向かってくることは確実だからです。(皆さん方が私のいうことを今回も無視するから)

この時期は秋雨前線もあります。それが台風と相まってまた甚大な被害が出るんでしょうね。各地にです。(まあ、他人事ではなくこちらもやばいんですが)

しかし、一人でも二人でもこの神のご加護が深い神理に布施してくれるならです。必ず被害は減りますよ。その分だけでもです。

前回、台風が来た時でもそう思ったんですが(思ったほど被害が出なかった台風十号の時です)あの時も、直前に布施してくれた人がいました。

だから台風が弱まったのではないかと思うんですが、今年はです。何かいつもの年より天変地変の被害が少ないように感じますがいかがでしょうか。

そう思いませんか。いつもはもっとひどいでしょう。去年の台風十九号、十五号とか、一昨年の西日本豪雨とか、台風二十一号とか、その前の年もそうですが、台風だけではなく大きな地震などもあって、これまでは天災のずいぶん甚大な被害が毎年各地に出ていたのです。

しかし、今年はそこまで甚大な被害がまだ出ていません。(もちろん被害が出ていることは出ていますが……コロナ禍も思ったほどではなかったし)なぜでしょうか?

たまたまですか?ただの偶然なのでしょうか? 私はそうは思いませんね。何か原因があるはずです。何度もいいますが、この世に起きることでたまたまや偶然はないからです。

必ず必然でそういうことは起きているからです。

その必然の原因がです。私は布施ではないのか、と思うのです。この神理に対するです。

今年は去年、一昨年に比べればもらえる布施が多いからです。

ウナッシーさんは毎月布施してくれていますし、今年に入って月に何度も布施してくれる人も出てきましたし、久しぶりに布施してくれた人もいますし、新しく布施してくれた人もいます。

これまでここまでたくさん布施をもらったことがありませんからね。私はです。この神理を伝え始めてからです。

だから今年は天変地変がまだ少なくすんでいる、神理に布施をもらえるのが増えた分、神の怒りが和らいでいるからです。

と、私は思うんですが、このブログを見ている人たちはどう思われるでしょうか。

そんなバカなですか、ずいぶん都合のいい解釈の仕方だなですか(苦笑)どちらにせよ、そんなことは認めないでしょうね。そんなことがもし本当なら、これまでのひどい天変地変は、やはりこのブログを見ていた多くの人たちが頑なに布施をしなかったせい、ということになるからです。

まあ、そんな話はともかくです。とりあえず布施をもらえるなら、確実に被害は減ると思いますがどうでしょうか。前回の台風(十号)の時も明らかに勢力が落ちたのが分かったからです。直前に布施をもらったのならです。

それがたまたまかも、偶然かもしれませんが、一度そういうことが起きたのなら、二度目もあるかもしれません。験(げん)担ぎは皆さんもすると思います。

験がいいのではないですか。そういうことがあったのならまたそういうことをすればです。

私はそれでもかまいませんよ。どういう気持ちで布施をされてもです。(とにかく最初はです)まず神理に対し報恩の行為をする、それが一番大事なことであるからです。

それがないから、神の怒りをこれだけ買っているからです。

とりあえずはグタグタいいません。前回、そういうことがありました。前回の台風が日本に迫ってきた時、ずいぶん勢力が落ちたという非常に験のいいことがです。

それが私に対する布施なのですが、それでもしてもらえませんか。その験のいい布施をです。

よいことをするならよいことが返ってきます。とりあえずしてもらえませんか。験担ぎの布施をです。

多分、それをしてもらえるだけでも今回の台風は(の進むコースやスピードなど)ずいぶん変わってくると思うからです。もちろん日本にあまり影響を与えない方にです。

それとこの辺りもずいぶん病気が出ているようです。それも験のいい布施を行うなら、ずいぶん減ってくると思います。

少し行ってみませんか。そのような験のいいこともです。

そうすれば今のような負の連鎖も変わってくると思うからです。

(ずいぶん引いているようですが、ほんと大丈夫ですか。どこかの会社などです。〔いやこれだけ引いているってもう相当ですよね〕しかし、しばらくすればまた意地になり嫌がらせをしてくる者が出てきます。そうなればもっと出ますよ。そのような現象はです。した方がいいでしょうね。おたくたちなど特に験のいい布施をです。そうしないといつもう地獄に堕ちるか知れないからです)

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10月 06 2020

神理の価値

前回のブログで書きましたが、正しく神理が説かれているところには必ず奇跡が現れてくるのです。

だから正法会でもたくさん奇跡が現れたのです。園頭先生が正しく神理を説いていられたからです。

そのようなたくさんの奇跡が現れているのは現時点では私だけです。ということは、現時点では私だけなのです。本当の神の教えである正法神理を正しく説けている者はです。

あとの高橋先生の弟子だった人たちや園頭先生の弟子だった人たちが、会をつくって神理を説いているようですが、それは正しいものではないのです。だから奇跡の一つも起きて来ないのです。

そのような人たちが説いているものは神理とは似て非なるものでしかないからです。

また、一つや二つそれらしいことが起きたとしてもです。何度もいいますが、正しく神理を説いているところにはたくさんの奇跡が現れて来ます。だから、たくさんの奇跡が現れて来ない限り、正しく神理を説いているとはいえないのです。

私など会をつくっていなくても、周りに次々に奇跡が現れて来ます。

そういうものなのです。神理を説くということは、人が集まろうが、集まるまいが、ドンドン周りに奇跡が現れてくる、そういうものなのです。

もう凄い数、起きているようですね。天罰がです。昨日でも、どこかの会社など昼間から大騒ぎしていましたし(今日も朝から大騒ぎです……本当に哀れです)あれだけキレていたいくつもの会社が、みな微妙に怒っているところばかりになっているし、そういう微妙に怒っているところがそこらじゅうにあるし「え、どれだけ起きてんの」という感じでした。

もうそういうところに次々に病気が現れているんでしょう。だから怒り方がかわっているのです。起きてくる病気があまりに多いからです。

本当の神の教えである正法神理にいつまでも逆らうならそうなるのです。その分、従うなら奇跡が現れて来ます。

従うしかないのです。神理にです。もう従わない限り、その起きてくる病気は止まらないからです。

もうこの辺り、多くの場所で現れているのです。そのような様々な病気がです。それを止めるには神理に感謝して布施するしかないのです。そうしない限り、自分たちにいつ病気が現れてくるか知れないからです。

もう「お前のいうことなどきけるか」などとやっている場合ではないのです。一刻も早く従わないといけないのです。

そうしない限り、その次々に起きてくる災いは止まらないからです。

くだらない意地などさっさと捨てることです。このブログを見ている多くの人たちは、ただ神理を知らなかった、本当の神の教えがどういうものなのかを知らなかった、それだけのことであるからです。

それを知ったのです。知ったのなら従うべきではないでしょうか。これほどの教えは他にないからです。命を懸けなければ命を落とす。しかし、命懸けでやるならたくさんの奇跡が現れる。

それがこれだけはっきり現れる、これほどの教えに巡り合うことなどまたとないことであるからです。

台風十四号が発生し、日本に向かってくるそうですね。そうしてこの台風はこれから確実に発達してくるようですが、不思議なことにその十四号はもう日本の近くまで進みつつあるのに、まだはっきりコースも定まらず、どれくらいのスピードでくるかも分からない。

ずいぶん不思議な話です。もう数日で日本を直撃してもおかしくない台風が、それだけ日本の近くで動きが定まらないなどです。普通であるなら、ここまでくればです。

もう進むコースやスピードなどだいたい分かって、その通りに台風は進んでくるはずであるからです。

しかし、今回の十四号は日本近海でモタモタしている。なぜでしょうか?

もうお分かりですよね。このブログを見ている人たちならです。その理由はです。こういうことはこれまで何度も起きているからです。

もちろん、このブログを見ている、この神理を見ている、皆さんの動向を見ているからです。天がです。

皆さん方が、今度こそ(今度こそです)私のいうことに従い(ということは、神理に従い)感謝して布施してくれるなら、そういう人が多ければ多いだけ、この台風は日本に影響が出ないよう離れていきます。

しかし、また無視するようなら、この台風は確実に日本を直撃するでしょう。それも強い勢力となってです。

もう信じてもらえませんか。それをです。そうなるのです。これまでもそうなって来たからです。

そうして、それ以外のことでも(特にこの辺りで起きていることなど)確実に当たっているからです。私のいうことはです。

だからもう理解してもらうしかないのです。このブログを見ている人たちが、この神理をです。

このブログ見ていない人たちが理解できるわけがないからです。

このブログを見たことがない人が台風を見て心を入れ替えることが出来ますか? 次々に病気になっているからと、それで自分の行いを反省するなどするでしょうか?

するわけがないのです。神理を知らない人たちがです。

台風や病気と心が一体何の関係があるのかと、まったく考えないでしょうね。そんなことはです。このブログを(神理を)見ていなければです。

このブログを見ていなければ、災いがどれだけ起きようと、責任転嫁しているだけだからです。

それでは変わらないのです。益々ひどくなるのです。いま日本に起きている災いはです。

だからその通りのことが起きています。

それを知っている皆さん方が、神理を知らない人たちと同じような態度を取り続けているからです。それでは日本に起きている災いはドンドン増えていくのです。

神理を知っている人たちが、神理に合わせ、心を変えない限り、行いを変えない限り、絶対に起きてくることは変わらないからです。

だから、それが分かるまで何度でも現れるのです。災いはです。

だから、その通りのことが起きています。この辺りにも、日本全体にもです。何年にもわたってです。

いつまでも正しいことを理解する人が、正しいことを行う人が、増えて来ないからです。

だから正しいことをしてもらうしかないのです。この神理に合わせた正しいことをです。正しいことをする人が増えて来ない限り、悪いことは減らないからです。

だから私にです。私に感謝して布施しないと災いは減らないのです。

別にそれは都合のいい話でも、欲張りな話でもないからです。それが正しいことであるからです。

私はそれだけのことを(多くの人から多くの感謝と布施を)してもらってもおかしくはない、確実にそれをしてもらわなければいけない、それほど大事なことを伝え続けているからです。

その価値を多くの人が認めないだけであるからです。

だから、こちらではこれほど多くの病気も現れるのであり、また日本全体を見てもこれほどの災いも現れるのです。

神理の価値を多くの人たちがいつまでたっても認めないからです。

だからもうです。もうこれほどのことが起き始めているのだから認めてくださいといっているのです。

この正法神理の価値をです。

それを認めて、それ相当の行いをしない限り、この日本で起きている災いは止まらないからです。神理の価値を認め、行うなら、確実に日本に起きている災いは減ってくるからです。

しかし、いつまでたっても認めないなら、災いは増えるばかりで絶対に減らない。

もうやめませんか。分かっているのに知らないふりをし続ける、そのようなとぼけた態度はです。(それだけ無責任な態度もないからです)

そうしてもうやりませんか、この正法神理をです。

別にそれが災いを減らすことだとか、自分が助かることであるとか、そういうことではなしにです。

そうすることこそ正しい神の子としての人間の道であるからです。

(その正しい道を進みましょうといっているだけなのです。私はです)

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10月 05 2020

因果応報と神理が起こす奇跡

昨日は日曜日だというのにどこかの会社は誰か来ていたようですね。バシバシやって怒っているのがきこえていたからです。(今日も朝から相も変わらず怒っていますが)

もう出っぱなしなんでしょうね。病人がです。しかし、それは仕方がない話でしょう。この連中もそれだけ嫌がらせをし続けているからです。

人に迷惑をかければ同じことが自分たちにも返って来ます。(迷惑なことが自分たちにもです)

この連中はもう毎日、何か嫌がらせをして来ます。だから毎日この連中には天罰がくだるのです。しかも何人もの連中が毎日入れ替わり立ち替わり嫌がらせをしてきます。

だからこれもまた同じように毎日この会社の(従業員の家族も含めた)いろいろな人に天罰がくだるのです。自分たちがやっていることと同じお返しが返ってくるわけです。

そうして、この連中くらい嫌がらせをしてくるところもないのですから(もう会社がやっている限り朝から晩まで嫌がらせをして来ますから)だから、この連中くらいたくさん天罰がくだっているところもなくて、その天罰も同じように朝から晩まで現れるのです。

つまりこの連中に起きている天罰は、自分たちがしているまったく同じお返しが自分たちに返って来ているだけなんですが、だから自分たちのやることさへかえるなら、自分たちに返ってくるお返しはかわってくるのですが、そのことに気づいているのか、いないのか、まったくやることをかえないものですから、ずっと同じひどい天罰が起き続けているということです。

それで神理のじゃまをしているのですから、もう話にならないでしょう。これでは絶対によいことなど起きないのです。

だから、このどこかの会社ほどではないにしても、似たような会社がたくさんあるんでしょう。この辺りにはです。

私にたくさん嫌がらせをしているところがたくさんあるからです。だからたくさんくだってくるのです。天罰がです。

どうします。その天罰が特にたくさんこの辺りはくだり始めたようですが、それでもかえませんか。自分たちの行いをです。

自分たちがしていることをかえるなら、当然起きてくることはかわります。因果応報の法則が働いているだけであるからです。

しかし、このような法則や神のことや正しい心の在り方、そうして私に起きている奇跡やその奇跡の起こし方から、モーゼやキリストが起こされた奇跡の証明まで、ずいぶん多くのことを教えられているのではないですか。

このブログを見ている人たちはです。他では教えられないような貴重なことをです。

それなのに何のお返しもなしですか。感謝のかわりに嫌がらせですか。それでは天罰もくだるでしょう。(ドンドン天から降りて来ます。恐ろしい力がです)

そこまで恩を知らなくてはです。

このままではドンドン病人が増えていきますが、本当にそれでもよいのですか?

どちらにしても、これだけ奇跡が現れる教えなど他にはないのです。だから、このまま誰にも伝えないわけにはいかないのです。やってもらうしかないのです。このブログを見ている人たちにです。

立ち上がりませんか。やれる範囲でいいからです。

自分のことを棚に上げグチグチ怒っている(レベルの低い)人たちは仕方ないのですが(滅ぶしか)それ以外の人たちでやれる人はです。

自分が出来ることをしてもらえばいいからです。この神理に関することでです。

それさえもしないからひどい現象も起きてくるのです。しかし、感謝して協力してくれるなら起きてくることは大きくかわってきます。

これほどの教えです。それを実践し拡げるほどやりがいのあることもないと思います。やりませんか。神理の実践と流布をです。

そうすれば起きてくることは劇的にかわり自身の心も大きく変わってくるからです。(もちろんよい方にです)

最後に園頭先生が起こされた大きな奇跡を正法誌から抜粋しておきます。それを読んでよく考えてみてください。

正法神理の実践をです。

1979年四月号より抜粋します。

<最近、正法会の会員の間にいろいろな奇跡が起こりつつある。祈りによって起こる奇跡を外国では神癒とよんでいる。

昨年十一月十九日よる八時ごろ、福岡市の中村さんから電話が来た。

「安河内さんが弟さんのところへ自転車で行く途中、昏倒して、脳がめちゃめちゃに砕けて通りかかった人が救急車をよんで脳外科に運んだそうです。医者は『あ、これは明日は葬式だ』といっているんですが、とにかく光を送ってください」

遠くの人に光を送ることを一般的には「遠隔思念」といっているが、私はただ、ひたすら天上界からのご加護があることを祈った。

脳外科の医者三人は、これまで二百名以上の脳手術をしてきたが、この医者たちが「だめだ」といっている人たちはみな死んでしまって、よくなったという人は一人もいなかったというのである。

中村さんがかけつけて見た時は(安河内さんは)頭の半分がぐしゃとつぶれて、寝返りを打たせると頭がべしゃっとゆらいでつぶれていたというのである。

安河内さんはあくる日になっても意識不明ではあったが死ななかった。それで二十一日に手術ということになった。中村さんからまた電話があった。

「安河内さんの手術があります。医者はダメだといっているんですが、光を送ってください」

私はまた静かに祈った。肉体を創造する以前の不可思議な力があの世にはあることを知っている私はまたひたすら祈った。

輸血は全然入らないし、これ以上あつかうことは出来ないということで医者は骨片やガラス片などをのぞいただけで、そのままガーゼをかぶせてしまって「あと二日くらいのものでしょう」といった。医者は安河内さんの頭蓋破裂の状態は、スイカを石の上に落として割ったみたいなものだといったというのです。

医者は死亡診断書を準備し、家族も葬式の準備をし、部落では死亡放送があった。しかし、安河内さんは死ななかった。安河内さんが意識を回復したのは十二月五日で、倒れてから約二週間目であった。安河内さんは目が覚めた。「俺は一体、どうしてこんなベットの上にいるのか」と。

その間、安河内さんは霊界をさ迷っていたというのである。

(中  略)

脳に大きな外傷を受けた人は、たいてい、記憶喪失、言語障害、手足麻痺の後遺症があるものであるが、安河内さんはどこにも障害がないので、医者はただ「不思議だ、不思議だ、こんなことは考えられん、奇跡だ」と驚いているというのである>

(場所や個人が特定されるような箇所は内容が変わらない程度に省略しました)

神理を実践するなら、このような医者に見放された人にも奇跡が起きて奇跡的な回復も望めるのです。

なぜなら、神理こそ本当の神の教えなのであり、その神理を実践するなら確実に神のご加護があるからです。

しかし、神理に逆らい無視を続けるなら、真逆の現象がいくらでも現れて来ます。(これも神の気づきのご加護なのです。どこかの会社など本当に天罰が次々にくだっているようです。このブログを書いている間だけでも何か大騒ぎしています……本当に哀れです)

これだけ現象が現れる教えなのです。もう真剣に考えてはどうでしょう。この正法神理の実践をです。この神理を実践するなら何度もいいますが、確実に神のご加護がもらえるからです。

どちらにしても、それ以外、この恐ろしい状況から逃れる術などないのです。(どこかの会社の皆さん、本当に真剣に考えた方がいいです。この神理への帰依をです)

もう真剣に考えてください。神理の実践と流布をです。

この教えを実践し拡げるなら、それこそ神のご加護が天から(あの世から)どれだけ降りてくるか知れないからです。

(それが嘘ではないということは、私の周りで起きていることを知るなら分かるはずです)

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10月 04 2020

時が来た

何か皆さん、心がつながっているかのようでしたね。昨日はです。(苦笑)

この近所はともかく少し離れると同じような怒り方をしているところが多かったからです。

昨日は土曜日で休みの会社も多かった。それで似たような怒り方をしている会社が多かったのでしょうか? それともずいぶん起き出したのでしょうか。天罰がです。

というのも、ある会社の近くを私が歩いていくと静かなのですが(または少しだけ音がしているようなんですが)通り過ぎたり、少し離れると、その会社から「ガーン」とか大きな音が響いてくるのです。

それで私が「あ、何だ祈ればいいのか?」などというとまたシーンとしてしまいます。

露骨には怒っていないのですが、微妙に怒っているのです。どこの会社もです。そういうところが昨日は多かったものですから、それで皆さん心がつながっているのですか? と書いているのです。

どこも似たようなことをすればするものと思ったからです。

ドン引きしているところもありましたし(そこは毎回、相当怒っていたところなんですが)静かだったのに、また怒り出しているところもありました。

しかし、どういう怒り方をしていようとです。もう無理なのです。そのような態度はすべて間違っているからです。

間違った態度を取っていては天罰は止まらないということです。

もうこの辺りの多くの会社に出ているんですよね。多くの天罰がです。だからまたガタガタやり出しているのです。あちこちの会社がです。

私に嫌がらせをして来たほぼすべての会社にひどい天罰がまたくだり始めているからです。

だから、ドン引きするところもあれば、すさまじい怒り方をしているところもあり、微妙に怒っているところもあれば、静かだったのにまた怒り出したところもある、多くの会社でまた天罰が現れ出しているからです。

だから私はいってるのです。そのような天罰は感謝して布施しないと止まらないとです。

神理を見るだけ見て、感謝もしないで嫌がらせをするだけしておいて、知らない顔をしていてもどこかで天罰は現れてくるとです。

そのような天罰が多くのところで現れだしているのです。私に嫌がらせをしたすべての会社が嫌がらせをしっぱなしで反省も感謝の布施もまったくしないからです。

それでは遅かれ早かれ天罰はまた現れてくるのであり、その天罰がです。多分、一斉に現れだしたんではないでしょうか。

だから、そこらじゅうの会社でまた怒りだしているのです。その怒り方は様々ではありますが、どこも同じようにガチャガチャやりだしたのです。私が近くを通るとです。

あちこちの会社でドンドン天罰がくだり始めているからです。

しかし、また天罰が現れだしたからといって、それで前と同じように嫌がらせをしてしまっては、前以上の天罰が今度は現れてくる。だからドン引きしている会社とか、微妙に怒っているところが増えたのです。

前のようには怒れなくなったということです。それだけ起きてくる天罰がどこも増えているからです。

多分、そうだと思いますよ。こちらはあちこち回っているのでよく分かるのです。その会社や周りの雰囲気がです。明らかに引いているところが多いのです。では、増えているのではないですか。

起きてくる天罰がです。私のいうことを無視しているからそういうことになるのです。

天罰がくだっているのに、それをほっといて無視していれば、その天罰はよけいひどくなります。

別にあたり前のことが起き出しているだけの話なのですが、しかし、だからといってです。こちらが手を抜くということは一切ありません。それどころかもっと必死に祈ることになるでしょう。

そういう時だからこそ、気づいてもらえる一番のチャンスであるからです。(自分たちの間違いにです)だからいま祈らないで、一体いつ祈るのかという気持ちだということです。

こちらはです。(鬼のようですが、こちらは何としても多くの人に神理を理解してもらわなければいけません。だからそうするしかないのです。それが私の使命だからです)

よく考えてみてください。そういう会社が一社や二社ではないのですよ。工事現場など合わせれば数十はあるのです。(もっとあるかもしれません。最近はいかなくなって私が忘れてしまっているところもあるからです)

それでもまだ逆らい続けるのですか。この正法神理にです。

神理に(正しいことに)逆らっているから、そうなっているのです。それでもまだ逆らい続けるのでしょうか。そのような(天罰がくだっている)ところの人たちはです。

しかし、もうこれほど現れだしたのです。それでも神理に逆らい続けるというのなら、もう仕事どころではなくなりますよ。

それはそうでしょう。そういうところはもういつ誰に病気が現れるか知れないからです。

そういう状況でまともに仕事がやれますか? 仕事に集中できるのでしょうか? そんないつ自分が病気になるか分からないなどという状況でです。

それとも昨日書いたような超がつくほどの自分本位な人たちばかりだから、回りにどれだけ病気になる人が現れても、全然関係ありませんか。しかし、そんな人ばかりではないでしょう。外見は強がってはいてもです。

そんな現象ばかりが現れたら誰だって怖いはずです。正味な話はです。

しかし、もうそのような状況のところは自分のところだけではないのです。この辺り、そこらじゅうにあるのです。それは嘘でも大げさな話でもなくです。

本当にたくさんのところでそういう状況になっているのです。

それだけ多くの人たちがこの正法神理に逆らっているからです。それだけ本当の神の教えである正法神理に逆らうということは罪が重いのであり、だからそれほど多くの天罰も現れるのです。

それだけこの正法神理とは偉大なものであるからです。

偉大でなければ、これほどの現象が、これほどたくさん現れるなどということはあり得ないでしょう。私たちに起きている様々な奇跡も含めてです。いくらでも現象など現れてくるからです。

何でこんなことが起きるのか?

それは正法神理という教えが、それだけ偉大だから、これほどの現象も現れてくるということです。

本当の、本当の「神の心」を伝えているからです。

本当の神の心を伝えるのなら、このような力は現れてくるのです。その力とは本当の神の力であるからです。(だから神の力が天から降りてくるということです)

これはつくり話でも昔話でもないのです。本当にいま現在、起きていることなのです。

多くの人たちに次々に病気が現れているのです。この辺りのあらゆるところでです。

だからもう真剣に考えてはどうだといっているのです。本当の神の心と神の力というものをです。そうしていま起きている恐ろしい状況をです。

いつまでも怒ってごまかしてなどいないでです。

これほどの偉大な教えである正法神理に不遜な態度を取り続けているあなたたちが悪いのです。

もうそれを認めてください。そうして頭を下げてください。この正法神理にです。

そうすれば、その災い(天罰)は止まるからです。

しかし、頑としてそれを認めず、詫びも入れないというのであればです。(そうしてもちろん感謝も布施もしないというのであればです)その災いは出続け、そういう不遜な人たちが一人もいなくなるまで止まることはないでしょう。

それが嘘でも大げさな話でもないということは、これだけ多くの人たちに、これだけ長い間、出続けている災いを知るならば分かるはずです。この辺りの人なら誰だってです。

起きる災いは止まるどころか、ドンドン勢いを増し、増えていっているからです。

残念ではありますが、そこらへんはコロナ禍とは違います。神理の禍は(天罰は)そんな甘いものではないということです。

反省するまでは止まらず勢いを増して症状もひどくなっていくということです。(最近はコロッと逝く人が増えているようですから)

それでもこれまでの行いを反省し、感謝して布施するのは嫌だというのでしょうか?

しかしもう時は来ています。してあたり前の行いをいつまでも拒み続けるのであればです。

そういう人たちは本当にです。本当に滅びていかなくてはいけなくなるのです。

そのような現象がたくさん現れ始めています。もう腹を決める時が、正しい判断をしなければいけない時が来ているのです。

追伸…昨日、こんなゴチャゴチャな男女平等や出産時に立ち会う行為など、今の人たちがしているだけだと、歴史上した人はいないと、だからこういうことは間違いであると、そう書いたんですが、それに賛同できる人で、もしそのような間違いをすでに犯してしまったという人は(例えば、夫が立ち会う出産などすでにしてしまったという人など)早くそのような行いを反省されることです。

反省すれば、昨日書いた悪いことなど後々起きては来ないからです。(例えば、立会い出産などしてしまった人は、そのような間違いを神に詫び、そうして二度とこのようなことは致しませんと神に誓えばいいのです。そうすればその罪は許されるからです)

しかし、それを無視して、間違いを間違いのままほっておくなら、その間違いは必ずどこかで現れて来ます。

こちらの人たちなど、その間違いを放置していたばかりに、すさまじい数の災いが現れだしているようであるからです。

同じ轍(てつ)を踏まないようくれぐれもお気をつけください。

しかし、こんなことが分かるのはこの正法神理だけなんですけどね。それなのに、その神理に対し(何かあたり前のように見ていて)あまりに多くの人たちが感謝が足りないのです。

それではどちらにしてもよいことは起きて来ないでしょう。

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10月 03 2020

現代思想 正しい判断

それにしてもの無反応ぶりですね。私的にはちょっと考えられないんですけどね。何で平気で私のいうことを無視出来るんだろうと思ってです。この状況でです。

そのままではドンドン天罰がくだるのにです。こちらなど特にです。だから感謝して布施してくださいといっているのに(それなら天罰はくだらないので)まるで無視です。

怖くはないのでしょうか。天罰がです。

明らかに天罰を食らっている例をいくつか具体的に書いているんですが、私の家の前にはどこかの会社がありますからね。

この近所の人たちは、この会社のことをよく知っているはずなのに本当に怖くはないのでしょうか?まったく不思議ですね。この会社にはしょっちゅう出ているからです。

その天罰がです。

ずいぶんリアルな態度を取りますからね。この連中はです。天罰がくだる(病気になる人が出る)とです。

この連中はいつもそうなんですが、急にです。急に会社の中から凄い音が響いてくるのです。(ガッチャンみたいなです)そうしてしばらく静かになるのですが、その後、急に怒り出す奴がいて、ガー、ガガーみたいなでかい音を立て始めます。

そうしてしばらくの間はずいぶんやかましい音を立てて怒っているのです。それか、もうその後はドン引きしてしまってシーンとなってしまうかのどちらかです。

とにかく、極端な態度を取ってくるのでよく分かるのです。この連中に天罰がくだるとです。

そういう態度をほぼ毎日のように取っているのです。この会社の連中はです。

それで「毎日天罰がくだっているのか」と私が声をかけるとやたら怒って来ます。だからよく分かるのです。毎日天罰がくだっているなとです。

今日も今日とて朝からずいぶんお怒りです。先ほど書いたガ―、ガガーとでかい音を立てまくってです。

もう止まらないんでしょう。病気がです。次々に出ているんでしょう。病人がです。

本当に哀れで恐ろしい話なんですが、こういうリアルな態度をこの連中が取っていることをこの近所の人たちはみな知っているはずですが、だから私は何で怖くはないのだろうと不思議でならないわけです。

だってこの会社にこれだけ天罰がくだっているのなら、いつ自分たちに天罰がくだってもおかしくはないからです。

そうは考えないのでしょうか?現代の人たちはです。

今の人たちは、その連中はなっても自分はならないとここでも、そういう自分本位な考え方を発揮して平気でいるのでしょうか?

だとしたら、もはや頭がおかしいとしか思えないのですが、現代の人たちはそういう超がつくほどの自分本位な考えの人が多いのでしょう。(それこそおかしいと思えるほどのです)

だから、これだけ周りに次々に天罰がくだっていても平気でいられるのです。

周りにどれだけ病人が増えようと自分だけは別とそう思い込んでいるからです。

要は自分がなるまで分からないということです。あまりに自分本位すぎてです。

こういう単純な人が最近は増えました。昔の人なら、これだけ天罰がくだっていれば(どこかの会社だけではなく、もうこの辺りなどそこらじゅうで出ていますから。決して大げさな言い方ではなくです)これは自分にもいつ天罰がくだるか知れないとすぐに理解し、感謝して布施したのでしょうが、現代の人たちは自分だけは別と、そう思い込んでいる超自分本位な人たちばかりです。(しかもそれが大人から子供まで……だから、子供も全然怖がらない。超自分本位な子供が多いからです)

大方の人が自分に天罰がくだるまで理解できないようです。そのような自分の超自分本位さがです。(自分本位すぎて予想がつかないのでしょう。周りに起きているから自分にも起きるという予想がです)

本当に愚かだと思うんですが、こういう人が現代は多いのです。何でもかんでも自分中心で、それでよいと思い込んでいる人がです。

現代はそのような(個人)思想が正しいと思われているからです。

しかし、そんな現代の思想がそれほど正しいとは思えないんですけどね。

そんな超がつくほどの自分本位さはもちろんのこと、例えば、今いわれている思想の典型である男女平等だから、何でもかんでも男と女は同じにしないといけないなどという考えでも、果たしてそんな思想が正しいのでしょうか?

それで教育も同じにして仕事も同じにしてしまう。しかし、男と女に同じ教育をしてしまっても男は子供を産めないが、女は子供を産むのです。

そういう出来ることが違っているのに同じように教育してしまってよいのでしょうか?

それに体も違います。(男の方が明らかに体力がありますよね。そうして女の方が明らかに細かいことをするのに向いている。〔男より繊細〕)それなのに同じ仕事を同じようにしてしまって、それでよいのでしょうか?

それに先ほど女は子供を産むと書きましたが、現代は、その女性の出産時に夫が立ち会うということを普通にするようになりました。しかし、このようなことはどれもです。

これまでも何度も書いていますが、歴史上、行ったことがないことをやっているのです。(だから現代の人たちだけがやっているということです。こんなゴチャゴチャな男女平等や出産の時に立ち会うなどという行為をです)

こういうことが本当に正しいのでしょうか?

正しいことをしているのなら、長い人類の歴史上、誰もそれをしなかったということは考えられないと思うのですが、というか、このようなことが間違いだから、これだけ多くの災いが現代に現れているのではないのですか?

現代思想があまりに間違いが多いからです。

間違いが多ければ当然罰は当たります。しかし、現代の人たちはそれも信じない(罰が当たるなどです)もしかしたらです。

現代思想は本当に多くの間違いを犯しているのかもしれないのです。大丈夫ですか。もし、それほど多くの間違いを正しいと思ってしているのなら、もっと多くの災いがまだまだこれから現れてくるからです。

だから、何でも男女平等だから、教育も仕事も同じようにすると、しかし、もしそれが間違いなら、これから男女が結婚するなら、家庭崩壊がたくさん起きるようになり(そのような教育が間違いだったから)また、仕事もいい加減な仕事が増えるわけです。

男と女がそれぞれ得手なことから不得手なことまでゴチャゴチャに仕事をするならばです。

そうして、出産時の立会いが間違いなら、そのようにして産まれてきた子供たちは、将来、例えば露出狂の人が増えるとか(母親が何でもかんでも見せたがるからです。出産をわざわざ人に見せるなど〔夫とはいえ男に見せるなど〕ただの露出狂でしかないからです。だから子供も同じになるのです)あるいは何でもかんでも見たがるのぞき魔が増えるとか(父親が何でもかんでも見たがるからです。妻の出産まで見ているようではです)なるかもしれないのです。

どこかが間違っているのなら、その間違いは必ず現れてくるからです。どこかにです。

そういう災いがまだまだ増えてくるということです。間違ったことを正しいと思い込んでいるのなら、その間違いを正すまではです。

だからこちらで起きる天罰も(病人も)増えている、そのような(超がつくほどの自分本位な)現代思想が間違っているからです。

だから増えているんでしょう。こちらで起きている災いも、他で起きている災いもです。

現代の人たちが大間違いをしているからです。だから、天変地変は増えるし、コロナ禍やバッタ禍は現れるし、こちらで起きているような天罰までもうボンボン現れるのです。

何度もいいますが(理解するまでです)現代の思想が大きく間違っているからです。

そういう部分が多いということです。

だから、現代の人たちの考えがこうだからと、そのままやっているとドンドン不幸になっていきます。こちらがよい例なのではないでしょうか。

こちらではもうボンボン天罰がくだっているのに、それでも多くの人が怖がりもしなければ考え方も変えようとしない。

その結果、すさまじ数の天罰が今もってくだり続けている。本当に恐ろしいことが起きているのです。

どれだけ自分が正しいと信じていてもです。その思想が正しいかどうかは分からないのであって、もし、その思想が間違いならです。確実に自分は不幸になるのです。

間違ったことをしていて幸せになれるわけがないからです。

正しいことをしている人にはちゃんと奇跡が起きて来ます。その奇跡が道しるべなのです。正しいことのです。

だから、その奇跡が起きている人のいうことに従いませんか、といっているのです。

そうすればその人は幸せになれるからです。

また、これほど多くの災いが世に現れているのです。ということは、多くの人たちが間違ったことを正しいと信じて行っているということになります。だから、これほど多くの災いが現れるのです。

多くの人たちが間違ったことをしているからです。

その間違ったことを正すには、これもまた奇跡が起きている人のいうことをきくしかないのです。

間違ったことをしている人には、その間違いは分からないからです。だから、間違ったことをそのまましているからです。

どちらにしても、奇跡が起きている人がいるのなら、その人のいうことに従うしかないのです。なぜなら、では、その人のいうこと以外、正解はないということになるからです。

だから、それ以外の人には奇跡が起きないのです。その奇跡が起きない人たちは、どこかに間違いがあるからです。そのどこかにある(自分の考えの)間違いを正さない限り、奇跡は起きて来ないからです。

奇跡が起きて来ない限り、必ずどこか災いは現れて来ます。災いが現れる前に奇跡を起こしませんか。

奇跡が起きるようになれば、その人は幸せになれるからです。

しかし、その奇跡を起こすにはです。奇跡が起きている者のいうことをきくしかないのです。

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