>>ブログトップへ

10月 13 2020

何を一としないといけないか

まあ、私のいうことなどきかないと十分承知の上で書くんですが、この辺りの皆さん、マジでです。

マジで私のいうことをもうきいた方がいいのではないでしょうか。すでに、ずいぶん多くの災いがこの辺りには出ているようであるからです。

その災いがここ数日はまた一段と激しくなっているようだからです。

どこかの会社などもう窓を閉め切りドン引きしているし(それでもまだ逆らっているのが、二、三いますが)この近所ではおかしな人が何人も出てくる。そうして、出ていけば出ていったで、そこらじゅう(の会社)で怒っていて、昨日などキレまくっていたところが(そこは死ぬほどキレているのがいましたが)ドン引きしているところもある。

そうかと思うと、これまで静かだったところがやたら怒り出したところもあり、それに怒っているところも微妙に怒っているところが多くて、もうキレているところなど数えるほどです。

そうして歩いてくる人はもうほとんどが顔を引きつらせ、怒っている人はわずかです。普通に怒っているのはトラックやバスの運転手くらいなものでしょう。(そういう怒っている運転手も最近は減っては来ましたが)

その中でも、私の顔を見るとやたら怒って、思いっきりブシュとでかい音を立ててくる短絡的な運転手がいますが、そういう運転手は心配ですね。この状況で、そんなことしてくる運転手には何が起きてくるか知れないからです。

それこそ、そういうキレた運転手は、そのトラックの仕事が終わったとたん、本当にキレて(頭の血管が)コロッと逝ってしまったり、急に苦しみ出してコロッと逝ってしまったり、朝起きたらコロッと逝っていたり、してませんか?

どこの運転手か知りませんので、そこまで確認できませんが、こちらではもうそういう人がたくさん出ているようだからです。

では、トラックの運転手もそういう人が出ていても決して不思議ではありません。むしろ出ない方がおかしいのではないですか。キレた人はキレる、それが因果応報であるからです。

本当に危ないのです。そういう法則をなにも理解せずやたら怒って(神理を説いている)私に嫌がらせなどして来てはです。

やったことがそのままやった人に返ってしまうからです。そういうことは多々起きていることであるからです。

だからいっているのです。もう私のいうことをきいた方がいいとです。(要は神理をした方がいいということです)

私のいうことを無視すればするだけ災いは現れてくるからです。しかし、神理を実践するなら、その災いは止まります。もう怒っている場合ではないのではないですか。

それだけ多くの災いがすでにこちらでは起きているようであるからです。もう一刻も早く心を入れ替えた方が安全であるからです。

この状況でまだ怒っている人たちは、それはいま現在起きているすさまじく恐ろしことを単に知らないだけなのです。

神理を説いている者に嫌がらせなどすれば確実に天罰がくだる、早くそのことを理解した方がいいでしょう。そのことを正しく知らないばかりに多くの災いが現れているからです。

しかし、このようなことを考えればです。一体、何を一にしないといけないかということがよく分かると思うんですが、どうでしょうか。

仕事ですか? 遊びですか? それとも自分たちの生活なのでしょうか? そのどれも違うでしょう。

まず、この正法神理を一としないといけないのです。つまりやはり正しい神の教えを一としないといけないということです。

そうしないと、このように仕事どころか、遊びどころか、生活どころか、何もかも出来なくなってしまうからです。

それはそうでしょう。次々におかしな病気や天変地変が周りに現れていては、何をするにしてもそれどころではなくなります。だから私はいっているのです。

正法神理を一としないといけないとです。

そうすれば、そのような災いも起きて来なくなるからです。何をおいても、まず、そのような災いを止めないことにはなにもまともに出来ないからです。

それが今のこの辺りの、そうして日本の状況であるということです。(それは世界も同じですが)

何をしていても、途中で病気をしたり、天災が起きたりしたら出来なくなります。そのような状況なのではないでしょうか。特別この辺りだけではなく、今の日本も、そうして世界もです。(激しい天災やコロナ禍、バッタ禍、その他、戦争などで)

ではまずそれを止めなくてはどうにもなりません。それを止める方法が神理の実践であるということです。(皆が神理を実践するなら、天災や病気も止まり、戦争まで起きなくなるのです。愛と慈悲を説く神理を実践するなら皆が調和するからです)

だからいっているのです。まずこの神理を知って少しずつでも実践されませんかとです。どちらにしてもそうしないと、ドンドン災いが起き出しているのです。(特にこの辺りは)

どうにもならないでしょう。この状況ではです。あらゆるところに災いが起きているからです。まず、この災いを止めないことにはです。

その災いを止めることが出来るのは、唯一この正法神理だけだということです。

早くそのような事実を理解してもらえませんか。それを理解しない限り、起きてくる災いは止めようがないからです。(他の何をしても止まらないのです。その災いはです)

とりあえず少しずつでも始めませんか。この正法神理をです。別に神理を実践し出したからと、あれをしてはいけない、これをしてはいけないなどとはいわないからです。

やれる範囲でやればいいからです。そのやった分だけは自分が救われるからです。誰がどれだけ救われようが、それは自分の自由であるからです。

その人間の自由さを失わないのが、この正法神理であるからです。

どちらにしても、すでに神理を一としなければやりたいことをしっかりやることさえ出来ない、そういう時代となっています。(それがどういう状態なのかは、この辺りの人たちだけではなく他の地域の人たちも分かるはずです。コロナ禍があったからです。こちらはいま現在もそのコロナ禍の激しい時と同じ状態であるということです。それだけ病気が現れているということです。この辺りのあちこちにです)

早くそれに気づいてください。

それに気づいてこの神理を行った人から救われていくからです。

追伸…昨日に続いて、大阪都構想のことをもう少し書いておきますが、くどいくらいいいますが、大阪市を特別区にするなら政令指定都市から区に格下げになるということですから、ずいぶん権限から何から減ってしまいますよ。

大阪市はです。

そうして大阪市の金も府に吸い上げられるということでしょう。なにもいいことないではないですか。大阪市はです。(それなのにこの大阪都構想には賛成が多い、なぜ?)

私は前から、この大阪維新の会を危ぶんでいたのです。何かしていることが怪しいからです。

もちろん維新はよいこともしたんでしょうが(大阪府と市の無駄を削ったなどの)それはそれとして、それ以外のこともしっかり見た方がいいでしょう。

維新は一見よいことをしていそうですが、その一方でカジノを進めたり(それも大阪発展の一環ですか? しかし、カジノはマネーロンダリングや依存症、犯罪の温床ともいわれています)万博を進めたり、どちらかといえばインバウンド一本槍です。

その上での大阪都構想です。何か心配になりませんか。

大阪都構想とは大阪市を分割し、その金を大阪府に吸い上げ、それを府で一括して使うということであり、その大阪市の金をです。

大阪府のために本当に使うのでしょうか? 維新はです。

その金を、カジノ構想とか、そちらの方に回しはしないのでしょうか。維新はです。

私が何をいいたいのかといえば、そういうものに金を回せば(カジノの会社はみな外国勢ですから)金が皆、外国に回っていくのではないのか、ということです。

私が心配しているのは、実はそれなのです。

日本で評判のいい知事のところはみな外国の匂いがします。(例の北海道の知事はずいぶん中国の匂いがしますし…静岡の知事同様です)

だからそちらの(外国の)方に金が回っていかないのか、それが心配なのですが、それと大阪都構想など大掛かりなことをすればです。

もし、失敗した場合、大阪だけでなく日本も混乱し疲弊するでしょう。(失敗しても維新は責任を取るわけではありませんよね。これから都構想を始めても、それがうまくいくかどうか分かるのはずいぶん先になります。〔五年も十年も、あるいはもっと〕その頃、維新があるかどうかも分からないし、今の知事や市長などもういるわけがありませんし)

そうなった時にどっちみち外国にやられはしないのでしょうか。それこそ外国資本がたくさん日本に入って来てです。

だから大阪都構想はです。どちらにしてもおいしいのです。外国勢力から見たらです。(うまくいけば、大阪から日本に侵入すればいいし、うまくいかなくても日本が弱り、今度は日本全体から侵入できるから)

だからこういうことに(大阪都構想に)やたら執着していい続けている大阪維新を危ぶんでいるわけです。私はです。

大阪のことだけを考えているようには思えないからです。何かそれ以外の力が働いているように思えてならないからです。

しかし、そのように危ぶんで警戒していても、私一人ではどうにもなりません。だから、この神理を実践する人を増やしたいわけです。

神理を実践する人が増えれば(信用できる人も増え)日本を思う人も増えて、その日本を通して正しく外国と付き合ってもいけるからです。神理を通すならです。(神理を通せばおかしなことをしてくるなら天罰を食らいますから。そのおかしなことをした人がです)

だから、そのような面も含め、神理を実践しませんかと、そうして協力してくれませんかと私は訴えているわけです。

どちらにしても、人の力だけではどうにもならないからです。今のままではどう考えても多勢に無勢だからです。(外国勢力や日本にたくさんいますから。その外国勢力の協力者がです)

しかし、神理を実践するなら、神の力と人の力が両方使えるのです。だから、一人でも多くの人にこの正法神理を実践してもらいたいわけです。

そういう人が増えてくれば実践した人も、そうして日本もです。両方救えるからです。

0コメント

10月 12 2020

逆恨みと法則

1979年 五月号より抜粋

<法  語

第三十三章 作用と反作用

物理学における「作用反作用」の法則は同時に心の法則でもあります。

「すべての作用には、大きさが等しく方向が反対になる反作用が伴う」

この「作用と反作用」の法則を、心の面で表現したのが「善因善果」「悪因悪果」という「因縁」の法則であります。科学の法則と心の法則は一つであり、この一つの法則を創造して、心と物質とを同一法則によって活動せしめている大生命力、大エネルギーを宗教的には「神」というのです。法則は人間のほしいままな心によって左右されることはありません。この人は悪いことをしたが、前に善いことをしたことがあるから今度は少し手加減して悪いことが起らないようにしてやろうというようなことは絶対にないのです。その人の運命は、その人がこの法則を知っているにせよ知らないにせよ厳密にこの法則によってつくられていくのであります。

第三十四章 法則の管理者は自分である

人間が神の子であるということは「作用と反作用」の法則を自由にコントロールできる心の自由を与えられてあるということです。

あなたはあなたの今の運命がどうであろうとも、それはあなたが知っていたにせよ知らなかったにせよ、皆あなた自身の心が造り出したものであって誰をも怨むことはできないのです。怨む、憎むということは自分の運命の責任を他に転嫁していることです。自分が下手な絵を描いたのに、あの人が私にこんな下手な絵を描かせたと思って、自分では何もしようとしないのが、怨むとか、憎むという心なのですから、怨む心、憎む心が自分にある間は運命は絶対によくならないのです。十年間の腎臓病が治られた大牟田の小柳さんは「憎んでいる人があったらその人を赦しなさい。赦すことによって誰が一番幸せになるのかというと、赦すことができたあなた自身である」という話を研修道場で聞かれて「そうだ赦そう」と思われた瞬間から病気がよくなったのです。これを読まれた方で、もし誰かを憎み怨んでいたとしたら、その人を赦しなさい。そうすれば必ずあなたの運命はよくなります。我々は、自分自身の運命の主人公なのです>

以上、正法誌から抜粋しました。

なぜこの箇所を抜粋したのかといえばです。もう何度も書いていますが、最近はこの辺り災いが増え、私のことを恨んでいる人もずいぶん増えていると思ったからです。(苦笑)

この近所でもどこかの会社ばかりでなく、バシバシ窓を閉めたくっている人とか、夢遊病者のように外をウロウロして嫌がらせをしてくるおかしな人まで出てきました。(悪いことが起きすぎて頭がおかしくなったようです)

だから、先ほどのところを抜粋したわけです。園頭先生が書かれた正法誌からです。

この世はすべて法則の下に成り立っています。

どれだけ悪いことを人のせいにして怒ったり、恨んだりしたところで、その悪いことは自分のせいで起きているのであって、人のせいではありません。

そのような(作用反作用の)法則は絶体であるからです。

それを理解していない(または責任転嫁している)だけなのです。

自分の悪いところをしっかり反省しないといけない時がもう来ているのです。だからこれだけ全国的にも(そうして世界的にも)災いが増えているのです。

すでに、そのような時代(正法の世)となっているからです。

だから出現したのです。この正法神理がです。そのような正法の世とともにです。(正法の世に正法神理が現れなくては正しさの基準が分からないからです)

これまでのような口と腹が(心が)全然違う偽善者ではなく、もう心から真の善人に生まれ変わらなければいけない、そのような時が来ているのです。この正法神理に従ってです。

そんなの嫌だも自分の勝手もありません。私はただ、そういう時が来ていると書いているにすぎません。

その書いていることが正しいから奇跡が起きてくるのだし、私のいうことに逆らったり無視したりしている人たちに災いが起きているのは、そのような態度が間違っているから、そういう災いが起きているだけなのです。

つまり皆、自分のせいで奇跡も災いも起きているだけであり、私以外の人たちに起きている災いは別に私のせいでも何でもないということです。

単に、そういう時代になったから、心が悪い人たちには次々に災いが起き出したのであり、心が善い人には奇跡が起きているだけだということです。

それもまたこれまで書いて来た通りです。その書いた通りのことが起きているにすぎないのです。

ここに書いていることが正しいから、その通りのことが起きているだけなのであり、別にそれを(そのような災いを)私がしている(起こしている)わけではないということです。(だいたい、ただの人間の私にやれるわけがないし、そんなこと)

いま起きていることはすべてです。すべて法則に従って起きていることなのであり、よいことが起きてほしいのなら、自分の心と行いを正しくすればそれでいいということです。

それだけの話なのです。

だからくだらない逆恨みをしている暇があるなら、法則をよく理解し、そうして神理もよく理解して、自分の心と行いを正した方がよほどよいということになります。

そうすれば確実によいことは起きてくるからです。

私たちは園頭先生も書いていられますように、その法則を自由にコントロール出来る心の自由を与えられています。

だから、よいことをしようとしない人はドンドン悪いことが起きてくるのです。どれだけ悪いことをしてもそれは自分の自由であり、悪いことをすればするだけちゃんとその悪いことは自分に返ってくるからです。

自分の悪いことを棚に上げていれば、その悪いことはずっと自分に返り続けます。その棚に上げている悪いことをしっかり反省し、よいことに変えない限りはです。

責任転嫁して泣き言をいっているだけでは進歩はありません。これまでの間違いをしっかり反省し、よいことをされませんか。

そのよいことをしてです。一番幸せになれるのは他でもない自分自身であるからです。

追伸…大阪都構想を問う住民投票の告示が今日からされるそうですね。

いよいよですか。しかし、よほどよく考えた方がいいと思いますよ。大阪市民の皆さんはです。この大阪都構想とは何かということをです。

だって名古屋市民の私でも都構想を知れば知るだけやばいだろうと思うからです。

都構想の意味をよく知らない時は、都構想もいいのではないかと漠然と思っていましたが、少し都構想の意味を知り始めると「どう考えてもよくないだろう、このなもの」としか思えないからです。

だって、都構想は二重行政の解消のため大阪市を廃止して四つの特別区にするわけですよね。

ということは大阪市は政令指定都市の権限を捨て、ほとんど権限のない特別区になるということになりますが、それで大阪市に何のメリットがあるのでしょうか?(政令指定都市と特別区では全然権限違いますよね)

それに広域行政を大阪府に統合して基礎行政は新たに創設するその四つの特別区が担うといいますが、それをつくりかえるだけでも大変な費用がかかりますし、それを一から始めるとなると大混乱を起こしませんか。

それこそ大阪市だけではなく大阪府全体がです。行政から府民から何から何までです。

それに大阪をたった四つの特別区だけで切り盛りできるのでしょうか?これだけ行政を減らしてしまって(二重行政の解消か何か知りませんが)どうして住民サービスが落ちないのでしょう?

まったく都構想をいっている連中は不思議なことをいいます。とても出来るとは思えないような絵空事を平気でいっているからです。

だから「これ大丈夫か?」と名古屋市民の私でも心配しているのです。

大阪都構想を賛成多数で進めてしまって大失敗でも起こされたら、日本全体がおかしくなってしまうからです。

だって、大阪が下手すればグチャグチャになるのでしょう。(うまく都構想に移行出来なければです)そうなったら日本全体の問題になって来ます。

大丈夫なんですかね。都構想を推進している維新の連中はです。もしかしてずいぶんいい加減なこといってませんか?

単に都構想を進めたいばかりにです。(だいたい、二重行政の解消とか今は知事も市長も同じ維新の会なのですから、話し合いでいくらでも出来るでしょう。たいした問題ではないではないですか。これ大丈夫なんですかね。こんな大規模なことをそれだけで進めてしまってです)

どちらにしてもです。大阪都構想は日本全体にかかわる大問題でもあります。慎重の上にも慎重に進めてほしいものです。

住民投票だけで一足飛びに決めるのではなしにです。

0コメント

10月 11 2020

正しい判断 

台風十四号は各地に猛烈な雨を降らせているようです。

伊豆諸島には大雨特別警報が出ましたし、こちら東海地方でも三重県でここ数日の雨が五百ミリを超えたところがいくつもあるとか。どこも大変な雨になっています。

この台風はずいぶん進むスピードが遅いため、それで雨量が増えているようなんですが、秋の台風でこれだけスピードが遅い台風も珍しいそうですね。

普通であるなら秋の台風は偏西風に乗っかってあっという間にいってしまうそうですが、今回は、その偏西風がずいぶん北の方にあるため台風が偏西風に乗れず、それでこんなゆっくりしたスピードになってしまったそうです。

その台風(プラス秋雨前線)の大雨のせいで土砂崩れや冠水被害があちこちで起きているようですが、こういうことになるのです。

何か運の悪いことが必ず起きるのです。そのように導かれるからです。いつまでも神理に逆らっている人が多いとです。

もう私のいうことをきいてはどうでしょう。いつまでも神理に逆らったり無視したりしていたところで、今回のように不幸が増えるだけであるからです。

決してよいことは起きて来ないからです。

こちらも凄いですからね。キレている人ばかりでなく、この近所など奇異なことをしだした人までいますし(誰とはいいませんが家の外をウロウロ、オロオロして本当に哀れです)もうそこらじゅうで出ているようです。

たくさんの災いがです。

だからもう私に頭を下げた方がいいといっているのです。これではこちらなど、まだこれからどれだけ災いが増えるか分かったものではないからです。

とてもこの辺りは災いが止まる気配がないからです。(増える気配は多々あってもです)

もう私に嫌がらせをしてくる人たちに次々に出ているようですよ。病気などです。最近はすぐいなくなってしまう人もたくさんいるし、いなくなるまでいかなくてもとたんに態度が変わる人もたくさんいます。

これだけはっきり結果が現れているのです。いい加減にしてはどうでしょう。何度もいいますが(理解するまで)悪いのはそちらの方であるからです。

だからもう反省するしかないのです。反省し頭を下げない限り(そうして感謝して布施しない限り)自分たちに(次々に)起きてくる災いは止まらないからです。

本当にいい加減、勘違いはやめませんか。何か、そのような病気になっている人たちが被害者のように思っている人も多いようですが(だから一方的に怒っている。病気になっている自分たちが被害者だと思っているからです)それは全然違うのです。

そのような私に嫌がらせをして病気になった人たちなど、どこまでいっても加害者でしかないのです。

だってそうでしょう。例えば私が一方的にそういう人たちを祈って、そうして病気にしたというのであれば、それは私が加害者なんでしょうが、こちらは先に嫌がらせをされているのです。

しかもたくさんの人から散々です。散々されているんですよ。嫌がらせを、たくさんの人から一方的にです。

私はその人たちに何もしていないのにです。こちらはその人たちの顔も知らなければ話したこともないのにです。

それなのに、そういう人たちが一方的に嫌がらせをしてくるのです。

しかも、そういうことをしてくる人たちはみな私のブログを読むだけ読んで、神のことや、その神にかかわる知らないことを散々教えられ、そうして自分の心まで救われているくせに、そういうことにはまったく感謝せず、一方的に私に嫌がらせです。

そういう態度が正しいのですか? あまりに理不尽なのではないでしょうか。そのような人たちのそのような態度はです。

それで、そういう人たちが病気をして、何でこちらが加害者なのですか? どこをどう取ってもこちらが被害者でしょう。

こちらは一方的に嫌がらせをされているだけなんですから。(ほんと怒りたいのはこちらの方です)そうして、その一方的に嫌がらせをしている方が勝手に病気になっているだけなんですから。

片方は病気になり、もう片方は病気にも何もなっていないからと、その結果だけ見て、病気になっていない者の方を一方的に加害者にするのは明らかに間違いなのです。

結果ではなく、それまでの経過が問題なのであり、その経過を知るならです。どう考えたって病気をしている人たちの方が悪いでしょう。それは子供でも分かることであるからです。

そういう経過をまったく理解しようともせず、起きてきた結果だけで判断している、だから間違うのです。

そうして、そのような間違いをいつまでもしているから罰が当たるのです。

だから正しい判断をしないといけないというのです。そうしないと災いは起き続けるからです。その間違った判断を正すまではです。

その間違いが過ぎて、こちらではもう大変な数の災いが現れているようです。

私は正しいことをしているから奇跡が起きているのです。その正しいことをしている私に(神理を教えられた感謝もせず)嫌がらせなどしてくるから罰が当たるのです。

これだけはっきり結果が現れているのですから、もう認めてはどうでしょう。自分たちの間違いをです。

その間違いを認めて詫びを入れ、反省し、感謝して布施しない限り、その起きてくる災いは止められないからです。

だから、それをするなら、その災いも止められるということです。

それ以外ないのです。その起きてくる多くの災いを止める手立てはです。

このように神理に心を合わせるなら、起きている災いは止まり、逆に病気も(持病などもです)治って、よい方に導かれてもいきます。

そうして様々な愛ある奇跡も起きて来て、幸せな人生を送ることが出来るのです。

心が悪いままの見せかけだけの幸せな人生などいつ壊れるか知れないのです。もうそのような不幸が次々に現れて来ているからです。

何度もいいますが、もうくだらない意地など張っていないでこの正法神理に帰依しませんか。

そのようなたくさん現れだした災いはもういつ自分に現れるか知れないからです。

その災いから逃れる術は正法神理の実践しかありません。やれる範囲やってみませんか。この正法神理をです。

そのような人から本当の救いが始まるからです。

追伸…北朝鮮では異例の未明の軍事パレードが行われたそうですね。

いくら朝鮮労働党創建七十五周年とはいえ、やりますかね。夜中に軍事パレードをです。北朝鮮は電力事情も苦しいはずなのにです。

昼間やってはいけない事情でもあるのでしょうか? あまりはっきり見られてはいけない人がいるとか何とかそのような事情がです。(苦笑)

しかし、最近の金正恩党委員長は何か人がかわったようですね。謝罪されたことがないのに謝罪されたり、今回の演説でもそうでしょう。

北朝鮮国民に涙の謝罪をされたとか。ずいぶんかわるものですね。あれだけ威勢がよかったお方がです。本当に人がかわったかのようです。(本当にかわってたりして。党委員長は影武者が十数人もいるらしいですから)

まあ、他国の事情はともかくです。私が何をいいたいのかといえば、この辺りの人たちも、そのようにならなければいけないということです。

それくらいかわらなければ(ずいぶん傲慢だった人が、涙を流して謝罪されるくらいです)起きてくる災いは止められないからです。

それくらい数多くの災いがこの辺りは現れだしたようであるからです。(しょっちゅう外を回っている私がいうのですから間違いありません)

こちらの人たちは神にまともに逆らっています。少しは金正恩党委員長を見習ってはどうでしょう。そうすれば、災いは止まり奇跡も起きてくるからです。

(まあ、それは北朝鮮も同じですけどね。これまで通りのことをしていては罰が当たりますから。それを指示している人たちにです)

0コメント

10月 09 2020

心の問題

台風十四号は日本の南の海上を通っていく確率が高くなったようですね。

上陸の可能性は低くなったようですが、台風が海上を通るならその勢力はあまり衰えません。ずいぶん本州の太平洋側は雨が降る予報が出ています。(東海地方など一日で三百~五百ミリくらい降るところがあるなどといわれています)

またこれから甚大な被害な出るところがあるんでしょうね。この台風でです。結局、今回も布施をもらえそうもないからです。(布施を全然しようとしない人たちからです)

それでは被害はひどくはなっても軽くはならないからです。

こちらの被害も凄そうですからね。昨日は金山にいったのですが、電車の運転手連中の怒っていること、怒っていること、もう止まらないのでしょう。病気などの災いがです。

なら、この正法神理に感謝の布施でもして帰依すればいいのにね。そうすれば、神理のご加護はそれこそ甚大であるからです。

この運転手連中はそれを知っているにもかかわらず、あえて逆らうことしかしない。では、その災いはこれからもドンドン増えていくばかりで減ることはないでしょう。

そのような不遜な心と態度が多くの災いを呼んでいるからです。

神理に逆らう罪はそれほど大きいのです。だから、残念ではありますが神理に頭を下げ感謝して布施するまでは、そのような苦しみは続くのです。

これ大げさな話でも何でもなく、本当にそうなのです。

実は、昨日金山にいったのは、そのような運転手ばかりでなく他に気になることもあったからです。

私は、先週金山にいった時に、金山駅の前にあるスギ薬局によったのですが、その金山のスギ薬局は私は初めていったのです。

それでまた何かされてもいけないと思い、サッサとほしいものを持って(母に頼まれていたもの)会計にいったのですが、そうしたらその会計のところでいきなり会計のオバちゃんが「ハクション」とわざとらしいくしゃみを私の前でしたのです。

「あれ、やばいな」と少し思ったのですが、それでも私はサッサと会計をすまして出てきました。それ以上いて、またよけいなことをされてもいけないと思ったからです。

そういうことでもです。それが私に対する嫌がらせなら(心の中を読まれて)すぐに罰が当たってしまいます。

もしかして罰が当たっていないか、そのスギ薬局のオバちゃんが気になっていたからです。

それでそのスギ薬局にもよったんですが、そうしたらです。スギ薬局に入ったとたん「ガチャーン」とやられました。

ああ、これはやはり何か起きたなと思い(昨日それをした人〔薬局のにいちゃん〕大丈夫ですか?すでに病気など出ていませんか?)会計を見ると先週とは違う人が会計をしていました。

やっぱり何か起きているなと思って、それで「神理を見ているのなら感謝して布施してな。嫌がらせなどしているとすぐに罰が当たるから」などといいながら、またほしいものをサッサと買って、そうして出てきましたが、中にいたスタッフのよそよそしいことよそよそしいこと、天罰が出たとすぐに分かりました。(特に会計のおねえちゃんなど何か死んだ魚のような目をしているのです。そうしてこちらとは絶対に目を合わせません。私が会計の順番待ちをしている時に私の番になったので声をかけられたのですが〔次の方どうぞ、とです〕その時も顔だけこちらに向けて目は他の方を見ながらいうものですから「あれ、自分の番じゃないのかな?」と迷ったくらいです。〔苦笑〕凄い態度でしたね)

だから、この程度のことでも出てしまうのです。天罰がです。

何でこの程度で、と思う人もいるかもしれませんがそうではなく、先ほども少し書きましたが心の問題なのです。

つまり、態度がどれだけ大したことなくてもです。結局、心で私のことを強く思っていたら(もちろん憎んだり、怒ったりです。間違っても愛の心はないと思います。〔苦笑〕)天罰はくだるということです。

その心が問題だからです。

何度も書いていますが、何で神理を知らされているのに、そのお返しが怒りや憎しみの心なのでしょう。

それでは遅かれ早かれ天罰はくだります。その心が間違っているからです。しかも大きくです。

何度もいいますが、神理など早々巡り合えるものではないのです。この世に生まれて来てもです。だから、大きな感謝が必要なのです。

神理にこの世で巡り合うなど、どれだけ幸運か知れないからです。

だから私は、感謝の布施くらいしないといけないと、くどいくらいいっているのですが(そうしないと、それほどの幸運に報いることなど出来ないでしょう)誰もそれをしないどころか、こちらの人たちなど、その神理を説いている私に(自分はその神理を見ているくせに)怒りや憎しみの心を持っているのです。

だから、何でこの程度のことで天罰を食らうのか、と思う人もいるのかもしれませんが、そのような行いの問題ではないということです。

心に大きな問題があるということです。

神理をききながら、感謝も出来ない人は結局、天罰はくだるのです。それだけ自分の幸運が理解できない、神の心に背いている心もないからです。

最近は有名人も(芸能人やプロ野球選手など)新型コロナに感染する人が増えて来ましたが、こういうのも災いにはかわりありません。(この新型コロナはその時だけではなく、後々どういう祟りがあるか〔後遺症〕まだはっきり分からないからです。今が軽いからと次にかかった時にどういう症状が出るか知れないからです)

こちらでは(新型コロナ同様)神理のことをよく知りもしない人たちが、その神理に対し不遜でなめた態度を取り続けていますが、この正法神理はです。

そのようなどんな病気よりも恐ろしいものであり、なめたり不遜な態度を取ったりしては絶対にいけないものなのです。

神理に対しては、心から感謝し謙虚な態度を取ることが当たり前のことなのに(そういことを過去の人たちは皆して来ているのに)現在の人たちは、そういう態度を取る人がほとんどいません。

それがこれほどの悲劇を呼んでいるということです。神理に対する心と行いがあまりにひどいからです。

それが分かるまで天罰は続きます。

早く理解してもらえないでしょうか。そうしないと(こんな病や天変地変が続いては)こちらも危ないからです。

昨日も書きましたが、そのような人たちが神理の有難さに気づいてくれることを、神は辛抱強く待ち続けていられます。

いつになったら気づくのですか?その神の心と神理の有難さにです。

それに自ら気づかない限り、災いは止まらないのです。

0コメント

10月 08 2020

ひどくなる現象 破滅への道

祈りの準備をして待っているんですが……まだでしょうか?布施の方はです。(こちらは準備万端〔ばんたん〕整っています)

早くしてくれないと台風が来てしまいます。いつ頃になりますか?まだ布施をされていない方々からの布施はです。

お急ぎください。さすがに台風が来てしまってからではどうにもならないからです。

…………? まっまさか、また無視するのですか?このような状況になっていてもそれでもです。それでも無視されるのですか。この正法神理をです。

神理に対し布施さえもらえるなら、台風被害がずいぶん減るのにです。もうそれは分かり切っていることなのにです。

それでも無視するつもりでしょうか。今回も、今回もまたです。(汗)このブログを見ている布施をしようとしない人たちはです。

しかし、それではまた大きな被害が出るのです。命をなくし、家をなくし、諸々の財産をなくす人がまたこれからたくさん出るのです。平気なのですか? それでもです。

自分のことばかりでなく少しの布施くらいお願い出来ませんか。それで状況はずいぶん変わってくるからです。自分の状況も周りの状況もです。

理屈や常識ではないのです。神理を見るならある程度は従ってもらわねば、災いばかりが起きてくるのです。だからこれほどの災いも起きているのです。

神理を見るだけ見てまったく従わない人たちが多いからです。神理に従うなら必ず状況は変わるのにです。しかし、従おうとしない。無視し逆らっているだけ。だからこれほどの災いも起きるのです。

それだけ神に逆らう行いもないからです。

だからひどくなっていっているのではないですか。周りに起きる現象も自分たちに起きてくる現象もです。ドンドンひどくなっているでしょう。この辺りなど個人に現れている現象がです。

この辺りは特に神理に逆らっている人たちが多いからです。

それはもうこの辺りだけではないのではないですか。このブログを見ている人たちで、おかしな病に悩まされている人たちは他の地域でも多いはずであるからです。

そういう人たちに、そのような不幸が起きてくるのはまず第一にです。第一に本当の神の教えであるこの正法神理を無視しているからです。

だからいいことが起きないのです。神理に逆らうくらい罰当たりな行いもないからです。

それにどちらにしてもです。そのような人たちは仮に今は何ともなくても、この先よいことは起きて来ないのです。いつまでも神理を無視し続けているならです。

そのような人たちは、もういつ、どこで、どんな不幸が待っているか知れないということです。

神理に逆らうということは神に逆らっていることと同じであるからです。

神に逆らっていてよいことが起きるわけがありません。だから、逆に神理に従う私たちには奇跡が次々に起きてくるのです。

神理に従うということは神に従っていることと同じであるからです。

神に従っていて悪いことが起きるわけがありません。だから、神理に従っている私たちには、もういつ、どこで、どんな幸福と巡り合うか知れないということです。

神に従うなら、当然そのような善いことは起きてくるからです。

それだけ神の力が現れるのが、この正法神理であるということです。

だから神理を見ていながら、知らぬ存ぜぬは通用しないのであって、だからそんなことをしている人たちは不幸になるのです。

すでにそうなっている人たちがたくさん出ているのであり、そういう人たちは皆この神理に逆らった人たちであり、従った人などただの一人もいないのです。

神理に従った人は不幸になっていないが、しかし、逆らっている人たちはどれだけ多くの人たちが不幸になっているか分からない。

すでにそのようなはっきりとした結果がこちらなど数多く出ているということです。

だから、神理を長く見ているのならです。何度もいいますが、ある程度は従ってもらわねば、その不幸は自分だけにとどまらず多くの人々に広がるのです。それだけ影響を与えるということです。この正法神理は多くの人たちにです。

実際に与えているでしょう。自分にも、そうして周りの多くの人たちにもです。多大な影響をです。今回の台風でもそうです。

この神理に従う人が多いなら大きく日本への悪影響を減らせるのです。しかし、また神理を知る多くの人たちが神理に従わず逆らおうとしている。その結果、ドンドン悪い方向にこの台風は進んでいるのです。

台風の風雨が日本に最も影響し、最も長引く、そちらの方向にです。

そうしてそれは、その神理を無視している人々に対してもそうです。多くの人たちがドンドン病気になっていて、その症状もひどくなっているということです。

とにかく、ひどくなる方向へ、ひどくなる方向へと進んでいるのです。あまりに多くの人たちが、この正法神理に逆らい無視を続けているからです。

このような状況を見ていてまだ分からないのでしょうか。神理に逆らい無視を続けるということはどういうことであるのかがです。

まだ、分かりませんか。それがどういう道なのかということがです。

神理に逆らうということはです。それは「破滅の道」なのです。

そのような破滅の道でしかないのです。神理に逆らうということはです。

そのような態度はどう転んでもいい方にはいかないからです。実際にそうなっているではないですか。多くの人たちがです。

では、まだそうなっていない人たちもいずれはそうなるのです。

そうでなければこれだけ多くの人たちが(こちらなど数えきれない人たちが)これだけ不幸になるわけがないからです。

それもこれもすべてです。すべて神理に逆らっていることが原因であるということです。

神理に従うか、それとも逆らうか、それがすべてなのです。それで自分の運命が決まるのです。

従うなら幸福の道が、逆らうなら破滅の道が、必ず(必ずです)ついてくるのです。

神理とはそういうものなのであり、それだけ偉大なものであるということです。神理とはすべての人の運命を支配する、それほどのものであるからです。(本当の神の教えとはそういうものでしょう)

そんなこと知ったことか、自分は知らない、などといつまでもいっている人は必ず不幸になるのです。それでもです。それでもまだ逆らい続けるのですか?

この正法神理にです。

従うなら幸福の道が、逆らうなら不幸の道が必ず待っています。

そうであるなら従いませんか。この正法神理にです。

神はそのような人たちを、辛抱(しんぼう)強く待ち続けていられるからです。

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。