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12月 03 2019

自分本位の間違い

多少は出てきましたかね。私のいうことを(少しは)きく人もです。

といってもごくわずかなんですけどね。

例えば嫌がらせをして来た人でもです。

「大丈夫か、まだそんなことしていて。心が汚いまま責任転嫁している連中に次々に罰が当たっているぜ。うちの近所など死んでく人まで出ているのに、この教えに帰依しないでいいのか」とか「今のままでは必ず悪いことが起きてくるぜ。この教えに帰依しなくて大丈夫か」などなど、そのようなことをいい回っていると、無視する人たちもまだいますが、頭を下げる人たちも段々出てきました。(まあ、目の前で本当に危ないことが起きていますからね。この辺りは)

もう私のいうことを真剣にきかないと危ないのです。これだけ災いが起きてくると私のいうことをきく以外で救われる道はないからです。(またどこかの会社などコロッと逝く人が出たようです。朝からカーンとかして今はドン引きしていますから)

いつまでも悪いことを私のせいにして怒っている人たちなど、もう災いが起きるのを待っているようなものなのです。

それなのにいまだ多くの人たちが、私のいうことをきこうとしませんが、一体どういう基準でそれを(無視を)しているのでしょう。

これだけ災いが起きていてです。(この辺りも全国的にもです。昨日などでも関東辺りは十二月とは思えないような激しい雨になったようですね。ほんと天気も落ち着きません)

単にめんどくさいとか気に食わないからとかいう理由でしょうか?それともお前のいうことなど信用できるかということでしょうか?

どういう理由かは知りませんが、しかし、あんまりめんどくさいとか(そんな気楽なことをいっている場合でしょうか?)気に食わないということだけで無視などしない方がいいですよ。(信用できないなら仕方ないでしょうが)

気に食わないのと、正しいことをいっているのとは別であるからです。

それと金のあるなしもそうです。金などなくても正しいことはいくらでもいえるからです。

逆に、金があっても正しくない人たちは一杯います。

しかし、そういうことが基準の人ってわりと多いのではないでしょうか。金をもらえばいうことをきくがもらえなければきかないなどという人はです。

中には金をもらえるなら悪いことでもするという人もいますが、しかし、金などもらうだけで、あるいは金を稼ぎたいがためだけに、手段をえらばないようなことをしている人たちは死後、深い地獄に堕ちていかなければいけません。

その典型例が高橋先生が書いていられたGLA誌に書いてあります。それを抜粋して起きましょう。

自分だけ儲ければいいとか(えらくなればいいとか)金を稼ぐのに(出世するのに)手段をえらばないような人が案外世の中は多いからです。

その典型例とは、日本では一番の出世頭であった豊臣秀吉のことです。(なんせ、百姓から天下人ですから)その秀吉が、死後どのような世界に堕ちて行ったのかを高橋先生が書かれていますので、それを書いておきます。(そういえば来年の大河ドラマは明智光秀が主人公とのことですが〔麒麟がくる〕その光秀のことも書いてあります……その大河ドラマをやっているNHKなど、大河の出演者がいろいろ薬やら税金の問題などで不祥事を起こして、大変なことになっているようですが、NHKも儲け過ぎなのです。利益が一兆円近く出ているんですよね。〔ハァ?〕公共放送は営利を目的としないはずなのにあり得ませんね。〔給料もずいぶん高いみたいだし〕だから罰が当たるのです。自分たちばかりがいい目を見ているからです。受信料をもっと下げないとまだまだ罰は当たります。そういう時代になっているからです)

GLA誌 1973年 五月号より抜粋

<秀吉という男は草履取りから、位人身を極めた。今日、秀吉の魅力は大分半減したようだが、それでも出世主義は男の生甲斐になっている。秀吉は謀略の名人で、敵対する者は、ことごとく殺し、我が世の春を謳歌する。しかし、その反動は死の数年前から現れ、彼は自分の悪を清算できず、あの世に帰った。人の恨み、ねたみもあって、彼は地獄で今でも苦しみ、暗い世界でまだ号令をかけている。ところが号令をかけると、在世中、憎しみをいだいて死んでいった多くの人々の呪いの顔が彼の眼前に現れ、彼を苦しめる。彼の謀略は地獄では通じないのである。謀略の想念がスグ様自分にハネ返って来て、謀略で倒された人々の怨念が、彼の身と心を八つ裂きにするからだ。八つ裂きにされても彼は死ぬことが出来ない。息をふきかえし、我にかえると、また彼は号令をかける。また八つ裂きにあう。こうした繰り返しの中で、身も心も細る生活を続けている。現象界では謀略によって天下人になっても、あの世に帰れば一転して地獄である。その地獄も、自分の想念と行為の清算のみでなく、人々の怨念がプラスされる。

一方、歴史の上では悪の代名詞のようにみられてきた明智光秀は、神界にあって、自適の生活を送っている。殺された信長も秀吉同様、今もって地獄にあるのに、殺した光秀が神界にあるとは、誰しも解せぬであろう。殺された信長は権力の盲者であり、殺りくに快感を覚える精神異常者であった。殺した光秀は平和主義者であり、このため信長を討つことにずいぶんと迷う。しかし世の混乱のモトは信長にあり、逆臣の汚名を着せられても信長打倒に意を決し、本能寺を襲う。もちろん、こう決心するには、秀吉の奸計が裏で働いていた。彼は、信長に光秀謀反を伝え、光秀には信長打倒を促している。光秀はこれに感づいてはいたが、あえて信長打倒に踏み切ったのである。本能寺の変を知った時の秀吉の喜びようは大変であった。彼はこの時、天下人の夢を我がものにしたのである。

謀略によって、戦国の覇者になっても、落ち行く先が地獄では間尺に合うまい。栄耀栄華の期間は短く、地獄が何百年も続いては、どう転んでも計算が合わないからである>

このように、この世でどれだけ栄耀栄華を極めても、死後地獄に堕ち、何百年も苦しんでいるようでは間尺に合いません。

秀吉は慶長三年(1598年)信長は天正十年(1582年)に死んでいますので、まだ地獄にいるのなら四百年以上も地獄にいることになります。

秀吉の例を見ても分かりますように、一度地獄に堕ちると、次々に苦しみが襲い、とても反省など出来ないのです。苦しみの方が強くてです。

しかし、そのような苦しみの中で自分が悪かったところをよく反省した者だけが、ようやくその地獄の世界から抜け出ることが出来るのです。

秀吉や信長は戦国時代に自分の天下取りのため相当あくどいことをしたようです。その結果がこれです。

この世には、秀吉、信長ほどのあくどいことをしていなくても、自分ばかりが儲けて他は知らないという人たちがごまんといます。

そういう人たちは、秀吉や信長の例は知っておくといいでしょう。死後の自分のだいたいの基準が分かるはずだからです。(中には秀吉、信長以上のあくどいことをしている人もいるかもしれませんが、そういう人は秀吉、信長以上の深い〔苦しい〕地獄に堕ちないといけません。それは確実なのです。自分が蒔いた種は自分で刈り取る〔それがこの世であろうとあの世であろうです〕それがこの世界の誰にも変えられない〔神が決められた〕ルールであるからです)

この世で天下人といわれる人でも、あの世での評価はまったく違うということはこのようにあるのです。(光秀の評価もそうですが)

しかし、同じ天下人でも徳川家康は違ったようです。家康は同じ日本人としてすでにこの日本にまた生まれていたからです。(俳優の長谷川一夫)

地獄からこの世に生まれることは出来ません。だから家康は地獄に行かなかったようです。(または行っていてもごく短期間)

家康は周りに対する愛があり、秀吉や信長はその愛がまったくなかったということです。

自分のことしか考えない人と、周りに愛を持って接した人とではこれくらい違います。(家康と信長、秀吉とではえらい違いです)

だから自分のことだけ考えていてはいけないということです。

もう少し愛を持って周りの人のことも考え、金があるなら施してあげることです。そのような愛の行為が結局は自分を救うからです。

(この世の自分も、そうして死んだ後のあの世の自分もです)

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12月 01 2019

不幸の止め方

大丈夫なんでしょうかね。皆さん。ずいぶん引いている人が増えて来ましたが。

昨日だけでも、凄く怒っていた大工連中がうんともすんともいわなくなったところや逆に静かだったのに、また怒り出した工事現場がありました。

二つの場所とも確実に何か起きているんでしょうね。この数日の間にです。(数日前と全然違いますから)

夜は夜でどこかの会社がまた急にカーンとかでかい音を出して怒っていました。(また癌になる者でも出たんでしょう。もう態度ですぐに何か起きたと分かります)この連中など次々にこのような現象が現れています。

こういうところが(態度がコロコロ変わり、怒ったりドン引きしたりしているところが)この近辺だけでもそこらじゅうにあるのです。

それなのに無視していて大丈夫ですか、といっているのです。この如来の教え(正法神理)をです。

災いが次々に現れているようなんですけどね。この辺りはです。

そのような災いをどれだけ私のせいにしていてもですね、正味な話。苦しんで死んでいかなければいけないのは、正法神理を実践しようとしない、その怒っている人たちの方なのです。

真剣に考えてはどうですか。いま起きていることをです。そうしてこの正法神理をです。

もう(この辺りだけではなく)日本中で(もっといえば世界中で)多くの災いが現れているのです。今の心のままでは確実に自分たちにも災いは現れます。すでに多くの人々にその災いが現れているからです。

心をまったく変えようとしない、責任転嫁ばかりしている人たちにです。

だから、早くこの(奇跡が次々に現れる)教えを日本の人々に(そうして世界の人々にも)伝えないといけないのです。この教えに合わせて心を変えないと災いは止まらないからです。

そういう大事なことをいつまでも無視しているから、この辺りはもちろんのこと日本が災害大国などといわれるようになるのです。

それだけの大事な(大きな)使命を日本の多くの人たちが無視し続けているからです。(だからこれだけ天罰も現される)

そういう話をもう何度書いたか知れませんが、私のいうことをいつまでも無視しているから日本はドンドン悪い方向に行くのです。

今の日本の不幸はこのような病気や災害ばかりではなく、デフレは続き(ということは不景気)税金はボンボン上がる。(景気が悪いにもかかわらず消費税増税〔それで先月は凄い落ち込みとなったようですが〕凄い政府です)

そうして横の国の北朝鮮からはボンボンミサイルが撃ち込まれて(今年だけでもう二十数発)それに対し文句らしい文句もいわず、何のお返しもしない。(本当に凄い政府です。安全保障までも他国頼み〔アメリカ〕なのですから。日本って本当に主権国家なのでしょうか?)

いま現在の日本は、激しい天変地変の大雨だけではなく近海にミサイルの雨まで降っているというのですから、これだけ不幸が固まっている国もそうはありません。

そうして、そのミサイルを撃ち込まれている(日本の)方が、撃ち込んでいる(北朝鮮の)方から文句をいわれているというのですから本当に目も当てられない不幸なのです。(それなのに日本国内では、そのような安全保障はほとんど問題にせず〔大した問題ではない〕桜を見る会の方に注目がいっているというのですから、これもまた不幸な話です)

「弾道ミサイルを非常に近くで見ることになる」とかなんとか凄まれているようですが(見せてみろコラッ、くらい言い返すんでしょうか?)このような国内外の状況を見るなら、不幸がドンドン増えいっているように思いますが、一体どうするつもりでしょう。

日本の人々はです。(二、三日前でしたか、一変に四機くらいのヘリが上空を飛んでいました。〔まだヘリが来ていますから〕こちらにヘリを飛ばしている暇があるなら、日本海側に飛ばして北のミサイルの警戒でもしたらどうでしょう。その方がよほど国益にかなうからです)

どれだけ国内に災いが起きても、そうして他国からどれだけ辱(はずかし)めを受けても、我関(われかん)せずを通すのですか?日本の人たちはです。自分自身に不幸が起きるまではです。

まあ、そういう人たちが多いのでしょうが(自分に不幸が起きても変わらない人がいるくらいですから)しかし、こういう流れもです。段々変わっていくのです。

この正法神理を実践するならです。

それはザックリいうなら私の周りに起きていることを知れば分かるはずです。私に嫌がらせをしている人たちに天罰がくだっているのはもちろんですが、それ以外でも私には次々に奇跡が起きています。

鳥や魚が寄ってくるのはもちろん、母の病気(肺炎)などもあっという間に治ってしまいましたし、この教えを勉強しているウナッシーさんなどにも次々に奇跡が現れています。

ということは、この教えを他の人も実践するなら、他の人にも同じようなことが起きてくるということです。

例えば、仕事や生活に悩んでいる人たちがこの教えを実践すれば、様々な奇跡が起きて、その悩みは解決されていくでしょうし(私ほどひどい目には合っていないでしょう。そういう人もです。私などそこらじゅうの人から目の敵にされ嫌がらせをしまくられていたのですから。そういう者でも段々解決の道がついてくるのです。それこそ、そういうことをしているそこらじゅうの人に天罰がくだってです。もうこちらなど天罰がくだりまくりですから。一人として私によいことをしようとしないからです)おかしな政策を実行しようとする政治家たちにこの教えを実践する人が出てくるなら、そういう政治家も段々減っていくでしょうし(またはおかしな政策を行おうとする政治家を我々有権者が祈ってもいいのだし)それは経済や教育、医学など、すべての面においていえることなのです。

この如来の教えに波長を合わせるなら、その如来の教えがすべての面に作用して、すべてのところに奇跡が起きてよい方にいくということです。

この世のすべての物は神がつくられたのであり、その神の心がすべての面に伝わるのなら、そのすべてに神の正しい力が作用するからです。(だから悪を駆逐していくということです。前にも書きましたが、神はすべて善であるからです)

そうして、それは天変地変に対しても同じであり(私が祈って天気を変えたことでもその事実は分かります)他国に対しても同じであるということです。(日本で作用することは他国にも作用します。悪いことを行おうとする人がいたらその人に天罰がくだるのです)

そのようにすべてに神の心が伝わればすべてがよくなっていきます。だから、この教えを日本はもとより早く世界に伝えなくてはいけないといっているのです。

この教えが世界に伝われば、世界に奇跡が起き、世界中の人が(本当に)救われていくからです。

段々よい方に変わっていくということです。この教えが少しずつでも伝わっていくならです。

それほど大事な教えをやろうとも伝えようともしない、だから、これほどの悪いことも日本に起きてくるのです。(そうしてこの辺りにもです)なぜなら、この正法神理が出ているところは日本しかないからです。

他の場所には出現していないからです。(だからこの辺りには特にひどいことが起きるのです。私が説いているだけだからです。その〔釈尊やキリストが説かれた〕正法神理はです)

だから、それが分かるまで、激しい災いはこの日本に起き続けます。それほど大事な教えが日本には出現しているからです。

だから日本に起きている不幸を止めるには、日本の人々がこの教えを学べばいいのです。そうして多くの人々に伝えればいいのです。そうすれば起きている不幸は段々なくなっていくからです。

少しでいいから手伝ってください。自分は関係ないはないのです。如来の教えはすべての人が関係しているからです。

だから、この教えに帰依するなら、不幸は黙っていても止まるということです。

(だから結論はそれしかないのです)

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11月 29 2019

帰依する以外なし

前回あんなブログを書いたのです。昨日は戦々恐々として出て行ったんですが(さぞ皆さんお怒りだろうと思ってです)そうでもなかったですね。

怒っているというより、引いている人の方が多かったですね。意外でした。一体、何をそんなに引いているのでしょう。

十年前の予言を(日本の半分の人が死なないと日本の人々はこの教えが分からない)本気にした人が多かったのでしょうか?

だとしたら、少しは感心な人が出てきましたかね。信じる人は救われるからです。(この正法神理をです)

どちらにしてもです。この辺りはこのままでは無事ではすまないと多くの人たちが分かっています。(状況が状況ですから)そんな予言もすべてデタラメとは思えないのでしょう。

よく考えてみればです。すでにそのような現象はこの辺りでは起きているからです。これだけ多くの場所で、多くの災いが起き、これだけ車が減っていては、この辺りは滅ぼされつつあると考えても別に不思議ではないからです。

では、そんなブログなど書けばそれは引く人も出てきますよね。目の前で滅ぼされている人たちがドンドン現れているからです。

で、よいのですか。そのままでいてです。特にこの辺りなどです。

だって、そのままでいては滅ぼされるところがたくさん出るのではないですか。どこかの会社や次々に災いが起きているところなどこの辺りにはたくさんあるからです。(本当にたくさんあるようです……特にどこかの会社の皆さんなど大丈夫ですか?最近はドン引きしていますが)

そういうところは、この教えに帰依しなくてよいのですか?そのままでは(そのままの心では)その起きている(激しい)災いは絶対に止まらないからです。

それはもうご存知であると思いますが、それでもまだ、お前の知ったことではないと、別にかまわないと、強がりますか?(そんなの強がり以外の何ものでもないからです)

そういうところはよいのですが、その災いを止めたいのであればです。

この教えに帰依されることです。それ以外で止める方法はないからです。

それくらいこの辺りは、続々と(癌やコロッと逝くなどの)災いが現れているようなんですが、しかしそれは他の地域でもそんなに変わらないでしょうね。

だって、これだけどこも激しい天変地変が多発し、病気も流行っているのです。(癌なども今や二人に一人)

よく考えてみれば、十年前の予言がすでに着々と起きつつあるわけです。もう何年も前からです。私が勝手に、そんなことは起きるわけがないと思っていただけのようです。

年々激しくなる天変地変や病気や事故、同じように年々増えて行く死亡者(逆に減って行く出生数)など知れば、すでに日本の人々はドンドン減っているということは分かることであるからです。

平成二十九年に死亡者数は戦後最多となり(百三十四万)出生数も過去最少(九十四万)となりました。翌三十年はもっと死亡者が増え(百三十六万)出生数も減っています。(九十二万)

今年はもっと進むでしょうね。死亡者も出生数が減るのもです。このような数字だけ見ても日本の人々はドンドン減りつつあるのです。

つまり、十年前の予言は確実に実現しつつあるということです。

これで死亡者が激増し、出生数が激減したら日本の人々は一変に減ってしまいます。そうなると十年前の予言は当たることになります。

そういうことも(死亡者の激増など)起きかねないのではないですか。このような状況ではです。これだけ天変地変が激しく、そうして、成人病などが増え出してはです。

それ以外でも不景気や政治の不手際で(例えば、また北朝鮮がミサイルを発射したようですが、その北朝鮮や中国などのミサイルが間違って日本に飛んで来たりしたら。そういう国が日本に狙いを定めているミサイルはたくさんあるからです)日本の人々がたくさん死ぬことはあります。

そういう不慮や不測の事態も起きかねないということです。神をいつまでも敵に回しているとです。

日本には、これだけ災いが起きているのです。もうどのような災いが現れても不思議ではないということです。

それだけ神に対し不遜な人が多いからです。それではどのようなひどい導きを受けるか知れないからです。

そういう最凶、最悪な道から外れるにはどうしたらいいのですか?

もうこの教えを実践するしかないということです。本当の神の教えである正法神理に帰依するしかないということです。

この教え以外では光明の道は開かれないからです。

それ以外の道で(これまで通りのです)どこに救いがあるというのでしょう。

そのこれまで通りのことをしているから、これだけ不幸が増えているからです。

しかし、私が説いている神理はこのままではそうなると(今のままの心では死ぬ人がドンドン増えると)すでに十年も前にそういう予言をしているのです。

その神理に最悪の予言までされていて、その予言が着々と進みつつあるこのような状況で、神理に帰依する以外でどういう救われる道があるというのですか。

これまでの信仰をより一生懸命行いますか?それとも地震やすさまじい台風がいつくるか知れない(そうしてミサイルまで飛んでくるかも知れない)日本から逃げだしますか?

そんなことをどれだけしても無駄なのです。どこに逃げても病気や不慮の事故などからは逃げられないからです。

それはこちらの人たちなど見ても分かるのです。こちらは次々に癌になる人が出て、そうして急死する人まで出ているのです。

こんなことはどこの国に行っても起きることですし、そういう人たちは皆、何らかの信仰をしている人たちばかりなのです。

しかし、そういう信仰をしていても、そのような恐ろしい現象が次々に現れて来ているのです。こちらの人たちなどです。

では、もうそのような信仰をいくらしても、またどこに逃げても、災いからは逃れることが出来ないとそういうことになりませんか。

現実にそうであるからです。

今のままでは、どうやってもそのような災いから逃れることは不可能なのです。そのような災いの犠牲者はこれまでもたくさん出て、いま現在も出つつあるからです。

これが、このような状況が、今の日本の現実なのです。善人も悪人も含め(その基準は様々ですが)そういう人たちに次々に災いが現れて不幸になっているということがです。

では、こういう時に、このような最悪の状況の時にどうすれば救われるのですか?

それを真剣に考えないといけないと、もうそういう時が来ていると、それを私はもうずっと前からいっているわけです。

その私のいうことを、多くの人たちはいつまでたっても真剣にきこうとしませんが。

それでまだ真剣にはききませんか?私のいうことをです。しかし、すでに(ご存知のように)続々と現れているようですよ。

恐ろしい災いがです。

しかし、私たちには次々に奇跡が現れています。

その次々に奇跡が現れる教えでしか、次々に現れる災いは止めることが出来ないということです。

その起きている奇跡が、何よりの(そういうことが可能であるという)証明なのです。

それでもこの教えを信じ帰依することはしないのですか?(すでに続々と亡くなる人が出ていますが)まだ無視を続けるのでしょうか?

このブログを見ている人たちはです。(本当に救われる道が分かっているのはこのブログを見ている人たちだけなんですがね)

それは自由なんですが、しかし、今の(心の)ままでは確実に災いは現れるでしょう。

それはもうこのブログを見ている人たちなら分かるはずです。その通りのこと(災い)が起きているからです。このブログを見ている人いない人に関わらずです。

そういう(災いが起きている)人たちは、何も心を変えようとしなかった人たちばかりであるからです。

しかし、この教えに合わせて心を変えている私たちには次々に奇跡が起きています。

その奇跡が起きる教えに依り頼らなければ、その災いは防ぐことが出来ません。

災いから逃れたいのであれば、この教えに帰依する以外ないのです。

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11月 28 2019

すさまじい予言

しかし、ききませんね。私が何をいってもです。

あちこちでこちらは一生懸命、辻説法をしているのにほとんどの人が無視です。ムッとして嫌がらせをして行く人もいまだたくさんいますが、大丈夫ですか?ずいぶん起きているようですよ。

災いがです。

この近所はもちろんですが(もうどこかの会社など哀れなものです。次々に何か起きているようで〔もう毎朝何か騒いでいますから〕今日もドン引きしています)昨日など高畑の向こう辺りまで辻説法をしに行ったんですが、先週まで怒りまくっていた大工の連中が(何軒かまとめて家をつくっているところがあるのですが)急に静かになっているし(「感謝して布施しないとまた罰が当たるぞ」と声をかけたらとたんに怒りだしましたが。〔苦笑〕)そうかと思うと、スーパーに入ったらそこの店員はやたら怒っているのです。

みな凄い怒りようです。どちらの場所でも何か(天罰が)起きているのでしょう。そのどちらも私に散々嫌がらせをしている人たちであるからです。

これだけ車も減っているのです。もういい加減にしたらどうでしょう。私に感謝もせず、嫌がらせなどしていれば罰は当たるのです。

もうそういうところがそこらじゅうにあるのです。反省したらどうですか。悪いのは如来の教えをきいているのに、感謝もせず嫌がらせをしてくる自分たちの方であるからです。

もう癌も次々に出ていてコロッと逝く人まで出ているのです。何度もそういうことが起きているのに、反省するどころか、まったく怖がることもなく平気で嫌がらせをしてきます。

そういう人は、自分にそういう現象が現れるとは思わないのですか?自分にそういう現象が現れてもどうということはないのでしょうか?

そんなことよりも私憎しの一言なんでしょうか。それほど恨まれるようなことを私は赤の他人にしたことなどないのですけどね。

勝手に逆恨みしているだけですよね。そういう人たちはです。だからよけいひどいことが起きるのです。

それだけ恩を仇で返すバカな行いもないからです。

それはそうでしょう。これだけ有難い(有ることが難しい)如来の教えを散々教えてもらっていながら、少しも感謝することなく嫌がらせを続け、そのような間違った行いが原因で起きている天罰にさらに怒って、それをすべて私のせいにして、意地になって嫌がらせをし続けているからです。

こんなトンチンカンな行いもありません。こんなことを皆が皆していたら、癌や急死が多発するのも道理なのです。

これだけ自分本位で傲慢な行いもないからです。

だから、これだけ恐ろしい災いがドンドン増えているのです。これだけバカげた行いをこれだけ長く(十年近く)している人たちは、これまでの歴史でもそうはいないはずであるからです。

たいていは、こういう(悪い)ことが何度も起きれば(自分が悪かったと)心を入れ替える人たちばかりであるからです。

しかし、こういう人たちを見ているとです。

私がこのブログを始めた頃に(だから、私が法の流布を始めたばかりの頃に)心から上がって来た思いが、本当に起きるような気がしてなりません。

そういう思いが、その頃、何度も上がって来たのです。しかし、私は、その思いを否定しました。

そんなバカなことがあるわけがないと、そんなことが起きる前に日本の人たちは皆この教えに気づいて、そうして帰依する人がたくさん出てくるはずだと、そう思っていたからです。

そんなことが本当に起きれば、日本はもう日本として機能しなくなり、滅びていくしかなくなるからです。

それだけ突拍子もない、恐ろしいことが起きると、そういう思いが、その頃の私には何度も何度も心から上がって来ていたのです。

その突拍子もない、恐ろしい思いとは……。

『日本の半分の人たちが死なないと日本の人々はこの教えが分からない』

というものでした。

どうですか。これだけ突拍子もない恐ろしい思いもないのではないですか。日本の人々の半分が死なないと日本の人たちはこのお教えを理解しないというのですから。

しかし、こういう思いが、私がこの教えを説き始めた頃(だから十年ほど前です)には何度も心から上がって来ていたのです。

私はこれまでこのことを人にいったこともなかったし、もちろんこのブログに書いたこともありませんでした。

こんなバカげた話を人にいったところで笑われるだけでしょうし、だいたい、そんなひどいことが起きるなら、その前にどう考えても、この教えを理解できるだろうと、いくら日本の無神論の人たちといえどもと(私じゃなくても)誰でもそう思うからです。

だから私もそう思っていたのです。そんなひどいことが起きる前に誰だって神のことは理解できるだろうと、そういうことが少し起きてきたらもう誰でも神は信じるだろうと、です。

しかし、そういう思いが上がって来てからこの十年。

次々に激しい天変地変が起こって多くの人が亡くなり、こちらはこちらでどれだけ多くの人が癌になったりコロッと逝ったか分からないくらいです。それ以外でも、様々な不思議な現象が起こり(私に起きた鳥や魚らがたくさん寄ってくる現象もそうですが)これは神がいなければこういうことは起きないだろうと思われることが数多く起きたのです。

しかし、誰も神を信じようとはしませんでした。これほどのことが起きているのにです。

私はその間、どれだけいったか知れません。この教えを早く理解しないといけないと、そうしないとこのような災いは止まらないと。そうして、この神の教えを理解するなら私のような愛ある現象が現れてくると。

それをどれだけこのブログに書いたか知れないし、どれだけいったかも知れません。もちろん今もいい続けています。

しかし、これほどのことが起きているのに、今もって誰一人(この辺りはそうです。だいたい、ちゃんと布施する人が〔ウナッシーさん〕一人しかいないって、これではいないのと同じでしょう)この教えを理解しようとはしないのです。

どれだけ自分たちの周りで人が死んで行こうが、どれだけ奇跡が起きようが、そのような現象を恐れようとも驚こうともせず、ただ反発するだけで(または無視か責任転嫁するだけで)まったく神など認めようとしないのです。このブログを見ている多くの人たちはです。

十年の間これほどの現象が次々に起きているにもかかわらずです。

その間、この教えを理解した人がわずか一人。

これではです。これではもうそのようなことが起きないと日本の人々はこの教えを分からない。やはりあの十年前に心から上がってきたこと(天上界からの通信)は正しかったと思わざるを得ません。

この状況を見るならです。これほどのことが起きているいま現在でも誰も神を理解しようとしない、惨憺(さんたん)たる状況でしかないからです。

何でこれだけの現象が起きているのに、この教えを(そうして神を)正しく理解する人が一人しかいないのでしょう。こんなバカげた話があるのでしょうか。

しかし、そのようなことが起きているのだからしょうがありません。それは私も認めるしかないですよね。実際にそうなっているからです。

だから、このブログを見ている神をいつまで信じようとしない人たちにいっておきます。

いま起きている災いはまだまだこの程度ではすまないとです。そうして、これからが本番であるとです。

そうではないでしょうか。だってまだ日本の一部の人たちしか亡くなっていないからです。日本の半分の人たちが死なないとこの教えを日本の人たちが理解しないなら、天はそれを必ずするからです。

なぜなら日本に出ている人たちは、この教えを世界に拡げるために生まれて来ている人たちばかりであるからです。

そのような使命を持った人たちが、その使命を果たそうとしないなら、その人たちは引き上げられてしまうだろうからです。

しかし、私がそのような話を何度書いても、このブログを見ている人たちは信じません。理解しようとしないのです。だから、今回の話もどうせ信じないでしょう。

このブログを見ている多くは、神など存在しないと思っている人たちばかりであるからです。そうであるなら、そういう話も信じないでしょう。また私が適当なことを書いていると、そう思ってです。

だから、今回のブログも一笑に付されるのでしょうが、しかしこういうことを(十年前に心から上がって来た思いを)忘れていないから、私は早くこの教えに帰依した方がいいといっているのだし、この教えを早く拡げないといけないといっているのです。

いま起きている程度とはレベルが違うことがこのさき起きて来てもいけないからです。(というか、確実に起きてくると思いますけどね。〔最近はそれが確信に変わりました〕これだけこのブログを見ている多くの人たちが神を理解しようとしないとです。また、これだけ神を理解しない人たちであるとは思いもしませんでしたから。こちらはです)

まあ、今回の話もずいぶん恐ろしい話なんですが、しかし、このブログを見ている多くの人たちはビビりもしないでしょう。

このブログを見ている人からいわせれば、神など存在しないし、いま起きていることは(激しい天変地変や癌やコロッと逝く病気などは)温暖化が影響しているただの自然現象であるのだし、食事やストレスや運動不足からくる成人病にすぎないからです。(または私のせいで起きている呪いか何かですか?)

では、今回の話も私のつくり話にすぎないのです。つまりこの教えに帰依してもらいたいためだけの、布施をもらいたいためだけの嘘ということです。

そう思うならそう思うでかまいませんが、ただ、次々に災いが起きていて、それが激しくなっていることだけは確かなのです。

では、くれぐれもお気をつけください。そのような思いはこれほど神を冒涜する思いもないからです。

これからは、神を信じ、私のいうことを信じ行う人だけが救われて行くのです。

そのようなすさまじい予言を私はすでにきいているからです。

(日本の半分の人が死なないとこの教えを日本の人々は分からない。ということは、それは即ち確実にそのようなことが起きるということなのです)

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11月 26 2019

謙虚な心

どこかの会社など昨日は午後からもやっていましたね。(超でかい音を立てる)爆弾落としをです。

その超でかい音に驚き心臓が止まる人が出るかもしれません。八つ当たりもいい加減にしてほしいものです。

この連中、いつになったら分かるのでしょう。そんなことをすればするだけ災いは現れてくるとです。もう癌や急死する人が止まらないのでしょう。本当に哀れです。(今日も今日とてお怒りのようですし)

そういうところがここだけではなく、この近辺だけでも何社もあるようです。(そういうところはみな分かりやすい態度を取りますから)

しかし、よく怖くないなと、おかしくなる人が出ないなと私は不思議に思うんですが(私だったらこんなに恐ろしい病気が周りに次々に現れてきたら、もう怖くてうつ病にでもなりますけどね。それなのにこの連中は怒りながら平気で仕事をしていますから)これだけ神経が太ければいつまでも無視するでしょうね。

私がいっている「感謝の布施」などです。

それだと滅びるまで出続けるんですが(恐ろしい天罰がです)よく考えてみてください。

何度でもいいますが昔の人ならです。如来の教えなどきけば、もう喜びの涙を流して感謝の布施を喜んでしてくれたのです。

そうして一生懸命実践されたのです。

それだけ如来の教えとこの世で巡り合うことは難しいことであり(あり得ないことであり)やれば本当に救われると、昔の人はみな知っていたからです。

だから如来の教えに巡り合うなら、もう随喜(ずいき)の涙を流し、喜んで布施し、一生懸命それを実践したのです。

そうすることで自分も周りも救われると信じていたからです。(事実そうですが)

しかるに現代の人たちはです。如来の教えと分かっているにもかかわらず(そうして、それを実践するなら奇跡が起きて救われると知っているにもかかわらず)まったく有難がることなく、感謝もせず、布施もせず、平気で無視し、そればかりか逆らうことまでしているのです。

少し考えてみてもです。昔の人たちと現代の人たちとではずいぶん違うのではないでしょうか。如来の教えに対する態度がです。

しかし、残念ではありますが昔の人くらいの態度を取って、はじめて罰も当たらず、奇跡も起き、そうして救われても行くのです。

そのような態度が如来の教えに対する正しい態度であるからです。如来の教えに対し正しい態度を取るなら、神のご加護は必ずあるからです。

だから私は、それはあまりに違うんじゃないですか、といいたいわけです。現代の人たちの如来の教えに対する、それだけ不遜な態度もないからです。

これで罰が当たらなければ、どういうことに罰が当たるのでしょう。ちゃんと実践すれば救われる如来の教えに対し、これだけ逆らって(無視して)おいて罰が当たらないわけがないからです。

昔の人たちはそういうこともちゃんと分かっていたのです。だから、逆らう人などほとんどいなかったのです。

如来の教えに逆らうなら罰が当たると真剣に思っていたからです。

しかし、現代の人たちは、そういうことさえも理解せず、罰が当たるといえばケラケラ笑って本気にせず、そうして本当に罰が当たれば、こうなったのはお前のせいと責任転嫁する。

どれだけ傲慢で都合がいいのでしょう。そういう(傲慢で自己中の)態度の人たちばかりであるから、これだけ不幸が現れるのです。日本中にです。

昔の人たちと現代の人たちとでは、全然態度が違っているからです。

そいうところを直さないといけないのです。それが災いの元であるからです。

災いの本当の原因はここにあるのです。その傲慢と自己中な心にです。つまり謙虚でないということです。現代の多くの人たちがです。

謙虚でないから、人の話を全然きこうともせず、如来の教えも平気で無視でき、無視している自分が悪いにもかかわらず、悪いことが起きるとそれも全部責任転嫁できるのです。

謙虚さがなく傲慢の塊の心しか持っていないからです。

神の子である私たち人間は、愛と慈悲の塊の心を持たなければいけないのに、まったく逆の心しか持っていないというのですから、これでは罰は当たります。

では、これだけ日本中に災いが現れるのも道理なのです。

それだけ傲慢な心の人が多いからです。だからこれだけ日本に災いが現れるのです。謙虚な人が少ないからです。

その傲慢な心が分かるまで(それを直すまで)災いは起き続けるのですが、それでもまだこの如来の教えを無視するのですか?

もう昔の人なら一発で帰依していますよ、この教えにです。(何度もいいますが)これだけすばらしい(奇跡が現れてくる)教えは他にないからです。

もうそれを認めてはどうでしょう。謙虚にそれを(この教えのすばらしさを)です。

謙虚になれば(謙虚になって初めて)観えてくるすばらしい世界があります。一度くらい謙虚で控えめな心を持って人の話を素直にきいたらどうでしょう。

そうすれば周りに起きてくることは確実に変わってくるからです。

もう謙虚にならなければ命に関わる、そういう時代になっています。

どうせこの教えに関わるならです。謙虚に真剣に関わってください、そういう人から救われて行くからです。

(また何か起きたようですね。どこかの会社などです。〔急に凄いキレ方をしたのがいましたから〕少しは謙虚になりませんか?〔そうして私の話を素直にききませんか?〕そうすれば救われるからです)

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