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9月 23 2020

苦しみを与えれば苦しみが 愛を与えれば愛が

早速、布施をいただきましたが、しかし、その方はもう何度も布施をいただいている方です。

たとえ、そういう方でもです。布施をもらえるということはそれだけ愛の行為を行っているということになりますので、その分、災いは減るのでしょうが(台風十二号がずいぶん離れたところを通る予報に変わったのはこのせいでは?)しかし、そういうことをしたことがない人が神理に対し愛の行為を行うなら、その愛の行いの価値はより高くなります。(これまでしたことがない分です。その分、多くなるのです。愛の量がです)

そういう方の布施をいただきたいのです。そうすれば大きな台風は来ないからです。

どちらにしてもです。いま現在ボンボン天罰を食らっているような人たちが、その天罰を止めるには、自分の心と行いを変えるしかないのです。

そういう人たちはもう布施をするしかないということになります。自分で愛の行為を行わなければ自分に愛の行為は返って来ないからです。自分に愛の行為が返って来なければ、それだけ行いの悪い人たちは災いしか起きないからです。

昨日も夕方帰ってくると烈火の如く怒っているのがいましたね。どこかの会社の連中などです。出たんでしょうね。恐ろしい病気がです。(だから今日も朝から怒っています)昼間やかましいことを平気でしているのです。仮に自分が病気をしたくらいでその罪が許されるとでも思っているのでしょうか?

本当に考えが甘いのです。そこから苦しみが始まるのです。(自分が人に与えた苦しみのお返しがです)そういう苦しみをこの者たちは、周りの人たちに毎日与え続けているからです。

人に与えた苦しみは当然自分自身に返って来ます。この連中は周りの多くの人たちに苦しみを与え続けているのです。自分が病気で苦しむ程度ではそのお返しは終わらないでしょう。

本当に哀れなんですが、そういう哀れな人たちがこの辺りにはたくさんいます。しかし、人に苦しみを与えるのなら、その分自分も苦しまなくてはいけなくなります。

愛を与えてはどうでしょう。

人に愛を与えるなら、自分にもその愛は返ってくるからです。

昨日歩いていて、そういえば最近は家の前に立っている爺さん婆さんがいなくなったなとふと思いました。

しばらく前まではです。私が歩いているとよくあそこの家とかこちらの家とか同じ家の前に爺さん婆さんが出て来ていて、私が通っていくと必ず嫌がらせをして来たものでした。

そういう爺さん婆さんが回る場所によって必ず何人かはいたのです。それこそ私が歩いてくるのを待ちかまえていて嫌がらせをしてくるような、そんな爺さん婆さんがです。

そういう爺さんや婆さんによくいっていたものです。「そのうちに罰が当たるぞ」とです。だから「オジちゃん(オバちゃん)神理をきいているのだから感謝して布施しろよ」ともいっていたのですが、年寄りはきく耳を持たない人が多いので、もちろん私のいうことなどきくわけがありません。

そういう年寄りは「お前が人を病気にしている」という考えしかなかったのでしょう。だからわざわざ待ち伏せまでして嫌がらせをして来た。それだけ人を悪人扱いしているからです。

そういう悪人のブログをよく読んでいるものですが(苦笑)そのような待ちかまえていて嫌がらせをしてくるような年寄りがです。

最近はいなくなったなと昨日気づいたのです。最近はそういう人を全然見かけなくなりましたから。だから、前に私をよく待ち伏せしていた人の家の前を通る時「おっちゃん(またはオバちゃん)元気してるか。元気なら布施でもしろ」と声をかけていく時がありますが、シーンとしている家が多いのです。

そういう人は年を取った人が多かったので、みな罰が当たって滅びてしまったのか(縁起でもありませんが)それともそういうくだらないことはもうやめたのか、どちらか分かりませんが、そういう人たちが反省していないのならよいことは起きていないでしょう。

だからそういうことをしていた爺さん婆さんはです。(まだ生きているのならです。〔苦笑〕)今度は私が通る時に感謝の布施でもされたらどうでしょう。

そうすれば、よいことも起きて来て死後もよい世界に(まあ、反省次第ですが、天上界に)往けるからです。

だいたい、神理を説いている者にはそうするのが当たり前なのです。(何度もいいますが)神理を説いてもらえるくらい有難いことは今生ないからです。

それほど有難いことをしてくれている人に対し、布施することくらい何ほどのことがありましょう。(布施するくらい大したことではないのですから)だから過去の人たちも当たり前にしていたのです。

神理を説いている方に対する布施などです。

それで、何度この世に出て来てもいつきけるか知れない神理がきけるなら安い物であるからです。

しかし、現代の人たちはその神理の有難みが全然理解できない。どれだけ説明してもです。そうして神理に対し、感謝しないことの罪をこれもまたどれだけ説明しても全然理解できない。

それがこれだけ悲惨な結果を招いているということを理解してください。(それもまた理解しませんが。〔苦笑〕)

しかし、人に苦しみを与えるなら苦しみが、そうして愛を与えるなら愛が確実に返って来ます。

私など神理を毎日のように発信し続けているお陰で(ということは、これほどの愛の発信はありません)昨日も荒子川沿いを歩いていると、たくさんの魚たちが出て来て泳ぎ回っていました。

その一日、二日前には庄内川にいくと、また川底から多くの魚たちが浮かんできて、あっちでざばーん(小魚たちが急に跳ねるのです)こっちでざばーんと泳ぎ回っていました。

大きな魚もたまに泳いできてカニたちも顔を出します。そうして鳥はもちろんですが、まだセミが鳴いているのです。(私がいくと急に鳴き出したから分かったのです。多分ツクツクボウシでしょう。そんな鳴き方をしていましたから)

一人でいっているのに本当ににぎやかなことでした。

このように愛を出しているとたくさんの愛が返ってきます。(人が出さない分、動物たちが出しています。〔笑〕)

愛を出しませんか。多くの人が愛を出すなら、これだけ多くの災いも(そうして天罰も)起きることはないからです。

くだらない怒りや憎しみばかりを出しているから(しかもほとんど逆恨みから)これほどの災いも現れてくるのです。愛を出す人が増えるなら災いなど現れることなく奇跡が現れて来ます。

それは私が証明しています。

私は口ばかりでなく現象でも現しているのです。多くの奇跡と天罰をです。

少しは従ってはどうでしょう。神理を説いている者に従うなら、確実に幸せになれるからです。

(いつまでも神理を説いている者に逆らっているから、それだけ不幸なのです。多くの人たちがです)

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9月 22 2020

心の高い人たちの心のこもった布施

前回のブログではありませんが、一パーセントの人たちが立ち上がってはもらえないでしょうか。

もうこちらでは目も当てられない状況となっているからです。多くの人たちが次々に天罰を食らってです。

しかし、そのような状況となっているにもかかわらず、それでもこちらの人たちなど、おじけづくどころか怒りまくってよけい嫌がらせしてくるとち狂った人たちまでいるのです。もう救いようがありません。そんなことをしていれば、本当に(数十人単位で逝ってしまうような)ビッグバンが広い範囲で起きかねないからです。

これは決して大げさな話ではなく、本当にそう思うのです。こちらの多くの人たちはあまりに神の業をなめすぎているからです。

しかしそれは、こちらの人たちだけではありません。だからです。だから、そのような人たちに(心の高い人たちに)やってもらうしかないのです。神理に対し感謝の態度を取らない限り災いは止まらないからです。

台風十二号が発生しましたね。そうして、この台風はまともに日本に向かってくるようです。

この台風、何か急に現れて急にこちらに向かってきましたよね。最近の特徴でしょうか。いきなり現れて来ます。災いがです。

しかし、この台風はこの前の十号ほどではなく、それほど強い台風ではなさそうです。それでも台風であることにはかわりがないので、どこでどんな災害が起きるか分かりません。(秋雨前線もありますし)

だから、危ないことにはかわりがないのですが、しかし、この台風。私は警告であると思いますよ。この程度の台風で今年の台風シーズンが終わるはずがないからです。

このあと必ずもっと強い台風が来ます。しかも同じようなコースをたどってです。今のままならです。

今のまま誰も神理に感謝の布施をしないのなら、またいつもの年同様、まだこれからすさまじい台風はやってくるでしょう。もうそれは分かっているはずです。前にも書きましたが、ここ数年は毎年一つは必ずすさまじい台風が日本を直撃しているからです。

そうであるなら、今年も同じことが起きるでしょう。いつまでたっても神理をきいている多くの人たちが不遜な態度を取り続けているからです。

「そんなバカな話があるか。何でそんなことが関係あるのか」はもういいのです。そういうとぼけた意見は今年の台風シーズンが終わってからききましょう。いくらでもです。

こちらは根拠があるからいっているのです。

昨日でもそうです。どこかの会社やどこかのマンションなどガタガタ、バシバシずいぶんやっていました。しかし、今日は静かです。

なぜでしょうか?

それはすぐに災いが起きたからでしょう。つまりもうすぐに天罰がくだるのです。そのような神理に対し露骨に不遜な態度を取る連中にはです。

だから態度が変わるのです。そうでなければ、この(札付きの)連中の態度が変わるわけがありません。こういうことを繰り返しているのです。この辺りはです。

だからいっているのです。多くの人が神理に対し不遜な態度を取り続けているのなら、まだこれから大きな台風は必ずくるとです。こちらでは、そのような天罰がどれだけくだっているか知れないからです。

一度してもらえませんか。感謝の心で布施をです。これまでそういうことをしたことがない人たちがです。そういう心で布施してくるのなら分かるからです。私のいうことが正しいかどうかはです。

一度そのような心になって実践してもらえないでしょうか。布施をです。

そうすれば分るからです。この神理の偉大さがです。正しさがです。それをしてくれる人が何人もいるなら、今シーズンはもう大きな台風は日本には来ないからです。

これで今年これ以降、大きな台風が日本に来なければ、多くの人たちの命が助かり、多くの人たちが家や財産をなくすこともなく救われるのです。

しかし、また無視するなら、今回の台風十二号だけではなく、すぐにでもすさまじい台風は日本にやってくることでしょう。

最近はそういうことを繰り返しているからです。すぐにまた台風が発生し立て続けに日本に向かってくるという超がつくほど運の悪いことをです。

そういう(悲惨で超運が悪い)ことは毎年起きていることなのです。だから今年も起きるのです。今のままではそのような超悲惨で超不幸なことがまたです。(何でこんな超悲惨で超不幸なことが毎年起きるのですか?それは多くの人たちが同じ間違いを繰り返しているからです)

しかし今年そんなことになるなら悲惨で不幸なことはそれだけにとどまりません。もちろんコロナ禍があるからです。

それで避難所でコロナ禍が広がりでもしたら、もうどれだけ悲惨で不幸か知れないのです。

はっきりいうなら今年はです。このコロナ禍が台風だけではなく、それ以上のどれだけ多くの災いを現すか知れないということです。

だから、今年はどうしてもやってもらわなければいけないのです。このブログを見ている多くの人たちが心を変えてもらわねばいけないということです。

そうしないと、これから起きる信じられないような不幸は止められないからです。

だから心からです。心から感謝の布施が出来る人だけ布施してくれればいいのです。どちらにしても、そういう心で布施してくれなければ効果はないからです。

だから、お前に布施など出来るかと頭から思う人はいいのです。そうして、布施するにしても、そういう事情なら仕方なくするとか、嫌々しか出来ないという人もしてくれなくていいのです。

そんな心の人からいくら布施をもらっても、それでは台風は止められないからです。そんな(心の)布施では意味がないということです。

本気でです。本気で心から、そういうことになってはいけないと、愛と慈悲の心で、では一度、神理に対し感謝の布施をしてみようと、心から思う人だけの布施でいいのです。

そういう布施をもらわなければ神の怒りは鎮まらないからです。

だから私はいっているのです。心の高い人たちにやってもらうしかないとです。

心の高い人でないと、そのような愛や慈悲のある心からの布施は出て来ないからです。

そういう感謝の心のこもった布施でなければ災いは止まらない(神の怒りは鎮まらない)からです。

そういう心のこもった布施を心の低い人たちはまだ出来ないのです。そこまで心が高くない人たちは、自分のことが優先で、そうして唯物論でしかないからです。

だから、神理に不遜な態度を取ると罰が当たるとか(神の怒りとか)凄い台風がくるとか、意味が分からないのです。これだけそれと分かる現象が現れていてもそれでもです。

心の低い人たちは目の前のことしか理解しないからです。心が狭いのでそこまで広いことが考えられないのです。

だから、このブログを見ている人たちの中でもわずかしかいない(と思います)このブログに書かれたことは真実であると、ちゃんと理解できると、それが分かる心の高い人からもらえる布施でないとどちらにしてもダメなのです。(心が高いから、私が書くことをちゃんと理解できるのです。そのような様々な話に〔神だの、天罰だの、奇跡だの、あの世だのなどなど〕ついてこれるのです。心が高い人はそれだけ心が広いからです)

そのような心からの感謝の布施をもらえない限り災いは止められないのです。(そういう尊い心が神の怒りを鎮めるのです)

だからもう何度でもいいますが、心の高い人にやってもらうしかないのです。そういう心の高い人からの感謝の心がこもった布施をもらう以外、起きてくる災いは止められないからです。

では、そういう人の布施をもらえるのなら災いは止められるということになります。

一度、私のいうことを信じ、そういう心のこもった布施をいただけないでしょうか。金額は関係ないからです。そのような感謝の心のこもった布施だけが災いを止めることが出来るからです。

心の高い人たちが無視を続ければ続けるだけ災いは続きます。

また今回も無視されますか。しかし、そのような人たちが(心の高い神理をちゃんと理解出来る人たちが)少しづつでも目覚めて来ない限り、起きる災いはひどくはなっても、おさまることはないのです。

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9月 20 2020

一パーセントの人たち

しかし、よく考えてみればです。どこかの会社などもう毎日罰が当たっているのです。(それくらい天罰が現れています。この連中にはです)

それなのによくやりますよね。毎日負けずに嫌がらせをです。凄いですよね。この連中はです。どれだけ罰が当たってもそれでも嫌がらせをやめようとしないからです。

せいぜい半日くらいですか。よっぽど天罰が現れた時、ドン引きしているのはです。それを過ぎるとまた同じように始めるのです。私に対する嫌がらせをです。

しかし、この連中くらいでしょう。こんな毎日罰が当たるところなどです。他はさすがにないと思いますよ。いくらこの辺りの人たちが私によく嫌がらせをしてくるとはいえです。毎日罰が当たるところなどはです。

そこは日本一でしょう。天罰日本一。(苦笑)

しかし、この会社などこれだけの天罰がくだっているのです。それでも反省しないということになるとどこかで起きるでしょうね。ビッグバン(大爆発)はです。

だって、これだけ天罰が起きていて、それでも反省しないということになれば、そういう現象でも現さないと(一変に二~三十人逝ってしまうようなです)このような連中は絶対に反省しないからです。

反省させるがためこのような現象は現れているからです。

だから、神の業をあまりなめていると本当に怖いのですが(いつまでもその怖さを理解されませんが。この辺りの人たちはです)昨日なども歩いているとすさまじく怒っていたところがありました。

あとのところはみな引いているのに、その会社一社だけがやたら怒っていてでかい音を立てているのです。(まあ、パニくっているのが一人いるだけかもしれませんが)

もうどこも出ているのです。相当多くの天罰がです。自分のところだけ怒っていても仕方ないでしょう。いつまでも怒り狂ってなどいないで、他と同様、少しは引いてよく考えてみてはどうでしょう。いま起きていることをです。

それにしても何でこの辺り、これほどのことが起きていて、それでもまだ私のいうことを無視して(逆らって)いるんでしょうね。もうこの辺りの全体を知るなら、凄い数、起きているはずだからです。

災いがです。

この状況では無視をどれだけ続けたところで悪いことが起きてくるだけなのです。(早くそれを自覚してください。それほどすさまじい数の災いがすでにこの辺りには起きているからです)だからもう私のいうことをきく以外ないのです。

残念ではありますが、それ以外ではもうこのすさまじい数の災いを止めることは出来ないからです。

だからもう観念してはどうでしょう。過去の人たちは誰も神理を知らされたら感謝して布施してくれていたからです。

それなのに、そういうことを無視し続けているのは現代の人たちだけだからです。(何でそんな罰当たりなことをし続けているんですか?これほどのことが起きているのにです。まったくもって不思議ですね)

私に頭を下げる人も中にはいるのです。(まあ、百人に一人くらいですが。〔苦笑〕)そういう人たちがまず見本を示されたらどうでしょう。

そういう人たちの中から布施する人がチョコチョコ出てくれば、さすがに突っ張り続けている人たちも折れる人が出てくると思うからです。

しかし、今のように多くの人が意地を張り続け、神理に逆らい続けるなら、どれだけ災いが現れてくるか知れないからです。

絶対に止まらないのです。今のままでは災いはです。

どうですか。これほどの教えなのです。(それほど奇跡も天罰も起きる)してみませんか。少しずつでもいいからです。

この辺りの人たち、大人ばかりでなく子供も含めてです。

特に子供たちはまだ心が素直できれいです。(大人に比べれば)小さい時から、この神理を基準として生活するなら、そのような生活が長ければ長いだけ心がきれいになり愛も出て来て、心がきれいで愛深くなるなら、当然、自分がすることも周りに起きてくることも他の子たちとは違ってくるからです。

それこそ、子供のうちから神理を実践するなら、小さい時から自分の天才的部分に気づいたり、祈ると奇跡が起きたり、周りに鳥や魚たちが寄ってきたり、不思議で愛ある現象がたくさん現れてくるからです。

楽しですよ。そのような人生はです。

そのような人生こそ、本当の正しい人生なのです。今のように何の奇跡も起きず、一寸先は闇で、悪いことばかり起きてくる人生などこれだけ間違った不幸な人生もないのです。

ほんと子供たちがかわいそうです。多分、子供らはそういう人生が当たり前のように思っているからです。しかし、それは違うのです。

神理を行うなら、そういう間違った人生から逃れることが出来るのです。いいことも悪いことも起きるのが人生、ではないのです。(いま現在はほとんど悪いことが起きていますが)

善いことばかりが起きるのが(奇跡的な)本当の正しい人生であるのです。

そういう人生に気づけるのはこのブログを見ている人たちだけなのです。そうして、このブログを見ている人たちの中でもです。

そのことに心から気づけるのはほんのわずかな人たちだけなのです。(先ほどいいましたが、そのことに気づけるのは百人に一人くらい、つまり一パーセントくらいの人しかいないということです。それくらいしかいないのです。本当に心が高い人たちはです)

そういうわずかな人たちが、日本を(そうして世界を)救うのです。難しいですが、そのようになっているのです。それだけ心が高い人たちは少ないということです。

しかし、その心が高い人たちでないと、この辺りはもちろん日本は救えません。そのわずかな人たちが気づいて立ち上がってはもらえないでしょうか。

そこから本当の救いが始まるからです。

追伸…前総理が靖国神社を参拝されたそうですね。

しかし、もう三日、四日早く参拝されるなら、ご英霊ももっと喜ばれたであろうにそこは非常に残念です。総理のまま参拝されるのと、総理をやめられたあと参拝されるのとでは全然違うからです。

ご英霊に総理退任を報告されたとのことですが、本当にそうなのか、それともどうしても総理の時は参拝できなかったのか(一度参拝したがため、脅されて、それにビビってです)あの世の英霊はすべてお見通しです。

前総理にはあの世に帰った時(死んだ後)恥をかかないようお願いしたいものです。あの世に帰った時、だらしないだの、負け犬だのと英霊にいわれたらあまりにみじめであるからです。

しかし、医療従事者の方々でさえもです。このコロナ禍で命懸けで仕事をされているのです。

それなのに政治家が(しかも総理大臣まで上り詰められるような方が)自分の命一つかけることが出来ないのでしょうか?だとしたら、政治家といわれる人たちはずいぶんだらしがないのですね。

もし、少し脅されたくらいでしゅんとされてしまったのならです。

それが本当かどうかはこちらでは確認しようがありませんが、あの第二次政権の途中からの政策など見ていると、それが本当のことのように思えてなりません。

期待が大きかっただけにどうしてもいうことがきつくなりますが、そこはご容赦ください。

それだけ大きな使命を前総理は持っていられたはずであるからです。しかし、それが果たせなかったのは事実であるからです。(まあ、自分の使命を果たせない人はたくさんいるのですが……)

どうせならです。総理の最後となった日にでも靖国神社の参拝を果たしたのなら、そこは最後に意地を見せたということになったのでしょうが(苦笑)やめたすぐ後にいくなど、最後まで忠実であったのだなと思えてなりません。そのような人たちにです。(少しはこちらの人たちの爪の垢でも煎じて飲みませんか。こちらの人たちは、どれだけ滅ぼされてもそれでも神理に逆らい続けているからです……これはこれで哀れですが)

どちらにしても前総理には、一度ゆっくり身体を休めていただき、病気も治していただき、そうしてこれまでの総理としての仕事をよく反省していただきたいと心から願っております。

反省する部分は多々あったと思うからです。

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9月 18 2020

神理が指針

昨日は金山の辺りを回ったんですが、先週回った時はです。久しぶりにいったので十ヶ所くらいのところで、でかい音を立てられ、中にはずいぶん大きな音を立てて嫌がらせをして来たところもあったのです。

それで昨日は先週と同じところを回ったのです。そういう連中をしっかり祈っておいたので、その連中に何か起きていないか様子を見たかったからです。

そうしたらです。なんとなんと昨日など、その十ヶ所ほぼすべてのところがドン引きしているではありませんか。あれには驚きましたね。

これまでもドン引きしていたところはありましたが、こんなに一変に多くのところでドン引きしているなど初めてだったからです。

怒っていたところは電車の運転手連中が微妙に怒っていたのと、あとは一、二ヶ所だったですかね。小さな音を立てていたところがです。

怒っていたところもずいぶん腰が引けていたし、あとのところは皆シーンとしているのです。先週ずいぶんガンガンやられたところもあったので、そこで「皆さん感謝して布施してください。そうしないと、その起きている天罰は止まりません」みたいなこともいったのですが、普通ならそんなところでそんなことをいえばです。

もう烈火のごとく怒り出すのが必ず一人や二人はいるんですが、昨日などどこも何もしてこないのです。私が何をいってもシーンとしているのです。

「この連中、本当に滅ぼされたんじゃないのか?」と勘違いするくらい静かでした。

ここまで静かだったことはこれまでありませんでした。もう相当出ているんでしょう。嫌がらせしてくるところに天罰がです。

そうでなければこれだけ多くのところで、これだけ静かになるわけがないからです。

やはり、嫌がらせをしてくる人たちが自覚がないだけでもうドンドン滅ぼされていっているんでしょう。多くの人たちがです。

だから、そういうところに出る天罰も増えている。まあ、どれほどの災いがどれだけ現れているのか知りませんが(誰も私に何もいいませんから……まっ、まさか、どこもコロッと逝く人が次々に出ているなんてことはないでしょうね。〔汗〕)こんなことが次々に起きて来ているのに何で神理を無視しているのでしょう。

本当に意味が分かりませんが危ないですよ。いつまでも神理を無視していてはです。ずいぶん危ないことがもはや日本中に次々に起きて来ているようだからです。

しかし、それを理解しようとしない人たちにいくらいっても仕方ありません。待つしかありませんね。状況をよく理解するまでです。

だから、どうぞ滅ぶ前に気づいてください。今のすさまじい状況をです。

それはそうと新総理が誕生されましたね。

今度の総理は大丈夫なんでしょうか。すでにきな臭い話もきこえて来ていますし(北の方から)これだけコロナ禍で潰れるところがたくさん出始めているというのに(大企業まで危ないところがあるのに)自助、共助、公助とかいっているからです。(苦笑)

平時ならともかくです。コロナ禍の今それはないでしょう。未曽有の不況になるかもしれず、下手すれば世界恐慌まで起きかねないこの時にです。

自助、共助、公助って、こういう時はまず(通貨発行権がある)政府が金をばらまいて、弱っているところの体力を戻し、そうして消費税をゼロくらいして(期間限定でもよいので)消費喚起をうながしてもらわなければ、経済の回復などとても望めません。(GoToキャンペーン程度ではです)

だからこのような超がつくほどの非常時はです。(そこらへんお分かりなんでしょうか。新総理はです)まず政府がやるべきことをしっかりやってもらわなければいけないのです。

いくらでも出せる自国通貨(円)を財政破綻などしそうもない日本政府が、ドンドン出してもらわなければです。そうしないと何ともならないところがたくさんあるからです。

だから、最低それくらいの政策はしてもらってもよいのではないでしょうか。新総理最初のご祝儀政策としてはです。(祝儀というか、何度もいいますが超がつくほどの非常事態なのですから)

そうしないと、まだこれからどれだけ多くの企業や個人が破綻するか知れないのです。コロナ禍だけではなくまだこれからどれだけ多くの厄災が起きてくるか知れないからです。(まだ激しい天変地変など終わっていませんし〔必ず凄い台風が来ますからね。このままではです〕寒くなるとインフルエンザとコロナ禍のダブルパンチも予想されています。この状況でやりすぎという言葉はないのです)

また、そういう政策をガンガンしているから中国などはすでに回復の兆しを見せているのでしょう。経済などはです。(まあ、その数字がどこまで正しいのかそれは分かりませんが)

中国など本当に財政破綻しそうであるにもかかわらず(日本と違って、国債の残高以外にもうケタが違うくらいの借金や在庫をかかえていますから)それでも通貨発行権がある中国政府がいくらでも出せる自国通貨(人民元)をガンガン国内にばらまき、インフラ投資やコロナ対策などして消費喚起をうながしているのです。

だからこれだけひどい状況でも中国だけは経済が回復基調にあるのです。破格の予算を国内に向け使っているからです。

そうであるなら、そういうところは中国に倣(なら)うべきでしょう。そうすれば日本経済も回復してくるからです。

それにまだ回復途中であるアメリカやヨーロッパでさえも、消費税のような税金は下げているのに何で日本だけ下げないのですか?

いつもはアメリカやヨーロッパに倣えと散々いうのにです。こういう時だけだんまりですか。

ずいぶん都合がいいですね。日本政府もです。

まあ、国民にそういう人が多いのですから(苦笑)日本政府も同じようになるのかもしれませんが、私のような一国民もです。新総理になられた方も同じ人間なのです。

そうであるなら基準は良心です。

その良心にそって政策は立てていただきたいものです。間違っても前総理のようにです。途中から良心に従ってやっているのか、それとも他国に従ってやっているのか、よく分からない政策のオンパレードだけは避けていただきたいものです。

それで多くの日本国民が不幸になったのは事実であるからです。(もらえる金が〔実質賃金が〕ドンドン減って格差も広がり、デフレも脱却できず国益も減らした)

力(軍事力)のない日本ではこうするより(大国の力を頼る以外)方法がなかった、ですか。

それは都合のいい言い分けでしょうね。私は再三、神の力を強調していたからです。日本には本当の神の教えが出ているとです。

その神の力を使えば、もう少し交渉の仕方はあったはずですが、それを少しも使おうとしなかった。

「命懸け」とか最初はいっていたのに、途中からおじけづき他国のいいなりになりいいようにされてしまった、まったくの期待外れでしたね。これでは天上界での(生まれる前の)約束を果たしたとはとてもいえないでしょう。

今のままでは失敗でしょうね。しかも大失敗。今生の修行はです。

ご病気とはいえ、まだ元気そうなので挽回のチャンスはあるのでしょうが、あとはやる気の問題でしょう……まあ、前総理の愚痴をいっていても今更どうにもなりません。

今度の総理に期待するしかないでしょう。こういう時代になっているのです。(次々に神の力が現れてくる)正しい政治を行えない総理であるなら、また様々な現象が現れ大変なことに日本はなるからです。

しかし、どれだけ大変なことになってもです。そういう中でも正しい指針を示してくれるのがこの正法神理であり、このようなすさまじい時代にはうってつけの教えであるのです。

今のところ政治経済の先も見えず、起きてくることは異常現象のオンパレード。それでもこの辺りの皆さんは意地を張って神理に逆らい続けていますが、従えば奇跡も起きてくるのにね。しかも次々とです。

そこらへんは非常に残念なんですが、しかし、多くの人たちがこの神理に従い、神理を実践し祈るなら、起きてくることばかりでなく、政治も経済もかわってくるのです。

もちろんよい方にです。それだけ神の力は、この正法神理の力は偉大であるからです。

法律や今の思想など指針としているから、こんなおかしな日本にも(世界も同じですが)なるのです。そのようなものはどのようにも解釈できるからです。自分の都合よくです。

しかし、神理を指針とするならそういうわけにはいきません。神理を指針として正しいことをするなら奇跡が、そうして間違ったことをするなら天罰が、必ず現れてくるからです。

では、それが善悪の指針となるからです。

そういう世の中では息が詰まりますか?しかし、もう、そんな都合のいい生き方をしているのなら、いつ不幸になるか知れないのです。

それだけ多くの不幸がすでに現れて来ているからです。多くの人たちにです。それだけ多くの人たちの心が悪いからです。

法律や思想など基準にしているから心も悪くなるのです。しかし、神理を基準とするなら不幸は現れて来ません。幸福しかです。心が広く大きく豊かになるからです。

自分が不幸にならないと分かりませんか。自分の不幸がです。しかし、不幸になる前に気づかなければいけないのです。自分の間違いにです。その間違いを放置している多くの人たちがドンドン不幸になっていっているからです。

多くの人たちが神理を指針とするなら、自分が幸福になるだけではなく、そういう人たちと力を合わせて政治も経済もかえていけるのです。

神理を指針としませんか。そうすれば大きく世の中を転換させることが出来るからです。

(本当のピボット〔転換〕はこの神理を基としなければ出来ないのです。政治や経済だけでは無理なのです)

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9月 16 2020

滅びの道

昨日は堀川から六番町の辺りを回ったんですが、怒っている人たちばかりでしたね。これまで怒っていなかったところまで怒り出しています。

それで気づいたんですが、これはどこかの会社だけではありませんね。もうそこらじゅうの人たちが(会社や現場が)進んでいるのではないですか。滅びの道をです。

だから怒っている人たちばかりなんでしょう。そういう人たちが次々に滅ぼされていっているからです。

よく考えてみればそれはそうですよね。この辺りの人たちは、みな神理をきいていながら誰一人感謝しないんですから。嫌がらせしかしないのですから、滅びの道に導かれるのも道理でしょう。

それでなくても滅びていっているのです。(日本全国でも激しい天変地変や様々な病気などで)では、こちらなどそれに輪をかけたようなことは当然起きてくるでしょう。

神理に露骨に逆らっている人が多いからです。それでは、多くの人が滅びていくのを止めようがないからです。(このような日本で、唯一救われる教えである正法神理に露骨に逆らっているのです。こちらの多くの人たちはです。では滅びるのに拍車がかかるのは当然でしょう)

だからそのような恐ろしい現象がドンドン増えてくるのです。多くの人が自ら滅びの道を凄い勢いで進んでいっているからです。自分たちが気づいていないだけでです。

だから止まらないのです。こちらなど特に多くの災いがです。止まるどころか、ますます増えるのです。

自分から進んで滅びの道に進む人が多いからです。(どこかの会社など今日は昨日以上に引いています。もはや相当やばいです。〔汗〕)

この状況ではどう考えても『神の国は近づけり悔い改めて福音を(神理を)信ぜよ』しかないと思うんですが、どう思いますか?

特にこの辺りの人たちなどはです。

それともまだ「お前のせいでこうなった」と私に嫌がらせをし続けますか?これだけ災いが、というより滅んでいく人が増えているのにです。

昨日や一昨日(その前もそうですが)私に嫌がらせをした人たちは大丈夫ですか?

すでに天罰がくだっている人がいるのではないですか。(いるでしょうね。絶対)まだこれからドンドン出てくると思いますよ。天罰がくだる人がです。もうこちらも分かるからです。

明らかに前より、その天罰がくだる率が上がっているということがです。

私に嫌がらせをしたところは(会社や工事現場など)ずいぶんたくさん何か起きている様だからです。その次に通ると同じ態度を取るところは皆無だからです。というか、ほとんどのところがもうドン引きしているからです。

従ってはどうでしょう。この神理にです。

もう災いが起きているところはこの辺りだけではないからです。すでに全国ですさまじい災いが激しく起き出しているからです。

その激しい災いを防ぐことが出来るのはこの正法神理以外ないのです。この神理さへ実践しているのなら、奇跡は起きても災いなど起きては来ないのです。

もう信じてもらえませんか。私のいうことをです。

ですから、災いばかり起きているところは(特にこの辺りはそういうところが多いようですが)一度、この神理を説いている私にです。

感謝して布施してみてはどうでしょう。それで災いが止まるなら安いものだからです。

多くの災いが起きるよりはよほどマシだと思いますがどうでしょうか。少々布施するくらいのことはです。

もちろん、イヤイヤ布施されても意味がありませんが(それでは災いは止まりません)少しでもこの神理に対し感謝の心があるのなら、そうして救われたい心があるのなら、そのような心で布施されることです。

そうすれば、その人は必ず救われるからです。

それともまだいろいろあがきますか?何をしたってもうその災いは止まらないのにです。

怒ろうが、泣こうが、わめこうがです。またどんな有名なパワースポットなどいってパワー(?)をもらおうが、高名な坊さんに祈ってもらおうが、どれだけお祓いをしてもらおうがです。

その災いは止まりません。

この神理に感謝して布施する以外ないのです。その災いを止める方法はです。

それが唯一正しい行いであるからです。あとはすべて間違った行いであるからです。

感謝して布施しただけで災いが止まる、それほど偉大な力を持っているのです。この正法神理はです。

南の海にまた雲がたまり出しているようですね。今日くらい台風になる雲が出てくるようですが、今回の台風は幸いこちらには来ないようです。

しかし、今のようにまだこのブログを見ている多くの人たちが、私のいうことを無視し続けるなら、その辺りに出来た台風は必ず日本に向かってきます。

もうききませんか。神理を説いてこれだけ奇跡が現れている私のいうことをです。

私のいうことを信じて、少しでも感謝の心があるなら、そうして救われたいという心があるのなら、その心で布施してください。

そうすれば必ず奇跡は起きるからです。

追伸…昨日のブログで良心のことを書きました。

その良心のことで園頭先生が正法誌に書かれていたことですが、私たちは死ぬとまず収容所のようなところにいって、そこで、その良心に従って生前して来たことの反省をするそうです。(あの臨死体験をした人が、自分の一生を一度に観たとかいわれるあのような体験です)

そうして、良心を基準にして生前して来たことで善が多い人は天上界にいき、悪が多い人は地獄界にいくことになるそうです。

それは自分自身で決めることになるのですが、その時に立会人がいて、その立会人を菩薩がするそうです。(だから当然ではありますが嘘やごまかしは出来ません)

もちろん、その立会人の菩薩はニコニコ顔でその人を迎えるのですが(そうして、いろいろ質問されるそうですよ。その菩薩からです。〔「あなたは生前何をして来ましたか?」とか「どういう愛の行為をされましたか?」とかです。愛や慈悲の行いについてきかれるそうです〕その時、答えに窮するようでは地獄行きです)しかし、その時この世で悪いことばかりして来た人などは、その菩薩の顔が怒っているように観えて怖くて仕方がないそうです。(自分のこの世で悪いことばかりして来たその後ろめたい心が作用するのでしょう)

そのようなことから、その立会人の菩薩のことを閻魔大王のように観える人もいて、それで、死ぬと閻魔大王がいて、自分が地獄に行くか極楽に行くか裁かれる、という話も出て来たようですが、そういう話もあながち間違ってはいないのです。

それに近いことは死ぬと体験するからです。(ただ、その話と現実の違いは、実際は閻魔大王〔菩薩〕が裁くのではなく、自分自身の良心で自分自身が自分を裁くということです)

だからいっているのです。良心を基準に生活をしていかないと後で困りますよとです。そうしないと、どちらにしても(良心を無視して生活していると)死ねば確実に地獄に堕ちるからです。

そのような正しい生き方の指針がこの正法神理なのです。(そうしてこれまで犯してきた間違いの罪を、きれいさっぱり落としてもらえるのも、この正法神理の反省だけなのです)

このようなすさまじい状況になって来てやらない手はないと思いますが、いかがでしょうか。

やれる範囲でよいのでされてはどうでしょう。この正法神理をです。

そのされた分は確実に救われていくからです。

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