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6月 12 2020

神理の価値

昨日は金山の辺りまでいっていたのですが、電車の連中が先週とは打って変わって静かになっていましたね。

私が何をいっても(線路横からです)一切無視して走っていきます。

一週間前はあんなに怒っていたのに、この一週間で一体何があったんでしょう。何でこうコロッと態度を変える人たちが多いのでしょう。この辺りはです。

それだけ出ているということでしょうか。天罰がです。では、きけばいいのにね。私のいうことをです。そうすれば、その起きている天罰は止まるのにです。

しかし、きかない限りは止まることはないのにです。(止まらないでしょう。実際)

その帰りにスーパーに寄ったんですが、まだ嫌がらせしてくる人がたくさんいました。大丈夫なんですかね。これだけそこらじゅうで天罰がくだっているようなのに(家の前など〔どこかの会社〕毎日病人が出ているようなのに)そんな態度を平気で取っていてです。

それこそ、そういう横柄で罰当たりな人たちがコロコロ逝きだしたら大変だからです。

このブログを見ている多くの人たちは、私のいうことを全然きこうとせず、これだけ天罰がくだっていてもそれでも態度を変えようとしません。

残念ではありますが、では、この起きている天罰はもっとひどくなることでしょう。この天罰は、そのような態度の悪い人たちにくだっているからです。

そのような恐ろしい天罰が次々にくだり出す前に気づいてほしいものです。自分たちの横柄な態度とこの神理の価値にです。

まあ、このブログを見ている多くの人たちは、それにはどれだけいっても気づこうとしませんが(苦笑)それはそれとしてです。最近はあれですね。

芸能人の不倫などが本当によく話題になっていますよね。

こういうことが起きると、芸能人などよくCMの違約金がどうのとか(もう億単位の違約金が発生するから凄いです)夫が不倫した場合、あれだけきれいな嫁さんがいて何でそんなことをするのかとか、子供が出来た時に不倫などしているとかわいい嫁さんがかわいそうだとか、嫁が同じ芸能人の時などはよけい夫の方が悪くいわれるようです。

嫁さんがきれいで有名な分です。(苦笑)

別に嫁さんがきれいで有名でなくても、実際、そんな不倫などしている夫が悪いということに世間ではなるのでしょうが、何度も書いていますが、しかし神理に照らし合わせて考えてみると、決して不倫した夫の方だけが悪いわけではありません。

神理から見れば、その夫が不倫した原因は、まずそのきれいな嫁さんがつくっているからです。(顔はきれいかもしれませんが心までは分からないので)

そのきれいな嫁さんがもっと夫に愛を出していたのなら、その夫は不倫などしなかったのです。

実際、園頭先生がつくられた正法会では、そのような浮気癖のある夫がまともに戻ったとか、酒乱であった夫の酒乱が直ったとか、暴力的な夫が優しくなったとか、そういう話をたくさんききました。

そうして、夫がそういう問題のある人であってもです。妻の愛が深ければ、そのような夫の問題も直っていくという話も園頭先生からいくつもきいています。

前にも書きましたが、新婚初夜に夫から性病をうつされた人もいるのです。しかし、そのような夫とも奥さんが愛を出すことでうまくいったという話もあるのです。

そういうことを考えても分かりませんか。神理がいう愛とはどれだけ深いかがです。最近いわれているような(夫が浮気したらとたんに離婚などという)浅い愛ではないのです。

つまり神理がいう愛に不可能はないということです。特に女性の愛にはです。(男の愛はなかなかそういうわけにはいきませんがね。男と女では愛の質が違うからです。男は破壊の愛ですから。女の愛〔妻の愛プラス母の愛〕が神の愛ですから)

だから、このブログ(神理)を見ている人たちは、あのような芸能人の不倫など見てもです。一方的に夫が悪いとは思わない方がいいでしょう。そんな夫をよくするくらい妻の愛でいくらでも出来るからです。

その妻の愛が足りないがため、夫は外に女をつくっているからです。

だいたい、出来る男であればあるほど女の愛は必要なのです。しかも多くのです。その愛が男が仕事をするエネルギーとなるからです。

今回もそうだし、少し前にも似たような浮気をした芸能人がいましたが、有名芸能人になるためには、それ相当の努力が(エネルギーが)必要であるはずです。

では、それ相当の愛のエネルギーを一体誰が与えるのかということです。それを妻からもらえなければよその女からもらうしかないのです。そうしないとエネルギーが足りなくなるからです。

要はやりたい時にやらしてやれば男は浮気などしないということです。(もうこのブログ小学生もたくさん見ていることが分かりましたのでサッと書いておきますが)それを疲れているだの、子供の世話もしないといけないだのいって、やらせないから他でやってしまうのです。

男は女の愛の(性の)エネルギーがほしいからです。それをもらわないとしっかり仕事も出来なくなるからです。

だから、夫を一としていない(自分優先の)妻とか、子供が出来た(子供優先の)時とかに、男(夫)はよく浮気をするのです。

夫をないがしろにしているからです。妻は自分が気づいていないだけでです。

だから、今回もそうだし、少し前にもそんな芸能人がいましたが、さっさとやりたいことだけやって(場所もわきまえず、トイレとか、車の中とかです)また仕事をすると、そういうことにもなってくるわけです。

そのたくさん仕事をするには、それだけ女の愛が必要であるからです。

今回はその一例だけ書きましたが、浮気癖がひどい夫を持った妻などは、少なくとも夜だけ娼婦のようになるなら、そんな夫の浮気癖は直るでしょう。

これは酒乱の夫とか、暴力的な夫にもいえることですが、そのような女の愛(性)は夫を優しくしていきます。

だから、女が愛を出すなら(妻の愛プラス母の愛)どんな男も変わるといっているのです。妻の愛だけでは変わらない男でもです。そこに母の愛をプラスされれば、変わらない男(人間)などいないからです。

ただ、それだけの愛を出せる女性が少ないということです。昔いわれた良妻賢母などといわれる女性がです。特に最近はです。(最近は死語ですから。良妻賢母などという言葉はです。〔苦笑〕)

何度も書いていますが、男女平等、同権などという左翼思想が強くなっているためです。だから、女性としての教育もしっかりされない。だから、良妻賢母などといわれる女性が減ったのです。

男とは男として、そうして女は女として、教育しなければいけない部分は必ずあるからです。それを最近の教育では男女平等ということで、同じにしてしまっているからです。そのような女性は小さな時からそういう教育をしないと出来ないからです。(それは何でも一緒でしょう。スポーツでも何でもです。小さな時からしていないと人以上にはうまくはならないのです)

だから、しっかりした女としての教育を家庭で出来ていた人は出来るのでしょうが、家庭内でやっていないと、なかなかそういう女性特有の愛を出すということは難しいということです。

だから、外見ばかりがいくらきれいでも、そこまで女性としての愛を、その不倫されたきれいな芸能人の嫁さんたちはしっかり出していたのかということには、はなはだ疑問であるということです。

芸能人夫たちの(不倫の)行いを見ていたらです。

まあ、この神理はです。こういう内面の部分までとらえてそうして結論を出します。そのうえで神の導きまであります。(祈ってです)

もう最強なのではないでしょうか。この正法神理はです。(笑)

しかし、その価値が分からない人が多い。(しかもこれだけ多くの天罰まで食らっていてです)

本当に残念です。このブログを見ている多くの人たちはです。

追伸…2022年度開催予定の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」について(まだやるんですね。これをです)自民党県議団がいろいろ意見を出しているようですね。

愛知県って県議いたんですね。私いないと思っていました。問題になったあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の時に何もいわなかったからです。

それで今回問題になったからと、あいちトリエンナーレの名称を変更しろだの、予算を減らせだの県議が(今頃)いっているようですが、要は中身でしょう。

あんなもろに左翼に偏向した芸術祭しか出来ないのであればやめるべきでしょう。トリエンナーレは公的行事であるからです。

一番の問題はそこですよ。名称とか、予算の問題ではないと思います。

正しい(偏らない)芸術祭であるなら名称とか関係ありませんし(もちろんよほどおかしな名称でなければですが)予算を少々かけてもやればいいのです。

しかし、このトリエンナーレは愛知県だけでなくあちこちでやっているんですよね。

今回、愛知県でこれだけ問題になったのです。では、これからはです。その中身は(展示内容は)行われる地域で、より厳しく見ていかないといけないでしょう。

何度も書きますが、今回の愛知県のような超偏った展示内容では(公的行事としては)やるべきではないからです。

そういう判断も出来ない残念な知事もいます。(うちもそうですが。〔涙〕)知事のリコール問題も出ています。そちらの方でも頑張ってほしいものです。

愛知県の(いないと思っていた)県議団にはです。(苦笑)

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6月 11 2020

神理に布施する有難さ

さすがに昨日は少なかったですね。ブシュブシュや嫌がらせもです。(苦笑)

いくらこちらの人とはいえ、神理を教えてもらっていながら悪いことの罪を私に全部擦り付け平気でいられる人もそうはいないのでしょう。(昨日は〔雨も降っていたし〕たまたま少なかった、ではなくそう思いたいです。〔苦笑〕)

昨日のようなブログを書いても、それでもまだ悪いのはお前などとやっている、そういう人としての恥も知らなければ恩も知らない、そのような飛びぬけてレベルの低い人はともかくです。(多少はいましたが、昨日でもです。そういう人はです)

少しは自分の自己中さが分かった人たちは、神理に感謝して布施してみませんか。そうすれば周りに起きてくることは必ず変わってくるからです。

神理などそう簡単に巡り合えるものではないのです。幸運にもその神理に巡り合って布施するチャンスまであるのです。

これだけ幸運なこともないのです。やらない手はないのではないですか。神理に布施出来るというそれほどの幸運もないからです。

だってよく考えてみてください。

私は何度もいっていますが、神理にこの世で出会うことなど、何度も生まれ変わって一度あるかどうかのどれだけ稀有なことか知れないのです。

それは嘘ではないのです。例えば自分の爺ちゃんや婆ちゃんにきいてもらっても分かると思います。

その爺さん婆さんに自分が生きてきた中で、それを行えば奇跡が起きるなどという教えに出会ったことがあるのかとです。

七十、八十すぎの爺さん婆さんであろうと、あるいは百を超えている爺さん婆さんであろうとです。そんな教えに出会った人はいないと思いますよ。

今の信仰といわれているものはいくらしたところで、それで奇跡的なことが一度でも起きればいい方なのではないですか。それくらいのレベルなのではないでしょうか。いま現在の信仰といわれているものなどです。

今の信仰など奇跡が起きるものではなく、ただお参りやお経をあげるだけのものとなっているからです。

奇跡などとは無縁なものになっているのです。

そういうことを考えても分かるはずです。神理と出会うことの難しさがです。

そのような年寄りでも、そんな次々に奇跡が現れる教えなどとは出会ったことがないのです。

それは今だけではなく、百年前も、二百年前も同じなのです。そんな教えと出会った人はいないのです。

百年、二百年前にはまだこの世に神理は出現していないからです。前回神理がこの世に出現したのは、二千年前のイエス・キリストがイスラエルに出世された、その時までさかのぼらないと神理はこの世に出ていないからです。

その時はキリストだけではなく、キリストの弟子たちにも多くの奇跡が現れました。神理を実践するなら誰でも奇跡は起きるからです。

その前に神理がこの世に出現したのは釈尊がこの世に出世された時ですが、つまり、この世に神理が出現するのは数千年から数百年に一度であるということです。

つまりちょうどその時に、この世に生まれていないと神理と巡り合うことは出来ないということです。

それを考えても神理とこの世で出会うことの難しさは分かるはずです。

ということは、神理をきくだけではなく、神理に布施するチャンスがある人など、その時に近くにいる人でないと(神理を説いている人の近くにいる人でないと)出来ないのですから、もっと貴重であるということです。

神理と出会っても、布施する人ばかりではないからです。しかし、神理と出会っても布施しなければ大きな徳を得ることは出来ないのです。

これほど貴重な神理に布施出来るなら、一体どれだけ大きな徳を得られるか知れないのです。

だから、いっているのです。神理と巡り合うことは貴重ですが、その神理に布施することはもっと貴重で幸運であるとです。

その神理と巡り合って、神理を説いている者に布施出来るなら、その人は破格の徳を得られるからです。それだけ神理に布施するという行為は、後に自分が得られる何倍もの(人によっては何十倍もの)徳を得られるチャンスであるからです。

神理をきいて実践すれば心は向上しますが、徳をどれだけ得られるかは別問題です。神理は徳を得られるようなことばかりをするものではないからです。自分の心の修行という部分もあるからです。

だから、その徳を大きく得られるチャンスがあるのが神理を説いている人に対する布施なのです。

だから、釈尊や(釈尊など大きな精舎をいくつも布施されています。今の価値でいえば数千、数万、数億円という金額になるでしょう)キリストはもちろん、その弟子たちも多くの布施が集まったのです。

それだけ自分たちが(神理をきいている者たちが)徳を得られるチャンスもなかったからです。

それだけ神理を説いている者に布施するなら自分が救われるということです。その得られた徳が、その後の自分たちをどれだけ救うか知れないからです。

そうして、その徳が深い人と浅い人とでは、その評価もまったく違ってきます。(この世の評価もそうしてあの世での評価もです)

だからこれだけ有難いこともないといっているのです。神理を説いている者に対する布施など、そのどれだけ自分の価値も評価も上げる(そうしてどれだけ救われか知れない)有難い徳をたくさん得ることが出来るまたとないチャンスであるからです。

それなのに、その数百、数千年に一度あるかどうか分からないチャンスを、ほんとこのブログを見ている多くの人たちはどれだけ(平気で)逃しているのでしょう。

そういうバカな(そうしてもったない)ことをしているから、これだけ災いも現れるのです。

今このブログを見ている人たちがしているような、私に(神理を説いている者に)対する態度は、徳を得るどころか、その逆の徳をドンドン減らしている態度であるからです。

徳をドンドン減らしているのなら災いはドンドン現れて来ます。

その典型がどこかの会社でしょう。もうこの会社、毎日災いが起きているからです。(今日もすでに凄そうです。何百年、何千年に一度、現れるかどうかの教えの流布のじゃまを平気でしているからです。本当に恐ろしいことです)

こういうところは、それこそ、その徳をたくさん得ないことにはもうその起きている災いは止まらないのですが、いかんせん。この会社の誰もきく耳を持ちません。

これではこの会社に起きている災いは止まらないでしょう。それこそ、この会社の人が一人もいなくなるまでです。

このような恐ろしいことが現実に起きているのです。あまりに徳を得る人が少ないからです。(減らしている人は多くてもです)そうしてそれはいま現在の日本全体を見てもそうなのです。(そうして世界全体を見てもです)

徳を得る人が少ないからこれだけ多くの災いが現れているのです。徳がある人がたくさんいるのなら、奇跡は現れても災いが現れることはないからです。

徳を得るなら自分の人格も向上しますし多くの奇跡も現れて来ます。

ではされませんか。(神理を説いている私がいる)今ほど徳を得るチャンスもないからです。

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6月 10 2020

まったく感謝を知らない勝手な話

どうですか。月に何度も布施してくれる方も出てきました。

ソロソロ他の人も布施をまじめに考えたらです。そうしないとこちらなどはもう大変危ない状況であるからです。(どこかの会社などもう今日は今日とてすでに恐ろしい現象が現れているようです。先ほどまですさまじい怒り方をしていましたが、今はドン引きです)

昨日でもやたら引いているところもあればやたら怒っているところもありました。その中でも、もう烈火のごとく怒っていたところが一ヶ所あったのですが、ほんと呆れます。

なぜならそこは(そこの会社は)私は一度も祈ったことがないところだったからです。

それなのに、何か悪いことが起きたのでしょう。私が近くを歩いていたら急にでかい音を立て出してすさまじい怒りようです。

「どこだよここ」と思って、いろいろ私もいったのですが、私が何をいってもきかないのです。私のいうことなど一切無視してこの会社の連中でかい音を立て通しです。

しかし、ひどい話ですよね。自分たちはこのブログを見ていてまったく感謝などしたことがないくせにです。

それなのに何か悪いことが起きると全部それを私のせいにして怒り狂っているのです。

本当に勝手なものなんですが、そんな顔も見たことがなく、話したこともなく、祈ったこともない人たちに、何か起きても私も知りませんよね。そんな人たちに悪いことが起きたからと何でそれが私のせいになるのでしょう。

こういう理不尽なことをこの辺りの多くの人たちは平気で私にしているのです。完全に頭がおかしいですよね。(苦笑)

しかし、この辺りの多くの人たちは、そういうことがおかしいとも思わず、悪い現象を本気で私のせいだと思って本気で怒っているのです。

どこまで勘違いがひどいのでしょう。本当に呆れるばかりの勘違いさです。だって私は逆の行いをしているからです。それをまったく理解しようとせず逆恨みしているというのですから、本当に開いた口が塞(ふさ)がらないのです。

そうではないでしょうか。だって私は人を病気にしているのではなく、その病気にならない(災いが起きない)方法を、このブログに書いて発信しているのです。

だから、このブログを実践している人には奇跡が起きているのだし(主にウナッシーさん)その奇跡が起きるこのブログをです。読むだけは読んで勝手にスルーしていて(または逆らっていて)そうして悪いことが起きるとそれを全部私のせいにして怒り狂っている、アホじゃないでしょうか。

だから開いた口が塞がらないといっているのです。

そういう悪いことから救われる教えをここに何度も何度も書いて、こちらは説明(辻説法)までしているのに、それをまったく理解せず、それで悪いことが起きた時だけはそれを私のせいにして怒り狂っているからです。

そんな超自分本位なバカげた話もないからです。

考えられませんよね。そんな勝手な話はです。私がここに人が病気なるようなことを書いて、それを毎日のように発信しているというのなら、お前のせいで病気になったと怒るのも分かるのですが、私は奇跡が起きる方法を、病気にならない方法を、ここに書いて、そうして発信しているのです。

それを自分たちは読んでいるくせに、その書いている方法を一切無視していて、それで病気になったのはお前のせいなどと思って本気で怒っているというのですから、そういう人は、バカか、アホか、よほどのたわけか、としかいいようがないわけです。(苦笑)

そうとしか思えないでしょう。そういうトンチンカンな態度を平気で取っている人たちなどはです。

あまりに自己中が過ぎるからです。

そういう超がつくほど自分本位でトンチンカンな人がこの辺りは多いということです。だからこの辺りはこれだけ災いが起きるのです。

あまりに人の道から外れた超勘違いな人が多いからです。

お分かりですか?他の地域の皆さん、私の苦労がです。

こちらは救われる教えを書いて、それを毎日のように発信しているというのに、そうして、その発信しているブログを実践すればみな救われていくというのに、そういうブログを書いていることにはまったく感謝することなく、それを勝手にスルーして何か悪いことが起きた時だけ、それを全部私のせいにして本気で怒っている。

そういう人たちばかりなのです。こちらの人たちなどです。

あまりといえばあまりに残念な人たちばかりなのではないでしょうか。そのような人たちばかりではです。

そうではないというのなら、感謝して布施してくれる人が、少しくらいいてもよさそうなものですが、嫌がらせをしてくる人はたくさんいても布施する人は皆無です。

ということは、そういうあまりに残念な人が大人から子供までこの辺りはたくさんいるということです。

これでは災いも起きるでしょう。これだけ感謝を知らない超勘違いで罰当たりな人たちが多くてはです。

だから、私はこちらの人たちに対してです。(もうかける言葉もありませんが。あまりに考えが飛びすぎていてです。〔苦笑〕)無駄とは思いつつ布施くらいしてはどうかといっているのです。

せめてです。せめて私に布施くらいしなければ、その自分たちがつくり続けている大きな罪をこの人たちは消すことが出来ないからです。

それくらいひどい勘違いをこの辺りの多くの人たちはし続けているということです。

まあ、こちらの人たちを対象に書いていますが、このブログを見ている多くの人たちは似たようものです。毎日のように神理を見ていて、感謝しない人がたくさんいるからです。

神理など(実践して奇跡が起きる教えなど)早々巡り合えるものではないのにです。そんな稀有な縁をいただいているのに、まったく感謝しない人が多いのです。

そんな罰当たりな態度もないでしょう。そうは思いませんか?…そう(全然)思わないのがこのブログを見ている多くの人たちなんですが(苦笑)まあ、それはそれとしてです。

だから、最初に書きましたが、ソロソロ布施をまじめに考えてはどうですか、といっているのです。

そうしないと、その大きな罪は(神理をいつまでも理解しようとしない)消せないからです。

すでにドンドン徳を積む人も出て来ています。(ウナッシーさんや何度も布施されている人)

少しはそのような人たちのマネをしませんか。それくらいしないと、この神理を見ている意味もないからです。

そうして、そのままでは確実に地獄行きであるからです。

(寂しい話ですよね。神理を見ていながら、それを見ている多くの人が地獄に堕ちるなどです)

追伸…あの十万円の特別定額給付金の申し込み用紙がまだ来ませんよね。大丈夫でしょうか、名古屋はです。

この前、母の高齢者医療制度の医療費の助成金の件で区役所にいってきたんですが、その手続きは五分ほどで終わったんですが、その助成金が入るのがなんと三ヶ月先だといわれました。

もう驚き桃の木山椒(さんしょ)の木ですよね。(笑)私は思わず「三ヶ月」と大きな声を出してしまいました。(苦笑)

これでは助成金を申し込んでも潰れる会社が出るはずですが(すぐ現金がいるのにです)何でこんなに時間がかかるのでしょう。

親方日の丸はです。(笑)

こちらに対しても言葉もありませんが、減らしすぎているのではないですか。公務員をです。なんでも無駄無駄と切り捨ててです。

だから、何をするにも時間がかかる。人も少なければ段取りも悪いからです。(前に生命保険会社に母の入院費の保険請求をしたことがありますが、その時など関係資料を郵送したら三~四日で入りましたよ。現金がです)

今回のコロナ禍でそれがよく分かったはずですが、まだ同じことを繰り返すのでしょうか。日本の人々はです。

まだこれから第二波、第三波のコロナ禍は来ます。第二次補正予算も決まり、次は第三次補正予算も決めてもらわねばなりません。

そちらの方にも(これまで無駄無駄と切り捨てて来た方にも)多くの予算を回してもらいたいものです。

そうしないとコロナ禍の犠牲者が増える一方であるからです。

(病気だけではなく、このような現金支給に関してもそうです。これも犠牲者ですよね。こう給付が遅ければです)

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6月 09 2020

現代教育の間違い

昨日もずいぶん怒っている人が多かったんですが、やたら怒っている人など見苦しいだけです。もう心を入れ替えてはどうでしょう。今のまま態度を変えないのなら絶対にいいことは起きて来ないからです。

もうそんなこと誰だって分かるでしょう。この辺りの人たちならです。

だってこちらは一人ですよ。私は一人で、そういう(怒っている)人たちに集中砲火を浴びているのです。

しかし、私は集中砲火を浴びているだけで少しも悪いことは起きて来ません。しかし、怒っている人たちは、その怒り方が激しければ激しいだけ、そういう人の周りには(もちろんその人自身にも)悪いことが起きているのです。

もう何年にもわたりこういうはっきりした差が出続けているのです。

ではもう分かり切っているではないですか。どちらが正しくて、どちらが間違っているのかはです。

奇跡しか起きない私が正しくて、悪いことが起き続けている私以外の人たちが間違っているのです。だから、これだけ起きてくることが違うのです。

もうそれがはっきりしているのです。だから、それを議論する必要もないし、起きていることを、そのまま受け入れればもうそれでどちらが善でどちらが悪かは嫌でも分かります。

これ以上、私に逆らい続けても災いが現れるだけなのです。もう頭を下げるべきなのではないですか。怒っている人たちがです。

それが正しい人の道であるからです。

昔の人たちなら、もうとっくにそうしていたのです。そうして感謝して布施してくれていたのです。

だから、昔の人たちは、多くの人たちが救われ(それなりに)幸せな生活が出来たのです。

こんなにひどいことが起きる前に自分たちが悪かったと反省し、心と行いを入れ替えていたからです。

だから、それ以上悪いことは起こらず、またよい方に導かれてもいったのです。

昔の人たちは今の人たちほど見苦しい態度は取らなかったからです。もっと早く自分たちの行いを反省し、素直に神を信じたからです。

しかし、現代の人たちはどれだけ災いが起きても、それを責任転嫁しているだけでまったく反省など(神など信じようと)しません。

それでは災いは止まらないのです。それこそ永遠にです。その災いの原因はそのような人々の間違った心にあるからです。

これだけ天罰がくだれば昔の人でなくたっていい加減、神を信じる(認める)はずですが、何でこちらの人たちは、それこそ大人から子供まで、これだけ天罰がくだっているのに、それでも自分たちの罪を認めようとせず(そうして神も)天罰がくだると分かり切っているのに、それでも神理に逆らい続けているのでしょう。

これだけ災いが起きればです。災いが起き続けている人たちのいうことを、いくらきいていても災いしか起きないと、いい加減、分かるはずだからです。

しかし、この辺りの人たちは、一向に考えを変えようとはしません。

いつまでも私のいうことなど信じようとせず、反抗を続け、天罰を食らいまくっています。

なぜでしょうか?

それだけ現代は昔に比べて視野が狭く我の強い人が増えたということでしょう。そうして責任転嫁の権化のような人たちも増えたということでしょう。

まあ、昔と今とではずいぶん教育が違います。その教育の違いが、これだけの不幸となって現れているのです。

昔に比べて今はずいぶん個人の尊重ばかりをいい男女平等もいうからです。

個人の尊重をあまりに強くいえば人のいうことなどきかくなりますし、男女平等とは、それはつまり人間平等ということであり、その平等論がまたあまりに強すぎると(例えば親と子は平等、学校の先生と生徒は平等、年上も年下もみな平等などなど)それに輪をかけて人のいうことなどきかなくなります。

それはそうでしょう。人間みな平等なら、何で平等の者のいうことをきかないといけないのでしょう。

だから私は、こういう何でも平等をいう悪平等論(左翼思想)は間違いであるといっているのです。そんな極端な平等論が人々に浸透するなら人はまとまることが出来なくなるからです。

それぞれの人の考えなどみな違うのです。そういう考えの違う人たちをどうやってまとめるのですか?

皆、平等でです。

先ほども書きましたが、人がみな平等なら、その平等の者のいうことなどきいてもきかなくてもどちらでもいいからです。では、自分の都合のいいことはきくが、都合の悪いことはきかないということになり、自分本位の人が増えることになります。

それでうまくやれるのでしょうか。私たちの生活がです。

人と人は確かに平等ではありますが、皆その持っている能力は違います。だから、自分の能力が劣っている部分は、自分より優れている人のいうことをきくべきなのです。

しかし、あまりに平等論が強いと(そうして個人の尊重が強いと)自分の能力の劣っている部分が見えなくなります。

それプラス現代は無神論です。

では、神のことをずっといい続けている私のいうことなど誰もきかないということになるのです。

神のことをどれだけ知っていても、神など存在しないのだから、そんな奴のいっていることなどきく必要はないとそういうことでです。

その典型がこちらの人たちです。

だからどれだけ天罰が起き続けても、それを自分のせいなどとは絶対に思わない。それだけ昔と今では教育が違い、考え方も違って、人間性も大きく変わって来ているからです。

だから、どれだけ自分たちに悪いことが起きて来てもそれを自分のせいとは認めず、どれだけ見苦しい態度を取っても、それが恥ずべきことだと分からない。

それを間違っているとも見苦しいとも誰も(現代の人たちは)思わないからです。単に本人の自由だとそう思っているからです。

だから考え方もドンドン細かく自分本位になり、だから、保育園をつくるなとか、風鈴がうるさいとか、除夜の鐘がうるさいとか、そういう超がつくほどの自分本位な考えも出てくるわけです。

極端な左翼思想は、自分の考えや視野を狭くし正しい判断を出来なくさせるからです。だから、これだけ不幸な人が増えているのです。

最近の(極端な左翼)教育が間違っているからです。

だからこれだけ災いが現れるのです。そのような大間違いな考えの人が多いからです。

自分たちに起きている災いは、それは自分のせいなのであり、人の(私の)せいではありません。

それに自分で気づくしかないのです。自分で正しいことに気づかなければ自分によいことは起きて来ないからです。

どちらにしても、今のままではよいことは起きて来ないのです。(この辺りの人なら誰だって分かりますよね。それはです)

では、よいことが起きている人のいうことをきくしかないのではないですか。そうする以外、よいことが起きてくることはないからです。

よいことが起きてくる方法を自分でも分かるのなら、もうとっくにこの辺りの多くの人たちはそれをしているはずです。しかし、それが分からないから、この辺りは、これだけ多くの人にこれだけ多くの災いが現れているのです。

自分たちのやり方が(考え方が)間違っているからです。

では誰が、正しい(災いが起きない)やり方を知っているのですか?何度もいいますが、人と人は平等でも、その能力は全然違うのです。

神を知る能力は私以上の人はこの辺りにはいないのです。そうしていま現在はその神の心を知らないと非常に危険なのです。

昨日また布施をいただきました。(最近よく布施してくださる方からです)

そういう愛ある(そうして徳になる)行いこそ尊いのです。

一度、布施してみたらどうでしょう。そうすれば神理に布施する喜びも分かり、愛と慈悲の心も出てくるからです。

愛と慈悲の心がなければ人も自分も救われることはありません。

もうゴチャゴチャいっていても仕方ないのです。これだけ起きていることが違っていてはです。

奇跡が起きている者のいうことをききませんか。

これほど起きている災いから救われる道はもうそれしかないからです。

追伸…あの日本政府が、欧米諸国の香港の国家安全法に対する中国への批判声明に参加を拒否したという記事は、虚偽報道であったということらしいですね。

そうして日本政府は、国家安全法に対して中国に「深い憂慮」を伝えていて、強い立場で中国に発信しているそうですが(官房長官はじめ、ずいぶん多くの自民党の先生方がそういわれているようですから〔苦笑〕それはそうなんでしょうが)しかし、日本政府って、あの香港のデモに対してはっきりものをいったことなどありましたっけ?

私は前のデモの時も、それほどはっきりしたことを(中国に対して)日本政府はいっていなかったと思うから、今回の記事もそのまま信じたのですが、今回ははっきりした態度を中国に対してしているとのこと、それは安心しました。

私は日本はずっと(アメリカと中国を両てんびんにかけて)どっちつかずのままでいるものとばかり思っていたからです。それでは日本の立場は悪くなる一方だとそう思っていたからです。

では、明確に中国にはノーといっているわけですね。それなら習主席を国賓で呼ぶこともないということですよね。

日本が中国の香港に対する国家安全法に明確に反対なら、習近平国家主席もまさか国賓来日などさせることはないはずだからです。日本には東シナ海や尖閣の問題もあるからです。

それをきいて安心しました。では、その勢いで相対してください。中国に対してはです。まさかそれはそれ、これはこれなどというダブルスタンダードを中国に対し取ることはないですよね。

もしそんな態度を日本政府が取るならです。怒るのは欧米だけではなく、日本国民も同じであるはずだからです。

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6月 07 2020

神理を無視する愚かさ

「皆さん、神理を見ているのなら感謝して布施してください。そうしないともう何が起きるか分からないからです」「神理を見ているのに感謝もせず嫌がらせするのはもうやめてもらえませんか。そんなことをしていると必ず罰が当たるからです」

昨日はこんなことばかり連呼していましたね。なぜなら、昨日はまた洗濯にいったからです。

前回、その洗濯に使っているコインランドリーの辺りの人たちがずいぶん怒っていました。あちこちでちょっかいをかけられたのでやばいなと思いながらいったのですが、やはりといいましょうか、予想通りといいましょうか、昨日は前回と打って変わってシーンとしているのです。あの辺りがです。(ほんと静かでした)

まるであの辺りの人たちがいなくなったようです。

「やっぱり何か起きてるな」と思って、それでそういいながら、あの辺りを歩いていったわけです。

これでまだ無視などしていると、またその辺りに何が起きるか(どんな天罰がくだるか)知れないからです。

もうきいてもらえませんかね。私のいうことをです。

神理をきいているのに感謝もせず嫌がらせをしている人たちなど、どれだけ悪いことが起きるか知れないからです。そんな人たちは過去から例外なく罰が当たって来たのです。

そればかりか、そんな態度を取り続けて滅ぼされた人たちもいるのです。

現代の人たちは、そういうことを信じない人たちばかりです。だから、そんな天罰などくだるわけがないと、根拠もなくただそう思い込んでいるのでしょうが(そう思い込みたいのでしょう。神など信じない人たちばかりだからです)しかし、天罰がくだっているのは事実なのです。

これまではそれがはっきり分からなかったから信じない人も多かったのですが(たまたま起きたようにも見えるし、少し時間がたてば、仮に悪いことをしていた人に悪いことが起きても、それが天罰かどうかは分からないし)しかしもう天罰がくだっていると明らかに分かる現象がこの辺りには次々に現れているのです。(私に嫌がらせするとすぐに病気になる)

天罰などこれまで信じて来なかったので今更、天罰などといわれても信じられるか、ではないのです。(そういう考えが不遜なのです)

神は存在し、悪いことをしている(間違ったことをしている)人には天罰もくだる。

もうそれを認めざるを得ない時期が来ているということです。だからこれだけはっきりそういう(天罰がくだるという)現象が現れているということです。

悪いことをしている(間違ったことをしている)こちらの多くの人たちにです。

それはそうと、日本政府は例の香港の国家安全法制を巡って、中国を激しく批判する共同声明を欧米諸国から一緒に出そうと呼びかけられたにもかかわらず、それを拒否したということでずいぶん失望されているようですね。

今日の中日新聞には、日本が共同声明を拒否したのは、中国の習近平国家主席の国賓来日実現に向けて、中国を過度に刺激するのを回避する狙いがあるのではないかと書いてありますが、この状況で習主席を国賓来日させる気なんでしょうか。

日本政府はです。

とても正気の沙汰とは思えませんね。ケンカを売るつもりなんでしょうか。欧米諸国にです。それどころか、いま現在だって日本は中国とは東シナ海や尖閣の問題があるのだし(東シナ海では資源を一方的に抜き取られ、尖閣はしょっちゅう中国船が来て、ついこの間も中国公船に日本の漁船が追いかけられたばかりだし)他国の問題だけではなく、自国でも問題が起きているというのに、なんでその揉めている国のトップを国賓来日させるのでしょう。

まったく意味が分かりません。

まあ、日本政府は中国を厳しく批判する共同声明を欧米諸国などと出して、その後はしごを外されてもかなわないと(まだアメリカはこれから大統領選などもありますし。もし大統領が代われば中国との関係もどうなるか分からないし)そう思っているのかもしれませんが、そうであるなら、せめて習主席の国賓来日はやめるべきでしょう。

そこまでやってしまって、それこそ欧米諸国が本気で怒り出してもいけないからです。何でもやりすぎはいけないからです。

これもまた中道でなければいけないのです。

そうして二、三日前でしょうか。北朝鮮に拉致された方の親御さんが亡くなったというニュースが流れていました。少し前にもそんなニュースが(別の方の親御さんが亡くなったと)流れていましたが、拉致問題が明らかになって二十年たちますが、まったく解決の道はついていません。

こういう中国や北朝鮮など(そういえば金正恩委員長はお元気なんでしょうか?元気であるという報道はききますが、全然顔を見せませんが?)猫なで声で話しかけてくる時もありますが(自分たちが不利な時は)脅してくる時もあり、態度は様々ですが、しかし、結局こういう国は日本のいうことなどまるできこうとしないのです。

きくふりはしますが、実際、日本の頼みなどきいてくれることは(自国の利益にならない限り)皆無なのです。それが現実なのです。

なぜでしょうか?

それはもちろん日本は軍事力という軍事力をしっかり持ってはいないからです。(自衛隊がいますが使えないでしょう。軍事力などです。憲法があるからです)軍事力がない国にこういう国がいうことをきくはずがありません。

このような国々は、最終的には軍事力しか頼るものがないと思っている国ばかりであるからです。だから、軍事力がない国のいうことなどきかないのです。(自分たちのいうことはきかせようとはしますがね。それこそあらゆる手を使ってです。〔軍事力だけでなく、金や女、地位名誉すべてを使ってです。それにのせられている人が日本にもたくさんいるようですが…ほんと哀れです〕)

だから、核武装ですか。

そういうことをいう人もいますが(あっちにもこっちにもです。〔苦笑〕)それもまた極端なのです。

それが抑止力にもなるからと(そういうおもむきが強いからと)そういう破壊兵器など持てば、その思いは結局自分たちに返ってきます。

破壊は破壊しか生まないのです。だから、そんな思いなど持てばいずれは自分たちを破壊してしまうということです。

だから、そういう核など持っている国はいずれは壊れていくのですが(だから、その前にそういう国々が核を捨てるなら別でしょうけどね。核を捨てるなら、その念は消えるからです…だからどこの国もです。核兵器など持ってはならないのです。その核兵器は他国を滅ぼすだけではなくいずれ自国まで滅ぼしてしまうからです)その前にこちらが、その核兵器で壊されてもいけません。

だから、ある程度の抑止力はもちろん持っていなくてはいけませんが、そういう軍事には軍事だけではなくです。

私はもう何度も書いています。この神理の祈りの凄さをです。(今日も書きましたが)実際こちらではもう多くの人たちに天罰がくだっているのです。

これだけ書いていてまだ分かりませんか。私が何をいいたいかがです。

だからもし多くの日本国民がこの正法神理を勉強し実践できるなら、この日本は神からも守られ、そうして日本に危害を加えようとする国があるなら、その国を日本の多くの人々が祈れば、その国に様々な天罰がくだり、とても日本に危害を加えようとすることは出来なくなるということです。

軍事力をある程度持っていればあとは神の力でなんとかなるのです。それだけ神理の祈りは強烈にきかれるからです。

天上の神々からです。

実際、私一人に危害を加えようとするだけでもこれほど多くの天罰がくだるのです。(もう、このブログに書ききれないくらいです。それくらいくだっています。この辺りには天罰がです)では、日本の多くの人がこの教えを実践して祈ったらどういうことになるでしょう。

それこそ、もし日本に危害を加えようとする国があるなら、その国を滅ぼすことさえも出来るということです。

もちろんその場合、日本は正しくてその国が一方的に悪いという条件はつきますが。

そうして、軍事力と違い、この正法神理は持つ人が(学ぶ人が)増えれば増えるだけ奇跡が起きて来ます。そうすればこれまで解決出来なかった問題も解決していくということです。

例えば、拉致問題などもです。神の導きも得られるからです。

だから軍事力とはまったく違うのです。(軍事力〔破壊する力〕は持てば持つだけ自分たちも危なくなる。その思いが自分たちに返って来てです)

まったく異質の力ではありますが、そのような大きな力を得ることが出来るということです。日本の人々がこの正法神理を実践するならです。

この神理を勉強して行うなら、自分だけでなく国まで守られていきます。

それでもこの神理を無視しますか。

まだ分かりませんか、それだけ愚かな行為もないということがです。

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