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12月 30 2019

神を信じた時代と神を信じなくなった時代

さすがに年末年始の休みに入りましたかね。どこもです……などと思っていたら来てますよ。

どこかの会社などです。

仕事がどれだけ忙しいのかそれは知りませんが、それだけではなく家にいても不安なんではないですか。

災いは年末年始など関係ないからです。正月でめでたいからと災いも休みというわけにはいかないからです。

どこかの会社などあれだけ電話がかかって来ているのです。そういう状況では、家にいても自分だけではなく家族の誰に災いが現れるか知れません。

そういう人生が楽しいのでしょうか?

もう少し真剣に考えればいいのにと思いますけどね。今のひどい状況がどうしたらよくなるのかをです。

この辺りはどこも似たようなもんだと思いますが、そのようなすさまじい状況でも奇跡が起きている私のいうことを誰もきこうとはしないのでしょうか。

だとしたら、それはそれですさまじい人たちです。(苦笑)

しかし、昨日も書きましたが、聖書など読めば、預言者のいうことをきいている人はみな救われています。そうして、その預言者のいうことをきかない人はみな滅びていっています。(そうして死後は地獄行きです)

本物の預言者は必ずといっていいほど奇跡が現れています。(口だけの預言者などいませんもんね。偽の預言者はそういう人がたくさんいますが)その奇跡が私にも現れているのですが、何か同じことが起きていませんか?

特にこの辺りなどです。聖書に書かれてあることとです。

奇跡が起きている私のいうことを誰もきこうとしませんが、しかし、そういう人たちに次々に災いが起きているのです。(そうして滅びっていっています。病気で亡くなる人もいるはずだからです)

聖書の中にもそのような場面が出てきますよね。預言者に逆らう人たちがたくさん滅びています。

しかし、ウナッシーさんのように私のいうことをきいている人にはちゃんと奇跡が起きています。

こういう場面もたくさん出てきますよね。聖書の中にです。預言者のいうことに従って救われたという話はです。

だから聖書に書かれてあることと同じようなことが起きているといっているのです。この辺りの人たちにもです。

聖書の中にもです。奇跡が起きる預言者のいうことをきいている人たちにはちゃんと奇跡が現れ、その預言者に逆らっている人たちにはちゃんと災いが(ちゃんとという言い方も変ですが)現れているからです。

何度もいいますが、その預言者に起きている奇跡と同じような奇跡が私にも起きているのです。

では、私も同じ預言者といわれていたのではないでしょうか。聖書が書かれた時代に私が生まれていたのならです。

しかし、現代は、そのような時代とはほど遠く神など信じない時代になっています。

だから皆、私(預言者)のいうことを信じようとしないのです。時代が変わっているからです。

神を信じた時代から神を信じなくなった時代にです。だから預言者といっても理解しない人が多いのです。

しかし、多くの人が神を信じようが信じまいが、預言者を知ろうが知るまいが、同じ預言者がこの世に現れた場合は同じことが起きるのではないでしょうか。

それをこのように起きている結果が示しているのではないでしょうか。だから同じことが起きているのです。

聖書が書かれた時代も、そうして現代も、神が支配されている時代には変わりがないからです。

ただ、この世の人々が、その神を認めるか、認めないか、その違いなだけであるからです。

しかし、認めようが認めまいが、この世は(この世界は)神が支配されていることには変わりがないのですから、だから同じことが起きるのです。

本物の預言者が現れた場合、その預言者のいっていることは正しいことであるからです。

その正しいことをいっている預言者に従わなければ災いが現れるのは必然だからです。

結局、聖書が書かれた当時の人たちは、その起きている災いがすぐに天罰だと分かり、今の時代の人たちは、それが天罰だとは分からない人たちが多かった。

今の時代は多くの人たちが神を信じない(そうして預言者も信じない)時代になっているからです。

だから、不幸になる人が多いのです。(聖書が書かれた時代以上にです)この時代の多くの人たちが天罰を天罰と理解せず、それを人や他のもののせいだと思い込んでいるからです。

神や預言者を信じない人たちは、天罰などくだるはずがないと信じ疑わないからです。

だから、これだけひどい状況になっているのです。この辺りも、そうして日本全体でもです。

そうではないでしょうか。私は、このような異常現象が起きているのは、人々の心と行いが間違っているからです、多くの人の心が神の心から離れてしまっているからですと、そのようなことをいい続けました。

しかし、このブログを見ている多くの人たちは、それを信じなかったのです。

激しい天変地変などは温暖化のせいでありただの自然現象、そうして次々に病気になどなっているのはお前(人)のせいとして(?)まったく反省などせず、自分の心も行いも一切変えず、神や預言者の言葉など信じようとはしなかったのです。

その結果がこれです。

激しい天変地変は、より激しさを増し、そうしてこの辺りの災いは(病気などの)ドンドン増え、起きる災いはとどまるところを知らない状況となっているのです。

多くの人たちが私(預言者)のいうことを信じようとせず、神も信じなかったからです。

しかし、いつの時代であっても預言者のいうことは正しく、だから預言者には奇跡が起きているのであり、だから、その預言者のいうことを信じる者は救われ、逆らう者は滅びるのです。

滅びている者が間違っているからです。

預言者とは、神の言葉を預かり、それを正しく伝える者をいうのです。

その預言者の証が起きる奇跡なのであり、そのような預言者のいうことを無視したり、逆らっている人には必ず災いが現れるのです。

それは聖書や仏典など、過去から遺る書物に同じように記録されていることでもその事実が分かります。

神は永遠不変であり、神の力は時間の経過にかかわりなく、必ずかかってくるのです。神のこの世の支配は未来永劫変わりがないからです。

だから、その神の言葉を正しく伝えている預言者のいうことに従うなら、その人に奇跡が現れて栄え、それに逆らう人たちは滅びて行くのです。

預言者に逆らうということは、この世界を支配している神に逆らっていることと同じであるからです。

神に逆らっていてこの世で幸福になれるわけがないのです。

その通りのことが遠い遠い過去から起きていて、そうしていま現在も起きています。(そうして未来永劫、同じことが起こります)

それでもまだ私のいうことを信じようとはしないのですか?行おうとはしないのでしょうか。

私がいっていることは正しいと、歴史も、そうして起きていることも証明しているのにです。

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12月 29 2019

災いを止められない原因

しかし、不思議な話ですね。

そうではないでしょうか。だって昨日のどこかの会社でもです。明らかに災いが(病気が)現れているのです。(もう午前中など電話ジャンジャン、キレまくりでしたから)

しかし、こういう災いがどれだけ現れてもです。この連中は私のいうことをききません。そういう災いに対し怒ってでかい音を立てて嫌がらせをし続けているだけなのです。

なぜでしょう。怖くはないのでしょうか?私のいった通りのことがこれだけ起きているにもかかわらずです。

それなのに私のブログは見ているのです。私のいうことは無視するくせにです。

何で無視している奴のブログを読むのでしょう。しかも毎日のようにです。

それだけ興味を持って私のブログを読むのならです。何で私のいうことをきこうとはしないのでしょう。

意見をきこうともしない奴のブログをよく読みますよね。それだけ嫌な奴のブログなど読めば普通なら気分が悪くなりそうだからです。

しかし、平気で読んでいるのです。この連中はです。

そういう無神経な態度も不思議なんですが、一番不思議なことはこの連中はこれだけ多くの災いが起きているにもかかわらずです。(昨日、起きたような災いがしょっちゅう起きています)

何で私のいうことをきかないのでしょう。自分たちの考え方では、その起きている災いは止まらないのにです。

もう自分たちの考えだけでは止まりませんよね。だから何年にもわたり、そのようなことが起き続けているのです。

自分たちだけでは、自分たちに起きている災いを止めることが出来ないからです。

しかし、その災いが止まらなければ会社の従業員から家族からみな病気になっていきます。(災いが止まらないんだから、そりゃそうなるでしょう)

分かっているんでしょうか。そういう事実をです。

この連中には、本当にそのような恐ろしい(癌やコロッと逝くような)病気が次々に現れているからです。

ただ私が、そういうことが起きると脅しているわけではないのです。実際に自分たちの目の前でそういう現象が、もう何年にもわたって現れて続けているのです。にもかかわらずです。

それを止めようともせず、止まるといっている者の意見をきこうともせず、ただ怒っているだけ。

これは特別この会社の連中だけではなく、この辺りの他の会社も(人たちも)同様なのです。同じような(恐ろしい)現象がたくさん現れているところがいくつもあるのです。

それにもかかわらず誰も(この現象を止められるといっている)私のいうことをきこうとしません。誰一人ですよ。

不思議な話ではないでしょうか。

これだけ多くの恐ろしい現象が、相当多くのところですさまじい数が現れているにもかかわらず(そのすべてのところの数を考えたら凄い数になりませんか?車〔運転手連中〕なども考えたらです。もう何年もそういうことが起き続けているからです)誰も奇跡が起きている(口だけではない)私いうことをきこうとしないからです。

これだけ不思議といいましょうか、奇怪な話もないわけです。

凄い数の人々が次々に病気になっているというのに、それを止められるといっている者のいうことを誰も一切きこうとしないからです。

起きている恐ろしい現象を、そういっている(止められるといっている)者のせいにして、恐れもせず(本当に恐れていないのかどうかは疑問ですが)ただ怒っているだけであるからです。

そうして普通の生活を普通にし続けている……しかし、大丈夫なんでしょうか。

こんな凄いことが、こんな身近に起きているにもかかわらず、一切態度を変えようとしないでいてです。

この辺りの人たちは、起きていることがしっかり分かっているのでしょうか?

それとも自分だけは病気にならないとでも思っているのでしょうか?まさかそれほど楽観的な人もいないと思いますが、どう思っているのかは分かりませんが、どちらにしてもずいぶん危ない態度であることだけは確かでしょう。

そういう無神経な態度の人たちが次々に病気になっているからです。

しかし、私が何をいってもきかないんだからどうしようもありませんが、もしです。

もし、きく人がいるのなら、そういう人はきいてください。今のままではこの起きている災いは増えることはあっても減ることはないからです。実際にそうなっているからです。

本当に本当にです。私のいうことをきかなくてよいのですか?

私以外では災いが起きている人ばかりなのです。(または何も起きていない人)少なくとも奇跡が起きているのは(この辺りでは)私一人なのです。

その奇跡が起きないと災いは止まりませんよ。つまり今、何も起きていない人でも、その人に奇跡が起きて来なければ(それくらいの心にならなければ)いずれ災いは起きてくるということです。

そのいっている意味が分かりますか?ずいぶん重要なことをいっているのですが。

別に私は今だけのことをいっているわけではないからです。

これまでも奇跡が起きている人に災いなど起きたことがないということをいっているからです。

ないですよね。これまでも奇跡が起きている(例えば、釈尊やキリストなど)人たちに災いが起きたことなどです。

そういう歴史がこれまでずっとあるのです。つまり奇跡が起きるということは(そういう奇跡が起こせる心であるならば)災いは起きないということです。

災いを防ぐ力が奇跡にはあるからです。

それはこれまでの歴史が証明しています。歴史上、奇跡が起きている人に(預言者などといわれている人たち。そうして、そういう人たちの言葉をきいていた人たちに)災いなど起きなかったのです。

それは聖書などを見れば分かります。だから、そういう事実があることは誰でも知っていることなのです。

それなのに、そういう歴史も考えず、今これだけ災いが起きている日本でよく普通に生活が出来ますね。

そこは凄いといいましょうか。無知といいましょうか。すさまじい鈍さだなと思う次第です。

現代の人たちは、これまで様々な災いを防いだという歴史書があるにもかかわらず(聖書などの)そのような書物を軽視し無視し続けているからです。

しかし、これだけ起きている災いの解決策は、そのような書物の中にあるのかもしれません。

逆にいえば、そのような書物に書かれたことを無視しているから止まらないのではないでしょうか。現代の日本に起きている災いはです。

いま現在、これだけすさまじい災いが日本には起きているのです。

そのようなこれまで書かれた書物を、謙虚に信じるのもまた一つの手であるのではないでしょうか。

現状では日本に起きている災いを誰も止めることが出来ないからです。

日本全体もそうですが、特にこの辺りはです。すさまじい数の災いが起きているのです。(それは誰でも知っているでしょう。この辺りの人たちならです)

それなのに奇跡が起きている者のいうことをきかずにいて、本当によいのですか?

聖書など読めばです。その奇跡が起きている者のいうことをきけば災いは止まると書かれてあるからです。

そのようなこれまで書かれた書物の中に、日本に起きている数々の災いを止める方法も書かれてあるのです。

これまでの長い歴史上、現代の日本のように数々の災いに見舞われたところは当然あるはずだからです。

その歴史の軽視、それがこの起きている災いを止めることが出来ない、一番の原因なのです。

(よく考えてみてください。どれだけ発達した現代科学であっても起きてくる災いを止めることは出来ないのです。では、どうやったら止まるのですか?それは歴史に学ぶしかないということです)

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12月 28 2019

感謝、布施、帰依

また朝からお怒りの人もいるようですが、まだ分かりませんかね。いつまでも怒っていたりボケっとしていては危ないだけだとです。(ほんと「危急存亡の秋」なんですがお気づきですか?)

昨日も怒っている人が多かったんですが(あんなブログを書けばそうなるでしょう)怒っていたところで起きる災いが早まるだけです。

帰依するしかないのです。この正法神理にです。それ以外で救われる道はないからです。

それに昨日書いたことは嘘でもつくり話でもなく(そうして大げさでもなく)実際に起きていることなのです。

本当に起きていることなのですから、それを無視したり怒っていたりしたところで、その起きていることがよけていってくれるわけでもありません。

現実は現実として受け止め、そうして、そういう現象が、自分にはどうしたら起きて来ないのかを真剣に考えないといけないのではないですか。

自分に災いが起きたくない人はです。すでに、それだけひどい災いが起きているのは事実であるからです。

それが正しいやり方であると思うんですが、なぜかこの辺りの人たちは怒っているだけの人ばかりです。そういう人たちに次々に災いが起きていると分かっているはずなのにです。

こういう人は災いが起きてもかまわないという人なのでしょうか?それとも他の考えがまったく浮かんでこないのでしょうか。

それではあまりに愚かであると思いますが、昨日は、怒っていた人が多かった半面、私が「もう汚い心のままではいつ災いが現れるか知れません。早くこの教えに帰依したらどうですか」などとあちこちでいっていたら、黙ってそれをきいている人もたくさんいました。(むこうを向きながらとか、無視しながらとか、そういう人たちも入れればです)

もう分かっている人も多いんでしょう。そのことをです。だって、本当にそれ以外ないからです。救われる道はです。

もう何度でも書きますし、何度でもいいます。この教えに帰依する以外で、次々に起きてくる災いから逃れる術はないからです。

それをしないとこの辺りの人たちなど、特に危ないのです。(なんかすごいですね。最後の最後までです。どこかの会社などです。また電話が次々にかかって来てキレ出しました。こんな年末になっても同じことが起きています。災いが止まらないようです。〔汗〕)

こういう状況で、これまで通りの信仰をしていてそれで助かりますか?そういう人たちが次々に病気になっているのにです。

それは特別この辺りだけではないでしょう。他の地域でも天変地変はもちろんのこと、癌やコロッと逝く人も線維筋痛症や悪性リンパ腫になる人もいるのです。

別に、そのような病気になったアナウンサーの人たちを茶化しているわけではありませんが、如来の教えを見ているのに一切感謝などしないと(無視などしていると)そういう思いもしない病気になることも多々あるということです。

間が悪いことも起きるということです。

そのようなことがこの辺りなどどれくらい起きているのか分からないくらいなのです。だから、もう正しく理解しなといけないといっているのです。

逆のことをしている(この教えに従っている)人にはちゃんと奇跡が起きているからです。

これもまた(このブログを読んでいる人が)分かるまでいい続けます。

そのような(無視する)態度がどれだけ悪いかということをです。この辺りの人たちは当然ですが、他の地域の人たちもです。

どこにいても起きることは起きるからです。奇跡も、災いも、近かろうが遠かろうが場所に関係なく現れるからです。

その人の心と行い次第でいくらでも起きてくることは変わるのです。

感謝して、布施して、そうして帰依してください。この正法神理にです。そうすれば起きている災いは必ず止まるからです。

いい加減、私のいうことを信じませんか。信じる人は救われるからです。(奇跡が起きている者のいうことをです)

追伸…昨日はウナッシーさんから今年最後の布施をいただきました。ありがとうございました。

今年もウナッシーさんからはたくさんの愛をいただきました。心より感謝いたします。

その反面、これもまた今年もなんですが、他の人たちからはたくさんの怒りや憎しみをいただきました。(苦笑)そちらにはとても感謝できません。全部お返しいたします。出された人にです。(笑)

それにしても変わりませんね。このブログを見ているウナッシーさん以外の人たちはです。(苦笑)

特に今年はひどいですね。最近などもう周りに病気になる人が続出しているようで(昨日も書きましたけどね。そうしてどこかの会社などもすさまじいですからね。もう怒りまくっています)だから私の今年の漢字は「病」ですかね。

ほんと毎年ろくな漢字が出てきませんが、今年は特にそういう人が増えてきたように感じるからです。

段々、起きる現象はひどくなっていくようですが(無反省な人ばかりではそうなります)しかし、愛を出さない限り愛が返ってくることはありません。

いい加減、少しの愛くらい出されてはどうでしょう。逆恨みばかりしていても災いしか起きないからです。

如来の教えを伝えてもらえるほどの愛もないのです。

そういう恩をいつまでも仇で返していてはいいことが起きるわけがないのです。どれだけそれを否定しても、起きていることで、その否定している人たちの間違いは分かるのです。

その人たちが正しことをいっているのなら、災いなど起きようはずがないからです。必ず奇跡が現れるからです。

来年こそは「愛」という漢字を最後に書きたいものです。そうして、今年は多くの方々にたくさんの愛をいただきました。本当にありがとうございました、というくだりもです。

そういうことが書ける年なら、これまでのような(災いばかりが起きる)ひどい年にはならないはずだからです。

今年最後にウナッシーさんにならって、少しくらいの愛を(布施を)いただけないでしょうか?

それくらいの愛など出しても罰は当たらないと思いますが。(苦笑)

というか、出さなきゃ(それくらいの愛がまだ出せないようでは)罰は当たるでしょうね。すでにずいぶん当たっているようだからです。そのような天罰がです。

こちらなど特になんですが、こちらだけなんでしょうか?他の地域にも出ているのに気づいていないだけなんじゃないですか。その天罰をです。(周りに病気になる人など出ていませんか?)

それをいつまでも気づかなければ、起きる天罰は段々ひどくなります。ひどくなる前に(自分に何か起きてくる前に)早く気づいてほしいものです。

こちらなどすでに悲惨な状況になっているからです。

その悲惨な状況を変えるには愛の行為しかないからです。

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12月 27 2019

「お前のせい」ではなく「自分たちの間違い」

IR(カジノ)参入をめぐっての収賄容疑で国会議員が逮捕され、大騒ぎになっていますね。(中国企業から数百万の裏金をもらっていたとか)

これからカジノなんか始まればこういうことが日常茶飯事になるんでしょうね。裏金づくりなど(マネーロンダリングなど)カジノならお茶の子さいさいであるからです。

ほんとゾッとするんですが(IR汚職でもIR疑獄でも何でもいいからガンガンやってください)こういう(よい悪いは無視で)自分たちの利権しか考えていない国会議員もいます。(カジノなど賛成する議員はそうでしょう)そういう議員を皆さん祈ってあげるといいでしょう。

そうして気づきを与えてあげないと、こういう議員は地獄行きだからです。(嘘をついてまでカジノを引き込もうとする市長までいるし。〔苦笑〕)

総理大臣でも地獄にいる人がいるそうです。(高橋先生がいわれていました)この世の地位の高い低いは関係ありません。(現総理大臣は大丈夫でしょうか?最近はおかしな法案ばかりを進めていますが)

正しい生活こそ大事なことなのです。その生活の仕方を間違えれば誰でも地獄行きだからです。

もうどれだけ怒っても無駄なのです。この近所、キレまくっているオッちゃんが何人もいますが(ほんと私が歩いているとウロウロしています)無理なのです。

怒っていても(責任転嫁していても)止まらないからです。その起きている災いはです。

会社の従業員から誰からもう次々に災いが現れているようですが(キレてるオッちゃんって社長さんですか?)そういう人たちを助けたいのなら帰依されたらどうでしょう?

この如来の教えにです。

そうしてこの教えに従うのなら救われますよ。なぜならこのような状況でも奇跡が起き続けているのは、私だけだからです。(この正法神理だけだからです)

そういう事実をいい加減理解されてはどうでしょう。この辺りはすでにすさまじいことになっているからです。

私はあちこち回っているのでよく分かるのです。もうたくさの災いがこの辺りに現れているということがです。

特にこの近所はひどいようなんですが(ほんとドンドン出ているところがあるようですが)それは仕方ないでしょう。この近所の人たちは、私に嫌がらせはしても感謝などしたことがないからです。

如来の教えを説いている者の、その如来の教えを読んでいるくせに感謝もせず、嫌がらせをし続け、その自分たちの行いが原因で起きている災いまで私のせいにして怒りまくっている。

もう、滅びるまで出続けるでしょう。その災いはです。それだけ罪深い行いもないからです。

この災いは、その如来の教えを実践する以外、止める方法はないからです。

しかし、それを一切きこうとせず(その重要さを一切理解せず)同じ態度をし続けている。もう止まらないでしょうね。この近所で起きている災いはです。

だってもう凄い勢いで現れているからです。この教えを知っている人にも知らない人にも災いはです。(全国的にもです)

それにもかかわらず、この辺りの人たちはよけい罪深いことをしているのですから(如来の教えを説いている者に対する恩を仇で返している)それくらいの(なお一層の)災いは現れてくるでしょう。

あまりに態度が不遜であるからです。

だからいっているのです。もう無理だとです。どれだけ怒っても、この辺りなどすでにあちこちでキレている人がどれだけいるか知れないからです。(自業自得なんですが)

それだけの凄まじい数の現象が現れて来ているのに、何でそれが怒っていて止まることがありましょう。

もはやこの辺り、それが(それだけすさまじい数の現象が起きるのが)普通のことのようになりつつあるからです。

もうこの辺りは、そのような激しい災いが起きているところは自分のところだけではないのです。

だから、みな同じ態度を取るのです。

それどころか、そういう怒っている人たちにもいつ現象が現れるか(もっとひどいです。もう現象が現れている人もたくさんいるようだからです)分からないのです。

何か満身創痍(まんしんそうい)のような人もいるようだからです。

もうこの辺りなど悲惨の極みみたいな人までいて、そのままでは神に潰される会社まで出てくるのではないですか。次々に従業員が病気になっていくなら仕事もままならなくなるからです。

それくらいの勢いで災いが出始めているところ(会社)が現にあるようだからです。(これマジでです。マジでそういうところもあるようです。ほんとメチャクチャ起きているようなところもあるからです。特にこの近辺はです)

だから真剣にきけといっているのです。私のいうことをです。この正法神理をです。特にこの辺りの人たちはいつまでも傲慢な態度を取り続けていないでです。

もうよく理解してください。

これだけの災いがこの近所に現れていても、私には奇跡が現れ続けているのです。(分かります。この重要な意味がです。全国的に見ても他の宗教では奇跡など現れていないんですよ。奇跡どころか、他の宗教をしている人たちにも同じように災いが現れているのです。この教え〔正法神理〕だけなのです。こういう状況でも奇跡が現れているのはです。その意味〔大変重要なです〕お分かりですか?)

奇跡が現れるということは私が正しいことをしているから(この正法神理が正しいから)奇跡が現れているのであり、災いが現れている人たちは、間違ったことをしているから災いが現れているのであって、では、その間違いを正さない限り、その災いは止まらないのです。

だいたい、災いが現れている人たちが、お前のいうことなどきけるかとか、お前のいうことなど間違っているとか思って、私のいうことをきかないとは一体どういうことなのでしょう?

どういう根拠でそう思っているわけですか?自分たちには災いが起き続けているのにです。

災いが起き続けているということは、自分たちが間違ったことをし続けているから、そういうおかしなことが起き続けているのであり、なんで、そんな間違ったことをし続けている人たちが(何一つ正しいことが〔奇跡が〕起きない人たちが)人のことが間違っていると分かるのでしょう。

自分がすでに間違ったことをしているのにです。

はっきりいいまして、そういう人たちは単に自分たちの間違いに気づいていないだけなのです。

自分の間違いに気づいていないから、人の(私の)正しさが分からないのです。自分が間違っていると全然理解していないからです。

だから私が間違っていると思っているのでしょうが、残念ではありますが、自分が間違っているのです。

だから災いが止まらないのです。自分の間違いに自分が気づいていないだけだからです。

しかし、自分たちに災いが起きているということは、自分たちのしていることに間違いがあるから、そういうこと(災い)が起きているのであり、その自分たちの間違いに気づかなければ災いなど永遠に止まらないのです。

「お前のせい」ではなく「自分たちの間違い」なのです。

それが理解できない限り、自分たちに起きている災いは止まらないですし、自分たちが間違っていると分かれば、私の意見も素直にきけるのではないでしょうか。

自分の間違いが分かるなら、自分たちの考えではもうよいことが起きて来ないと分かるはずだからです。

仕事であるなら、このようなことはよく分かるのでしょうが(間違った仕事の仕方をしていれば利益が上がらないでしょうから)しかし、生活の部分ではなかなか自分たちの間違いには気づきにくいでしょう。

それでもやれてしまうからです。少々悪いことが起きてきても死なない限りは自分が悪かったと理解しないからです。

しかし、もう少々の悪いことが起きているだけではすまない状況が現れているのです。(もちろんそれはこの辺りだけではなく日本中にです)

もう気づかなければいけないでしょう。自分たちの間違いにです。そうしてこの正法神理の偉大さにもです。(これほど災いが起きている中で奇跡が起きるってすごいことですよね)

とにかく(この辺りだけでも)すさまじい勢いで現象が現れて来ています。(それは事実です。本当に今のこの辺りはすさまじいです)

それでもまだ私のいうことを無視しますか?この教えに従うことはしないのでしょうか?

しかし、それほどの大間違いもないのです。

この正法神理を行わない限り、救われる道はありません。この教えを実践するなら日本も、そうして世界まで救われて行きます。

しかし、今の勢いで災いが現れだしていては、救われるどころか多くの人々が滅ぼされて行くのです。(実際に滅ぼされていますが)

凄い勢いで災いが現れだしているのは事実です。

それでも行わないのですか。この教えをです。

いつまでも私のいうことを無視するのではなく、信じ行ってください。この正法神理をです。

そうすれば、そのすさまじい勢いで起き出した災いも止めることが出来るからです。

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12月 26 2019

タネをまく人

今年は出生数が初の九十万人割れ(八十六万)だそうですね。そうして死亡者数も百三十七万人を超えて戦後最多になる見通しであるとか。

死亡者数など最近は毎年戦後最多を更新していますが、いよいよ始まりましたかね。

日本の人々の激減がです。

こちらも凄いですからね。そこらじゅうの人たちが病気になっているようですが(これ、大げさでなくです。そこらじゅうの人が怒っていますから)大丈夫なんでしょうか。

この教えに(正法神理に)帰依しなくてです。

心が汚いままの人たちにドンドン災いが現れているようです。(全国的にもそんな感じですが)この辺りの人たちなど、それでも仕事(と遊びくらい)しか真剣に考えないようですが(神のことなど二の次みたいで)自分が病気になってからでは遅いと思うんですけどね。

それが数字にも現れているんでしょう。これだけ出生数が減り続け、逆に死亡者数は増え続けているのです。

その理由はいろいろつけられるのでしょうが、何年にもわたり、こういうパターンが続いているのは明らかに変でしょう。

変ではないですか。高齢化とはいえ、毎年毎年、生まれる人は減り、死ぬ人は増え続けているのです。最近は長生きする人も増えているのになんで毎年死ぬ人が増えているのでしょう。

医学だって発達しているのにです。

それにこの辺りだけではなく(この辺りはもちろんですが)起きている災いもドンドン増えています。(ほんと一向に減りません)

なんでこんなに悪いことばかりが毎年増えて行くのでしょう。逆によいことはドンドン減っているのにです。(だって、出生数がこれだけ急激に減るのは予想外らしいですもんね)

無神論の(または間違った信仰をし続けている)日本の皆さん、いい加減、正しい信仰に目覚めたらどうでしょう。

そうすれば、このようなパターンは変わってくるからです。

信じないかもしれませんが、正しい信仰をしてみれば分かります。災いも減って死ぬ人も減るということがです。

そうして生まれてくる人も増えるということがです。そのように(よい方に)導かれるからです。

正しい信仰をする人が増えればです。

前回も書きましたが、私はずいぶん、その(正しい信仰の)タネをまいています。少しは活かしてもらえないでしょうか?

正しい信仰のタネをです。

そうすれば少なくとも日本に起きている災いなどは確実に減ると思うからです。

そのタネをまく人の例え話をキリストがされています。時期も時期ですので(クリスマス。ちょっと過ぎましたが)その話を聖書から書いておきましょう。

正法神理のタネの大事さを少しは分かってほしいからです。

ルカによる福音書から抜粋します。

<大勢の群衆が集まり、方々の町から人々がそばに来たので、イエスはたとえを用いてお話になった。

「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間にある種は道端に落ち、人に踏みつけられ空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。またほかの種は良い土地に落ち、生え出て百倍の実を結んだ」

イエスはこのように話して「聞く耳のある者は聞きなさい」と大声で言われた。

(中  略)

「このたとえの意味はこうである。種は神の言葉である。道端のものとは御言葉を聞くが、信じて救われることのないように、後から悪魔が来て、その心から御言葉を奪い去る人たちである。石地のものとは、御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても試練に遭うと身を引いてしまう人たちのことである。そして茨の中に落ちたのは、御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟するまでに至らない人たちである。良い土地に落ちたのは、立派な善い心で御言葉を聞き、よく守り、忍耐して実を結ぶ人たちである」>

救われる人とは、立派な善い心で御言葉をきき、よく守り、忍耐して実を結ぶ人たちだけです。

だからキリストは「富んでいる者が神の国に入るより、ラクダが針の穴を通る方が、もっとやさしい」といわれたのです。

それだけ本当の神の教えを実践する(し続ける)ことは難しいことではありますが、しかし、これだけの災いが日本には起きているのです。

自分のやれる範囲でいいからやりませんか?その神の国もです。段階があり、ある程度、正法神理を実践出来れば、入れる神の国もあるからです。

地獄に堕ちるよりはよほどよいと思うからです。

今のままの無神論、あるいは間違った信仰を続けても、それは災いが起きるのを待っているのと同じなのです。

せっかく、この教えを知ったのです。キリストほどとはいいませんが、少しは奇跡も知ってください。

災いばかりを知るのではなくです。(苦笑)

追伸…しかし、最近はあれですね。

有名人もおかしな病気になりますよね。

アナウンサーでしたか、線維筋痛症ですか。なんか体中が痛む病気だそうですが(原因不明でいつ治るか知れない)変わった病気がいろいろあるものですね。ほんとお気の毒です。

それにこれもアナウンサーの人ですが、これまで働いていた会社を退社したとたん、悪性リンパ腫になったとか。これもまたお気の毒です。間が悪いといったらないからです。

まさかとは思いますが、こういう人たち、私のブログを読んでいませんよね。如来の教えを無視していると、こういう悪いことも起きるからです。

この辺りの人たちと似たような(運の悪い)ことが起きていると思われるからです。(二度あることは三度あるといいます。アナウンサーの人たちなどお気をつけください)

しかし逆にこの教えを知っているのならです。こういうひどいことが起きているのなら、それこそこの正法神理に帰依されるチャンスでしょう。

されたらどうでしょう。帰依されるなら私たちも全力で祈るからです。(ネェ、ウナッシーさん、仲間が増えるのですから。〔笑〕)

私たちが全力で祈るなら奇跡も起きて(なにせ、奇跡が起きている者たちが祈るのですから)病気も快方に向かうと思うからです。

まあ、あまり神の力を無視するのではなく、このような時は頼られたらどうでしょう。そうすれば神の偉大な力も分かると思うからです。

最近は有名人もよく亡くなっています。(特に政治家など多いですよね。最近はです)他の地域で、この如来の教えを無視し続けている人たちはお気をつけください。

こちらではそのような(悪い)ことは日常茶飯事であるからです。

こちらの人たちは今日も朝からお怒りのところがあるようですが(何度もいいますが)帰依まで出来ないのなら布施くらいされてはどうでしょう。

そのような不遜な態度を続けていても災いは防げないからです。(これも何度もいっていますが)そのままでは必ず災いは現れるからです。

災いに年末年始の休みはありません。

布施くらいされてはどうですか。そうすれば(そういう愛の行為を行うなら)年末年始の休みくらいは平和に暮らせると思うからです。(苦笑)

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