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10月 04 2019

「反省」を知らない哀れさ

やはりといいましょうか、予想通りといいましょうか。止まらないようですね。どこかの会社などです。(一人、二人ですんでいるんでしょうか?今日など異様な態度ですが)

このままだと、またこの土、日でどれくらい逝く人が出るか知れません。だからちょっと書いておきます。

こんな状況でこれ以上我慢しても仕方ないでしょう。というか、危ないだけです。これ以上の無理はやめてはどうでしょう。本当に命に関わるからです。

こんな現象が現れていて、もう神は存在しないもないのです。神が存在しなければこんな現象は現れないのです。

ここまで最悪の現象を神から現されているのです。もう神の存在をしっかり認め、これだけちゃんと神の存在もそのお力も分かったのです。

それを教えてくれたこのブログに(如来の教えに)しっかり感謝して素直に布施くらいされてはどうでしょう。

その方が命がなくなるよりはよほどよいと思うからです……と普通は思うのですが、というか、思うはずなんですが、ところがです。

ところが、この辺りの人たちは私を知ってからずっと嫌がらせをし続けているものですから、それ以外のやり方がどうも分からないのではないでしょうか。

だから、何が起きて来ても怒って嫌がらせです。それ以外のやり方を知らないからです。

それをしているばかりにドンドン悪いことが起きているというのに、それでも同じ態度をやめようとしない。

悪いことが起きれば起きるほど怒って嫌がらせをしてくる。それ以外どうしていいか分からないからです。

昨日もあんなブログを書いたら怒っている人がたくさんいました。やたら怒っているトラックの運転手も何人もいましたが(思いっきりブシュとやっていった)そういう人たちが今日はどうなっているのか?

脅しでも何でもなく、もしかしたらコロッと逝っているかもしれない。すでにそういうすさまじい状況であるからです。(それはドンドン減っていく車の状況や〔昨日もほんと道がすいていました〕この辺りの状況を知るなら想像できるはずですが……)

しかし、それでも同じような態度を崩そうとしない。そういうことを恐れるも何も、それ以外の態度を知らないからです。

だから周りの状況がドンドンひどくなっているのに、怖がるどころか、その態度がますますひどくなる。この辺りの人々は怒って嫌がらせする以外の方法を知らないからです。

ちょっと考えられないと他の地域の人たちは思うのかもしれませんが、結局、反省という心がないと同じことを繰り返してしまうのではないでしょうか。

だから、それ以外のことが仮に分かっていたとしても出来ないのです。反省ということを知らないからです。

反省しなければ態度は変わりません。だから態度を変えようがないのです。この辺りの人たちは反省しないからです。(そうして反省しなければよいも悪いも分かりません。だから、この辺りの人たちは自分たちが悪いことをしているということも分からないのです。だから私に平気で罪を擦り付けられるわけです。反省しないから善悪がよく分からないからです)

しかしそれは、特別、この辺りに限ったことではないのではないでしょうか。この日本全体を見ても同じことがいえると思うからです。

そうではないですか?だって、このブログを書き始めた頃は(十年前)日本は災害列島などとはいわれていませんでした。

その頃も災害は多かったのですが、今ほどではなかったからです。

しかし、最近は災害列島などといわれるようになって来たのです。なぜでしょうか?なぜ、日本は、災害列島などといわれるようになったのでしょうか?

それはこのブログを書き始めた十年前より、はるかにひどく大きな災害が多発するようになったからです。

だから、最近の日本は災害列島といわれるようになったのです。

にも、かかわらず、このブログを見ている人たちはまったく自分たちの態度を変えようとしません……。

ネェ、どこも同じでしょう。(苦笑)結局「反省」というものを知らない人たちばかりであるからです。

だから、どれだけ状況が悪くなろうと(それこそ自分たちの命がどれだけ危なくなっても)それでも同じ態度を取り続けるのです。

反省を知らないから、態度を変えようがないからです。

態度など変えても状況は変わらない、と信じ込んでいる人は別でしょうが、このブログを見ている人たちなら分かるはずです。

態度を変えれば状況は変わるとです。しかし、それが分かっていてもやろうとはしない。

しっかり反省などしたことがない人たちばかりであるからです。

だから、そこまで考えが至らないのです。自分が何かしても変わらない、その程度のことしか理解していないからです。

しかし、少なくともこのブログを見ている人たちだけでも真剣に反省が出来るのなら、日本の状況は変わるのです。

しかし、それをやろうともしない。本当の反省を知らないからです。(だからやっても変わらないと思い込んでいる)

だから、このブログを見ている人たちで反省を知っているなどという人は、自分がして来た反省と思われることは、それは反省なのではなく、ちょっと考えを変えた程度のことなのです。

本当の反省を知っているのならです。それは心から自分が変わるということですから、起きてくることもガラリと変わって来なければいけないからです。

それが本当の反省であるからです。

だから、それをしている人がいないから、この辺りはドンドン悪いことが起きてくるのだし、そうして、日本全体も同じようにドンドン悪いことが起きてくるのです。

日本のどこにも本当の反省をしている人がいないからです。

特にこのブログを見ている人たちが本当の反省が出来ているのならです。私たちのように奇跡が起きてくるのです。

しかし、そんな人は全然いない。反省などしていない人たちばかりであるからです。

それが事実なのです。だから、これだけドンドン悪い状況にもなるのです。反省する人がいないからです。

その結果、こちらではもう次々にコロッと逝く人が出てきましたが、それでもまだ本当の「反省」をしようとする人はいないのですか?

そうであるなら、この現象はドンドン広がっていくことでしょう。同じような心の人が多いのなら同じようなことは起きてくるからです。

どうでしょう。この辺りで本当の「反省」をしてみませんか?そうすれば本当に人生が変わるからです。

その本当の反省とは、間違いは間違いとしっかり認めて、それを神に詫び、そうして、その間違いは二度と犯さないと神に誓って、自分の心から行いを変えるということです。

考えだけを変えるのではないのです。考え同様に行いも変えるのです。しっかりとです。

そうすれば起きてくることは必ず変わるからです。(神の力も加わってです)

それが本当の反省なのであり、そのような反省が出来てくると周りに起きてくることも変わって来て、奇跡も起き出すのです。

私たちは、そういう反省をして来たのであり、だから奇跡も起きるのです。本当の反省を繰り返しているからです。

それが出来る人は少しずつでもやってみてください。そうすれば自分の周りに起きてくることは必ず変わってくるからです。よい方にです。

もうその本当の反省を真剣にしなければいけない時が来ています。(こちらの人たちなどもうすぐにでもです。そうしないとすぐにでも命がなくなるかもしれないからです)

本当の反省をされてはどうでしょう。そうすれば本当に救われて行くからです。

(逆に、もう本当の反省が出来ない人は滅びるということです。〔そうして地獄にも堕ちるということです〕そういう現象が次々に現れてきているからです)

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10月 03 2019

天上界と地獄界

また出たみたいですね。今度はどこかの会社の横の会社です。

ここは長年私に嫌がらせをし続けて来たところです。そこがピタリと嫌がらせをやめたのです。

凄く分かりやすいです。何が起きたのかがです。私のいった通りのことが起きたのでしょう。だから、嫌がらせをやめたんでしょうが、大変なのはそれだけではありません。

どこかの会社ですが、どうも止まらなくなったようです。コロッと逝くのがです。もうすさまじい怒りようで半狂乱みたいなのもいます。それに電話もいまだすさまじく多い。

絶対に滅ぼされますね。この会社などです。(昨日も夜まで大騒ぎしていたし)

この連中の異様さが周りは分かるものですから、もうこの近所はドン引きしているんですが(ほんとご当人たち以上にです)本当にすさまじく恐ろしい現象が現れて来たものです。

しかも、その恐ろしい現象がドンドン広がりつつあるのですが、しかし、この現象。これだけ起きているのはこの辺りだけのようです。

昨日、一昨日と、庄内川や堀川の方に行っていたのですが、この辺りから少し離れるともう普通の感じで平気で嫌がらせをしてくる人がいます。

だから、アレッという感じですね。こちらとは全然雰囲気が違うからです。

よくこんなことしてくるな、怖くはないのかなと勝手に思ってしまいます。家の周りの状況があまりにすさまじいからです。

しかし、そういうことが実際に身近に起きていない人たちは、仮にそういうことが起きていると私のブログで知っていても、怖がることはないようです。すでに、癌になる人がこの辺りはごまんと出ているからです。

つまり恐ろしいことになれてしまい、実際にそうなる人が自分の近くに出てこない限り、いくらそんな話をきいてもビビることはないようです。

しかし、それも恐ろしい話です。恐ろしい現象になれてしまい、自分たちに何か起きない限り恐れないというのですから。

それではこんな現象が現れて来たら、死なないと分からないということになるからです。

だから、これは危ないと思い私も必死に訴えているのですが、けっ、みたいな態度を取る人も多いようです。(しかし、なれます。恐ろしい現象にです)

そういう人は、それが自分たちまで起きてくるかどうかは分からないとでも思っているのでしょうか?それとも、自分たちまでは起きないという確信でもあるのでしょうか?

どちらにせよ、そのような希望的観測はやめた方がいいでしょう。こちらに癌が起き出した時もそうでした。そんなに癌が広がるとは誰も思わなかったのです。

しかし、大きく癌は広がって行きました。だから、この現象も同じでしょう。もうこの近所では、あっという間にそのような現象が広がり始めているからです。

では、この辺りに、この恐ろしい現象がもっと広がるのも時間の問題だと思います。事実は事実として早くそれを認めるべきでしょう。

そうしないと、この究極の現象(過ぎ越しの祭)から救われる手立ては出てこないからです。

しかし、これだけすぐにあの世に行くような現象が現れてくると、もう(変な言い方ですが)あの世が身近に感じられてきますよね。

この近所の人たちなどはです。(もちろん私も含めてです。すぐ近くで次々にこんなことが起きているのですから)

高橋先生は、あの世とこの世の違いは、「あ」と「こ」の違いであるといわれていました。

あんまりよく分かりませんが、あまり違いはないということでしょう。この世の延長線上にあの世があるからです。

この世での心の在り方の通りの世界に死んだ後は行くことになるからです。(だから、この世で〔表面上はともかく〕心が怒りや憎しみで満ちていた人には、そのような〔地獄の〕世界に、愛や慈悲であふれていた人には、そのような〔天上の〕世界に行くことになるということです。そのような考えのどちらが多かったかで死後の世界も決まるのです)

だから、あまり違いはないといえばないのでしょうが、しかし、この世で怒りや憎しみばかりをその心にため込んでいた人など(または、それに殉じた行いをしている人たちなど)死後の行き先は相当ひどいものになります。

そのギャップは知っておいた方がいいでしょう。天上界はともかく地獄界のそのひどさは想像を絶するものであるからです。

高橋先生は、そのご著書にあの世(実在界)のことを(天上界から地獄界まで)いろいろ書かれていますが、高橋先生在世当時のGLA誌にある方が観て来た地獄界のことが書かれてあります。(高橋先生が会長をしていられた時のGLAの会員の人たちは、そういう地獄や天上界を幽体離脱して観て来れる霊能者がたくさんいたのです。今のGLAはそういう会員は皆無ですが)

その地獄界を書いておきましょう。その人が観て来た地獄界は、このブログを見ている人たちにとって非常によい参考になると思うからです。

その地獄界は次のようなところであったそうです。

その世界は薄気味の悪いところで、そこには何人もの人たちがいたそうです。しかし、その人たちは何もしようとしません。

ただ、ボーとしているだけなのです。

しかし、そのボーとしている人たちの身体を見ると、何か小さな虫がたくさんついていて、その虫たちは、その人たちの身体の血をチューチュー吸っているのです。

しかし、その人たちは、その虫たちを払おうともしません。その虫に血を吸われるままでいるのですが、しかし、その人たちは、その虫たちに血を吸われることに非常に恐怖を感じ悩んでいるのです。

でも、その虫を払おうとはしないのです。

それで、その地獄界を観てきた人が、なぜ、その虫を退治しないのかときくと、その人たちは「皆がしないので……」というだけでした。

つまり、この地獄界にいる人たちは、周りの人たちが何もしようとしないので、自分も何もしないというのです。(ねぇ、皆さん方とそっくりでしょう。こと神の運動に関してです)

周りの人たちが、何かするなら自分もそれに合わせてやるが、何もしないなら自分も何もしない。その地獄界は、そういう人たちが集まっている場所であったようです。

だから、どれだけ自分たちが嫌な目に遭っていても、それでも何もしない、周りの人たちが何もしようとしないからです。

そういう地獄もあるということです。(他にもたくさんの地獄の世界があるそうです。天上界も地獄界も多くの世界に分かれているそうです)

この世でそういう態度を取っていると、そういう世界に堕ちて行きます。

これだけのことが(すさまじい現象が)実際に起きて来たのです。周りの人たちが何もしなくても、自分だけは率先して動いたらどうでしょう。

もう、このような病が自分に起きた後では遅いからです。そんな(コロッといくような)病で死ぬなら確実に地獄行きであるからです。

この正法神理を勉強し行うなら、そのような心配もなくなりますが(過ぎ越しの祭も過ぎ越していきますが)それでもまだこの教えを無視し、私のいうことを信じませんか?

特にこの辺りの人たちなどです。(そういう人たちは気づいたら〔朝起きたら〕地獄にいたなどということにもなりかねませんよ)

この教えをよく勉強し実践するなら、そんな恐ろしい病気の心配などなくなりますし、奇跡も起きるし、天上界や地獄界も観てくることが出来ます。(私たちもよく夢などで観せられますよ。天上界や地獄界をです。ねぇ、ウナッシーさん)

そうして、死んだ後は天上界に往けるのです。

先ほどの地獄界を観てきた人が書いてあった同じGLA誌に、天上界を観てきた人のことも書いてありましたが、その人がいわれるには、天上界は私たちが想像しているよりも、もっとずっとよいところだそうです。

年がら年じゅう草木は青々と生い茂り(おいしげり)いろいろな国に住んでいた人たちと同じところに住んでいて(心のレベルに合わせて)そして、その人たちとはみな平等で調和と安らぎのある生活をしているそうです。

そうして、いつも一つ所に皆が集まって話をしたりきいたりして、やはり心の修行を天上界でも続けているそうです。

この世同様、天上界にも街も山も川もあるそうですが、本当にきれいで(この世のように公害で汚れているということはないそうです)楽しい所だそうです。

文明はこの世より発達していて、その住んでいるところは光り輝いているそうです。

そのような平和で調和と安らぎ、愛と慈悲で満ち溢れた輝く世界が天上界であるそうです。

地獄界と天上界ではこれだけの違いがあるのですが、この世の生活一つで、その死後の世界も決まってきます。

もうこんな(恐ろしい)ことまで起きて来たのですから、私のいうことを信じきいてはどうでしょう。これほどのことが起きているのに、それでもまだ私の(奇跡の起きている者の)いうことを無視しているなどもはや語る言葉もないからです。(こんな状況で、それでも無視しているなら、先ほど書いた地獄程度のところでは済まなくなります。死後は、もっと深く苦しい世界に堕ちて行かなければいけなくなるのです。いま起きていることは、そんな虫に血を吸われる程度のことではないからです)

人はどうでも、自分が気づいて正し行いをするなら、自分も救われ、それを見て何もしようとしなかった人たちも救われて行くのです。

自分の正しい行いに感化される人も出てくるからです。

もういつ死んでもおかしくないような現象まで現れてきました。このようなことまで起こさなければいけない、神の心を無視してはならないのです。

(その神の苦しさをお分かりですか?このブログを見ている人たちはです)

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10月 01 2019

執着

今日から消費税が上がりますね。複雑な軽減税率の導入で当分混乱が続くでしょう。

こういうことがまた災いのタネにならなければいいのですが。

その災いのタネといえばです。昨日の中日新聞の一面に、例のあいちトリエンナーレの補助金の不交付のニュースが載っていました。

もちろん中日新聞は、不交付に反対の意見ばかりを載せていたのですが(さすが左翼新聞、災いのタネづくりに必死です)その中に、表現の自由への萎縮効果が働くだの、文化庁をつぶせだの、いっている野党の党首の記事も載っていました。

左翼思想丸出しのこの党首などは、それこそ左翼団体から(しかも超のつくくらいの)献金をもらい、ずいぶん支持もされているようです。(この党首、一見善良そうな顔をしていますが、実は超左翼なのです…名古屋の人たち、大丈夫ですか?こういう人たちを支持していてです)

だからもう必死でしょうね。こういうこと(補助金の不交付)がこれから行われては、そのような左翼団体の金づる(補助金を懐に入れる)が減ってしまうからです。

それでは自分たちへの献金も減ってしまいます。だから、今回の「表現の不自由展・その後」のような、芸術とは名ばかりの超左翼で不遜な中身は一切問題にせず、過度の表現の自由をうたい、自治体が萎縮するだのなんだの理由をつけて、補助金の不交付をやめさせようとする。

その補助金を狙っているからです。(さすが超左翼、悪党です)

いつもの左翼のたかり手法の一つなんですが(極論を言い立てて無理やり自分たちの意見を通す。無理が通れば道理引っ込むというやつです)しかし、この問題が騒がれれば騒がれるだけ、これからこのような公的イベントをする時には、その目が厳しくなります。

逆によいことなのかもしれませんね。国民、皆の監視が強くなってです。

まあ、政治家(与野党問わず)やマスコミは、このような左翼の味方をしているところが多々あります。(私たちのような善良な市民を〔笑〕だまくらかしてです。つまり人のためより利権ばかりに群がっているということです)

そこはこれからはよく見ておいた方がいいと思います。なんだ、かんだきれいごとをいっていても、そんな政治家など選べば不幸になるのは我々国民の方であるからです。(しかし、政治家にしてもマスコミにしても、そっち系が多いのでどうしようもないといえばないのですが。〔苦笑〕)

どちらにしてもです。あまりに偏ったことをいっているところ(人)は、決して正義ではないということです。

正義は(正しさは)どちらにも偏らない中道の中にあるからです。

だから、そういう一方に偏ったこと(極論)をいっている連中は、みな何らかの利権に群がっている強欲な人たちであるということです。

少なくとも、そういう連中は我々国民のためにやっているのではないのです。金のため、自分たちのために、そのような運動をしているということです。

もし、その人たちが純粋に人のためにやっているのであれば、そこに奇跡が起きてくるからです。

しかし、そのような人たちに奇跡が起きたとはきいたことがないからです。

そこらへんは一つの基準としておいた方がいいのですが、それにしてもです。このような(政治家やマスコミのように)口には出さずとも、カネカネカネカネと思っている人はどこも多そうです。

しかし、あまりに金に執着が強いと結局は不幸になるのです。

その金のために何でもするという人も出てくるからです。また、そこまで極端な考えにならなくても、ある程度のことは(おかしいと分かっていても)やるという人はたくさんいます。

そうして、自分が稼いだお金は自分のためには使うが人のためには絶対に使わない、などというケチな人も出てきます。

そういう人たちは結局は不幸になるのです。特にこれからは、そのような時代に変わって来ているからです。(悪いことをしている人たち〔狭量なことをしている人たちも同じ〕はすぐに不幸が現れる)

だから仕事でも自分たちがしていることでも何でもそうですが、常に反省ということを忘れてはならないのです。

反省を怠ると自分たちの間違いに(狭量さに)いつまでも気づかないからです。

特にこのブログを見ている人たちは、その反省ということを知りません。(そういう人が多いです)

それで不幸になっている人がごまんといるようです。(特にこの辺りは)

次々にコロリと逝くという究極の天罰があちこちで現れてきたようです。(私のいった通りなんですが…どこかの会社など毎日のように出ているらしいですよ。だからもうドン引きです。〔ちゃんと確認していますから。そのことはこの近所の人たちも皆知っています〕それに大きな会社のトラック連中もやたら引きだしました。出ているんでしょうね。運転手連中にもです)

例えば、このような天罰が寺や神社で起きたのなら、もう「罰が当たった」だの「天罰を食らった」だの大騒ぎになり「へへー、もう悪いことはいたしません」となるはずなんですが、不思議なことに私の周りで起きると、みな居丈高になり「お前のせいでこうなった」だの「悪いのはすべてお前」ということになって「だからお前のいうことなど絶対にきかない」ということになるようです。(ほんと不思議な態度です。何をもってそう思っているのでしょうか?)

しかし、このようなことが次々に起き出した以上、私のいうことをきかないのなら、コロッと逝くしかないように思えますが、そこはどうなんでしょうか?

別にそれでもいいという人は、そのまま(小さな)意地を通せばいいのですが、さすがにそれは嫌だという人はです。

まあ、あまり先ほど書いた金などに執着を持たず、いろいろ教えてくれたのだからと、謙虚な心で快く布施くらいされることです。

そうすれば、そのような人にそのような危ない現象は現れて来ないからです。

しかし、さっきも書きましたが、金のためなら何でも(悪いことでも)するとか、少々のことは(悪いことでも)仕方がないとか、金など絶対に出すのは嫌だとか(ここら辺の人はそういう人が多そうです。ちょと「布施でもしろ」とか「ブログ代払え」とかいうと、やたら怒る人が多いですから。〔苦笑〕どんだけ金に執着が強いんだと呆れます)そのように金に執着が強い人は、必ず不幸になります。

金などこの世を渡っていく上での方便として必要なだけであり、それ以上のものでも、それ以下のものでもないからです。ただ、それだけのものであるからです。

それを必要以上に欲しがるのです。自分の欲望丸出しです。そのような極端な人は(中道から外れていますので)不幸になるのです。

それで自分の感謝の心が表現できるのなら、自分たちが救われるのなら、いくらでも出した方がいいと思うのですが、このブログを見ている(ウナッシーさん以外の)人たちは、そうは思わないようです。

金を出すくらいなら、死んだ方がマシという人もいるようです。(苦笑)

本当に哀れなんですが、しかし、ここまで来たら仕方ありません。そのような人たちは、そういう(執着の強い)ことがいかに間違っているのか、それを身をもって知ることになるでしょう。

そのような(究極の)現象が、すでにあちこちに現れてきているからです。

早く、そのような執着の心から抜け出ることを願ってやみません。

そのような執着心が強い人ばかりであるなら、本当に滅ぼされてしまうからです。

追伸…あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」の再開が決まったそうですね。(今月の六日~八日で協議中だとか)

そうですか。では、この再開が正しいものかどうか、天に祈ってきいてみることにしましょう。

どうでしょう。愛知県の皆さんも一緒に祈りませんか?(特別、愛知県の人たちだけに限りませんが)こういう企画展の再開はおかしいと思っていても(左翼連中が)強引に決めてしまったのです。

決めてしまったものを力づくでやめさせるわけにもいきませんし、向こうが強引に決めたのなら、こちらは神の力で、それが正しことなのかどうかを問うてみればいいのです。

神は正しい人たちの味方であるからです。(そこらへんは神は公正だからです。この世の人たちと違ってです)

決まってしまったのなら、もう苦情の電話などかけても仕方ありません。

決まったのに苦情の電話などかけても電話代がもったいないだけです。祈りはただです。(笑)この再開に疑問がある方はぜひ一緒に祈りましょう。

神がこのような行いが正しいのかどうかを教えてくれるからです。(いうべきことをいって後は心静かに祈る。平和でいいでしょう。デモなどするよりです。〔笑〕)

再開の日からあいちトリエンナーレが終わる今月の十四日くらいまででよいのです。朝でも夜でもいつでも結構です。

祈る気のある人は祈ってください。

その祈りとは、まず「神よ、わが心に光をお与えください。調和と安らぎをお与えください」と祈って、自分の心を落ち着けます。

そして自分の身体全体に神の光がさんさんと降り注いでいるイメージをします。

そうして、その神の光を身体全体に浴びて、神の光が自分の身体全体を覆っているイメージを心にありありと描き、そのような心のまま「神よ、いま開催されているあいちトリエンナーレで中止になった企画展『表現の不自由展・その後』がまた再開されることになりました。もし、この再開が正しいものでないのであれば、それを再開しました大村知事はじめ実行委員会の方々に様々な現象を現し、その方々を正しくお導きください。この方々に光をお与えください。調和と安らぎをお与えください」と祈り、心に大村知事はじめ実行委員会の方々に、神の光がさんさんと降り注いでいるイメージをします。

この時、実行委員会の方々がどんな顔をしていてどんな方かなどは関係ありません。そういう方々がいるということを想像して祈ってもらえればそれでいいのです。(注、決して怒りの心では祈らないでください。その人たちの幸せを祈るのです)

そういう祈りをしばらくしてから「神よ、この方々を正しくお導きくださり、ありがとうございます。ありがとうございます」と祈り、そうして「神よありがとうございました。神よありがとうございました」と神にお礼をいってこの祈りを終えてください。

こういう祈りを一日一度で結構ですからしてください。別にこの通りに祈らなくてもだいたいで結構です。そういう祈りをするという心が大事だからです。

このような祈りを皆がするなら「表現の不自由展・その後」が正しいものであれば、大村知事たちに奇跡が、間違ったものであるならば、それは間違いであるという現象が何か現れてくるはずであるからです。

正しい祈りは必ずきかれます。

どうぞ、祈ってもいいという人はぜひ一緒に祈りましょう。そうすればこの方々を神が正しく導いてくださるからです。

祈りを始めるのは「表現の不自由展・その後」が再開されるその日からとします。もし、祈ってもよいと思われる人は、その日までせいぜい心を整えておいてください。

心が調和されている人の祈りほどよく神にきいてもらえるからです。(笑)

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9月 29 2019

きけば天国きかねば地獄

昨日、あのブログを書いた後、大変でしたよ。どこかの会社がです。

コロッとばかりでなく、その後、次々に災いが起きだしたようで凄かったですよ。しばらくするとガンとかでかい音がして、またしばらくすると急にでかい音がする。

それが嫌がらせをしている感じではないのです。明らかに何か起きているようなのです。(この近所の人たちはみな知っていると思います。様子が完全に違っていたからです)そういうことが何度となく起きて(私が出て行く三時頃までです)最初は無理して、それでも嫌がらせをし続けていた奴がいたのですが、しまいにはその嫌がらせも出来なくなってみな引きまくっていました。

大丈夫なんですかね。この連中、コロッと逝くような究極の現象(過ぎ越しの祭)まで現れてきているにもかかわらず、それ以外でも次々に(癌などの)災いが起き出したのなら、この連中に一変に過ぎ越しの祭でも現れかねないからです。(そういう最悪のことも起きかねないということです。とにかく、この会社は最近は異常ですよ。異様なほど電話はかかってくる〔凄くかかってきますから〕異様なほど現象が起き出していると、そんな状態ですから)

それだけ危ない状況になっているにもかかわらず、それでも嫌がらせだけはし続けている。

これでは(これだけ危ないことをし続けていては)この連中が一変に引き上げられても決して不思議ではないからです。

このような連中が、それほどの状況になりつつあるというのに、それでもこの近所の人たちはやたらに怒っているだけ。(私のブログを読んでです)まったく反省しようとしない。

これではそのような人たち全員が危ない。

脅すわけではありませんが、一気にこの近所の人たちが引き上げれるということにでもなったら、世界中から取材陣が殺到するでしょうね。

数十人、数百人単位で集団心筋こうそくかなにかになればです。

さすがにそんなことは起きないと信じたいのですが、このトラックの減り方です。(ほんとドンドン減っています)

起きかねませんよ。そういう超恐ろしい現象もです。

まあ、脅すのもこれくらいにしまして(苦笑……しかし、ほんと脅しではないのですが)別に私に忠誠を誓えといっているわけではないのです。(どこかの国の指導者ではないのですから……そういう国から金をもらって、そういう国の指導者に忠誠を誓っているバカもいるようすが〔心ではなく金でいうこときくというのですから、人として本末転倒です〕かわいそうに、そういう人は確実に地獄行きです)

この教えの実践をやれる範囲でいいからやってくれといっているだけなのです。

それを一生懸命しているのがウナッシーさんであり、そういう人にはちゃんと奇跡が起きているのです。

しかし、このブログを見ている大方の人がわざわざこの教えを無視して、この辺りなど無視するだけでなく逆らうような人たちばかりです。

これでは、この辺りに超危ない現象が現れてくるのも道理なのであり(如来の教えに逆らうのはいくら何でもまずいでしょう)そういうことをこの辺りの人たちは長年続けているのです。

これではドンドン危ない現象は現れてきます。これだけ罰当たりで危ない行いもないからです。

それくらいはいい加減理解されませんか。(それくらいの如来の教えの価値はです。これだけ奇跡が起きる教えはないのですから、その教えに逆らっていては超危ないのです)この近所はすでに究極の現象(過ぎ越しの祭)まで現れだしているからです。

だから(何度もいいますが)きける範囲でいいのです。きけるだけの範囲でいいからきいてはどうですかといっているのです。

そうすれば、これだけ危ない現象がこの辺りに頻発することもないからです。

例えば、それほど私を毛嫌いする人が多いのであればです。(まあ、ずいぶん誤解されているのですが)しかし、このブログを見ている人は多いのですから(ほんと都合がいい…こういうことをいうから嫌われるんでしょうか。〔笑〕)表面上はお前のことなど知らんという顔をしていればいいのですが、自分も少し愛を出そうとか、慈悲の心を実践しようとか、調和を心がけようとか、少しずつでもこのブログに書かれてあることを実践するのです。

そうすれば、少なくとも自分の周りに今のような超ひどいことが起きてくることはないからです。

そのような愛や慈悲、調和する心が、そのような(ひどい)災いを防ぐからです。

ところがこの辺りの人たちは、先ほども書きましたが、わざわざ、ここに書かれたことに逆らい(私に嫌がらせをしてくることがその何よりの証拠です)この教えをまるっきり無視しています。

それではいいことが起きてくるわけがありません。そういう行いは、わざわざ大きな罪を自らつくっていることと同じであるからです。

だからこの辺りは、次々に個人に危ない現象がこれほど現れてきているのです。大きな罪を自分でつくっているからです。

こんな地域はさすがにこの辺りだけでしょう。(どこも癌や心筋こうそくなど増えているといってもです)

その原因は如来の教えを無視し思いっきり逆らっている人が多いからです。それでは超悪いことがこの辺りに増えて来ても仕方ないのです。

それだけ人として(神の子の人間として)罰当たりな行いもないからです。

だから、やれる範囲を実践すればいいのであって、如来の教えとはです。やれる範囲をやるだけで、そのやった分は確実に救われるということです。

それを全然やろうとしないから(このブログを見ている多くの人たちがです)これほどの不幸が日本に起きているのです。

知っているのに如来の教えを実践している人が非常に少ないからです。

だから、私を大嫌いで毛嫌いしている人は、陰でコソコソこの教えを実践すればいいのですが(苦笑)それほど嫌っていないとか、このブログを読んで私のファンになっている人も多少はいるでしょう。(あれ?いませんか)

そういう人は、出来る範囲でいいので感謝と報恩の行為を実践してくださいといっているだけなのです。

そうすればやった分はその人は幸せになれるからです。

ところが、それさえもしようとしない、少しも実践しようとしない、だからこれほど神も怒り、天地も荒れて人心もすさむのです。

如来の教えがまったくないところは(知っていても実践しなければないのと同じですから)そのような地獄の世界となるからです。(だから自分も幸せになれない。周りに不幸な人が多いなら自分も不幸であるからです……まあ、そういう周りは全然気にならず自分さえ幸せならそれでいいという人もいますが)

如来の教えを実践しているところが天上界であり、地獄界に如来の教えは存在しません。

それはこの世も同じなのであり、如来の教えがあるところは(実践している人が多いところは)天上の世界なのであり、それがないところ(実践している人が少ないところ)は地獄の世界なのです。

現在の日本には地獄の世界が多いから(つまり如来の教えを実践している人が少ないから)これほど天変地変も多く、不治の病になる人も多いのです。

だから私は(如来の教えの実践を)やれる範囲でいいからやってくれませんかと、何度も何度もいい続けているのです。

やれる人が増えて来ない限り、この日本に起きている災いは止まらないからです。

何度もいいますが、私に忠誠を誓えとまではいいませんが、しかし、この教えを知ったのなら少しくらいの実践はしてください。

そうして少しではなく多くできる人はしてください。

した人は、そのした分だけは救われて行くからです。しかし、まったくしようとしなければ、このような世界にも(日本のような災害列島にも)なるということです。

如来の教えがない世界など所詮は地獄界であるからです。

台風十八号も迫っています。(ということは、また災難が迫っているということです)この教えの実践こそ、自分も、そうして日本も救われる道なのです。

とりあえず、報恩の行為の実践くらいしませんか?(金がほしいばかりの守銭奴ではなくです。〔苦笑〕ほんと本末転倒している人が多いです)

それが実践できる人たちが増えていくことこそ、救われて行く道であるからです。

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9月 28 2019

これ以上怒らせては……

また出たようですね。どこかの会社にです。(大汗)

完全に出ていますね。(コロッと逝くのが)この近所の人たちはそれが分かると思います。今さっきの私とこの会社の連中とのやり取りをきいていればです。(いろいろ私が根掘り葉掘りききましたから。でかい声でです)

この連中どうするつもりでしょう。それにもかかわらず、まだ意地になって嫌がらせをしているからです。(ずいぶん引きながらですが)

しかし、これ以上神を怒らせては、一気に究極の現象が現れるということも起きかねません。(怖)

もう少し恐れてはどうでしょう。神の業をです。この辺りの人たちは、こういうことが起きているのに全然恐れないからです。

あまりになめすぎているのではないでしょうか。神のことをです。

早く神を認め、神の恐ろしさを理解してもらいたいものです。そうしないと、どれだけ災いが現れるかしれないからです。

まあ、それはこの辺りの人たちだけではないのでしょうが、こういう恐ろしいことがこちらでは次々に起き始めています。

もう私のいうことを信じ、神の業を恐れて、少しくらいの布施は快くしてください。(もう何度もいっていますが)これ以上神を怒らせては、もう少しくらいの布施では神の業は止まらない、ということも起きてくるからです。

このような恐ろしい現象が一気に(全国的に)起き出す前に、それに気づいてほしいものです。起き出してからでは遅いからです。(まあ、起きないと分からなさそうな人たちばかりのようですが、このブログを見ている人たちはです。ほんと想像力が欠如しています)

それはそうと、文化庁が、あの「表現の不自由展・その後」が中止になったあいちトリエンナーレへの補助金(約七千八百万円)を交付しないと決めたそうですね。

それに対し大村知事は「合理的な理由がない」などとして裁判で争う意向を示しているそうですが、合理的な理由はありますよ。

公的イベントを反日プロパガンダに利用したんですから(ほんと見え見えです)国が補助金など出すわけがないではないですか。

よいではないですか。大村知事など、そっち系の(どっち。〔笑〕)団体から献金をたくさんもらっているんでしょう。(ほんとうらやましい。少しはこちらにも回してもらえないでしょうか。〔苦笑〕)

では、大村知事が自腹を切ればいいのです。そっち(中、韓、北)系の団体はお金持ちのところが多いからです。(笑)

そうすれば堂々と「表現の不自由展・その後」という芸術とは名ばかりの反日プロパガンダを再開できるからです。(大村知事が補助金分の自腹を切るなら、誰も再開することに文句はいわないでしょうから。そうなったら、もはや公的イベントなのか、私的イベントなのかよく分からなくなるからです。〔笑〕)

しかし、きくところによると、こういうあいちトリエンナーレのような公的イベントは、よくこのような反日プロパガンダに利用されているらしいですね。

左翼の活動家たちにです。(反日プロパガンダばかりでなく金づるにも利用されているらしいではないですか。さっきのような国から出る補助金をこのような連中は懐に入れるからです)

だとしたら、本当に日本国民を冒涜しています。これからは、このようなイベントが開催される時は公的という言葉に騙されず、よく吟味しないといけませんね。

平気で今回のような展示(反日プロパガンダ)を左翼の活動家たちは行うようであるからです。

ほんとそういう連中は、何が楽しくてこんなことしているのかよく分かりませんが(金のためでしょうか?かわいそうにそんな金だけのためにこんな間違ったことをして…死後は地獄行きなのに。本当に哀れです)それで大村知事、今回の「表現の不自由展・その後」は十月一日から再開されるということでよろしいのでしょうか?(昨日、そういう提案を名古屋地裁で実行委員会が求めたそうですが…)

それでよろしいのであれば、その十月一日に向けて私も心を整え、大村知事はじめ関係者の皆様方をしっかり祈れるよう準備しないといけないからです。

しかし、十月一日に再開するとなればまたよい日といえばよい日ですよね。なぜなら、この日から政府は消費税を上げるのです。

そのような政府に対し、このような反日プロパガンダの再開は何よりの皮肉となります。

「表現の不自由展・その後」を再開するにはこれ以上の善き日はないのではないでしょうか。(私もその部分だけは賛成です。〔笑〕)

まあ、しかしどちらにしてもです。これ以上、神を怒らせるのはやめた方がいいでしょう。(神の心を無視することも左翼活動もどちらも神を怒らせますから)

神を怒らせれば怒らせるだけ災いは現れてくるからです。

もう(コロッと逝く)究極の災いも現れ始めています。これだけの現象が現れているのです。

いい加減、私のいうことを信じ行ってください。それが災いを鎮める唯一の方法であるからです。

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