>>ブログトップへ

9月 26 2019

如来の教え

なんか凄いですね。どこかの会社などです。(今日も朝から怒りまくりです。かなり無理して)

引きまくって遠くで怒りまくって、そうして電話が止まりません。もしかして家族中が滅ぼされているのではないでしょうか。

なんかそんな感じですよね。かかってくる電話にやたら怒っているのがいますから。(冷たい態度です。病気になっている家族がいるかもしれないのに、それに対し怒っているんですから。自分たちのせいでそうなっているのにです)とにかく凄そうです。

他もメチャクチャ怒っているところはある。やたら引き出したところはある。なんか皆さん活発になって来ましたね。

動きがです。(苦笑)

まさか、あちこちで出始めてませんか?コロッと逝く人がです。極端に怒っている人も多いからです。

もし、そうなら、もう究極の現象が現れてきたのです。(これ以上の恐ろしい現象はもうないからです。次々に人が死んでいくのですから)頭を下げるしかないんじゃないですか。

それだけの悪いことが自分たちに起きているということは、よほどの悪いことを自分たちはしているからです。

その起き出したすさまじい現象が自分たちの悪を証明しているからです。(もはや疑う余地はないでしょう。因果応報です。自分たちのしている行いが悪すぎるのです)

二、三日前にウナッシーさんが布施してくれました。

そのウナッシーさんには奇跡ばかりが起きています。もうマネをされたらどうでしょう。そうすれば(少なくとも)それだけ恐ろしい現象は現れてこないからです。

神が感謝して布施をしろといわれているのです。(如来の教えをきいているのだから)それを頑なに拒否しているから(それどころか嫌がらせまでしている)それほどの現象も現れてくるのです。

もう認めてはどうでしょう。自分たちが悪かったとです。

このブログを見ている多くの人たちは、あまりに神の心が分かっていないのです。

じゃあ、お前は分かっているのかといわれるなら、私が神の心を分かっていないのなら、これほどの奇跡は現れてきません。

もうききませんか?私のいうことをです。

そうすればこのようなすさまじい現象もおさまってくるからです。

いい加減、理解してください。稀有な如来の教えなどきけたのなら、感謝と報恩の行為は絶対に忘れてはならないとです。

その一番大事なことを多くの人は知らなかった。また知っても、そのことを頑なに認めようとはしなかった。

その結果が、これほどの神の怒りを呼んでいるのです。

別に無茶なことをいっているわけではないのです。(神は絶対に無茶なことなどいいませんから)このブログを見ている人たちは、せっかく如来の教えをきけたのです。

そうであるなら、素直に感謝して少しの布施(報恩の行為)くらいされることです。

そうすれば、すべて丸く収まるどころか、奇跡まで現れてくる人もいるからです。(こんなブログあると思いますか?実践すると奇跡が現れてくるなどというブログがです)

だから、それだけなのです。私のいっていることはです。こんな簡単なことを(しかし、重要)無視しているからいいことが起きて来ないのです。

それどころか、すさまじい現象まで現れてくるのです。

如来の教えとは私個人が書いているものではないからです。天から書かされているものであるからです。

だから、それを行えば奇跡も起きるし、書くのをじゃましている人たちや逆らい嫌がらせなどしてくる人たちには、次々に天罰も現れるのです。

如来の教えとは天の心を私が天に変わって書いているだけであるからです。

そのじゃまなどするなら天罰を食らうのは当然でしょう。天の心を世に表しているのをじゃましているからです。(こんな罰当たりな行いありませんから)

もうこれ以上の言葉もいらないでしょう。そういうことが(奇跡や天罰が)次々に起きているからです。

その起きている現象が、私のいっていることが嘘ではないという証明であるからです。

後はこのブログを見ている人たちが、少し反省してくださり、これから感謝と報恩の行為を忘れないでいてもらえればそれでいいのです。

しかし、どうしてもです。どうしても、そのようなものは認めないと(神も天も)そうして、何でブログを見ているだけで金など払わなければいけないのかと、そのような小さな自説を頑なに曲げないというのであればです。

そのような狭く小さな考えの人たちが、最後にはどうなるのかはもうお分かりであると思います。

そのような人たちは最後には滅ぼされるということです。(こちらはこれだけポンポン人が亡くなり始めているのです。そういうことはもう容易に想像できると思います)神に逆らい続けた人たちが、最後には滅ぼされるという話は歴史上よくきく話であるからです。

このまま、あまりに頑なな人たちばかりでは聖書に書かれてあることが(多くの人が滅ぼされたという)正しいということを、日本の人たちが証明することになります。

そのような悲惨な歴史を日本に残したくはありません。

これだけのことが起き始めたのです。もう神を認め、少しの感謝の布施くらい快くしてもらえないでしょうか?

このブログを見ている人たちはです。

如来の教えとは、そのようなものであると、そうするのが当たり前のことであると、これから多くの人たちが理解してもらえることを願ってやみません。(それが常識となることをです)

そうであるなら、いま起きていることをは決して無駄なことでも、無茶なことでもなかったと、本当の如来の教えを日本の人たちが知るためには、通らなければならなかった苦難の道であったと、思えるからです。

このブログを見ている人たちが少し心を変えるなら、大きく世の中は変わります。

その大きく世の中を変えるも変えないも、このブログを見ている人たちの心一つなのです。

追伸…昨日ニュースでいっていましたが、あのあいちトリエンナーレの中止された「表現の不自由展・その後」を、大村知事は再開を目指すそうですね。

愛知県の検証委員会の「条件が整い次第、すみやかに再開すべきである」という中間報告を受けてです。

へー、そうなんですか。あんなの芸術でも何でもない反日プロパガンダ以外の何ものでもないと私は思うんですが(どうせ、県の検証委員会も左翼の集まりなんでしょう)まあ、いいです。

もし、「表現の不自由展・その後」が再開するなら、その大村知事の判断が正しいのかどうかを、天に祈ることにします。

天に祈るなら、その正否がよく分かるからです。

私が祈るなら(それは正しい祈りですから)正しければ奇跡が、間違っているなら間違っているという現象が、大村知事に起きてくるはずであるからです。

よいことではないですか。知事に奇跡が起きてくるかもしれないからです。(本当に私は知事思いです。〔笑〕)

ただ、知事の判断が間違っていた場合、本当に切腹しないといけなくなるかもしれませんので、そこはお気をつけください。

(大村知事の判断が間違いなら、例えば腹に何か悪いものでも出来て、腹を切らなくては〔手術〕いけなくなるかもしれないし〔ネェ、切腹など簡単に出来るでしょう〕そういう悪い現象も現れるということです。それだけ知事の間違った判断は多くの人たちを狂わせるからです。〔最悪、大村知事もこの辺りの人たちみたいにコロッと逝っちゃったりして〕ついでに芸術監督の津田氏とか、検証委員会の人たちも祈ってあげましょうか。皆、同じ考えのようであるからです。〔笑〕)

0コメント

9月 24 2019

やはり始まった過ぎ越しの祭

あのー、また危ないお知らせをしなければいけなくなりました。しておかないとよけい危ないと思いますのでしておきます。

別の会社にもコロッと逝く人が出たようです。

昨日のことです。夕方、帰ってくると家の近くの会社がやたら怒っています。もうガンガン、ドンドンすごい勢いで音を立てています。

変だなと思い「オイオイ、何そんなに怒ってんだ。ま、まさか、コロッと逝く奴が出たんじゃないだろうな」と声をかけたのです。

そうしたらです。すさまじい怒りようです。「えー、ほんとに出たの」と確認したんですが、どうも出たようです。

コロッと逝く人がです。その会社からもです。それですさまじい怒り方をしているようなのです。

いい回っていますからね。「もうコロッと逝くのが出ている」とです。だから「早く感謝して布施した方がいい」ともです。

だから、どこかにそういう人が出れば分かるでしょう。こういう大騒ぎするのが絶対出てくるからです。(それに「出たら教えてくれよ」ともいっていますから)

しかし、やはり出始めましたか。あちこちからです。まだまだこれから増えると思いますよ。

だってこの辺り、相当な人が読んでいますからね。私のブログをです。なのに全然感謝しません。

では、出るでしょうね。残念ではありますが。

そうしてどこかの会社にもやはり出た様です。またコロッと逝く人がです。(だから、昨日、一昨日と来なかったんでしょう。この連中が二日も会社に来ないなどあり得ませんから。何かあったとすぐに分かりました。〔葬式にでも行っていたんじゃないですか〕今日のこの連中の引いていること。しかし、引きながらでもまだ嫌がらせをしてきますが、まあ、仕方がないと許してやらないといけないのかもしれませんね。だって、余命、一時間とか二時間の人もいるかもしれないからです。〔恐〕)

それに最近はまたサイレンがちょこちょこきこえるようになってきましたが、このサイレンはです。

多分、そのような(コロッと逝くような)病気で運ばれて行く人が多いのではないでしょうか。

最近していなかったサイレンが、過ぎ越しの祭が始まったと書いたとたん、また増えてきたからです。

あまりにタイミングがいいからです。(ということは、そういう病気で運ばれる人が増えて来ているんじゃないですか?)

だから、もし、このサイレンが増えてきたら(前のように一日に何回もきこえてくるようなら)もう相当この辺り、過ぎ越しの祭が現れだしたと考えて間違いないでしょう。

それが(そのサイレンが)過ぎ越しの祭が現れているという、神よりの知らせであるからです。(だとしたら、昨日書いていた豚コレラではありませんが、一番最初に滅ぼされるのはこの町だったりして。〔汗〕)

このようなことが始まっても、まだ皆さんは、神も、この正法神理も信じずに感謝も布施もしないんですよね。(いやさすがです)

分かりました。では、頑張ってください。

追伸…こんなことが始まったというのに、来週(来月)から消費税が上がるんですよね。

政府は鬼ですね。こちらはリーマンショックどころか、過ぎ越しの祭が起きているというのにです。

国債がどれだけ増えても破綻しないということはすでに承知の事実であるのに、それでもまだ消費税など上げて、余命いくばくもない私たちを苦しめる。(余命いくばくもないって。〔汗〕)

先ほども書きましたが、もはや政府を鬼と呼んでも差し支えないでしょう。余命いくばくもない私たち(このブログを見ている人たち)だけではなく、災いに苦しんでいる多くの国民に対しても、鬼のような扱いであるからです。(今回の台風十七号もそうですし、台風十五号で苦しんでいる人たち、他の災害で苦しんでいる多くの人たちを見ても、平然と消費税を上げるというわけですから)

きっとこの鬼のような人たちにも過ぎ越しの祭は現れるでしょう。これだけ愛も慈悲もない政府など神がそのままにしておくはずがないからです。

もう少し政府は国民に愛と慈悲の心を見せてはどうでしょう。

そのような心が日本を救うからです。

0コメント

9月 23 2019

暗示的な出来事

珍しいですね。昨日も今日も休みなどとです。どこかの会社がです。

先週の三連休など三日間とも来ていたのにね。(ほんと日曜日まで誰か来ているんですからゾッとしました。〔苦笑〕)それが今回は昨日も誰も来ていなかったし、今日も来ていなさそうです。(まあ、中に誰かいるかもしれませんが)

こりゃ、先週一杯でみな滅ぼされたんですかね。どこかの会社の連中などです。(苦笑)

まあ、あんまり、そういうことを書くのはやめときましょうか。状況が状況です。

シャレにならないからです。

しかし、もうジタバタしても仕方ないですよ。(いるんですよね。そういう人がこの近所でもです。やたら怒ってジタバタしている人)

このブログを見ている人たちは、もう逃げ場などないのですから、潔くその時(コロッと逝く時)を持つか、反省して感謝して布施するか、どちらかに早く決めることです。

そうしないと誰がいつコロッと逝くか分からないからです。

誰だって自分がコロッと逝くなど思わないでしょう。しかし、逝く人は逝くのです。こればかりは仕方ありません。神に逆らい続けた自分たちが悪いからです。

しかし、ほんと基準が分からないですね。何の基準かといわれればです。自分の命と金と一体どちらが大事なのか、その基準がです。

グダグダ怒っている暇があればです。さっさと反省すればいいのです。元々、自分たちが悪いのですし、危ない現象はすでにどれだけ起きているかしれないからです。

これだけいろいろ起きていては仮に何も起きなくても不安でしょう。では、少しくらい感謝の心を持って少しくらいの布施などすればいいのです。(もう、少しではすまないかもしれませんが)

自分たちが知らないことを教えられ(神のことで。それを信じる信じないは別にしてもです)心が救われたことは事実であるからです。(如来の教えを読んでいて心が救われないわけがありませんから)

それくらいの心に変わることがなぜそんなに難しいのでしょう。まだ、訳の分からないプライドがじゃましてるんですかね。

自分の命までかかっているというのにです。

まあ、神など存在しないから怖くはない、お前のいうことをきくぐらいなら死んだ方がマシなどという、くだらない小さなプライドをいつまでもお持ちの方は、どうぞそのままここに書いていることを無視し続け、好きにしてください。

それは本人の自由であるからです。

しかし、本当に多くの人が滅ぼされるのではないのか、という暗示的な出来事はすでに起きています。

そこはお気をつけください。そんな心では本当に滅ぼされてしまうかもしれないからです。

その暗示的な出来事とは、もちろん、今回来ていた台風十七号などの天災もそうなんですが、今一番の問題はあの豚コレラです。

止まるどころかドンドン増えているからです。

もう岐阜県など六割の豚が失われたそうですし、恵那市の養豚場など豚が全滅したそうです。

これだけ東海地方はひどい状況となっているのですが、この豚コレラの猛威が、この東海地方だけではなく関東にまで広がりつつあるんでしょう。

これは大変なことになるかもしれませんね。ドンドン広がっているからです。

これをワクチンで止めるといっても、なかなか、それも決まらないでしょう。反対する人もいるからです。(ワクチンを解禁すると豚肉の輸出入に影響が出てです)

そうこうしているうちに豚コレラが全国に広がって行ったら、日本の養豚場はパニックになりますし、その豚コレラが最初に発生した東海地方の養豚場など、もたもたしていたら豚が全滅するかもしれません。

こういうことが起きていることを見てもです。これが豚だけではなく、これから人間にもこういうことが起きてくるのではないのかと思えてならないのです。

実際に似たようなことがいろいろ起きているからです。(すでに死ぬ人は毎年増えているのだし、天災は増える。癌は増える。これでコロッと逝く人まで増えてきたら豚と同じことが起こりかねません。ある町の人たちが全滅などというです。〔怖〕)

神を敵に回しているとこうなるのです。どう転んでも不幸な方にしか行かないというこのようなことにです。

豚のことにしても人間のことにしてもです。まずその神に祈ることです。(もちろん正しい心でです)

そうしないと、このような災いは収まって来ないからです。

災いが全然収まらないのに、無理やり科学の力で抑えようとしても、それは収まらないのです。

仮に、一つや二つの災いが収まっても、また別の形で災いは現れてくるからです。

神の力は科学の力(人間の力)などでは抑えられないということです。

だから、神に祈るしかないといっているのです。そうして、自分たちが悪うございましたと、これまでの傲慢な行いを反省し、これからは神の心に沿って何事もして行きますと、そう神に誓うしかないのです。

そうしない限り、このような神の怒りは収まらないからです。

いつまで狭い範囲しか分からない科学に頼っているのでしょう。これだけ多くの災いが起きていて、どうやって科学でこれを抑えることが出来るのですか?

何度もいいますが、こういう災いは時間がたてば収まるというものではないのです。いま生きている人たちが反省しない限り収まらないのです。

実際、日本に起きている災いは増えることはあっても収まることなどないではないですか。日本の人たちがいつまでたっても考え方を変えない(反省しない)からです。

昔の人たちは、多くの災いが続けば、必ず自分たちが悪かったと反省したのです。だから、そのような災いは収まって行ったのです。

その反省した心が神の心に叶って、神が災いを収めてくださったからです。

現代の人たちは、その神を無視し、神の心を無視しているから、いつまでたっても災いが収まらないのです。

神の怒りが解けない限り、災いは収まることはないからです。

もう何度いったら分かるんでしょう。このような事実がです。(事実は事実なのです。いい加減理解してください。その事実をです)

まあ、分かるまでいい続けるしかないのでしょうが、しかし、すでに恐ろしい暗示的な出来事が起きて来ています。(豚が次々に死んで全滅する)

早く正しい事実に気づくことです。そうして正しい行いをされることです。(神に対しです)

そうしないと、本当に滅ぼされるかもしれないからです。

(しれないではなく、滅ぼされますね。このままでは確実にです。早く私のいうことをきくことです。この正法神理に従う以外、この窮地〔きゅうち〕を逃れる術はないからです……まだ、分かりませんか?このような事実がです。ほんといつまでたっても、こと神のことに関しては分からないことばかりなんですね。このブログを見ている人たちはです。本当に滅ぼされますよ。いつまでも分からないと〔分かろうとしないと〕です)

追伸…そういえば、先週は、この愛知県で女子プロゴルフのトーナメントが行われていたようですね。(デサントレディース東海クラシック)

まあ、金のない私には関係ない話ではありましたが、最終日に首位との八打差を大逆転し奇跡の優勝を果たしたあの選手。

布施してくれないんですかね。この教えとはいろいろあるようなのにね。

0コメント

9月 22 2019

過ぎ越しの祭(すぎこしのまつり)

そういえば、台風十七号が来ているんですね。(それで沖縄や九州など大雨になっているとか)こちらに凄いことが起きているので、そこまで気が回りませんでした。

その台風も心配なんですが、こちらも心配ですね。皆、怒っているだけであるからです。

特にどこかの会社など昨日も、もう朝からすさまじい怒りようでした。止まらなくなっているんじゃないでしょうか。

コロッと逝くのがです。(恐)

本当に怒っているだけで大丈夫なんでしょうか?過ぎ越しの祭が始まったのかもしれないのにです。

だって、そんなにコロリと逝く人が出て来たのなら、そう考えてもおかしくはないですよね。それを他の人たちは理解していないだけなのです。

だいたい、神を信じようとしない人たちばかりです。過ぎ越しの祭など誰も理解するわけがありません。だから、こういう状況になっても、お前がしているとのんきに怒っているだけなんでしょう。まったく怖がりもせずにです。

もしかすると、三千年前に起きたすさまじい現象が再現されているかもしれないのにです。

まあ、どちらにしてもです。もう究極の天罰がくだり始めているのは確かなのです。(コロッと逝くなどもう究極の天罰でしょう。すぐにあの世に引き上げられているんですから)もう少し恐れたらどうでしょう。(多くの癌になる人も出ているのですから)

皆、全然怖がっていないからです。こんな現象が起きてきて何で怖がらないのでしょう。異常ですよね。そういう態度もです。

なにか怖がるのがカッコが悪いとでも思っているんでしょうか?現代の人たちはです。そういうことに(よく分からないものに)怖がるのは現代人ではないとか思ってです。

この科学の世に、神の力など存在するはずがないと、存在しないものを怖がるのはカッコが悪いとそう思ってです。

しかし、それは大間違いなのであり、科学などこの世のほんの一握りのことしか分かっていないのです。

例えば、科学は何でこの大宇宙がつくられたのか分からないし、この世にある物質の存在理由も分からない。この世の物質がなければ科学は何もつくれないし、その物質も光の集合体であるということは分かっても、その元である光のエネルギーとは何かということが分からない。

簡単にいえば、現在の科学などでは分からないことだらけなのであって(これが最先端科学の正体です)途中のことから(物質がすでにあった時点から)途中のことくらい(その物質には寿命があり、寿命が過ぎると様々な形に変化する)までしか分からないのです。

その分かる狭い範囲内のことを科学は詳しく分析しているだけで、この大宇宙のことも、この地球のことさえも、科学はほんの一部のことしか分かっていないのです。

それだけこの世のことは分からないことが多いのに、なんで、そんなこの世の一部のことしか分からない科学をそれだけ信じて、神の力を信じないのでしょう。

もうこれほどの恐ろしい現象がこの辺りには実際に現れているのにです。(日本全国を見てもそうですが)この辺りで起きていることなど、科学では何も説明できないのです。

この辺りで起きていることを、もし科学で説明できるなら、止めることも出来るはずであるからです。

しかし、この辺りで起きている恐ろしい現象を科学で止めることなど出来ないのです。

神の力は神の力で止めるしかないからです。

もし、三千年前の過ぎ越しの祭が再現されているのであればです。

あの時は、長子が滅ぼされ門口に子羊の血をぬれば、その家の長子は助かったのです。

今回は、私のブログを見続けていながら、一切、感謝も布施しようとしない人たちは滅ぼされ、感謝し布施する人は助かるのです。

お前のいうことなど信じられるか、という人もいるのでしょうが、三千年前はモーゼのいわれることを信じた人たちは救われ、逆らった人たちはみな地獄に堕ちました。

今回は、どうでしょう。私はモーゼではありませんが(そうしてモーゼほどではありませんが)モーゼ同様、次々に奇跡が現れています。

では、私のいうことを信じる人は救われ、逆らった人たちはみな地獄に堕ちるのではないでしょうか。

なぜなら、その私に現れている奇跡が、私のいっていることの正しさの証明なのであり、だから同じことが起きるのではないのかといっているのです。

この広大な大宇宙から見たら、そのほんの一部しか分かってない科学を信じるより、奇跡が起きている者のいうことを信じませんか?

その方がよほど幸せになれるからです。

追伸…先ほどちょっと書きましたが、なにか現代の人たちは、訳の分からないものを怖がるのはカッコが悪いと、そんな神などというよく分からないものをなぜ怖がるのかと、そういう人は現代人ではなく、おかしな宗教にでも頼っている心の弱い人なのであると、そのくらいのことを思っている人が多いのではないでしょうか?

この辺りの人たち及び、このブログを見ている人たちはです。

だから、この辺り、これだけ危ないことが起きて来ても、その現象に対しほとんど怖がる人がいないのです。

そのようなおかしな定義と我だけは強い人が多いからです。

しかしそれが、大人から子供までとなるとまずいですよね。どれだけ不幸が増えるか知れないからです。そのような考え方は間違っているからです。

だからこれだけひどいことが起きているのです。そんな不遜な考え大間違いであるからです。(それだけ傲慢な考えもないのですが、分からないんでしょうか?その現代人と称している皆様方にはその間違いがです…私がよくいっていますが傲慢すぎて、その間違いが分からない。本当に哀れです。謙虚さのかけらもないばかりに自分たちの間違いが全然理解できないからです)

こちらで起き出した現象も相当危ないのですが(これで人が、次々にコロッと逝き出したらどうするんでしょう。そういう最悪の状況を考えている人いるんでしょうか?)台風十五号の被害がまだ終わらないうちに、今度は十七号が迫ってきているのです。

現在の日本はこんな不幸なことばかり起きています。このような日本の状況を見れば、いかにそのような(おかしな定義と我だけは強い間違った考えの)人たちが多いかということがよく分かるのです。

そういう人たちが多いから、日本はこれだけ不幸になっているからです。

しかし、よく考えてみてください。

これだけ悪いことが起きているのに、それでも自分たちの考えは間違っていないと、我を張り続けている人たちが本当にカッコいいのでしょうか?

先ほど書きましたが、訳の分からないものを怖がるのはカッコが悪いというのであればです。

では、自分たちにどれだけ悪いことが起きていても、それでも自分たちは悪くないと意地を通し、我を張り続けていることはカッコいいことなのでしょうか?

それでこれだけ不幸になる人が多いのにです。

私は、そのような人たち(自分たちにどれだけ悪いことが起きていても、自分は悪くないと我を張り続けている人たち)こそ本当にカッコが悪い人たちであり、訳の分からないものであろうとなかろうと、その起きていることを素直に認めて恐れるところは恐れ、頭を下げられる謙虚な人こそカッコいい人であると思うのですがどうでしょうか。

だって、自分たちに悪いことが起きてくるということは、自分たちが悪いことをしているから自分たちに悪いことが起きてくるのであり、それは少しまともな人なら誰だって分かるはずです。(こんなの小さな子供で分かります)

しかし、それを頑なに認めず、我を張り続けて意地を通し続けるなど、これだけ自分本位で小さな行いもないからです。

だとしたら、そんな人たちがカッコがいいわけがないのではないでしょうか。それだけ小さくて狭い行いを一生懸命続けているからです。

本当にカッコいいという人は、自分たちが悪いと思ったのなら、自分たちが悪いと素直に認めて、その悪いところをちゃんと直す心の広さを持った人なのであり、そのような広く大きく豊かな心を持った人こそ真にカッコいい人であるのです。

本当のカッコよさをいつまでも勘違いしているのではなく、真のカッコよさに早く目覚めてください。

そうすれば、これだけの不幸は起きて来ないからです。

2 コメント

9月 20 2019

警告

あのー、書きずらいことなんですが、書いておかないとまずいと思いますので書いておきます。

また出たようです。どこかの会社にです。コロッと逝く人がです。

一々、教えてくれなくてもいいんですが、わざわざ教えてくれるものですから(態度で)それで書いているのです。

どこかの会社もドン引きなんですが(それだけ引いていても嫌がらせを頑張っています。今さらやめられないのでしょうが、それにしても危ない。〔怖〕)それ以上に周り(この近所)はドン引きしていますね。

この連中の重い雰囲気が伝わってです。

何か私も息がつまりそうなんですが、昨日もあんなブログを書いたばかりにずいぶん嫌がらせをされました。

もう皆さんお怒りで(もちろん引いている人もいましたが)やけくそみたいな人が多かったんですが、神に対し(神の心を説いている者に対し)やけくそのような態度はいけません。

それだけ神を冒涜する態度もないからです。

神に対しては、心静かに頭を下げるのが正解であるからです。

これだけ起きて来てはです。私のいうことに従った方が危なくないと思うんですが、ただもう三という数字は(これで三度目ですから)ご存知のように割り切れません。

ということは、このような現象はもうずっと続くということを意味しています。三度起きればもう止まらないということです。

それでもこのブログを見ている人たちは、この教え(正法神理)に従うことはしないのですか?

神に滅ぼされる前に気づいてほしいものです。

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。