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11月 09 2016

チェンジ

博多駅前は凄いことになっていますね。(道路が大陥没を起こしてです)

あれだけの陥没(かんぼつ)が起きてけが人が出なかったのは不幸中の幸いですが、それにしてもどこでどんな不幸が起きるか分かりませんね。

あんな街の真ん中でも道路が大陥没を起こすなどということが起きるからです。

こういうことが起きると(マァ、最近はこういう不幸なことも多いんですが)日頃の行い、つまり心の在り方が非常に大事であるなとつくづく思います。

心が正しければ、そのような不幸から守られるからです。

昨日は金山に行ったのですが、ずいぶん静かでした。

金山の辺りに行くと、最初に見たバスがいきなりブシュとやってきました。

それで「何だ、金山の連中はまだ平気でそんなことしているのか」と思いましたが、結局金山にいて、そんなことをしてきたのは、そのバス一台だけで、後から見たバスは(何台も見ましたが)何もしてきませんでした。

トラックも金山辺りでブシュとやってきたのは二、三台で(家の方に帰ってきたらやってくるのは何台かいましたけどね)電車など、もう私が歩いているのを知らないかのように走っています。(ファンファンやってきた電車など皆無でした)

あれだけうるさかったのに、ずいぶん静かになったものです。

反省された人が多いのでしょうか?それとも、もう私のことなど忘れてしまった人が多いのでしょうか?(それはそれで少し寂しいのですが。〔苦笑〕)それとも先ほどの博多の件ではありませんが、それほど危ないことでも起きているのでしょうか?(それも頻繁にです)

どれかは分かりませんが、ここ数日でずいぶん態度を変えている人が多いようです。

どういうことが起きているのか、それは分かりませんが、これもまた先ほども書きましたが、心が正しければ不幸なことから守られます。

それは人に悪いことをするより(嫌がらせなどのです)しない方がいいでしょう。その方がよほど危なくないからです。

「一寸先は闇」という言葉がありますが、それは心が悪い人が対象の言葉なのであり、心が正しい人に対しては「一先は光」という言葉が正しのです。

心が正しいのであれば、先には奇跡(光)しか待っていないからです。

もし、悪いことが起きていて自分がその悪いことから守られたいのであれば、ただ悪いことをやめた、それだけではダメなのです。

それでは守られません。悪いことをしていたことをよく反省して(その反省をして初めて自分が犯した罪が許されるからです)そうしてよいことを実践して初めて守られるのです。

そのような(善の)行いが神の光を呼ぶからです。

ところが現在は多くの人が災いを呼んでいるのです。だから災いばかりが起きるのです。(人に対する悪いことは災いを呼んでいるのと同じなのです。その人にした悪いことが全部自分に返って来るからです)

心と行いを正しく変えて初めて自分は危険なことから守られるのです。では、それをされたらどうでしょう。

そうしないと危ない人がこの辺りはそこかしこにたくさんいるからです。(と、思いますが違いますか?私に悪いことが起きていないので、今一わかりませんが)

今アメリカ大統領選挙の真っ最中ですが(もう開票してるんですかね?)アメリカのオバマ大統領ではありませんが、日本も「チェンジ」が必要なのです。

もちろん心のです。

日本の多くの人々が、その心のチェンジが出来るのであれば、日本に起きている数々の不幸な出来事も大きく変わることになります。

されてはどうでしょう。

多くの人が心のチェンジをです。

(本当に神を思わないという点では、日本はアメリカの比ではないですから。これだけ天罰が当たる人が多くては、心のチェンジは絶対に必要なのです)

追伸…日本の人々は長い間無神論でいました。(今もまだそういう人は多いのですが)

それだけ長く神を思わなかったということは、では、その無神論が間違いと分かるなら、今度は(他国の人よりです)より以上に神を思わないといけないということになります。(そうでないと釣り合わないでしょう。他国の人と神への思いがです)

だから、神をより以上に思う人に奇跡が起きているのです。(私ですが)

そういう神への強い思いがあって、初めて、神の子の人間として神から認められるからです。

だからより以上に神を思うなら、奇跡も起き、災いからも守られるということになります。日本の人々は、そのような神への思いがあまりに足りないのです。(アメリカだって、日曜日には教会に行くのでしょう。〔だから大統領選挙だって日曜日でないのですから〕日本の人で日曜日にお寺に行く人がいますか?〔年寄りでも行きません〕このようなこと一つとっても日本人がどれだけ神を思っていないかよく分かります)

だから日本に悪いことばかり起きているのです。神を思う人が少ないからです。

しかし、それではもうよいことは起きないのです。そういう時代が来ているからです。

神のことを本気で勉強してみませんか?

それをすることが、神の子の人間として、初歩の初歩、当たり前の当たり前のことであるからです。

(そういう当たり前のことさえ、日本の人々は出来ていないのです。〔本当に話になりませんね〕もう法の時代に入っています。そういう神に対し不遜な心でいてはもう危なくて仕方ないのです。今日はどこかの会社もやけに静かです。〔ほとんど何もしてきません。もちろんゼロではありませんが・苦笑〕この会社が静かになるなど相当やばいんじゃないでしょうか。〔汗〕もうそこらじゅうで〔かなり〕危ないことが起き始めたようです。〔ここに書いている通りです〕神をもっと思われたらどうでしょう。そうしないと本当に滅ぼされるからです)

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11月 08 2016

愛を出す

何か朝から凄い雰囲気です。(本当にこの辺り、空気が重いです。〔苦笑〕)

昨日も凄かったですね。どこかの会社などです。

こちらが何もしていないのに、土曜日と同じようなことが起きているようなのです。(もうパニくって半ベソ状態です)

土曜日に何かおかしかったものですから(私が祈るたびに現象が現れているようでです)さすがに昨日はあまり祈るのもまずいかなと思い(この連中、悪いことをしすぎていますから。私が祈るとすぐに何か現象が現れそうでです)少々嫌がらせをして来ても祈らずに半分無視してブログを書いていました。

ところがこの連中、それにもかかわらず土曜日と同じようなことをしているのです。(急に怒り出したかと思うと静かになる)「オイオイ、お前ら大丈夫か?」と声をかけていましたが、何か知りませんが(勝手に)怒りたくっていました。

もう私が何もしなくても、次々に災いが起きているようで、さすがに今日は静かです。(しかし、静かに嫌がらせだけはしていますけどね。〔苦笑〕…また何か起きるでしょう)

昨日は午後から名古屋港に行っていたのですが、帰りはずいぶん静かでした。(歩いて帰ってきたんですけどね)

車の通りの多い道も結構通りますが、もうほとんどのバスが何もしてきません。トラックの運転手は頑張っている人もいますが、やはりブシュブシュやる人は少ないですね。(前と比べればです)

どこかの会社の連中を見るなら(そうして、この近所の人たちもです。急に態度が変わったところも多いですから)運転手の人たちも、ずいぶん災いが現れているのではないかと想像できますが誰も何もいってきません。

本当に無理しないでくださいね。あまりにひどい状態になってしまってからでは取り返しがつかないからです。(何度もいいますが神の力は無限大です。反省するまで現象は現れます。そこはお間違いのないように)

ここに書いていることは、決して嘘でも大げさなことでもなく、もちろん脅しでもありません。

事実を事実のままに書いているのです。(だいたい、そういう嘘など書けません。このブログは近所の人たちが見ているのですから、そんな〔この辺りで起きていることの〕嘘など書けばすぐに分かります)

連絡お待ちしています。その災いを止められるのは、多分、私だけであるからです。

昨日名古屋港に行ったと書きましたが、名古屋港に行くと昨日は名港水族館が休みでした。(月曜休みのようです)

水族館が休みだとあの辺りあまり人がいません。そうして水族館の前も周りも誰もいなかったので、これはいいと思って水族館を外からよく見て回りました。(いつもは人が多く、とても見て回れる状態ではありませんから)

水族館の入口の前をプラプラ歩きながら、水族館の中をのぞくと、入口の横からイルカのプールが目の前に見えました。(ガラス張りになっていますので)

あいつらいるのかなと思って、外からのぞいていると、三頭のイルカが泳いでいました。

そのプールの中で最初は三頭のイルカがゆっくり泳いでいたのですが、私が外からのぞいていることに気がつくと、急にその中の二頭のイルカが勢いよく泳ぎだして(一頭は変わらずマイペースに泳いでいました)二頭でじゃれあいながら凄い勢いで泳ぎ回っているのです。

これはやばいなと思い(狭いプールですので)「分かった、分かった、またな」といって、すぐにその場を離れましたが、少々、離れていても、またガラス越しでも、私がいることが分かるようです。

水族館だけでなく、外の名古屋港でも「お前らいるのか」と声をかけていたら、何匹か魚が跳ねていました。

昨日はたいして跳ねませんでしたが、私の目の前で、数匹の魚が一変に跳ねたのには驚きました。

しばらくして帰ろうとして歩き出すと、今度は少し沖で浮かんでいたカモメが二、三羽私の方に飛んできて、私の上空を何度も旋回していました。

「おう、お前らも元気か」と声をかけていましたが、そのカモメたちを見ていたら、そうすぐに帰ることもないかとも思い、もうしばらくその場にいてカモメや魚たちを眺めていました。(といっても魚はそう跳ねませんでしたが)

人と違って、動物たちの愛らしいことといったらありません。

もう少し、愛を出されてはどうでしょう。

そうすれば、そのような災いも起きることはないからです。

(やはり何か起きたようです。それでも怒ってまだじゃましています。本当にバカにつける薬はありません。そういうバカな行いが、全部自分たちに返ってきているだけなのにです)

追伸…いよいよ今日から(今日の夜からですか)アメリカの大統領選が始まります。

ヒラリー氏、トランプ氏、どちらになるのかまったく予想がつかない状況ですね。(マァ、新聞などはヒラリー氏有利と書かれていますが、現地に行くとトランプ氏も案外強いといわれていますから)

どちらがアメリカ大統領になられるかで今後の世界情勢も大きく変わると思います。

日本の人々もなってほしい人を祈られたてはどうですか?(何せ、日本にも大きくかかわってくることですから)

そうすれば、その方が大統領となられるからです。

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11月 07 2016

本当の使命を果たすことの大事さ

北海道は(この時期としては)異例の大雪となったそうですね。(昨日の話ですけど)

荒れた天気も続いているし(また、明日くらいから荒れた天気になるとか何とか天気予報でいってませんでしたっけ?)本当に北海道の天気は異常に悪いですね。

このままではまた今年の冬も北海道は荒れた天気が続くと思います。原発を稼働させたらどうでしょう。そうすれば、その荒れた天気は収まるからです。

鹿児島の例もあります。(原発を動かしてから、異常な集中豪雨も活発であった桜島の噴火も収まった)北海道も騙されたと思ってされてはどうでしょう。

原発の再稼働をです。

原発は逆風が吹いていますからね。なかなか難しいんですが、このままでは日本の原発技術は衰退していきます。(原発の再稼働が進まないので、原発が足かせになってきた会社も多いとか。まずいですね)

もし、日本の原発技術が衰退するようなら、日本はもっと悪いことが起きてきます。原発技術を進めるのも日本の使命の一つであるからです。

その日本が、日本の使命を果たそうとしなければ、悪いことが起きるのは当然のことであるからです。

一つ例を書きましたが、人にも国にも同じように使命があります。その使命を果たそうとしないと、悪いこと悪いことが起きてきます。(それは間違っているという〔自分の使命を果たしていないという〕気づきの現象だからです)

どれほど困難な道であれ、よいこと、よいことが起きる方に進まないと、自分の(あるいは国も同じですが)本当の使命は果たせないのです。(だから、鹿児島の川内原発を稼働させたら鹿児島の異常な天気が収まったのです。〔それは桜島も同じですが〕鹿児島は使命を果たしているからです)

だから、早く自分の本当の使命に気づかなければいけないのです。そうしないといいことが起きて来ないからです。

それを考えるのであればです。なんと日本の人々は使命を果たしていない人が多いのでしょう。だからこれだけ悪いことが起きているのです。

自分たちの本当の使命に気づいている人が少ないからです。

だから亡くなる人も増えているのです。いつまでも本当の自分の使命に気づかないからです。(あまりに自分の使命に気づこうとしないと、天はその人をあの世に引き上げてしまいます。この世にいても、自分の本当の使命を果たそうとしなければ、その人の心の修行にならないからです)

悪いことばかり起きている人がこの辺りにはたくさんいます。それは自分の本当の使命に気づいていない人が多いからです。

だから悪いことが起きるのです。自分の使命に気づいていないということは、間違ったことをしているということだからです。

だから、早く自分の本当の使命に気づかなければいけないのですが、その自分の使命に気づくのには時間がかかります。(そう簡単には分かりませんから。自分がこの世に生まれて来た本当の目的などです)

しかし、自分がこの世に生まれて来た目的は、その自分の本当の使命を悟ることなのです。(自分がこの世に生まれて来た目的は、その生まれて来た目的を知ることなのです)

だから悪いことが起きている人は、いま自分がしていることを少し変えてみるといいのです。

行いを変えてみるなら、そこからまた別の道がついてくるからです。

すぐに怒っていたのを、怒らないようにするとか、人の悪口ばかりいっていたのをやめるとか、そういうことからでいいのです。

そういう(悪い)ところを自分で直すようにしていくと、だんだん自分の本当の使命が果たせるようになって行きます。

そのような(よい)心になれば、天が正しい方向に(自分の使命を果たせる方向に)導いてくださるからです。

そうすれば、よいことが起きてきます。その今している自分の心と行いが災いを呼んでいるからです。

それをよい方に変えられるのなら、奇跡を呼ぶことになるからです。(その奇跡が起きる道が自分の本当の使命を果たせる道であるということです。そういう奇跡〔法を実践すること〕が正しい道に導くからです。それを伝教大師は法灯といわれたのです)

一昨日でしたか、堀川に行きました。そうしたらまた、魚がたくさん跳ね始めて、堀川のあちこちでバシャバシャ始まりました。

一昨日は、あまりカモメは見なかったんですが(それでも二、三羽は飛んでいるのを見ました)カモメが飛んで来ていても、そういう愛ある態度を魚たちは取るのです。

それは途中通った中川運河でも同じでした。

中川運河の水がきれいでしたので(最近はずいぶん水がきれいです。岸近くは透き通って底まで見えます)岸から「お前らいないのか」と呼びかけていたら、小魚が何匹か寄ってきたのです。(水がきれいだからよく見えました)

その小魚たちが私の近くまで寄ってくると、水中からひょいっと顔を傾けて私の顔をチラチラ見るのです。(何匹かの小魚と目が合いました。〔笑〕)

その仕草が可愛くて「お前ら元気そうだな」とまた声をかけます。すると、今度は嬉しそうにそこらじゅうを泳ぎ回るのです。

また、その仕草が可愛いらしいのですが(笑)自分の使命を果たしていると、このような愛ある不思議な現象がそこら中で起きるようになります。

そうして、ずいぶん心も癒されるのですが、自分の使命を果たそうとしないと(それどころか、それに逆行するような態度を取るなら)そこらじゅうで不幸な現象が現れてきます。

それが今この辺りで現れている現象でしょう。

あまりこちらにちょっかいをかけなくても、それでも不幸な現象が現れているようですが、少なくとも、自分の使命に逆行するような態度は取らない方がいいでしょう。

そういう態度を取り続けるなら、次々にあの世に引き上げられてしまうからです。

そういう自分の本当の使命を果たすことの大事さは、私に起きていること、そうして(この辺りの)私以外の人に起きていることでも分かるのです。

起きることに天と地ほどの差があるからです。

自分の本当の使命を果たしませんか。それが人としての正しい道であるからです。

(ということは、それが人としての本当の幸せの道であるというこです)

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11月 06 2016

神の力

何か昨日は凄かったですね。

昨日は、前のバカ会社が相変わらずじゃまして来るものですから、祈りながらブログを書いていたのです。

そうして祈って、しばらくしたらガチャというでかい音がして急に静かになります。

あれ、何か起きたのかなと思い、今日はずいぶん早いなと思ってブログを書いていると、しばらく静かであったバカ会社の連中がまたガチャガチャやりだすのです。(何か怒ったような態度でです)

それでまた祈ると、少したって電話がかかってきて、その後、またガチャンとかドンとかでかい音が響いて来て、急に静かになります。

そういうことが昨日は午前中だけで四~五回続きました。

何かバカ会社の感じを見ていると、私が祈るたびに何かが起きて、それで静かにしたり、その後、怒りだしたりしているようなのです。(そのように感じました)

まさか、私が祈るたびに癌になる人が出ている、などということはないのでしょうが、何かいつもと違う感じがしましたので、それ以上、祈るのをやめたんですが(何か気になりましたので昨日のブログに、前の会社に次元の違った災いが起きている、と書いたのです)漫画じゃあるまいし、まさかそんなことは起きていないと思いますが、どちらにしても、もう起きる災いの次元が違ってきているのだけは確かでしょう。

だからこの辺りの人たちの態度も違っているし(前のマンションの連中も変なのです。急に静かになりました)運転手連中の態度も変わっているのです。(それでも昨日はトラックの運転手の皆さんなど頑張っていられました。〔苦笑〕その頑張っていられた運転手の皆さんすべてに災いが現れないよう祈るばかりです。もう私に嫌がらせして来る全員に災いが現れかねない状況だからです)

こういう(ひどい)状況になっているにもかかわらず、いつまで神の業に逆らっているのですか?なぜ、従おうとしないのでしょう。

本当に不思議ですね。(逆らう意味が分かりません。悪いことばかり起きているはずなのにです)

これほどの現象を人がしているなどとはとても思えないはずだからです。

それとも、これほどのことを本気で一人の者がしているとでも思っているのでしょうか?

もし、そういう人がいるのであれば、その人はよほど妄想の世界に生きているのでしょう。漫画と現実がごっちゃになっているのです。

実際には一人の者が、そんな多くの人を次々に病気にすることなど出来ません。この世には法則が存在するからです。(そんなことしたら、それが全部自分に返って来て自分も終わりです)

それほどの災いがもし立て続けに起きているのであれば、そこには必ず神の力が(神の意志が)作用しているのであり、その神の力が作用しているのであれば、その人にその災いが返ることはないのです。

それをすることが神の意志であるからです。

神の力はそこかしこに作用しているのです。それを多くの人たちは理解していないだけなのです。

例えば、地球は自転しながら公転しています。

この地球の自転、公転が、もし一瞬でも止まればどうなるのでしょう?

簡単な話です。この地球上にいる生物は存在できなくなるということです。(つまり地球上のすべての生物が死に絶えるということです)

では、この地球の自転、公転は誰が行っているのでしょうか?地球が勝手に回っているとでもいうのでしょうか?

それではただのおかしな宗教ですね。(苦笑)まったく原因を語らないからです。

そうではないはずです。

この地球が自転、公転しているのは、それだけのエネルギーがどこからか、かかっているから地球は自転、公転しているのであり、それほどのエネルギーが地球にかからなければ、これほど巨大な地球が回るわけがないのです。

では、その地球を動かすほどの巨大なエネルギーは一体どこからかかっているのですか?

それが神の力であると私はいっているのです。

まさかそれを人の力だという人はいないでしょう。こういうところを見ても神の力は分かるはずです。

そればかりではなく、この地球上に存在する水や空気を見てもそれは同じでしょう。この地球にある水や空気は一体誰がつくったのですか?

この空気でもそうです。この空気に含まれる酸素の量は二十一パーセントです。(あとは大半が窒素です)

この空気に含まれる酸素の量がもっと多くてもいけないし、もっと少なくてもいけない、つまり、空気に含まれる酸素の量がちょうど二十一パーセントでないと、人間は生きらないのです。

では、誰がこれだけ正確に人がちゃんと生きられるように、酸素の量まで決められた仕組みをつくったのですか?

すべて神のなのです。

このような仕組みから何から何まですべて神の力(神の意志)が作用しているのであり、このようなことを知るならば、私たちは神の力が作用しなければ何一つ出来ることはないと理解できるはずです。

このような事実があるにもかかわらず日本の人々は、その神に感謝しないばかりか、ある時は神などいないとうそぶき、自分が困ったり、何かに頼りたい時だけ神を頼り、神を便利屋のように扱っているのです。

これだけ神に対し不遜な行為があるでしょうか。そのような不遜な行為をしている最中でも、神は私たちを(それだけ不遜な人たちをも含めて)生かしてくださっているというのにです。

だから私は、神を一としないといけない、神に感謝しないといけないと常にいっているのです。

その神の力が作用しなければ、私たちは何も出来ないどころか、一瞬たりとも生きていられないからです。

これだけの災いが起きているのは(それは特別この辺りの人たちだけではありませんが)それだけ神の心を知ろうとしない人が多いからです。

もう少し神に感謝され、神の心を学びませんか?

そうすれば(何度もいいますが)この日本に起きている災いも収まってくるからです。

(というより、それが〔神の心を知ることが〕神の子としての人間の正しい道であるのです。その正しい道を進んでいる人が少ないから、これだけの災いが起きているのです)

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11月 05 2016

法の世の深まり

本当にあちこちで怒っている人がいますが大丈夫でしょうか?

昨日はバカ会社がガチャガチャじゃましてきたものですから、ブログを書くのを途中でやめました。そうしたら案の定、何か起きたようで昼前くらいから怒りたくっていました。

この連中が何か起きるのは当たり前といえば当たり前なのですが(それだけ悪いことをしていますから)先ほども書きましたが、あちこちで最近は静かになっていた人たちがまた怒りだしているのです。

中には大変な怒りようの人もいます。そうかと思うと、散々嫌がらせをやっていたところがピタリとやめてしまったところもあります。

とにかくこの辺り、極端な人が多いのです。

そればかりか、運転手連中は明らかに変ですね。トラックの連中などいきり立って(ブシュとです)やってくる人もいるにはいますが、本当に少ない、元気なさげにブシュブシュやって行く運転手はいますが、それもまた少ない、それどころか、その走っているトラック自体が少ないのです。

昨日の庄内川の帰り道など(だいたい同じコースで帰って来ますので)二、三台しかトラックを見ませんでした。(途中からなんですが、よく車が通る道路に出ます。そこは車がひっきりなしに通りますので、普通なら二~三十台は〔もっとかもしれませんが。一々トラックの数を数えていませんから〕トラックが通って行きますが、昨日はずいぶん少なかったのです)

たまたまでしょうか?

たまたまとは思えないのです。だって昨日の夕方通ったその道は、いつもなら混んでいる道路が異様にすいていたからです。(昨日は金曜日でしょう。普通の日の夕方ですから〔六時前後です〕いつもなら、もう横の道は車が数珠つなぎです。それが昨日はガラガラだったのです。あの時間にあんなにすいていたのは初めて見ました)

何か別の道を通っているようで本当に異様に思えました。あの時間にあの場所を通っていて、横の道路があれだけすいていたことなどなかったからです。

まさか、トラックの連中があの時間にあの道路を意識的に避けたということはありませんよね。(もうみんな知っていますからね。私が庄内川に行った帰りはあの時間にあの辺りを通るということはです)

そういうことを多くのトラックの運転手が行うなら、普通の日の夕方といえども、あの道路がすくということは十分あり得るからです。

しかし、そんなことはしないでしょう。(しかも示し合わせたようにです…でもトラックは無線がありますからね)あれだけ元気よく私に嫌がらせをしていた人たちです。それが私から逃げるなどするわけがありません。(そんな臆病な、ねぇ)

昨日はたまたまあの道はすいていたのでしょう。そういうこともたまには(マァ、初めてですけど)あると思うからです。

しかし、面妖ですね。最近のこの辺りの人たちはです。本当に態度がおかしいのです。

ところどころまた怒りだしたところはある、そうかと思うと嫌がらせをピタリとやめてしまったところはある、あれだけうるさかったバスやトラックの連中がずいぶん静かになる、そのようなおかしな振る舞いをする人が日を追うごとに増えているのです。

なぜでしょうか?

正しい心の在り方を知らなくて本当によいのですか。

もう分かります。災いが次々に起き出しているということがです。

それは、この近所の人たちの態度が全然変わって来ているということでもその事実が分かるのです。(ねぇ、どこかの会社の人たち。大変そうですね。次々に災いが起きてです。それも次元の違った数のです)

正しい心の在り方を知らなければ、天罰を食らう、もうそういう時代になっているのです。

それを知らない(認めない)だけでしょう。(多くの人がです)

私がこれだけいっているにもかかわらずです。

時代が変わったのです。だからこのようなこと(災い)が起きるようになったのです。自分の心が大きく現れる時代となったからです。

何度もいいますが、因果応報という法則は絶対なのです。どんな人にも必ず現れるのです。私だけ特別現れないということはありません。(そんな法則が現れない人などいません。釈尊やキリストでも現れます)

もし私が、皆さんに起きているすべての悪を行っているのだとしたら、もう私はとっくにこの世にいないのです。

だって私は多くの人を病気にしているようだからです。(何百人ですか?それとも何千人ですか?まさか何万人などという単位じゃありませんよね。〔汗〕)

漫画じゃないのですから、そんなことが出来るわけがないのです。一人でも病気になるよう私が祈るなら、その祈りは自分に返ってきて、自分も病気になるからです。

これだけ多くの人が病気をしているのは、それだけ多くの人が悪い(間違った)ことをしているからです。その自分がしている悪いことが自分に返ってきてそれで病気になっているのです。

では、多くの人がしているその悪いこととは何でしょうか?

私に対する態度も、もちろんありますが一番の原因は私が何度も書いている、神を神とも思わない、そのような態度なのです。

そういう神に対する不遜な態度を日本の人々はずっと続けて来たのです。だから、これだけの多くの人が病気になって亡くなり、その亡くなる人が毎年増えているのです。(多死社会)

そのような不遜な態度がもう天罰を食らう、そういう時代になっているからです。

それをもう何度も前からいっているのに、この辺りの人たちは、その私のいうことを一切聞こうとせず、悪いことをすべて私のせいにして、他の地域の人たちは温暖化とか何とか他のせいにして時代が変わったことに気づかないのです。

どう考えてもおかしなことがこれだけ起きているにもかかわらずです。(だいたい、毎年死ぬ人が増えてるって、それだけでもおかしいでしょう)

自分たちに罰があっているなど毛ほども考えていないのです。そんなことが起きるわけがないと頭から思っているからです。

しかし、起きているのです。だから、これだけ多くの人が死んで行っているのです。

毎年、毎年、死ぬ人が増えているのは法の世が深まっているからです。(ということは、罰が当たる人が毎年増えるということですから。心と行いをいつまでも変えなければです)

だから私はいっているのです。「正しい心の在り方を知らなくてよいのですか?」とです。

もう正しい心の在り方を知らない人は罰が当たる時代になったのです。だから、これだけ不幸になる人が増えているのであるし、また、正しい心の在り方を知っている者には、奇跡が次々に起きているのです。

法の世(正法の世)が深まっているからです。

一昨日でしたか、私は堀川に行きました。

堀川にはもうカモメがいたのですが(まだ十数羽程度でしたが)それにもかかわらず、私が堀川に行き、カモメに声をかけていると魚があちこちで跳ねだしたのです。

あれには驚きました。

去年の今頃はもう魚は一切跳ねず、川の中にいるのかいないのか分からないくらいでしたが、今年はカモメがいるにもかかわらず、平気で跳ねています。(それに水面近くまで上がってきている魚たちもいました。カモメがすぐ近くにいるのにです)

つまりこういうことを見ても分かるのです。

よい現象も悪い現象も明らかに激しくなっているとです。

法の世が深まっているからです。だから、このような奇跡も起きるのです。(カモメがいる横で魚がバンバン跳ねる、考えられませんね)

法の世とは、奇跡の時代であるからです。

もう心が悪いままであるなら、災いが、心がよいのであれば奇跡が、頻繁に現れる時代になっているのです。

それなのに、いつまで悪いことを責任転嫁しているのですか?

そんなのはただの泣き言にしかすぎないのです。

追伸…何度もいいますが「お前のせい」ではなく「助けてください」なのです。

だって多くの人は正しい心の基準など知らないでしょう。ほとんどの人は自分の悪いところを直そうともせず、平気で人の悪口をいい、責任転嫁している、そういう暮らしを日々続けているだけだと思うからです。

そういう人は遅かれ早かれ災いが現れるのです。もうそういう時代が来ているからです。

そういう悪人が(そういうことは悪いことではないと思っている人も多いのでしょうが、とんでもありません。非常に悪いことです。〔非常に心を汚します〕だからそんなことばかりしている人も悪人なのです)災いを起きなくするには、相当心の在り方を変えないといけないのです。

それを自分だけでやれますか?

そういう(悪い)心が当たり前だと思っている人たちがです。

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