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10月 13 2016

大きな影響を与える教え

ここんとこ続けてブログを書いていたら、一変に天気がよくなっていい天気の日が続いたのに、昨日はまたバカ会社がブログを書くのをじゃましたものですから、急にまた天気が悪くなりました。(今日のこちらは曇り空です。一昨日までの週間予報では今週一杯は天気がいいようなこといっていたのにです)

たしか二、三日前からですよね。天気がよくなったのは。それまでは異常に天気が悪い日が続いていました。(ここ一、二ヶ月の日照時間の少なさは記録的でしたから)

ちょうどその天気の悪かった時期と重なるんではないですか。あのバカ会社にじゃまされて、このブログがしっかり書けなくなったのはです。

法を説くか、説かないかで天気まで変わる、当然そういうことはあるでしょう。(この教えは祈って天気まで変えることが出来るのですから、それくらいのことは起きるでしょう)

人や動物にまで多大な影響を与え、そうして天気にまで影響を与えるこの教えを、マァ皆さん見事に無視して(逆らって)いられる。

これではよいことが起きるわけがありません。

昨日でも、朝からずいぶんお怒りのところが多かったようですが(昨日の夕方、家に帰って来る時もそんな感じでした。どこかの会社だけではなく、この近所のあちこちの人が怒っていました)しかし、自分たちが悪いことをしているのですから、悪いことが起きるのは当たり前のことなのではないでしょうか。

この近所で怒っている人たちは、みな私のブログを読んでいる人たちなのです。(そういう人が多いと思います)

それなのに「このブログを読み、いろいろ教えられて心も救われました。本当にありがとうございます」などと、謙虚にお礼をいった人など皆無であり(だからもちろんこの辺りで私に布施した人などいません)それにちょっとブログの内容が気に食わないと、とたんに嫌がらせです。(「それは違う」と意見をいってきた人なども一人もいません。〔そういう人がいれば、いくらでも私は話をするというのにです〕自分の意に沿わない内容だと何もいわずに怒って嫌がらせしてくる人ばかりです。本当に筋違いなことを平気でしています)

あるいは、やはりブログの内容次第でねたんだりひがんだりして嫌がらせしてくる人もあり、このブログを書くのをじゃましている人もあり(それでもブログだけは読むのですから呆れます)そういう感謝のかけらもない、恩を仇で返すような態度ばかり普段から平気で取っているくせに(もちろん、そういう態度を詫びた人など一人もいません)自分たちに何か起きると、それを私のせいにして怒っているのです。

あいた口がふさがらないとはこのことなのではないでしょうか。やっていることがあまりに子供じみているからです。

こういう態度を大人から子供まで平気でとっていて、それで悪いことが起きたら私のせいとは一体どういうことなのでしょう。

そういう自分たちの態度を棚の棚の棚に上げてです。(もう、ただの棚に上げるだけでは言葉が足りませんから)

こんな態度を取っていては悪いことが起きるのが当たり前のことなのであり、自分たちのそのような(罰当たりな)態度を改めない限り、罰が当たる人はこれからも出てきます。

自分たちが罰当たりな態度を取り続けているのですから、罰が当たるのは当然のことなのではないでしょうか。

い加減分かりませんか?どこをどうとっても自分たちの態度の方が悪いとです。だから悪いことが起きているのです。

私のせいではなく、自分たちの取っている態度が悪いのです。だから、自分たちに悪いことが起きているのです。

因果応報です。(善因善果、悪因悪果です)

そのような自分たちの取っている悪い態度が、ただ自分たちに返って来ているだけなのです。

それだけの話なのです。

そうして、その起きている凄まじい現象を知るならです。この法がどれだけ偉大な教えであるかということも分かるはずです。

これだけ多大な影響をあちこちに与えているのです。(人や動物、天気に至るまでです)これだけ多くの現象を現す教えなど他のどこにもないのです。

これほどの現象を現し、これほどの大きな影響をあちこちに与えている、この教えこそ、正真正銘の本物の神の教えなのです。

その本物の神の教えを説いている者に、そのようなバカな態度を取り続けているのです。

それではもう目も当てられないでしょう。だからこれほど多くの(悪い)現象がこの辺りに現れているのです。

それだけ大きな影響を(多くの現象を)本当の神の教えは現すからです。

これが偽の教えであるなら、これだけ多くの現象は現れません。現れても限定的です。正しい部分が限られているからです。(その正しい部分にだけ罰が当たるのです)

偽の教えでも正しい部分は当然あります。現在、そのような偽の間違った教えに騙されている人たちは、その正しい部分に騙されているのです。

少々間違った部分はあっても、こういう正しい部分もあるからと、その正しい部分にすがり、だからこの教えは正しいと思っている人も多いようですが、正しい教えに間違っているところはありません。

少しでも間違っている部分があるのなら、その教えは正しくないのです。(それだけ正しい教えとは厳格なものなのです。だから次々に奇跡が起きるのです)

いつまでも偽の間違った教えにすがっている人たちは、早くその間違いに気づいてほしいものです。

正しい教えには絶対に間違いがないとです。

そうして、その正しい教えが与える影響は凄まじいとです。

間違った教えを信仰していて、私くらい次々に奇跡が起きている人がいますか?

そのような数多く起きている奇跡こそ、私が正しい教えを説いている何よりの証拠なのであり、その正しい教えを勉強している者をいじめていると(ただのいじめですよね。この近所の人たちが私にやっていることは)これほど凄まじい現象が現れるのです。(数々のサイレンにせよ、天気にせよ、大騒ぎする鳥たちにせよです)

そのような起きている現象は、この辺りの人たちはみな知っているはずです。

だから、この辺りの人の多くが不幸になっているのです。本当の神の教えにかかわっていながら、その教えに逆らい続け、誰も従おうとしないからです。

偽の教えならともかく、本物の神の教えにかかわって、そのような不遜な態度を取る人ばかりでは、その反動も大きくなります。

もう誰が見ても分かるようないじめはやめて(運転手連中もそうですが)この本物の神の教えに従いませんか?

そうすれば、よい影響もまた凄まじく現れるからです。(本物の神の教えは奇跡も災いも凄まじいのです)

この辺りで私に嫌がらせをしておきながら、知らん顔をしてこのブログを読んでいる人たち、そういう人たちはその嫌がらせしたことを反省して、私に布施されることです。(だって間違っているのはあなたたちの方なのですから)

そういう心と行いをするなら(感謝と反省、報恩の行為)災いがあなたたちに現れることはありません。

もちろん、私に罪を擦り付け、多くの人を病気にしている運転手連中も同じです。早く私に詫びを入れ布施した方がいいでしょう。

これほどの現象(サイレン)を世に現してしまったのです。その罪はすでに計り知れないものになっているからです。

だから、そのような行いは当然しないといけないのです。(しなきゃ許されるわけがありませんよね。これだけのことをしておいてです)

そういうことは絶対に嫌だというのなら、それはそれでいいのですが、何度もいいますが、この教えは本物の神の教えなのです。

ということは、間違いがないということです。

その間違いがない教えを説いている私がいっているのです。それをしなければ、災いは必ず現れるとです。

それでも無視するというのであれば、災いが起きる覚悟だけはしておいてください。悪いことをしているのはあなたたちの方であるからです。(決して私ではありません)

今日なぜ、このブログが書けているのか?

それは私のいった通りのことが今現在起きているからです。(いった通りのことが起きていますよね。どこかの会社の皆さん。〔違いますか?〕いった通りのことが〔すぐに〕起きたから静かにしているのです。いつもうるさいどこかの会社の人たちがです)

このような現象も今日このブログを書くための一つの証明でしょう。(この書いたブログが正しいというです)

この教えに間違いはありません。そうして現れる影響も凄まじいのです。

偽の教えとは違うからです。

それでもこの教えを無視されるのですか?

それほど不幸な行いもないのです。

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10月 11 2016

豊洲の問題とこちらの問題

今日は静かそうですね。(前のバカ会社、窓もしめてです)

最近は涼しくなったので窓もしめて静かに仕事をする気でしょうか?(などと書いていると、すぐに暴れ出しますから。悪魔たちがです)

マァ、ずいぶん悪いことが起きているようです。少しは反省した態度を取るべきでしょう。

そうしないとその災いは終わらないからです。(といっても、どちらにしてもその災いはすぐには止まりませんけどね。相当反省しないとです)

東京はいま豊洲の問題で大騒ぎですが、こちらはこちらでサイレンの問題で大騒ぎです。(マァ、それは私が火をつけているんですけどね。このままでは終わらないと思ってです)

どちらの関係者もです。早く本当のことをいった方がいいのではないでしょうか?

その方が罪が軽くすむからです。(それでもずいぶん罪は重いんですが、少しでも軽い方がいいでしょう)

それに、このままではどちらにしても終わりません。こういうは問題は長引けば長引くだけ周りに迷惑がかかります。

もう正直にいうしかないのです。判断を間違えてしまったものは(豊洲の場合は最初に正直にいっておけばさほど問題もなかったと思いますが…)今さらどうしようもないからです。(その迷惑のかかり方がどちらも半端ないですから。豊洲の方は借金をして移転することに同意した人も多いそうですし〔債務超過の卸業者がたくさんいるそうですが大変ですね〕こちらはこちらで、このままほっておけばどれだけの人が病気になるのか分からないくらいです)

正直にいわないことで多くの人に大変な迷惑をかけていることは事実なのです。

ここまで問題がこじれた以上、何らかの形で責任を取るしかありません。では、判断を間違えた上の方が正直にそれを公にして責任を取り、何らかの補償をして詫びを入れるしかありません。

それ以外では、もうやってしまったものはどうにも出来ないからです。(「覆水盆に返らず」です)

どうですか。豊洲は豊洲であの建物の空洞は建築構造上はそれほど問題ではないんでしょう。(といっている人もいますから)

では、補強工事をしっかりやって後は風評被害を全力で抑える。(補強工事も汚染対策もしっかりやっていますと〔ちゃんと説明して〕行政、業者、関係者などが宣伝して回るしかありません)

そうして、行政側がいくらかの補償を業者側に出す。(だって資金がなくて豊洲に移転できなくて移転を反対している業者も多いそうではないですか。補償が出ればそういう人たちも助かります。〔もちろん借金している人たちもです〕そういう人たちの反対する声がなくなれば一致団結してことに望めます)

ここで少々金がかかっても(少々じゃないかもしれませんが)これからは東京オリンピックもあり外国人観光客も増えます。

豊洲で築地の倍、魚を売るなら、後々十分ペイできます。(それに東京都はずいぶんお金持ちなんでしょう。大盤振舞したらどうですか?そうしたら反対者もいなくなりますから)

しかし、何か解決策を出さないと、損ばかり出て、不幸な人が続出してどうにもならないのです。

あまり細かいことまでいって、にっちもさっちもいかなくなってはどうしようもありません。こういうことも中道が大事なのです。

どこかで決めるしかないのです。(それも早いうちにです。そうしないとどれだけ被害が広がるか分からないからです)

それはこちらも同じでしょう。

いつまでも、運転手連中が嘘をつき続ければ(あのサイレンは私のせいとです)災いは止まらないのです。

あなたたちが私に、あれ程の嫌がらせをする前はサイレンなどしていなかったのです。

それどころか、私が祈ると次々に奇跡が起きていたのです。

あなた方が私を知って、そういう嫌がらせなどせず、もし私にあのまま自由に法を説かしていたのなら、今頃はこの辺りで次々に奇跡が起きていたかもしれないのです。(起きていたでしょうね。今でも奇跡は私の周りに次々に起きていますから)

しかし、あなた方がそれをじゃまして、そのような行いが天を怒らせ、大変な神の業をこの世に現してしまったのです。

それにもかかわらず、その罪を全部私にかぶせ、私を大悪人に仕立て上げたのです。その結果、多くの人が病気になった。

その罪はどれほど大きなものになるのか分からないくらいです。

では、あなたたちが責任を取るのは当然のことなのではないですか。

あなたたちが大きな判断違いをしたため、このような恐ろしいことに名古屋及びその周辺はなっているからです。(この問題は豊洲の比ではありませんよ)

豊洲はともかく、こちらは私に相談しに来た方がいいでしょう。こちらに起きていることは私の専門分野であるからです。(それに罪を擦り付けられている当事者でもありますし)

そうしないと、こちらの問題は終わらないのです。(それはそうでしょう。何も解決策が出て来ないのですから。あなたたちも困っているんでしょう。多くの人が病気になってです)

どちらにしても、豊洲もこちらも大変な問題であることには変わりありません。そうして、この問題が長引けば長引くほど多くの人が不幸になるのです。

この辺りで本気で解決の道をつけませんか?そのように腹を決めない限り、不幸は続くのです。

(どこかの会社もそれは同じです。〔本当に不幸が止まらないようです〕中でべそをかきながら嫌がらせをしていても無駄です。〔災いがひどくなるだけです〕「助けてください」と頼みに来なさい。それ以外であなたたちが助かる道はないからです)

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10月 10 2016

様々な問題

今日はこの辺り休みの会社が多いようです。(ほとんど休みみたいです)

今日は体育の日なので外で運動会でもしているんでしょうか?

そうだといいんですが、ずいぶんこの辺り悪いことが起きているようです。その悪いことを止める手立ては心と行いを変える以外にありません。

運動もよいのですが、少し反省をされてはどうでしょう。心を入れ替えた方がより体も健康になると思うからです。(罰が当たらなくなる分です)

その悪いことといえば、熊本も大変ですね。今度は阿蘇山の噴火ですか。

今年の熊本は、大地震に大雨被害、さらに阿蘇山の噴火と踏んだり蹴ったりです。

これだけ不幸が続くと、手を合わせて祈りの一つもしたくなるのでしょうが、今のような寺や神社に行き「もう熊本に悪いことが起きませんように」などと祈ったところで、その祈りがきかれることはありません。(だから、悪いことが起き続けているのです。そういう祈りをしている人も〔特に熊本の人は〕いると思いますが、そういう祈り方は間違っているからです)

早く法を知って、正しい祈りを多くの人がしてほしいものです。そうすれば、本当に熊本の不幸は収まるからです。

しかし、このブログを読んでいて、法を知っている人たちが、その法を拡げる気がまるでありません。

この法に逆らっているか、この法を信じて奇跡が起きても、それで満足している人たちばかりです。(このブログを見ている人たちはそういう人がほとんどです。私に協力してくれている人はごくわずかです)

それでは日本に起きている災いは止まりません。早くこの法の価値に気づいてほしいものです。

法の価値に気づけば、私に協力する人も増えるでしょうし、法を拡げようとする人も増えると思うからです。

そういう日本の痛い人たちの話はよいのですが、アメリカの大統領選もいよいよ佳境に入ってきましたね。

しかし、トランプ氏は(日本の人同様)相変わらず痛い発言が続いています。

そういう痛い発言が原因でトランプ氏支持の有力者の撤回が続出しているとのこと。今日は二回目のテレビ討論会があるそうですがピンチですね。

しかし、クリントン氏もメールなどの問題がいろいろ出てきています。

まだまだアメリカの大統領選は予断を許さないようです。

どちらにしても、どちらの方がアメリカの大統領になられても、この後の世界の混迷は深まるばかりでしょう。(どちらも初の方であるからです。一方はアメリカ初の女性大統領、もう一方はアメリカ初の政治家ではない大統領)

そうであるなら、これからの外交、安全保障は特に大事になってくるのではないでしょうか。

これからの時期、その外交、安全保障を間違うなら、日本は一変に危険にさらされることになるからです。

こういう時期に外交の天才である、安倍総理が日本の総理大臣であったということが唯一日本にとっては、幸運なことであるように思いますが、こういうアメリカを見ていると、やはり(安倍総理が重視している)対ロシア外交は非常に重要であると思えてなりません。

日本にとって北方領土の問題は確かに大事なことではありますが、これからのアメリカの世界への影響力を考えると(当然落ちてくると思いますので)ロシアとの関係はそれだけにとどまらないからです。

ロシアと日本との安全保障の問題は、世界を安定させるためにも(だからアメリカにとっても)重要なことであると思うからです。

そうではないでしょうか。

どちらにしても、ロシアが中国としっかり手を組んでしまってはどうしようもなくなるのです。(そうなったらいくら日米同盟といえどもどうにもなりません)

だから、それにくさびを打ち込むことは当然必要であるのだし(それが日本とロシアの安全保障です)北朝鮮にもロシアの影響は大きいのです。(また北朝鮮は何かしそうですが)

中国や北朝鮮への影響、それにアメリカのためにも、日本がロシアと懇意となることはよいことであり、そういうことを含めて安倍総理はロシア(プーチン氏)との関係を深めようとしているのであって、日本がロシアとの関係を深め安定させることは、世界にとってもよいことであるのです。(日本とロシアとの関係が深まれば、中東の問題などにも日本が仲裁に動くことも出来るかもしれませんし)

そういう諸々のことを考え、安倍総理はロシアとの関係を深めているのであって、一応韓国とも手打ちのような形になっているのだし(この韓国がまた実に頼りないのですが)後はまだ台湾などとの関係も残っています。(この台湾との関係もまた中国との関係に大きな影響を与えますから)

これからが安倍総理の本当の外交手腕が問われるところでしょう。

しかし、仮に外交がうまくいったところで(これからの外交は相当難しいので、そんなに簡単にうまくいくとは思えませんが)こうも日本国内に災いが起きていてはどうしようもありません。

テロや戦争よりも先に災いで日本が倒れそうだからです。

このようなこともすべて含め、この法を実践する人が増えてこないと、よい方向にはいきません。

それだけ正しい心の在り方は大事なことであるからです。

その正しい心の在り方を説いている、この法の大事さもう少し理解していただけないでしょうか?

そうすれば、日本はもとより、世界までもよい方向に行くようになるからです。(それだけこの法の影響は大きいということです。本当の神の教えなのです。その影響は当然、日本だけにとどまらず世界にまで影響を与えるのです)

追伸…周りの会社が休みの時は、前のマンションの住民やら誰やらが必ずこのブログを書くのをじゃましています。(今日もバシバシうるさいです)

本当に小さな人が多いです。音がうるさいだのなんだのそういう小さなことばかり考えているのではなく、もう少し大きな考えを持ってはどうでしょう。(今日のブログの内容ではありませんが、世界を変えるくらいの考えをです)

そうしないと判断を間違うからです。(小さな視野しかなければ当然判断を間違えます)

自分たちはこのブログを読んで心が救われているにもかかわらず(そういうことをやっている連中でこのブログを読んでいる人は多いですから)そのブログを書くことのじゃまだけはして、協力などまったくしようとしないというのですから、あまりの小ささに(自分本位さに)呆れるばかりです。

これではこの辺りによいことが起きるわけがありません。この辺りの人たちの行いが狭く小さすぎるからです。

昨日のNHKの大河ドラマの「真田丸」は信繁(幸村)が九度山を出て、大阪城に入る覚悟を決めた場面をやっていました。

私も早く、このような場所から離れ(この辺りの人たちは戦国当時の九度山の村人たちくらい進歩がありません)別の場所で自由に法を説きたいものです。

そういうことが出来るようになれば、どれだけ多くの人の心を救えるか分からないからです。

先ほども書きましたが、この辺りずいぶん小さい(悪い)ことをしている人が多いようです。そういう人が多いところにいれば悪いことが起きるのは必然でしょう。

そういう心の悪い(小さい)人たちが、そのような災いを引きよせるからです。

そういう人たちの引きよせた災いで不幸になりたくなければ、自分一人だけでもよいことをすることです。

自分一人でもよいことをするのであれば、その災いが自分に現れることはないからです。

私に協力されませんか?

そうすれば災いどころか、奇跡が起きてくるからです。

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10月 09 2016

責任の重大さ

昨日あんなブログを書いたものですから、さぞ運転手連中は怒っているのだろうと、昨日は午後から、わざとトラックやバスの通りが多い一号線沿いをプラプラ歩いて行ったんですが、思ったほどではなかったですね。

わりと皆さんおとなしめでした。(おとなしめに怒っている人ばかりでした。〔苦笑〕)

私は、もっと烈火のごとく怒っている運転手がたくさんいるのだろうと思いましたが、やはり後ろめたい人が多いのでしょう。

もうほとんどの運転手が自分たちが多くの人を病気にしていると知っているからです。

そういう事実を知っているのに、それをまったくとぼけて、悪いことをすべて私のせいにして烈火のごとく怒るなどということは、よほど役者がかっている人か、あるいは根っからの詐欺師のような人でないと出来ません。

そういう(特殊な)人もそうはいないでしょう。

だから皆(バスやトラックの運転手も)おとなしめに怒っていたんだと思います。自分たちにも負い目があるからです。(というか、全部自分たちの責任なんですけどね)

そういう態度を(私に対し怒っているなどという態度を)いつまで無理して取るのですか?

もうほとんどの運転手の人たちは自分たちが多くの人を病気にした(サイレンの原因をつくった)と知っているはずです。

だから、自分たちが次々に病気になっているのです。(因果応報)

その自分たちの災いを止めるためにも、そうして多くの人たちへの災い(サイレン)を止めるためにも、自分たちの間違いをはっきり認め、そうして心から反省されてはどうでしょう。

そうする以外に、自分たちと、多くの人たちを救う手立てはないからです。

それをしない限り、自分たちが恐ろしい病気になるのはもちろんのこと、あなたたちに騙されている(私が人を病気にしているなどとです)人たちの多くも、これから恐ろしい病気になるのです。

それでもよいのでしょうか?

そのような間違った心の人には、遅かれ早かれ必ず不幸が現れるからです。(原因・結果の法則は必ず作用しますから)

多くの人が次々に病気になる、それほど恐ろしい神の業を、天からこの世に降ろしてしまったのは他ならぬあなたたちなのです。(多分これほどの神の業は数千年、数万年〔あるいはもっとかもしれませんが〕ぶりに現れた、そうは現れることがない現象なのではないかと思われます。何せ、聖書や仏典にも記されていないことですから)

その責任は重大なのです。(というか、その責任をすべて私一人に押し付けているのですから、そのような責任も含め、その責任はすさまじいです)

これだけのことをしてしまったのです。それがそのままですむわけがありません。それほどの罪をつくっておいて、それをそのままにしておくのなら(とぼけて私のせいにしておくのなら)その大きな罪は必ず大きな災いとなってあなたたちを襲うでしょう。(何度もいいますが、因果応報です)

もうとぼけていてすむ問題ではないのです。そのついている大きな嘘はどちらにしてもばれるからです。(私がばらさなくても正直な人はいます。そういう人たちが良心の呵責に耐え兼ね、いつかは本当のことをいうからです。嘘は必ずどこかでばれます)

早く正直に自分たちの罪を皆に話し反省されることです。そのような真摯な行為が自分を救い、また多くの人を救うからです。(私に連絡してください。それが救われる道です)

そういう(正しい)行いが出来た人から救われて行きます。救われるどころか、そういう正しい行いが出来たのなら、ずいぶん心も向上するでしょう。(これほどの罪を自ら認めるのですから、それは心も向上します)

そういう人が、この教えを学ぶなら、奇跡もたくさん起こるようになります。これを契機に(かなり危ない状況でもあるようですし)心を大きく変えてみませんか?

そうすれば、これから神の力を実感できるような、奇跡的な毎日を送れるようになるからです。

最近私はブログを書かないので(じゃまされて書けないので)あちこち行っているのですが(辻説法がてらです)四、五日前は木曽川と長良川がある三重県の長島町に行ってきました。

そうしたら、あの辺りの人はずいぶん態度が変わっていました。

長島の駅から出て私が歩き始めると、そこにいる鳥たちがもう大騒ぎを始めます。(ムクドリやすずめたちがです。駅で電車から降りた時点でもう騒いでいますから)だから私が来たことがすぐに分かると思うんですが、するとあちこちの家から人が出てきて、遠くから私を見ている人が何人もいました。

そういう人たちは、これまでは「この野郎」という雰囲気の人たちばかりでしたが、この前行った時は(そういう雰囲気の人もいるにはいるようでしたが)物珍しそうにこちらを見ている人が多く、また町中を歩いていても嫌がらせのようなことは全然されませんでした。

それで、ほとんど辻説法が出来なかったんですが(その辺り〔長島駅周辺〕では嫌がらせして来た人がいなかったので辻説法が出来ませんでした。少し場所が離れるといましたけどね)ずいぶん雰囲気が変わった町も出て来たようです。

それは一日、二日前に行った内海でも感じました。

内海も同じような感じで(私が内海につくと家から出て来てこちらを見ている人が何人もいました)私が歩いていると頭を下げていった人までいたのです。(それとは対照的だったのが、隣町の野間の人たちです。野間の人たちはまったく変わりませんでした。いつもと同じように歩いてきた人が私の顔を見ると嫌がらせをしていきます。その人に「内海はずいぶん変わったのに、この辺りの人たちは全然変わらないんだな。内海では頭を下げた人までいたぜ」というと、その人は急にいやらしそうな顔になり頭を下げていきました。同じように辻説法をしているのに、ずいぶん場所によって感じ方〔取り方〕が違うんだなと改めて思いました。そこに住んでいる人たちの心の違いでしょう)

その内海や長島町ではまた面白いことがありました。

長島町では、長島川を歩いて川に向かって声をかけていたら(お前ら元気かとです)またその川にいるボラたちが、ところどころでたくさん水面まで上がってきてバシャバシャやっていました。

内海では何とエイが近くまで寄って来て、私の目の前を悠々と泳いでいました。(庄内川で見たエイより、一回り〔二回りくらいかな〕大きなエイでしたので迫力がありました)

心が変わると珍しいことが普通に起きてきて、ところどころで心が癒されます。そうして、そのような心で祈ると不思議な奇跡が次々に現れるのです。

名古屋の人たちは未だ心を変える人が少ないようですが(一時、名古屋もそういう人たちがいたようですが、すぐにいなくなります。〔苦笑〕周りの人たちが私の悪口ばかりいうのですぐ心変わりするのでしょう)心が変わらない限り、悪いことは止ません。

これほどのピンチは逆にいうと、これほどのチャンスはないのです。(これほど心が向上するチャンスはありません)

昨日もいいましたが、勇気を出して、この苦難を乗り越えてみませんか?

その先に天竺(てんじく)が待っているからです。(マァ、西遊記ではありませんが、苦難を乗り越えた先に天上界が待っているのです。今のままでは確実に地獄行きです。つまり死んだあとまで苦しみが続くということです)

追伸…ここ一日二日、少し鼻がぐずぐずするので気づいたんですが、私はこの時期いつもであるならもうとっくに鼻水がズルズル出ていたのでした。(もちろん花粉症です。私が鼻水が出ない時期は六月から八月までの暑い時期だけです)

しかし、今年はまだぐずぐずする程度で(それも気づかない時があるくらいです)ほとんど鼻水が出ていません。

ブルガリアヨーグルトは未だ食べ続けています。(毎日ワンパックずつです。今年の一月から始めましたので、もう十ヶ月くらいですかね)

やはりヨーグルトが効いているようです。この調子でどこまで行けるのか、先が楽しみです。(このまま花粉症が治ることを祈ります。〔笑〕)

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10月 08 2016

サイレンを止めるには

前のバカ会社、三連休ですかね?…珍しいですね。月曜が祝日の時は土曜日は出てきていることが多いからです。

最近は昼だけではなく夜まで怒っています。(つまり一日中怒っているということです)

それだけ怒りながら仕事をやっていても面白くはないでしょう。もうその場所で仕事をしていてもよいことが起きることはありません。(あまりに法の流布のじゃまをしすぎました)

そこでの仕事をやめるか、仕事をやめないにせよ別の場所でやったらどうでしょう。

それだけ悪いことをしている場所では、何度もいいますが、もうよいことは起きないからです。(つまりもうそこにいては災いは止まらないということです)

自業自得というしかありませんが、この連中に負けず劣らず(というか、こと罪の重さだけ見ればはるかに超えているのかもしれませんが)悪いことをしている連中がまだ他にもいます。

そういう人たちは一体どうするつもりなのでしょうか?

もう正直にいった方がいいのです。

「あのサイレンは私たちのせいです」とです。

これだけ多くの人が病気になっているのです。(現在進行形です。〔まだサイレン聞こえてきますから〕)このサイレンの被害はどれだけ広がっていのるか分からないくらいなのです。

本当にすさまじい現象を現されたものです。天からこれほどの現象を現されるなど、ここ数百、数千年の間はなかったんではないでしょうか。

こんなに多くの人が次々に病気をしたなど(本当にもう数が分かりません。一番サイレンがしていた時など、それこそ十分、十五分おきくらいにサイレンが聞こえてきましたから。それが一日中です)釈尊やキリストの時代にもなかったと思うからです。(だって、多くの人が何年にもわたり次々に病気をしたなどということは、仏典や聖書にも記録されていないですもんね)

もしかしたら、あのモーゼの頃と同じような現象を現されているのかもしれないのです。(あの時は過ぎ越しの祭りなどありましたから…しかし、もっと数が多いかもしれませんが)

だとしたら、あのモーゼの大奇跡のような伝説が現代に蘇ったということになります。本当にとんでもない現象を天から起こされたものです。

それほどの現象が現れたのです。その原因をつくった人たちはよほど重く大きな罪を犯したということになります。

それを思うと大変なことを運転手の人たちはしているのです。その責任の重大さをもっと認識すべきなのではないでしょうか。(サイレンの原因をつくったのはあなたたちなのですから)

私が、このブログを書き始めた七年ほど前はもちろんこんなサイレンなどしていませんでした。

このようなサイレンがするようになったのは、三~四年くらい前からです。その時期はちょうど私の名前が多くの人に広がり始めた頃でした。

その私の名前を多くの人が知った、その一番初めの人たちがバスやトラック、電車などの運転手の人たちであったのです。

ところがこの人たち、私のことを知ったのはいいんですが何が面白くなかったのか私の顔を見ると、ブシュブシュ、ブシュブシュ、エアーを吹かせて嫌がらせを始めました。

もう道を歩いていると、そこらじゅうでそのような嫌がらせを私は受けたのです。(真横で思いっきり吹かされて鼓膜が破れそうなこともありました)

私がそういういじめを多くの運転手から受け始めて、それからしばらくしてからです。あのサイレンが始まったのはです。

では、あのサイレンの原因は運転手がつくったといえるのではないでしょうか。運転手がそんなことを私にする前にはサイレンなどしていなかったからです。

しかし、それにもかかわらず、運転手は私への嫌がらせをやめようとはしなかったのです。

すると、あのサイレンは徐々に増えていき、多くのサイレンが聞こえてくるようになったのです。

そのサイレンがドンドン増えてくると、なぜか知りませんが、いつの間にかあのサイレンが私のせいになっていったのです。

このサイレンは、私が運転手連中からこのような嫌がらせを受け始めてから始まったことであったにもかかわらずです。

多分、この運転手連中が、私のことをよく思っていなかったので(だから嫌がらせをしているんでしょうから)そういう悪いことを何でもかんでも私のせいにしたのではないでしょうか。

それで私の悪い噂が拡がり、だから私は、そこらじゅうの人から嫌がらせを受けるようになったと思われます。

それは想像にすぎませんが(何せ誰も私とまともに口をきいてくれませんから)そういう噂を誰が流したのかは知りませんが(でも何人かの運転手がかかわっていることは確かでしょう。一番最初に私のことを知ったのは運転手連中であったからです)どちらにしてもその噂は間違いなのです。

私はもう何年も前から、こういう人の心を救う行いはしていたからです。しかし、最初の頃はこんなサイレンなどしていなかったのです。

それどころか、この人の心を救うブログを書き始めた頃から、私が祈ると次々に現象が現れ、その現象のお蔭で、多くの唯物無神論だった人々が唯心有神論を信じ始めたのです。

その評判が、この辺りの(特別この辺りだけではないかもしれませんが)多くの人が私を知るきっかけとなり、そうして運転手連中に私のことが知られて行ったのですが、この運転手連中は、その私のやっていることが(現象を現していることが)気に食わなくて、それで嫌がらせを始めたのかもしれませんが、結果的にはです。

その私の現した現象が、多くの人が神を信じるきっかけとなって、唯物無神論であった日本の人たちが唯心有神論に変わり始めたのです。

そればかりか、それが大きな心の変革につながり、これからのことを考えるのであれば、私がしている心の変革は(ブログにせよ、辻説法にせよ、現象を現すことにせよです)これからより多くの人々が救われるための、まことに大きな出来事であったといえるのであり、後のことを考えるのであればです。

私が現した現象は、日本発のこれから起きるであろう世界的規模の歴史的なパラダイムシフトの始まりとなるのです。(これから世界的規模の大きなパラダイムシフトは必ず起こりますから)

実際に私が世に知られてから、日本の多くの人々は唯物無神論から唯心有神論に変わっていっています。

数十年もの間(あるいはもっと長い期間かもしれませんが)頑固に唯物無神論を信じ続けた世界でも唯一の日本の人々がです。

これだけ神を思わなかった人たちは世界でも稀でしょう。ということはこれだけ神に対し不遜であった人たちはいないということになります。

では、大きな現象も起こさざるを得ないのではないでしょうか?

神を信じている人が多かった三千年前のエジプトでさえ、モーゼはあれ程の現象を現されたからです。(モーゼの大奇跡)

そうであるなら、私が(頑固な無神論の日本の人々の目を覚まさせるために)起こした現象など何ほどのことがありましょう。

最低限の現象で、多くの日本の人々の神に対する目を覚まさせたからです。(このような時は、物事を小さく見てはいけないのです。大きく見ないといけないのです。そうしないと正しい判断は出来ないからです)

どちらにしても、神が起こされる現象を(すべての現象は天が起こされるのです。私ではありません)間違っているなどとは思わない方がいいでしょう。

神が起こされる現象の意味は、人の考えなど及びもつかない広く大きく先々までもの考えが、そこにはあるからです。

その(自分たちが)及びもつかない考えがあるにもかかわらず、自分たちだけの目先の考えで(小さな考えで)私のやっていることに反感を持ち、私への徹底的な嫌がらせ、それがどれほど天の怒りを買ったのかお分かりでしょうか?

だからこれほどのすさまじい現象が日本に現されたのです。

それだけの愚かなことを運転手連中はしてしまったからです。

だから私は正直にいわないといけないといっているのです。

正直に自分たちの(重く大きな)罪を認め、それを世の人々に分かってもらい、私への誤解を解かない限りは天の怒りは解けないと思うからです。

天の怒りが解けないのであれば、サイレンは続きますし、サイレンが続くのなら、病気になる(不幸になる)人は止まらないということになります。

どちらにしても、私への誤解が解けない限り、多くの人は救えません。その私への誤解は、その誤解をつくった人たちが解かない限り、自分たちがつくった重く大きな罪は償(つぐな)えないのです。

その誤解を誰がつくったのですか?だから、誤解をつくった人たちも苦しんでいるのです。自分たちのつくった罪が自分たちに次々に返って来ているからです。

もう二十世紀の考え(末法の考え、自分さえよければいいという無責任な考え)のままでは二十一世紀は通用しません。

二十一世紀は心の時代となり、法の心(正法の心)を知らないと(実践しないと)やっていけない(不幸ばかりが起きる)時代となっているからです。

これからこの法は大きく世界に拡がって行きます。(その傾向がすでに出ているのではないですか?よいことにせよ、悪いこことにせよ、これだけ多くの人たちに私が知られつつあることがその何よりの証拠です。私が知られるということは法が知られるということですから)

法が世界に拡がるなら(これだけ不幸ばかりが起きている)世界が大きく変わることになります。(もちろん、幸福が〔奇跡が〕たくさん起きる世界にです)

世界を大きく変えることが出来る、その教えの生みの苦しみをいま名古屋の人たちは(名古屋近辺の人たちは)味わっているのです。

ここで堕ちて行きますか?それとも、この困難な状況を乗り越え先に進みますか?

それは自分次第ですが、先に進むのであれば、これまで見たこともない、幸福な世界を見ることが出来るのです。(マァ、そう簡単ではありませんが)

その始まりが、まず、この名古屋近辺で起きている数々の災いを止めることなのです。(それはサイレンだけではありませんが)

勇気を出して正直にいってください。

その勇気の先に素晴らしい世界が待っているからです。

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