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10月 05 2016

本当の心の時代

なんか皆さんメチャメチャ怒っていますね。(ほんともう凄いです)だから無理して今日はブログを書くことにします。

早く気づいてもらわないと、どれだけ悪いことが起きるか分からないからです。

特にこの辺りはひどいですね。前のバカ会社はもちろんですが(本当に今日も朝から凄い怒りようです)あちこちの会社や家(横の人たちも大変そうです)それどころか昨日は作業服を着たチンピラみたいな奴にまで絡まれました。(わざわざ家の近くで待っていて、にらみつけてくるのですから呆れます)

文句のいいあいみたいになって、そいつが最後までこちらをにらみつけているものですから「お前、そんな態度では奇跡も起きないぞ」というと、急に顔が引きつり行ってしまいましたが、何が誰に起きているのか知りませんが、因果応報、善因善果、悪因悪果という原因・結果、作用反作用の法則は正しく作用します。

私が人を病気にしているわけではないのです。

自分たちの心に何か問題があるから(病気をするなどの)問題が起きているのです。

その問題が何か分からないのです。こういう時代(心の時代)になったことがないからです。

だから、心の在り方が分からず、みなが次々に不幸になっているのです。これまでのような心と行いをしていたら不幸が起きるような時代にすでになっているからです。(この辺りで起きているサイレンだってそうでしょう。何でこんなことが起きてきたのか分からない人がほとんどなのではないでしょうか?〔そりゃそうでしょう。こんなこと起きたことがないのですから〕それなのに、その罪を全部私にひっかぶせているのです。理由がよく分からないのに本当に無責任です)

「お前のせい」ではなく「自分が悪かった」なのです。そういう心にならなければ、その災いは止まらないからです。

「お前が悪い」「お前が悪い」と責任転嫁して怒っているばかりでなく、自分が悪かったと謙虚に反省されてはどうでしょう。

そういう心にならない限り、もうこの時代、救われる道はないからです。

奇跡が起きているのは私だけなのです。では、奇跡が起きている人のいうことを少しは聞かれてはどうでしょう。

その奇跡が起きて来ない限り、災いから逃れる術はないからです。(奇跡が現れるくらいの心にならないと災いが現れるからです)

この辺りだけではなく、もうそこらじゅうで悪いことが起きているのです。今回台風も来ていますが、このような激しい天変地変でもそうです。二十世紀では起きえなかったことが次々に起きているのです。

だから最近は気象庁でも予想が困難になっているんでしょう。(雨の降り方にせよ、大きな地震にせよです)二十世紀には起きていなかった(激しい)現象が次々に起きているからです。

もう時代が変わっているからです。だから起きてくる天変地変も異常に激しくなっているのです。皆さんの心が現象に現れる時代になったからです。(人の心の部分までは気象庁では分かりません。だから気象庁の予想以上に天気が悪くなっているのです。人の心が天気に大きく影響しているからです)

今回の台風十八号でもそうです。これだけ猛烈な勢力で日本に近づいてきた台風はこれまでなかったのです。(最大瞬間風速が八十メートルとかいっていましたが)

これまで起きた激しいゲリラ豪雨やゲリラ雷雨も同じなのです。すべて多くの人々の心が作用し出したから、これだけ現象が激しく現れるようになったのです。

それは熊本地震などの大きな地震でもそうです。これまで(震度七以上の)これだけの大地震がこれだけ立て続けに起きたことなどなかったのです。

それが2000年以降、次々に起きているのです。(2004年、新潟地震、2011年、東日本大震災、今年〔2016年〕熊本地震。大きな地震〔千年に一度の大地震まで入ってです〕や猛烈な台風が、これだけ一変に現れたことがこれまであるのでしょうか?)

それは世界を見ても同じなのですが(もう世界中が激しい天変地変に見舞われていますから)なぜでしょうか?

なぜこれだけ起きる現象が激しくなっているのでしょう?

もう物質的な理由はよいのです。(温暖化や地震の活動期など何だの〔いかにも後からのつけたしのような説明はです〕もう耳にタコが出来るくらい聞いたからです)

そうではなく、心の時代となったから、こういう激しい現象が起きてきたのです。

すべての人の心が、起きる現象に大きく作用し出したからです。

つまり分かりやすくいえば、多くの人が念力で天気を(起きてくる現象を)左右できるようになったということです。

それは私を知ってもらえれば分かると思いますが、すでに誰でも私と同じことが出来るのです。(もちろん現れる現象に違いはありますが。それは念の強さの違いです)

すでにそういう時代になっているからです。

自分たちの念で天気をよくも悪くもできるようになっているのです。だから最近、雨乞いなどすると本当に雨が降ることが多くなったのです。(たまにニュースでやっていますが)

昔以上に多くの人の心が天気に影響を及ぼすようになっているからです。

それを多くの人がまだ知らないでいるだけなのですが、しかし、そういう時代になったということは逆に怖いのです。

そういう時代によい心の人が多ければ、よいことばかりが起きますが、悪い心の人が多ければ今のように悪いことばかりが起きるようになるからです。(だから心の善し悪しでよいことも悪いこともたくさん起きるということです)

これまでは心のことは何もいわれず、表面上がよければそれでいいといわれる時代でした。

これまでは、それほど人の心が表面に現れる時代ではなかったからです。(もちろんこれまでも現れてはいましたが、今ほどではなく、また現れ方もゆっくりでした。だから起きる現象もそれほど激しくなかったのです)

しかし、これからの時代はその心がまともに現象として表面に現れる時代となったのです。

では、表面だけではなく、心をより以上によくしないといけないということになります。

心がより以上に悪ければ(その人の念が強ければ強いほどです)周りに大変悪い現象を現すことになるからです。(人によってはそれが凄まじい現象となって現れるのです。多くの人が病気をしたりです…心当たりのある人がいるのではないでしょうか?特にこの辺りの人はです。〔それ全部私のせいになっていますけど〕)

これまでは、心の悪い人がいても、悪い影響を与えるからその人から離れよう程度ですみましたが、これからは、本当に心が悪い人がいると、その心が周りに現象として現れてきます。

すると、悪い影響だけではすまなくなるのです。その心が回りの人を病気にしたり、凄い天気となって現れたりするからです。

つまりこれまでは影響だけであったものが、これからは実際に現象として、その悪い心が現れるということです。(というかすでに現れているのです)

だから、心の在り方をよりよくしないといけないのです。その心がこれから時間がたてばたつほどより周りに現れてくるからです。

このような本当の心の時代となり、心の在り方の大切さが少しはお分かりいただけるでしょうか?(というか、少し程度ではないのですが。念の強弱により大変な現象を現す人も中にはいるからです)

自分の心をよくしなければもう周りまでダメにしてしまう。そういう時代にすでになっているのです。

だから、より以上にこの法が大事になってくるのです。

この法くらい、正しい心の在り方を説いているものはないからです。(だから私に次々に奇跡が起きているのです。この法に心を合わしているからです)

そういう心が現れる時代にすでになっています。それに気づかないで、自分の心をほっといたままいつまで悪いことを責任転嫁しているのですか?

それではもうよいことは起きないのです。

もう自分の心が表に現れる時代となりました。自分の周りに起きている現象こそ、本当の自分の心を現しているのです。

自分の周りに起きている悪いことを人のせいにしていたところで、それでその現象が収まるわけではありません。

そういう(責任転嫁して)怒りの心を持てば持つだけ、より周りに恐ろしい現象が現れてくるのです。そういう怒りの心がより恐ろしい現象を周りに現すからです。(どことはいいませんが、本当にそういうことが起きています)

本気で自分の心を変えませんか?

そういう人以外で、もうこの時代を生きていくことは困難なのです。

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10月 02 2016

正真正銘の神の教え

昨日はブログを書いていたのですが、前のバカ会社がうるさくて途中で書くのを諦めました。

この連中、どうしても静かに出来ないようで(何せ悪魔に憑かれている者が多いですから)その後「お前ら何が起きても知らねえからな」と捨て台詞(すてぜりふ)を残して家を出て行ったのですが、夕方帰ってくると、本当に何か起きたみたいでまたやたら怒っている者がいました。

何度悪いことが起きても、悪いこと(法の流布のじゃま)をすることをやめることが出来ないようです。

それでは悪いこと(災い)は止まりません。それは天罰以外の何ものでもないからです。

結局、他の人も同じなのです。自分で知っててやっている人もいますが、勘違いや騙されたりして、知らず知らずのうちに悪いことをしている人も多いのです。

しかし、悪いことをしていれば、その悪いことは必ず自分に返ってきます。(特別それは悪いことだけではありませんが。よいことも悪いことも自分がしたことはすべて自分に返るのです)それで苦しんでいる人が多いのです。

自分たちに悪いことが起きているのであれば、必ず自分たちのどこかに悪いところがあるのであって、それは人のせいでそうなるわけでも、たまたまそうなったわけでもないのです。

自分たちが悪い原因をつくっているから、自分たちに悪いことが起きるのです。(たとえその悪いことが人のせいであってもです。そういう悪いことを人から起こされる原因を自分たちでつくっているからです)

もし自分たちが正しいことをしているのであれば、奇跡が起きてこなければおかしいのです。

しかし、自分たちに何の奇跡も起きず、悪いことしか起きないというのであれば、それは自分たちが(自覚がないだけで)何か悪いことをしているのです。

だから自分たちに悪いことが起きているのです。

法則(因果応報、善因善果、悪因悪果)は絶対に間違うことはないからです。必ず正しく現れるからです。

何でこんなことを強調して書いているのかというと、昨日もそうでしたが今日もそうです。やたら怒っている人がたくさんいるのです。(今日は横のオバちゃんです。朝から家の横でわざとうるさい音を立ててこのブログを書くのを露骨にじゃましているのです。ここんとこ様子が変でしたが、どうも家族に何か起きているようです)

ブログを書くのが段々困難になってきましたが(この近所はやたら私に八つ当たりする人が多いですから)それだけ悪いことが起きている人が増えているということでしょう。

だから、因果応報、善因善果、悪因悪果という法則を強調して書いているのです。

その悪いことを私のせいにしている人が多いからです。自分たちが悪いとは考えようともしないからです。(ほんと、そういう人たちに聞きたいです。自分の性格はいいのですか?とです。私に嫌がらせをしている人たちの中に悪魔に憑かれている人も多いのです。悪魔に憑かれているということは、それだけ自分の性格に問題があるということです。それでは悪いことは当然起こります。その悪いことが起きる原因は自分の〔問題のある〕性格〔心〕にあるからです)

しかし、困りましたね。この辺りは、自分たちに悪いことが起きるとすべて私のせいにして怒っている人たちばかりなのですから。

それでは悪いことは止まりません。

悪いことを私のせいにするのではなく、その悪いことが起きたのはすべて自分のせいと自覚して、自分の悪いところを思いだして、悪いところを反省しない限り、その悪いことは止まらないのです。

では、この辺りの多くの人たちに起きている悪いことは止まらないということになります。この辺りの人は、すべてその悪いことを私のせいにしているからです。

少しも反省しようとしないからです。

だから困ったといっているのです。このままでは滅ぼされてしまう人がこの辺りたくさんいるからです。

本当にどうしたらいいんでしょうね。私のいうことなど聞く耳を持たないという人も多いからです。

しかし、困った、困ったといっていてもどうしようもありません。私のいうことに聞く耳は持たなくても、不思議とこのブログだけは読んでいるという人も多いのです。(今日やたら怒っている横のオバちゃんもそうですし、前のバカ会社の連中も、どこかの運転手連中の多くも読んでいるようです)

では、このブログに書いておくしかないでしょう。正しいことをです。それ以外に正しいことを伝える方法はないからです。

どこかで分かる人は分かります。ただその(分かる)時期が早いか遅いかだけなのです。願わくば今生、滅ぼされる前に(あの世に引き上げられる前に)その正しいことを分かってほしいものです。

ここに書いていることが分からなければ、いま災いが起きている人たちに助かる道はないからです。

他に助かる道があると思うなら、そっちに行ってください。何も気に食わない者のブログを無理して読むこともないからです。

しかし、他に助かる道がないと思っているから、私を嫌っている人もこのブログを読むのでしょう。私が説いている「法」以外で、正しいものはないとすでに分かっている人も多いからです。(そうでなければ読みませんよね。憎んでいる者が書いているブログなどです)

では、信じてもらうしかありませんね。因果応報、善因善果、悪因悪果という法則は絶対であるということをです。

だから、自分自身を反省しなければ、その災いが止まることはないということもです。

そうして、私の説いている法こそ正しいのです。だから私に次々に奇跡が起きているのだし、私のいうことを聞いている人にも奇跡が起きるのです。

この法こそ正真正銘の神の教えであるからです。

この前、東山動物園に行った時のことです。行きは地下鉄で行ったのですが帰りは歩いて帰ってきました。辻説法をしながら帰ればいいと思ったからです。(ところが遠すぎて〔家に帰るまで四時間くらいかかりましたから〕家につく頃には歩き疲れて辻説法どころではなくなっていましたが。〔苦笑〕)

その帰り道、前に通ったことがある天理教の大きな建物の横をまた通ったのですが、その時は何か大きな催しがある前だったのでしょう。

入口にプレハブの受付がつくられていて、そこに何人かの天理教の人が座っていました。

私はこの前そこを通った時、中で掃除をしていた人にいろいろ文句をいいながら通って行きました。(マァ、嫌がらせをされたからですが)

その時は一人でしたが、今日は受付に天理教の猛者(?)が何人もいるようです。

この前のお返しで、これはてっきり文句をいわれるだろうと(「お前、何か偉そうなことをいっているようだな。祈りの勝負でもしたろか」くらいいわれるかと)ビビリながら通ったのですが、こちらを見ている人もいましたし、私と目があった人までいたのですが、私に何かいってくる人はいませんでした。(顔をそむける人は何人かいましたが。〔苦笑〕)

何もいってこないので、私の方から「大きな建物があってうらやましい限りです」と冷かしながら通って行ったのですが、私がその天理教の建物を通りすぎようとしたその時です。

建物の中から「ガチャン」という何かビンを割るような音が聞こえてきたのです。

これは嫌がらせだなとピンときて、それで私が「本当の正しい教えなら、俺のように鳥が寄ってくるような、お釈迦様やイエス様に起きていたのと同じ奇跡が起きないといけない。誰かこういう奇跡が起きる人がいるのか。いないのなら、その教えは間違っているということだ。ここに正しい教えがあるのにいつまでそんな間違った教えをやっているんだよ」と捨て台詞を残して帰りました。

もうこの天理教の人たちも、私のことを知っている人は自分たちの教えが正しいと思っている人は少ないのではないでしょうか。

私ほど奇跡が起きている人は天理教の中にもいないと思うからです。

また、私の周りに起きている様々な現象を知るのであれば、それは正しい教えが現れた時にこそ起きる現象であると、宗教をしている人たちならば分かるはずであるからです。

「分かっちゃいるけどやめられない」人にはそのような業があるため、なかなか、自分たちの悪を認めることは出来ないのかもしれませんが、もう多くの人が認める正しい教えがここにあるのです。(ただし今のところ心の中で認めているだけなんでしょうが。だから私に嫌がらせをしてくる人が多いのです。〔宗教をしている人たちの中にもです〕自分たちの間違いを認めたくないからです)

では、従ったらどうでしょう。

本当の神の教えに従うならば、その従ったすべての人が幸せになれるからです。

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9月 30 2016

法則を知らない不幸

今日は前のバカ会社が静かそうなのでブログを書きます。(この一日、二日で何があったのでしょうか?私はいなかったものですからよく分かりません)

それにしても本当にあちこちで怒っています。

昨日、一昨日と朝から出ていたのですが(一昨日は東山動物園、昨日は男子プロゴルフの東海クラシックを観に行きました…どちらも早めに出て来たんですが)不思議と家から離れれば離れるほど静かになり(出て行った辺りでも辻説法はしましたので、その辺りの様子は分かります)家に近づけば近づくほど怒っている人が増えるのです。

何ででしょうか?

私の家から遠い人たちは、少し冷静に見えるから、いま起きていることの異常性が分かり、いくら何でもこれだけの現象が一人の者に出来るはずがないと冷静に理解出来、家から近い人たちは、冷静さがなくなっているため、その起きている現象の異常さが分からず、何でもかんでも悪いことが起きると私のせいにして怒っているからでしょうか?

マァ、こういう考えがどこまで当たっているのか分かりませんが、あたらずと雖(いえど)も遠からずでしょう。

やはり私とよく顔を合わせれば合わせるだけ感情的になる人は多いと思うからです。

感情的になればなるほど、冷静な判断は出来なくなります。冷静な判断が出来なくなるなら、必然的に間違った判断をする人は増えます。

では、遠くの人より、この辺りの人の方が不幸になる人は増えるということになります。そういう間違った判断が不幸を呼んでいるからです。

いい加減、法則を理解していただけないでしょうか。そうすれば、なぜ自分たちに不幸ばかりが起きるのか、それも理解できるからです。

因果応報、善因善果、悪因悪果という法則は絶対なのです。

必ず誰に対しても作用することであり、それは大人から子供までみな同じなのです。年寄りはかわいそうだから作用しないとか、小さな子供はまだ分からないから作用しないとか、そういうことは絶対にありません。

みな一様に正しく作用するのです。(ただし「親の因果が子に報い」ということはあります。そこも正しく知らないといけないのです)

その法則を知っているのならば、自分たちに起きている災いを人のせいにすることもないし、そのような災いが起きたのなら、その災いが自分たちに起きなくなる方法も分かるのですが、その法則を知らないばかりに(または知っていても、それが作用しているとは思わないばかりに)同じような災いが自分たちに何度も起きているのです。

自分たちに災いが起きているのは、自分たちに原因があると理解できないからです。(あるいは理解出来ていても、それを認めたくないという人が多いのかもしれませんが)

いま運転手連中がなぜ次々に病気になっているのか?それはあのサイレンの原因を自分たちがつくったからです。(その理由は何度も書いているので書きませんが)

多くの人を自分たちが病気にしたため、いま自分たちが次々に病気になっているのです。

因果応報です。

では、その周りの人たちもなぜ病気になる人が多いのか?

それは、その運転手連中の口車の乗って、あのサイレンをすべて私のせいと思いこみ、私に少しも感謝せず、怒って嫌がらせを繰り返しているからです。(つまり騙されているということです)

この辺りの多くの人は私の顔を見ると、すぐに嫌がらせをしてきます。そのような怒りの心と行いが、災いを呼んでいるのです。(騙されて悪いことをしていてよいことが起きるわけがありません。早く騙されていることに気づかないといいことは起きてこないのです)

これも因果応報ですが、では、なぜ私が病気もせずにピンピンしているのか?

それは私が誰一人病気になどしていないからです。だから未だに健康でいられるのです。

もし私が誰か一人でも恨みに思い、その人を病気にするよう祈るなら、その祈りは即座に私に返って来て私も病気をしているはずです。(私はよいことも悪いことも返って来るのが早いですから)

しかし、私が未だに病気などしていないのは、私は人を病気にするような祈りなど一度もしていないからです。

これも因果応報なのです。

この法則だけは嘘も隠しも出来ません。必ず正しく現れるのです。(だから、次々に病人が出ている〔だからいつもより静かなんでしょうが〕どこかの会社などいかに自分たちの行いが悪いか分かります。私は人を病気にする祈りなど、ただの一度もしていないからです)

なぜ、私に鳥が寄ってくるような愛ある奇跡が毎日のように起きているのか?

それはそれだけ多くの愛の行為を私は人々に行っているからです。だから、その愛の行為が(人からは愛されませんが)今度は鳥や他の動物から愛されるという愛の行為として返ってきているのです。

その愛の行為とは、もちろん多くの人の心を救っていることです。

私は、このブログを読んでいる人たちだけではなく、私を憎み、嫌がらせをして来ている人たちの心まで救っているのです。

そのような私の評判と辻説法でです。(悪評でも私のことを知るなら心は救われます。〔いくらかでも唯物論から唯心論に変わってです〕また辻説法などは、私に嫌がらせをしてくる人たちにしているのですから、そういう人たちが、そこで自分たちの間違いに気づくということも多々あります。現に私の辻説法を聞いて嫌がらせをやめたという人もたくさんいるからです)

ここまで多くの人の心を唯物論から唯心論に変え、そうして、多くの人がしている間違いも(私に対する嫌がらせ)正しているのです。

これ以上の愛の行為はありません。

だから、動物たちから毎日のように愛される(愛の行為を受ける)という愛の現象が次々に現れているのです。

それだけの愛の行為を私は毎日のように行っているからです。

これもまた因果応報であるのです。

このように、因果応報、善因善果、悪因悪果という法則をよく理解しているのであれば、私になぜよいことばかりが起き、私に嫌がらせをしている人たちに悪いことばかりが起きるのか、それもすぐに理解出来るのです。

ずべて自分たちの行いに原因があるからです。

しかし、多くの人が、この因果応報や善因善果、悪因悪果という法則を知っているにもかかわらず、なぜ不幸になるのか?

それはこういう法則を頭で知っているだけで、甘くみているからです。

こういう法則があることは知っていても、全部が全部、自分にかかってくるわけではないだろうとです。

だから自分には甘く人には厳しくとなるのです。そういう法則を甘くみているからです。

また多くの人は人の悪はよく見えても、自分の悪をよく見ることが出来ません。

そういう甘さが自分たちを不幸にしているのです。自分たちは知らず知らずのうちに多くの悪を犯しているからです。(それとこれくらいのことはいいだろうという考えの甘さからです)

だから、本当は自分に厳しく人には甘くにした方がいいのです。その方が自分は幸せになれるからです。(法則によってです)

このような因果応報、善因善果、悪因悪果という法則も含めてです。

そういう悪の基準、善の基準をよく知らないということが一番の問題なのです。だから、こういう時代(心の時代、自分たちがやったよいことも悪いこともすぐに返ってくる時代)になると悪いことばかりが起きるのです。

正しい心の基準を知らないからです。

だから、表面上だけよい顔をしていればそれでいいだろうとか、これくらいのことはいいだろうとか、この程度のことで何でこんなひどい目に遭わないといけないのだ、などという甘い考えが出てくるのであり、表面上もよければ心もよい、そういう人にならなければいけないし、悪いことは人には絶対にしないという強い心を持たなければいけないし、悪いことをしたら、どんな悪いことが返ってきても仕方がないという潔さを持たなければいけないし、だからよいことをするのであると、そう思い、それを実践しなければいけないし、そういう善の実践が出来ている者だけに奇跡が起きるのです。

だから、そういう善の実践をするのなら、奇跡は起きるのだし、その善の実践が多ければ多いほど奇跡もまた多く現れるということです。

そういう諸々のことを考えればです。これからは心の時代が深まっていくのです。

では、これだけ正しい心の基準が分からない人たちに危険な時代はありません。だからこれだけ危険なことが起きているのです。(この辺りだけではなく、各地で起きる激しい天変地変や不慮の事故や事件など)

正しい心の基準が分かっている人が少ないからです。だからそういう不幸に遭う人が多いのです。

そのような不幸は正しい心をしているのであれば、すべて(すべてです)防げる(逃れる)ことが出来るからです。

心の時代になればなるだけ(心の時代が深まれば深まるだけ)正しい心の基準を知らないといけなくなるのです。

つまり法に帰依しなければ、これからの時代、危なくて仕方がないということです。

それでもまだこの法を無視するのですか?

ずいぶん危ないことが好きなのですね。(苦笑)

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9月 25 2016

正しい判断

今日も日曜日だというのに朝から(でかい音をたてて)怒っている人がいました。

どこかの会社はもちろんですが、本当にそこらじゅうで怒っている人がいますね。昨日も外を歩いていてつくづくそう思いました。(あちこちで怒っているところがありましたから)

昨日など、ある大手の運送会社の近くを歩いていると、その会社の従業員が歩いていました。(その会社の作業服を着ていましたのですぐに分かりました)

「あっ、S運輸の運転手だな」と思っていると、なんと、その従業員が私の顔を見ると凄い顔でにらみつけてくるのです。

凄い怒りようです。

そういう連中は多分(大型トラックの運転手でしょうから)何か起きたから怒っているのではなく、私が最近の辻説法を、あのサイレンの原因の話ばかりしていますので(あのサイレンはバスやトラックの運転手連中がブシュブシュやったのが原因とです)それが気に食わなくて怒っているのでしょう。

本当のことが多くの人に知られると自分たちの立場が悪くなるからです。

しかし、そういう態度には呆れますね。

では、この運転手は本当のことをいわなくてもいいというのでしょうか?

自分たちが判断を間違え(私に嫌がらせなどして)大嘘をついたため(あのサイレンは私のせい)これだけ多くの人が病気をし、また私にも迷惑がかかって、この辺りの状況も(自分たちも含めてです)大変な状況になっているというのにです。

そういう状況はまるで考えず、自分たちの立場ばかりを考え、嘘と分かっているのに、その嘘を認めようとせず、いつまでも嘘をつき通そうとする。(まだ運転手連中は私の顔を見ると平気でブシュブシュやってきますから)

そのような(自分本位な)態度が大きな災いを呼んでいるのです。

もうあのサイレンの原因は自分たちと分かっているのです。早くそれをみなに正直にいって反省されてはどうでしょう。

それ以外、自分たちに起きている災いを止める手立てはないからです。またそれ以外で、この大変な状況を収める手立てもないからです。

多くの人々は、早く自分たちが騙されていることに気づいて(運転手連中にです)神に頭を下げてください。そうすれば(そういう謙虚な心になれば)災いは減り奇跡が起きてくるからです。(大分気づいてきた人が増えてきたようですけどね。私の辻説法でです。だから、さっきの運転手も怒っているのでしょうし)

早く自分たちの間違いに気づいてほしいものですが、そのような騙し、騙されている人たちの話はこれくらいにしましょう。(もう書きすぎていますから)

前回に続いて、もう少し政治のことを書きますが、最近はまた解散総選挙の話題がちらほら聞こえてきているようですが、近いうちにされるでしょうね。解散総選挙はです。(機を見るに敏な安倍総理です。この時期は逃さないでしょう)

次々に外交で成果を上げ、今度は(十二月には)ロシアのプーチン大統領まで来日されるとか。

これで北方領土問題で何らかの進展があり、野党がガタガタしているというのであれば、アメリカの大統領選を考えるなら、近いうちに解散総選挙はしておかないといけません。

もし、アメリカの大統領次第で世界が混乱するようなら(またアメリカの世界に対する影響が段々落ちて行くようなら)そういう最中に解散総選挙などしている場合ではなくなるかもしれないからです。

だから、当然そういう先を見据えた長期政権の準備はしておかなくてはいけないからです。

だから、解散総選挙は近いうちに必ずあると思うのですが、それにしても民進党はひどいですね。

だって二重国籍問題のあった人を平気で代表にしているのですから。(普通の人ならともかく国会議員はまずいでしょう。さらに、そういう問題のある人を党の代表にまでしてしまう。もし、そういう問題のあった人が総理大臣にでもなったら日本はどうなるのでしょう。〔その人は日本か台湾、どちらの総理大臣か分からなくなります〕もう民進党はやることがメチャクチャですね)

こういうバカなことをしていて、解散総選挙になったら民進党は戦えるのですか?(すでにずいぶん党内が揉めているようですが)

それに国会が始まれば新代表のボロも出てくるでしょうし(だってあの人まだ参議院の二期目くらいの人でしょう。経済だけでなく、家庭、教育、安全保障、憲法問題など多義にわたってよく理解されているのでしょうか?まだ二期目くらいの人でです)いくら何でも代表には早すぎると思うんですが、よほど民進党には人がいないのか?と普通の有権者なら思うでしょうね。

これだけ野党第一党が突っ込みどころ満載なら、近いうちに解散総選挙は当然されるでしょう。

国内、国外の情勢を考えるなら、今をスルーしていては解散総選挙の時機を逸すると思われるからです。

どちらにしてもアメリカ大統領が代われば、世界の混乱は拍車がかかると思います。

その根拠は「アメリカは没落する」という高橋先生の予言です。

これからアメリカが没落していくのであれば、当然アメリカの世界に対する影響力はなくなっていきます。だからこれから世界の混乱に拍車がかかると思うのです。

また、もしトランプ氏がアメリカ大統領にでもなれば世界がどうなるのかはまったく分からないのです。(ご本人が政治などやったことがないのですから、トランプ氏自身もやってみなければ分からないのではないでしょうか)

トランプ氏は政治などやったことがないのだから、周りの意見を聞いてそれほどひどいことは(かけ離れたことは)しないだろうと、そうなればいいのですが、もし、そうならなかったらどうなるのでしょう。(ずいぶん我の強そうな方ですし)

私はどうも高橋先生の予言が気になるのです。

これから世界は、もっと混乱すると考えていた方がいいのではないでしょうか。(現在でもイスラム国のテロ問題、中国やロシアの領土、領海問題や北朝鮮問題など、すぐに解決出来そうもない問題が山ほどあるのですから)

このように、これからの世界情勢(もちろん国内事情もありますが)を考えればです。

やはり安定した政権、そのような世界情勢に対応できる政権を日本がつくっておくのは、急務であると思います。

アメリカの新政権の誕生を見極め、それに合わせた安定政権は当然日本はつくらないといけないでしょう。

それが出来るのは(その安定した政権をつくれるのは)今のところ安倍政権しかないと思うのですがどうでしょうか。

また、そのアメリカ新政権後の(アメリカはもちろんですが)他国とのつきあい方は非常に大事になってくると思いますが、そのアメリカ新政権後の他国とのつきあい方もすでに見据えて、安倍総理は動いていられるようにも思えるのです。(特にロシアなど大事でしょう。もしアメリカの影響力が減ってくれば、このアジアで中国、北朝鮮などに大きな影響を与えるのはやはりロシアであるからです。〔北方領土だけではなく〕そういう今後のことも見越して、安倍総理はロシアとの関係を密にしているのではないかと思われるのですが…)

そういう諸々のことを考えるのであれば(少なくともここ数年は)自民党の(安倍総理の)安定政権をつくることが日本にとって一番よいことであると思われるのです。

前回も書きましたが、これからは(より)難しい時代となります。

間違った判断だけはしないようにしたいものです。

(それは人に対してだけではなく、神に対してもそうです)

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9月 22 2016

時代に合った行い

今日は前のバカ会社が休みですね。

お蔭でブログが書けますが、それにしても何なんですかね、あの怒りようはです。必ず昼前後になるとキレだす奴がいて騒ぎだすのです。(昨日など夜の七時過ぎにも急にキレていました)

毎日のように何か起きているんでしょうか?

しかし、毎日何か悪いことが起きるなど、漫画でもあるまいし、そんなことがあるのかと少々不思議ですが、どちらにしてもこの連中はいいこと起きないでしょう。

毎日、法の流布のじゃまをし続けているからです。(それでは災いも出続けるでしょうね)

その悪いことといえば、台風十六号はまた凄かったですね。各地に大きな被害をもたらしました。

この十六号台風、最初鹿児島を直撃したのですが(こちらの愛知県にも来ましたが)その時にずいぶん強い勢力のまま鹿児島を直撃したようで(台風が「非常に強い」勢力で鹿児島に上陸したのは二十三年ぶりとのことですが)鹿児島や宮崎は大変な被害が出ました。

せっかく鹿児島は異常な大雨被害がなくなったと思ったら、またこの台風被害です。(土石流で橋が流されたそうですが)

鹿児島の新しい知事がよけいなことをいうからこういうことになるのです。(原発を止めろとか何とかです)

何度もいいますが、原発をやめるような方向にはいかない方がいいのです。日本はこの原発を何とかしないといけない、そのような使命があるからです。

それにもかかわらず、もんじゅの廃炉を含めた抜本的な見直しをされるとか。

しかし、もんじゅの見直しをされても、核燃料サイクルは続けられ、また新たな高速炉をつくる話も進められるとか。

そうであるなら、今度こそ核燃料サイクルが本当に出来る、本腰を入れた高速炉をつくっていただきたいものです。

核燃料サイクルは人類の本当の夢であるからです。これがもし出来るのであれば、核廃棄物の問題も大きく前進するからです。

だから、人類の夢なのではなく、絶対に核燃料サイクルはやらなければいけないことなのです。核廃棄物の問題はこのままでは人類の大きな負の遺産にしかならないからです。

核廃棄物を何とかすることは、原発をつくりだし我々の責任であるのです。だから石にかじりついても、何らかのメドは(私たちの世代で)つけないといけないのです。

だから核燃料サイクルを途中でやめるわけにはいかないのです。(だから、技術的に無理だからやめろでは、少々無責任なのではないでしょうか。今度の高速炉は「舎利弗」〔しゃりほつ〕という名前にされてはどうでしょう。舎利弗は釈尊の弟子の中ではナンバーワンであった方であるからです。もんじゅやフゲンなどはダメ弟子の代表でしかなかったからです。〔仏典などに書かれてあるもんじゅやフゲンなどの活躍は間違いです〕だから名前が悪かったと思うのです。そんなもんじゅなどの〔ダメ弟子の〕名前では天からの導きは得られないからです。しかし、智慧第一の舎利弗の名前の高速炉であるならば、その舎利弗の智慧が確実に降りてきます。その舎利弗の智慧と合わせるなら、あるいは高速炉も今度こそ成功するように思えるからです。どちらにしてもこのような大きな事業は天の力を借りないと成功しないのです)

そういう難問も国内は山積していますが、それは世界を見ても同じで、このような時にアメリカの大統領選が行われます。(十一月でしたから、再来月ですね)

そのアメリカの大統領選が、世界の難問をまた増やすことになりはしないかと心配でなりませんね。

なにせ、どちらの方が大統領になるのか、まったく分からない状態であるからです。(分からないでしょう。候補者のお二人ともいろいろ問題が続出中ですから。まだこれから出るかもしれないし)

しかし、どちらにしてもです。どちらの方がなられてもアメリカの世界への影響力が減って行くのは自明でしょう。

片方の方は、まったく世界の安全保障など関係のない方であり(アメリカがよければそれでいいという感じですから)もう一方の女性の方も口ではアジアの安全保障など重視されているようですが、どこまでそれが本当か分からない方であるからです。(嘘つきなどともいわれているようですし)

どちらにしても、片方の方は政治経験がない方であり(ということは、もしそういう人が大統領になったら何をするか分からないということですよね。あの民主党が政権を取った時の日本を考えてみてください。民主党の人たちはみな政治家です。〔しかも政治経験が豊富な人もいたのです〕しかし、初めて政権を取ったらてんでダメだったのです。では、政治経験のない方が世界のリーダーであるアメリカの大統領になったら、一体世界はどうなるのでしょう。まったく予想がつきません。本当に漫画のような話です)もう一方の方は初の女性大統領となられる方なのです。

では、どちも初なのですから、どちらにせよ、なってみないと分からないということになります。

では、アメリカの世界の影響力が増えるか減るかも分からないということになりますが、マァ、混乱することだけは確かでしょう。

初物がそうもうまくいくはずがないからです。

では、今度アメリカ大統領が代われば、世界の混乱は確実に増すということになりますが、そういう時に日本はどうすればいいのかということになります。

今自民党など総裁任期の延長論が出て来ているようですが、自民党内のことはともかくです。日本のことを考えればです。

これから世界が混乱することは目に見えているのですから、こういう世界の混乱期に一番大事なことはなにかということになります。

それは外交でしょうね。

こんな時に、どれだけ経済的に豊かになったところで、混乱に乗じて外国にその富を取られてしまっては意味がないからです。(もし、大統領が代わって沖縄からアメリカ兵が引いたら〔男性の方がアメリカ大統領になったらそれをしかねませんから〕尖閣を中国に取られかねません。〔下手すれば沖縄もです〕そうなったら、日本国内でどれだけ儲けようと、ざるで水を汲んでいるようなものですから)

では、その外交がうまい人は誰かということになります。その外交が一番うまい人が自民党の総裁(ということは日本の総理大臣ということですから)になっていなければ、これからの世界情勢を考えるなら、日本が危なくなるということです。

なにせ、日本の周辺にはやばい国がたくさんあるからです。(中国、北朝鮮、ロシアなどなど)

それを考えるなら、この先(次のアメリカ大統領のことも考えれば)少なくとも数年はです。その外交の一番うまい人が自民党の総裁になっていなければいけないということになります。

それが日本にとって一番よいことであるからです。

安倍総理の外交は出色の様に思えますが、他によい人がいるのなら、その人が総裁になってもらえればいいのです。

そうしないとこれからの日本が危ないからです。

これから世界は難しい局面に入ります。

そうであるなら、適材適所、その時代に合った人が日本の総理大臣になられることが、日本にとって一番よいことであると思います。

しかし、何をするにもです。「時代に合った行い」それが一番大事なことであると思います。

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