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8月 06 2016

悪魔の理論、悪魔の理屈

昨日も私に嫌がらせした人はたくさんいたのですが(運転手から歩いている人までです)それにしても哀れですね。

悪魔の理論、悪魔の理屈に支配されている人たちはです。

こういう人たちは、私が悪い、私が祈るから悪いことが起きる、と信じているようですが、その私が祈る前に、散々嫌がらせをしてきている人たちがいるのです。

先に自分たちがしている嫌がらせは一切無視して、悪いことが起きると、その後にした祈りばかりを問題にして、あいつが祈るからこういうことになるのだと、さもしたり顔でいっている人もいるようですが、それはあまりにずれた話でしょう。

では、先に自分たちがしている嫌がらせはどうなるのでしょう。それは悪いことではないのでしょうか?

まさか、嫌がらせを、それは大変よいことだという人もいないでしょう。人に対する嫌がらせは悪いことなのです。

その悪いことを先に散々しておいて、その自分が先にした嫌がらせはまったく問題にせず、後にした私の祈りばかりを問題にして、祈るあいつがすべて悪い、いま起きている悪いことはすべてあいつが原因、これでは、どれだけ都合がいいのだという話にもなります。

悪魔の理論、悪魔の理屈とは一事が万事このようなことなのです。

どこかの会社の連中もそうなのです。(今日は来ていますが、そこそこキレてうるさいです)四六時中、私に嫌がらせをしてきているくせに悪いことが起きると、その嫌がらせをまったく忘れてしまったかのように、私を一方的に悪者にして、百パーセント自分たちは被害者だという態度で怒りまくっているのです。

私の祈りなど、この連中がやっている嫌がらせの何分の一くらいのものなのですが、その祈りばかりをやり玉に挙げ、私がすべて悪い、お前の祈りのせいで悪いことが次々に起きると、私が祈り始めると(ということは、先に散々この連中が嫌がらせをしているということですが)ひどい怒りようです。

では、嫌がらせをしなければいいのですが、その嫌がらせはやめないのです。

こういう連中は、一事が万事このような(超がつくほどの)ご都合主義なのですが、それを多くの人に気づかせないようにします。

それが悪魔の理論、悪魔の理屈なのです。

だいたい、今この辺りでしているサイレンもそうなのです。

元々は、あの運転手連中の(最初は市バスの連中だったと思います)ブシュブシュが原因であったのです。

そのような嫌がらせを私に対しやり始めてから、この辺りサイレンがたくさんするようになったのです。

つまり、運転手連中が私に対し、そんな嫌がらせをしなければ、これだけサイレンがしてくることはなかったのです。

大勢の人がよってたかって、私に嫌がらせなど始めたからそこらじゅうで天罰がくだり始めたのです。(前にも書きましたが、私に気づいたこの時点で、もし、この連中が私によいことをしていたのなら、今頃この辺りに、どれほどの奇跡が現れていたのか分からないのです。それを考えるとかえすがえすも残念です)

しかし、そういう事実があるにもかかわらず、この連中はその天罰を巧妙にすり替え(ごまかし)その天罰さえ利用して、その罪を全部私にかぶせたのです。

あいつが祈っているから、こういう悪いことがたくさん起きだしたとです。

自分たちが、その(天罰の)原因であるにもかかわらず、それをすべて私のせいにしたのです。

実際にそうです。私はその時にはまだ人に対し祈っていたわけでもなんでもなかったからです。

私が人に対し祈り始めたのは、そのような嫌がらせをされ始めてサイレンがしだしてからずいぶん後のことです。

だから、そのサイレンが私の祈りのせいであるはずがないのですが、それをうまくごまかし、この連中は何でもかんでも悪いことを私の祈りのせいにしたのです。

そういう嫌がらせを散々されるようになったから、私は「そういうことはやめてくれ」ということで、嫌がらせをしてくる人たちを祈りだしたのです。

最初からそのような人たちを祈っていたわけではありません。(しかし、祈りくらいはするでしょう。普通であれば、それだけの嫌がらせを受けたのであれば〔とにかくよってたかってですから〕キレて暴行事件など起こしています。〔下手すれば殺人まで起こすかもしれません〕私はそのような間違った行いをしている人たちを愛の心で祈っているのです。〔多少はムカついていますが〕)

ところが、そのずいぶん後からしだした祈りを問題にされ、すべて私の祈りのせいで悪いことが起きている、だからこの辺りで起きているすべての悪いことは、すべてあいつのせいとこうなったわけです。

これが悪魔の理論、悪魔の理屈なのです。

自分たちがしている悪いことは一切問題にせず、その人は何も悪いことをしていないのに(むしろよいことをしているのにです。多くの人の心を救ってです)さもその人が悪いことばかりしているかのようにいいかえ、その人を悪者に仕立て上げる、これが悪魔の業なのです。

このような悪魔の理論、悪魔の理屈を駆使して、悪魔に憑かれた大勢の人があちこちで私の悪口をいいまわるのです。

私一人が悪者になるのも、そう時間のかかることではありませんでした。

それが数年前の話なのですが、そうして今日に至っています。

しかし、その今日に至るまでです。その悪魔の理論、悪魔の理屈を信じている人たちに次々に災いが起こり、そうして、私には次々に奇跡が現れています。

そのような起きている現象の違いが、悪魔の理論、悪魔の理屈を信じればいいのか、それとも私の理論、理屈(神の理論、神の理屈)を信じればいいのかを教えているのす。

悪魔の理論、理屈を信じているから悪いことばかり起きているのです。その理論は間違いであり、都合のいいようにいいかえられた人を陥れるものでしかないからです。(それは悪意に満ちた架空の理論でしかないからです。だからそんな理論を信じている人たちに天罰がくだるのです)

神の理論、神の理屈を信じられてはどうでしょう。その理論、理屈こそ正しいものであるからです。

正しいものを信じてこそ、奇跡は起きます。

その奇跡を起こすことこそ、私たちの幸せの道であるのです。

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8月 05 2016

悪魔の導きの恐ろしさ

今からでも遅くはありません。反省されてはどうでしょう。

今現在も災いは起き続けているからです。止まっているわけではないのです。その災いは、自分たちが悪いということを自覚し反省しない限り止まらないからです。

この辺りの多くの人は大変悪いことをしているのです。しかし、その悪いことを悪いと思わせないのです。

それが悪魔の導きであるからです。

「お前が悪いのではない、悪いのはすべてあいつ」「悪いことをしている奴にどれだけ悪いことをしても悪いことはない」そのように思わせ、次々に罪を犯させるのです。

しかし、よく考えてみてください。

たった一人の者に大勢の者がよってたかって嫌がらせすることがよいことでしょうか?

何の証拠もないのに、いま起きている悪いことはすべて一人の者がしていると思い込み、その者を悪者に仕立て上げることはよいことなのでしょうか?

少し冷静になり考えてもらえれば分かりますが、このようなことはよいことではありません。

それどころか、大変悪いことなのです。

どれだけ悪い者に対してもです。よってたかって嫌がらせすることはよいことではありません。なぜ、その者がそういうことをしているのか、その理由を聞いてやり悪いところがあるなら、それはおかしいのではないですかと愛の心で意見するのが、人として当然のとるべき道であるからです。

それは、この前、障害者に無差別殺人を犯したあのような者にでもそれくらいの態度で接する人はいるのです。それなのになぜ、私に対しては誰もそのような態度で接する人がいないのですか?

いきなり嫌がらせなのでしょう。そのような態度がすでに悪いことなのです。

それに証拠もないのに、一方的にその者を犯人と思い込み、その者を悪者に仕立て上げるなど話にならないでしょう。

それはよく問題になっている冤罪事件など知れば分かるはずです。(無実の罪を着せられた人の悔しさ悲しさは想像に難くありません。そういうことを一方的されたらどう思いますか?)

そういう少し考えれば悪いことをしていると誰だって分かることを、この辺りの大勢の人たちは分からないのです。

よく考えてみれば、これだけ恐ろしいことはありません。大人から子供まで、悪いことをまったく悪いと思わず平気で行っているからです。

これが悪魔の怖さなのです。

悪いことを悪いと思わせないのです。それどころか、むしろその悪いことはよいことだと思わせるのです。

これが悪魔の導きなのです。

この辺りの大勢の人がすでに、その悪魔に導かれているのです。

悪魔の導きに乗ってしまえば、最後にはどこに連れて行かれるかは当然お分かりになると思います。

もちろん地獄です。

つまりこの辺りの多くの人が、知らず知らずのうちに地獄への道をまっすぐに突き進んでいるということです。

しかも、年老いた人から小さな子供までです。

そういう老人から子供まで、私に嫌がらせをしてくるのです。もう完全に悪魔の虜になっていると思われないでしょうか?

このような人たちは、みな私の顔を見ると勇んで(というか気色ばんで)悪いことを(嫌がらせを)してきます。悪いことをまったく悪いと思わず、むしろよいことをしていると思いこんでです。

このような行いはもう悪魔そのものなのです。(悪魔と同じことをしているということです)

恐ろしい話です。悪魔の所業を、小さな子供から老人まで、この辺りの多くの人が平気で行っているというのですから。

この辺りに多くの災いが集中するはずです。この辺りの多くの人々がすでに悪魔に洗脳されているからです。

そういう人に気づきの現象(天罰)を天は与えないわけにはいきません。だから現れているのです。

これだけの災いがです。

もうすでにこの辺りの多くの人が悪魔に支配されているからです。だから起きているのです。このような多くのサイレンがです。

何でこういうことが起きたのか?

それは、ここに法が出現したからです。だからここに悪魔も集中したのです。

その法を潰すためにです。

しかし、だから法を説いた私が悪いとでもいうのでしょうか?それは間違いでしょう。もし、法を説く私が悪いというのなら、釈尊やキリストも悪いということになるからです。

釈尊やキリストも私と同じように法を説いて奇跡を現されたのです。

しかし、その結果、多くの人が救われたのです。

法を説く人が現れることが悪いはずがないでしょう。これ以上の善いことはないのです。

その法を説く人を潰そうと集まって来た、悪魔に支配されてしまう人の方がよほど悪いのです。

そのような悪魔たちは善なる心の持ち主には憑くことも出来なければ、洗脳することも出来ないからです。

それなのに、もし、この辺りに悪魔のいうことを信じ憑かれた人が多くいたのなら、この辺りに善なる心の人がいなかった(少なかった)ということになります。

では、そういう善なる心を持っていない人の方がよほど悪いでしょう。人が善なる心を持つことなど(神の子である人間として)当たり前のことであるからです。

その当たり前の心さえ持っていなかった、この辺りの人たちは一体どんな心をしているのでしょう。(逆に恥ずかしいですよね。それだけ多くの人が悪魔に導かれているというのであればです。それは、それだけ多くの人が汚い心しか持っていなかったということになるからです。それも大人から子供までです)

だから私はいっているのです。

今からでも遅くはないから反省されてはどうでしょう、とです。

それが人としての当たり前の道であるのだし、反省出来るということは、まだ悪魔のいうことを完全に信じているわけではない、まだ善なる心が残っている、正しい人であるといえるからです。

悪魔に完全にやられてしまっている人たちは仕方ありませんが(どこかの会社の連中とかです。今日も精を出してじゃましています。〔苦笑〕)まだ、このブログが読める(信じられる)反省も出来るという人たちは、よく自分たちの行いを反省され布施でもされてはどうでしょう。

その私に対する布施の行為が、反省がよく出来たという何よりの証であるからです。

一方で悪魔のいうことを聞き、一方でこのブログを読んでいるからいけないのです。

このブログだけを信じてください。悪魔のいうことを聞いてはならないのです。

悪魔のいうことを聞き、それに従った人たちにはこれだけの災いが起きているのです。それに対し、私に従った人たちには次々に奇跡が起きています。

その現象一つとっても、どちらのいうことを聞いた方がいいのかは分かるはずです。

しかし、悪魔と私の両方のいうことを聞いていると、どちらが正しいことをいっているのか分からなくなるのです。(それだけの現象の違いを見せられてもです。悪魔はその奇跡さえも悪く思わせるからです)

だから私のいうことしか聞いてはいけないというのです。悪魔の言葉を聞いていれば、その毒気に当てられ正しい判断が出来なくなるからです。

今この辺りの多くの人たちは悪魔に導かれ地獄への道を一直線に進んでいます。

その地獄の道から抜け出す手段は、この法を信じること、それのみなのです。

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8月 04 2016

いつまで悪魔に騙されているのか

今日も朝から激しくお怒りですが(また今日は凄いです。ここ数日のゲリラ豪雨のようです。〔苦笑〕)今日はどこかの会社ばかりか、隣のオバちゃんまでやたら怒っています。

本当に哀れなものです。悪いことをみな私のせいにして、自分たちの責任をいつまでたっても認めようとしないからです。

こういう人たちは私に散々嫌がらせをしているのです。それを一言も詫びようともせず、しかも私のブログだけは読んでいます。

ブログを読んで心は救われているくせに、それには少しも感謝せず、自分たちがやっている嫌がらせは少しも反省せず、それで悪いことが起きると私のせいです。

こういう人たちは、感謝もしなければ、反省もせず、それが原因で起きている悪いことを全部人のせいにして怒り続けているのです。(それでは三重、四重の罪を重ねているということになります)

これだけ悪いことをし続けている人たちによいことが起きるでしょうか?

逆にいえば、これだけ悪いことをし続けているのですから、よいことが起きてくるはずがないのですが、そのような自分たちのしている悪いことをまったく気づかせない、悪魔はそのように巧妙に人を騙すのです。

こういう人たちは、自分たちがしている悪いことの自覚がないだけなのですが、それをそうとは思わせずにすべて悪いことを責任転嫁する、それが悪魔のうまいところであり、怖いところなのです。

そのような悪魔の手法は、この前、数十人の障害者の死傷者を出した、あの無差別殺人事件を起こした犯人を知るならば分かるはずです。(あれなど典型的な例です)

あれほどの事件を起こしていながら、あの犯人はまったく罪の意識がないのです。それどころか、自分はよいことをしたと思っているのです。

悪魔に騙されるとこうなります。悪いことをよいことだと思ってしまうのです。(だからこの辺りの人も平気で私に嫌がらせをしてくるのです。嫌がらせのような悪いこともよいことだと思わされるからです)

それで知らず知らずのうちに罪を重ねていくのですが、これが悪魔のやり方なのです。知らず知らずのうちに悪い方、悪い方へと導いていくのです。(神の導きと悪魔の導きではこれほどの差があるのですが、そのやり方は同じなのです。自分が知らないうちに導かれていくのです)

だから目を覚まさないといけないのです。自分がしていることをしっかりと自分で理解しないといけないのです。

悪いことが自分たちに起きるのは人のせいではありません。自分たちが悪いことをしているから起きているのです。

それを何度説明しても認めようとしませんが、自分の罪を認めて、それを反省するまで、その悪いことは起き続けるのです。

その悪いことの原因を自らがつくり続けているからです。

しかし、悪魔はあの手この手を使い(例えば、耳元で「それは違う」とささやいたり、人の口を使って「悪いのはすべてあいつ」と語らせたりです)その自分たちの罪を認めようとさせません。

その悪魔に多くの人たちは踊らされているのです。

こういう人たちは、この辺りたくさんいるのですが(もう、数えきれないくらいいます。〔苦笑〕そういう悪魔に憑かれた人に騙されている人もたくさんいますから)それにしても残念ですね。

この人たちが、途中で自分たちの悪いのに気づいて(悪魔に騙されているのに気づいて)私によいことをしてくれていたとしたら、逆にどれだけの奇跡がこの辺りに起きていたか分からないからです。

この辺りの多くの人が(悪魔などに騙されず)最初から私のブログを読んで、起きている現象が神が起こされていると気づいて、そうして私に(布施などして)協力されていたとしたら、もうこの辺りは今頃どれほど多くの奇跡が現れていたか分からないくらいなのです。

あの何人かのスポーツ選手に起きたような奇跡が、そうしてウナッシーさんや北海道の方に起きたような奇跡が、この辺りの人に次々に起きていたのです。

それを考えるとかえすがえすも残念です。多くの人が悪魔の噂に騙され、悪魔のいうことを真に受け不幸になってしまっているからです。

もし、この辺りに私のいうことを聞く人が多かったのなら、今頃は、病気が奇跡的に治る人はいる、不調和な家庭が奇跡的に調和された家庭になった人はいる、仕事が飛躍的にのびた人はいる、学生なども勉強や運動能力が飛躍的に上がり、よい学校やよい仕事先に就職出来た人はいると、よいことずくめであったはずなのに、この辺りの人たちは私の説く法を認める人が一人もいなかったのです。(一人もです。だってこの辺りの人から布施を受けたことなど一度もないからです)

それがこの辺りで不幸になっている人が多い原因なのです。多くの人が悪魔のいうことばかり聞き、私を(法を)認めなかったからです。

それでどうされるのですか?

あくまでも私を(法を)拒否し、認めようとしないのですか?

しかし、そのような態度を続ければ続けるだけ不幸になります。(それでは悪魔のいうことを聞き続けるということになりますから、不幸になるのが当然です)

先ほど書いたよいことは嘘ではありません。すべて起きていることなのです。(それは知っていますよね。このブログを読んでいる人ならです)

他の地域の人で、実際にそういう(よい)ことが起きている人がいるのです。

では、何でこの辺りの人にそのよいことが起きないのですか?それどころか、悪いことばかり起きているのでしょう。

それは、この辺りの人たちが法を信じなかったからです。そればかりか悪魔のいうことを信じてしまったからです。(悪魔の言葉を信じた。それはもう最悪ですね。というか、ゾッとします)

その差が起きることの差となって現れているのです。(もの凄い差となってです)

いつまで悪魔に騙され、悪魔のいうことを信じ続けるのですか?

その悪魔のいうことさえ聞かず、私のいうことを聞くなら(法を信じるなら)いくらでも奇跡は起きてくるのにです。

(いい加減分かりませんか?悪魔のいうことを聞き続けているから不幸になっているのです)

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8月 03 2016

神の法則

ゲリラ豪雨やゲリラ雷雨が凄いということを書いていたら、昨日の名古屋はそのゲリラ豪雨や雷雨が凄かったですね。

そのせいで冠水被害は出る、床上、床下浸水は出る、落雷の被害まで出て、交通機関も乱れ、新幹線まで止まってしまい大混乱になりました。(名古屋駅や金山駅が夜中まで人であふれていました)

もちろん名古屋だけではなく、愛知県内や岐阜県もかなりの大雨になったのですが、それにしても名古屋は一時間に百ミリ近い雨になったところもあり、被害はひどかったです。

また急に名古屋もどうしたんでしょう、などと、とぼけても仕方ないですね。何かこういう(凄い)天気になりそうだという予感は一昨日からあったからです。

それはテレビで河村市長の発言を聞いていてそう思ったのです。

たいした発言ではなかったですよ。たいした発言ではありませんでしたが、その発言の内容が問題でした。

あの新東京都知事にエールを送るようなことをいわれていたからです。(一緒に協力してやりましょうとか、何とかです)

河村市長と今回当選された初の女性都知事とは、昔同じ政党であったそうですし、同じ地方の首長として(これからのこともありますので)エールを送られるのは当然のことであると思うのですが、私は前から「日本の中心である東京の都知事が女ではいけない、中心は男でないといけない、それが法則であるからです」といっているにもかかわらず、その神の法則に反している人にエールを送ってしまったのです。(名古屋の長がです)

「河村市長、よけいなこといってるな。名古屋に何か起きなければいいのだが」と思っていた矢先のこのゲリラ豪雨です。

「やっぱり起きたか」とそう思ったわけです。

それにしても、この不安定な天気は少々度が過ぎているのではないでしょうか。

これまでも確かに不安定な天気の時はありましたが(特に今年はそんな感じですが)それにしても、ここ一日、二日は特にひどいのではないでしょうか。

一昨日もそうでしたが、昨日は名古屋や岐阜がある東海地方だけではなく、関東、東北、北海道のいたるところで激しいゲリラ豪雨が起こり、西日本は異常な猛暑です。

何か、ここ一日、二日で、天気の不安定さが増したように感じます。ここ一日、二日というより、あの東京都知事が決まった翌日から凄い天気になったのです。

これは私がこのブログに、日本の中心である東京の都知事を(長を)女にしてはいけない、日本の中心である東京の都知事を女にしてしまっては、それは日本の中心に女が来ることになり、それでは法則に反している(神の法則では男が中心にならないといけないからです)それでは日本にいいことが起きて来ない、と書いていたことが当たっているということにならないでしょうか。

たまたま天気が悪くなっただけ、とでもいうのでいうのでしょうか?

そうではありません。この天気と、この世の人々の心はつながっているのです。この世の人々が間違いを犯せば、それはどこかに現れます。

それが今回、このような凄い天気となって現れたのです。

都知事が決まったとたんのこの度が過ぎた天気の不安定さは、選ぶ都知事を間違えたからです。

それで日本中の天気がおかしくなったのです。日本の中心である都知事を男ではなく、女にしてしまったからです。(ですから、もし、今回の都知事選で自民党が推していた増田さんが都知事になっていたのなら〔天気予報で不安定な天気になると予想されいても〕これほど不安定な天気にはならなかったということです)

嘘ではありません。

私はもう何度も、このブログに女性を都知事にしてはいけないと書いているのだし、女性都知事が決まった後、さて、それがよいことなのか、それとも悪いことなのか、これから分かります、とも書いています。

そう書いたとたんに、天気の異常な不安定さです。もう分かったのではないですか?

女性都知事がよいことなのか、それとも悪いことなのかはです。

まだ一日、二日で何をいっているのか、天気が悪いのは天気予報で予想されていたことであるし、たまたまそうなっただけ、新都知事は、東京大改革をかかげ、都民ファーストに改善すると宣言して、東京都改革をこれから行うのだから、これからが楽しみだ、とそういわれる人もいるでしょう。

特に東京都民はそういう期待をしている人が多いと思いますが(だからあれだけの票が集まったのでしょうし)出来ませんね。(こういういい方をして非常に申し訳ないと思いますが、私は法を知っていますから)

法則に反していることをしているのですから、天が味方しないからです。

そうなると、何をしても裏目裏目に出ますし、一見よくなったように見えることでも結局ダメだったということにもなります。

それに今回このような天気なったことでも分かりますように、天変地変がまた一層激しくなります。

とにかく神の法則に反していてはよいことが起きないのです。

世は男女平等をかかげ、女性も男性と同じ立場で女性の管理職を増やすことを進めていますが、しかし、それがどれだけ間違っていることなのかこれから分かります。

そういう意味では、東京都知事に女性が就任されたことはよかったのかもしれません。私がいう神の法則(それは神が決められた規範です)がどういうものかよく分かると思うからです。

せっかく都知事が決まったばかりで、あまりケチをつけてもいけませんが、神の法則は絶対に私たち人類が守らなければいけない規範であるのです。

それに逆らった場合、どういうことが起きるのか?それは、これからの東京を見ていれば分かります。

東京だけではなく、日本の中心の東京の長を間違えたのですから、日本全体がおかしくなります。

私がここに書いたことが外れることを願うばかりですが、しかし、まず当たるでしょう。その警告がこの激しい天気であると思うからです。

神の法則に逆らってはいけません。神の法則に逆らえば逆らうだけ私たち(神につくられた神の子である人間)は不幸になるからです。

男女平等、男女同権より、神の法則です。

私たちは神の法則を一としないといけないのです。

追伸…昨日あれだけ怒っていたのに(昨日夕方帰ってくるとどこかの会社はもう凄い怒りようでした)今日は(朝はちょっと〔かなりかな〕怒っていましたが)ずいぶん静かです。(てっきり今日はブログを書けないと思っていたのですが。朝から怒り心頭でじゃまされまくってです)

あまりに現象が現れすぎて、いよいよやばいんじゃないですか?

反省し詫びを入れたらどうでしょう。悪いのはあなたたちの方であるからです。

凄まじい現象がこの辺りずいぶん起きて来たようです。ということは他の人たちも(どこかの運転手とかです)同じなのではないでしょうか。

早く反省されてはどうでしょう。救われる道は(その恐ろしい現象を止める道は)もうそれしかないからです。

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8月 02 2016

神を信じるか

かなりやばそうですが大丈夫でしょうか?(ずいぶん元気がありません)

神に逆らいっぱなしなのです。もうよいことは起きないでしょう。本当に哀れです。

神に逆らっていると(神を信じないと)これだけ悪いことが起きる、その典型のような人たちが近くに(たくさん)いるのですが、神を信じ神の心に従っている私には奇跡ばかりが起きています。

神を信じるか、それとも信じないかで起きることもずいぶん違ってくるようです。

まもなくリオオリンピックが始まりますが、今回オリンピックが開催されるブラジルのリオデジャネイロはずいぶん治安が悪いそうですね。(オリンピック会場の中までやばいそうではないですか。もうオリンピックに参加するのも命懸けの時代になりましたね。〔汗〕)

オリンピックでの成績だけではなく、そのような治安に対しても、神を信じるか、あるいは信じないかでずいぶん違ってきます。(神を信じている人には、昨日も書きましたが、神のご加護があり守られるからです)

日本人選手も今回ばかりは神を信じられたらどうでしょう。そうすれば危ない目に遭うこともないと思うからです。

それに神を信じるなら成績も段違いです。

今回は「神など存在しない」「神など信じない」などと日本の選手は思わず、神を信じ、神を思って競技に挑まれたらどうでしょう。

そうすれば、これまでとは違う結果が必ず出るからです。(もちろんよい方のです)

にわかでもいいので、神に祈ってから競技に出るようにしましょう。(「神よ、この試合で自分のベストが出せますようお導きください」くらいの祈りでいいですので)それでもやらないよりはよほどましであると思うからです。

それに本気で神を信じるという人は私に寄付でもされたらどうでしょう。(せっかく寄付のページまでつくりましたから。〔笑〕)

そうすれば、私がその選手を神に祈るからです。(私が祈れば必ず何か奇跡が現れますから)

どちらにしても、神を信じている選手と神を信じていない選手では、圧倒的に神を信じていない選手が不利なのです。(それを日本の人たちは知らないだけなのです。無神論であるからです。まったく神の力を理解していないのです)

一度神を信じてされてはどうでしょう。そうすれば、私がいう神の力が実感として分かると思うからです。

マァ、神を思うも思わないも自由ですが、今回のリオオリンピックはずいぶん治安も悪く、次回の東京オリンピックへの弾みもつけないといけません。

そういう意味では、日本人選手にとって特に重要なオリンピックであるのではないかと思い、それで「神を信じられてはどうですか」というアドバイスをさせてもらいました。(こういう状況であるなら〔治安も悪ければ、次回の東京オリンピックへの弾みもある〕もっともよいアドバイスではないかと思いまして)

どちらにしても平穏無事に(調和と安らぎのうちに)オリンピックでベストを尽くせることを願っております。

それには『神を信じる』それが一番大事なことであると思います。

追伸…昨日は名古屋もゲリラ豪雨に襲われたんですが、関東なども何か一変に天気が悪くなりましたよね。(ゲリラ豪雨にゲリラ雷雨、東京なども凄い天気になっているところがあるようですが)

そればかりか、関東は昨日など、東京湾を震源地とする震度7の地震が起きるという緊急地震速報まで出て、鉄道の運転が一時見合わせになるという混乱までありました。

これはすぐに誤報と分かったのですが、初の女性都知事が誕生したとたんこれですか。(やはり天はお怒りのようです)

なんか前途多難ですね。(苦笑)

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