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4月 16 2016

先に出す愛の大事さ

九州の地震は凄いことになっていますね。(ちょっと想像を絶しています)

熊本に次々に大きな地震が起きて、そうしてそれが大分まで広がっています。

これだと、この地震がどれだけ広がるか分からないし、またテレビで地震の専門家が、これは前震だの、あれが本震だの、これは余震だの、まだこれから本震が来るかもしれないだの、はっきりしないことをいっているので、これからまだ大きな地震が来るのか、それとも来ないのかさっぱり分かりません。

はっきりいうなら、地震の専門家が分からないような現象が今現在、九州で次々に起きているということです。(本当に想像を絶しています)

これはまずいですね。祈らないと九州は大変なことになるかもしれません。誰か祈ってあげてくれませんか。私はとてもそちらまで気が回らないからです。

だって、こちらはこちらで大変なのです。

今日も朝からどこかの会社はパニくっているし、外を歩けば、あちこちでちょっかいをかけらます。

昨日は昨日で庄内川の帰りにバカ中学生と遭遇し(というか、完全に分かってきているようでしたが)私の目の前で思いっきりでかい足音を立てられましたが(わざわざ私の前で足を大きく上げて、その足を地面に思いっきり叩き付けてでかい音を立てるんですからたちが悪いです)何かこの連中も変なのです。(四、五日前にも庄内川の帰りに中学生と会いまいたが、そいつも怒っているようでした。その中学生は道路の反対側を歩いているようでしたが、何かでかい声を上げていましたから)

いつもなら、そういうことをしてくる連中は、私が祈り始めるとだいたいバカにするんですが、昨日のたちの悪いことをしてきた連中は、私が祈り始めると顔を引きつらせて逃げるように帰って行くのです。

どうもこの連中、何も起きなくなったからまた私の帰り道に顔を見せるようになったのではなく、何か起きているから、それに腹を立てて来ているようなのです。(そうでなければ、私の祈りに対しあれだけ焦った態度は取らないでしょう)

どこかの中学まで次々に災いが起き出したようです。

この辺りで起きる災いが増えているのは、この中学だけではなく、近所の人たちを見ていても分かります。(どこかの会社はいうまでもありませんが、昨日も前のマンションでやたら怒っている人がいましたし、バスやトラックの運転手連中を見ていても分かります。態度が明らかに変な人が多いからです)

どうも私の周りで恐ろしい現象に拍車がかかっているようなのです。

そうなると、私にちょっかいをかけてくる人も増えます。

だから、とても九州までは気が回らないのです。(そういう人たちに辻説法はしないといけない、祈りもしないといけないと大変だからです)

ですから、誰かこのブログを読んでいる人で心ある人は九州を祈ってあげてください。そうでないと、このままほっといては九州が大きな打撃を受けるのは確実であるからです。

昨日のウナッシーさんのコメントにも書きましたが、ここ二十年で四回も震度7以上の地震を起こされているのです。

その前までは、そんな大きな地震など起きたことがなかったのです。

それが、最近になって、そんな大きな地震が頻発してきたということは、災いが段々ひどくなっているということです。

いつまでも誰も神のことを思わないからです。だから災いが激しくなっているのです。

それはゲリラ豪雨や台風なども同じでしょう。

それを信じる人はまだ少ないのですが、しかし、ゲリラ豪雨や台風が激しくなったのは温暖化で説明できますが、この大きな地震が頻発し出したのはどう説明はするのでしょう。

また地震の活動期に入ったとでもいうのでしょうか?しかし、それでは大きな地震が頻発しだした理由にはなりません。

またテレビでは、専門家連中はこのような問題に対し、物質的な事柄だけをとらえた訳の分からないこじつけ発言をするのでしょうが、それは違います。(まだ何にも聞いていないうちから否定しています。〔苦笑〕)

神の心から離れているから、こういう災いを起こされるのであり、それにいつまでも気づかないから、起きる災いが段々激しくなっているのです。

義援金を募るのもたしかに大事なことでしょう。しかし、義援金は大きな災害を受けた後の愛であり、そのような災害を受けた後にどれだけ愛を出しても、その災害を防ぐことは出来ないのです。

後で愛を出すより、先に愛を出すべきでしょう。そうすれば、このような大きな災いは防ぐことが出来るからです。

ソロソロ、神を神として、真剣に思われたらいかがですか?

そのような神への愛が、大きな災いを防ぐだけではなく、大きな奇跡をも起こすことになるからです。

追伸…地震だけでもきついのに、これからまだ九州は発達した低気圧の影響でひどい雨と風にも注意が必要のようです。

悪いことが重なりますが、このまま誰も神に祈ろうとせず、この世のことだけやっているなら、そう簡単に九州の災いは収まらないでしょう。

もう神を思わないといけない時期に来ているからです。(何で、これほど天変地変が続いている時に、誰も神に祈らないのか逆に不思議ですけどね)

祈る人もいると信じて、ここに祈り方を書いておきます。(正しい祈りをしないときかれないですから)

「地震が起きませんように」という祈りは間違いです。だから、そういう祈りは絶対しないでください。

何度も書きますが、祈りは第一念がすべてを支配するからです。(だから地震が起きませんようにと祈ると、それはすでに地震が起きているという想念が先に来ていますので、そのような祈りだと「地震が起きますように」と祈っていることと同じなのです)

こういう時は「神よ、九州を(または、熊本でも、大分でもいいです)調和と安らぎのうちに静かな町へとお導きください。九州に光をお与えください。調和と安らぎをお与えください」と祈り、そうして、神の光が九州の町々に降り注ぎ、平穏な九州の町並みを心にアリアリと描きます。

そのような相念を描きながら「神よ、九州を平穏な町にしてくださり、ありがとうございます。ありがとうございます。どうぞ九州を正しくお導きください」と祈って、すでに九州は平穏な町に戻っていると心にアリアリと描きながら「神よありがとうございます。ありがとうございます」と神へのお礼の祈りをしっかりして、その祈りを終えてください。

そのような祈りをする人が多ければ、その祈りはきかれ、九州の(熊本や大分の)大きな地震も段々収まってくるでしょう。

しかし、そのような祈りを誰もしようとしなければ、あの恐ろしい地震は当分続くことになります。

もう地震の専門家のいうことをあまり信じない方がいいでしょう。専門家は物質しか見ていません。それでは正しいことは分からないからです。

神を思う人、愛が多い人が多ければ、あの地震は早く収まるし、そういう人が少なければ、どれだけ広範囲に広がるか分からないということです。

何度もいいますが、そのような心が現象として現れる時代になったのです。

正しい心の在り方こそ、これからは何よりも大事なことなのです。

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4月 15 2016

本当の防災

今日も朝から激しくお怒りですが、その怒りが天に通じたのか、昨夜熊本で大きな地震が起きました。(天もお怒りでしょう。これだけ法に逆らうのですから)

九州では初の震度7の地震が起きたそうですが、この震度7以上の地震が最近は頻発しているというのですからゾッとしますね。

そうではないでしょうか。この震度7以上の地震は過去四回しか起きていないのです。(1949年〔昭和二十四年〕以降の話ですが)

その四回のうち、三回が二十一世紀になってからです。(2004年の新潟中越地震、2011年の東日本大震災、そうして今回の熊本の地震です)

2000年代になってから大きな地震が立て続けに起きているのです。(1900年代に起きたのは95年の阪神大震災だけですから…それも最近ですが)

こう書くと、すぐに次は南海トラフが起きるといいだす人たちがいるのですが、起きるでしょうね。このままではです。

いつまでたっても誰も本当の神の教えを信じようとしないからです。(そうして誰も神を思わないからです)

このような大きな災いも、神の心を知って実践する人が増えて来るなら止められるのです。そのような法則を(善因善果、悪因悪果)神はつくられているからです。

自分は悪いことをしていないではないのです。悪いことをしているから、これだけ悪いことばかり続くのです。

その悪いこととは(犯罪だけではなく)心の悪をいうのであり、その心の悪を反省しない限り、このような災いはなくならないということです。(そのような多くの人の心の悪が、このような天変地変となって現象化しているからです)

だから法を知らないといけないといっているのです。

この法(神の心)を知り、実践することが、心の悪をのぞく、心をきれいにする一番よい方法であるからです。(ということは、一番災いが起きなくなる方法であるということです)

このような大きな地震もそうだし、この辺りで現れているいろいろな病気もそうでしょう。(相変らずサイレンは聞こえてきますので)

実際にそのような災いが現れているのです。これはまぎれもない事実なのです。

こういうことがすでに何度も起きていて、それでも生活態度を変えないというのはどうなのでしょう。

これだけ周りに起きている現象が悪い方に変わっているのにです。

生活態度を変えても変わらないではないのです。実際に私のように変わっている者もいるからです。

では、そういう者の話をもっと聞くべきではないでしょうか。その者には災いではなく(聖書に書かれてあるような)奇跡が起きているからです。(そうして、その者に逆らっている人たちには、やはりこれも同じように聖書に書かれてあるような災いが起きているからです)

現代は、科学、科学と何でも科学を優先しますが、その科学で抑えられないものもあります。(このような地震を抑えることは出来ません)

しかし、聖書など見ると、その科学で抑えられないものを抑えた人も出てくるのです。

それを非科学的と切り捨てることは簡単ですが、この日本の状況を見てください。もう次々に激しい災いが起きてきているのです。

先ほどの地震の例一つとってもそうですが、これからは、そのような地震だけではなく(温暖化の影響で)スーパー台風なども直撃するといわれています。

地震も台風も段々巨大化していくということになれば、こんな小さな国である日本はどうなるでしょう。

答えは簡単ですね。

あっという間に滅ぶということです。

このような災難ばかり起きている日本で、次々に奇跡が現れているのは私だけなのです。

もう少し私の話を真剣に聞かれてはどうですか?

私の話を聞いて、奇跡が起きている人もたくさんいるからです。

追伸…昨日の熊本の地震で、今日熊本で行われる予定であった女子プロゴルフのトーナメントが中止になったそうですね。(バンテリン・レディース)

しかし、よりにもよって(年に一回くらいですよね)熊本でトーナメントがある時に限って、熊本にこんな大地震が起きるなど偶然とは思えないタイミングですね。(熊本出身の選手の愛が足りないんじゃないですか?)

女子プロ選手の中にもこのブログを読んでいる人はいると思います。

少しくらい私に寄付されてもいいのではないですか?いろいろ知ったこともあるのだし。(それに奇跡が起きた選手もいるようだし)

そういう気くばりのなさがこのような悪い順序をもらうのです。(女性がそれではいけません。それでは良縁にも恵まれないからです。〔苦笑〕)

少し私に協力されてはどうでしょう。そうすれば、このような悪い縁は二度ともらうことはないと思うからです。

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4月 14 2016

本物の教えと偽の教え

何か大変なことが起きていませんか?この近所のことです。

どこかの会社は今日も朝から凄いんですが、昨日など夕方帰ってくると、ガンガンでかい音を立てているところがありました。

どうせどこかの会社だろうと思っていたら違うのです。別の会社でした。(家の横の横の会社でした)

その会社の連中も私のブログは読んでるくせに平気で嫌がらせをしてくるのです。どこかの会社よりは嫌がらせをしない程度のことです。(この辺りの会社の連中はみなそんな感じなのです。どこかの会社よりは嫌がらせが少ないというだけで、みな嫌がらせはやってきます)

「あれ、今日は違うところがやってるな」と思い「何だ、癌でも出たのか」と聞くと、よけいガンガンやってきます。

どうもそのようでした。(みな同じことをします。ほんと分かりやすいですね)

どこかの会社以外でも、この近辺であちこちにあるのです。そのようなやばそうなところがです。(明らかに出ていますね)

しかし、それも仕方がない話でしょう。先ほども書きましたが、この連中は私のブログを毎日のように読んでいるくせに嫌がらせだけはしてくるのです。(まったく感謝しません)

感謝どころか、そのお返しがこのような嫌がらせなのですから、どこかの会社と同じことが起きるのは当たり前のことなのではないでしょうか。

それなのに、そういう態度を取るだけ取っておいて、悪いことが起きたら私のせいだというのですから、どこまで自分勝手なのでしょう。

こういう勘違いした人がこの辺りは多いのです。

では、災いが多いのも仕方がない話なのではないでしょうか。そのような(超勘違いした)行いは当然災いを呼ぶからです。

それは運転手連中も同じだと思うんですが(この人たちも私のブログを読んでいるくせに、感謝一つせず嫌がらせだけはキッチリしてきますから)最近は運転手連中もおとなしいので少しは反省したのでしょうか。(などと書くと、また無理してやってくる人が多いんですけどね。〔苦笑〕)

しかし、皆さん本当に大丈夫なんですか?(最近は特にですが)ずいぶん態度を変えている人が多いからです。

法の時代になったのに、その法を説いている人に(法を聞くだけ聞いて)感謝もせず、嫌がらせをし続けているなどまさに自殺行為でしょう。

だから恐ろしい現象が激しさを増しているのです。(どれだけ現れたら分かるのですか?もうかなり危ない状況だと思うんですが)

それなのにまだ金儲け優先ですか?(仕事だけはしているようですが)自分の肉体がいつなくなるかもしれないのにです。(癌や不慮の事故などでです)

法を説く人に感謝もせず、嫌がらせをし続けているということは、それほど危ないことなのです。

だから、そのような人が増えているのです。(悪いことばかり起きる)

どこかの会社など今もほとんどパニック状態です。(凄い怒っているのはいる、あいつもこいつも怒っているという感じです。それに電話とかよく入るし〔その電話が入るとやたら怒りだすのもいますし〕…まさか悪い知らせが次々に入っているのではないでしょうね。〔汗〕)

電車やバスの運転手も(トラックもそうですが)急に静かになったのは、ずいぶん恐ろしい現象が次々に現れてきたからではないのですか?

やたら怒っている会社が増えたのもそうです。もう、恐ろしい現象があちこちで現れだしたからではないのでしょうか。

もし、そうであるならです。

もう悔い改め、この教えに帰依するしかないのです。それ以外で、この恐ろしい現象から逃れる術はないからです。

そのような人たちは、私を知っている人たちばかりなのです。

そうであるなら、この教えが現れたことで、どれほどの奇跡が現れているのか、それも知っているはずです。

そうして、この教え以外で、それだけ奇跡が現れる教えがないのも知っているはずです。(この辺りの皆さんいつの間にか何でも知っていますね。ね、よい勉強になっているでしょう)

では、帰依されてはどうでしょう。他に救われる教えはないからです。(断言できますが…それともこのパニックのような状態を救える教えが他にありますか?あったら教えてください)

これまでの教えは、ただお経を上げなさいとか、仏像を拝みなさいとか、あるいは、この場所は霊験あらたかなところです、ここに来るとパワーがつきます、とかいってお金を取っていただけなのです。

しかし、そのようなことをしても、実はまったく意味がなかったのです。

いま現在、そのようなことをすでに体験している人たちに、次々に恐ろしい現象が現れているからです。(お経を上げたり、仏像を拝んだり、パワースポットといわれるようなところに行ったことがない人などいないでしょう。つまり日本人であるなら、ほとんどすべての人がそういう体験はしているということです)

では、これ以上のそのような信仰が何の意味もなかったという証拠もないでしょう。

そのような体験を皆しているのに、このような災いをまったく止めることが出来ないからです。

このような現象が現れてきて、偽信仰の化けの皮が剥がれたのです。

そういう信仰をして、救われた、奇跡が起きた、という人も確かにいるでしょう。

しかし、それは、その信仰で救われたり奇跡が起きたりしたわけではなく、その信仰をきっかけとして自分の心がよい方に変わったから救われた(奇跡が起きた)のであり、その奇跡が起きたのは、その信仰のせいでも何でもなく、実は自分の心が変わったから起きただけであって、それは自分で自分を救ったのです。

現在の偽信仰は、それをお経のお蔭ですとか、この仏像を拝んだからですとか間違ったことをいって、お金を取っているから、こういう本当の神の業が現れた時に何の効果も現さないのです。

そのような説き方は間違っているからです。

しかし、そういうところが(寺や神社などが)この法を説くなら、そのような場所が本当に救われる場所となるのです。

今のお寺や神社の坊さんや神主といわれる人たちが、法を知るなら多くの人が救われるのです。

いずれこの辺りで起きている現象は、日本全国に、そうして全世界に広がります。(正法の世はこれから深まるからです)

その時に(全世界の人を)救うことが出来るのは、今この体験をしている私たちだけなのです。(このことを知っている人たちだけということです)

いま名古屋で救われる人たちが(この体験を生かせる人たちが)いずれ全世界を救うことになります。(そのような体験が後で大きく生きてくるからです)

いつまで頑なになり、この法を拒否しているのですか?(散々私のブログは読んでいるくせにです。それもまた法を人に伝える時に生きてきます)

今この場で、奇跡が起き出す人こそ(ということは、悔い改めこの法を実践するということです)自分だけではなく世界を救える人なのです。

世界を救える教えはこの法しかありません。

それが分かっている人はたくさんいるのです。後はそれを行うだけです。

早く立ち上がって(法に帰依して)ください。

そうすれば自分も救われ、そうして世界も救われて行くからです。

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4月 13 2016

愛と慈悲と我

昨日はブシュブシュやっていくトラックが多かったですね。

何ででしょうか?

もし、昨日のブログに開き直っての態度であるなら、そういう人は百パーセント癌になるでしょう。(百パーセントです。百パーセント)このブログを読んでいて感謝どころか、そのお返しが嫌がらせなのです。

では、その嫌がらせのお返しも当然癌のような災いとなります。

これ以上の悪い態度もないと思うからです。

相変わらず怒っている人も多いのですが、もし私がこの法を日本に復活させなかったら、今頃日本はありません。(あの東日本大震災の時に終わっていたでしょう。それはあの原発事故を思えば分かるはずです。ギリギリのところで止められたのです。神にです。〔原発の大爆発から、チャイナ・シンドロームから、何から何までです〕)

それを考えるなら、いま起きていることが何ほどのことがありましょう。(地震か、津波か、あるいは放射能まみれになって死ぬよりよほどいいはずです。生きてるだけで丸儲けです)

悪いことを人のせいばかりにしているのではなく、少しは反省してはどうでしょう。反省して、法の実践さえ行えば幸せな生活が送れるからです。

それが非常に難しい人が多いようですが(それは現状に甘えているのです)これほどの現象が現れていて、それでもまだ反省出来ないのですか?(全部責任転嫁ですか)

法が信じられないのでしょうか?(これだけ奇跡が次々に起きてもですか)

そうなると「バカは死ななきゃ直らない」ということになりますが、それでもよろしいのですか?

そうなる前に気づいてほしいものです。(そうなりそうな人がこの辺りたくさんいるようです。特にどこかの会社はかなりやばそうです。皆テンパってます)

ここに法のことを少し書くだけで、その法を意識した人の多い場所に奇跡が現れるのです。これほどの教えが他にあるのでしょうか。

場所に関わらずですからね。パワースポットも今日の運勢もくそもありません。

そういうことには一切関係なく、そこにいる人たちの心の在り方一つで、奇跡も現れれば災いも現れるのです。

これだけ影響のある、すさまじい教えもないでしょう。

この法に比べれば、風水だのパワースポットだのいっている人たちが哀れになります。たいした現象も現れないのに騒いでいるからです。(それは他の宗教でも同じですけどね。何の奇跡も起きないのに一生懸命やっているのです。バカじゃないかと思います)

では、もう少し真剣にこの教えを勉強されてはどうでしょう。(この教えからすればたいしたことがない)風水やらパワースポットやらは真剣に勉強している人が多いからです。(他の宗教も同様ですが)

この世は愛と慈悲の心を実践するための修行の場なのです。決して金儲けの場ではないのです。

それなのに、愛と慈悲などそっちのけにして金儲けばかりです。(何でも仕事、仕事ですから)実践することといえば愚痴や怒りやねたみやひがみ、これではいいことが起きるわけがありません。

実践していることが間違っているからです。(愛と慈悲とは正反対のことやっています)

少しは愛や慈悲の行いを実践されてはどうでしょう。そうすれば、起きてくることもずいぶん変わってくるからです。

間違った宗教ばかりに金が集まれば日本は滅びます。

これだけ奇跡が起きる教えもないのです。

この教えに対し、少し愛と慈悲の心を実践してみませんか。

そうすれば、奇跡を実感出来る人も増えてくるからです。

追伸…そういうえば、動物の臓器や細胞を人に移植する「異種移植」を厚生省が容認したらしいですね。(これまでは禁止していたのに)

動物の細胞を(豚の細胞が多いということですが)人間に移植するなど、考えただけでもゾッとしますが、こういうことはやめた方がいいでしょう。

人間が動物の細胞を移植してまで健康になることは間違っているからです。(それは同じ人間の細胞でも同じなんですが)

不自由な体で生まれたのなら、その体でこの世を渡って行くのがその人のこの世の勉強であるのだし(それで寿命を縮めることになってもです。そういう体でしか勉強できない、貴重な勉強をその人はしているからです。この世にいる時間の短長ではないのです)また、事故や病気で不自由な体になったのなら、それもまた何でそういう体になったのか(何でそういう事故や病気をしたのか)という反省の機会を、その人は与えられているのです。

ただかわいそうだという同情心から(移植などして)そういう個々の人の勉強の機会を奪ってはならないということです。

この世の修行とは、それだけ厳しいものであるからです。(どのような困難な状況に置かれても、そのような状況下で心を磨く)

そう考えるなら、少々苦しいからとすぐに自殺を考えることがいかに間違っているかお分かりになると思います。

その厳しさが自分の心の勉強であるからです。

ちょっと話が横にそれましたが、とにかく間違ったことをするとまたそこに災いが現れます。(だから、豚の細胞など移植された人が、おかしな病気にならないか心配です)

そういう時代になったのです。益々、この法は多くの人に知ってもらわねばいけないということです。

この法を基準としない限り、いつそこに災いが現れるか分からないからです。

(おかしな心で生活していては、もういつ災いに巻き込まれるか分からないのです。そういえば、渋谷の警察署で結核の集団感染があったそうですが、あそこもやばいでしょう。何せ、あの同性婚を一番最初に認めた場所であるからです)

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4月 12 2016

ツキのなさ

今日もお怒りのようですが、終わりに近い人たちはほっておいて、もう少し昨日のゴルフ(マスターズ)のことを書きましょう。

あちこちのニュースでやっていましたが、マスターズの最終日に奇跡が起きたようですね。

なんとあの日、三人の選手がホールインワンを達成したとのことで、これはマスターズ史上初の出来事であったようです。

しかも、そのホールインワンを最後に達成した選手など、その選手が打ったボールが、グリーン上にあった先に打った選手のボールに当たって入ったということで、よけい話題になっていました。(こういうホールインワンの出方も珍しいのではないでしょうか。三人の選手がホールインワンをしただけでも凄いのに、その最後の選手のホールインワンの出方がまた劇的であったというのですから、奇跡の上にまた奇跡が起きたようなものです)

マスターズで、ホールインワンを達成した選手も四年ぶりとかなんとかいわれていました。そういう選手が最終日だけで(最終日だけでですよ)三人も出て、そのうえ最後のホールインワンの出方まで奇跡的だったのです。

これ、人の業でやれることでしょうか?

それだけではなく、昨日も書きましたが、あの最終日だけコースの状況がずいぶん変わっていたのです。(それは解説を聞いていてよく分かりました。「何であのコースキレれないの」とか「あそこに落ちたら昨日までは〔ボールが〕戻っていたはずなのに、何で戻らないの」とか、よくそういう解説をしていたからです。コースのことをよく分かっている解説者がああいう解説をするのも珍しいでしょう)

なんで最終日に限ってこんなことが起きたのでしょう。明らかにこの日だけ何か別の力が働いていたと思われないでしょうか。(別の力が働いていたから、これだけ珍しいことが立て続けに起きたのです。何か力が加わっていない限りこれだけ変わったことは起きないからです)

それこそ神の力なのです。

このような現象は、そこに神の力が働いていなければ起き得ないことなのです。

だから私はいっているのです。あの日は神の力が現れたとです。前々日に私が書いたブログを多くの選手が意識したからです。(だから二連覇を阻止されると思った選手が途中で急に崩れてしまったのです。法のことをよく思わなかったからです。それでツキがなくなったのです)

もし、あの日本人選手が私のいうことを少しでも聞いて「では、少し真剣に法を勉強してみよう」とか「ちょっと寄付でもしようか」と思ったのなら、それだけで(その心だけで)あの選手は優勝していたのです。

それだけあの時、あの場所に多くの神の力が作用していたからです。

あの最終日は先ほども書きましたが、同じコースなのに、コースの状況が一変していたのです。

心さえ変わるなら、それがよい方に作用して、あの選手がぶっちぎりで優勝できたのです。

現にあの最終日は、そのコースの状況が変化していたため、選手たちが戸惑い、大混戦になっていたからです。

それがよい方に作用するなら、ぶっちぎり優勝は可能であったのです。他の選手が(その変わったコースのせいで)スコアをのばすことが出来なかったからです。

しかし、この選手はそういう考えを少しも持たなかったようです。

それが証拠に最終日、この選手はアイアンの調子が一変に悪くなったようですが、そのような現象が現れたのが何よりの証拠でしょう。

あの日、神の力がそこに現れているのに、その神を少しも思おうとしなかった、それが自分の調子に現れたのです。

まったく持って惜しいことをしましたね。私のいうことを少しでもきくなら、十分優勝は出来たからです。

本当に残念です。もう少し私のいうことを真剣にきくなら(自分の都合のいいことだけきくのではなく)もっともっとよい成績があげられるのにです。

しかし、これはこの選手だけではないでしょう。他の選手も同じなのです。

去年、このブログを読んで奇跡が起きた人たちが総じて今年はダメなのです。

けがをしたり、あまりよい成績を上げられなかったり、またよいピッチングをしているのに勝てなかったり、まったくツキがないのです。(いってみれば、あの奇跡が起きていた時はツキまくっていたということですから)

去年の奇跡を再現している選手など皆無なのです。

なぜでしょうか?

もうお分かりの人も多いと思います。こういう奇跡が起きた人たちの中に、私に報恩の行為をした人が一人もいなかったからです。

だから一変にツキがなくなったのです。

中には、神がかりとか、神の領域とかいわれる選手もいたのに、そのような選手が、そのきっかけを与えてくれた人に感謝の言葉も報恩の行為もないというのです。

それでは、そのような選手たちは実は神ではなく悪魔であったといわれても仕方ないでしょう。

それだけ狭量な神などいないからです。(悪魔がかりに悪魔の領域ですね。〔苦笑〕)

普通の人でもです。ツキが一変に上がったのなら、そのお返しはするでしょう。(例えば、ある人の助言で、競馬の大穴など当てたら誰だって、その助言をくれた人に少しくらいのお礼はするはずです)

自分たちのツキが一変に上がってよい結果が出ているのに、それに対するお返しをまったくしようとしない、そんなことをしていれば当然ツキはなくなります。

そのような選手たちが、今年はまったくつかない結果しか出ていないのは当たり前のことなのではないでしょうか。

あまりにやっていることが自分本位であるからです。

誰であろうとです。よいことをしてくれた人には、それなりのお返しはしないといけないのです。(そんな礼儀も知らないのでしょうか?)

そういうことをしないから、よい循環にならないのです。

この世のことはすべて輪廻しています。よいことをすればよいことが、悪いことをすれば悪いことが自分に返ってきます。(善因善果、悪因悪果)

いつまでも悪いことをしているから(よい循環を行わないから)よいことが(去年ほどの奇跡が)起きないのです。

いつまで悪いことをし続けるのですか?

よいことをするのなら、自分も、そうして世の中も、もっともっとよくなるのにです。

追伸…まして、神に関することなんですから、より以上に協力しないといけないのです。

それなのに、多くの人がより以上に協力しません。(というか、より以上にじゃましています)

これではいいことは起きて来ないでしょう。いつまでたっても本当の神の教えを拡げることに誰も真剣に協力しようとしないからです。(真剣にじゃましている人たちはたくさんいますが。〔苦笑〕)

このブログを読み、心が救われた人も多いと思います。そういう人もそのお返しの行為は当然しないといけないのです。

なぜ、誰も協力してくれないのですか?

一人でも多くの人が協力してくれるのなら、世界が一変によい方に変わるのにです。

(法にはそれほどの力があるからです。ゴルフの大会だけでも、そこにいる選手が少し意識しただけであれだけの奇跡が現れるのです。では、多くの人が、法を意識して実践したら一体どれほどの奇跡が現れるでしょう。この法を実践する以上の世の中をよくできる方法はないのです。テロが怖いだの、ISが怖いだのいっているのなら、この本当の神の教えをもっと実践することです。そうすれば、そのような恐怖以上の奇跡が起きてくるからです)

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