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11月 09 2015

動物の不思議48(名古屋港)

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11月 09 2015

命懸け

今日も朝からやたらキレている人がいますが(悪魔軍団の中にです。一人でガンガンやっています)神の業に休みは関係ありません。(日曜日だったのに残念なことです)

一刻も早く心を入れ替え詫びを入れることです。それ以外、その恐ろしい現象を止める手立てはないからです。

昨日の動画のようなあのような奇跡が次々に起きているのです。逆の災いも激しくなるばかりでしょう。

今はまだその程度で済んでいますが早く反省されることです。いま以上の恐ろしい現象が現れだしてからでは遅いからです。

昨日の動画を観ていただければ分かると思いますが、あれだけ多くの鵜が寄ってくるでしょうか?

そうして多くの魚たちが、波打ち際まで寄って来ているのです。考えられますか?(どれくらいの数がいたか分かりませんが、あの魚たちの姿がまとも見えていたら凄かったと思います。私の目の前だけではなく〔右側はもちろんですが〕左側にも少し沖の方でもたくさんバシャバシャやっていたからです。だからあの辺りの波打ち際に数千、数万の魚たちが寄ってきていたと思います)

このような動物たちは本能だけで生かされているといいますが、なぜ、本能だけで生きているはずの動物たちが、これだけたくさん私の近くに寄って来るのですか?

このようなことは過去にも起きています。

仏典には釈尊が説法をしているとすずめや鹿が寄って来て聞いていたといいますし、キリストが起こされた魚の奇跡も有名です。

このようなことを考えますと、本当に動物たちは本能だけで生きているのでしょうか?

そうではないという証明が私の動画なのではないでしょうか。

動物たちは、ただ本能だけで動いているのではなく自分の意志がちゃんとあって、そうして、その意志が神の心を知りたがっているのであり、そのような自分の意志で、神の心を教えてもらえる人の近くに来ているのです。(だから釈尊の説法をすずめや鹿などが聞きに来ていたのです。神の心を知りたかったからです。では動物たちは人間より確かな目を持っているということになります。本物が誰か分かっているからです。それだけ動物たちの心は純粋なんでしょう。そのような純粋な心が本物が誰かを見抜くのです)

私の動画が、どのような動物たちにも(もちろん魚に至るまでです)自分の意志があるということを示しているのであり、自分の意志があるのなら私の近くに寄ってくるのは、ある意味当たり前の行為であるのです。

このような動物たちも神につくられた神の子であることには変わりがないからです。ただ人間とは、その使命と役割が違っているだけであり、動物たちも神の子であるならば神の心を知ろうとすることは必然の行為であるからです。

動物たちでさえ、神の心を知ろうとこれだけの態度を取るのです。(命懸けですよ。鵜やサギやカモメなどがたくさんいる海の波打ち際に多くの魚が寄ってくるのですから)

それなのに、なぜ万物の霊長である人間がその神の心(神理)を知ろうともせず、自分勝手なふるまいばかりしているのでしょう。

それでは当然、天罰が下るのではないでしょうか。

動物たちでさえ、神の心が知りたくてこれだけ必死になっているのに、その神の心を一番知らなければいけないはずの万物の霊長である人間が、いつまでたっても神の心を知ろうとしないからです。

この神の心は(神理は)人間だけを対象にしたものではありません。生きとし生けるものすべてが基準としなければいけないものであり、だからあちこちで説かれなくてはいけないし、実践をしないといけないのです。

私たち人間は万物の霊長として、そのような動物たちを神の代わりに指導する立場として、そのような行いが動物たちの手本ともなるからです。

前に書きましたが、この地球上のすべての人間が調和されれば動物たちの世界も調和され、肉食動物は草食動物を襲わなくなり(肉食動物には他の食べ物が出てくるそうです。そうして草食動物も増えすぎないよう天がコントロールしてくれるそうです)鹿とライオンが同じ場所で昼寝しているという光景が見られるようになる、と高橋先生はいわれていました。

私は自分に起きている、このような動物たちの奇跡を思うと、その先に、そのような奇跡的な世の中が本当に現れるのではないかと思えるのです。

私が歩いているだけで多くの鳥が寄って来ます。魚も同じなのです。

そればかりか動物園にいって実感しましたが、獰猛(どうもう)といわれている猛獣たちも人の心が変われば決して人を襲うことはないだろうとも思えるのです。

私の前では、可愛らしい態度を取る猛獣たちがたくさんいたからです。

豹やライオン、熊などもそうでした。トラは微妙でしたが(笑)ほとんどの猛獣といわれている動物たちは可愛らしかったです。(そういう態度を取りました。それは動画に撮ってあります)

犬や猫など可愛らしいといわれる動物たちだけではなく、どのような動物もすべて可愛らしいのです。その心はみな同じだからです。みな神に通じているからです。

私たち人間が神の心を知り、実践するなら、そのようなすべての動物たちとも調和できる素晴らしいユートピアが現れるのです。(人が大調和すれば、そのような猛獣たちとも共存できるということです。猛獣たちが人を襲うこともなくなるからです)

そういうユートピアは実現しますし、また、そのようなユートピアをこの世に実現するため、私たち人間はこの世に出て来ているということです。

それなのに、そのユートピア実現のための神の教えを人間が真剣に学ぼうとも拡げようともしないというのですから、そのような行為は動物より劣る行為であるということです。

すでに動物たちでさえ、そのような運動(法の流布)を行っているからです。

私の動画を観てくだされば分かると思いますが、これだけの奇跡的なことを多くの動物たちが人の前で行っているのです。これは動物たちの神の運動、即ち法の流布以外の何ものでもないのです。

こういうことが起これば嫌でも人が注目するからです。

動物たちでさえ(命懸けで)法の流布に協力してくれているのです。それなのに、なぜ多くの人々がそれを少しもしようとしないのですか?

くだらない意地や妬みやひがみで法の流布をじゃまするのでしょう。

それは悪いことなのではないでしょうか?だから天罰が下っているのでしょう。

本当に万物の霊長とは思えない態度を取っている人が多いのですが、その命懸けの動物たちの法の流布に協力してくれている動画がまだ残っています。

それも公開しておきます。

そのようなけなげな動物たちの動画を観て(そう考えるなら私の動画は涙なしでは観られませんね)自分たちの態度を少しは反省してください。

今回の動画は庄内川のエイや(川にエイがいるとは初めて知りました)名古屋港で次々に飛び跳ねる魚などが映っています。

みな命懸けで法の流布を行っています。

万物の霊長である人間がいつまで遊んでいるのですか?

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11月 08 2015

詰み

昨日も茨木南部を震源とした地震がありましたが、相変わらず茨木は地震が多いようです。

なんで多いのかは何度も書いていますので書きませんが、そのような反原発がある場所とは違い原発を動かした鹿児島では、頻繁に起きていた異常な大雨もなくなりました。(本当に原発を動かしたとたんですからね。非常に分かりやすいです)

そればかりか、あの桜島の爆発的噴火まで止まっているようで、そのような気象に関していうならいいことずくめです。(八月から川内原発を再稼働させましたが、七月から桜島の爆発的噴火は激減し、九月十六日以降、爆発的噴火は観測されていないそうです)

どちらにしても、桜島の噴火が止まったわけではありませんが(それは東京の人たちの問題もかかわってきますので)原発が再稼働した場所と反原発の場所ではこれほどの違いがあるのです。

では、日本は原発を進めた方がいいのか、進めない方がいいのか、どちらがいいのかは明白であると思います。(このような違いは天が原発を進めろと教えているようなものですから。四国も集中豪雨がよく起きます。早く伊方原発を再稼働させた方がいいと思います)

昨日書いたように、この教えを勉強し実践するなら、このように異常気象も現象も収まってきます。

なぜ、皆さんこの教えの存在を知っているにもかかわらず、こうもやる気がないのでしょう。本当に残念ですね。

しかし、いい加減お分かりになりませんか?

この教えに関していうなら、もう勉強するしか道はないのであるとです。将棋でいうなら、すでにこの勝負は詰んでいるとです。(ケンシロウ的にいうなら「お前はもう詰んでいる」といったところでしょう。〔笑〕)

もう道はその道しかないのです。そう思わないでしょうか?

昨日も書きましたが、すでに恐ろしい現象は名古屋だけではなく静岡などでも現れているのです。それにサイレンもあちこちで聞こえてきています。

この前、テレビで観ていたテニスの試合(東京)でも聞こえていたと書きましたが、昨日も少し女子プロのゴルフを観ていましたが、その少し観ていただけでもサイレンが聞こえてきていました。(三重県でやっているようですが)

もうあちこちで救急車のサイレンが聞こえてきているのです。(ウナッシーさんのコメントにもありましたが、静岡などでもよく聞こえてきているようですし)

しばらく前まで、テレビでスポーツなど観ていてサイレンが聞こえてきたことなどなかったのですが、最近はよく聞こえてきます。

ということは、この恐ろしい現象は段々と拡がっているということです。

こういう状況で、これまで通りのことがいつまで出来るのでしょう。

周りで人が次々に救急車で運ばれていくのを見ながら、普通に自分たちのことをやり続けることが出来ますか?いつ自分がそのような病を発症するかもしれないのにです。

それに自分の身内や先輩、後輩、同僚など縁ある人にそのような病気が発症するかもしれません。そんな恐ろしい現象が頻繁に現れだしたら、名古屋のようにパニックになる人も出てくるのです。(一番サイレンが多かった時など、サイレンがしてきた時に私のことを見る目が凄い人がたくさんいました。怯えたような目で見る人から、下げずんだような目で見る人、目を血走らせて凄い形相でこちらをにらみつける人など、本当にいろいろな人がいました。名古屋の人たちはサイレンをすべて私のせいにしていましたから)

それでも名古屋の人たちは普段の生活を変えようとはしないのですが、しかしです。

今度は名古屋は癌が多発しだしたようで、それでもまだ私に罪をかぶせたまま、自分たちの生活を変えようとはしないのでしょうか?

そうでもないでしょう。こういうことが全国的に起き出せば(そうしてもっと恐ろしいことが起き出したのなら)生活態度を変えなければいけなくなるのです。

現に私に頭を下げていく人が最近は増えているからです。

結局、恐ろしいことが周りに次々に起き出すのであれば、いつかはです。人間であるなら神に頼らざるを得ないということです。(人の力でどうにもならなければ最後は人は神に頼るのです)

そうであるなら、この恐ろしい現象は止まるどころか拡がっているのです。

では、今のままでどうやってこの現象を止めるのですか?この現象を止めることが出来なければ、いつかは自分もそのような病気を発症し救急車で運ばれることになるのです。

最後は自分にも、そのような恐ろしい現象が現れると知ったら、人は何とかその現象を止めようとはしないのでしょうか?

そうならないと分からない人はともかく、それが分かる人は、そのような病気にならないように努力するはずです。

では、その努力とは何でしょう?

だから私はいったのです。この勝負はすでに詰んでいるとです。

結局、最後には人はこの教えに辿り着くのです。

この教えしか、この現象を止める手立てはないからです。また、本当の神の教えなら、この現象を防ぐことが出来るからです。

自分たちに何も起きていない今はいいでしょう。しかし、サイレンは確実にあちこちでしだしているのです。

そのサイレンを自分の周りで毎日聞くようになったらどうでしょう。そうして自分の知っているあの人も救急車で運ばれた、この人も救急車で運ばれたとなったらどうでしょう。

そのような神の業が自分の周りに次々に起こりだしたら(そのような現象に対して)何も頼るものがない自分を、金儲けばかりしていた自分を、非常に不安に感じるのではないでしょうか。

結局、人は、この正しい教えに帰依するしかないのです。それ以外に本当に救われる道がないからです。

そういうことを多くの人がなかなか理解しないため、このような神の業が現されているのですが、このような神の業も結局は本当の神の教えに辿り着くための一つの方便なのです。

だから、もうこの教えを勉強するしかないでしょうといっているのです。この教えを勉強しなければ、遅かれ早かれ、必ず、そのような神の業は自分にも現れることになるからです。

私のいうことを無視するのもいいですし、私を悪者に仕立て上げるのもいいでしょう。

しかし、いくらそれをしたところでこの現象は止まらないのです。では、この現象からどうやって自分は助かるのですか?

今はそれでいいのかもしれませんが、先はどうするのですか?

もう少し先のことまで考えてください。今のままではどちらにしても救われないのです。

この教えを勉強するなら、そのような恐ろしい現象を防げるだけでなく(この教えを実践すれば神の光に覆われます。それが自分を守ってくれるのです)次々に奇跡も起きてきます。

その奇跡の一端をお見せしましょう。また動画が出来てきたようです。

それを公開しますが、今回の動画は一番最近のやつです。最近はそのような恐ろしい現象だけでなく起きる奇跡も激しくなっています。それを知っていただきたいからです。

たくさんの鵜が飛んでくる場面や、たくさんの魚が波打ち際まで寄って来ている場面が撮れています。

こんなこと口でいくらいっても絶対信じてもらえないでしょうが、そういう口でいっているだけではとても信じてもらえない奇跡が、頻繁に私には起きているのです。

この教えを勉強すればそのような奇跡も起きてきます。

どちらにしても、この教えはやるしかないのです。

そうであるなら、早めにされてはどうですか?

不幸が起きてからでは遅いからです。

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