今日からシルバーウィークですか。(昨日からですか?ここらは今日から休みの会社が多いものですから)
私には全然関係ありませんが、前回長い休みがあった盆休み過ぎから、また一段と神の世が深まったように思います。
あれから、いろいろ起きてくる現象に拍車がかかったように感じるからです。
天気が一変に悪くなって、あの関東・東北豪雨が起こりました。そうして関東辺りでは地震も多発しました。(阿蘇山の噴火もありましたし)
関東・東北豪雨は衝撃的な現象でしたが、その関東、東北豪雨に劣らず、こちらにも衝撃的な現象が現れ始めたようです。
こちらの現象は、見た目は分かりませんが、ある意味、関東、東北豪雨以上に恐ろしい現象が現れ始めたのではないでしょうか。
そのきっかけが、あの会社の連中なんでしょうが(もっといえば、関東・東北豪雨のきっかけもそれでしょう)多分、どこかの会社は盆の間も恐ろしい現象が止まらなかったのでしょう。
それで盆明けは朝からキレまくって、うるさくて法の流布も出来なくなったのですが、それがよけい恐ろしい災いを招くことになった、ということなのではないでしょうか。
どっちみち不信心を続けている人たちばかりなのですから、こういうことは起きてきたのでしょうが、それが少々早く起き始めた、それだけでしょう。
しかし、その法の流布が出来なくなったことをきっかけとして(出来なくなったといっても毎日ブログを書かなくなっただけなんですが)次々に恐ろしい現象が現れたのです。
祈っていると、私の心に龍が現れ、その龍が恐ろしい現象を現しました。(あの会社にもそうですし、各地に起きた豪雨や突風もそうでしょう。あの直線の〔名前なんでしたっけ?〕龍のような雲が現れたのがそのよい証拠です)
そればかりでなく、この辺りに癌になる人が増え出したのです。
癌になっている人はいると思いますよ。(それも一人や二人ではありません。かなり出ているのではないでしょうか)運転手たちの態度が明らかに変だからです。
昨日でもそうでした。別に煽っているわけではありませんが、私が最近ブログにそのようなことばかり書くので、運転手たちも意地になり、私の近くを通るトラックなどはみなブシュブシュやって行くのですが(しかし、そのブシュブシュもずいぶん元気がありません。〔苦笑〕)運転手を見るとみな顔を引きつらせています。(前はヘラヘラ笑いながらやって行くのもいたんですが、最近はいません)
そればかりではなく、私がそのような運転手を祈ると、その顔のこわばりはいっそう増して、中には怒り出す人もいるのです。(それなら嫌がらせなどしなければいいのにと思いますが)
しかし、私の近くを通るトラックなどはそんな感じなのですが、少し離れたところを通って行くトラックはまずなにもしていきません。(少し前までは、近くを通るトラックはもちろんのこと、ずいぶん離れたところを走っているトラックにまでブシュブシュやられましたから)
とにかく、一週間、十日ほど前までのトラックの運転手たちの態度と今の態度では、まったく違っているのです。
本人たちは、それを何とか隠そうとしているのですが、どうしても態度に出てしまうのです。
だからこちらに運転手の間で何か起きているということは、絶対に分かってしまうのです。何か起き出しているのに、それを無視して同じ態度でいられる人などまずいないからです。(一人や二人くらいなら何とかごまかすことも〔平静でいられることも〕出来るかもしれませんが、私は一日に何人も何十人も〔バスやトラックの〕運転手を見るのです。それだけ多くの人たちがごまかし切れるわけがありません。態度が変わってしまった人などいくらでも目にします)
私は、この運転手の間から癌になる人が出てくるとすでに運転手たちに伝えていました。(それは前に書いた通りです)
それをヘラヘラ笑って聞いていた人もいたようですが、その通りのことが起きてきたのです。それでもまだ私に嫌がらせを続けるのでしょうか?
そればかりではありません。私はこの辺りでもそのような人が出てくるといって回っていましたが(あほかと思われたでしょうね。きっと)そのような人が現に出てきているのではないでしょうか?
やはり明らかに態度が変わってしまったところもいくつかあるからです。
いった通りのことが起きてきているのに(しかも、ずいぶん恐ろしい予言です)それでも私を認めようとせず、神を畏れようとしませんが、今起きていることは、人の業なのでしょうか?それとも神の業なのでしょうか?
次々に人が癌になるようなことを人が起こせますか?鳥や魚などいろいろな動物たちが寄ってくるようなことを人が起こせるのでしょうか?
このようなことすべて神が現している業であるのです。
なぜ、このようなことが次々に起きているのに、この辺りの人たちは未だ神を認めようとせず、神を畏れもしないのでしょう。(これほどの偉大な業が現れているというのにです)
人のせいにして、怒っていても仕方ないでしょう。(癌の人が増えるだけです)いい加減にされてはどうですか。間違っているのはあなたたちの方なのです。
この辺りの人たちは、なぜこれだけの現象が現れて、それでもなお考えを変えようとしないのでしょうか?
これは単に我が強いというだけでは説明できませんが、それは、あの安保法案を反対している人たちも同じでしょう。(同じ心理であるということです)
この辺りの人たちも、あの安保法案を反対している大半の人たちもそうなんですが、結局、自分たちの今の生活を変えたくない、今のままがいい、それが根底にあるのです。
だから安保法案に反対しているのです。(この辺りの人たちは私のいうことを聞こうとしないのです)このまま何もしなければ自分たちの生活が変わらなく出来ると思っているからです。
しかし、このまま何もしようとしなければ、アメリカはドンドン日本から離れていきます。(自分のことは自分でやってくれとです)
アメリカが日本から離れていくなら、中国はもちろんのこと北朝鮮やロシアまで、日本にちょっかいをかけてくるかも知れないのです。(まずかけてきますね。アメリカが日本から離れれば離れるほど、その確率は高まっていきます)
その時、日本一国で日本を守れるのかということです。(国連だのなんだのいっている人もいますが、国連などに頼っていたら、まず日本のどこかは取られてしまいます。南シナ海の中国がよい例です。アメリカが離れたとたんあれですから)
しかし、そのような話より、まず自分たちの生活なのです。自分たちの生活を変えたくないのです。
安保法案など通し、自衛隊が今以上の活動を外国でしだしたら、他国から日本は恨まれるのではないのか?
そうなったらテロの対象になりかねないし、戦争に巻き込まれるかもしれない、そうなったら日本に何が起きるか分からない、日本に何が起きるか分からなくなったら自分たちの今の生活が出来なくなる、今のように金儲けが出来なくなる、だから安保法案に反対しているだけで、自衛隊員の命が危なくなるから反対とか、違憲だから反対とかは後付けにすぎないのです。
その心の内を知るのであれば、自分たちの保身しか考えていないのです。
だから、安保法案に反対している人たちは、日本を守れとは一言もいわないのです。 日本を守ることより自分たちの生活を守ることの方がより大事であるからです。
しかし、そのような自分のことしか(自分たちの生活を変えたくないとしか)考えていない人たちは、結局は不幸になるのです。
それはこの辺りの人たちが証明しています。
そういう考えの人たちは、自分に何か起きない限り、それが間違っていると分からないからです。(周りに癌が出始めても、それでも態度を変えないのです。こういう人たちは自分が癌になって、はじめて自分が悪かった、自分がしたことは失敗であったと分かるのです。つまりそれでは手遅れであるということです)
自分の生活を変えたくないと思っている人たちは、仮に尖閣を中国に取られても、それも仕方がないと考えるわけです。それくらいでは自分たちの生活が変わることはないからです。(つまり変わらず金儲けが出来ると思うのです)
しかし、そういうことになれば、竹島も韓国に取られてしまうだろうし北方領土も返ってくることはないでしょう。
つまり、それではあれもこれも他国に取られてしまい、最後には自分たちの生活まで犯されるということです。
しかし、そこまで考えないのです。ただ漠然となんとかなるだろうと考え、今の生活がこれからも続くことだけを願うのです。
それだけ考えが小さいということです。だから日本全体のことは考えないのであり、自分たちの生活のことしか考えないのです。心がそこまで広くないからです。
しかし、そのような狭い考えは間違いであり、それでは手遅れとなるのです。
安保法案も神の業も同じです。自身に何か起きる前に行動を起こさないといけないのです。
そのような身を守る行動をして(心と行いを変えて)はじめて自分は守られるのであり、それをしなければ、いつかは自分に災いは振りかかってくるのです。
そのような昔のままの心(末法の心)ではやれない時代となったからです。
自分の保身だけを考え、今の生活を変えようとしなければ(そのような狭い心では)いづれ不幸になります。
それに早く気付かなければいけないのです。そのような気付きの現象がすでにそこかしこに現れているからです。