>>ブログトップへ

8月 02 2015

釈尊、キリスト、モーゼ

釈尊がインドに出られた二千五百年前も、インドの宗教は沈滞し、インドの古典であるベェーダの真意は失われ祭祀(さいし)を司るバラモンだけが羽振りを効かせ、儀式のみが盛んで、人の心と霊の救いを説く人はいませんでした。

それは現在の日本でも同じで、日本の宗教は沈滞して、釈尊の教えである仏教もその真意は失われ、観光仏教、葬式仏教化して、儀式のみが盛んで、人の心と霊の救いを説く人はいませんでした。

そうのような時に現世利益を説く新興宗教が現れ、既存の宗教では救われないと感じていた多くの人々が、新興宗教を信仰するようになったのです。(これもまた二千五百年前のインドとよく似ています。その時はバラモンに対抗して六師外道〔ろくしげどう〕と呼ばれる人たちが出てきて、バラモンとは違う教えを説いたのです)

しかし、新興宗教も既存の宗教と大差なく、現世利益ばかりを説いて(こうすると儲かります、ああすると運がよくなります、こうすれば病気がよくなりますなど)人の本当の救いである心と霊が救われる方法を説く人はいなかったのです。

そのため日本の人々は、神など信じないという唯物無神論を信じる人が増えていったのです。

そのような時に高橋信次先生が現れました。

高橋先生は正しい法を説かれ、様々な奇跡を現し、そうして人の過去世の証明である現象まで現して、神の存在、あの世の存在、人の輪廻転生を証明されました。

そうして、自分が二千五百年前にインドに釈尊として生まれられたことまで、多くの高橋先生の弟子たちが過去世を思いだすことにより証明されたのです。

それほどの現象を高橋先生が現されたにもかかわらず、この当時の日本のほとんどの人々は、高橋先生が釈尊であられた方であったことに気づかず、他の(インチキな)霊能者たちと混同して、高橋先生が説かれたことを真剣に聞いていた人は少なかったのです。(興味本位で聞いていた人がほとんどであったということです)

それは、高橋先生が亡くなられてすぐに高橋先生がつくられたGLAが混乱し、分裂したことでもその事実が分かります。

この後のGLAは、高橋先生が起こされた同じ奇跡を起こせる人は皆無となります。つまりGLAには高橋先生と同じ正しい教えを説く人はいなくなったということです。(正しい教えを説く人がいなくなったから天が協力しなくなり、奇跡が起きなくなったのです。正しい、正しくないはこのような現象に必ず現れます)

その分裂したGLAの会員の中で、唯一高橋先生と同じ奇跡を起こせる人がいました。

それが園頭先生であり、そのような奇跡を見れば、高橋先生の後継者は園頭先生であると誰でも分かったのでありますが、これもまた、それをそのまま素直に認める人が少なく、園頭先生が高橋先生の後を継ぐといわれて会(正法会、後に国際正法協会と改称されます)をつくられましたが、その会に参加される人はわずかな人しかいませんでした。(二~三千人ほどでした)

その後、園頭先生は二十年近くにわたり法を説き続けられましたが、その教えを多くの人が知るには至りませんでした。その理由は、園頭先生は高橋先生ほどの派手な(過去世を思いだすような)現象などされなかったからです。

そのような過去世を思いだすことより、まず、法をしっかり勉強することの方が大事なことと、奇跡は癒しくらいにとどめ(それでも多くの人が園頭先生によって癒されましたが)法を説くことを第一とされ、それ以外の奇跡をあまり現さなかったため、多くの人が興味を示さなかったのです。(つまり、法を説いているだけではほとんどの人が興味すら持たないということです。興味本位の奇跡見たさの人がほとんどであるということです。本当は法を知って心が救われることが一番大事なことなのですが)

奇跡を起こしてもダメ、法を重点的に説いてもダメ、ではどうしたら日本の人々に法が拡がるのでしょうか?

日本に如来が出世された以上、この日本から法を世界に発信しなければいけません。

しかし、日本の人々はその法にすら気づこうとはしないのです。

釈尊が法を説かれてもダメ、キリストが法を説かれてもダメ(園頭先生はキリストではありませんが、キリストと同じ癒しの奇跡を数多く現されたのです。では、キリストと同じやり方をされたといっても間違いではありません。キリストが法を説かれたのと同じことです)では、最後にモーゼが法を説かれるしかないのではないでしょうか?

モーゼの大奇跡をこの日本に現さないと、もう日本の人々は神に目覚めないのではないでしょうか。

だから、現されているのです。このような現象がです。(数々の天変地変に異常現象)

これでもまだ神を知ることがなければ、もう日本の人々は潰されるでしょう。

如来が現れたにもかかわらず、その如来をまったく理解しようともせず、その如来が生まれた国の人々が、唯物無神論などという思想を信じて神さえも信じようとしないからです。

如来が生まれたことを理解しないだけでも大きな罪なのに(如来が生まれたことを、その生まれた国の人々が知らなかったなど史上初です。インドの釈尊、イスラエルのキリスト、エジプトのモーゼ、どの如来も、少なくともその如来が生まれた国の人々はみな知っていました)あまつさえ神まで否定するとは、一体この国(日本)の人々はどれだけ大きな罪を犯しているのでしょう。

日本の人々は宗教史上あり得なかった(出世された如来を知らず神さえ否定する)大罪を犯しているのです。

しかも、それほどの大罪を犯しているにもかかわらず、そのような大きな罪を少しも気づいていないのです。(それもまた罪です。それも大きなです)

日本の人々は、信じられないような罪を積み重ねているのですから、このままの状況で行くのであれば、当然日本は潰されるということになります。

私が祈って病気になっただの、大雨や地震が起きただのと非難しますが、いつまでも神のことを(如来のことを)知ろうとしない皆さんはどれだけの罪を犯していると思われますか?

それをまったく知らないのです。皆さんが神を(如来を)知ろうとしないため、世界の人々にどれだけの迷惑をかけていることでしょう。

日本の人々が、日本に生まれた如来のことを世界に発信し、その教えを世界に伝えているのであれば、すでに世界中の多くの人が救われていたからです。そうして、世界中で起きているこれほどの天変地変も起きなかったと思うからです。(その通りのことをしていれば、これほど天を怒らせることもなかったからです)

何度もいいますが、私を非難する暇があるなら、自分たちが反省したらどうでしょう。もし私がいなかったら、日本の人々は誰も神の存在に気づくことなく如来の存在に気づくことなく、最後には滅ぼされていたからです。(これほどの大罪を犯しているのです。そうなるのが当たり前なのです)

私に奇跡ばかりが起き、皆さん方に災いばかりが起きる、その理由が少しはお分かりいただけると思います。(このようなところでも、正しいか正しくないかの現象は必ず現れるのです)

それともまだ意地を張り、私を非難するのですか?いつまでも気づこうとしない自分たちのことは棚に上げてです。

しかし、誰かがやらなければいけなかったのです。誰かが大きな現象を現さない限り、日本の人々は神に(如来に)気づかなかったからです。

私を非難する暇があるなら、自分たちが反省してください。

これほどつらい仕事も(使命も)またないからです。

2 コメント

8月 01 2015

祈りの善悪

昨日も暑かったですね。

今日も暑そうでさすがにバテ気味ですが、昨日あんなブログを書けば怒っている人ばかりです。誰一人反省しません。疲れも倍増ですね。(苦笑)

何一つ奇跡の起きない人たちが、よくもそう自信満々に「みんなお前が悪い」みたいな態度がとれるものと呆れますが、傲慢な人たちはそれが普通なのでしょう。(苦笑)

昨日でも、どこかの会社など午前中はこちら側の窓を開けて、また、うるさいことをしていました。散々でかい音を立てて嫌がらせを繰り返していたのです。(本当に昨日のブログでもそうですが、あれまともに書けていないのです。でかい音を立ててじゃまばかりしてくるからです)

そうしたら、午後から何か様子が変わったのです。シーンとなったり急にでかい音を立ててみたり情緒不安定丸出しです。

私が家を午後の三時少し前に出たのですが、私が家を出て行く時に、どこかの会社を見ると午前中開いていたこちら側の窓が全部しまっていました。(午後からの方が暑かったはずですが〔昨日の名古屋の最高気温36.7度です〕本当に変わったことやっています)

どうも昼の間に何か起きたようでした。(それで午前と午後では態度が変わったのです)

そうして夕方帰ってくるとまたこの会社、興奮状態でした。こういう時は何か起きています。(凄い顔をして会社から出てきたのもいましたから)どうも私が出て行った後にも何か起きたようでした。

この会社(毎日どころではなく)もう日に何度も災いが起き始めているようです。

これだけ災いが起きている会社でも、それでも反省しようとしないのです。では、それほど災いが起きていない人たちが反省するわけがありません。

どうせ「悪いことが起きたのもあいつの祈りのせい」くらいにしか思っていないのでしょう。

何か、私が祈ると悪いことばかり起きるので(奇跡だって起きているのですが)私が祈るのが悪いという人も多いようですが、なぜ祈ることが悪いことなのでしょう?

私は、私によいことをしてくれた人にも悪いことをしてくる人にも同じように祈ります。その祈りがなぜ悪いことなのですか?

私が祈るのが悪いという人たちは、キリストの言葉を知らないのでしょうか?

キリストは次のようにいわれています。(もう何度も引用していますが)

「目には目を、歯には歯をといわれることあり、されど汝らにいっておく。汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ」

私は、このキリストの言葉を実践しているだけです。

だから私は、嫌がらせをしてくる人たちを祈るのです。キリストに「責め憎む者のために祈れ」といわれているからです。

そのキリストの言葉を実践している私のどこがいけないというのでしょう。

私は縁もゆかりもない人を祈ることはしません。私に嫌がらせをしてくるということは、その人と私は、その時点で縁を持ったことになるのですから(袖振り合うも他生の縁〔そでふりあうもたしょうのえん〕というくらいですから)だから縁ある人を祈るのです。(だから私と縁を持ちたくなければ私に嫌がらせなどしないことです。私もそちらと縁など持ちたくはないからです)

私との縁が出来た以上、悪いことをしている人を、そのままほってはおけないからです。

そのようなことを人にしていては、その人にとってよいことではないと、だから天に「どうぞこの人を正しくお導きください」と祈るのですから、これ以上よいこともないわけです。(自分を責め憎んでいる人たちを愛の心で祈るのです。これ以上よいことはありません)

その、これ以上ないよい祈りを実践している私の祈りが悪いとは、一体どういう料簡でいわれているのでしょう。

ぜひそれを、そのようにいう人たちに聞いてみたいものです。

結局、そのように祈られて、もし病気かなにかになる人がいたとしたら、それは病気なった人が悪いのであり、祈った私が悪いわけではないのです。(私はただキリストのいわれていることを実践しているのです。なんでそんな私が悪いのでしょう)

普段からの心の在り方、行いが悪いから、正しい祈りをされると災いが現れるのであり、そうでなければ、そのような祈りをされたくらいで何か起きるわけがないのです。(間違った祈りをされても現れませんが、正しい祈りをされると心と行いが悪い人には、そのような気づきの現象が現れます。全員にではありませんが、時期から何から整った時に正しい祈りをされると、そのような天上界からの気づきの現象が現れるのです)

だから、年寄りから子供まで私は平気で祈るのであり(誤解があるとはいえ)憎しみから嫌がらせをしてくる、そのような人たちを愛の心から祈っているのです。憎しみを愛で返しているのです。

これ以上よい行いを実践している者もいないのではないでしょうか?だから私には奇跡しか起きないのです。

よいことしかしていないからです。

ところが法を知らない人たちは、嫌がらせをしてきたとはいえ、年寄りや女子供まであいつは平気で祈っている、なんてあいつは悪い奴だとこう思うわけです。

しかし、要はその祈りの内容の問題なのであり(呪うとか恨みからの祈りではもちろんいけません)人を祈るという行為は、決して悪いことではないということです。

むしろよい行為であるということです。

だから釈尊やキリストも、同じように善人に対しても悪人に対しても祈られたと思います。

釈尊やキリストが善人だけ祈り、悪人に対しては一切祈らなかったなどと思われますか?

そんなことあり得ません。釈尊やキリストは、善人に対しても悪人に対しても同じように祈られたのです。それと同じことを私はしているだけです。

だから、今と同じような(悪人が祈られて病気になるなどの)現象は釈尊やキリストの在世当時にも現れていたと思います。

ただそれが記録として遺されていないだけでしょう。モーゼのことが書かれてある旧約聖書には、そのような場面がたくさん書かれてあるからです。

悪人が天罰を受ける場面はたくさん出てくるからです。

しかし、モーゼが祈り災いが起きる場面(十の奇跡など)はみな知っていて、それは災いを起こされた方が悪いとみな分かっているのに、私が同じようなことをすると、災いを起こされた方が悪いのではなくて、それはお前(私)が悪いということになってしまいます。

モーゼはよくても、私が同じようなことをすると悪いようです。(苦笑)

しかしそれはご都合主義以外の何ものでもなく、災いを受けている人たちが悪いのです。自分たちが悪いから自分たちに悪いことが起きているからです。

それはモーゼが起こされた奇跡だけではなく、釈尊やキリストもいわれていることだからです。(善因善果 悪因悪果)

私は悪いことは何一つしていません。(だから奇跡が起きるのです)悪いことをしているのは皆さん方の方なのです。(だから災いが起きるのです)

悪いことを全部人のせいにしている暇があるなら、少しは反省されたらどうでしょう。

その方がよほど幸せになれるからです。

0コメント

7月 31 2015

悪を認めない罪

本当に毎日暑い日が続きますね。(気象庁は今年は冷夏とかいってなかったですか?暑くて死にそうなんですけど…)

今日は名古屋辺りが全国で一番暑くなる予報が出ています。(三十七度とか八度とかいっていましたが)名古屋の皆さんは気をつけないといけませんね。

すでに名古屋はどこよりも熱いからです。

大丈夫でしょうか?

一昨日の恐ろしい番組ではありませんが、そのような恐ろしい現象が、あちこちで起こり始めたように感じますが気のせいでしょうか?

気のせいではないでしょうね。どこかの会社やマンションの人たち、この近所の人たちの様子が明らかに変であるからです。

それにやたら感情的に怒っているところもあります。

そういうところは何か起きていますよね。その怒っているところは私に嫌がらせをし続けているところであるからです。

私はすでに、そのようになるとこのブログに書いています。(もっと激しい現象が起こりだすとです)それが起こり始めたのでしょう。ここに書いたことが起こり始めたにすぎません。

この辺りの人たちは、私のブログを読んでいるにもかかわらず感謝一つしません。それどころか私の顔を見ると嫌がらせをしてくる人がほとんどなのですから、これでよいことが起きるわけがありません。

だから、悪いことが起きているのですが、その自分たちの態度が悪いために起きている悪いことを全部私のせいにして、それでまた怒っているのです。

ここまで悪いことをして、それで自分たちに悪いことが起きなかったら逆に不思議でしょう。

悪いことが起きてくることは当然であるのではないでしょうか。(あまりといえばあまりの態度です。悪いことが起きても自業自得以外の何ものでもありません)

自分たちが、本当の神を知ろうともしなかったことを棚に上げ、それを教えようとしている私を頭から悪者扱いです。

そこまで悪いことをしているのであれば(まったく自覚がないようですが)もう私もその悪いことを応援します。どうぞ嫌がらせをし続けてください。こちらはそのような人たちをかたっぱしから祈るからです。(祈れば祈るほど神の存在が理解できると思うからです。その神の業が次々に現れて来るからです)

どちらにしても、今のままでは地獄行きでしょう。(大人から子供まですべてです。すべての人が神を知ろうとはしないからです。同じ態度を私にしているからです)

そうであるなら、そこでしっかり反省出来るように私もしっかり祈ります。どこかで自分が悪いと気づかなければ、その人たちは永遠に地獄の住人であり続けなければいけないからです。

皆さん方は神の存在を知っていたのでしょうか?もちろんあの世の存在もです。人の輪廻転生もです。

そのようなことを教え、多くの人たちの心を救ったのは私ではないですか。それなのに、なぜ、その私に嫌がらせをし続けるのですか?

私が人を病気にするからでしょうか?

しかし、その病気になっている人たちは、すべてです。すべて私に散々嫌がらせをして来た人たちばかりなのです。(私はその人たちに何もしていないにもかかわらずです)何もしていないたった一人の者に、よってたかって嫌がらせをするのです。当然天罰は下るのではないでしょうか。

それにあのサイレンでもそうです。

私が黙って、このブログを書いていた時はしていなかったではないですか。それが私のことが知られていき、バスやトラックの運転手連中が私にブシュブシュ嫌がらせを始めてから、あのサイレンは響くようになったのです。

それが何で私のせいにならないといけないのでしょう。

何度もいいますが、私がこのブログを書き始めた五年ほど前は何も起きていなかったのです。そうしてこのブログを書き始めて(それで心が救われた人は多かったと思います)私のことが知られ始めて、そうして私に嫌がらせをする人たちが増え始めてから、不幸なことが起こり始めたのです。

では、私に嫌がらせを始めなければ不幸なことは起きなかったのではないですか?では、名古屋に不幸なことが起き始めた原因は、その嫌がらせを始めた人たちにあるのではないでしょうか。

なんでそんなに多くの人が私に嫌がらせを始めたのでしょう?それもまた、その人たちが悪いのではないですか?

そのような人たちは神をしっかり知ろうともせず、この法をしっかり知ろうともせずに、起きる現象を悪いと決めつけ一方的に嫌がらせをし続けているからです。

なぜ、嫌がらせをする前に私に話に来なかったのでしょう。(それが筋なのではないですか)互いに話し合って、そうしてお前が悪いということならまだ話も分かりますが、私と一言も話すことなく、ただお前が悪いです。

それでは、そのような決めつけをしている人が百パーセント悪いのではないでしょうか。

だからこのような結果が出ているのです。(私には奇跡ばかり起こり、私に嫌がらせをする人たちには災いばかりが起きる)

どうして名古屋の人たちは、これだけ分かりやすい結果が現れていても(それも何年にもわたってです)それでもまだ自分たちが悪いと認めないのでしょう。

だから、起きる現象が激しくなっているのです。悪いことをしている人たちが、自分が悪いということをいつまでたっても認めず、なお悪いことをし続けているからです。

悪いことをしているのはあなたたちの方なのです。それを認める以外、救われる道はないのです。

自分に何か起きないと分かりませんか?

起きる前に気づかなければ、どちらにしても地獄行きなのです。

(名古屋に起きる現象が激しくなっているようです。やはり天から知らされたことは事実のようです。〔やたら怒っている運転手もいるようですから〕さて、名古屋にこれから何が起きてくるのでしょう。私は起きてきたことをそのままこのブログに書くだけです)

2 コメント

7月 30 2015

知っておかないといけないこと

小型機墜落のニュースが連日報道されていますが、あのセスナを飛ばすだけでも点検作業など大変なんですね。(あんなに大変だとは思いませんでした)

なんかセスナとかヘリとかよく飛んできていますが、飛んでくるのも大変なら点検作業も大変なんでしょうね。(毎日ご苦労様です。〔笑〕)

あまりそんなことしていても意味がないと思うんですが…何度もいいますが、そのかかる費用をこちらに回していただけないでしょうか?(皆さんもお忙しいでしょうし)

そうしたらこちらでボディーガードでも何でも雇いますので。(笑)

こうも、お金が入ってこなくては法の流布もままなりません。本当にこのブログを読んでいる人たちがそこを平気でスルーしています。

それでずいぶん不幸になっている人たちもいるようです。(その不幸を私のせいにしていますが自業自得です)

もう少し謙虚になられてはどうでしょう。皆さんは多くのことを知ったのです。それに感謝一つ出来ないのであれば不幸なことが起きても仕方がないのです。そのような傲慢が不幸を呼ぶからです。(本当に傲慢な人が多いです。昨日もそんな人ばかりで呆れました。絶対に自分が悪いとは認めようとしないのです)

反省されてはどうでしょう。それが唯一の救われる道であるからです。

それはそれとして昨夜の話です。昨夜私は歌番組を観ていたのですが、相変わらず同じような色の服を着ています。(笑)

どうせ同じような色の服を着るなら、どうでしょう、最近は文字を書いたTシャツが流行りのようですし、皆さん文字の書いた服など着られたら。(笑)

テレビに出ていられる皆さんが「何事にも感謝しましょう」とか「調和しましょう」とか「愛を持ちましょう」とか書いた服を着られるなら、それがそのまま法の流布になります。

そうすれば、ずいぶん多くの人に法が伝わると思うのですが、どうでしょうか。

マァ、素人の考えそうなことですが、昨夜はその歌番組を観ていたのですが、コマーシャルの間とかしゃべっている間に、他のチャンネルにカチャカチャかえて、裏番組もチラチラ観ていたのです。(最近のテレビはリモコンなので誰でもこういうことしますよね)

そうしたら、ずいぶん怖い番組をやっていましたね。チラッと観ていただけですが、それでもゾッとしました。

私が観たところは、川の中から人のようなものが浮いてきた場面と、夜釣りをしていた女の子たちが、暗い海から出てきた男に海に引っ張りこまれるという場面でした。

あれ本当ですかね。トリックでなければかなり危ないことが起きているようですが、あの海に引っ張りこまれるという場面が本当にその通りなら、その引っ張りこまれた女の子たちは、そのまま地獄に直行ということになります。(あの暗い海から出てきた男は地獄霊でしょうから)

それほど霊的に悪いところがあちこちにあるなら、本当に法を知らないと、どんな不幸と遭遇するか分からないということです。(そんな霊域の悪い場所に法を知らない人が行ってしまえば、必ず何らかの悪霊の害は受けるからです)

昨夜は、そのような恐ろしい場面を何人かの芸能人が観ているところに(バスの中のようでしたが)取り付けてあったカメラが、急にはずれるというところも映っていました。

しっかり取りつけてあって、そう簡単にはずれるはずのないカメラが急にはずれたということで、そこにいた芸能人たちは驚いていたようですが、あんな恐ろしい場面をずっと見続けているのなら、当然そのような場所には地獄霊が来ています。

それもポルターガイスト現象の一つなのではないでしょうか。

恐ろしい場面を見続けているということは、そのような恐ろしい場所に心が同通しているということであり、その恐ろしい場所に同通した心が、そのような恐ろしい地獄霊を呼び寄せるのです。(だから、あのバスの中には地獄霊がたくさんいたということです)

法を知らないと、そのような呼び寄せた地獄霊に憑かれるということも起きてきます。(そんなものに憑かれたら、当然ではありますが、その後の人生はよいことが起きません。そうして死後、その地獄霊と同じ地獄に堕ちて行くのです)

ああいう番組を撮るのはいいんですが、実は非常に危険なことをしているということを知ってください。

法を知って実践し、自分が神の光に包まれているのなら、どんな地獄霊が寄ってきても安心なのですが(その神の光が防護壁となって地獄霊はその人に手を出せないからです)それが出来ていない人が、霊域の悪い場所に行くなら、最悪、先ほど書いた夜釣りの女の子たちではありませんが、地獄霊に地獄に引きずり込まれるということもあるのです。

この霊障だけは現代の科学でもどうすることも出来ません。(まだ霊から身を守れる物など出来ていないですからね。だいたい科学は霊を認めていないのですから…聖書などには聖霊や悪霊が出てきているのにです)

いくら夏だからと、あまり恐ろしい場所に行くのは控えられた方がよいのではないでしょうか。取り返しのつかないことになってもいけないからです。(魔除けとかお守りとか持っていっても無駄です。そういうのはまず偽物であるからです)

「触らぬ神に祟りなし」です。

そういう恐ろしいもの(地獄霊)や場所(地獄)ばかりを知りたがるのではなく、清く正しいもの(光の天使)と場所(天上界)をもっとよく知ってください。

その方がよほど幸せになれるからです。

0コメント

7月 29 2015

安保法案の正否

何か大変そうですね。(今日も朝からお怒りです)

昨日もいろいろ起きたようですが、それだけ法の流布のじゃまをし続けているのです。(もう意地になってやっていますから)早く自分たちの態度を反省されることです。

それ以外に助かる道はないからです。

どうぞ近くの皆さんも、この人たちを他山の石として反省されてはどうでしょう。皆さんも同じようにひどいことをしているからです。

このようなことは今始まったことではありません。昔からこういうことは起きていたのです。神仏は常に私たちの回りにいてくださるからです。

その神仏を勝手に遠ざけているのは皆さん方の方なのです。私のように神仏を常に心に思い行いをされるなら、このような導きは必ずあります。

悪いことをただ人のせいにしているだけではなく「謙虚に反省する」そのような心も持たれてはどうでしょう。そうすれば救われる道も、また奇跡さえ起きてくるからです。

早く気づいてくださることを願ってやみません。

とこちらの話もいいのですが、日本の運命を変えるかもしれない安保法案が審議中です。(それほど大袈裟なものなのかは疑問ですが。単に周りの状況に合わせた法案にすぎないような気もしますが…)もう少しそちらも書いておきましょう。

しかし、また法案そっちのけで首相補佐官を更迭するだのなんだのやっていますが(すぐに横道それます。〔笑〕)あのような立場で、あのような発言をするのがいいのか悪いのかはともかく、あの方はまず「日本を守ることが第一である」ということをいいたいからあのような発言をされているのであり、決して「憲法はどうでもいい」という意味でいわれているのではないはずです。(それは聞いてて分かりますよね)

それなのに何で、その「憲法はどうでもいい」的な取り方をして更迭しろだのなんだのいっているんでしょう。(それだと単に人を陥れているだけのような気もしますが)

日本の運命を変えるかもしれない法案を審議中なんですから、もう少し集中されてはどうでしょうか。ただでさえ、その法案の質問が下らない質問ばかりなんですから。(少なくとも一国民である私の感想はそうです)

昨日の民主党の質問もケチをつけているだけではないですか。本当にまじめにやってほしいものです。

民主党は衆議院の時からそんな感じでしたよね。(とりあえず衆議院の時は黙って見ていようと思いましたが、あまりに質問が下らなかったので、よく見てもいませんでしたが)

どうでしょう。民主党はプラカードを掲げてデモをするのがお得意のようです。国会の外ではそのようなデモが続いているのです。また国会の中でそんなことをされてはかないません。

外に出ていって、そちらのデモに参加された方がいいのではないでしょうか。

その方が来る参院選(衆院選かもしれませんが)の票集めにはよいと思うからです。(しかし、そのデモの後に使ったプラカードをそこらに捨てていっては、そのような行為がひんしゅくを買ってかえって票を減らすかもしれません。国会ではそういうことをされたそうですが、外ではされないようお気を付けください。〔笑〕)

下らない質問ばかりでは民主党の票を減らすばかりです。国会での質問を他党に譲られた方がよいのではないでしょうか。それだけ民主党は中身がない質問が多いからです。

衆議院の時から似たような質問ばかりです。あれでは議論が深まらないし、国民にこの安保法案の意味が伝わらなかったのは、安倍総理や自民党のせいばかりではなく野党の(特に民主党の)質問がダメだったということも多いにあるのではないでしょうか。

片方のせいばかりにするのもおかしいと思うからです。

それは参議院での民主の質問を聞いていても分かります。

ケチをつけるばかりで対案など出そうともしません。この法案を潰すのはいいんですが、では、この日本の周辺事態の悪化にはどう対処するつもりなんでしょうか?

憲法改正をしろといわれますが、それでは間に合わないと判断されて安倍総理はこの法案を出されているのです。

民主は、そのようなことはほっておけばいいということでしょうか?ほっておいて本当に大丈夫なんでしょうか?日本周辺の問題だけでもです。

このように日本の周辺だけでも問題なのに、世界には問題が山積しているのです。

それに対処するための法案なのに民主は、そのようなことに対しては一言もいわず国内の事情ばかりいっているのです。(世界に影響を与える安保法案なのにです)これではあまりに的外れであるし、いっていることが共産党と変わりません。(最近は本当に民主党と共産党の区別がつかなくなりました。同じ党になった方がいいのではないでしょうか。まぎらわしいからです)

これでは話にならないでしょう。安倍総理は世界全体を見て話していられるのに、民主党は国内の事情だけをとって話しているからです。

このようなことを考えますと、民主党は本気で日本のことを考えているわけではないということが分かります。共産党と同じように単に(票がほしいだけの)ポピュリズムの塊であるということです。野党第一党がこれでは安保法案の議論が深まるわけがないのです。(見ている範囲が狭すぎるからです)

ただ、国民の声を代弁しているだけ、それでは国として成り立たないし、国民の多くは周辺事態の緊迫した状況を知りません。それに他国のこともです。

だから、そのような諸々のことを知っている国会議員が、そのようなことをすべて勘案して、この安保法案を議論しなくてはいけないのに、民主党はただ(八割の)国民の声を代弁しているにすぎないのです。

これでは議論が深まるわけもなく(国会議員と素人が議論しているのと同じですから)だから衆議院では同じような議論になり、議論が堂々巡りをして分かりにくかったのです。

結局、片方がよくても片方が悪ければどのような議論も深まらないし、周りに分かりもしないということです。

だから、今回は自民党の質問を多くしているようですが、しかし、衆議院で民主党がつけた(マスコミもかなり協力していましたが)「戦争法案」「徴兵制」などのレッテル張りの影響は大きく、この状況を挽回するのはなかなか困難な状況のようです。

しかし、国会のルールもありますが、野党第一党の質問を多くするというのも問題ですよね。こういう安保法案のような重要な法案の時には特にそう思います。このような重要な法案であるからこそ出来るだけ他党の意見を聞いて、その法案の中身をよりよくしていかないといけないからです。(もちろんよい対案でもいいのですが)

そうしないと、それこそ自衛隊員の安全はもちろんのこと戦争にまで関わることになるかもしれないからです。(逆に、これだけ重要な法案に対し、何も対案を出そうともせずただ反対しているだけとは、なんと政治家としてセンスがないと、そちらを情けなく思いますが、このような党が政権を取っていたかと思うと、改めてゾッとします)

まだ参議院での審議は始まったばかりです。これだけ重要な法案であるのです。

本当に日本のこと、国民のこと、そうして自衛隊員のことまで考えているのであれば、政治家の方々は、それを誠意を尽くした審議で見せてほしいと思います。

それが政治家としての使命であり、役割であるからです。

(しかし、片方は票を取りたいがためのポピュリズムのようなことばかりしている。もう片方は支持率を落としてでも、日本のためにこの安保法案を通そうとしているでは、どちらがよいのかはすぐに分かりそうなものですが、それが多くの人々に伝わらないのが残念です。しかし、その言葉だけに騙されて政権交代をしてしまった、あの悪夢だけは繰り返してはいけないのです)

2 コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。