>>ブログトップへ

7月 28 2015

因果応報

それにしても暑いですね。

昨日も名古屋は三十五度近くまでいったのですが、川辺に行っても、あまり暑いと魚も水面まで上がってこないようです。(水面辺りの水温が高くなっているからでしょう)呼んでも小魚も上がってこなければ魚も全然跳ねません。

この暑さで元気なのはセミやトンボくらいのようです。(暑くてすずめも今一みたいですから。〔笑〕)

今日も暑そうですが、この暑いのにどこかの会社はまたこちら側の窓を閉め切っています。(昨日は開けていたみたいですが)

ずいぶん力仕事のようですが(何せ、物を叩き付けている音がよく聞こえてきますので。〔苦笑〕)朝からこの暑さです。閉め切っていて大丈夫でしょうか?(熱中症には気を付けてください…それとも、もっと恐ろしい病気でも流行っているのでしょうか?)

昨日はうるさかったのに今日は静かですね。(今のところはですが)また何か起きたんですね。態度が全然変わっているからです。

この会社だけではありませんが、この辺りの人にいっておきます。

今も何か現れているようですが、これからはそのような現象がもっと激しく現れるそうです。(どこかの会社のようにです)

昨日も書きましたが、あまりにやっていることが人の道からはずれているからです。それでは罪をつくるばかりです。それではいけないということで、天がそのような現象をもっと激しく現されるそうです。

反省されるのであれば、早めにされた方がいいのではないでしょうか。何か現れてからでは遅いからです。

この辺りの人は昨日も書きましたが、とにかく私にはひどいことをしているのです。

この辺りの人が嫌がらせをするだけではなく、歩いていて前から小学生(中学生や高校生も同じようなものですが)のグループなど歩いてくると、まず私をバカにしていきます。(大勢だと必ず何かしてきますね。私の近くまで来ると「ガチャン」とか「バシッ」とか何か大きな音を立てます。そうして、やるだけやって最後はへらへら笑いながら歩いて行くのですから呆れます)

小学生にバカにされるのですよ。(しかもしょっちゅうです)小学生が自分の親よりも年上の者をバカにしていくのです。それがよいことでしょうか?

そうして相変わらず運転手連中はブシュブシュやっていきます。(前よりは減りましたが)

歩いていて、私の顔を見て何かしていく人はまだごまんといます。(先ほどの小学生のようなことです。やっていることは大人も子供も大して変わりません。〔苦笑〕)

私に対し、こういうことをそこらの人たちが平気でやっているのです。しかし、このような人たちは、みな私のいうことを聞いて(法)心が救われている人たちばかりなのです。(この人たちは私のことを知っているのですから、イコールそれは法も知っているということです)

心を救ってもらった人に平気で嫌がらせをしているのです。これがよいことなのでしょうか?

心を救ってもらい、知らなかったこと(神やあの世のことなど)を散々教えてもらいながら、それには感謝一つせず、噂だけ信じて(その噂がどこまで正しいのか確認もせず)一方的な嫌がらせです。

こういうことを悪いとも思わず平気でしているのです。こういう人たちをこのままにしておいてそれでよいのでしょうか?

それだとこの人たちは、平気で罪をつくり続けるということになってしまいます。それではいけないでしょう。当然ではありますが教育的指導は必要であると思います。

だから天がそれをするといわれているのです。

あまりに無反省な人が多いからです。

だから無反省な人は気を付けてください。確実にあなたに現象が現れるからです。

自分に現れないと、そのような人たちは絶対に自分が悪いとは思わないからです。自分たちに何か現れても、それでもまだ自分が悪いと理解出来ない人たちがたくさんいるのです。自分に現れなければなお分かりません。

だから天がもっと激しい現象を現すといわれているのです。そうしないと分からないからです。

これは嘘ではありません。

どこかの会社などすでにそれが始まっているのです。(始まっていますよね)妙に静かな時やら、やたらうるさい時やらやることが極端なのです。これは普通でないことが起きている証拠でしょう。だから普通でない態度を取っているのです。

そうして、どこかのマンションもまた同じで最近は妙に静かです。(急にバシバシやらなくなりました。たまにやっていますけど前よりは全然少ないです)これも何か起きている証拠でしょう。

このような人たちが何も起きていないのに静かにするわけがないからです。

それに先ほどの小学生の話でも、いくつかの場所の小学生たちは、私の顔を見ると急に逃げていくようになりました。(どこの小学生とはいいませんが)

これもまた(そのような私をバカにした小学生の中に)何か起きた証拠でしょう。何も起きていなければ、その場所の小学生が私にこのような態度を取るわけがないからです。

このように、そこかしこで何か起きているようですが、このような現象がもっと激しく現れるようです。(そのように天がいっていました)

あまりに私に対する態度が悪いのです。それも仕方がない話なのではないでしょうか。(その自覚はないのでしょうが。〔苦笑〕)

時間が過ぎれば過ぎるだけ法の世は深まっていきます。

法を説いている人への態度、もう少し改められてはどうでしょう。

(いろいろ教えてもらったのですから〔それは事実でしょう〕少しは感謝して布施くらいされたらどうですか、そうすればそのような罪も消えるからです。〔悪いことを全部私のせいにしているようですが、ずいぶん誤解もあると思います。私がそんな悪人なら奇跡が起きるわけがないですし〕少なくとも心を救ってもらい、知らないことをいろいろ教えてもらった人に嫌がらせはまずいでしょう。一銭も払わないなら、黙ってブログを読んでいればいいのです。そういう人も多いのですから。〔ちょっと嫌みですかね・笑〕どちらにしてもやってしまった罪は反省しない限り消えません。私に嫌がらせなどしている人たちは、早々に反省された方がいいでしょう。何度もいいますが何か起きてからでは遅いからです)

追伸…安保法案の議論が参議院でも始まりました。

それでテレビでも、よくこの法案のことをいっているのですが、反対なら反対で、何か他のやり方を主張されるのであればいいんですが、ただ「安保法案反対」とか「安保法案は違憲」とかいっているだけの人がいます。

あれはひどいですね。では、刻々と危うくなっている日本の周辺事態にはどう対処するつもりなんでしょうか?このような人たちは日本の外のことは絶対にいわないのです。

国内のことばかりいっているのです。国外のことをいうと自分たちの主張が通せなくなるからです。(つまり、安保法案は違憲などといっているだけでは、日本を守ることが出来ないと分かっているからです。このような人たちは、日本を守ることよりも自分たちの主張を通したいだけなのです)

このようことを、テレビに出ているコメンテーターがいうのであれば(その人たちは直接国防に関わるわけではないのですから)また適当なことをいっている、程度で済ませられるんですが、国防に関わることになる国会議員がいっているようでは、そのような議員は国会議員を辞めてもらった方がいいのではないでしょうか?

このような国会議員が多ければ、日本の守りが危うくなるからです。

ですから、昨日の民主党議員の質問には呆れましたね。自民党の議員が対案を出してくれといっているのに「そもそも憲法違反の法案。国民が求めているのは、対案ではなく廃案だ」などと堂々とのたまっているのです。

こんなのただのポピュリズムではないですか、では、日本の守りはどうするのでしょう?

一般の国民やコメンテーターがしゃべっているのではないのです。国会議員がしゃべっているのです。

日本の周辺事態の悪化に気づいている国会議員が、そこを飛ばして、平気で国民やコメンテーターと同じことをいっているのですから、こんな国会議員は普通であれば首ですよね。何度もいいますが(日本の守りなどまるで考えない)この程度の人が国会議員をやっていては国が危うくなるからです。

日本の周辺事態が悪化しているから、安倍総理は安保法案を出されたのであって、そこを無視して安保法案の議論は出来ないはずです。

しかし、堂々とその一番大事な部分を国会議員が(国会議員がですよ)無視して、この法案を廃案にしろと叫んでいるのです。これでは話にならないでしょう。

他の人たちならともかく、国会議員が一番大事な部分をはき違えてはいけないでしょう。一番大事な部分とは憲法を守ることではなく、日本を守ることであるからです。(それは即ち日本人を守ることであるからです)

だから対案を出さないといけないといっているのです。その日本を守るためには、この安保法案が一番いいのかどうか分からないからです。もっといい法案があるかもしれないからです。

それなのに、その一番大事なことを衆議院ではしてこなかったのです。(最後の方に出してきましたが)

だから、この参議院では国会議員の方々は、安保法案の論点を間違えないようにしていただきたいものです。

その論点とはもちろん、どうやったら「日本を守る」ことが出来るかです。(憲法学者やコメンテーターは国防に関わるわけではないのです。その点でいえば素人と同じです。しかし、国会議員は国防に関わっているのです。その国会議員が素人と同じことをいっているようでは、その国は滅びてしまいます。もう少しまじめにやってください)

0コメント

7月 27 2015

善因善果 悪因悪果

減らなければいけない病気が増えているのです。(伝染病など)やはりおかしいと感じるべきでしょう。

ですから、こんな病気が続けて起きるなど考えらえない(例えば癌などが)ということが、もし起きているところがあるのなら、そこはよほど神に逆らっているのです。

早々に反省されてはどうでしょうか?そのようなところは、それこそ一刻の猶予もないからです。明日にでも、そのような病気が発症するかもしれないからです。

とにかくこちらはこのブログを書くだけでも大変なのです。(他の地域の皆さん考えられますか?この辺りの人、家でブログを書いているだけで怒るのです。このパソコンのカチカチがうるさいとです。なんて小さな人たちばかりなんでしょう。それなのに、このブログを読んでいる人が多いのです。やっていることがデタラメなのです)

今日もチョコチョコじゃましてきていますが(どこかの会社なんですが)そういうことをして恐ろしくはないのでしょうか?(あれだけパニくっている人たちがです)

この辺りの人たちは、こんなことばかりしているからいいことが起きないのです。それで悪いことが起きるとそれをみな私のせいにしています。どう考えても自業自得なのではないでしょうか。

私はただ家でブログを書いているだけだからです。

それに対し、一方的にじゃましてくるのは近所の人たちの方であるからです。

それにしても、そのような生活の一体何が楽しいのでしょう。いつ悪いことが起きる分からないとビクビクしていては、何をやっても楽しくはないでしょう。

何で、そのような生活を続けているのですか?

私に嫌がらせをやめれば、そのような生活から抜けることが出来るのです。なのになぜ、それをしようとしないのでしょう。

そのよう(くだらない)意地をはればはるだけ、自分が危なくなるというのにです。

それだけ私を許せないということなのでしょうか?

しかし、何度も書いていますが、私は家でブログを書いているだけなのです。

そのブログを書く音がうるさいとか、ブログを勝手に読んで自分と意見が違うから腹が立つとか、祈って何か起こしたから悪いとか、それで嫌がらせをしているようでは、自分たちが悪いといわれても仕方ないでしょう。

それは逆恨み以外の何ものでもないからです。

パソコンの音がうるさいなど、いまや誰でもパソコンは使っているのです。(自分たちだって使っているではないですか)では、お互い様なのではないでしょうか。自分たちはもっと大きな音を出しているかもしれないからです。(というか出していますが…どこかの会社やマンションなど)

人のブログを勝手に読んで意見が違うからと怒るのもどうなのでしょう。(怒るのなら読まなければいいのだし)意見が違うのなら、自分の意見をはっきりいって、意見を戦わせればいいだけの話です。

人の祈りをどうこういうなら自分も祈ればいいでしょう。私の祈りが間違っているというなら、自分が正しい祈りをして、私の祈りの間違いを正せばいいのです。

そうすれば、どちらが正しい祈りをしているのか分かるからです。(祈りは天が聞いてくださるのです。天が依怙贔屓〔えこひいき〕をするわけがないのです。どちらが正し祈りをしているのかは祈ればすぐに分かります)

どれ一つとっても怒る意味もなければ嫌がらせをする意味もないのです。

だから、そんなことをしている方が百パーセント悪いのであり、自分たちが悪いことをしているから、自分たちに悪いことが起きるのです。

自分たちの方が悪いことをしているのですから、自分たちが反省すべきなのではないでしょうか。

どちらにしても、悪いことが起きていない私が反省する意味はまったくないでしょう。悪いことが起きないのは悪いことをしていない証拠であるからです。

このブログを読んで知らないことをずいぶん知ったと思います。では、もう少し感謝されてはどうでしょうか。

少なくともそれが人としての道であると思うからです。(本当に人の道をはずれている人が多いです)

それだけ人の道からはずれたことをしているのです。(感謝しなければいけないところを、怒ってじゃましているというのですから)天罰を食らっても、それは仕方がないのではないでしょうか。

それをいつまでも人のせいにしているから、よけい悪いことが起きてくるのです。

いろいろ教えてもらった私に少しはよいことをされたらどうでしょう。(それを否定されるのなら、もうこのブログを読むのはやめたらどうでしょう。感謝のかけらもない人がこのブログを読んでいても、よいことは起きないからです)

そうすればよいことも起きてくるからです。

よいことをすればよいことが、悪いことをすれば悪いことが起きて来るのがこの世の法則です。

いつまでもくだらない意地を張っているのではなく、自分が悪かったと反省されることです。そうすれば奇跡も起きてくるからです。

(なんか、今回は愚痴のようなブログになってしまいました。こちらの状況が状況です。〔ブログを書くのもままならないような〕そこはご容赦ください)

追伸…昨日のブログでも少し触れたのですが、安保法案に反対なら何か対案を示すべきでしょう。どちらにしても、このままアメリカの影響力が落ちてくるのなら、中国などがあちこち手を出してくるのは目に見えているからです。(というか、すでにやっていますが)

または改正案でもよいと思いますが、ただ反対しているだけなのが一番いけないでしょう。(日本の周辺事態は刻々と危なくなっているからです)

ただ私も、今のままの安保法案ではいけないとは思います。やはり自衛隊の活動範囲などきっちり決めた方がいいのではないかと思うからです。(あまりに広範囲に自衛隊が活動するのはやはりまずいでしょう。どのような偶発的な事件、事故に巻き込まれるか分からないからです。いくら同盟国とはいえ、アメリカのいいなりではまずいでしょう。自衛隊の仕事が増える分、こちらの言い分も通すべきです)

人道的援助ということは確かにありますが、基本的には自国のことは自国でしないとまずいからです。(少々の困難でよその国が出張っては、その国に生まれた人たちの使命が果たせなくなるからです。そのような苦労もその国に生まれた人たちの修行であるからです)

自衛隊の海外の活動もまた中道でないといけないのです。(そうすれば神に守られるからです)

自衛隊の皆様方が法を知って、海外で一人のけが人も出さずに奇跡を起こされれば、それこそ海外で自衛隊は神の軍団と呼ばれるようになるかもしれません。

海外で自衛隊員がそのように呼ばれるなら、法もまた世界中に知られるでしょう。

すでに法を知っている人も、自衛隊員の方々の中にはいるはずです。では、海外で愛を実践され、ぜひ、その場所で奇跡を起こしていただきたいと思っています。

そのような愛が自身を守るだけではなく、多くの人々おも神から守ってもらえる方法であるからです。

0コメント

7月 26 2015

時代遅れな人たち

昨日は暑かったですね。

三十七度を超えたところが何ヶ所もあり、名古屋の気温も三十五度を超えたようです。さすがに夜も寝苦しくて何度か目が覚めました。(いつもは扇風機を、かけっぱなしにして寝ていると朝は寒いくらいなんですが)

そういう異常な暑さのところもあれば、沖縄や奄美は台風12号の影響で大雨になっています。関東、東北などもゲリラ豪雨が凄いですし、相変わらず極端な天気が続いています。

これほど極端な天気になったのは、ここ数年のことなのですが、この数年で天気が極端になっただけではなく、インフルエンザやノロウイルス、手足口病や風疹などの疫病にかかる人もまた異常な多さとなっています。

この辺りの人たちは、悪いことを未だ私のせいにし続けていますが(昨日でも少し庭の草むしりをしているだけで、そこらじゅうから「バシッ」だの「ガチャ」だの、でかい音を立てられ嫌がらせを受けました。だから庭でも辻説法をしていました。〔笑〕)では、このような現象はなぜ起きてきたのでしょうか?

温暖化の影響ですか?

しかし、その温暖化の影響は関係ないはずの火山の噴火や地震なども増えています。このようなことまで、また無理やり、あの東日本大震災のせいにしている人がありますが(ああいう千年に一度の大災害が起きたのだから、このような異常が起きるのも仕方がないとです)科学的な根拠があるのでしょうか?(皆さん方がよくいわれるです)

何でもかんでも責任転嫁をしているだけのような気もしますが、一番不思議なことは疫病が増えているということです。

このようなインフルエンザやノロウイルスなどの伝染病は、昔のような不衛生な時代であるならともかく、これだけ衛生面をうるさいほどいわれて清潔になっている現代に(最近は何でもかんでも除菌ですから)逆に昔より流行っているというのですからおかしな話です。(インフルエンザだけではなく、ノロウイルスも数十人、数百人単位で感染しているというのですから本当に異常です)

減らないといけませんよね。このような病気になる人はです。一番減らないといけない病気なんではないですか?菌が原因の病気だからです。(最近は家庭にまで、そのような除菌効果があるエアコンやら空気清浄機やらありますし、洗剤なども除菌効果です。とにかく何から何まで除菌、除菌です)

これはどう思われるのですか?たまたま流行っているだけなのでしょうか?(それにしては多すぎます。年々そのような病気になる人が増えているというのですから)

もう責任転嫁はやめて認められてはどうでしょう。自分たちが悪いからこのようなことが起きているとです。神の心に背いているから、このようなことが起きているとです。

現に、聖書などにはこのようなことが書かれてあるではないですか。(神に逆らう人が多いと、天変地変が起こり、疫病が流行るとです)

聖書を読んでいる人は多いはずなのに、何でそのようなことを認めようとしないのでしょう。結局それは知識として聖書を知っているだけだからです。

だから、実際にその聖書に書かれてある現象が現れても、何も対処出来ないのです。頭で知っているだけだからです。心で聖書を理解していないからです。

しかし、どれだけ認めたくはなくても、聖書に書かれてあることと同じ現象が実際に現れているのです。では、聖書を読んでいる人たちならば、このような時どのように対処したらいいのかそれが分かるはずです。(神の使いに従えばいいのです。このようなことが起きる時は、必ずそのような方が現れているからです)

結局、すでに時代が変わっているのに、それをいつまでも認めようとしないからこのような不幸なことになるのです。

それは現在の安保法案を認めようとしない人たちと同じなのです。(政治家、元政治家も含めてです)

安保法案に反対している人たちは、これまで戦後七十年の間平和であったのだから、今のままでいい、だから憲法も変えなくていい、とこう考えているわけです。

たしかに、この戦後七十年はアメリカ、ソ連の冷戦時代を経て、ソ連が崩壊し、アメリカ一強の時代が続きました。そのような時代であったから日本も平和でいられたのです。(アメリカの笠の下にいられたからです)

そのアメリカ一強時代が続いているのなら、そのままでいいでしょう。

しかし、実際はここ数年の間に中国は次々に軍拡を行い(南シナ海、東シナ海など。北朝鮮の核問題などもありますし)中東は不穏な状況となり、アメリカも世界の警察をやめるといっているのです。

今はもうアメリカ一強時代ではなくなっているのです。

そのように時代が変わっているというのに、未だ、前時代の考えのままで、同じことをしていてそれでよいのでしょうか?

それではいけないでしょう。すでに時代は変わっているのです。では、それに対応できるやり方をせざるを得ないのではないですか?これまで通りのやり方を続けていては、いずれ不幸になるのは目に見えているからです。(アメリカの影響が段々減って行って、中国や北朝鮮の問題を日本一国だけで解決出来ますか?出来るわけがありません。そのような問題が起きてくる前に手を打つのは当たり前のことなのではないでしょうか。何か起きてからでは遅いからです)

だから違う対応の仕方が必要なのであり、だから安保法案が必要なのです。もちろん他のやり方でも結構ですが、それなら対案を出すべきでしょう。もう一刻の猶予もならない、そのような時に来ているからです。(だから政府は、東シナ海のガス田での中国のことを発表したのでしょうが、それを「この時期に」とか、いっているのですから驚きました。〔そこですか?とです〕今はもうなん癖つけている時ではないでしょう。軍拡を進める中国にどう対処するのか?それを一丸で考えなければいけない時であると思います)

このような現実の世界と同じで、心の世界でもすでに時代が変わっているのです。(末法の世から正法の世にです)

だから、天変地変も激しくなり、疫病も異常な流行り方をしているのです。そのような現象は時代が変わったことを教えているからです。

だから心を変えないといけないのですが、それを理解しようとせず、いつまでも責任転嫁をしています。

だから悪いことばかり起きてくるのです。

すでに心の時代が変わっているのに、いつまでも前時代の心のままでいる人が多いからです。

現実の世界同様、心の世界でも、時代が変わったのであれば、その時代に合わせた心にならなければ不幸になるのです。

それが何時まで経っても分からず、不幸になる人が続出中なのですが、どれだけそれを否定して、これまで通りでよいと言い張ったところで、現実の世界同様、心の時代も変わったのですから、その時代に合わせたやり方をしなければ、その時代に合わせられない人たちは不幸になります。

時代が変わったから起きていることを、いつまで責任転嫁しているつもりですか?(温暖化や私のせいにです)

そのような時代を読むことが出来ない人たちは、最後には不幸になるのです。

時代遅れでは幸福になどなれません。(それは、心の世界でも現実の世界でも同じです)早く時代が変わったことに気づくことです。

その時代が変わったことに気づいて、うまく対応出来た人たちだけが幸福の道を進むことが出来るからです。

0コメント

7月 25 2015

命のはかなさ

昨日はうるさかったですね。(前の会社です。今日は休みだからいいんですが)

何が起きているのか知りませんが、八つ当たりを続けていて、それでなんとかなるとでも思っているのでしょうか?

何ともならないということはもう分かっているはずなのに、それでもなおでかい音をたてています。昨日は帰り際(夜の九時ごろ帰っていったですかね)まで音をたてていたようでした。

それだけ恐ろしいことが立て続けに起きているのなら、早く他のやり方も試した方がいいでしょう。そうしないと、最後には全員にその恐ろし現象は現れるからです。

そんな騒がしい中、昨日家の犬が死にました。

一年ほど前からでしょうか、おかしな咳をしだしたので、数ヶ月前に母が犬猫病院に連れて行きました。そうしたら、心臓が悪いということで薬をもらってきていたのですが、二、三日前から咳がひどくなり、昨日、病院に母が連れて行こうとしていた時に母の腕の中で血を吐いて死んだのです。

そういうこともあったのですが、昨日は、あまりに前の会社がうるさかったものですから、家の犬が死んだのもあの会社のせいではないかと思えてきて、もう徹底的にあの会社の連中を祈ろうと思います。(私は逆恨みを散々されているのです。こちらも少しはしないといけないでしょう)

とにかく家の犬と同じ目に遭わないよう気を付けてください。(この悲しみは当分抜けないと思いますから)ずいぶん大きな罪をつくっている人も多いからです。(それが嫌なら早く詫びを入れることです)

昨日私は、その気持ちをまぎらわすように庄内川に行きました。

すると、魚たちはあまり跳ねなかったのですが、あそこにいるすずめやツバメがたくさん飛んできて、ツバメなど私の回りを鳴きながら飛び回っていました。(何羽も飛んできたので、動画に撮りました)

本当に可愛いものです。

川岸で呼びかけると、あちこちの開いている穴からカニたちも出てきて、うろちょろしていました。カニは愛想はありませんが、愛想がない分そのような態度がまたたまらなく可愛いのです。

家の犬はいなくなりましたが、家を一歩出れば、そこらじゅうの動物たちが私に愛想をふりまきます。

ということは、そこらじゅうにペットがいることと同じです。だから、そのような愛には不自由しませんが、昨日の朝までうちの犬は生きていたのです。(私は朝ちょこんと家の車庫に座っている犬を見ました)

それが昼には死んでいたのです。心臓が悪かったのですから、そういうことも仕方がないとは思いますが、そのような生き物の命とはなんとはかないものでしょう。

私は、家の犬の死を見て、改めて命のはかなさを思いました。

蓮如(れんにょ・浄土真宗中興の祖といわれた坊さんです)は「朝には紅顔ありて夕べに白骨となる」ということを書いていますが(人の生死は予知できない、世は無常であるという意味です)まさに神理だなと思います。

私たちはいつ死ぬか分からないのです。

「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」と孔子はいわれています。(人としての道を悟ることが出来たのなら、すぐに死んでも悔いはない、という意味です)

せっかく人としての正しい道が分かりかけているのです。その正しい人の道を(法)もう少し真剣に勉強されてはどうでしょう。

何度もいいますが、私たちはいつ死ぬのか分からないからです。

0コメント

7月 24 2015

一億総中流

三十年ほど前までは日本は一億総中流といわれていました。

その頃までは、大企業が中小企業に払う仕入れ単価を毎年上げてくれていたからです。(もちろん自民党の政策もありましたが)

だからお金が日本の多くの人々に回り、現実にそのような奇跡が実現したのです。(あの時は、それに不足ばかりいっていましたが、いま考えればそのような時代は、多くの人たちにお金がそれなりに回る奇跡の時代だったのです)

しかし、大企業が仕入れ単価を下げるようになってから、段々景気が悪くなりデフレとなって二極化が進んだのです。

よく考えてみれば、デフレになったのも、今のように二極化が進んだのも、もとはといえば大企業が、アメリカの合理主義とは名ばかりの超利己主義を鵜呑みにして、それを実践してしまった結果なのです。(自分たちが、下請けに対し値下げをし続けたから物価も下がり続けたのです。〔デフレ〕自分たちがつくりだしたデフレに自分たちが苦しんでいるのです。まさに因果応報です)

自民党が、これまでどれだけいろいろな政策をしても、一向に景気がよくならなかったわけです。この不況の本当の原因は大企業にあったからです。(これまではずっとデフレでした。デフレでは景気はよくならないのですから〔インフレにならないと景気はよくなりません〕やはり、この二十年間は本当に景気がよくなった時はなかったと思われます。景気がいいといわれた時期は、一部の人たちの景気がよかっただけで、それが全体の景気を押し上げていただけなのです)

先の仕事にばかり目をやるのではなく、今ある仕事も(これまで散々お世話になった人たちも)大切にされることです。

そうすればまた一億総中流という奇跡が実現するからです。

(もう前の会社がまた凄いです。〔ガンガンでかい音をたてています。腹が立ってこちらもやっています。本当にブログもまともに書けません〕また何か起きたようです。だからいったのです。私に物など持ってきても変わらないと。自分たちが反省されるか、もうその会社をたたんだ方がいいのではないでしょうか。〔ずいぶん罪をつくりましたから〕そうしなければ、その現象は止めようがないからです。怒っている場合ではないでしょう。同じことを繰り返していては同じことしか起きません。どれだけ恐ろしい現象が起きれば気がつくのでしょう。本当に哀れです)

追伸…南シナ海だけではなく東シナ海でも中国はやりたい放題です。

あの東シナ海でのガス田開発は軍事利用が目的なのは明らかでしょう。

中国はドンドン軍拡を進め、北朝鮮は長距離ミサイルの発射準備まで進めているというのに、日本国内ではまだ「憲法を守れ」といっているだけの人がたくさんいるのです。

そういう人たちがいかに現実を見ていないか、本当によく分かります。(元総理まで「命を懸けて憲法を守る」と叫んでいます。では、日本は守らなくてもよいのでしょうか?)

憲法を守っているだけで日本が守れるのでしょうか?周辺事態はどんどん変わっていっているというのにです。

この時期にとか、危機をあおっているとか、中国のためとかいろいろな見方をしていますが、そういう理屈だけで大丈夫なんでしょうか?

外交でなんとかしろといっても、その外交は口だけでするものではありません。(口だけの国のいうことをどの国が聞くのでしょう)

こちらも抑止力を待たないと、その外交もうまくいかないのです。

憲法を守れといっているだけでは日本は守れません。(現に日本の周辺事態はドンドン悪化しています)外交だけでなんとかしろといっている人たちは、では、その人たちがその外交だけでなんとかしてください。

そのような人たちが外交だけで、中国を引かせることが出来たのなら(あるいは北朝鮮の長距離ミサイルの発射を止めることでも、竹島から韓国を引かせることでもなんでもいいです)それを信じます。

何か実際にしていただかないと信じることなど出来ないでしょう。そのような方々のいっていることは、口だけかもしれないからです。

安全保障のことに口を出す人たちは、外交だけで(あるいは憲法を守るだけで)実際に平和になるというところをまず見せてください。

見せてくれて初めて、それが可能であると分かるからです。

それが出来ない間は、あまり派手な安保法案の反対デモなど慎んだ方がいいのではないでしょうか?

出来もしないことをいって、それを多くの人が信じ、その通りのことをしてしまったら、その国はもう滅ぶしかないからです。

2 コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。