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7月 23 2015

謙虚で愛ある心

関東は昨日も暑かったそうですね。しかし、九州などもの凄い雨です。

今日は全国的に雨模様のようですが東北では水不足のようです。(あまりにひどいようならいってください。いつでも祈りますから…ただし少々失敗するかもしれませんが、それはご容赦ください)

九州はあれだけの雨が降っているのに、東北は日照りが続いている、この異様な暑さやゲリラ豪雨なども含めて、本当に極端な天気が続いています。

何度もいいますが、このような極端な天気になるのは極端な心の人が多いからです。それを反省しない限りこのような天気は続きます。

釈尊がいわれた中道の心がどれだけ大事であるのか、もう少し自覚されてはどうでしょう。そのような中道の心を持つ人が増えてこない限り、この極端な天気は収まらないからです。

昨日書いた大企業の話でもそうです。

企業とはいえ、それは人の集まりなのですから、たくさん人が集まっている人たちが、その力に任せて、集まりの少ない人たちから金などを収奪していてはいけません。

毎年値下げを続けるなど収奪していることと同じでしょう。(ほとんどの大企業がそれをやっています)

企業努力の度が過ぎています。だいたい、いくら企業努力しろといったところで大企業ならともかく(大きな企業であるなら、無駄も多いだろうし、能力のある人も多いのですから、その気になればいくらでもやれるんでしょうが)中小企業では、その企業努力も限界があるのです。(一人や二人しか人を使っていないところで、どうやってそんなにドンドン無駄をはぶくことが出来ましょう。やれることなど限られているのです)

そういうところに毎年買い取り価格を値下げさせるなど、収奪しているとしか思えません。こういうことをしているから天気もよくならないし、景気もよくならないのです。

大企業より、その下請けのすそ野の方がはるかに広いからです。

そのすそ野が広い下請け企業から、大企業が毎年その利益を収奪しているのです。これでどうやって景気がよくなるというのでしょう。

大企業はいつ気づくのでしょうか?そのようなことをしているから、いつまでたっても景気がよくならないとです。大企業は自分で自分の首を絞めているのです。

だから景気をよくしたいのであれば、会社の従業員の給料だけではなく、こういう下請けの受け取り価格を上げてやればいいのです。

そうすれば、大会社の下請けだけではなく、その下請けにもお金が回って行きます。トヨタなどの大企業は、それこそ孫ひ孫の(もっと下の)下請けまでごまんといるのです。

そういう人たちまでお金が回らなければ景気はよくならないのです。では、景気をよくする一番の方法は、下請けの買い取り価格を上げることなのではないでしょうか。

日本の企業はそのような中小企業がほとんどなのですから。逆にいえば、これだけ簡単に景気をよくする方法もないわけです。

大企業から下請けにお金を流すだけで、その先の先の先までその金は流れていくからです。これ以上簡単に日本の人々に金を回す方法もないわけです。

昔は(バブルの頃くらいまでですから三十年くらい前まではでしょうか)大企業は、毎年下請けからの買い取り価格を上げてくれていたのです。(私の若い頃はそうでした。物価も上がるのだから〔私が若い頃はデフレなど考えらえませんでした。インフレで毎年物価は上がっていました〕買い取り単価も上げないと下請けもやっていけないだろうとです)

その頃までは大企業にも愛があったのです。

ところが、三十年くらい前からでしょうか、アメリカの合理主義が入ってきてからです。現在のように、大企業が毎年下請けへの買い取り単価を下げるようになったのです。(企業努力でなんとかしろとか、単価を上げていては世界競争に勝てないとかいってです)

それからではなかったでしょうか、景気が段々悪くなって、デフレになり、そうして、このような極端な天気になっていったのはです。

本当にそうだと思います。景気は、よくなったり悪くなったりしているだろうといわれる人もいるかもしれませんが、あのバブル以降、日本のすべての人が景気がいいと感じたことは一度もなかったと思います。(だから今の若い人など、景気がいいという実感がないのではないでしょうか)

あのバブル以降、日本中が景気がよくなったことはありません。一部の人が景気がいいと感じたくらいで(それもほんの少しの間だけです)ほとんどの人は景気がいいという実感はなかったのではないでしょうか。

そうして段々デフレになって行き、天気も極端になって行ったのです。(三十年以上前は、こんな極端な天気ではありませんでした。もっと穏やかな天気であったのです)

なぜ、現在のような(景気もよくならず天気も極端な)日本になってしまたのか、その原因はその三十年前にあったのです。

あのアメリカの、合理主義というのは名ばかりであった利己主義を(それも超がつくくらいのです)大企業の多くが実践してしまったからです。

それが今日のような極端な日本をつくってしまった原因であったのです。

アメリカの超利己主義を大企業が実践してしまった結果、富が極端に偏り、利益が日本全国に回らなくなり、そうなれば景気がよくなるわけもなく(富が偏った一部の人はよくなってもです)そうしてデフレとなって、そのような多くの人々の偏った心を反映するかのごとく、天気も極端に悪くなって行ったということです。

すべて、三十年前のアメリカの超利己主義を取り入れてしまった結果、日本は何から何まで悪くなってしまったのです。(それこそ天気までです)

そのような偏った心が間違っていたからです。

では、そのことを反省して、三十年前の日本が昔からやってきた愛あるやり方に変えれば、大企業だけではなく中小企業も息を吹き返すということになります。

何をするにしても、やはり昔ながらの愛や慈悲があるやり方をしないといけないのです。

そういうやり方を昔は経済界でもやっていたからです。その時は大企業だけではなく、中小企業まで儲かっていたのです。つまり多くの人が幸せであったということです。

そういう愛ある心が多くの人々を救っていたからです。

世界の(特にアジアでの)競争が激しくなったから、それも仕方ないという人もいますが、そうではないのです。

そういう愛あるやり方をしているなら、それこそ大企業だけではなく、下請けの仕事も聞いて、企業努力なり何なりお互いに協力し合って、よい製品が大量に簡単につくれるという奇跡も起きてくるのです。(つまり考えられないラッキーなことが続き、他国にも負けない製品がいくらでもつくれるということです)

しかし、今のように愛がないやり方では、大企業と中小企業が表面上だけの付き合いになり、やることも個々でバラバラになって、そうするとやることも不合理となりあまりよい品物も出来て来ないということです。

「それでも日本はよい製品をつくっているではないか」といわれる人がいるかもしれませんが、大企業と中小企業が大調和するなら、いまとは比べ物にならない、もっともっとよい商品が開発されるのです。(日本は大企業だけではなく、中小企業の技術力も凄いものがあるからです。その中小企業が大企業と組めるのであれば、どれだけよい商品が出来てくるのか分からないのです。大企業と中小企業が大調和するならそこに天の協力まで加わります。レベルの違うものが出来てくると思います)

アメリカ式の「大企業は中小企業に仕事を与えてやっている」という考え方はもうやめたらどうでしょう。

このように大きくなれたのも皆さん(中小企業)のお蔭です。今度はこちらがそのお返しをさせてもらいます式の、日本の古来からある謙虚で愛ある心を思いだされたらどうでしょう。

元々、日本で働くという意味はそのような意味であったからです。(働くとは、はた〔周り、周囲の人たちという意味です〕を楽にするという意味であるからです。つまり働くとは周りの人たちを楽にするという意味なのです)

そのような謙虚で愛ある心が日本を救うのです。

追伸…何か前の会社が急にビールなど持ってきましたが、どういうつもりでしょうか?(いつも迷惑をかけているということでです)

しかし、やっていることは変わりません。

残念ではありますが、どれだけ私に物を送っても(仮に百万、二百万とお金をもらっても)やっていることが変わらなければ(反省出来なければ)恐ろしい現象は止まらないでしょう。

早く反省されることです。それ以外、救われる道はないからです。

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7月 22 2015

愛の足りなさ

沖縄や九州は大変な雨になっているそうですね。

鹿児島も(原発再稼働で)異常な異常気象は収まるんでしょうが、異常気象までは収まりません。どちらにしても早くこの法を拡めないと、そのような異常気象を収めることは出来ないでしょう。

だって日本の人々は、法から(神の心から)程遠いことを普通にやっています。これでは異常現象は止まらないでしょう。

あの東芝の利益水増しの件でもそうです。

歴代の三社長が意地の張り合いのような形で、あのような犯罪に近いことまでやるのです。(あれはもう粉飾決算か何かで犯罪ですかね?)

日本の超一流企業でさえあれなのです。しかし、何もあのようなことをしているのは東芝だけではないでしょう。あれは氷山の一角なのではないでしょうか。

大企業の悪い噂は私もいろいろ聞いているからです。

ある大会社は、社長が代わるたびに、利益をよけいに十パーセントづつ上げなければいけないということで、社長が代わると毎回、下請けに値引きを要請するそうです。

もちろん材料が上がっていようが、どんなに不況であろうが関係なしでです。

社長が交代するたびに大幅値引きです。これなど東芝がやっていることとさほど変わらないでしょう。このようなことをしている会社は、日本の誰でも知っている大会社です。

今期は過去の最高益を更新するであろうといわれている、あのトヨタ自動車でも同じです。

従業員の給料は上げたかもしれませんが、下請けへの買取り価格は一切上げなかったそうです。トヨタは毎年下請けに値下げを要請しています。(特別それはトヨタだけではありませんが)

それを今年はしなかっただけで(今年は同じ価格でいいといわれたそうです)来年からはまた下請けへの値下げを続けるそうです。

トヨタの今期の収益は(連結ではありますが)2.8兆円ともいわれています。それほどの収益を上げても、下請けの買い取り価格を上げないというのですから、ケチとかなんとかいうレベルの話ではなく、もはや異常なのです。

しかし、このような会社はトヨタ自動車だけではないでしょう。大企業の内部留保が過去最高になったということが、その事実を物語っています。

いくら不況であったとはいえ、明らかにやりすぎでしょう。しかし大企業は、それをやりすぎだと思わないのです。

こういうことでもしないと会社を守れないと思っているのです。(ただ、自分のところさえよければいいと思っている人たちもいるのでしょうが)不況になったり事業が左前になったりしたら、会社が潰れてしまうと思っているのでしょうが(現にそのような危ない大企業がありますから)そうではないのです。利益は分配しないといけないのです。

その利益の分配が愛であるからです。

そのような愛を巡回させるなら、例え苦しくなってもその愛が今度は自分たちに返ってきます。

そうして、その会社は(人に恵まれたり、仕事に恵まれたりして)いろいろな奇跡が起き救われていくことになるのです。(利益をためないと、いざとなったら会社が危なくなると思っている人が多いのでしょうが、逆なのです。たしかに、ある程度の利益はためておかないといけませんが、必要以上に利益をためると周りから恨みを買います。その恨みの念の方がよほど会社を危うくするのです)

東芝ばかりが問題になっていますが、それと似たような愛のない会社はたくさんあるということです。(結局、愛のない会社は今はよくても最後には滅びるのです。どこかの会社もそうですが、その愛のなさが会社を〔自分たちを〕滅ぼすからです)

超一流の企業とはいっても、それはただ金儲けがうまくて(あるいはごり押しが強くて)外見が立派なだけで、あまりに愛がないのです。

現在の日本は、こういう会社が一流企業といわれるのです。これでは天も怒るでしょう。

だから法を拡げないといけないといっているのです。

大会社とはいえ、最初からその会社は大会社であったわけではなく、その大会社になるまでには(自分たちの努力や従業員だけではなく)多くの下請けの人たちにお世話になったはずです。

そういう人たちの協力があって、初めて大会社になれたのに、大きくなったらとたんに下請けに世話になった恩など忘れたかのように、値下げ、値下げでは、あまりに愛がないといわざるをえないでしょう。

その大会社が赤字であるなら、それは値下げも仕方がないかもしれませんが、赤字でもないのに毎年値下げさせ(世界戦略の名のもとにです)どれだけ利益を上げても値上げをしないでは、それはまともな企業の(まともな人間の)やることではないでしょう。

こういう会社はブラック企業とはいわないのでしょうか?

ブラック企業の対象は何も従業員ばかりではありません。下請けに対する過度な値下げも対象になるのではないでしょうか。その下請けの人たちにも生活があるからです。

いずれにしても、現在の日本社会はあまりに愛が足りないのです。これでは(天も怒り)異常気象にもなります。

この異常な現象を止めるには、日本の隅々にまで愛をいきわたらせるしかないのです。

それにはこの法を実践するしかありません。

この法の価値をもう少し理解されてはどうでしょうか。

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7月 21 2015

あわて者

昨日は名古屋城に行ってきました。

あの名古屋城のお堀に巨大魚がいるとニュースでやっていたからです。(何か外来魚が〔雷魚か何かでしょうか?〕異常に育ったとかなんとかニュースではいっていました)

その巨大魚を動画で撮りたかったのですが、残念ではありますが、巨大魚を動画に撮ることは出来ませんでした。(何匹か跳ねた魚がいたのですが、その中に大きな魚がいたように感じましたがよく分かりませんでした)

巨大魚は撮ることが出来ませんでしたが、久しぶりにあそこにいる鯉たちやすずめたちや白鳥を見てきました。

みな私のことをよく覚えているようでした。(あの無愛想な白鳥まで寄って来ましたから)

その帰りのことです。

名古屋駅からあおなみ線で家の近くまで帰りますので、名古屋城から名古屋駅まで歩こうと思ってテクテク歩いていたのです。

あおなみ線の乗り場は名古屋駅の裏の方ですので、名古屋駅の駅裏に行く道を歩いていました。

名古屋駅の駅裏はマンションか何かつくっているのか、そこらじゅうで工事をしています。(幸福の科学の支部もつくっています)

その、そこらじゅうで工事をしている道を通っていると、その工事現場のあちこちからガンガンでかい音が響いてきました。それまでは音などさせていなかったところまで、でかい音がしてきたのです。

私が歩いていることを、その工事現場の人たちが気づいたからです。(バスとかブシュブシュやって行きますので、そりゃ気づくでしょうが)

そこで工事をしている連中が、みな私に向かい嫌がらせをしているようでした。(特別、その連中だけではなく、歩いて来る人も皆そう思っているようでした。凄い顔をして見ていく人や何か嫌がらせをしていく人は大勢いたからです…ほんと大人気です。〔苦笑〕)

仕方がないので、そこでまた大きな声で辻説法をしました。私の辻説法を聞いて、急に静かになる現場もあれば、どれだけ私の話を聞いても絶対に自分の間違いを認めない(つまりガンガンやりっぱなしの)現場もありました。(こういうところでも心の高低が分かります。心の高い人が多いところは静かになりますが、心の低い人が多いところはどれだけ正論をいっても聞かないのです。心が低いため、その正論をすぐに認めることが出来ないからです)

それにしても、こういう人たちは単に噂だけ聞いて勝手に人を悪者と決めつけ、一方的に嫌がらせをしているのです。

相手の意見を、少しも聞かないような態度が正しいことなのでしょうか?

この一点だけ見ても、どちらが正しくてどちらが間違っているのかよく分かります。

こういうあわて者が多いから名古屋は天罰ばかり下されているのです。(その天罰まで私のせいにされていますが)

しかし、一般市民にあわて者が多いというのはまだ分かりますが、高名な学者や研究者にあわて者が多いとなるとこれは問題です。

国の存続まで危なくなるからです。

昨日、学者百五十人が、安保法案は違憲であり廃案にするまで戦うという記者会見を行っていました。(賛同者の学者、研究者が一万人ほどいるそうです)

この人たち、安保法案の意味をよく分かってやっているのでしょうか?

安保法案を廃案にするならするで結構ですが、では、日本をどうやって守るのでしょうか?それを教えてほしいものです。

高名で優秀な学者の先生ばかりがお集まりなのです。

そうであるなら日本だけではなく、世界を一変に平和に出来る、そのような策も持ち合わせていられると思いますが、あのような大々的な記者会見を行われるのであれば、ただ「安保法案を廃案にする」だけを強調するのではなく、そのような策も一緒に発表してくださらないと我々一般市民は不安になります。

今日にでも結構です。そのような策を全世界に向かって発表してください。そうすれば私も安保法案に反対するからです。

まさかとは思いますが、そのような対案もまったくなく、あのような記者会見が行われたわけではないでしょうね。(それだと単にバカの集まりのように思われてしまいます。優秀な学者先生方が行われた会見だけによけいそう思われます)

とりあえず、現在、尖閣諸島辺りでは中国船が頻繁に領海侵犯を行っています。これをすぐにやめさせる方法や韓国を竹島から追い出す方法、ロシアから北方領土を取り返す方法くらい教えていただけないでしょうか。(いきなり世界を一変に平和にする方法を聞くのも厚かましいと思いますから)

そのような会見をすぐにでも行ってください。そうすれば多くの国民が安心するからです。(優秀な学者先生方が多数お集まりなのです。さぞ平和的な解決方法をお持ちなのでしょう。楽しみです)

いつ頃、その会見をやっていただけるのですか?テレビで発表してください…などと書いても絶対そんな発表は行われないでしょうね。

そんな策など、あの会見に参加された学者の誰も持ち合わせてはいないからです。

この人たちは、安保法案は憲法違反だの、戦争法案だの、そんなことばかりに文句をいいますが、日本はこうやったら守れるとは一言もいわないのです。

なぜ、いわないのか?

このような学者連中は日本を守ることよりも、憲法を守ることの方が大事であるからです。というより、学者の性(さが)なのかもしれませんが、国を守ることより文書を守ることの方がよほど大事なのです。(あまり国を守るという概念がないのではないでしょうか)

だから現実をまったく見ようとせず、平気で一般市民(あるいは共産主義者)と同じようなことをいうのです。

しかし、こういう高名で優秀な方々が、一般市民と同じようなこといっていてはダメでしょう。この安保法案を廃案にするならするで結構ですが、そうであるなら、今ある日本の問題点(先ほどいった、中、韓、ロなどの問題です)を解決できる方法をいわないといけないのであり、それをいわなければ国に対し、そうして国民に対し、あまりに無責任なのではないでしょうか。

そのような責任は当然、学者先生方にはあると思うからです。(そのように高名で優秀になれたのも、国からの補助金のお蔭であるからです。それは国民の税金であるからです)

このような観点からいいますと、あのような優秀な学者先生方が、昨日のような記者会見しかしない場合、マスコミが大々的に報道するのはおかしいと思うのですが(世を惑わす元です)いかがでしょうか。(あのような優秀な学者が勢ぞろいして、昨日の記者会見の内容程度では報道する価値はないと思います。あれでは何のために補助金を与えているのか意味が分かりません。〔一般市民と同じこといってるんですから〕税金ドロボーと苦情が来るのではないでしょうか)

優秀な学者先生たちがたくさん集まっているのなら、それにふさわしい記者会見をしていただきたいものです。

単に安保法案を廃案にしたところで、それで日本の平和が保たれるわけではないのです。優秀な方々が揃っているのであれば、日本を守ることが出来る、世界を真に平和に出来る、そのような方法も馳せていわなければ、大々的な記者会見を行う意味などないのです。

学者の方々は、一つのことを深く見るのには長けていますが、広く見るということは苦手なのではないでしょうか。(だから神を認めないのです)

広く見ることが出来なければ、安全保障の分野に口を出すということは大変危険なことなのです。(広い範囲でやることがたくさんあるからです)

一般市民と同じことをしているのではなく、学者なら学者の観点から、今の日本を、世界を、真に平和に出来る道を研究されたらどうでしょう。

それが学者の本道であるからです。

(そういう平和への研究も必要でしょう。今の時点で世界平和など夢のまた夢なのですから)

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7月 20 2015

天の計画

関東は梅雨も明けて、今日にも東海地方は梅雨明けではないかといわれています。またこれから暑い日が続くのですね。

暑いのは嫌いではありませんが、最近の暑さは異常です。これだけ暑くなるとさすがに応えますね。

しかし、今日は海の日です。これからの暑さを考えますと海に行くには最高でしょうね。

私は、その海に行って(別に海水浴で行ったわけではありませんが)いろいろ不思議なことが起きました。

砂浜にいると、たくさんの鳥が飛んできていたこともありますし、カラスやトビが近くまで飛んできて、そのカラスとトビが(砂浜に死んでいた)魚の取り合いでケンカをしていたこともあります。(一応動画には撮ってあります)

ふと見ると、先ほどまで何もなかった砂浜にたくさんのマテ貝が(多分マテ貝だと思います)頭を出していたこともあります。

たくさんの魚が飛び跳ねたこともありますが、この前名古屋港に行くとまったく魚が跳ねませんでした。

やはり魚が飛び跳ねるのが普通ではなく、そのようないろいろなことが起きることが奇跡であるのだなと改めて思います。

川に行けば川に行ったで、小魚がたくさん寄って来たり、大きな魚が何度も跳ねたり、あるいは何もない川岸に声をかけると、小さなカニがたくさん出てきて(その川岸にはたくさん穴が開いているのですが、その穴がカニの住処で、私が「オイ元気か」と声をかけると、その穴からたくさんの子ガニが出てくるのです)はさみを上げたり下げてりして、よく意味の分からないことをやっています。(笑)

川岸を歩いていて、数えきれないほどの数のカニが出てきたこともあれば、数百羽の鵜を見たこともあります。

歩いていて、たくさんのすずめやムクドリ、鳩などにかまわれることはしょっちゅうです。(今の時期はツバメも飛んできます。そういえばもう七月ですが、この辺りはツバメはまだたくさんいます。最近のツバメはいなくなるのがずいぶん遅くなりました。〔笑〕)

一昨日など、たくさんの赤トンボが私の近くに飛んで来て飛び回っていました。亀やコウモリが近くまで来ることもよくあります。(そういえばコウモリは三月~四月にはよく見ましたが、最近は見ません。ソロソロまた出てくるのではないでしょうか)

このようなことを思うと、最近は奇跡の連続で一、二年前とは周りに起きることが劇的に変わりました。

そうして、相変わらず、この法の流布をじゃましたり、私に嫌がらせしたりしている人たちには災いが相次いでいるようです。(最近は激しさを増しているようですが)

昨日も書きましたが、これだけ起きていることが違うのです。自分たちがやっていることが間違っているといい加減認められてはどうでしょうか?

そうして反省し、私に協力されてはどうでしょう。そうすれば私と同じ奇跡を体験することになるからです。

昨日またあることを天から教えらえました。

そうしてそれを実行しないといけないそうです。(それが何かはいえませんが)そうであるならば、多分、私の周りに起きてくる現象はこれからはもっと激しさを増すでしょう。

この天から教えられたことは、大勢の人たちが立ち上がらないと出来ないことであるからです。

世界中の多くの人たちが、法に目覚めて初めて実現できることであるからです。

そうであるなら、もっと大きな奇跡が現れないと世界の人は法に気づかないのであるし、日本だけではなく、今度は世界で、その法の奇跡を現す人が出て来ないと、この法を世界の人が信じることは出来ないのであるし、世界で法の奇跡を現すためには、世界に法を伝えないといけないということになります。

もう天では日本だけではなく、世界に法を拡げる、そのような計画が進んでいるようです。

天を見上げれば大きな空がどこまでも広がっているのです。この大宇宙は無限に広いのです。それを思うと、自分たちのことだけしか考えていない、そのような心がいかに小さいかお分かりいただけると思います。

いつまで自分の小さな殻の中に閉じこもっているのですか?

天の計画は着々と進んでいるというのにです。

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7月 19 2015

法を拡げようとしない罪

毎日何か起きているようですね。どこかの会社です。(もうキレキレですのでよく分かります)

しかし、それでも反省しようとしません。それどころか意地になってじゃまや嫌がらせを続けています。(末期的症状ですね)

では、ソロソロ終わりも近いのではないでしょうか。どこかで天は、そのような判断をされることになるからです。

ずいぶん恐ろしいことが起きているように感じますが(どこかのマンションなど急に静かになりましたし)それだけこのブログの書くのをじゃまする、法を説いている人に嫌がらせをするということはいけないことなのです。(だってこのブログには、心が救われる方法から過去の歴史の間違いや現代の常識のおかしさ、聖者といわれる人たちの起こされた奇跡の正しさ、その奇跡の起こし方から聖者といわれた人たちが説かれた本当の神の教え、天変地変を収める方法まで、ありとあらゆることを事細かにいろいろな例を出して書いているのです。ただのブログではありません。そのブログを書くことをじゃましているのです。そのような行為がどれほどの罪となるのか分からないくらいです)

だから悪いことが起きても仕方ない部分があるのです。悪いことが起きるのは、その悪いことが起きている人が悪いことをしているから起きるのです。それを反省出来ないというのであれば、最悪、死ぬ(あの世に引き上げられる)ということも起きてきます。

別にそれは人のせいでも、ひどいことでもなんでもありません。

この世の修行とは、そのようなものだからです。ただこれまでは、そのようなことを知らなかった(そのようなことが偶然とか、たまたまとか思っていただけだった)ただそれだけのことだからです。

この辺りの人たちは、そのようなことが偶然ではないと分かりかけてきた、だからそれを私のせいにしているのです。これまでそのようなことをすべて責任転嫁してきた(あるいは偶然とかたまたまそうなったとごまかしてきた)そのような心癖がなかなか抜けないからです。

だから私のせいにしているのです。自分たちに悪いことが起きたのは自分のせいとは死んでも認めたくないからです。

しかし、それを認める認めないは本人の自由ですが、ここに正しいことが書かれてあるから、それを書いている私には釈尊やキリスト、過去聖者といわれている人たちと同じ奇跡が起きているのだし、それを認めようとしない人たちには災いが起きているのです。

これ以上の正しさ、間違いの証明もないのではないでしょうか。目に見える形で、善悪がはっきり現れているからです。

その起きている悪いことを、全部私のせいにしているようですが(お前が祈って人を不幸にしていると)そのように思っている人に、それが正しいという証明は何一つ起きないのです。(そういう人には何の奇跡も起きていません。それとも何か起きていますか?)

それでは正しいかどうか分からないし、そのようにいう人は口だけなのではないでしょうか。(実際正しいことを、その人は人を悪くいえるほどやっているのでしょうか?正しいことを、それほどやっているのなら奇跡が起きて来ないといけないからです)

私が先週このブログに、やたらと口だけということを書きましたが、そのような口だけの人がこの辺りにも多いと思っているからです。

口だけの人では結局幸せになれません。(仮にこの世をうまく渡り切ったとしても、あの世に帰れば地獄行きなのです)

釈尊やキリストと同じ奇跡が起きている者を信じられてはどうでしょう。その者が嘘などつけば、一変でそのような奇跡は起きなくなるのです。その者が奇跡が起き続けているということは、これ以上その者がいっていることが正しいという証明もないからです。

私がそこらを歩けば、鳥たちが大騒ぎです。また川など行って呼びかけると魚たちが寄って来るのです。このような癒される現象もありません。(本当に漫画の中の世界のようですが、実際にそのようなことが起きているのです。そういう現象を見ているだけで楽しいですよ)

また、災いを忌み嫌う人も多いのですが、この災いが例えば、ストーカーなどに起きたらどうでしょう。あるいは人をいじめている人たちに起きたらどうでしょう。(人をいじめている人たちには実際起きているんですけどね。〔苦笑〕)

そういう悪いことをしている人たちに悪いことが起きたら、その悪いことをしている人たちへの反省を促せます。(悪いことをしているから悪いことが起きるのだとです)反省を促せるのであれば、そのようなことをやめる人もたくさん出てくるからです。

そうなればストーカー殺人やいじめられての自殺もなくなるのです。

ストーカーに殺される人や、この前あったばかりですがいじめを苦に自殺する人もいなくなるのです。そういう悲しい事件がなくなるのですから、これ以上よいこともないわけです。

こういう問題は、こうしたらいい、ああしたらいいと様々な意見が出るのですが、しかし、しっかりした解決策は出てきません。

結局、そのようなことは個人的な心の問題だからです。

その個人の心を外部からどうこうしたところで、なかなか変えるのは難しいからです。(例えば、ストーカー事件など警察などが出てきても、その場は収まるかもしれませんが、そのようにされた方はまず逆恨みをします。それで相手を殺してしまったという話はよく聞きます)

しかし「悪いことをしたら罰が当たる」

こういうことが現実に起きて、そうしてそのことが天罰だと起きた本人に分かれば、そのような悪いことが起きた人は百パーセント反省するのです。

なぜなら、人は誰でも小さな時に、悪いことをすれば、悪いことが起きるとみな教えられているからです。

その天罰は、自らが悪いことをしたから、天が自らに下した罰であると、人を恨むことなく自ら納得するからです。(つまり逆恨みもなくなるということです)

そんなことこの辺りでは普通に起きています。あとはこの辺りの人がそれを天罰と認めるだけなのですが、この辺りの人はそれをいつまでも認めようとしないのです。

しかし、この辺りの多くの人がこの法を認め、起きていることを天罰と認めて、この教えが全国に拡がるなら、このような犯罪まで減らすことが出来るのです。

結局、本当の神の教えを拡げるということは、これまで解決できなかった問題が解決できるということなのです。(このような犯罪だけではなく、天変地変までもです)

法の流布をじゃますることがどれだけ大きな罪となるのか、また、どれだけもったいないことなのか、お分かりいただけると思います。

法を知っている人たちが、モタモタしていればしているだけ不幸が増えるのです。

法の流布をじゃまする罪も大きいのですが、知っていてもそれを拡げようとしない罪もまた大きいといわざるを得ません。

昨日も書きましたが、このブログを読んでいる人たちが、少し協力してくれるだけで、状況は一変します。(鹿児島を見てもらうだけでもそれは分かるのではないでしょうか)

ただ読んでいるだけではなく、少しのご協力でけっこうです。してもらえないのでしょうか?

多くの人が少し動いてもらえるだけで、日本を変えることくらい出来るからです。

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