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6月 06 2015

日本の人々の不徳

北海道(上富良野町)で雪が降ったそうですね。(積雪五センチだそうです)

いくら北海道とはいえこの時期に雪が降りますか?(もう夏ですよ)

前に書きましたが、江戸時代の天保の大飢饉(1833~1839年)の時には稲刈りの時期に雪が降ったといわれます。

現在の異常気象は、江戸時代の四大飢饉が起きた時に匹敵するのではないでしょうか。

というより、それ以上ですよね。プラス火山の噴火はある、地震は起きるです。異常気象でも、今年は異常な寒さと大雪から始まり、千葉県でも史上最も遅い積雪を記録し、記録的寒さが続いていると(四月の異常な日照不足もありましたし)思いきや、五月は異常な高温が続き(観測史上最高が続出しました)そうして今月は大雨に雪です。

異常に寒かったと思ったら、異常に暑くなり、また寒くなって激しいカミナリや大雨も降っています。

この極端で激しい天気、一体日本に何が起きているんでしょうか?

これだけ短期間に異常なことが起きているんですから、普通であれば(昔の人であれば)少しは、自分たちにもどこか悪いところがあるのではないかと反省もしたんでしょうが、現在の日本の人々は、そういう反省などまったくしようともせずに(地球温暖化などに)全部責任転嫁しています。

それどころか何かもう異常なことが起きても、逆にこのような状況になれてしまい、そういう時もある、程度で済ましてしまって、それ以上の考えを持たなくなってしまっているような気配さえあります。

これは危険な考えです。

それではもう何を起こしても反省しようとしない人ばかりになり、そうなると天はいよいよ見せしめにどこかの国を潰すということも起きかねません。(そうなると日本が一番やばいです)

世界的に見ても、次々に異常現象が現されているのです。もう少し真剣に今の異常な状況を考えた方がいいのではないでしょうか。

昨日でもマレーシアで大きな地震が起きましたが、このようなことを地球温暖化のせいと一括りにはもうできないのではないでしょうか。(地震や火山の噴火は温暖化とは関係ありませんし)

明らかに、世界で起きている現象の異常さが増しているからです。(この前の中国の客船の事故なども含めてです。最近は一変に人がいなくなる、事件や事故が多発しているのです)

これまで、これだけ多くの異常気象や一変に人がいなくなる事件や事故など、集中して起きたことがあったでしょうか?(大雨や大雪、火山の噴火や地震などの異常現象はもちろんですが、中国、韓国の客船の事故やマレーシアの飛行機事故など、次々に多くの人が一変でいなくなる事件が続けて起きています。自然現象にせよ、人が起こす事件にせよ、一変で人がいなくなる同じようなことが集中して起きすぎているのです)

二十世紀の心(末法の心)のままでは二十一世紀は生きられない、これからは一変で人がいなくなる、など、ここに書いた通りのことが日本だけではなく世界で起き始めているのです。

ここに書いていることはもう『予言』といっても差支えないのではないですか?書いた通りのことがすでに何度も起きているからです。

もう末法の心では生きられないのです。正法の心にならなければこの時代、生きることは困難なのです。

ここに書いたことが次々に起きていることや、私と私の周りの人で起きていることのあまりの違いが、私のいっていることの正しさを物語っているのではないでしょうか。

これほど異常なことが起きている世の中にあっても、それでも私の周りでは常に奇跡が起きているのです。

静かな川に私が呼びかけると、一斉に小魚が上がってきたり、魚が飛び跳ねたりするのです。私が歩いているだけで、そこらじゅうの鳥たちが騒ぎ、近くに飛んでくるのです。

これだけの奇跡が起きるのは、釈尊やキリスト、そのような神からの使者が現れた時以来なのではないですか?(誰か起きますか?このようなことがです)

そういう奇跡が起きている者に、嫌がらせをしている人たちがいますが、そのような人たちには災いが起きているのです。

これもまた、その者が神からの使者の証拠なのではないでしょうか。普通の人に嫌がらせをしたくらいで、そのような災いは現れないからです。

これだけのことが起きているのですから、そうであるなら、これだけのことが起きている者のいうことは聞いた方がいいのではないでしょうか?その者のいう通りのことが何度も起きているからです。

普通であれば、こういうことが起きている者に嫌がらせなどもってのほかなのですが、日本の人たちは未だ、その者のいうことを聞こうともせず、嫌がらせをやめようともしません。やっていることが危なすぎませんか?

日本の人々は、あまりに危ないことをやり続けているのですが(それで不幸になっている人はたくさんいますが)「唯物無神論」という間違った思想が芯まで入っているのでしょう。

その思想がなかなか抜けないため、その者を神の使者とは認めず、ぞんざいに扱ってもどうということはないと思っているのです。

これほどの現象が現れていてもです。

それでもそのような現実を認めようとしないのです。心の奥にまだ「唯物無神論」という神を軽く見る心が残っているからです。(だから、神からの使者も軽く見てしまうのです。神の存在を認めないからです)

しかし、本物の神の使者が現れた時には、そのような人をぞんざいに扱ってはいけないのです。それは自分たちだけではなく、自分たちの国が、そうして世界中の国が不幸になるからです。

そのような世界を救うという大きな使命が、その人にはあるからです。(それは釈尊やキリストを知ってもらえれば分かると思います。釈尊やキリストが説かれた法〔正法、福音〕が世界を救ったのです)

認めたくはないのでしょうが、認めざるを得ないのではないでしょうか。起きていることがあまりに違うからです。

日本の人々が、神の使者を神の使者と認めようとしないため、世界中が不幸になるつつあります。

いい加減、いま起きている(世界的な)異常現象に真剣に目を向けてはどうでしょう。この異常現象は、すべて日本の人々が神からの使者を認めようとせず、無視している結果起きていることなのですから。

現在世界中で起きている災いは、日本の人々の不徳の致すところ以外の何ものでもないのですから。

それに気づいた人から始められてどうでしょう。そうしなければ世界を救うことは出来ないからです。

(もうここに書いていることは笑い事ではないと思うんですが。最近はあまりに起きていることが異様であるからです)

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6月 05 2015

傲慢(ごうまん)

あの、あちこちの寺や神社に油をまいた犯人は、ある宗教団体の創立者であったそうですが、そういうおかしな人が創立者の宗教団体でも、百人くらいの信者が集まっているそうです。

オウム真理教の後継団体にも人が集まるくらいですから、神と名のつくものに集まってくる人は多いようです。

しかし、そのような偽の神を信仰しているところには人はよく集まるのに、何で本物の神の教えを説いているところには集まらないのでしょう。協力してくれる人もごくわずかです。

協力どころかじゃまする人がほとんどというのですから、それは天罰も下るでしょう。

どこかの会社も凄まじいことが起きているようですが(次々に何か起きているようですが)それでも態度を変えようとしません。

神を畏れる心も謙虚さもないようです。本当に恐ろしいことです。(この人たちが死んだ後、どういう世界に堕ちて行かなければいけないか、考えただけでもゾッとします)

しかし、それはこの会社だけではないでしょう。そのような傲慢な人が多いようです。何しろ自分が悪いと分かってきても、それをしっかり認める人もいなければ、それで私に「悪いことをした」と思う人もいないようだからです。

誰一人私に謝ろうとしない、それが神も畏れなければ謙虚さもない、傲慢な人たちが多い何よりの証拠でしょう。

それでは恐ろしい現象が現れても当然ではないでしょうか。その人たちは大変な間違いをしているからです。

人は神に対し畏れを持たなければいけないし、自分が悪かったと分かれば、そのことを反省し迷惑をかけた人に詫びを入れるのは当然のことでしょう。

そういう人として当然のことさえできない(やろうともしない)これを傲慢といわずして、他にどういういい方があるのでしょうか。

こういう人たちを正しい人とはいわないのです。

そのような傲慢な人だから天罰を食らうのですが、その天罰さえ人のせいにしています。これでは救いようがないですね。(苦笑)

一昨日でしたか、私は庄内川に行きました。

川岸をブラブラ歩いているだけでしたが、川のところどころで小魚の集団が顔を出していました。

その日は、あまり川に向かって声をかけたわけではありませんが(昨日は堀川に行きましたが、もうあまり川に声をかけないことにしました。私があまり声をかけると多くの小魚が水面に上がってくるからです。その上がってくる小魚の数が半端ないからです)それでも、私が歩いて行くと、歩いて行く先の川の中から小魚の集団が顔を出していて、少し声をかけただけで嬉しそうに泳ぎ回っていました。

その小魚とは別に少し沖の方では、大きな魚があちこちで跳ねています。私について来ている大きな鯉もいて、その鯉が時々、小魚の向こう側でガボッと顔を出したり、体を出したり、跳ねたりしています。

川の中だけでも、そのような大小の魚にかまわれまくっているのに、川の外では、すずめやツバメ、カラスや鳩、ムクドリ、それにカワセミのような鳥まで私の回りに飛んで来て可愛いものです。(あまり魚ばかり相手をしていると「こっちも見てよ」といわんばかりに鳴きながら飛んで行くのもいます。本当に可愛いものです)

昨日など、私のすぐ横にツバメが下りてきました。(二メートルくらいはなれていたでしょうか)

すずめや鳩ではなくツバメがですよ。ツバメが人がいるすぐ近くの地面まで下りてくるのです。考えられますか?

私は、電線などにとまるツバメは見ますが(それでもツバメを見るのは飛んでいるのがほとんどですが)人のすぐそばに下りて来たツバメは初めてみました。

というか、このくらい近くでツバメをマジマジと見るのは初めてでした。(電線にとまっているツバメでも、四~五メートルは離れていますからね。ツバメの巣なんてあまり見たことないですし)

そのツバメは、私の近くに下りてくると、最初は私の方を見ていましたが、そのうちに地面をつつき始めて何か食べているようでした。

何か、そのようなツバメの姿が可愛らしくて仕方ありませんでした。

こういう愛ある現象が、私の回りにはあふれているのですが、その反面、愛のない現象もまたあふれています。

人がかかわるのと、動物がかかわるのとでは何でこうも違うのか呆れますが(というか、人のあまりの愛のなさに呆れているんですが)その人に愛があるのか、ないのか(多いのか少ないのか)人には分からないようですが、動物たちにはよく分かるようです。

動物でさえ分かることを人間が分からなくて恥ずかしくはありませんか?

また、動物たちでも自分が悪いと思ったら、それなりの態度をとります。(自分が悪かったという態度をです)それなのに、自分が悪いと思っても、それを認めようともせず居直った態度を取り続けていて、それもまた恥ずかしいとは思わないのでしょうか?

動物たちでさえ出来ることが人間に出来ない、これでは天が怒るのも無理のない話でしょう。その天から怒られている人たちが、それに気づこうともせず、責任転嫁して平気でいられるというのですから、先ほどから何度も書いていますように、これほど傲慢な人たちもいないと思うわけです。

普通に愛のある(動物の愛など普通の愛でしかありません。決して人間ほどの深い愛を持っているわけではないのです)動物たちには、天の声がよく聞こえていて人には天の声がまるで聞こえていないようです。

天の声が聞こえない人たちは、それでは動物たちほどの愛も持ち合わせていないということになります。普通の愛の心さえ持っているなら、天の声は聞こえるはずだからです。(動物たちがいい例です)

愛あるところに奇跡は起きます。

なぜ現在の多くの人の周りには奇跡ではなく、災いが起きているのでしょう。

その理由をもう少し真剣に考えられてはどうでしょうか。

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6月 04 2015

異常現象を止めるには

昨日は久しぶりに全国的に雨となったのですが、四国や中国、近畿地方でも梅雨入りしたそうですね。(やはり例年より早かったですね)

しかし、すでに梅雨入りしている九州や北海道は大雨となったようです。

北海道はひどいカミナリ、九州は大雨で土砂崩れまで起こり孤立している集落もあるとか。北海道は地震(釧路で震度5)もありましたし、口永良部島や鹿児島の桜島の噴火などもまだ収まっていません。

火山の噴火に地震、これに大雨が加わるとなるとますます危ないですね。

特に北海道と九州はやばいですね。次々に異常現象が現れています。前から書いていますが、北海道の泊原発と鹿児島の川内原発を早く動かされてはどうでしょう。

そうすれば、この北海道と九州に次々に起きる異常現象も少しは収まると思うからです。

再稼働の議論や原発の賛否の議論など何時でもできます。とりあえず動かしましょう。そうしないと、北海道や九州の異常現象はひどくはなっても収まることはないからです。

なんで原発と異常気象が関係あるのか?という現実しか見ない末法の理論はとりあえずおいておきましょう。(もうこちらは何度も説明していますし)

北海道や九州の被害を、これ以上だしたくないからいっているのです。一刻も早く原発を動かしてください。

また、脱原発の人たちが(順序が逆だのなんだの)四の五のいうようなら、では、その人たちは今の日本の異常気象を止める手立てがあるのですか?(ないでしょうね。自然のことは仕方ないで済ますでしょう)

ないのであれば、とりあえず黙ってください。原発を動かすのであれば、この異常現象も少しは収まると思うからです。

あまり突っ張って頑なに原発を動かすのをじゃますれば、北海道や九州ばかりではなく、それこそ関東にも大地震が起きかねないのです。(茨木のことをお忘れなく)

太陽光や風力発電など、脱原発を進めているところに災いは起きる、私はこのようなことをもう何年も前から何度もこのブログに書いています。

そうして、現にその通りのことが起きているではないですか。(北海道や九州は太陽光、地震の巣といわれる茨木南部は風力発電です)

自然のことは仕方がない、などといっている人たちは、とりあえず黙ってください。私はその自然のコントロールの仕方を知っているからです。(釈尊の正法を知っているなら誰でも分かることなんですけどね。こんなことは)

法を全国にすぐ拡げろといったところで、そんなことはすぐに出来る話ではありません。では、それ以外で、現在の日本に起きている災いを減らせる方法は、とりあえず原発を動かすことです。

それをすれば天の怒りも少しは収まるからです。(原発を発展させる、というのが、日本の一つの使命だからです)

早く原発を動かしてください。それ以外に現在の日本の異常現象を(とりあえずですが)収める手立てはないのです。

(昨日、賛助会員になってくださるという方から連絡をもらいました。こういう人が増えてくることが日本の異常現象を止める一番の方法ではあるのですが。〔苦笑〕)

追伸…年金情報が外部に流出したということで、いま大騒ぎになっていますが、では、これから始まるマイナンバー制は大丈夫なのか、とこれもまた騒ぎになっています。

私は前からいっていますが、マイナンバーも当然流出するでしょう。

それはすでに、そのような制度があるアメリカや韓国など見ても明らかです。最初はよくても必ずどこかで流出はするでしょう。パソコンのウィルスなど、どれだけ巧妙なものが出てくるのか分からないからです。

さて、それでどうされるのですか?それでもされるのですか?流出するのが目に見えているのにです。(いくらマイナンバー制のメリットをいわれても、デメリットは計り知れないのです。私たち一人一人の情報は、少々手間でも統一するよりバラバラの方がいいと思いますが)

マイナンバー制が始まる前に、このようなことが起きたのも、あるいは天の配剤かもしれません。

こういうことが起きた時は、もう一度いまやろうとしていることを反省した方がいいのです。

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6月 03 2015

本当の価値

九州が梅雨入りしたとのことですが、名古屋も今日は雨です。

他の地域も、今週中に続々と梅雨入りするのではないかといわれています。やはり梅雨入りは早そうですね。気象庁は今月は雨が少ない予想をしていますが、それも分かりませんね。

とにかく現在の日本にはあまりよい現象は現れないからです。

罰当たりな人が多いですからね。それも仕方がない話です。(本当にどこかの会社など連続で何か起きているようですし…それでも態度を変えませんもんね。ある意味凄いですね)

本当の神の教えが出現した時は、その国の人は、誰もがその教えを学ばなければいけないのです。その人が、その時期に、その国に生まれたのは、その教えを学ぶために生まれて来ているからです。

そうでなければ、数千年に一度しか現れないといわれる、本当の神の教えが現れた時に、その現れた国に生まれられるはずがないのです。偶然ではないのです。自分が強烈に望んで、その時期にその国に生まれたのです。それだけ法が出ている国に生まれることは難しいことだからです。

それほど本当の神の教えが知りたいと、自分が望んで生まれて来たのに、生まれてしまうとそれをすっかり忘れてしまい、自分のことばかりやっています。

自分の本当の目的である、その本当の神の教えを教えてくれた人に感謝もせず、憎んでいる人までいるというのですから話になりません。(苦笑)そんな罰当たりなことをしているから罰が当たるのです。

その自分の目的どうりのことをしている私には、奇跡ばかりが起きているではないですか。これ以上の正しさの証明はないのではないでしょうか。

祈って、大雨を降らしたり、地震を起こしたりすることは偉大なことなのではないですか?それがどうして悪いことになるのでしょう。

そのような考えがそもそも違っているのです。物質面しか見ていないからです。そのような人たちは部分しか見ていないということです。

大雨が降って人や家が流されたら不幸ではないか、地震が起きて人や家が潰れたら不幸だろう、それはそうです。そんな不幸なことはありませんが、ではなぜそんなことが起きたのですか?

それを考えないといけないといっているのです。

そういうことは、特別私が祈らなくても起きています。特に最近起きる異常現象は度が過ぎています。

次々に多くの人が亡くなっているからです。(土石流、火山の噴火などで)

いずれこういうこと(もっと不幸なこと)が起きることが分かっていたから、私はそのような祈りをして現象を現したのです。このようなことが起きてくる前に、多くの人が神の存在に、そうして自分たちの本当の使命に気づいてほしかったからです。(多くの人が自分の本当の使命に気づけば、これほどひどい現象も現れなかったからです)

なら、よいことをすればいいだろうといわれるかもしれませんが、よいことをしていただけでは残念ではありますが、多くの人は自分たちの使命には気づかないのです。

昔のように、まだ信仰心が篤かった時ならともかく、現在の日本は史上稀に見る「唯物無神論」などという(神の子の人間としては)考えられないような無知で不遜な考えに長い間支配されていたのです。

そのような人たちが、少々の奇跡を現したくらいで、その考えを変えるでしょうか?

変えるわけがありません。現に日本に二人の如来が現れ、奇跡を現し法を説かれましたが、日本のほとんどの人がそれに気づかなかったのです。

如来と、そこらにいる霊能者をごっちゃにして、如来の教えを真剣に聞こうとしなかったのです。

だから、神は、今度は同じことをさせなかったのです。それでは日本の誰も自分の本当の使命には気づかないからです。

では、少々ひどい目に遭わされるのも仕方がないことですし、私が、そのような現象を現した結果、多くの人が唯物無神論の間違いに気づいたのですから、それは悪いことなのではなく、よいことなのではないですか?

多くの人々の心を変えたからです。

私たちは、この世に心の修行のため出てきているのです。そうであるなら、その心を変えないと意味がないのであり、肉体だけをどれだけ大切にしても、その肝心の心が変わらなければ意味がないのであり、極端にいうなら、肉体をなくすことになっても、それで心が変わるのなら、その人の人生は成功であったといえるのです。

つまり、肉体の有無ではなく、心が変わったか否かで、この世の修行の価値が違ってくるのです。その心の変化の一点だけを見るなら、私のお蔭で大きく心が変わった人は多いはずですので、そうであるなら私は悪いことをしたのではなく、よいことをしたといえるのです。

多くの人の心を大きく変えることくらい偉大なことはないからです。(もちろんよい方にですが)

それはイエス・キリストしかり、釈尊しかりなのではないでしょうか?あのような偉大な方々は、偉大な神通力も持っていられましたが、多くの人々の心を変えた(救った)そのような業績が一番偉大なことであったからです。

その点(多くの人の心を変えた)を見てもらえれば分かると思いますが、私は偉大なことをしているのであって、決して悪いことをしているのではないということです。

だからといって人を不幸にしてもよいのか?といわれますと、もちろん人を不幸することはよいことではありません。

しかし、その点でいっても私は、一人の人も不幸にしてはいないのです。逆です。部分だけ(この世のことだけ)しか知らなかった不幸な人々を救っているのです。

そうではないですか?肉体という部分だけ見ればその人たちは不幸に見えますが、その心はどうでしょう。

心も救われないだろうといわれますが、私にかかわって(病気やけがなどして)不幸になった人はたくさんいるのでしょうが、それが自業自得であるということはいずれ分かることになります。

そのような人たちは、私にかかわることで神に関するたくさんのことを知り、そうして、そのような神の法則(原因、結果の法則、因果応報、善因善果、悪因悪果といわれるものです)まで体験するのです。

これ以上の心の勉強はないのではないでしょうか。

それに大雨に流されても、地震で家を潰されても、この肉体の世界からだけ見たらそれは不幸なことですが、心の世界まで含めると、単にそれを不幸だとはいえないのです。

そのような体験をすることで、自分の心の修行には大いになるからです。普通であれば出来ない体験をその人はすることになるからです。

よい体験も悪い体験もみな心の修行であり、そのような体験をするのも、自分自身の心に原因があるのであり、その心の原因をすべての人は知ることになるのであり、よい体験だけしていればそれでよいということではなく、そのようないろいろな体験をすることで、自分の心は成長して行くものであり、また、自分が亡くなることで、他の人たちが目覚めるという役割もあるのです。

現に東日本大震災で多くの人が亡くなり、多くの人が被害を受けたことで人と人との絆が深まったという例があります。

自分たちが不幸になることは、単に自分が不幸ということだけではなく、自分の心の分野の修行であったり、他の人を生かすための役割であったり、様々な理由があるということです。

だから人は、この世限りではなく輪廻転生という体験をするのであり、一度限りの人生だけでは語れない部分もあり、人を不幸にするような(それは肉体の部分だけを見てですが)祈りはいけないと簡単にはいえないのです。

そのような現象が起きるには、起きるだけの多くの理由がそこにあるからです。(そんなことをいったらモーゼの大奇跡はどうなるのでしょう。あの奇跡で不幸になった人はたくさんいます。しかし、モーゼを悪魔という人はいません。モーゼは神から命を受け奇跡を現した神の使いなのです。現代の人たちは物質面からしか物事を見ようとしません。心の面からは見ていないのです。そのような部分しか見ていないから間違うのです)

このようなことを総合して考えるのであれば、いま日本で起きていること、そうして名古屋で起きていることは、私が起こしていることなのでしょうか?それとも自分たちの心が起こしていることなのでしょうか?

そうして私は悪魔なのでしょうか?それとも光の天使なのでしょうか?

肉体の部分だけではなく心の部分も考えていただければ、それは分かると思います。

最後に少し七大天使のことを書いておきます。(久しぶりですね。七大天使のことを書くのは)

七大天使は、真のメシアであるエル・ランティーが、特によく神の心を勉強し、実践し、多くの人々に伝えた七人を選んで自分の直系(光の直系)とされたのですが、この七人はミカ、ガブリ、ラファ、ラグ、ウリ、サリ、パニュという名であったのです。

しかし、エル・ランティーがこの七人を自分の直系にされた時に、それぞれの天使に偉大な力と、自分の名のエル(エルとはライト〔light…神の光という意味です〕の頭文字のことです)という字を与えらえます。

それから七大天使は、それぞれ、ミカ・エル、ガブリ・エル、ラファ・エル、ラグ・エル、ウリ・エル、サリ・エル、パニュ・エル、と呼ばれるようになり、偉大な力を現されるようになるのです。

つまり七大天使とは、特別な人なのではなく、人よりも特別よく神の運動をされた方々だったのです。

七大天使は、そのような努力の結果、特別な力と偉大な方の名をメシアからいただけることになったのであり、それもこれもみな自分たちの努力の成果なのです。

神の運動をすればするほど、考えられないような奇跡が天から与えられます。

この世の多くの人々は、あまりに不毛なことばかりやりすぎているのです。(金儲けや地位や名声など本当は何の価値もないのです)

これほどの現象が現されているのです。いい加減目を覚まされたらどうでしょう。

心の目が開かれれば、本当の宝は何なのか、それが分かることになるからです。

本当の価値をいつまでも知ろうとしなければ、結局損をするのは自分なのです。

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6月 02 2015

法の万能

しかし、この辺りの人もいつまで私を悪者にしておくつもりでしょうか。

ずいぶん自分たちには悪いことが起きているはずなのにです。(何か昨日も、夕方、家に帰ってくると周りの雰囲気が変でしたし、今日は朝から前の会社が異常に静かです。〔このブログを書きだしたらうるさくなるかもしれませんが。何せ書きだすと悪魔に憑かれる人がいますので〕この辺り毎日のように何か起きているようです)

自分たちに悪いことが起きるということは、自分たちが間違ったことをしているから悪いことが起きるのであり、それを反省しない限り、その悪いことは止まりません。

もうその悪いことが何かも分かるはずです。責任転嫁はやめて、とりあえず私に詫びを入れてはどうでしょう。少なくとも私は、皆さん方のように悪いことなど起きていないからです。よいことばかり(奇跡)が起きているからです。(ということは、正しことをしているということであり、悪いことはしていないということです)

勝手に(自分たちの)罪を私に擦り付け、嫌がらせをしていたのは皆さん方の方なのです。私に詫びを入れるのは当然のことなのではないでしょうか。(また、そのような心にならないから悪いことばかり起きるのです。今の心が間違っているからです)

私は昨日もまた奇跡を体験しました。

昨日は昼過ぎから庄内川に行ったのですが、庄内川に行って川岸に下りていくと昨日はそれほど魚の気配がありませんでした。

「小魚もいないな」とかいいながら、川岸を歩いていると、ところどころで小魚が水面まで上がってきていました。

その小魚たちに声をかけていると、少し数の多い小魚たちの集団に出くわしたのです。

ここはちょっとたくさん出てきているなと思い「オイお前ら、元気か?」と声をかけました。

するとです。パッと魚たちの数が急に倍くらいに増えたのです。

何か、手品を見ているようで「……アレ、こんなにいたっけ?」と思っていると、その小魚たちの集団がみるみる増えていきました。

どうも、底の方か(岸のすぐ近くにいたものですから)岸の奥の辺りからか分かりませんが、見えていなかった小魚たちが、ドンドン水面に出てきたようで、それでその小魚たちの数が増えて行ったのです。

急に増えたものですから、私の目には手品のように見えたのですが、何かその辺りにはたくさんの小魚がいたようでした。

それから、その辺りに出てきた小魚は動画で撮りましたので、小魚の数に興味のある人はその動画を観て数えてください。多分数えきれないでしょう。(笑)

ただ全部は撮れませんでした。(またうまくも撮れていません。日の光が強いので撮影している動画の画面がよく見えないのです)その動画に映っている小魚たちはほんの一部であると理解してください。それでも凄い数の小魚が映っていると思います。

とにかくそれから、凄い数の小魚たちが水面に上がって来ました。

それどころか最後は、岸のすぐ近くの浅瀬を多くの小魚たちがずっと泳いでいくのです。数は分かりません。数万、数十万匹はいたのではないですか?その凄い数の小魚たちの集団が数百メートルは続いていたからです。(その列の一部も動画に撮りましたので、それを観ていただければその数の多さは分かります。ほんの一部分を撮ったにすぎませんが、それでも相当の数の小魚が撮れています)

小学生数人が「スゲェ」とかいいながら、その小魚たちが泳ぐのを見ていました。

最初、庄内川に私が来た時は魚の気配すらなかったのです。それがしばらく川岸を歩いていただけで、これだけの奇跡が起きたのです。

これは昨日起きた体験を書いたにすぎませんが、こういう体験など、一生のうちに何度か体験できればよいくらいの珍しい体験なのではないでしょうか?

それが私には毎日のように起きているのです。

法を知るならこのような奇跡も毎日体験できます。それどころか、多くの人を救える奇跡も起こすことが出来るのです。

昨日も書きましたが、現在の日本はいくつかの火山が、いつ噴火するか分からないという状況です。

しかし、皆さんが頼る科学では、その噴火を止めることも、その噴火がいつ起きるのかと予知することも出来ないのです。(科学万能が聞いて呆れます。よくそんな傲慢なこといえたものです)

しかし、法は違います。その噴火を止めることも予知することも出来るからです。

多くの人が法を知って祈るのであれば、火山の噴火を止めることが出来ます。予知することも(高橋先生がすでに富士山の噴火を予言されていますが)出来ないこともないのです。

そんなことは無理だと思いますか?

しかし、私は祈って大雨を降らせたことも、大雪を降らせたことも、そうして地震を起こしたこともあるのです。(それを知っている人はたくさんいると思います。同時中継でそれを書いていたからです…大雪を降らせたことまで書いていませんでしたっけ?)

それどころか、あのタイの大洪水さえ引かせたのです。(それも同時中継で書きましたので、嘘だと思われる人は、そのブログをお読みください。ずいぶん事細かくその時の状況を書いていますので)

私一人でもそれくらいのことが出来るのです。では、大勢の人が法を知って同じことを祈れば(例えば、この火山の噴火を止めてくださいとです)火山の噴火の一つや二つ止まりませんか?

やれますね。それどころか、この程度のことは、それほど難しいことではないと思います。

私がもし、いい加減なことをここに書くなら、私の奇跡は一変で起きなくなるでしょう。しかし、現在に至るも奇跡は起き続け、それどころか現れる奇跡が段々凄くなっています。(ということは、過去に書いていた祈って大雨やら地震やら起きたこと、タイの大洪水を引かせたことなど事実であったということになります。それが嘘であったのなら、今だに奇跡が起きているはずがないからです)

自分が救われるだけではなく、多くの人まで救うことが出来る、世の中を変えることが出来る(もちろんよい方にです)それがこの法を実践するということなのです。

この法を多くの人が勉強し実践するのであれば、これから多くの奇跡が現れることになります。

現在日本に現れている災い、この原因は多くの人がこの法を無視している、その一点なのです。

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