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5月 16 2015

改革

安倍総理が今日、明日と関西地方を視察されるそうですね。

大阪は素通りされ街頭演説などは行わないそうですが、それにしても安倍総理自らこの時期に関西を視察ですか。相変わらず面白いことをされます。(安倍総理お得意のサプライズですね。〔笑〕)

しかし、ただでさえ話題の大阪都構想なのに(しかも明日がいよいよその投票日です)それに安倍総理が花を添えられるというのですから、よけい話題となります。

どちらにしても今日明日は、その話題で持ち切りでしょうね。

この大坂都構想、私は賛成ですけどね。

一応、二重行政をなくすという目的があるのだし、これを名古屋に当てはめてみても、現在の名古屋の借金など(一兆八千億かなんかあるんですよね)ちょっとやそっとで返せるわけがないのですから、何かやらないと変えられるわけがありません。

そういう目新しいことをでもしてくれないと、大きくは変えられないんですからやるしかないでしょう。

失敗するのが目に見えているのならともかく、失敗するか成功するかはやってみなければ分からないのであれば、それはやってみるべきでしょう。どちらにしても今のままでは変わらないからです。

どこでもそうですが、現状維持派と改革派はいつも争いになります。超改革派の安倍総理が、この時期に関西を視察するというのも、大阪で大きな改革が起きるかもしれないのです。

ジッとはしていられないのでしょう。

改革に痛みはつきものです。しかし、その痛みを嫌がっていては改革も出来ません。大阪都構想、私はやるべきであると思います。

別に、大阪のことだからと他人事のようにいっているわけではありません。現に名古屋も改革の真っ最中であるからです。だから痛みが伴っているのです。

マァ、大阪都構想ほど話題ではありませんが、名古屋でも大きな改革が行われようとしております。

こちらは心の改革なんですが、この改革は私が一人でやっています。(アレ?)

この改革が名古屋で成功すれば、日本はもとより、世界にこの心の改革を進めるつもりです。大阪都構想は賛成派と反対派が大きく二分されていますが、この名古屋法構想は(私が勝手につけたんですが〔笑〕)今の時点では人間では私が一人です。

人間では私が一人というのもおかしな書き方ですが、人間以外では天の光の天使や動物たちがみな賛成してくれています。だからやるしかないと思っています。(ちょっと書き方変ですか?)

こちらは大きな痛みを伴っても(それは天がされることですので)やるしかありません。それをやらないと日本が潰れるかもしれないからです。

昨日でも私は、荒子川のほとりを歩いていました。すると、すずめやツバメなどいろいろな鳥たちが飛んで来て騒ぎます。川の中ではあちこちから鯉やらフナやら出てきて楽しそうに泳いでいました。(本当に私が「元気か」と声をかけながら歩いていると、川の中の魚がたくさん出てきているのです。大きな魚〔三~四十センチくらいある鯉〕から小さな魚まで昨日でもたくさんの魚を見ました。喜んで跳ねている小魚までいたくらいです)

一昨日でもそうです。堀川に行くと周りでは鳥たちが、川の中では魚たちが騒いで楽しいものでした。

このように動物たちはみな、私を、この名古屋法構想を応援してくれているのですが、肝心の人間たちがこの法構想をいつまでたっても理解せず、応援するどころかじゃましているのです。(今日も朝からどこかの会社がやっています。また何か起きるんじゃないですか?)

これでは痛みが伴うのも仕方がないことでしょう。

元々は、この人間たちもみなこの法構想には賛成してこの世に出てきているのです。それなのにこの世に出てきたら反対しているのです。

如来がこの日本に出世されたのに、自分たちがその如来の教えを学んでいないからひどい目に遭っているのに、自分たちの怠慢を棚に上げ、悪いことは全部私のせいです。

しかし、見て分かるように、私には毎日のように嬉しそうに動物たちが寄ってきて、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているのです。

もし、悪いことがみな私のせいなら、このようなことが起きるはずがないですし(悪いことをしている者に、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きるわけがありません)そのような悪いことばかりしている者に、悪いことが起きないというのもまたおかしな話です。(因果応報という法則があるのですから)

このように私に起きている現象を考えるのなら、この名古屋で起きている悪いことは私のせいではない、と分かりそうなものですが、それが分かる人がいない(ゼロではないんでしょうが)というのもまた理解に苦しみます。

この簡単な理屈を早く理解してもらわないと、名古屋の改革もちっとも進みません。

早く名古屋の多くの人たちに理解してもらわなければいけないのです。自分たちが悪いから自分たちに悪いことが起きているのであるということをです。

そうして、そのような奇跡が即座に現れるこの法は、名古屋の人たちだけではなく、世界の人たちにも知ってもらわなければいけないものであるということをです。

このように現在の日本では、東京の安倍総理の改革路線だけではなく、大阪都構想だけではなく、実は名古屋でも法構想という改革が進んでいるということをお知りください。

すでに時代は変わっているのです。そうであるなら、それに伴う改革は当然必要であると思います。

いつまでも同じ考えでいてはいけないのです。いつまでも同じことをしていてはいけないのです。

私たちは常に前に進まなければいけないのです。

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5月 15 2015

謙虚さ

「実るほど頭が下がる稲穂かな」

高橋先生がよく講演でいわれていた言葉ですが、稲穂は実れば実るほど頭がたれていきます。

地位などが上がれば上がるほど、あるいは人気などが出れば出るほど(それだけ周りにお世話になった人が増えるのですから)より謙虚にならなければいけないのであり、それを高橋先生はいつもいわれていました。

それは園頭先生も同じでした。謙虚さを忘れてはいけないとくどいくらいいわれていました。その謙虚さを忘れたばかりに、大失敗した高橋先生の弟子たちをたくさん見ていたからです。

これは何も、地位が高い人や人気がある人ばかりにいえることではありません。誰であっても謙虚さを忘れてはいけないのです。

それが人として(神の子の人間として)当たり前の態度であるからです。

その謙虚さがないばかりに、大変なことが起き始めているところもあるようです。(昨日も昼に何か起きたみたいですね。それで終わりでしたか?)

毎日のように神の業が現れているにもかかわらず、それでも神に頭を下げようとしない、その傲慢さ、少しは謙虚になり反省されてはどうでしょうか?

それをしなければもう救われる道はないからです。

頭から「お前のいうことなど聞けるか」という態度ですが、そのお前(私のことですが)には、釈尊やキリストと同じ奇跡まで現れているのです。

そのような居丈高な態度を取れる状況ではないように思いますが、これは、周りの人たちにもいえることなのではないでしょうか。

私は毎日(鳥などが喜んで寄って来るという)釈尊やキリストと同じ奇跡が現れています。

ということは、毎日「自分は善人」という証拠を、見せながら歩いているのと同じことなのですが(釈尊やキリストと同じ奇跡が現れているのなら、これ以上善人であるという証拠もありません)私が悪人という証拠を見せてくれた人は一人もいません。

もう大分前から「私が悪人という証拠を一つでも見せてくれたら、私が悪いということを認めます」ということをいって歩いていて、そうしてこちらは毎日善人という証拠を見せているにもかかわらず、その悪人という証拠が(あのサイレンと私が何か関わりがあるという証拠が)未だ出て来ないということは、そのような証拠はないといっても間違いではないのではないでしょうか。

その間、私に嫌がらせをしてきた人はいくらでもいたからです。(ここ一週間、十日の間に、私に嫌がらせをした人はたくさんいましたが〔そういう人に「私が悪いという証拠を見せてくれ」といったのですが〕その誰一人、私に「これがお前が悪いという証拠だ」というものを見せてくれた人はいませんでした。そればかりか「お前が悪いという証拠がある」といった人さえいなかったのです)

ということは、善人という証拠はあっても悪人という証拠はないのですから、そうであるなら私は善人ということになります。(しかも相当なです。〔相当な善人といういい方が正しいかどうか知りませんが〕釈尊やキリストと同じ奇跡が現れているくらいですから)

ということは、多くの人々が長い間(ここ数年の間)罪もない善人に罪を擦り付け悪人にしていたということになり、そのような人たちはずいぶん悪いことをし続けていたということになりますが、それは反省しなくてよいのでしょうか?

もし、それが事実であるなら、あのサイレンは、そのような人に対する天罰と考えられなくもありませんが、そこはどう思われるのでしょうか?(元々あのサイレンが始まったきっかけも、私に対するバスやトラック、電車の運転手連中の嫌がらせ〔ブシュブシュ〕から始まったものですし、罪のなかった者によってたかって嫌がらせをしたのなら、そのようなことが起き出しても決して不思議ではないからです。現に最近はサイレンも減ってはきています。そのような嫌がらせも減ってきているからです。あまりに合いすぎていませんか?)

それに悪魔のように嫌われている私には、善人という証拠が現れていますが、そのように、私に嫌がらせをしている人たちには善人という証拠が現れていないのです。

では逆に、私に嫌がらせをしている人たちこそ善人という証拠が何一つないのですから、もしかしたら悪人であるかもしれませんし、そういう悪心があるから証拠もないのに人に平気で嫌がらせができるのではないですか?

そういう行いこそ、悪人の何よりの証拠なのではないでしょうか?

本当の善人であるなら、証拠もないのに根も葉もない噂を信じて、人に嫌がらせなどしないからです。

私には悪人という証拠がないのに、私に嫌がらせする人たちには悪人という証拠があるのです。

そうであるなら、私が善人で、私に嫌がらせしていた人たちが悪人ということになってしまいますが、それに反論できる人がいるのでしょうか?

私に嫌がらせをしている人たちは、本当に善人なのですか?思われていること、いわれていることは正しいのでしょうか?

もし自分たちが本当に善人で、思われていること、いわれていることも正しいのであれば、私と同じ現象が現れないといけないのです。(釈尊やキリストは思われていることも、いわれることもすべて正しかったからです)

しかし、私と同じ現象が現れている人はいません。では、嫌がらせをする人たちの方が悪人で考えも違っているのではないでしょうか?

あなたたちが善人であるという証拠は何一つないのですから。

もう少し謙虚になられたらどうでしょう。そうすれば、ここに書いたことの正しさは誰でも分かるはずだからです。

しかし、傲慢であるならば、ここに書いたことも理解出来ないでしょう。「お前が悪いに決まっている」としか思わないからです。その傲慢な心が、正しい意見さえも否定してしまうからです。

しかし、そのような人々の心に関わらず正法の世は日一日と深まって行きます。

ということは日にちがたてばたつほど、神の業が現れる比率が増していくのです。(だから神の業が現れる頻度が増しているのです)

謙虚な心になれば奇跡が起きてきます。(現に私には起きています)

いつまで傲慢な心を持ち続けるつもりですか?

この時代、そんな心を持ち続けているのは不幸でしかないのです。

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5月 14 2015

不思議な生き物

昨日は暑かったですね。予想通り、群馬や静岡、埼玉などで三十度を超えたそうですが、名古屋の私も熱かったです。

何が熱かったのか?

つ、ついに、ついに撮りました。何を撮ったかってユーマ(未確認動物)をです。

ユーマを撮ったのです。だから昨日の名古屋は私一人、異常に熱かったのです。

などという冗談はともかく、昨日は本当に変わったものが動画に撮れました。

昨日、私は久しぶりに瑞穂公園に行きました。そうして公園内に流れている山崎川まで下りて魚を見ていました。堀川や庄内川にあれだけの小魚がいたのです。山崎川にもいるだろうと思ってです。

そうしたら予想に反し、山崎川には大きな鯉がいるだけで小魚は全然いません。

「何だ小魚いないのか」とかいいながら、そこにいた鯉とかすずめとかをかまっていました。

鯉なども呼ぶと寄っては来るので、少し動画に撮りましたが、地味で今一面白みもありません。

「あまり面白くないなぁ」とかいいながら、川を見ていると少し離れたところから何かが泳いできます。それが魚ではなく、明らかに何か違う生き物なのです。

「ウン、なんだあれ?」といいながら動画を撮り始めました。

その生き物が段々こちらに近づいて来ました。何かカワウソのようです。

「あれ、カワウソか?」とかいいながらビデオを回していましたが、その生き物は私の前を泳いで行き、急に水の中にもぐると少し離れた場所に出てきて、向こう岸に上がりました。

全体の姿を見るとカワウソではありません。カワウソより体が丸っこくて大きいのです。

「何だあれ」とかいいながら動画を撮り続けました。

しかし、そこからではよく分かりません。向こう岸に上がったようなので、私も向こう岸に行ってみました。

反対側に回って川岸に下りていくと、なんと、その生き物が川岸に下りる階段のすぐ先にいるではありませんか。

「おいおい、目の前にいるよ」とか思いながら階段を下りていきました。

しかし、私が階段の下まで下りると、やはり、その生き物は逃げだそうとします。(そりゃそうです)

そこで私が「オイ、逃げるな。俺のこと知ってるんだろう、逃げるな」と声をかけると、なんとその生き物、逃げるのをやめて、その場でピタリと動きを止めました。

少しづつ私が近づき動画を撮りながら声をかけます。

「おい、元気か」と声をかけていたら、その生き物がその場所で(草がたくさん生えている場所だったんですが)回りの草を食べ始めました。

ムシャムシャ食べています。そのうちに顔をこちらに向けたり、あちらに向けたりするので、その生き物のいろいろなところを撮ることが出来ました。しかも目の前でです。(二メートルくらい離れていたと思いますが)

顔のアップももちろん撮れています。また公開したいとは思いますが、どうも顔かたちを見るとカピバラのようなのです。

何であんなところにカピバラがいるのでしょう?ペットで飼っていたのを誰か捨てたんではないでしょうか?どちらにしても近いうちにニュースになるかもしれません。

瑞穂公園内の山崎川にカピバラがいるとです。(だとしたら、そのカピバラを一番最初に撮ったのは私です。〔笑〕)

しかし、まさか私が逃げるなといったら、本当に逃げるのをやめて目の前で草を食べだすとは思いもしませんでした。(お蔭でしっかり動画に撮ることが出来ましたが)

ここに書いたことが嘘ではないということは、いずれ公開する動画で明らかになると思いますが、本当に不思議なことが起こります。(すぐにでも公開したいのですが、まだ他の動物を撮っているSDカードの在庫が二枚もあります。その後ということになりますので、だいぶ先ですね。別に布施してくれる人がたくさん出てきたのなら、その動画もすぐにでも公開しようと思いますが、何せ、誰も布施してくれないものですから。常に金欠状態です。〔苦笑〕)

とにかく私は、このような不思議なことが毎日のように起きています。法を実践することの有難さをつくづく感じます。

(それほど、この法を知ることは大事なことだと思いますが、相変わらずどこかの会社は朝から法の流布の邪魔をし続けています。凄いパワーですね。〔ブラックパワーです。〔苦笑〕〕それはそうと、あんなところにカピバラがいて〔カピバラで間違いないとはいいませんが、東山動物園で見たのとそっくりでした。多分カピバラだと思うんですが〕届けなくていいんでしょうか?というかどこに届けるんでしょう?)

追伸…北朝鮮でまた軍の幹部が処刑されたようですね。(軍のNo2らしいのですが)

次々に幹部を粛清する、三代目の恐怖政治が加速しているようですが、やはり北朝鮮は相当やばいのではないでしょうか。

三代目は最高幹部らに不信感を強め、最高幹部らは三代目の指導力に懐疑的な見方が広がっているとのこと。

それで三代目が全幹部の一挙手一投足にまで目を光らせているらしいのですが、こうなると、三代目はそれこそ最高幹部たちが話ているだけでも不信感が強まるでしょうし、最高幹部たちは三代目が何か指示しても「またくだらない指示を」くらいにしか思わなくなります。

まさに負の連鎖です。

北朝鮮の国情で、内部の亀裂、負の連鎖が始まってしまってはもう北朝鮮は持たなくなります。(その内部の亀裂プラス異常気象や業の反動がありますので)

韓国政府が北朝鮮を「鋭意注視していく」といっているのもよく分かります。

どちらにしても、三代目が幹部たちに不信感を強めれば、それこそ何をやりだすか分かりません。

韓国同様、日本政府も北朝鮮への注視は忘れてはならないと思います。

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5月 13 2015

神に祈る

東北で大きな地震があったようですね。

岩手や宮城で震度5、それ以外の地域でも広い範囲で(関東に至るまで)震度3~4程度の地震が起きたようです。

昨日も、予想通り各地大荒れの天気となったようですし(高知や静岡など記録的な大雨となり鹿児島では突風まで吹いて、東京なども大雨警報が出るくらいの激しい雨となったようです)昨日台風の被害があまり出なかったところが、今日は朝から地震の被害を受けているんですから、日本中にまんべんなく災いが現れています。(こういういい方が正しいのかどうか知りませんが)

今日からは夏のような暑さになるとのことですが、その後また台風七号がこちらに向かっているとのこと(まだ五月なんですが)いつまで続くんでしょうか?このような災いはです。

こちらはこちらで大変です。どこかの会社、ここ三日四日連続で怪現象が起きているようですし(ここまで続いたのは初めてではないでしょうか)一昨日の夜くらいから(あの子供らにはめられた日からです)サイレンが頻繁に聞こえてきています。

やはり相当天は怒っているようです。

それはそうでしょう。唯一法を説いている私を無視しているだけでもいけないのに、悪いことを全部私のせいにして嫌がらせの数々、それでも飽き足らずに罪まででっち上げ、私が行くところまで制限をしだしたのです。

私が行くところを制限されたら、その地域には法が伝えられないということになります。それは天は怒るでしょう。(だから、そんなことをしたあの子供らと親はただではすまないでしょう。相当恐ろしい目に遭うと思います)

まずいですね。やることなすこと皆さん神の心の逆をやっています。これでは災いは止まらないでしょう。

ソロソロ心を入れ替えてはどうですか。私のいうことを聞かないとこの災いは止まらないからです。

どこかの会社もそうですが、私がいった通りのことが起きているではないですか。それが分かっていて、それでも逆らうなど自殺行為でしかありません。パニくって切れている場合でしょうか。

しかも、このような人たちは今が怖いだけではありません。死んだあとまで怖い目に遭うんですから(地獄で)これ以上逆らっても無駄な抵抗以外の何ものでもないのに、それでも私に逆らおうというのですから底なしですね。(底なしのバカという意味です)

こういう人が多いので困ります。

どれだけ突っ張ろうと、私が祈らなければその現象は収まらないのですから、ではもう私に詫びを入れるしかないのです。

釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているということは、それだけの意味しかないわけではありません。ということは、釈尊やキリストと同じように祈り、同じことを説いているから、そのような奇跡が起きているのであって、そのどれが抜けても同じ奇跡など起きないのです。

ではもう私のいうことを聞くしかないのではないでしょうか。釈尊やキリストと同じ祈りや同じ神理まで説いているというのですから。(口だけではなく、そのような現象が現れているのですから、これ以上正しいことはありません)

しかしこれは、どこかの会社の人たちだけではないでしょう。

日本全体を見ても同じなのです。これだけ災いが起きていて(しかも現在進行形です)それでも頑なに自分たちの生活態度を変えない、これはどう考えても底なしです。

こんなに連続して災いが起きているのです。少しは神を思い「神様お助けください」と祈りくらい捧げるのが、神の子の人間として当たり前の行為なのです。

しかし、そのようなことをする人は(ゼロではないかもしれませんが)ほとんどいないのです。

このような態度、神から観たらどれだけ不遜かお分かりですか?

それが未だ分からないから、そのような態度を続けているんでしょうが、これほどの災いがこれだけ次々に起こされていて、やれ温暖化の影響だから温室効果ガスを減らせだの、防災、減災への努力をもっと徹底的にやれだのいっているようでは、まったくといっていいほどいっていることが的外れなのです。

いまこのような状況の時に、私たちが一番にやらなければいけないことは『神に祈る』ことだからです。

このブログを前から見ている人で、そのことを大笑いできる人はもういないはずです。

この神に祈るということを真剣に聞けるようになった人は、それだけ自分の心が神に近づいているのです。

では、ソロソロ私のいうことを聞かれてはどうですか?(せっかくそこまで神に心が近づいたのですから)

私はそれほど無理難題をいっているわけではないのですから。自分たちの小さなプライドを捨てるだけでやれることなのですから。(自分のプライドなど小さなものです。そのプライドを捨てるだけで、自分だけではなく多くの人まで救うことが出来るのです。多くの人が救われるのなら、自分のプライドなどほんの小さなものでしかないのではないですか?)

ほんの少し私のいうことを聞き、そうして協力していただくだけで結構なのです。(私には、釈尊やキリストと同じことが起きているんですから、釈尊やキリストに協力すると思えば、少々のこともやれるのではないですか?少々どころか釈尊やキリストに協力するなら、その徳がどれだけ増えるか分からないのです。逆にやらないと損でしょう)

少々協力してもらうだけで、この日本に起きている災いも少しづつ減っていくと思うからです。

いつまで自分のことだけをやり続けるのですか?

「自分のことだけやっていればそれでよい」

そのような言葉を、神は一言もいわれていないのです。

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5月 12 2015

次から次に着せられる罪

台風六号が日本に向かっているようですね。今日の列島は大荒れの天気となるようです。

しかし、まだ五月の台風ということで日本近海の海水温も低いので、これから台風六号も衰え、本州付近に近づく頃には温帯低気圧に変わる模様で、そうであるなら、それほど心配することもないでしょう。だって、気象庁はいつも大袈裟ですから。(笑)

といいたいところなんですが、やばいことが起きました。もしかしたら今日の日本列島は、本当に大荒れの天気となるかもしれません。

そのやばいこととは昨日の話です。私が近くの公園を通ると子供らが数人遊んでいました。

そこの公園でよく遊んでいる子供らは、私が通るとやたらからんでくるのです。昨日もそうでした。公園を通っただけで、また私の目の前でボールを蹴ってきます。(私が歩いている目の前でボールを蹴るのです。そのサッカーボールがいつ私に当たってもおかしくありません)

それで私が「まだお前らそんなことをやっているのか」と子供らを叱りました。この連中は、私にそのようなことばかりして、私が歩いて行ってもなお追っかけてきて、かまってくるようなこともする連中です。(そういう子供も最近は減りましたが)

だから一言いって通って行きました。

そうして少し離れた場所のベンチで一休みしていると、私が座っている前を自転車でわざわざ走って行く奴がいました。

前の細い道をです。ベンチの後ろに広い道が通っているのに、その広い道は通らず細い道を走って行くのです。先ほどの子供の一人でした。

「何だあいつ」と思っていると、今度は先ほどの子供ら四、五人がこちらに歩いてきて何かやりたそうです。

それで私が「お前らこっちに来るな。俺にかまうな」といったんですが、近くで飛んだり跳ねたりしていました。

「このバカどもまた嫌がらせをしているな」と苦々しく思っていたのですが、そのうちにオバちゃんが一人来ました。そうしてその子供らと何か話しています。

しばらくすると今度はオジちゃんも来て話していました。

どうも、その子供らの親のようなんですが、それでうっとうしいとも思い、その場所から離れて散歩がてら(というか私の場合、辻説法がてらですけど)あちこち歩き出したのです。

すると、先ほどの子供と親たちが私の後をついて来ます。

「何だこの連中」と思い、足を速めて歩き出しました。そのうちに後をついてこなくなったと思ったら、オジちゃんだけは一生懸命ついてきていました。

あれだけしつこくついてくるのです。「私の話でも聞きたいのかな」とも思って、何か聞いてくるなら法の話をしようと「やっとそういう人も出てきたか」とちょっとうれしかったのですが、そうではありませんでした。(まったくの逆のパターンでした)

そのうちに、私の後をつけて来たオジちゃんの近くに自転車に乗ったお巡りさんが来て、こちらを見ながら話をしています。

「何だ」と思ってそっちを見ていると、そのお巡りさんが私に近づいてきて「ちょっと話を聞かせてもらっていいですか」といって、私をすぐ横にあった駐車場まで連れて行き、そこで職務質問をされました。

何のことかそのお巡りさんに聞くと、私が先ほどの子供らに大声で怒鳴っているというのです。それで子供らが怖がってその公園で遊ぶことが出来ないという話でした。

怖がっている子供らが、私の目の前でボールを蹴ったりするでしょうか?追っかけてきて嫌がらせをしたりするでしょうか?

あの子供らは、そういうことを何度も私にしているのです。

しかし、それをいっても、その子供の親は認めないですし、お巡りさんも聞いてくれません。仮にそれが事実であっても、それでも大人が引かないといけないからです。

このような世の中では、悪いのは全部大人で子供だから仕方ないということになるのです。

それで私は、その公園には近づくなということになってしまいました。

結局私はその子供らにはめられたのです。その子供らは私のことを知っています。それで何度も嫌がらせをしてきたのですが、それで私がその子らにも辻説法をしました。

それが気に食わなかったのでしょう。話を聞こうともせず、その声がうるさかったので親たちには、さも大袈裟に、大声で怒鳴られているというようないい方をしていたのでしょう。

そういう話を親たちは何度も聞いていて、それで今回警察を呼んだのでしょう。しかし、親たちはそのような事実を知りません。

子供らが、私を追っかけてきてまで嫌がらせをしているということなど、まるで知らないのです。

この世では、その肉体が優先され心を観ようとはしません。(心を観られる人がいないので、それは仕方ないのですが)しかし、天は違います。

肉体よりも心を観ます。肉体がどれだけ若くても(小さくても)心が間違っている方が悪いのであって、その責任を取らされるのです。

どちらがよくて、どちらが悪いのかは明白なのです。

しかし、この世ではそれは認められません。だから私は先ほど「今日は大荒れの天気になるのではないか?」といったのです。(現に、昨日の夜から今日の朝にかけてよくサイレンがしてきます。それだけでも、もうどちらが悪いかよく分かります)

マァ、ここに書いていることは、私の一方的な意見です。子供らの意見も聞かなければいけないので、本当にその子供らが悪いのかは分からないかもしれませんが、今日の天気が大荒れになるなら私のいっていることが正しいのでしょう。(天も怒っているということですから)

そうでもないなら、私も悪いところがあるということです。(「誰彼かまわず辻説法などするな」ということでしょう)

しかし、この辺りの人、こういうことをしていてよいのでしょうか?

私に、自分たちの罪を着せて嫌がらせをするだけではなく、子供らにまで陥れられ警察にいわれる、私はそのうちにあらゆる罪を着せられ、警察に捕まって十字架にでもかけられるのではないでしょうか。(それはそれでキリストのようで、私が身を犠牲にすることで世界中に、この法が伝わればそれでよいと思いますが、いかんせん私に弟子などおりません。それでは私が十字架にかかっても、法が世界に伝わるわけもなくボロカスいわれてそれで終わりでしょう。〔苦笑〕)

とにかく昨日このようなことがありましたので、もしかして今日は予想以上の荒れた天気になるかもしれません。

そこはお気を付けください。

追伸…昨日来たお巡りさんは(二人来ていましたが)二人とも私のことを知らなかったようです。(まだこちらに来て一年くらいだといっていました)

私は知られているようで、案外近くの人でも知らない人がいるようです。

そのお巡りさんに「私は上からヘリに見張られているんだから、そんな悪いことできないですよ」といったら「ハァ」という顔をされました。(笑)

しかし、そういう話をしていたら本当にヘリが飛んできたものですから、そのお巡りさんも「エッ」という顔をしていました。(笑)

そうして「いま何をやっているんですか?」みたいなことを聞かれたので「今は散歩中で、散歩しながら辻説法や鳥が寄ってくるのでそういうのを動画に撮っています」みたいなことをいうと、また「鳥が寄って来る?」とおかしな顔をされました。(私を知らない人が私の話を聞くと、私はかなりおかしなことをいっているようです。私には普通に起きていることなんですが、人から見たら私に起きていることは異常のようです。〔笑〕)

「私は歩いているとすずめが寄って来たり、川に向かって呼びかけると魚が跳ねたりするんです」みたいなことをいい、そんなことをいっても信じてもらえないので、ちょうどビデオを持っていましたので、そこに撮れている動画を少し見せてあげました。

カモメがいるのに、平気で飛び跳ねる魚の映像を少し見せてあげたのですが、さすがに「何で」という顔をして「カモメがいるのに魚が飛んだらカモメに食べられるでしょう」と聞いてきたので「それでも私が呼びかけると魚が飛ぶんですよ。不思議でしょう」という話もしました。

私のブログを見てもらい、ブログが書いてある横についている検索機で「動物の不思議」と入れてもらえれば、動物の不思議な動画がたくさん出てきますので、もしよかったらそれを見てください、とお巡りさんにまで、このブログを宣伝してきました。

せっかくそのような縁があったんですから、警察の方にも法が伝わればよいと思ったからです。(マァ、警察のほとんどの人は私のこと知っているでしょうが)

このようにいろいろ苦労をしながら私は法を伝えています。

あまりに罰当たりな態度は控えた方がいいのではないでしょうか。(今日も罰当たりなことをしている会社があるようですが、昨日も何か起きたようです…それでもそのような態度を続けている、この人たちが哀れです)

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