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7月 23 2014

間違った教育の結果

現在の経済の停滞は、女性ではなく若い奴が働かないからと前回書きましたが、では、この働かない若者をどうやったら働かせることが出来るのでしょうか?

問題はそこだと思います。

やる気のない若者を働かせるのは、そう簡単にできることではありません。現在増えつつあるニートやあるいはストーカーなども同じですが、こういった若者をどのように改心させたらいいのか、それを少し書いておきましょう。

こういう若者が増えているということは、現在のカウンセリングやら何やらしたところで、あまりそんなもの効果がないということがよく分かります。効果があるなら(現在はカウンセラーや精神科医などたくさんいるのですから)もっとこういう若者が減っていないといけないからです。

しかし、現実にはこういう若者は増えています。では、一体どうしたらこういう若者を減らせるのでしょうか?

もちろんこういう若者は精神を病んでいるので、カウンセラーや精神科医が必要ですが、要はその人たちのアドバイスの仕方が違っているということです。

こういう若者にアドバイスをしている人はたくさんいます。「私はこういうやり方をしてこの人を改心させた」「私のこのやり方がよいのです」と人それぞれ効果を強調しますが、しかし、こういう若者は増える一方なのですから、そういう人たちがいうほど効果が表れていないのは確かなようです。

表れていないと思いますよ。だって、そういう子供をいくら改心させても、そういう子はどんどん増えるのです。その元(親)を改心させないと、このような若者は増える一方であるということです。

それに、このようなことをしている子に直接いっても効果は薄いのです。(改心する子もいるかもしれませんが、少ないし時間がかかります)

どちらにしても本人に、どうこういう前にまず親の心を変えないといけないのです。親の心が変わると子の心も変わってくるからです。

そういう若者に直接指導をする前に、親を呼び出して親の心を徹底的に変えないといけないのです。(特に母親ですが)別々のようで、その親の心は、そのようなことをする若者にずいぶん影響を与えているからです。

これが分かっている人が少ないから効果が薄いのであり、こういう若者が減らないのです。

ニートやストーカーなどする子が、若ければ若いほど親の影響は強くその若者に現れるのであって、親の心が変わると、その若者の心も変わり、改心するのが早くなるのです。

だから私はいっているのです。家庭内の女性の役割は重要であると、主婦業はとても片手間でできることではないですよ、と。

家で料理をしたり、掃除をしたりするだけなら、お手伝いさんでも雇えばそれで事足りるのですが、母親(または妻)の仕事はこのようなことだけではありません。

夫や子供をしっかり育てないといけないし(心と体、両方ともにです)それに料理をするのでも、その料理に愛がこもっているかいないかで、味や消化も全然違ってきます。掃除だって同じでしょう。掃除をするのにも愛をもってするかしないかで、部屋のきれいさや傷みまで全然違ってくるのです。

その家に愛があるかないかで、その家族の人柄から家の清潔さ料理のおいしさまで、何から何まで違ってくるということです。

先ほどのニートやストーカーの話に戻りますが、そういう愛のある家庭からは、ニートやストーカーになる子など出ません。

愛が自分の心にいっぱい詰まっているのであれば、当然やる気を出して仕事をしようとするはずですし、また、ストーカーをするのも自分の心に愛が入っていないため、その愛をもらおうとそのような行為をしているだけだからです。(心に愛が入っていないため、自分の願いがかなわないと[その人から愛がもらえないと]分かると、その相手を平気で殺してしまうのです。相手の人がかわいそうという心もないのです。自分の心に愛がないからそういう気持ちが分からないのです)

つまり、今のように働かない若者が増えたり、ストーカーをする若者が増えた、そのすべての原因は親の愛が足りず、その子への教育が悪かったからということになるのです。

だから、親学が必要なのであり、これまでその親としての教育(特に母親としての教育)をおろそかにしてきたばかりに、現在の日本は大変なことになるつつあるということです。(そうですよね。今の状態を放置しておけば、働かない若者は増える、ストーカーは増えるで、将来の日本はえらいことになります)

このまま、ただ女性の社会進出を促せば、それで経済が上向くのでしょうか?

カジノの副作用でもそうですが、女性が女性の役割を一切無視し、男と同じ仕事を続けるならば、その副作用もカジノ同様大きくなるのではないかと思えてなりません。

戦前の女性は、お嫁に行くことを前提にした教育がなされていました。

その結果、一家族が十人いようが十五人いようが、そのような大家族でも平気で主婦業をこなせていたのです。(また戦前の人はよく働きました。もちろんストーカーになるような子もいませんでした。今の若者とは全然違います。ということは、そのような主婦業が忙しい中でも[子供もたくさん産んでいたし]妻として、母として夫や子供に愛を忘れなかったということです)

ところが戦後は、戦前の女性は虐げられていたと、そのような教育を否定し男女平等の名のもとに男と女に同じ教育をするようになりました。

その結果、頭のいい女性はたくさん出てきたのですが、肝心の主婦業ができなくなり、わずか一人の子供さえまともに育てることができなくなったのです。(その一人の子供を育てるのに、ノイローゼになる主婦がいるくらいですから)

同じ女性でも、なぜ、これほどの差がついたのでしょうか。

簡単な話です。教育が悪かったからです。男は男としての女は女としての、その役割に応じた教育をしなかったからです。どちらかといえば男にしなければいけない教育を女にまでしてしまったのです。

だから(家庭に入るのは嫌だと)外で働く女性が多くなり、男と同じような仕事をする女性も増えて、主婦業ができなくなってしまったのです。

女性にしなければいけない教育をしなかったからです。

その結果、女がしなければいけない仕事(主婦業)をする人が減って、本当の主婦業が分からないため(愛の入れ方が分からないため)ニートやらストーカーやらが増えたということです。

残念ではありますが、戦後の(日教組の)教育が間違いであったということが、今になって分かってきたのです。

戦前の教育を否定してしまったのは間違いでした。男には男の、女には女の役割に応じた正しい教育が必要であったのです。(それが当たり前でしょう。男も女も姿かたちが違っています。[もちろん考え方もです]その別々の人間に同じ教育をしてしまえば、おかしくなるに決まっています。男女平等の考え方が最初から違っていたのです)

さて、それでどうされますか?

この教育の間違いを正さねば、今後の日本の復活はあり得ないと思います。

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7月 22 2014

反省すべき点は反省すべき

東海や近畿、九州などは梅雨が明けたそうですね。

今年の梅雨は長くなるとか気象庁はいっていましたが、東海地方など平年並みです。ということはまた気象庁は予報を外したということになります。

ここ最近の少し先の予報は外しっぱなしですね。(笑)

それも無理ありませんかね。こうも極端な天気になったのではです。

今回の梅雨(六月四日~七月二十日)の東海地方の雨量だけでも、三重県の尾鷲市では1109ミリと平年の二倍近く降ったのに、同じ三重県の津市では平年の七割、名古屋、岐阜の両市では約半分、滋賀県の彦根市では四割ほどしか雨が降らず、降るところにはやたら降りましたが、どちらかといえば空梅雨に近いといってもいいくらいです。(ということはここでも気象庁は外しています。今年の梅雨は雨量が多いといっていましたので)

同じ県内でも例年の二倍も降ったところもあれば、例年の七割くらいしか降らなかったところもあり、あまりに極端です。ここまで極端な天気になるとさすがの気象庁も外しまくるということがよく分かりました。(笑)

よくこれだけ極端な天気を現されるものです。よほど多くの人の心が中道ではないんでしょう。

それを教えられているんですが、もう何度も書いていますが、少しは、その中道の心(愛の心)を持たれてはどうでしょうか。

あれだけ書いたのに、今日など妙に前の会社はおとなしいのですが(やることはやっていますが、ずいぶん単発です)よほど危ない現象が現れているんでしょう。しかしそれも、その心を変えないとその現象は止まりません。もはや反省するしかないのです。

この辺りここ何日かはずいぶんサイレンが聞こえていました。これもまたこの辺りの人の今の心がよくないからです。それを反省するしかないのです。

安倍内閣の支持率もずいぶん落ちてきました。これもまた反省すべき点があるのでしょう。このまま支持率が落ち込むと、安倍総理の仕事もやりにくくなります。やはり反省すべきことは反省された方がよいと思います。まだまだ安倍総理には大仕事が待っていますから。

安倍総理は仕事が出来すぎて、少しせっかちなのではないでしょうか。それで我々国民がついていけず、なにをされるにも拙速感がついて回ります。だから、よい仕事をされても、それがよいと感じる前に次の仕事に取り掛かられますので、そのよい仕事の実感が国民にはわいてこないのです。もう少し進むスピードを落とされてはどうでしょうか。(他国にあわせるのではなく、やはり国民にあわせないと国民はついていけません)

前回の轍(てつ)を踏んではならないと思います。(どうでしょう、そのついでカジノ法案を引っ込められては。〔笑〕)

安倍内閣の支持率は支持率として、やはり現在の政府の方針に間違っているものもあると思います。

前回も前々回も書いていますが、本当に女性の特性を生かすのであれば、女性の社会進出を促してはいけないのです。本当に女性の特性を生かすのであれば、多くの女性を家事育児に専念させた方がよいからです。

たしかに社会で活躍された方がいい女性はいます。しかし、それは一部であり、ほとんどの女性は結婚して家庭を通して夫や子供を成長させ、そうして夫や子供を通して、社会に貢献するという使命を持って生まれてきているのです。(直接社会に出て活躍する使命を持った女性はそれほど多くはないのです)

現在の社会の停滞は、女性を働かせていないからではなく、その女性の夫や子供が本来の力を発揮していないからなっているのであり、それは女性が女性として本来の働き(家事育児)をしっかりしていないからそうなっているのです。(良妻賢母という言葉が死語になっているのが、そのよい証拠です)

女性が女性としての本来の働きをしっかりこなせば、このような停滞した社会にはなっていないのです。

そうではないですか。妻が夫に家庭で安らぎとエネルギーを与えれば、夫はもっと仕事をするでしょうし、母が子供をしっかり育てるならニートのような子たちも減ります。今経済が停滞しているのは女性が働かないからではなく、若い奴が働かないからです。(最近は働かない若者が多いらしいですね。〔うちの近所にもいますが〕ハローワークに行った時にそんな話を聞きました)

このようなことを知りますと、現在の社会の停滞は、女性が女性として本来の力を出せば(妻として母として)解決することなのです。

それに女性が家庭に専念して、愛を出し夫婦調和がなるなら、少子化問題も解決できます。

女性が妻として夫に尽くし、母として子供の教育をしっかりするのであれば、必然的に夫の給料も上がり、子供もたくさん出来て、そうしてその子供も成長し社会に出てよく働いてくれるのです。

今の解決すべき問題はすべて解決できるのではないですか?

つまり、男が男本来の力を、女が女本来の力を出せば、現在の日本の問題はすべて片付く問題ばかりなのです。(それはそうでしょう。そのような夫婦の調和が基本となり、この世は連綿と続いてきているのですから。それが当たり前といえば当たり前のことです)

現在有る人々の考えから、政府の方針まで、これまでしてきたことを自然に行うのであれば、すべて解決できる問題なのです。

不自然なことをするから、一方に歪みができて、それで不自然な世界が現れているのです。(一方に偏る、それは中道ではありません)

自然に元々ある考えに戻ることは大切なことです。(それが中道です)これまでの不自然な考えを一度全部反省し、そうして清算して本来の考えに立ち戻ってはいかがでしょうか。(男は男としてのあるべき姿、女は女としてのあるべき姿にです)

何だかんだいっても、それが一番の回復の早道だからです。

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7月 21 2014

女性の愛

前の会社は今日も休みのようです。(こちらは静かでいいのですが)

三連休ですか。ずいぶん珍しいこともあるものです。この会社が盆や正月、ゴールデンウィーク以外でこんなに連休を取るなど(私が自宅に戻ってからは)初めてなのではないでしょうか。

最近はこの辺り、妙に早じまいする会社やよく休む会社もあるようです。

よほど暇なのか、それとも仕事をしたくても出来ない理由でもあるのか分かりませんが、暇なだけならいいのですが(そんなに暇でも会社は困るでしょうが)この辺りは神に逆らい続けている人が多いのです。(その自覚があるかないかは知りませんが)

神の業が、次々に現れ出したところもあるのではないかと心配です。(そうなると仕事どころではなくなりますからね)

昨日も書きましたが、愛があるかないかで、その人の幸、不幸は大きく分かれることになります。

多くの人が、もう少し愛を出す努力をされたらどうでしょうか。

昨日でも日本各地で、ゲリラ豪雨やカミナリになったところが多かったようですが(おまけに長野では集団食中毒まで発生しました)このような極端な天気(あるいは集団食中毒などの不幸な出来事)になるのも、愛のない人が多い、そのようなことを天が教えているのです。(極端ということは中道ではないということです。中道を実践しないと愛は現れないのですから、極端な天気が現れているということは、中道を実践している人が少ないということであり、それは即ち愛がない人が多いという意味です)

それは日ごろの、この辺りの人の言動を見ていれば分かります。(この辺りの人の日ごろの行動は、もう暗記するぐらい書きました)あれでは愛ある行為を行っているとはとてもいえないでしょう。

昨日も書きましたが、まず家族間に愛がない、それでは多くの人が愛のない行為をすることも仕方がないといえますが、もう仕方がないですむ状況ではなくなっているのではないでしょうか。

昨日サイレンのことを少し書いたのですが、そうしたら、昨日や今日は(一昨日もですが)やたらよく聞こえてきます。こういうサイレンの音を聞いていると、名古屋はよほど愛のない家庭が多いのではないかと思えてなりません。

やはり不幸なことが起きるのは、そこに愛がない、もっと愛ある行為を実践しろという天の警告なのです。

前に働いていた会社のお客さんで、新婚ホヤホヤの人がいました。

その人は、よくその会社に材料を取りに来ていたのですが、その人は材料を車(トラック)に積んでも、いつまでも事務所にいてなかなか帰ろうとしませんでした。(夕方に来て、六時過ぎくらいまでは事務所で私たちとしゃべっていました)

その人は、自分の会社まで帰るのに一時間ほどかかり、その後、積んである材料を会社で降ろして、その後に家に帰るのですから、ここに六時過ぎまでいたら、家に帰るのは八時過ぎくらいになってしまいます。

それで「あんまりここで長々としゃべっとらずに、新婚さんなんだから早く家に帰った方がいいんじゃないですか」と私がいうと、その人は首を横に振って「家に早く帰りたくないからここでしゃべっているんです」といっていました。

最初は、照れ隠しでいっているのかと思いましたが、その理由を聞くと、どうもそうではないようでした。

その人が奥さんにした人は、少々口うるさかったのですが、ずいぶんしっかりした人で、料理でも洗濯でも何でもよくこなす人だったそうです。

それで自分がずぼらで家のことなど何もしないので、こういうよく動く女性の方がいいと思って結婚したそうです。

そうしたらこの奥さん、よく動くのはいいんですが、動くのは自分だけではなくだんなさん(その人)まで動かして「あんたあれしてよ」とか「それが終わったらこれをして」とかいわれて、その人は家に帰ってもゆっくり休めないそうです。

それが嫌で家に早く帰りたくないといっていました。

「こっちは仕事で疲れているんだから、と勘弁してもらえばいいではないですか」と私がいうと「私だって家のことをやってるんだから同じだ」とか「家のことは共同でやらないとできない」とか、いろいろいわれて、とても聞き入れてくれないそうです。

だから家に帰るのを出来るだけ遅くしているんだそうです。家に遅く帰れば、それから家のことをやらされるということもないからです。

この人はまだ二十代後半の人でした。これからまだまだ長い結婚生活を(というか始まったばかりです)このような奥さんと、このような気持ちでどうやって幸せに暮らせるというのでしょうか。

今、ドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)が、ずいぶん問題になっていますが、好きで一緒になった女性を好んで殴る男性など一人もいません。

では何でドメスティックバイオレンスが増えたのか?

先ほど書いたような女性が増えたからです。男の気持ちをまったく理解しようとしない女性が増えたからです。

だから男は暴力を振るうのです。そういう方法しか女性に「俺の気持ちをもっと分かってくれ」という伝え方が分からないからです。

夫が何をいっても妻は聞こうとしません。言い合いになり口で女に勝てる男もそうはいないでしょう。では、自分の苦しい胸のうちをどうやったら妻に伝えることが出来るのでしょうか?

夫はそれ(暴力)以外では自分の苦しい胸のうちを妻に伝える手段がないのです。では、そうする以外方法がないのではないでしょうか。

私は決して、ドメスティックバイオレンスがいいといっているわけではありません。しかし、女性が、妻が、もう少し夫の気持ちを理解してあげるなら、愛を出してあげるなら、このようなことは起きることはないといっているだけです。

愛とは、相手と自分が一緒になりたいという思いであり、一緒になるなら相手の気持ちなど手に取るように分からないといけません。

愛とは、そのような思いなのですから、それなら当然、人を愛するということは、その愛する人の気持ちが分からないといけないのです。その愛する人の気持ちがまったく分からず、自分の都合ばかり相手に押し付けるのでは、愛がある行為とはとてもいえないでしょう。

世間では、ドメスティックバイオレンスは、男(夫)が一方的に悪いような言い方をしますが、しかし、表面上のことだけを見るのではなく、もう少し深く、そのような行為に男が至った経緯を理解すべきではないかと私は思うのです。

では女の気持ちはどうなのか、あなたは男だから男に味方しているだけ、と思われてもいけませんが、女性の愛は、どのような粗暴な男でも、それを従順な男に変えることが出来るのです。

それほど女性の愛とは偉大なのです。

また女性の使命、役割とはそのようなところにあります。(殺伐とした世の中を平和な愛ある世の中に変える)

女性が愛の出し惜しみをしているばかりに、あまりに愛のない世界になっているのではないかと思えてなりません。

別に女性ばかりが悪いとはもうしませんが、女性の愛は世界を救います。(女性の愛が神の愛なのですから)

あまりに現代は、その女性の愛が不足しているのではないでしょうか。

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7月 20 2014

愛がなくて起きる不幸

本当に不幸ばかり起きている会社があるようですが、なぜ、この会社は不幸ばかり起きるのでしょうか?ちょっと具体的に書いてみましょう。

この会社の人たちは人の邪魔ばかりしているのです。(小さなことを気にしてです)

そうして、その邪魔ばかりしている人に、散々知らないことを教えてもらっているにもかかわらず、感謝一つしないのです。そうして、その人の邪魔ができるなら、回りに迷惑をかけようが、お客さんに迷惑をかけようがお構いなしです。そこらのものを床に叩きつけたり、ガンガン叩いたりして、でかい音を立て続けているのです。

この人たちは、そういうことをしていても少しも悪いと思っていません。

この会社の人たちは、いろいろ教えてくれた人に少しも感謝しないばかりか、そのようなでかい音を立てて周りに迷惑をかけ続けているのに、それを悪いとも思わない、そんな床に叩きつけた物を品物として売っているんですから、自分のところの品物を大事にしているわけでもなく、お客さんに叩きつけた物を売って申し訳ないとも思わない、本当に愛のない人たちである、ということです。

こういう人たちに天罰がくだらないと思いますか?

逆に天罰がくだらなかったらおかしいでしょう。不幸なことが起きていると、起きた現象ばかりに目をやり、それで起きた人はかわいそうで、何も起きていない私に全責任を押し付け「それはあいつのせい」ということを皆いうのでしょうが、その前に、そのような天罰が起きている人の言動を、しっかり知らないといけないのではないでしょうか。

天罰がくだるには、くだるだけの理由が必ずあるからです。

この会社のような愛がないところに不幸は起きるからです。

岡山の小学生がいなくなったということで、ずいぶんニュースになっていました。その小学生が無事に保護されたということで、それはよかったのですが、このような事件も、実は家族の(特に母親の)愛が深ければ防ぐことが出来たのです。

愛が足りなかったため、このような事件は起きたからです。

この家族は愛があったではないか、子供を心配して母親はその子を学校まで迎えに行っていたし、GPS機能がついた携帯も持たせていた。今回誘拐されたのは、たまたま母親が学校に迎えに行けない時に起きただけではないか、それが何で愛が足りないのか、といわれる人もあると思いますが、たしかにそうでしょう。

この家族は子供に対する愛がありました。だから今回無事ですんだのです。

しかし、この家族に愛がもっと深ければ、このような事件になることもなく、この事件は未然に防がれたということです。

その家族の愛が深ければ深いほど、その家の子供は守られるからです。(天からです)

この家族の愛が深ければ、この誘拐された子は、誘拐される前に誰かにその誘拐を止めてもらえたでしょうし(中学生を誘拐しようとして、通りがかりの人に助けられたという事件がこの前ありましたが、あのようにです)もっと愛が深ければ、このような事件に遭遇することもなかったでしょう。(天が、危ない事故や事件に遭わないよう導いてくれるからです)

しかし、助けられたとはいえ、このような事件になり警察は元より、多くの人に迷惑と心配をかけたということは、やはり家族に愛が足りなかったからであり、だからこのような事件にまで発展したのです。それをこの子の家族はよく反省しないといけないのです。(こういうことが起きれば、その家族はそのような心になりますよね。「皆さんにご心配をおかけして…」という風にです。ただ、その原因を子供になすりつけ「知らない人について行ったらだめでしょう」で終わらせてはいけないのです。子供に対する、親たちの愛が足りなかったからこういうことが起きた、とその原因をはっきり理解して反省しないといけないのです)

一体あの人たちのどのような愛が足りなかったのか、どこにでもいる家族と変わらないではないか、といわれる人もいるでしょう。

私も、あの家族のことをよく知りませんので、細かいことまではいえませんが、ただいえることは、愛が足りている家族にこのようなことは絶対に起きない、ということです。

昨日、ウナッシーさんからのコメントにもありましたが、最近はかかあ天下の方がいいという風潮がありますが、しかし、残念ではありますが、かかあ天下ではその家族に妻の愛、母の愛があるといえないのです。

かかあ天下は法ではないからです。(法ではないことをやっていては愛は出てきません)

母が父にギャーギャーいっていてはいけませんし、妻が夫にあれこれ指図してももちろんいけません。順序が違うからです。(夫がしっかりしないから、という人もいるでしょうが、それは妻が夫がしっかりするよう育てないといけないのです。それも妻としての役割だからです。主婦の家事育児とは(子供だけでなく夫も含めた)そのようなこと全般をいうのです。だから私は、家庭の主婦の仕事も男が外でしている仕事と同じくらいの価値がある、と何度もいっているのです。こういことを片手間でやれるものでしょうか?)

それはもちろん子供にもいえることであり、口でギャーギャーいったところで子供は反発しますし、では、何もいわなければいいのかといえば、これもそうではありません。

親とは、木の上に立って子供を見る、と書くのですから、その読んで字のごとく、少し高い位置から子供よく見て、必要なことだけアドバイスしてやればいいのであって、必要以上にかまってもいけないし、かまわなくてもいけない、この親としての子供の教育もまた“中道”でないといけないのです。

それが親としての勉強であり、最近子供が自殺するほど悩んでいるのに、それがまったく分からない親もいるというのですから、そのような家族に愛があるとはとてもいえないでしょう。(それでは子供のことを愛を持ってよく見ているとは、とてもいえないからです。それで子供が自殺して、自分たちが気づいてやれなかったのが悪いと、反省する親はまだいいのですが〔このような親の子は、自殺してもその親の愛で早く地獄から抜け出すことが出来ます〕ひどい親は、その自分たちの愛が足りなかったせいで自殺した子の責任を、他の人に押し付ける人がいます。〔どこかの市長さんそれで訴えられていますが〕こういう親は最悪です。自分たちばかりか、自殺した子も地獄で長く苦しむことになるからです)

一見すると愛がある普通の家庭に見えますが、しかし、その家庭内のことをよく知ると、案外愛のない家庭は多いのです。(妻がうるさいだけでも、また順序が違うだけでも、そこに愛は流れなくなるからです。その分その家庭は愛が少なくなります)

特に昨今は、例の男女平等、同権がいわれるようになって、これではよけい家族としての愛が出てこなくなり、こういう家庭は突然の不幸に見舞われることがよくあるのです。

この辺りでも、家族に悪いことが起こり、それを私のせいにしている人が大勢いるのですが、その家庭に愛が満ちていれば、仮に私が悪魔で、その悪魔の能力をどんなにその家族にかけようと、愛が満ちている家族に不幸が起こることはありません。(愛は何ものにも勝るからです。どんな悪よりも強いからです)

この辺りで不幸になっている人が多いのは、その不幸になっている人の心と、そうしてその家族に愛が足りないからです。

自分たちの愛が足りないのを棚に上げ、それを私のせいにしているようでは、先ほどの自分の子供が自殺したことを他の人のせいにしている親と同じで、それでは自殺した子も責任転嫁している親もどちらも救われないでしょう。

この名古屋も救われない人が多いように思います。最近はサイレンも減ってきたように思いますが(昨日はよく聞こえてきましたが)しかし、だからとはいえ神の業が減っているのかといえば、前の会社を見る限り減るどころか増えています。

しかし、どのような災いも自分たちに愛があるなら、防ぐことが出来るのです。

その愛は(人として)当たり前のことを当たり前にやれるなら現れてくるのです。

犯罪を犯すのは論外ですが、感謝するべき時に感謝する、順序は守る、責任転嫁はしない、そのような当たり前のことを当たり前にできないから、愛がなくなり不幸な現象が起きるのです。

もう少し愛が出る行いをされてはどうでしょうか?それが不幸がなくなる一番の方法だからです。

(あまりケチくさいのも愛がない証拠ですけどね)

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7月 19 2014

真の世界平和の実現

マレーシア航空の民間機がウクライナで撃墜されたようですね。乗員乗客合わせた二百九十八人全員が死亡したようです。

ウクライナは(誰でも知っていますので詳しいことは省きますが)内戦状態にあるとはいえ、その内戦に関係ない国の人々があっという間に殺されてしまうのです。(誤射であったにせよです)

これ以上悲惨な出来事もありませんが、そればかりかイスラエルのようにパレスチナ住民を一方的に虐殺するという、許されざる出来事も世界では起きています。(いろいろ言い分はあるでしょうが、一番の問題は、あのイスラエルにユダヤ人がいるからいけないのです。あそこにユダヤ人が来たからこんなに中東は揉めているのです)

なぜ、世界はこんな愚かな戦争を続けるのでしょうか?

各国に様々な問題があるにせよ、その戦争の元をたどれば、自分たち(同じ民族、仲間など)優先の、自分たちだけの幸せを求めているからであり、それは我欲に過ぎないのです。

そういう人たちが寄り集まって、我欲が強くなると戦争になり、我欲が少なくなると戦争をしなくなる、ただそれだけのことなのではないでしょうか。

世に多くの宗教がありますが、このような(戦争がなくならない)世界を知るのであれば、現在ある宗教もまた無力なものと思わざるを得ません。

それぞれが自分の宗派が正しいと、主張しあっているだけで、その正しいという証明をどの宗教も多くの人々の前でしないのです。(宗教戦争をしているくらいですからね、これでは話しにならないでしょう)それでは一体どの宗教が正しいのか分からないというのが、多くの人たちの見方でしょう。

しかし、世界の人々が認める、本当に正しいといえる宗教が、もし出現したのであれば、この世界中で起きている戦争を、なくすことができると思われないでしょうか?(その正しい教えを知るなら我欲もなくなり、宗教戦争もなくなるのです。正しい教えはこの教えのみと分かるからです。世界の平和が一変に実現すると思われないでしょうか)

その世界を救うことが出来る(世界中の人々に正しいと証明できる)本当の神の教えが現在の日本に出現しているのです。そのことを知っている多くの人はなぜ何もしようとしないのでしょうか?なぜ、その教えに逆らうようなことばかりするのでしょう。

この教えを素直に実践するなら、奇跡が起き、自分たちの幸せはもちろんのこと世界平和さえ実現出来るというのにです。

このブログを書くのを邪魔し続けている前の会社は、昨日もまた何か起きたようです。(昨日七時頃家に帰って来ると、やたら興奮して「ガンガン」やってるのがいました。何か様子が変だったので「何だまた癌にでもなったのか」と声をかけると、急にでかい音を立てた奴がいて「あれ、本当になった奴がいるのか?」と思い「何だ本当に癌になった奴がいるのか」と同じことを何度かいうと、そのたびにガンガンやってました。こちらのいうことに答えるがごとくです。どうもまた誰か癌になった人が出たようです)

私に嫌がらせをする人には災いが、協力する人には奇跡が、実際に次々に起きているのです。そうして私のいうことを無視している人が多いため、名古屋はもちろんのこと日本中で異常現象が起きています。

こういうことが起きる教えが他にあるのでしょうか?

なぜ、このような本物の神の教えが出現しているのに(このように次々に起きる神の業が本物の証明です)多くの人がそれに逆らい無視しているのでしょうか?

この教えを学び世界に拡げるのであれば、世界平和も実現するというのにです。

だから私は日本の人々の罪は大きいといっているのです。(大きいですよね、世界平和が実現できるのに、それをやろうとしないのですから)

世界中で戦争が起きている時に、武力を捨てろとは申しませんが、しかし、所詮武力では世界は平和にならないのです。

そのような抑止力をもちながら、この本当の神の教えを世界に伝えて行く、そのような使命が日本にはあるのです。(また戦後の日本の平和を考えれば、その神の教えを世界に伝え堂々と世界平和を唱えることが出来るのは、日本だけであると思われます。平和への実践は、どの先進国よりも日本が一番しているからです)

このような状況を考えますと、真の世界平和が実現できるのは日本だけなのです。日本がやらなければ真の世界平和は実現しないのです。

世界中で悲惨な出来事が毎日のように起きています。自分たちが平和ならそれでいいのでしょうか?

日本の人々が、いつまでも自分のことしかしようとしないのは大きな罪なのです。

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