1月 28 2014
よい話と悪い話
よい話と悪い話、どちらからいきましょうか?
マァ、順序でいえば悪い方からですか(その方がブログを読んだ後の気分が違います)ということで悪い話からいきましょう。
昨日は呆れました。床屋に行けば、入った時から気分悪いのがいて(わざとらしく鼻をすすってくるような奴です)そのまま髪切ってもらっているあいだ中、険悪な雰囲気で、床屋の態度も悪い。(やたら髪切るのが早いのです。まるで一刻も早く出て行ってくれという態度です)
その床屋を出る時に「これだけ罰が当たっているのに、人のせいにするな」と捨てぜりふをいって出てきました。
何だあの態度は、とイライラして帰っている時に、あちこちの歩いている人が嫌がらせのようなことをしてくる、そういうのにかまっていたら、今度は十数人の(下校中の)中学生もかまってきて「何だお前ら」とかいっていたら、人数が多かったので、調子に乗ったのかどうか知りませんが、その中学生たちが「ああん」とか「なんだ」とかいう奴がいたものですから、こちらも「なんだ」といい返したら「何でもありません」とニヤニヤ笑いながら帰って行くのです。
「お前らこんなに現象が出ていて、怖くないのか?」と聞くと、その連中、ヘラヘラ笑って何も答ず平気な顔して帰っていきました。
全く態度がなっていません。これだけの現象が名古屋に現れているのです。普通なら畏れるか、かしこまるかするものですが、てんで平気なのです。
さして起きてる現象を怖がってもいないようなのです。このような態度はまずいでしょう。(これ全部、天に観られてますからね)
自分たちの罪を棚に上げ、怒って私に嫌がらせするだけでも十分まずいのに、そればかりでなく、バカにするような態度まで平気で取っているのです。
神の愛が仇となり(愛ある現象ですから、それほど怖さを感じないのですが)よけい罪をつくるとなると、この現象だけではすまなくなります。(そうなると、恐ろしいだけという現象が現れてきます)
多分、私が心配していた現象がこれから始まると思います。(昨日の中学生たちがダメ押しですね)今の現象だけでは、名古屋の人たちは誰も反省しないからです。
そのせいで(昨夜もよくしていましたが)今日も朝からよくサイレンがしています。特に昨日私をバカにした中学生たちは気をつけることです。
その中学生にせよ、その中学生たちの家族も含めた周りの人にせよ、必ず何か現象が起きるからです。何も起きないと、その中学生たちは私をバカにし続け、それを周りの人たちに話すでしょう。そういうことにでもなれば、多くの人が私のいうことを信じなくなります。
即ちそれは、多くの人が法を信じなくなるということですので、天はそのままにしておかないでしょう。
この法を少しでもダメにするような行為には、必ず現象を現します。若いとか年を取っているということは関係ないのです。天は肉体ではなく心を観るからです。心は皆大人だからです。
とにかくこれからは、これまで以上の恐ろしい現象が名古屋に現れることになります。(今のままでは、いつまでたっても誰も反省しようとせず、平気で私を〔そうして神を〕バカにする人が出てくるからです。それではよけいな罪を、またその人たちはつくることになります。今以上の恐ろしい現象が現れるのは、そのような人たちの悟りを早める、神の慈悲なのです)
ですから、一刻も早く心を入れかえないといけないのです。
このまま書き続けると悪い話だけで終わりそうです。(日ごろのうっぷんがたまっていますからね。書き出すと止まらなくなります。〔笑〕)よい話も書いておきましょう。
四、五日前の話です。母が背中が痛くて眠れないとこぼしていました。
それで「病院に行けよ」というと「今日行ってくる」といっていました。
そうして母は病院に行ったのですが、何か骨がおかしくなっているとか何とかで、注射をうってもらい、薬を貰ってきたようでした。
もう大丈夫だろうと思い気に留めませんでしたが、二、三日前のことです。「また昨日も背中が痛くて眠れなかった」といっていました。痛み止めの薬が効いている間はいいようですが、薬の効果が薄れると痛みがぶり返すようです。
それで仕方がないので(仕方がないではありませんでした。母に対する愛からでした〔笑〕)祈ってやろうと思い「背中が痛いんだな」と確認すると「背中が痛い」といいます。
「分かった」といって母のいる部屋を出て行きましたが、母が「何で」と何度も聞いていました。母に祈ってやるといったところで何も理解できません。それ以上私は何もいいませんでした。
その夜と翌日も祈ったでしょうか、二日も祈ったのでもう大丈夫だろうと思い、昨夜「背中の痛みどうなった?」と母に聞くと「いまのところいい」といっていました。
「痛みなくなったんだろ?」と聞くとまた「何で」と聞いてきます。それ以上話ませんでしたが、どうやら母の背中の痛みはとれたようです。
医者にいって注射をしてもらい、痛み止めの薬を飲んでも、なかなかとれなかった背中の痛みが、私が祈ったらとれたのです。(何せ、頼むのがキリストと園頭先生です。癒しにかけては地球最強のお二人です。この程度の奇跡は朝飯前でしょう)
私に協力して、私の祈りを信じてくださる人には、このような奇跡も起きています。(これが、その時の都合だけとか、結果が出たら信じるとか、そういう心の人では多分きかれないんでしょうが)
私に逆らう方がいいのか、それとも協力した方がいいのかは、誰が考えても分かるのではないでしょうか。(「お前のいうことなど聞けるか」という人は多いと思いますが、しかし、この名古屋の状況で、では、誰のいうことを聞くんですか?私以外の人のいうことを聞いてもどうしようもないと思うんですが?)



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