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12月 24 2013

隗より始めよ

ここ数日、寒い日が続いていますが、こんなに長く寒波が居座るようなこと、気象庁いってましたっけ?

最近は気象庁もよく予報をはずします。それも仕方がないことでしょう(地震の時にもいいましたが)人々の心を調べようとしないからです。

物質面しか見ていない予報が当たるわけありません。いつまでもそれでは、当たるも八卦、当たらぬも八卦という、占いのレベルから抜け出せないでしょう。

しかし、気象や地震の予知、予測は多くの人の命にかかわる問題です。いつまでも昔ながらのやり方に固執せず、私のような者の意見も聞くべきではないでしょうか。(私は、お釈迦様がこういっていられるといっているのです。個人の意見をここに書いているわけではありません)

釈尊は、天変地変は、そこに住む人々の心が起こすといわれているのです。何度もいいますが、人々の心を少し調べられたらいかがでしょうか。気象庁は人の命に直結する仕事をしているのです。もう少し視野を広げ、もっと多くの人の意見に耳を傾けるべきだと思います。

すべて、この世で起きる事柄は、人の心が原因で起きているのです。その人の心をもっと科学的に調べるべきです。そうすれば、いろいろ正しいことが分かってくるはずです。(ここ百年、二百年の研究より、数千年も遺る釈尊の教えの方が、よほど研究する価値があると思いますが…)

その心といえば、昨日また、二、三日前に行った堀川べりを歩いていると、この前座っていたイスの辺りに、カモメやらすずめやらがたくさんたかっていました。

「何であそこあんなに鳥がいるんだ?」と不思議に思い近くまで行くと、イスの少し向こうにえさがたくさん置いてありました。誰かが置いていったようです。

それでこんなに鳥がいるのか、と思い、またそのイスに座っていると、しばらくするとカモメが次々に私の方に飛んできて、上がったり下がったり、私の上をグルグル回ったりと、いろいろな飛び方をしていきます。

そうかと思うと、目の前の堀川で、あちこち勢いよく飛んでいたカモメが「カァーカァー」と鳴きながら、上昇していったかと思うと、急に急降下をしてみたりと、いろいろ面白い飛び方をしていました。

まるでカモメのショーを見ているようでした。

貧乏な私は、本物のショーを観ることもできませんので、このような、ただで観られるショーはありがたい限りです。(笑)

私は、そのように飛んでくるカモメに、えさをやったことなど一度もありません。しかし、私がカモメの近くを通ると、嬉しそうに、私の方に飛んでくるカモメがたくさんいるのです。(すずめもそうですが)

では、私に嫌がらせをしている人たちはどうでしょうか?その人たちにカモメが寄っていくのでしょうか?(えさでもやれば寄っていくのでしょうが)

そういう人たちに、カモメもすずめも寄ってこないということでしたら、私とそのような人たちとの違いは一体どこにあるのでしょうか?

もちろん姿形ではないでしょう。そのような人たちと私との違いは、先ほどいいました心にあると思います。

私に嫌がらせする人で、私のように奇跡が起きている人がいるのでしょうか?

まずいないでしょう。そんな人に嫌がらせするような、心の持ち主に奇跡が起きるわけがないからです。(少なくとも私は人に嫌がらせなどしたことないですから)

先ほども書きましたが、天変地変は、そこに住む人々の心が原因で起きるのです。(決して一人の者が起こすわけではありません)

では、現在の名古屋に起きている、この次々に人が救急車で運ばれるという、異常現象は一体誰の心が原因で起きているのでしょうか?

少なくとも、鳥が次々に飛んでくるような、優しい心の持ち主が原因で起きているわけではないでしょう。人に平気で嫌がらせができる、そのような心無い人々の、心が原因で起きているに違いないのです。

すべてこの世で起きる現象は、そこに住む人々の心が起因しています。

何度もいいますが、人のことをあれこれ干渉するより、まず自分はどうなのかを知るべきでしょう。

自分たちに起きる悪いことは、自分たちが悪いことをしているから、悪い現象が自分たちに現れるのです。よいことをしていれば、よい現象が自分たちに現れます。

責任転嫁をしていても状況は変わりません。自分によいことが起きるようにしたければ、自分からよいことを始めなければ、そのよい現象は自分に起きてこないのです。

まず“隗より始めよ”それ以外よくなる方法はないのです。

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12月 23 2013

奇跡の起こし方

日本海側は、大雪になっているところがあるそうですが(もう平年の七倍も降っているところもあるそうです)まだ十二月です。本格的に雪の季節になるのはこれからです。来月、再来月が心配ですね。

本当に皆さん、いつまで神の運動を無視しているつもりでしょうか?(そのせいで、ほんといいこと起きません。地元名古屋はもちろんですが)

罰当たりなことを、いつまで続けるつもりか知りませんが、多くの人が、罰当たりな行為をし続けていたと気づいて反省し、神の運動を行うようになるまで、この災いは続きます。早く気づいてもらうほかありません。

災いのことばかりいっていても仕方ありません。奇跡の話も少し書きましょう。

前回も書きましたが、男女が調和するなら、そこに神の力が生じ奇跡が起きますが、男女平等、同権では奇跡は起きません。そのような心と行いは神の心ではないからです。

神の心とは愛であり、慈悲であり、調和です。ですから、それがあるところには、その心に応じて神の力が与えられ奇跡が起きますが、それがないところには、悪いことは起きてもよいことは起きないのです。

ただ多くの人々は、そのよう(不幸なことが起きる)生活が当たり前と思っているだけで、奇跡が起きる生活を知らないのです。(だから、今起きている天変地変などの異常現象を、仕方がないですましてしまっているのです)

しかし、本当はよいことが起きる(奇跡)生活が当たり前なのであって、今のように普通に生活していて、よく悪いことが起きるなどという生活は、明らかに異常な生活でしかないのです。(神の子である私たち人間が、天上界でしている生活ではないということです。地獄界に近い生活をしているということです)

昨日書きました、楽天の田中投手のような成績(24勝0敗)は奇跡といえるはずですが、では、その奇跡を田中投手は一人で起こしたのでしょうか?

そうではないでしょう。奥さんの内助の功は、当然あったといわれていますし、チームメイトの協力もあったといわれています。(田中投手が投げる時はよく打ち守ったとかです)

そのようなもろもろの協力の上に、田中投手はあのような奇跡を起こしたのであって、その奇跡を起こした基には、愛や調和があったはずです。(奥さんの愛やチームメイトとの調和です)

もし、ここに自由、平等、という意識しかなければ、いくら田中投手といえども、あれほどの奇跡は起こせなかったのではないでしょうか。(絶対無理ですね。それは断言できます)

このように、そこに愛や調和があるなら、一人一人の人は、自分に与えられている天分を十分果たすことができ、その分に応じた奇跡が起きるのです。(だから愛と調和の心と行いをするのであれば、人により、そのやれることは違いますが、そのやれる分野で、よい成績が上げられるということです)

ただ、この愛や調和という心を勘違いしている人がいます。(例えば自由や平等が愛であり調和であると)これでは奇跡は起きませんし、逆に悪いことが起きてきます。

もし、自分にあまりいいことが起きないと思っている人は、愛や調和の心を持っていないか、それともそれを勘違いしているかのどちらかでしょう。

本当の愛や慈悲、調和の心を持って少しずつでも実践されれば、そこに何らかの奇跡は必ず起きてくるのです。

奇跡など、そんなに起きないから奇跡というのであって、起きないのが当たり前、ではなく、愛と調和の心を持ち、それを実践するのであれば、起きるのが当たり前なのです。(元々この世界は、そのようにつくられているからです。愛、慈悲、調和の心を持って、それを実践していれば、黙っていても光の天使が力を貸してくれます。その光の天使の力〔それは即ち神の力〕が奇跡となって現れるのです)

現在のような、災いばかり起こる世界が日本に現れているのは、そのような愛、慈悲、調和という心も行いもない人が多いからです。(それはそうでしょう。人に嫌がらせばかりしている人たちに、愛や慈悲や調和があるとはとても思えませんから)

心と行いを少し変えるだけでも、起きる現象は違ってきます。

では、少しくらい変えられたらいかがでしょうか。

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12月 22 2013

牝鶏(ひんけい)あしたす

昨日、白鳥公園の横を流れる、堀川の川べりにあるイスに腰掛けていたら、一羽のカモメが飛んで来て私のすぐ近くに降りました。

珍しいなとも思い「おい、元気か」と声をかけました。(カモメは何十羽もこの時期堀川を飛んでいますが、私の方に飛んでくるカモメはいても、すぐ近くまで降りてくるカモメはいません。せいぜい目の前の堀川に降りるくらいです)

そうすると、そのカモメはピクッとします。それでまた「お前よく人の顔おぼえているな」と声をかけると、頭や体をプルプル震わせて喜んでいるようでした。(すずめでも、声をかけると似たような喜び方をします。鳥は人の話が分かるようです)

そのカモメ、私の周りをウロウロしていたのですが、カゴメがウロウロしていると、すずめまで集まってきてにぎやかなものでした。そのうち飛んで行きましたがカモメとはいえ可愛いものです。

それに引き換え、人の可愛くないことといったらどうでしょう。人の顔見れば嫌がらせです。そういうことをしてくる人に「人のせいばかりにしてるなよ」とか「自分の責任も少しは考えたらどうか」と声をかけているんですが、なかなか分からない人が多いようです。

これだけサイレンがしていれば、それも仕方がないことかもしれませんが、それを人のせいにしている暇があるなら、少しはわが身を振り返ってはいかがでしょうか?

私に嫌がらせできるほどご自身の心はきれいなのでしょうか?(そんなに心がきれいなら、私以上の奇跡が起きるはずですが?)自分のことを棚にあげ、人に嫌がらせしているとは、ずいぶんみっともない話です。

そんな人に嫌がらせなどすれば、ご自身の汚い心がよけい汚くなります。人のことよりまず自分のことではないでしょうか。

マァ、そういう人たちのことばかり書いていても、こちらも気が滅入ります。話題を変えましょう。

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)がずいぶん独裁性を強めているようですね。(粛清を重ね、ナンバー2だった自分の叔父まで処刑してしまったとか)

しかもそれが女(自分の嫁さんですが)に狂っているせいだとか、昨日のテレビでいっていたようですが、本当でしょうか?

女が政治に口を出して滅んだ国などいくらでもあります。(中国には、あの唐を滅ぼした楊貴妃などに代表される、傾国の美女という言葉まであるくらいですから)

もし、それが事実なら北朝鮮はかなり危ないということになります。

崩壊ならまだいいんですが、暴発でもされたら日本まで確実にミサイルが飛んできます。政府が進める「国際安全保障戦略」をもっと進めねばいけませんね。

安倍総理が進める日米同盟の強化、ロシアや(中、韓を除く)アジア各国への協力関係の強化などは、これからは中国だけでなく北朝鮮に対しても生きてきます。これもますます進めてもらわねばいけないでしょう。

一国を滅ぼすどころか、他国にまで多大な被害が出かねない、男を狂わす女の力は非常に恐ろしいということになります。

このように内で力を発揮するのが女であり、外で力を発揮するのが男なのです。

その女が内で、よい方に力を発揮するのであれば、例えば、今年のプロ野球で大活躍した楽天の田中投手のように、無敗というこれまでにない記録もつくられもするし、それは他の仕事であろうと同じであり、これまでにないことがやれるのです。(不可能と思われることがです。例えば核廃棄物の完全処理技術の完成とかです。プロ野球で二十勝以上もした投手が、無敗という記録をつくれるなど誰も思いませんでした。しかし、そのような誰も思わないことを現実にやった選手がいるのです。そう考えるのであれば、できないと思ったことができることなどいくらでもあります)

しかし、それも男女の調和という力が合わさって、はじめてできる奇跡なのです。(そこに神の力が生じるからです。男女平等や同権では何の奇跡も起きません)

男と女が調和すれば、起こりえない奇跡が起こります。しかし、逆もまたしかりで、女が道を間違えれば、そのパートナーの男も大きく道を踏み外すことになります。

これまでもいってきましたが、中国で昔からいわれている「牝鶏あしたす」(女があまりに口を出すと、国や家が滅びる)という言葉を忘れてはならないのです。

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12月 21 2013

気づきの現象

昨日は東京や西日本の各地で初雪が降ったそうです。(東京などヒョウまで降ったそうですが)どこも平年より早く、大雪になっているところもあるそうですが、温暖化、温暖化とこれだけ騒がれているのに、ずいぶんおかしな現象です。

今日も雪が、かなり降る地域もあるそうですが荒れた天気が続きますね。

そればかりでなく関東など、今日の未明にずいぶん広範囲で地震があったようですが、荒れているのは天気ばかりではないようです。(名古屋も天気はそれほどでもないんですが、人心が大荒れです。何せサイレンが止まりませんから)

その地震の件ですが、首都直下地震の被害想定が見直されたり、東海地方の地震の確率が下がったりしていますが、あの予測はどれだけ正しいんでしょうか?(被害想定の見直しはともかくです)

地震の想定が、三十年以内に震度六以上の揺れに見舞われるか確率が、やれ静岡は九十から六十パーセントに下がっただの、津は八十七から七十パーセントに下がっただの、名古屋は四十六から四十二パーセントになっただのいわれても、こちらとしては、それでどうすればいいの、としか思えませんがそこはどうなんでしょうか?(確率が下がったから安心すればいいということでしょうか?)

名古屋の確率が、四十六から四十二になったといわれても(やたら細かいんですが)その差の意味が分かりませんし、だいたい、まったく地震予知ができないのに、そのような細かい予測を出して、本当にそれが正しいものなのでしょうか?

南海トラフ地震について、新しい長期予測を取り入れたため、このような予測になったということですが、地震の予知がまったくできないのに、何で予測ができるのでしょう?(その新しい長期予測とやらは、どこまで正確なんでしょうか?)

予知はまったくできなくても、予測はできるということでしょうか?では、今回関東で起きた大規模な(これは震度四から三クラスですが)地震の予測は、地震学者のどなたかしていられたのでしょうか?

茨城、栃木、群馬、埼玉の四県にまたがって、震度四の地震が起きているのです。これだけ広範囲にわたる震度四クラスの地震を、まったく予測すらしていなかったとすれば、一体どういう計算をしたら、震度六以上の地震が起きる確率を、それだけ細かく(名古屋など四十六から四十二ですから)予測ができるのしょうか?(大きい地震なら、予測できるとでもいわれるのでしょうか?そんなこと誰も信じません。東日本大震災や阪神大震災なども、まともに予測されていませんでした)

今回の関東で起きた未明の大規模な地震は、まるでこの新しい地震の確率の発表を、待って起きた地震のように思えてなりません。(昨日二十日に、この新しい地震予測が発表され、今日二十一日の午前一時十分頃地震が発生しました。日付が変わりすぐです。本当に待っていたかのようです)

このような現象が起きるということは、その発表が正しくない証拠であり、現在の地震学者の地震の予測方法は間違っているのです。(何度もいいますが、そこに住む人々の心を調べていないからです)

正法の世となり、間違ったことには次々に現象が起こり、それが間違いであると知らされていきます。

地震学者だけではありませんが、現在の日本にこれだけの現象が起きているのです。では、多くの人が、間違ったことをしているのではないでしょうか。

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12月 20 2013

災いの原因

今日の朝、四時頃だったでしょうか「ウーウー」という、けたたましいサイレンの音で目が覚め、それから寝れませんでした。

その後もサイレンがしていたようですが、近くで火事でもあったんでしょうか?まったく毎日これです。本当に勘弁してほしいものです。

前の会社の連中も、昨日など、やたら怒ってガンガンやってるのがいましたが、また何か起こり切れてやっているのか、それともパニくってやっているのか知りませんが、こうもサイレンが聞こえてきてはねぇ、怒ろうがパニくろうが、もうどうしようもないのではないでしょうか。

それを私一人のせいにされても困るんですが、皆私のせいにされるのです。昨日でも、夕方から雨が降り出したものですから、傘をさしてコンビニに行き弁当を買って出てきたら、コンビニの傘たてに置いておいた私の傘のくしが、一本曲げられていました。

コンビニで、弁当を買っていたわずか五分ほどの間の出来事です。皆私のことを知っています。(コンビに行ったら大騒ぎになることも多いですよ。来ている人の誰か彼かは、私に嫌がらせのようなことをしてきますので。〔そのコンビニのバイトまでやってきますから〕最近コンビニに入り、静かにほしい物を買って、出てきたためしがありません)コンビニにいた誰かがそれをやったんでしょうが、こういうことを私にすると、それをした人の方が怖いのです。

実は前にも似たようなことをされたことがありました。(それは傘ではなかったんですが)

それをしたのは誰か、私もう知っていますのであんまりはっきり書けませんが(近所の人だからです)その人、私にそういうことをした何日か後に一日二日入院されたようです。

そうしてそればかりではなく、そういうことがあったまた何日か後に、今度はその人の家族まで入院されることになったようです。

その人、それを私のせいにしていましたが、そうなった原因は、その人が私に、直接害をなす行為をしたから、自分だけでなく家族にまでそういうことが起きたのです。

このように、本当は自分の責任であるにもかかわらず、何でもかんでも私のせいにして、私に嫌がらせしている、そういう人が名古屋には多いのですが、私にでかい音を立てたりして嫌がらせしているだけでも、次々に災いが起きているのです。

では、私に直接害をなすような行為をした人には一体何が起きるのでしょうか?

昨日私にそんなことをした人は、詫びを入れられた方がいいと思いますが、その人は、絶対にそんなことはしないでしょう。では、あなただけでなく、あなたの家族にまで何か起きるかもしれません。

それは十分お気をつけください。

モーゼやキリストは、四十日四十夜の間、荒野をさ迷い断食を行いました。その後、法を説くようになられ数々の奇跡を現されたのです。それはエリヤも同じです。預言者といわれる方々は、同じような体験をされ、多くの人々を正しい道に導かれたのです。

園頭先生も同じです。戦地で大病を患われ四十日の間、ほとんど食事らしい食事をされなかったそうです。そのご病気を回復された後「宇宙即我」(悟り)の境地に到達されたのです。

理由は分かりませんが、法を説く使命を持った方々は、その前に、この禊(みそぎ)のような体験をされ、その後、法を説かれ奇跡を現されるようになるのです。

私もそのような体験(四十日の断食)をしています。そうしてその後、このブログを再開し、それから私が祈ると次々に奇跡が起きるようになったのです。

では、私も歴代の預言者といわれる方々と同じ体験をし、同じ道を歩んでいるということになり、預言者の資格はあるのではないかと思われます。

聖書など読めば、預言者のいうことを聞けば奇跡が起き、逆らえば災いが起きるということが分かります。

その預言者のいうことを聞こうとしないから、名古屋をはじめとした日本各地に、多くの災いが起きているのではないでしょうか。

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