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11月 04 2013

脱原発の対案

あの元総理の方、相変わらずお元気そうでずいぶん脱原発にご執心のようです。

あの方がいわれることは、これから日本が原発を始めるということであれば(しかも日本一国だけがです)よいのですが、すでに日本は原発をやっていて、そうして核廃棄物も大量に出ているのに、それであのような発言はピントがずれているとしか思えません。

元総理の発言としてはやはり無責任といわざるを得ないでしょう。

だいたい再生可能エネルギーから、それほどのエネルギーがつくれると本気で思っているのでしょうか?日本は国土も狭く、再生可能エネルギーをやりたくてもやれる場所も限られてきます。(太陽光にしても、風力にしてもやれるところは限られてきますよね。このようなエネルギーは、百パーセント電気を発電してくれるわけではありません。〔太陽光など三十パーセントくらいでしょう〕よほど広い場所がないと話しになりませんからね)

それこそ再生可能エネルギーなど、日本に向かないのではないのでしょうか?(原発ばかりがいわれますが)

もっと国土が広い国で、それを考えてもらった方がいいのではないでしょうか?(再生可能エネルギーに適した国はいくらでもありますからね。そちらでやってもらった方がいいと思いますが)他国でやった方がふさわしいことを、日本の政府が方針を出して、日本が一丸となってやった方がいいのでしょうか?

私にはとてもそうは思えません、日本は日本で、やるべきことはもっと他にあると思います。(例えば、現在の日本の電気をつくる主力である火力発電の火力を、もっとエネルギーが安く、まったくCO2の出ないものにするとかです…そんなことやれるかどうか知りませんが)

それに、あの方は(特別この方だけではありません。脱原発をいわれる人全般にいえることですが)核廃棄物に対して、その対処方法をまるでいわないのです。ただ「最終処分場がない」としかいわないのです。では、現在すでにある核廃棄物をどうするつもりなんでしょうか?

日本にふさわしいとは思えない、代替エネルギーを主張し、そうして核廃棄物の最終処理方法をいわず、脱原発を主張しているのです。とても元総理の発言とは思えない無責任さだと私は思いますが、そこはどうなんでしょうか?

この方が一般人(現在はそうですが)というなら別にかまわないでしょう。しかし、いやしくも元総理大臣であった方が、このような発言をされては、はっきりいって日本全体が迷惑です。やはりこのような方々は、ご自身の発言には、慎重の上にも慎重をきしていただきたいものです。

はっきりいいまして脱原発をいう人たちは、途中から考えが始まり、途中で思考が停止しているとしか思えないのです。それくらい中途半端なことしかいっていないのです。

そうではないですか?そうではないといわれるなら、脱原発を主張される方々は、ちゃんとした代替エネルギーの存在から(現在電力が足りているのは、古い火力発電などをバンバン動かして、そうして節電する、かなり無理をした状態で電機が足りているだけです。燃料も高く、CO2をたくさん出す火力ばかりにいつまでもたよっていられません)核廃棄物の最終処分方法までしっかりいわないといけません。

それにもちろん原発技術を捨ててしまった後の経済状況もです。(大丈夫なんでしょうね、後々日本が食べていけない、などということはないんでしょうね)

このようなことをしっかりいった上で、そうして脱原発を主張されるならよいのですが、そういう人は皆無です。

脱原発をいわれる人は、このどの部分を取ってもあやふやなのです。代替エネルギーはどうするのか?と問えば、再生可能エネルギーをもっと進めろとか(日本にまったく向いていませんが)核廃棄物はどうするのか?と問えば、最終処分場がないとかいってるだけです。(そうして核燃料サイクルなども否定します)

はっきりいって、ちゃんとした対案があって脱原発をいう人などいないのです。どれもこれもしっかりとした答えもなく、感情論でいってるだけとしか思えないのです。(原子力は怖い、事故があった時、被害が甚大などなど)

普通の人が脱原発をいうのは仕方ないでしょう。(福島の原発事故を目の当たりにしていますから)しかし(社会全体を見なければいけない)政治家がそれをいうのはどうなのでしょう。まして、元総理がそういうことをいわれるのはもってのほかだと思います。(影響力がまるで違いますからね。社会全体が混乱します)

ちゃんとした全体の対案があれば別ですが、部分的な対案しかなく、しかもそれもいけるかどうかはっきりしない、そんな案ならいわない方がいいでしょう。

脱原発を主張される人は、それはそれで結構ですが、それならちゃんとした対案を示すべきではないでしょうか。

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11月 03 2013

心と行いのあり方

ハロウィン、ハロウィンと大騒ぎしていましたがそれも終わりましたかね。

あれなど他国のお祭りでしょう?いつから日本でもはやりだしたんでしょうか?(まだ最近ですよね)

魔女やお化けの格好をして、悪霊を払うなどの意味合いがあるようですが、あんな気持ち悪い格好をして、気味悪いかぼちゃなど並べたら、それではまさに地獄界をそのまま現していることになり、逆に悪霊を呼び込むことになります。

祭りも結構ですが、やはり本当の神の教えを知らないと、危ないことも平気でやってしまうのです。

日本の祭りでもそうですが、天狗やおかめやひょっとこの面をかぶって、騒いでいるお祭りなどありますが、あれなど本当にそのような者たちが来ているそうです。(と高橋先生がいわれていました)

あの世には天狗界とか仙界という地獄の世界もあります。その世界にいる者たちと、似たような格好をして騒げば、そのような世界から、本当にそこに住む化け物を呼び寄せてしまうのです。心のあり方もそうですが、その姿かたちも、おかしな格好をしていてはいけないのです。

そう考えると、おかしなものを祭る祭りはたくさんありますが、本当の神や天使を祭るお祭りは少ないですね。

ドイツなどには、偉人を祭るお祭りがあるそうですが、そのような偉人やエル・ランティーや七大天使を祭る祭りが(釈尊やキリストなどはもうどこでも祭られていますので)あってもいいのではないかと思います。(そのような祭りをすれば、そのような方々が本当に来てくれますからね)

そういう祭りもぜひやってみたいものですが(奇跡が次々に起きたりしてね)何せ私は嫌われています。人が集まらなくては話になりませんね。

しかし、私を嫌っている人にお聞きしたいのですが、それではそのような人はそれほどいい人なのでしょうか?私が気に食わなくて嫌がらせしていく人はたくさんいますが、では、そのような人は、自分は正しいと思っているのでしょうか?

自分が正しく、私が間違っていると思っているから、そのような人たちは私に嫌がらせをしてくるんですよね。(まさか、ねたみやひがみだけで、そんなことをしてくるとは思えませんので)

しかし、自分に間違いがなく、正しいことをしているのであれば、自分の周りに次々に奇跡が起きてこなければいけません。逆に私の周りに奇跡が起き、嫌がらせをしている人たちの周りに災いが起きているというのは、その私に嫌がらせしている人たちが間違っている証拠です。

私に嫌がらせをする前に、もう少し自分自身の心と行いを反省されてはいかがでしょうか。

私にそのようなことをしてくる、ほぼ全員の人が心は真っ黒だと思います。反省するということを知らないからです。若かろうが年を取っていようが同じです。反省の心をもたないと心は汚れていくばかりなのです。「自分が悪かった」という反省の心だけが唯一心を浄化するのであって、自分は悪くないと思い続けていればいるほど、その人の心は汚れていくのです。(だから、若い人より年寄りの方が心の汚れている人が多いと思います。年を取れば取るほど、反省しない人はその期間が長くなるからです。その分心の汚れはひどくなります)

ですから、どれだけかわいらしい顔をしていても、善人のような顔をしていても、その心を観るならば案外真っ黒な人も多く(反省を知らない人が多いですから)心がまともに現れるあの世に帰れば(死ねばということです)地獄に堕ちる人も多いということです。

外面だけよくして心が真っ黒では、それもまた格好が悪い話です。先ほどの話ではありませんが、格好がおかしくてもいけなければ、格好だけつけてても(外面だけよくても)いけない、心と格好(行い)が両方ともよくないといけないということです。

しかし、そのような両方よいという人には何がしかの奇跡が起きてきます。巷には不幸なことばかりではなく、そのような奇跡的なことが起きていることも、よくある話なのではないでしょうか。

何か運がよいことがあった、仕事が思った以上に進んだ、このようなことも奇跡です。そう考えれば、そのような小さな奇跡であろうと奇跡は奇跡であり、逆にそのようなことが何も起きてこない人には、やはりどこか心のあり方、行いの仕方に悪いところがあるのであり、そうして悪いことばかり起きてくる人には、その心と行いを徹底的に直さなければいけない部分があるということです。

私に、嫌がらせをしている人には悪いことがよく起きているようですが、では、そのような人の心と行いのどこかを、徹底的に直さなければいけない部分があるのではないでしょうか?

悪いことが起きてくるのも、よいことが起きてくるのも、その原因はすべて自分自身の心と行いにあります。

責任転嫁をして、人のせいにしていても何も変わることはないのです。

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11月 02 2013

脱原発をいう人の無責任さ

今政界は天皇陛下に手紙を渡した国会議員のことで大騒ぎになっています。

世が世なら切腹ものですよね。あの国会議員、どういうつもりでそれをしたのか知りませんが、憲法や国会議員うんぬんというより日本人としてあまりに非常識です。

こういう人が国会議員をしていては、またどんな問題を起こすか分かったものではありません。(とても常識のある日本人とは思えませんから)少なくとも、もう国会議員でいてはいけないでしょう。

どうせこの人脱原発としかいわないのです。国会議員としての資質にもかけると思われますが、どうしてこの人が国会議員として選ばれたのでしょうか?

ただ知名度があって、その時の人受けのすることさえいえば、選挙で選ばれてしまいます。これが民主主義の怖いところです。

しかし、こういう非常識な人が出てくると、なぜ、こんな非常識な人を国会議員として選んだのか?脱原発をいっている人は非常識な人が多いのではないか?と思われてしまいます。脱原発をいう人たちにとっては、この人の行為はかなりマイナスだったでしょう。

しかし、脱原発をいう人は、やはり少し常識に欠け無責任に見えるのですが、そこはどうなのでしょうか。

よく、脱原発をいう人は「原発を動かせば核廃棄物が出る、その処理方法がないのに原発を動かすのは無責任だ」といわれますが、逆にお聞きしますが、では、脱原発をいわれる人は、その核廃棄物の処理方法があるのでしょうか?

ないからそういっているというのは無責任でしょう。だってすでに核廃棄物は大量に発生しているのですから。(しかも世界中にです)

もちろんそれは、ほっておける問題ではありませんが、原発をやめても核廃棄物は残るのです。そうであるなら脱原発をいわれる人は、その大量にある核廃棄物の処理方法をいわなければ、当然無責任ということになります。

しかし、脱原発をいう人は、この核廃棄物の処理方法をまるでいおうとしないのです。だから私は、脱原発をいう人の方がよほど無責任だと感じるのです。

だってエネルギー問題以上に、原発で一番問題なのはこの核廃棄物の処理問題なのです。

しかし、脱原発をいう人は、その一番の問題の解決方法をいおうとせず、ただ原発はトイレのないマンションと同じで核廃棄物が出るからやめろだの、核燃料サイクルなどできっこないからやめろだのいっているだけです。これでは仮に原発をやめたところで、何も解決されないのではないですか、原発問題は。

だから私は脱原発をいう人の方がよほど無責任だといっているのです。

この核廃棄物の処理がしっかりできて、はじめて脱原発に舵を切れるのであって、それができていないのに脱原発をしてしまえば、後に残った大量の核廃棄物はどうするのでしょう。それに日本が原発をやめても原発を推進している国はいくらでもあります。ということは核廃棄物は出続けるのです。ではそちらの処理はどうするのでしょうか?(他国のことは知らない、ではすまされませんよね。ご存知のように放射能汚染は一国だけの問題ではなく、地球規模の問題だからです)

だから私は原発は進めなければいけないといっているのです。原発を進め原発技術の向上を進めなければ、核廃棄物の処理方法など開発されるわけありません。

そんなことできない、無理、ではないのです。もうそれを、やらなければいけないところまで来ているのではないでしょうか?日本だけではなく世界がです。

脱原発をいう人は、あまりに見てる世界が狭すぎるのではないでしょうか。(だから、天皇陛下に直接手紙を渡すなどの行為が平気でできるのです。視野が狭いからです)

原発は日本だけの問題ではなく、世界規模の問題なのです。それを他国よりも原発技術が高い日本が原発をやめてしまうなど、無責任以外の何ものでもないのです。

この原発問題は日本だけの話ではありません。それこそ世界の問題なのであり、多くの人々がもっと広い視野を持って、考えていかなければいけない問題であると思います。

それだけ多くの人の智慧がなければ、この原発問題の真の解決方法は出てきません。

あまりに多くの人が、原発問題を小さく考えすぎているのではないでしょうか。

この原発問題(核廃棄物問題)は、世界規模で考えていかなければいけない問題であるといえるのです。

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11月 01 2013

天の動きと地上の動き

今日から十一月ですが、今月は静かな月にしたいものです。

そう書いたとたんでなんですが、ほんとうるさいですね、あの音。何とかなりませんか?私だけでなく、私の周りの人もかなりうるさいと思います。

十一月初めから、文句はいいたくありませんが、はっきりいって迷惑です。迷惑です。迷惑です。大迷惑です。(この言葉だけで、終わらせたいくらいです。このブログ)

あのヘリ。

どうにかなりませんか?昨日など私の頭の上を二時間も三時間もぐるぐる回っているのです。しかも二機でです。

私一人しかいないのに二機っておかしいでしょ、二機って。(一機でもおかしいのに)

おまけに歩いている時も頭上をついて回られるので、私が歩いてるのがバレバレで(皆知ってますからね、ヘリの音がしてると私がいることを)そこら歩いている人が皆私に気づいて、何かかにか細かい嫌がらせを受けました。

あのですね、ヘリがいなくても私はすでに集団ストカー状態なのです。そこにヘリまで来たら集団ストカーに超がつくでしょうが、分かりませんか、これ以上目立ちたくないんです。(「あのヘリうるさいんですけど」って警察にでもいえばいいんでしょうか?ダメですかね…多分ダメですね、だって私警察官にも嫌がらせされたことありますし)

何度もいっていますが、そんなヘリ飛ばす金があるなら、こちらに回してもらえないですか?(だってあのヘリもう二~三年前から飛んできてますからね。〔ほんとんど毎日です。いろんなのきますよ。黒のヘリ、紺のへり、赤のヘリ、白のヘリ、カラフルなことです〕一日百万としても、二年で約七億、三年で約十億です。〔汗〕)

その方が、法を拡げられますし私もあちこちチョロチョロしません。経費も人件費も安くすむでしょう。

回してもらったお金でGTS心の研究所の本部をつくります。そこでブログを書いたり、個人相談をしたり、講演会、研修会をすればいいんですから、その方がよほど法も拡がるし、私もそこにいて自分の使命を果たせるんですから、そこで法の流布を行えばすむことになります。ヘリなど出さなくても、その方がよほど安上がりなのではないでしょうか。(ただ、今のような状況で〔名古屋ではかなり嫌われてますので〕人が集まるかどうかは分かりませんが…〔汗〕)

とりあえず一億ほど回してもらえないでしょうか?(安いもんでしょ、もう十億も使ってんですから…ほんともったいない話です)

何か変ですかね、このブログ?(しかし、現実に起きてること、可能性があることを書いているんですから、別に変じゃないでしょう)

どちらにしても、法が拡がらなければ、今月静かな月にしたくてもそうはならないでしょう。

私は、どっちみちうるさいので(このヘリやら、周りの人たちやら、救急車の音やらでです)かまいませんが、多くの人が静かな月を望むのであれば、この法の流布に協力してもらうしかないのです。(そうしないとまた天が次々に災いを起こします)

前に、神の運動とは世のため人のために尽くすことです、と書いたことがありますが、それは大きな意味でそのようなことです、という意味であって、実際はこの法のために何がしか尽力しないと、本当の神の運動にはならないのです。(神の運動とは正確には神の心を自ら知り、それを多くの人に伝えることがそうなのですから)

そのような意味でも、あのヘリが飛んでいるだけでは、今一神の運動にはなりません。(まったくならないということではありませんが)その潤沢な資金を(潤沢かどうかはっきり知りませんが)こちらに回していただいて、はじめて本当の神の運動となるのです。

何とかお願いできませんかね、そうしないとまた今月もこれまで同様、大変な月になるのではないかと思われます。

要は誰でもいいから早くご協力くださいという意味です。

すでに天では大きな動きが始まっているのです。そのような天上界の動きに比べ、この地上の動きは明らかにもたつきすぎています。

地上の人々も、天の動きに呼応して動かなければ災いは収まらないのです。

追伸…何か食材の偽装問題が、次々に明るみに出始めたようですが、あちこちのホテルやレストランでやってるようですね。食材偽装を。(もしかして、こういうの常識的にやってるんじゃないですか?)

あのミシュランも騙されたらしいですが、こういう事実を知ると、真剣にうまいのまずいの食材がいいのといってる人たちが、どこまで分かっているのか疑わしくなり、ギャグとしか思えなくなります。(こうなってくると、ホテルやレストランばかりでなく、そのような料理を主体とした番組まで信用をなくしますね)

こういうのを見ていますと、やはり、ごまかしがきくような料理をあまり騒ぐのではなく(園頭先生が「舌先三寸のことを大袈裟に騒ぐな」といわれたとおりです)愛ある料理が一番いいということになります。

もうこれからは、あそこの店がいい、こちらの店がいいといわれても、本当にまともな食材を使っているかどうか分からないんですから(だって誰も正確には見抜けないんですよね、あのミシュランさえ騙されるのですから)そういう店を追うより、本当に愛ある料理をつくる店や主婦の料理をもっと取り上げた方がいいのかもしれません。

どちらにしても、これだけ食材偽装が大々的に取り上げられだしたのです。料理番組も変わらざるを得ないでしょう。これからは料理番組も味や食材だけを追うのではなく、愛ある店を多く紹介してほしいものです。

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10月 31 2013

刻一刻と迫る限界期

十月も今日で終わりです。今月もこれまでと同じように異常現象の連続でした。(ガックリです)

十月だというのに、真夏日の連続で猛暑日まであり台風が六個も接近するなど、異常もいいとこです。

ところが、この日本の異常気象に負けないくらい、世界でも異常気象が起きているところがあります。それで世界的異常気象、温暖化の影響、で片付けてしまっているところが日本の怖いところです。

では、世界が日本のように、毎日異常現象が起きているのかといえば、そこまでは起きていません。起きてる頻度がまるで違うのに、その起きている部分だけとって、同じように見て、それですましてしまっているところが、日本の人たちの心が成長しないところでしょう。

そりゃ世界的にも異常気象になりますよ。だって、男女平等、同権などの、共産思想は世界に広まりつつありますからね。そんな思想が広まれば異常気象は起きてきます。(すでに時代が正法の世に変わっているのですから)それに他国の人は本当の神の教えを知りません。

だからこそ日本発で、真の神の教えである“法”を広めなければいけないのに、それを日本の人たちはやろうとしません。日本だけに異常な頻度で異常現象が起きるのも道理でしょう。

温暖化、温暖化と、皆温暖化のせいにしていますが、では、名古屋で起きている、次々に人が救急車で運ばれるという異常現象も温暖化の影響でしょうか?(さすがにこれを温暖化の影響という人はいないでしょう)早く気づかないと、また十一月も同じような異常現象が起きてくるのです。(名古屋など毎日起きっぱなしです)

今月は六個も近づいた台風の影響で、あちこちに大きな被害が出たのですが、その中でも伊豆大島の土石流被害は最悪なものでした。

もう、このような被害を出さないようにしたいのであれば、早めの避難だの何だのいうより前に、各自治体で共産思想の首長がいるところは、その首長を代えるか、その人の思想を変えるかすることです。そうしないと、その自治体がある都道府県は、何が起きるか分からないということです。

これからは、神から一番遠い思想(共産主義)を持った人が首長をしている都道府県は、次々に災いが起きます。そのような時代にすでになっているからです。

防災、減災をいうのであれば、人の心を少し調べられたらいかがでしょうか?(何度もいっていますが)その方がよほど防災、減災に役立つのです。

十月にこれだけ異常なことが立て続けに起きているのです。(特別十月だけではありませんが)十一月も同じようなことを起こしたくないのであれば、私の意見も聞いた方がいいと思われます。

そうでなくても、これだけ頻繁に異常現象が起きているのです。これでは遅かれ早かれ日本は潰れることになります。科学者は異常現象が起きそうな予想や、起きた後の対処の仕方は分かりますが、それを抑える方法を知りません。

これだけの異常現象が日本は続いているのです。もう異常現象が起きる予想や、起きた後の対処をいくらいわれたところで、おっつきゃしません。この異常現象自体を止めないと日本は壊れてしまうのです。

このような異常現象を抑えるには、釈尊やキリストが説かれた法を知らないとできません。

では、もうそれを知るしかないのではないでしょうか。いつまでも、誰も抑える方法を知ろうとせず、このような状況が続けばいつかは日本は滅びます。(そういう予想は誰でもつくはずです)

だから、早くそれを知らなければ、それが遅れれば遅れるだけ日本の被害は大きくなり、復活するのも遅れるということになりますが、しかし、その時期にも限界があります。(当然ではありますが、あまりに被害が大きくなりすぎたら、日本はどうやっても復活できなくなります)

その限界の時期は刻一刻と近づきつつあるのです。(異常現象は今月だけではありません。もう何年にもわたり続いているからです)

異常気象を温暖化のせいにしている場合でしょうか?悪いことをすべて人のせいにしている場合でしょうか?もう残り時間は限られています。

一切自分たちの責任を認めず、まったく反省しようとしない、そんな民族は滅びるしかないのです。

(十月最後のブログも悲惨なブログになりました。こういう内容のブログしか書けないのが残念です。本当にソロソロ終わりにしたいです。こんな内容のブログ。〔涙〕)

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