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1月 24 2013

教育の大事さ

例の自殺した子の父親が、学校の先生を告訴したらしいですが、こういうことが起きてもいけないから、私は親にも一言いわないといけないといったのです。

あの傲慢市長はシャーシャーとして「大変重く受け止めている」とか「学校再生に向けてしっかり議論を」とかいってますけど、よくいいます、自分が八つ当たりしたばかりに、このような騒ぎになっているというのに。(まったく他人事のようにいっていますが、大きな騒ぎになればなるほど、この人罪をつくることになります。〔この人がその原因をつくったんですからね〕そうすると、この人自身に何が起きるてくるか分かりません。恐ろしいことをしたということは後で分かります)

そればかりか何か大騒ぎになってきたようですね、あちこちの学校で体罰が問題になり、告訴騒ぎが起きはじめました。

このようなアメリカのように、訴訟ばかり起こす社会をつくってはいけないのです。そこはお互いに話し合って、調和する社会をつくらないといけないのです。まして教育の問題です。行き過ぎがあるなら、保護者と教師がよく話し合い、よりよい教育のあり方を目指さないといけないのです。

もちろん体罰の隠蔽はいけませんが、あまり大げさに騒ぐのもいけないのです。体罰はいけませんが、愛のムチは仕方がない部分もあるのです。そうしなければ教育にならない子もいるし、ある程度の我慢や根性もつけなければ、後々そのような教育を受けなかったその子が一番困るのです。

昨日も少しあんなブログを書いただけで、もう嫌がらせしてくる人もたくさんいましたが、そんなバカ親的な人が多ければ、まともな子供も育たなければ、まともな社会にもならないのです。

だから現在のような(通り魔やストーカーなど異常な犯罪が多発する)おかしな世の中になっているのです。我慢することやけじめをしっかり教えていなければ、そのような社会ができるに決まっているのに、自分たちの教育が悪いとは一つも思わないのです。やれ、社会が悪い、政治が悪いと責任転嫁ばかりしているのです。これでよい世の中が来るわけありません。(そんなことばかりいってるから、視野が狭く自己中で心の狭い人しか出てこないのです。責任転嫁ばかりしていては心が成長していかないからです)

そういう犯罪が少なかったころの(数十年前までは、そんな犯罪はほとんどなかったのですから)教育に戻すべきなのです。(だいたいストーカーなどという犯罪など、私たちの小さなころは考えられませんでした。男が女の子を付け回すなど女々しいといわれ笑われたものです。オカマのいうことを聞いていては、そういうけじめは全然理解できません)

子供のうちに厳しさを教え、けじめを教え、悪いことをすれば痛い目にあうという、しっかりした教育が必要なのです。それがよい世の中につながるのです。(そのような教育を否定する人は、ではどうすれば、今のような異常犯罪が多発する世の中から脱するのか、そのやり方を教えてください。ただ、そんな教育はだめの書生論では話になりません。いってはいけませんが、そういう甘い考えの人が世の中を悪くしているのです)

しかし、これからは子供に痛い目などさせる必要はない、などといっている人が痛い目を見るようになります。

また、近所で何か起き始めたようですね。(雰囲気が変わるのですぐ分かります)当然でしょう、私たちの本当の親(神)はそれほど甘くはないからです。悪いことをしていて、そんなことをしていてはいけないと、何度いっても分からなければひどい目にあうのです。(何か、私が祈っても、何も出ないからいいと思っている人も多いかもしれませんが、とんでもありません。それは一日、二日では何も出ないということであって、半年一年のスパンで考えないといけないのです。私に何度も祈られている人は〔そのような人は、いつまでたっても反省できないという人ですので〕確実に現象は現れるのです。それがひどい現象か、それほどでもない現象かは分かりませんが〔その人の心のあり方によりますので〕そのような人には確実に現れます。〔すでに、いろいろな人に現象は現れているはずですが、まだ分かりませんか?〕だから反省しないといけないと私は何度もいっているのです)

それが当然の人の道であり神の心だからです。

これからは正しいことをしなければ、子供だけでなく大人も痛い目にあいます。神の心など知らないなどと、そのような自分勝手な意見はもう許されないのです。

大人も子供も同じです。甘い考えなど許されない時代がすでに来ているからです。

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1月 23 2013

日本の教育のおかしさ

しかし、あのヘリいつまで飛んでくるつもりでしょうか?(この前など夜に、ライトで下を照らしながら飛んでいましたが、ちょっとやりすぎでしょう。別に私脱獄犯じゃないんですから〔笑〕)

ヘリを見る度に「ああまた二百万が消えるのか」と思ってしまいます。(笑)もったいない話ですよね、あのヘリにかかるお金を少しでも寄付していただければ、私もこの法の活動ができますので、あの傲慢市長の好きにはさせないのですが、この状況では何もできません。ほんともったいない話です。(自分でいうのもなんですが、宝の持ち腐れですね、安部総理GTS心の研究所にも補助金ください)

もったいないといえば、河村市長が中学校の教室に設置する、冷房設備の設置費用が高すぎると難色を示していられるそうですが、冷房設備?最近の中学校は冷房がついているんですね。(私たちの時代にはなかったもので)高すぎるとかいうよりいらないんじゃないんですか、そんなもの。

本当に最近は甘やかすとか、過保護という言葉は死語になりました。これはある意味、人を堕落させますね。

なんでもそうですが、例えばどれだけ資質のあるスポーツ選手でも、その資質を引き出すには練習しないと引き出せません。練習をサボっていては、たとえ一流のスポーツ選手になれる資質があっても、その選手は一流にはなれないのです。

これと同じで、たとえその人が、すばらしい人になれる資質を持っていたとしても、その資質を引き出す努力をしなければすばらしい人にはなれません。甘やかしていては、その人のよい資質など現れてこないのです。過保護はよい芽をつんでいることと同じなのです。だから私は甘えや過保護は人を堕落させるといっているのです。

私は前に狼に育てられた少女の話を書きましたが、特に子供がまだ小さな時は、ある程度厳しく育て我慢を教えておいた方がいいのです。その方が大人になってからの我慢もできますし、成長過程で健全な育ち方をします。しかし、小さな時にしっかり育てないとやはり健全な育ち方はしません。(あちこち道を外れることが多いということです)すると後々支障をきたすことがたくさん出てくるのです。

狼に育てられた子の例を見ても分かりますが、小さい時に狼に育てられれば、人間でも狼のようになるのです。小さな時の教育はそれほど大事であるということです。

現実に最近の新入社員は、上司のいうことを聞かないし、少し上司に文句をいわれただけで、すぐその会社を辞めてしまう、そんな人が多いと聞きました。そんな少しの我慢もできないで、その人はどうやってその先働いていくのでしょうか?どうやって暮らしていくのでしょうか?小さな時に甘やかせば、結局大人になって不幸になるのです。

その子の将来を考えるのであれば(どちらにしても社会に出れば苦労はするのですから)少しでも早く苦労を覚えさせた方がいいのです。それが、将来のその子のためになるからです。今の教育方法はその逆をやっているのです。

考えてみてください。男でも女でもないオカマのような人など、所詮は変質者でしかないのです。ところが現在の日本は、なんとそのオカマが教育評論家をやり、そのオカマのいうことを多くの人は真剣に聞いているのです。多くの人が変質者のいうことを真剣に聞いているのですから明らかに変でしょう。

しかし、その異常な教育論がまかり通っているのが現在の日本なのです。

このように考えますと、男でいえば“質実剛健”や“清廉潔白”など、女でいえばやはり“良妻賢母”ですか、このような男や女になることが一番よいのであって正常なのです。

このような男や女になるには、やはり小さな時から、そういう男や女になれるよう努力しなければなりません。それには甘いことをいうより厳しいことをいう方がよいのであって、それがその人のためになるのです。

こういう男や女はだめと否定したのは、変質者のオカマの評論家や、神の心からもっとも遠い心を持つ、社会、共産主義の評論家たちなのです。

男は男らしく、女は女らしく、そうすることが男と生まれた、または女と生まれ人の第一の使命なのであって、まず、その使命を果たさないと次の使命は果たせません。最初の使命が果たせないということであれば、当然、自分の本当の使命など果たせるわけがないのです。(だいたい甘やかせていたら、どっちみち自分の使命は果たせないんですけどね、そんな簡単に果たせるような使命など誰も決めてきていないからです。そんな簡単に使命が果たせたら、自分がこの世に肉体を持つ意味がないし、それでは、まるで心の修行にならないからです)

甘やかしや過保護は百害あって一利なしです。人の育て方を間違えてはならないのです。

追伸…傲慢市長が、また適当なこといって自分の責任を煙に巻こうとしていますが、何で教育などしたことがない人が、大阪の教育現場は自分が預かってるなどと、えらそうにいってるんでしょうか?自分の教育さえしっかりできていないんですよ、この人。(うちの市長や知事に詫び一ついれられないんですから礼儀知らないでしょう)

分からないことまで口出してるんですからギャグでしかありません。そんなとこでギャグなどやられたら周りが迷惑です。ヤンキー先生、この傲慢市長ボコボコにしたってください、ボコボコに。

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1月 22 2013

勘違いの愚かさ

あの自殺者が出た高校の体育科の募集が中止されました。傲慢市長の傲慢な主張が通ったということになります。世も末ですね、教育委員会の存在意義ゼロです。あの市長のいうことなど無視して、普通に入試を行えばよかったのです。そうすればあの市長、予算を減らすとかいってるだけで、実際はそんなことしなかったんですから。

やれませんよ、だって今回のこの高校の入試中止など、ただの傲慢市長の憂さ晴らしだったんですからね。憂さ晴らしで予算を減らすことなどできないでしょう。

考えてみてください、今回のこの傲慢市長の異常な態度、おかしいと思われなかったでしょうか。いつもなら、これだけ大騒ぎになれば、さすがに傲慢市長も引くはずですが、まったく引こうとしませんでした。そればかりか世論の反対の声が高まれば高まるほど、よけい強硬な態度にでてきたのです。(おまけに間違っているなら選挙で落とせなどと開き直るし)いくらなんでもこのような態度おかしいでしょう。

おかしいはずです、このような態度は学校を思ってしたわけでも、生徒のことを思ってしたわけでもないからです。八つ当たりしただけだからです。(本人はそれが分かっていますからね、さすがに予算を減らすことなどできないでしょう。脅していただけです)

最近は安部総理ばかり目立っていましたからね、自分がほとんど相手にされてなくて面白くなかったところに、私がこの傲慢市長のことを少々批判しました。それで切れてしまったのです。

傲慢市長が、自殺した子の両親のところに詫びに行ったのを、私が批判したすぐ後くらいからでしょう、あの傲慢市長が強硬な態度に出始めたのは。(十五日くらいでしたっけ?)

この人、私には言い返せないものですから(過去に私に文句をいって何度もおかしな現象が起きたものですから、また何か起きるのが怖くて私には言い返せないのです)それでくやしいので自分に逆らえない人たちに、無理難題をいって八つ当たりしたのです。

だから、あのような異常な強硬姿勢を続けたのです。(そのような理由でもなければあんな強硬な態度とらないでしょう)

私はそれが分かっていましたので必要以上に怒ったのです。あまりにもやってることが幼稚だったからです。

しかし、無駄でしたね。それどころか、私が何かいえばいうほど強硬な態度をとるのですからガキ丸出しです。

この人、自分が間違っているなら選挙で落とせばいいといっていましたが、当然そうなるでしょう、こんなことをしては人心も離れるからです。

この人、一時は光も出ていたのですがやはり長続きしませんでした。一時は神の心に近くとも、それを持続することがいかに難しいか、この人を見ていてもそれがよく分かります。この人も最初は大阪を何とかしたい、日本を何とかしたいと本気で考えていたと思います。しかし、時を経るうちに大阪や日本のことより、自分が、自分がという、自分を一とする心に変わっていってしまったのです。

そうなってしまうと、もう周りの声は聞かない、自分の意見(我)は通すという、現在のこの人そのままの勘違いした増上慢な市長ができあがるわけです。

仕方ありません、このようになるのも世の常です。こうなってしまっては誰が何をいおうと聞きません。いずれこの人から人心は離れ政治家ではいられなくなるでしょう。それもこの人が選んだ道です。どのような道を進まれようがそれはその人の勝手ですからね。このような人祈るまでもありません、どうせ死んでも自分の考えを変えようとしないのですから、もうほっておきましょう。(そういう人、私の周りでもたくさんいます)

こういう人を見ますと、本当に世の中勘違いした人が多いなと改めて思います。(途中で勘違いしてしまう人も多いのですが)

そのような立場になっただけで(例えば国会議員でもそうですが)もうそうなったと勘違いしてしまい、謙虚さや向上心を忘れて、人の意見を素直に聞くとか、一生懸命勉強するとかいう心を忘れてしまうのです。そのような立場になっただけで、その人がその立場どうりの人になったわけではなく、そこから努力向上して、はじめてその立場の人になったと皆が認めるのであり、それまでは誰もその人を認めてなどいないのです。(単にその立場にあるというだけに過ぎないのです)

最初は謙虚で一生懸命勉強していても、それでもこの市長のように、途中で傲慢に変わってしまう人がいくらでもいるのです。

立場が変わっただけで、即傲慢になっていては話になりません。最初の何年間は便所掃除くらいやって、黙って一から勉強するくらいの謙虚な気持ちがなくて、どうしてその世界で成功するでしょうか。(高橋先生など、あれだけ偉大な力をもたれ、多くの人の師となられた後も、まだ便所掃除を続けていられたくらいですから)

勘違いしてしまえば、その人の人生はそこで終わってしまいます。(それではもう心の成長がなくなりますからね)謙虚な心を持ち続けてこそ、その人のよりよい人生は続き心の成長もあるのです。

謙虚な心を忘れないようにしたいものです。

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1月 21 2013

続、傲慢不遜

アルジェリアの人質事件は最悪の結果になったようですね(まだはっきり分かりませんが)あの傲慢不遜の市長のお陰で祈りそこないました。(傲慢市長とその一味を祈らなければいけなかったものですから)本当に残念なことでした。

それもそうですが、例の自殺した生徒が出た高校で、入試中止の抗議で自殺予告の電話まであったそうですが、これでまた自殺者でも出たら、あの傲慢市長どう責任を取るつもりでしょうか?

これだけ大ごとにしたのですから、そんな人が一人でも出た場合、市長の辞職は当然としても刑事罰も検討していただかねば収まらないでしょうね。(あんな無茶なこといってそんなことが起きたら、やったこと殺人に等しいですもんね)

傲慢市長は、罪を罪と思っていないようですのでいっておきますが、この世で罪にならなくても、明らかにこの人の責任だろうと思われる事項は、その人の罪になるのです。だから、そのような罪もこの世で責任を取っておいた方がいいのです。

悪いことをしても、ばれなければラッキーと思っている人も多いと思いますが、とんでもありません、まったくの逆です。そんなアンラッキーはないのです。

なぜかといえば、この世で悪いことをしたことがばれなくても(あるいは罪に問われなくても)死んであの世に帰れば、すべて自分の行いは知られているからです。つまり、すべてその人の犯した悪はばれているということです。

あの世に帰れば、自分が犯した罪はすべてばれているのですから(もちろんよいことも同じです。すべて知られています)その罪の償いは当然あの世でしなければなりません。

いっておきますが、この世で犯した罪をあの世まで持ち越すと、その罪の償いはこの世の比ではないのです。(それだけ厳しい環境に身をおかれ、反省させられるということです。当然地獄でです)ですから、この世で犯した罪はこの世で償っておいた方がいいのです。逃げ得などないのです。(逆に逃げ損です)

この世では二人以上殺さないと死刑になりませんが、あの世はそんな不公平な裁きはしません。一人殺せば、その人の苦しみを自分はそのまま味わうことになるのです。(従って死刑制度はあった方がいいのです。この世の罪はこの世で償った方がいいからです。もちろん〔日本の法律では死刑は二人以上の殺人ですから〕償いきれなかった罪はあの世できっちり償わされます)

あの自殺した生徒の出た高校の話に戻りますが、あの自殺した生徒の罪を、あの世で判断した場合、その生徒の自殺した責任は、厳しい指導をした先生だけの責任にはなりません。親の責任、自分の責任などもあり、その先生だけの責任になることはほとんどありませんが(このような場合はこの世と逆になるのです。この世では、こういうことが起きれば責任を取らされますが、あの世ではその先生がどのような心で、そのような指導をしたかにかかってきます。その生徒のために、またその生徒を見込んでキャプテンにしたのですから、その生徒を通して他の生徒のために、そのような行為をしていたというのであれば、ほとんど罪に問われません。しかし、その生徒が憎くてそのようなことをしていたということであれば、当然罪に問われます。その先生の心次第なのです)もし今回、あの傲慢市長が、学校の入試中止を無理強いして自殺者が出た場合、これはほとんどこの傲慢市長の責任になるのです。

つまり市長が無理強いして、仮に人が死んでも、この世ではあまり罪に問われませんが(どうせ、言を左右しこの市長さん責任逃れするでしょうから)あの世ではキッチリその責任は取らされるということです。

この傲慢市長さん、あの世ではあまり評判がよくありません。脱原発を主張したり(何度もいいますが、脱原発はあの世の心ではないですから)最近ではカジノの建設までやろうとしています。こんなカジノのような、治安がよけい乱れるようなことをやってはならないのです。(治安が悪くなるということは、心が乱れる人が増えるということです。それでは心の成長の妨げになります。いかなる理由があろうと、人の心の成長の妨げになるようなことをやってはならないのです。税収がほしいなら、もっと他の手を考えないといけないのです)

それだけでなく先ほどもいいましたが、すべてのことにおいて、その心が重要になるのですから、自分が一番になってやりたい、などという心が少しでもあれば、どれだけこの世でよいことをやろうとも、あの世では評価されません。

この傲慢市長さんは、自分が一番になって物事を進めたいだけなのです。ということは世のため人のためではない、ということです。すべて自分のためなのです。そんな心の人があの世で評判がいいわけないでしょう。

そんな心では、どれだけ人受けすることをやっても同じなのです。この世の評価は得てもあの世の評価は得られないのです。(ということは心が成長していかないということです)

私が今回、傲慢市長のことをことさら厳しく書いたのは、この人のそのような成長していない心を垣間観たからです。

それが例の自殺した生徒が出た高校の件です。あまり詳しくは書きませんが、その高校の件で、この市長のあまりに成長のない心を観て、これではいけないと大いに思いました。だから私はこの市長を徹底的に追い詰めることにしたのです。

ですから、その私の心を天は知っています。当然いろいろな協力を得られることになるでしょう。

だから、この傲慢市長にいっておきます。あなたが心を変えようとしなければ、あなたか私が死ぬまで、私はあなたのことを祈り続けるつもりです。あなたのような立場で、それほどの傲慢不遜な心は許されないからです。あなたが心を変えようとしなければ、あなただけでなく、あなたの周りにも、これから多くの現象が現れることになります。それは覚悟しておいてください。

ですから、これからもこの市長への攻撃を私は続けるつもりです。(それがこの市長のためになるからです。ひいては多くの人のためになるからです)

この世は修行の場であり、心を成長させる場であるのです。決して心の成長を妨げてはならないのです。

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1月 20 2013

傲慢不遜

大阪の傲慢市長さんが、維新の会の共同代表に就かれたそうですが、でしょうね、所詮は自分が一番にならないと気がすまない人ですから、そうなると思います。

しかし、あの人が代表について一体何をしようというのでしょうか?

だって国政知らないんですよ、そんな人が国会議員が五十人もいる党の代表になって何ができるのでしょうか。

こういうところにも傲慢不遜さが現れています。普通なら合流した石原代表以下、立ち上がれ日本の国会議員の人たちを師として、二年や三年国政の勉強をして、それから維新の会の代表になるというのが筋ですが、そんな勉強などやろうともせずに、いきなり共同代表なんですからね、まともにやれるわけありません。(それどころか、立ち上がれ日本だった人たちを邪魔にしているんですから、まったく謙虚さのかけらもないです)

このようなことは歴史を見れば分かります。こういうやり方をしてうまくいった人ほとんどいません。まず、維新の会は失敗しますね。

だって、長年国政にかかわった民主党でも、政権を取ったらまったく政権運営ができなかったのです。国政にかかわったことがない議員がほとんどの維新の会で、しかも代表がまた国政などしたことがない人がなるんですから、とてもまともに国政に参加できるとは思えません。

こんな(国政をまったく知らない)素人を代表にして、維新の会は国会に何しにいくんでしょうか?

本当に傲慢不遜もここに極まりです。この人、自分が一番になりたいだけなのです。それで自分の思い通りにしたいだけなのです。(剛腕二世ですね)そんな人が国政にかかわれば国民が不幸になるだけです。やはりこういう人はとことん祈らないといけませんね。

石原代表も、この人牛若丸とか何とかいっていましたが、それほどいいものでしょうか?だって、石原代表のいうこと聞かないんでしょう(それとも石原代表が放任主義なんでしょうか?)牛若はまだ頼朝のいうことを聞きましたが、この人誰のいうことも聞きません。国会議員の石原代表のいうことさえ聞かないのであれば、国政などやれるわけありません。それで国政政党の代表を臆面もなく務めるというんですから、もうギャグ以外の何ものでもないですね。

だいたいこの人、国政などできないことをすでに多くの人が知っています。外交はまるでトンチンカンなこといっていたし、今回の自殺した高校の件で、教育改革もまるでできないということが分かりました。(だって、オカマの教育評論家がいっていることと、同じようなこといってるんですから、教育改革なんてできっこありません。また、ゆとり教育でも始めるのがおちです)

それに愛知県知事や名古屋市長に、あれだけ傲慢不遜な態度を取っておいて、一言の詫びさえいおうとしない礼儀知らずです。そんな人が国政政党の代表などどう考えてもギャグでしょう。

こんな人が代表の維新の会が何かの間違いで政権など取れば、それこそ民主党以上の恐ろしいことが日本に起きることになります。(何せ独裁国家となるんですからね、傲慢市長の)こういう人たちは早めに天にきいておいた方がいいのです。

とにかく(こんな傲慢不遜な人にいっても聞くわけないのでしょうが)うちの知事と市長に詫びいれてください。

いれない間は大阪の傲慢市長と維新の会は祈り続けます。(私が祈ってますから、あまり維新の会とかかわると、その政党も危ないですよ)

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