12月 02 2012
祈りの極意
政治や変な宗教(脱原発教)の話ばかりでは、せっかくこのブログ(法)に興味を持ってくれている若い子たちも面白くないでしょう。
そこで今日は若い子が興味を持ちそうな話題でいきましょう。
このように書くと、私がどれだけそれは法のため(それはすなわち世のため人のため)に書いていると言っても、すぐ勝手な想像をめぐらして怒りだす子もいますが、ずいぶん狭量な考えです。
この世にいられる時間は限られているのです。それなのに法は拡がっていません。いろいろ(読んでいる人のことも)考えながら書かなくて、タダでさえ拡がっていない法が、どうして拡がっていきましょう。
“法の流布”この一点からしかこのブログを書いていません。ケチな誤解はおやめください。
さて、残念なオネエチャンには一言、言っておきましたので、これで心置きなく皆さんのことが書けます。(これでも怒るようなら小さな心を世にさらすだけです。多くの人に笑われます。まぁだ怒るような残念な子なら、皆さん大笑いしてあげてください〔笑〕)
若い子たちは、あわせる子がいれば微妙にあわせる子もいて、そうかと思えば、わざとはずす子などいろいろな子がいて面白いなと思います。(はずしてる子は、わざとかどうか分からないだろうと思う人もいるかもしれませんが、分かります。勘で〔笑〕)
そのような子たちがわりと興味を持つのではないか、と思うのが祈りです。その祈りが確実にきかれるとしたらどうでしょう。祈りが確実にきかれるのです、かなり興味がわくのではないでしょうか。
それを今回お教えしましょう。(こんなの普通タダでは聞けません)
皆さん祈られる時はどのように祈られるでしょうか?例えば「よい学校に入りたい」とか「よい会社に入りたい」とか思えば「よい学校に入れますように」とか「よい会社に入れますように」と祈るのではないでしょうか。
しかし、これでは祈りはきかれません。このような祈りでは正しくないからです。というか、祈りが途中で終わってしまっているからです。
キリストは祈る時には次のように祈れと言われています。
「すべて祈り願うことは、すでに得たりと信ぜよ、さらば得るべし」
つまり、祈る時は「よい会社に入れますように」と祈った後、その会社に自分がすでに入社した姿をアリアリと心に描き、その心のままで「この会社に入れましたことを心より感謝します。ありがとうございました」と、すでに自分が、その会社に入社していることを心に思って、最後に神に感謝して祈りを終えるというのが、正しい祈り方であり、祈りが成就される祈り方なのです。
すでに得たりと信じて祈ることが大切なのです。
このように祈れば(正しい祈りであれば)どんな祈りでもきかれるのです。(正しい祈り、というところがみそです。つまり正しくない祈りはきかれません。それはご了承ください〔笑〕)
しかし、正しい祈りはきかれるとはいえ、その祈りが実現するのが、すぐきかれるか、ある程度、時間が経たないときかれないかということもあります。(特に大きな祈りなどはある程度の時間を経ないときかれません。それは、それだけ多くの人の心が変ってこないと天はそれを実現できないからです)祈りもただ祈っているだけではなく、その祈りを実現するための正しい行いがあるならば、よりきかれやすくなるでしょう。
すべてのことにおいて、正しい心で正しく祈り、正しい行いをする、これが基本であり、このようにしているのであれば、天は次々に奇跡を起こしてくださり、神の存在も天上界の存在も、自分自身で理解できるようになります。
そのような祈りを実現する人たちが、若い子の中からたくさん出てこられることを願ってやみません。(そうなれば、それは法を実践している証拠なのですから、そのような子たちが、法をあちこちに伝えられるようになるからです)
高橋先生は、これからは後の者が先になり、先の者が後になる、と言われていました。そうして、小さな子が大人に法を説くようになる、とも言われていました。(先に生まれた人より後に生まれた人の方が、心の高い人がたくさん生まれているということです)
そのような心の高い子たちが、私のブログを読んでいる子の中にも必ずいると思います。(心が高いから私のブログを興味を持って読めるのです。心の低い人は、このブログを読んでもたいして興味を持たないか、反感しか持ちません。あまりに心の低い人ではこのブログの縁さえもてないのです)
なぜ、私が皆さんに期待しているのか、その意味お分かりいただけると思います。



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