>>ブログトップへ

4月 28 2012

法と原発

前々回、日本に生まれている人たちは法の勉強はしない、原発は廃そうとしていると、神の心の逆ばかりしていると書いたのですが、その点をもう少し詳しく書いておきましょう。

現代の日本に如来が、預言にしたがって生まれられました。(高橋、園頭両先生です)

その如来が、この日本に肉体を持たれ法を説かれたのですが、あろうことかその弟子の多くが如来を裏切り、如来の教えは日本全体に伝わりませんでした。

如来がこの世に肉体を持たれて、それにもかかわらず、世にその教えが伝わらないということは、考えられないことでした。(というか世界の宗教史上ありえないことが、今回の日本で起きたのです)

しかし、法が伝わっているいないを別にしても、如来が日本に肉体を持たれた以上、その如来が生まれられた日本には大きな使命と責任があるのです。

その使命と責任とは、如来がこの日本に肉体を持たれたのですから、物心両面でより以上に発展していかなければならないということです。絶対にそれを遅らせる(または後退させる)ようなことをしてはならないのです。

であるならば原発事業を進めるべきか、やめるべきかは分かられると思います。絶対に日本は、最先端の技術である原発技術は進めなければならないのです。(それは核燃料リサイクルまでもです)

その理由は、如来が日本に生まれるということで、優秀な人たちが日本に生まれているからです。そのような技術を持った、使命を持った人々が、日本にたくさん生まれているからです。だから少々危険があろうと原発技術を進めるのは日本の使命なのです。(如来とともに生まれたからには、それがどんな危険な仕事であろうと、難しい仕事であろうと、やりとげなければならないのです。如来とともに生まれる恩恵はそんなことと比べられないくらい大きいからです。すでに私たちは計り知れない恩恵をいただいているのです)

ですから、どれだけ危険であろうが難しい仕事であろうが、それをするのが如来とともに生まれた者の責務なのです。

そのような大きな使命が日本の人々にはあるのに、それを自覚せず、原発を廃そうとすることは、自分たちが決めてきた使命を果たそうとせず(それを自ら放棄することであり)神の心に逆らうことでもありますから、天が度々(地震などの)警告を与え、今回脱原発を強く進めようとした橋下市長に、エル・ランティーまで出てこられて警告を与えたのです。

エル・ランティーまで出てこられたということになれば、法の勉強はしない、原発事業までやめようとしている日本に、いよいよ鉄槌を下されようとしているとしか思えません。

どちらにしても大変な方を呼ばれました。エル・ランティーが現象を起こすということになれば、これはこれまでのように最強の台風やら最大の台風やらのレベルではありません。東日本大震災レベルになります。(はっきり言いまして、もうよほどの覚悟をもたれた方がいいと思います)

現在の多くの人は福島の原発事故を見て、原子力の力をそのまま見せられ恐れているだけなのです。本当の原発の価値を理解していないのです。それに何度も言いますが、原発事故が起きた本当の原因を知らないと、この事故は収束しないのです。(共産主義)

多くの人が原発事故が起きた本当の原因を理解しないため、その起きた現象のひどさだけに惑わされ、とんでもない判断(脱原発)をしようとしているのです。そうではなく、これだけひどい被害を出した(その本当の原因である)共産主義こそ、もっとも恐れなければならないのです。

本当はこの原発事故を見て、共産主義政権下では、これだけ恐ろしいことが起きる(原発事故だけではなく、様々な異常現象もそうです)ということを、骨身にしみて理解しなければならなかったのに、多くの人はその物質的現象だけしか見ないで、起きた原因もまた、その物質的現象の原因だけ並べ立てて議論しています。しかし、それではいけないのです。そのような物質的原因がなぜ発生したのか(それは天の作用なのです)本当の原因を知らないといけないのです。

物質的原因をまるで無視していいとは言いませんが、まず、天の心、神の心を知るべきなのです。その上で物質的原因の調べを進めていかないと、何時までたっても問題は解決しないのです。(天の心とは原発を進めるべきであり、その天の心を知るのであれば、とりあえず条件だけは整えて原発の再稼働をしながら、様々な問題に取り組んでいくということです。そのようにするのであれば、天は必ず協力してくださるのであり〔物質面ばかりに惑わされ〕その逆の行いばかりするから、天が様々な災いをなすのです。結局災いが次々と起きれば、原発を動かす動かさないにかかわらず、よほどそちらの方が危険です。原発だけにとらわれていては本当の理由は分かってこないのです)

今回起きている原発事故は、そんな神の心とは正反対の共産主義政権(民主政権)などを、政権与党にしてしまったがために起きた最大の悲劇だったのです。だから、私はことあるごとに共産主義の悪いところを書き、そのような心ではいけないと、共産主義政権を選んだことが、どれほどの間違いであったのかということを、このブログに再三書いてきたのです。

しかし、それを理解してくれる人はほとんどいませんでした。多くの首長さんでさえ、原発は怖いという恐怖心と、何かあった時に責任を取りたくないという責任逃れ(あるいは地元の雇用や交付金の問題など)から、原発賛成反対を言っている人が多いのではないでしょうか。

しかし、この日本自体が存亡の危機にある時に、そんな偏った見方をしていれば日本は滅んでしまいます。やはりこのような非常時には(特に政治にかかわる方々には)大局に立った見方が大事なのではないでしょうか。

私たちは神以外のものを恐れてはならないのです。そのような心を知る意味でも、少々の危険があろうと原発を動かしながら、解決の道を進めるべきです。(それが神の心だからです。物質だけしか見ない、偏った見方では正しいことは分かってこないのです)ただ原発は怖いでは何も解決しません。電力に余裕がないのであれば尚のこと、勇気を持ってそれを行い、本当の神の心を多くの人が知るべきなのです。

それこそ天が望むものであり、その方向に進まないと現在の日本の様々な問題は解決していきません。

今、多くの人が心を変えられるのか、変えられないのか、勇気ある行動を取れるのか、取れないのか、これからの日本は、今ある人々の心一つにかかっていると言えましょう。

0コメント

4月 26 2012

天の計画

昨日、一昨日は暖かいというより暑かったですね、特に西日本は気温が高く黄砂もかなり飛んだようです。(名古屋もかなり飛んでいましたが)今日はまた急に気温が下がり、朝から各地雨と風が強いところも多く、福井や鳥取などは暴風警報まで出る始末、ここ数日で急に天気がおかしくなりました。

このようなおかしな天気に気温差がこうも激しいと、橋下市長のようなお忙しい方など体調は大丈夫かと心配になります。お忙しいのに加え、一昨日などは東京までも出張され、疲れていられるところにこの天気と気温差です、中国からくる殺人黄砂(ってよくいわれますよね)も加わって、お体は大丈夫かと心配ですね。

その橋下市長なのですが、一昨日の夜、NHKのニュースを観ていて、ちょうど橋下市長のニュースが流れていたその時、愛知県東部を震源地とする地震が起きました。ところがこの地震、愛知県の東部が震源地なのに、一番大きな震度(たしか震度三だと思いましたが)は長野県だったのです。

愛知県は、もちろん私が住んでいるところですし、長野県は高橋先生の出生地です。

橋下市長かなりやばい状況です。もう原発の話題はさけた方がいいと思います。(だから私が言ったのです。引いてくださいと)

これは天の警告です。(嘘ではありませんよ、ねえ加藤さん)これ以上、橋下市長が原発問題に触れれば必ず何か起こります。それもこの前の加藤さん(それでも、この時期に超大型台風並みの爆弾低気圧が列島を通過したのですが)程度ではすまないかもしれません。(というか、すまないでしょう)長野で、その地震が起きたということは、高橋先生がかなりお怒りのようです。(何度も言いますが、脱原発など主張してはいけないのです)

高橋先生はご存知のようにお釈迦様です。しかし、そのお釈迦様の意識をズッと深められるとエル・ランティーという方の意識が現れます。このエル・ランティーという方が出てこられるとなると、もう七大天使の現象系くらいの話ではなくなります。

神の直系の方ですからね、光の直系などとはわけが違います。私など、この方に警告を受けようものなら、それだけで卒倒してしまいます。それこそ何が起きるか想像つきません。くれぐれも言っておきますが、橋下市長はもう原発問題は触れられない方がいいと思います。(なぜ日本が脱原発をしてはいけないかは次回書きますが…それにしてもエル・ランティーから警告受けますかね、ほんとムチャクチャやってますね〔汗〕)

今回のブログは橋下市長の話ではなく加藤さんの方の話です。

これからは私に何か起きるだけでなく、私と縁のある方々にも何か起きてきます。(これまで以上に、という意味です)それがここに書かれた法の証明となるからです。私一人だけに何か起きても、そういうものかとしか思わず、また、嘘ではないかと思う人もいます。しかし、そのような現象が他の人にも起きたとしたら、法を信じる人はグッと増えます。

当然、そのような法の証明者は高橋先生が出ていられた時にもいられましたし、キリストや釈尊が出られていた時にも、弟子の人たちに様々な現象が現れ、そのような現象を通して、キリストや釈尊が説かれた法は爆発的に拡がっていったのです。

現実に、ついこの前、その加藤さんが天の警告を無視したばかりに(今回橋下市長に起きたことと同じようなことが起きました)日本列島は大変な天気となりました。その自覚は加藤さんにはあるはずです。(加藤さんに言っておきますが、このようなことが起きたということを絶対に忘れてはならないのです。肝に銘じないといけないのです。そうしないとまた同じようなことが起きるからです)

このようなことが起きるのも、加藤さんと私と縁が繋がった結果起きたのであり、その縁が繋がらなければ起きていませんでした。(私と縁が繋がっていなければ、彼女がどのような態度をとろうと何も起きなかったということです)

では、何で私と加藤さんの縁が繋がったのか、ということですが、それは加藤さんが私を意識して心と行いを変えたから繋がったのであり、それをしていなければ、未だに縁が繋がることはなかったでしょう。しかし、私と加藤さんに縁が繋がったものですから、その周りの人たちとも、私との縁が繋がる人がたくさん出てきたのです。

つまり彼女の周りにいる人たちは、それはそれで一つのグループなのです。(その縁で今同じ会社で働いているのであり、だから加藤さんの周りにいる子たちも私に興味を示すのです)もちろん、そのようなグループは他にもあります。

しかし、そのグループの主となる人(核となる人)が心と行いを変えていませんので、私との縁が何時までたっても繋がらない、ということになるのです。

そのグループの核となる人たちは、前に何度もこのブログに書きましたので、ここで改めては書きませんが、その中の一人の女性のことだけ書いておきましょう。

その女性の名を仮に上田さんとしておきましょう。(…仮になっていませんかね?)この上田さんは私のブログをずいぶん熱心に読んでいられるのですが、残念ですが心と行いを変えようとはしません。

するとどうなるかと申しますと、自分の人生がなかなかよくなりません。少しよくなったかと思えばすぐまた悪くなって、よくなったり悪くなったり堂々巡りを繰り返しているのです。なぜ、そうなるのかと言えば、自分の本当の果たすべき使命を果たしていないからです。しかし、私のブログだけは誰よりも熱心に読んでいられますので、メチャメチャ悪くもならないのです。(法を勉強するという、最低限の自分の使命だけは果たしているからです)

この上田さんに比べ、他の人たちは上田さんほど熱心に私のブログを読んでいません。それに私との約束も果たさないので、年々運命が悪い方にいき(二、三年前と比べ明らかに成績が落ちているのではないでしょうか)もうよくなることはありません。自分の本当の使命を果たそうとしないからです。

核となる人が使命を果たさないと、その後ろにいる人たちにも私との縁がつかなくなり、法が拡がらないのです。ですから、その核となる人の使命は大変大きいのですが、その使命の大きさに核となる人たちがまるで気づいていません。(だから心と行いを私に合わせようとしないのです)

これは天の計画を大幅に狂わせることになり、ただでさえ遅れている法の流布がまた一段と遅れることになりますので、核となる人の使命は重大ということになります。

(まだ他にもそのようなグループはあると思いますが)核となる人が気がつき、そのような縁がついてこないと法は拡がっていきません。(逆に言えば、あちこちのグループの核となる人が気づいて心と行いを変えれば、法は爆発的に拡がるということになります)私は前から、そのような人にこのブログを通して訴えたのですが、未だ、その人たちは心と行いを変えようとしません。しかし、結局それは自分自身を不幸にするということです。

その縁に気づいて、心と行いを変えた人は今のところ加藤さんが一人ですが、これは数ある縁ある人々の中の一人が心と行いを少し変えて(まだ少し変えた程度です)少々繋がりができたということに過ぎません。

そのような核となる方はまだ他にもたくさんいるのです。そして、そういう核となる方が気づいて働かないと法は広く伝わっていかないのです。一人でも多くの核となる方が自分の使命に気がつき、早く心と行いを変えていただきたいと思っています。

しかし、その心と行いを変えた人たちの中から、これから不思議な現象が次々と起きてくることになります。そのような方々が、これからここに書かれてある法の証明者となるのです。(もちろんそのような人は、しっかりと神の側に心が変わらないといけませんが)

0コメント

4月 24 2012

他力本願

今週でた週刊ポストに宗教の特集記事が載っていますが(宗教法人に課税する話もあちこちから出てきているようです)どちらにしても、もう現代宗教は人を救う力を失っていると思います。

その理由の典型的な例を一つ挙げておきましょう。

日本の多くの宗教は他力本願を説きます。(お経を上げれば救われる、仏様の仏像に祈れば救われる、などなどです)

お経を上げたり、仏像に祈るだけで救われるというのであれば、世の人々はとっくに救われていなければなりません。しかし、未だ救われない多くの人々がいるのはなぜでしょうか?(そればかりではなく、そのように言っている人たちも悟られたり、救われたりしている人は少ないのではないでしょうか、というか、そういわれている人で、悟ったり救われたりしている人がいるのでしょうか?)

人は、そんな簡単なことでは救われないようにできています。つまり他力本願では救われないのです。

その他力本願では救われないという理由を、簡単に書いておきましょう。

お経を上げたり仏像を拝むだけで救われると言うのであれば、では、そんな習慣のないアメリカやヨーロッパのキリスト教や、ユダヤ教の人たちは救われないということになりますが、そこはどうなのでしょうか?お経や仏像を拝めば、自分の性格がほっといてもよくなっていき、よい人間に変わるとでもいうのでしょうか?

そんなことはありませんね。お経を上げたり仏像を拝まなくても救われる人は救われるでしょうし、救われない人は救われないでしょう。また、お経上げたり仏像を拝まなくても、よい人間になる人はよい人間になるし、ならない人はならないでしょう。

そう考えるのであれば、お経や仏像を拝むことと、自分が救われる救われない、よくなるよくならないは別問題で、さほど関連もないと考えられないでしょうか。

例えば、公害問題など考えていただければ分かりやすいのですが、大都市の上空にある光化学スモッグなど、人が作り出したものですが、これをお経を上げたり、仏像を拝むだけで消すことができるのでしょうか?

お経を上げたり仏像を拝むだけでは、このような光化学スモッグを消すことはできません。そのスモッグは「どこから出るのか」「どうして出るのか」という理由を突き止めて、それをなくす努力をしない限り、そのスモッグを消す方法はないと思います。

これと同じように、自分の悩みや苦しみで作り出した心のスモッグは、どれだけお経を上げようと仏像を拝もうと消せないのです。自分が作り出した心のスモッグは「どうして、そんなスモッグを作り出してしまったのか」という、悩みや苦しみを作り出した心の原因を知り、それをなくす努力をしない限り、その心に作り出してしまったスモッグは永遠に無くならないのです。

自分の心と行いが変わって、自分の悩み苦しみをなくす努力をして、初めて救われるのであり、そのような努力もなしに、ただ座ってお経を上げたり、仏像に拝んだりするだけで救われるはずがないのです。

仮に家が貧乏だったとして、それがお経を上げたり仏像を拝むだけで、その家はお金持ちになれるのでしょうか?絶対になれません。金を稼ぐ努力をしないとお金は入ってこないからです。

お経を上げれば救われる、仏像を拝めば救われるなどといっている、他力本願の人たちは、そういう現実的な努力もなしに救われると、非常識なことを平気で言っている人たちなのです。

少し考えただけでも「他力本願」では救われるはずがないと、お分かりいただけるのではないでしょうか。

このような非常識な教えを説いているのが現代の宗教です。この「他力本願」のような教え一つとっても、現代の宗教では救われないと理解できると思います。

(しかし、最近は西を見ても東を見ても脱原発で再稼働反対のオンパレードですね。〔昨日もテレビを観ていて腹が立って仕方ありませんでした。橋下市長も引く気なさそうですし〕現在の日本に生まれている人たちは〔本当の神の教えである〕法の勉強はしない、原発は廃そうとしていると、神の心の逆ばかりをやろうとしています。もう何を言ってもダメかもしれませんね…ソロソロ切れそうです)

0コメント

4月 22 2012

法の効用

いつも固い話ばかりしていてもいけません。時にはやわらかめの話も必要でしょう、今日は日曜日でもありますしやわらかめの話をしましょう。(?)

法は戒律の厳しい宗教などとは違い、あれをやったらダメ、これをやってもダメというような固いものではありません。(とわいえ、やっていけないものはやってはいけませんが)

別に酒を飲むのもかまいませんし、少々遊ぶのもかまいません。要はそんなことばかりやって、度が過ぎるのはいけないということであって、気分転換なら酒を飲むのも、遊びに行くのもかまはないということです。ちなみに私は酒もタバコも遊びも全くしません、まじめが服着て歩いているようなものですから、まるで面白みがないでしょう。(…というのは嘘です。タバコは吸いませんが酒は少々飲みますし、遊ぶのも今はお金がないから遊ばないだけです〔笑〕)

それに法を勉強すると、自分の本当の進むべき道が分かってきて、その道に従って進めば(それほど平坦な道ではないかもしれませんが)それが自分の本当の使命を果たすことになり、心の向上に繋がっていくのです。

心が向上していけば、何か運がいいなとか、何か不思議だな、と思うようなことがしばしば起きるようになってきて、この世はこの世だけではないのではないか、ということが実感として分かるようになります。

そういうことが実感されて、神を常に思えるようになると「えっ、何でこんなことが起きるの」と言うようなことも起きてきて、法を信じて勉強していけばいくほど、法の正しさや大事さが分かり、この法を多くの人に伝えねばならない、という気持ちが強くなっていきます。

そのような気持ちになれば、もう大分心が拡がっているということになりますので、自分の心が向上していることが自分でも分かるのです。

逆に言えば、そうならない人は私のブログをただ読んでるだけで、何時まで経っても法を理解されていないということになります。

しかし、せっかく法と縁があったのであれば、より深く理解されないと法に縁があった意味がありません。

一人でも多くの方が、法の理解を深めていただきたいと切に思います。

法の理解を深めるためにはまず実践でしょう。どうぞまた賛助会員にでもなっていただける方がありましたら、ぜひよろしくお願いいたします。(結局今回のブログは、賛助会員の募集だったんですけどね〔笑〕)

追伸…今回、差しさわりのないブログを書こうと思ったのですが、たいしたこと浮かんできませんでした。(私が差しさわりのないブログなど書いても意味がないということです)やはり差しさわりのあるブログしか書けないようです。あしからず(笑)ところで西の天気が大荒れのようですが…もしかして橋下市長引いてくれる気ないのでしょうか?

0コメント

4月 20 2012

続、原発について

大飯原発の再稼働問題がなかなか進みません。というか再稼働絶対反対という人が多いので、進みようがありません。

結局、橋下市長(本心はともかく)や首長さんの多くは、原発の再稼働を、絶対反対ということではないと口では言っても、すぐできそうもない提言や提案を出してきて、再稼働反対を唱えているのですから、原発を動かすなありき(再稼働反対の人たちはすぐ“再稼働ありき”などと言いますからね)としか思えません。

だいたい安全性の確認もできてないのに原発を動かすのは危険だ、の一点張りの人が多いのですが、では動かさなければ安全性の確保は万全なのでしょうか?(たしか動かしても動かさなくても危険度変わらないと聞きましたが)危険度が変わらないなら、動かしたら危険だ、安全性を確保しろなどとヒステリックに言うこともないと思うのですが、そこはどうなのでしょうか?(シンプルな意見だと思うのですが、このような意見にちゃんと答えてくれた人はいません)

三、四日前の中日新聞に、浜岡原発は停止中は安全という記事が出ていましたが、本当でしょうか?こういう安全性の問題一つとっても言うことがくるくる変わるのです。

電気が足りないと言えば(それをまったく信用しようとせず)電力の今夏の需給見通しを、専門家の第三者が検証する委員会をつくって調べろだの、節電すれば足りる(節電ばかりして、では経済の見通しはどうするのでしょうか?)だの、もう日本は脱原発と決め付けて、脱原発依存の工程表を出すのが先だだの、順序がおかしいだの、いろいろ言う人が多くて、この状態では再稼働を認められるはずないのです。

結局(福島の原発事故を見て)原子力にただビビってしまって“絶対に原発は動かすな”という人が多いから、どういうものを出してきても、そのような人は再稼働に納得しないのです。(稼働しなくても危険度が同じでもです。原子力にビビってしまっているので、まともな意見がもう理解できないのです。だってそうでしょう、冷静に考えれば動かしても動かさなくても危険度が変わらないなら、安全性の確認ができるまで動かすな、とヒステリックに言うこと自体おかしいということが分かるはずです)

これでは日本全体を見て意見を言えといっても無理です。国民投票をして原発をどうするかを決めろといっても、その国民自体が冷静な判断ができていないのですから、国民投票などする意味ありません。

もう政治指導で決めてもらうほかないのではないでしょうか。(それでは危険といくら言われても、ではどの意見が安全で、どの意見が危険なのか、ここまで意見百出してはもう分かりません)

政府と福井、京都、滋賀の三府県知事で、話し合って決めてもらうほかないように思いますがどうなのでしょう。(大きな視野にたって、どの選択が日本国民に対して一番いいのか、冷静に判断して出していただくのが政治家の仕事ですからね、このような時こそ政治家の方々の正確な判断が必要なのではないでしょうか)

大阪維新の会はもう十分でしょう、これだけやっているのですから十分アピールはなったのではないでしょうか。(全日本国民にです)これ以上、原発問題に口を出せばまとまるものもまとまりません。あまりやりすぎてしまっては、反維新で合従軍ができて対抗されます。(どこかの漫画みたいです)

反原発、脱原発の人たちばかりではないのです。そのような人たちの意見も尊重すべきではないでしょうか。

とりあえず、維新の会は原発問題から一歩下がられたらどうでしょう。民主も口では受けて立つだの何だの言っていますが、民主も自民も維新の会には相当ビビってると思います。これだけやれば十分成果はあったのではないでしょうか。

橋下市長とりあえず今回は一歩下がっていただけないでしょうか。

しかし、もし引く気がない、と、原発問題はとことんやるといわれるのであれば、天がもう黙っていません。完全に天は維新の会の敵に回ることになります。

前回書きましたが、天が敵に回ればどういうことになるかお分かりですか?それはいいこと起きてきません、今度の衆院選で、仮に維新の会が衆議院議員をたくさん当選させて与党になったとしても、まともな国政運営などできないでしょう、ことごとく災いが起こり国政どころではなくなります。(それは共産主義政権が政権を取った、今回の民主政権を見ればお分かりいただけると思います。同じことが起きるのです)

この先ずっと祟ることになるのです。(また次々に異常現象が起きるのです。それともこれまでの異常現象は皆温暖化のせいだとお思いですか?)

それでもお引きくださいませんか。よくよくお考えください。

追伸…最近は時間合わせがブームのようですね。(気のせいでしょうか?)できるだけ合わせないようにと気を使ってしまいます(笑)しかし、約一名の子がそれをやると言うなら話も分かりますが、何で他の子もやってんでしょうか?何を狙っているのかよく分かりませんが…ほんと女性って複雑ですね。

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。