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9月 14 2011

パ、パソコンが…

私のパソコンの画面のチカチカが最近とみに激しさを増しています。(笑)

もう数ヶ月前からチカチカしていたんですが、少し前までは少しすればそれが収まっていましたが……最近はそのチカチカがすごいのです。(何かウルトラマンのカラータイマーみたいです〔笑〕)

さすがにこれだけ画面がチカチカし出すと、気が散って集中してブログも書けません。

ソロソロ、ヤバイかもしれませんねこのパソコン…(汗)しかし、逆に言えばこの状況でよくもってるなとも思います。

あまりブログを書いても、法がどれだけ伝わっているのか分かりませんし…(総理が所信表明で正しい心とか言われていましたが、言葉だけではいけませんよね、本当にそのような心になっていただかないと)もう、それぐらいでよい、と天が言っているのかもしれませんので、このパソコンが壊れた時点でこのブログも終わりにしたいと思います。(どっちみち買い換えるお金ありませんから)

そうすると、この先大丈夫でしょうかね、日本は…法が伝わらなかったと天が判断しますので、ちょっと怖いことは怖いのですが…それも仕方がありません。日本に出ている人たちの判断ですから、それはそれで、その方々にお任せすることにしましょう。

パソコンを打っているだけで、自分たちのことは棚に上げ、でかい音たてて邪魔してくるアホな連中も周りにいますし(まったく怖いもの知らずです)こういう連中(今日もさっそくやっていますが)の心の狭さ小ささにあきれます。結局このような連中はある意味(心を広く大きくしなければならない)神の目的に反しています。この先もこんな心ではあまりよいことも起きてこないでしょう。

人が自分たちと何か違うことをすれば、すぐ妬んだり、ひがんだり、特に男でこんな小さな心では先がありません。現在の日本もこんな小さな心の男が多いのですから先もないように思います。

いずれにせよ、すべて、天の導き次第です。

また、このパソコンのチカチカが収まれば(さすがに中古ですからもう無理のような気もしますが…)ブログを書けばいいのだし、チカチカが激しくなりこのまま画面が消えるようなら、そこまでにすればいいのです。(天がもうよいといわれているのですから)私がまだ必要なら何らかの道はついてくるでしょうし、必要ないならその時点で私の使命は終わりでしょう。

終わったら終わったで、私もやるべきことはやったのですから、もうそれでいいと思います。

どちらにしても、このパソコンの(チカチカする)状態ではちゃんとしたブログは書けません。ほぼ毎日のようにブログを書いてきましたので、少しブログを書くのを止めてパソコンの様子を見ようかとも思っています。

また、パソコンの調子がよくなるようならブログを再開しますが、こんなパソコンの状態では書けませんね。もしかすると、これでブログは終わるかもしれませんが、ご了承ください。(残念ですね、まだ伝えたいことはたくさんあったのに)

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9月 12 2011

祈りの大切さ

“祈り”というと現在の日本ではお寺や神社など行き、お賽銭を上げてお参りをするというのが一般的ですが、しかし、多くの人はそれも昔からの宗教儀礼の一つで、形式的にやっているという人と、あとは自分の欲望(家内安全、交通安全、給料が上がりますように、よい結婚ができますように、などなど)を祈っているという人がほとんどで、それも祈っても祈らなくても、さほど変わらないと思っている人も多いようです。

しかし、高橋先生は「祈りとはあの世の天使との会話である」と言われておりました。正しい祈りは天に通じ多くの光の天使を動かします。ですから正しい祈りはきかれることになるのです。(逆に前に書いた丑の刻参りのように、相手を呪うような祈りは地獄界に通じ地獄霊を呼び寄せます)

多くの人の祈りがきかれないのは、それは祈り方が正しくないのか、自分の欲望を祈っているのか、のどちらかであるということです。ただ、たまに、正しくない祈りでもきかれることがありますが、それは、その人がそれをやるために生まれているからそうなるのであって、祈った通りのことが起きたからとはいえ、祈りがきかれたかどうかは、その人の祈り方と心を知らなくては分からないのです。

祈りは、お寺や神社、あるいは教会などに行って特別に祈らなくても、どこにいてもどんな時でも天に向かって祈れば正しい祈りはきかれますし、逆にどこに行ってどのような特別なことをされても、正しくない祈りはきかれることはありません。

ただ、執着の塊のような人がその執着心まるだして祈ると、その念の強さに応じて自分の祈りが(仮にそれが欲望であっても)きかれる時がありますが、しかしそれは一時的にきかれるだけで、後でそれ以上の不幸に見舞われます。(その祈りは、その人の反省を促すためにきかれたに過ぎないからです)

祈りなどしてもしなくても同じだとか、祈りを自分の欲望だけに利用することは、やはり正しいことではありませんので、祈りを軽く見ないで、祈るときは正しい思いで祈ると、その恩恵は計り知れないものとなるでしょう。

しかし、祈りもその人の心に応じてきかれることになっています。大きな祈りをするのであれば、自分の心も大きくしていかないと、その祈りも実現しないでしょう。

私が今している祈りは、このブログを通して世に法が拡がっていきますように、という祈りであり、このブログの正しさを多くの人々に様々な現象を通し証明せしめ給え、という祈りでありますので、これは正しい祈りですので当然きかれます。しかし、私の心に応じて、その祈りはきかれる(天上界の光の天使たちが動いてくれる)ことになりますので、どの程度の現象が現れるかはさっぱり分かりません。

私は前に、心の中から『おまえはまだ未完成である、発展途上である』という思いが出てきたことがありますので、大きな現象を出したいのであれば、私も自分の心をもっと磨いて広く大きくしていかなければなりません、まだまだ先は長そうです。

聖書に出てくるモーゼやキリストの祈りは凄まじいものがあります。

(天変地変を自在に操った)モーゼの大奇跡は有名ですが、キリストも癒しだけでなく、わずかしかなかったパンや魚を、数千人の人々の腹を満たすくらいに増やしてみせたり、ガリラヤ湖の嵐を一瞬で鎮めたりと、その祈りが即座に天に通じきかれています。

キリストやモーゼの祈りが私たち人間の最たる祈りであるならば、私の祈りなど、自分で祈って何が起きるか分からないのですから、まだまだ、子供のような祈りと言われても仕方がありません。

私も、もっと心を磨いて、自分の祈りがどのような結果が出て、それを自在に操れるようにならなければいけないと思っています。(それくらいにならないと高橋先生や園頭先生の教えを継ぐなどいえないでしょう)

キリストやモーゼあるいは高橋先生や園頭先生の祈りが、人類最高の祈りであるならば、それに向かって努力することは当然のことであるといえましょう。

園頭先生は、祈りに始まり祈りに終わる、という生活を続けていられました。私もそれにならい、自分の未熟な祈りに磨きをかけるという意味もありますが、どちらにしても今のままでは法も拡がらないし、長くやれそうもありません。私は何の力もありませんし、一人でやっているのですから、天に頼る以外法を拡げる方法もありません。

どっちみち天に道を開いてもらう以外、進む道はありませんので、これから何が起きてこようと道が開くまで、祈って祈って祈り続け、祈りで道が開くのであるということを証明したいと思っています。

多くの人は祈りの大切さを知りません。しかし、私たちがこの世を渡っていく上で祈りは欠かせません。(天の協力を得るということでもありますので)

自分が困った時だけ祈るとか、自分の欲望ばかり祈っても、そんな祈りはきかれることはありません。

常に正しい心で祈るということは、私たちにとって大変重要なことであり、また必要なことでもあります。正しい祈りは世の中も救い、そして自分自身の魂も向上させることになるのです。

今日は十五夜です。こんな夜は月のパワーも大きくなります。せっかくですので、かぐや姫のように月に向かって祈られたらどうでしょうか?

月のパワーを感じられるかも知れません。

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9月 10 2011

様々な現象の真の意味

台風12号の豪雨は、台風が過ぎ去った後も不幸な土産を残していきました。それが土砂ダムです。(豪雨で崩れた土砂が川をせきとめてできた、せきとめ湖)

この土砂ダムが和歌山県や奈良県にいくつもでき、その中の四ヶ所の土砂ダムが(奈良に三ヶ所、和歌山に一ヶ所)いつ決壊してもおかしくない危険にさらされているそうです。(雨でこれだけ多くの土砂ダムができたのは極めて珍しいそうですが…)

もしこの土砂ダムが決壊すれば、それより下にある町や村は大規模な土石流に見舞われメチャメチャになってしまいます。

現在、台風14号が日本に向かってきていますが、この台風は九州と奄美大島の間を通って行くようで日本に上陸はしなさそうですが、この台風から湿った空気が日本に流れ込み、その危険な土砂ダムがある奈良や和歌山は、局地的に強い雨が降るところがあるとか、危険な土砂ダムがある場所が集中豪雨になれば、一発で決壊です。(そればかりか和歌山県の田辺市に、今回の豪雨で大きな亀裂が入っている山があるとか、それもいつ土砂崩れが起きるか分かりません)

本当に危険な状況が続いています。

しかし、不思議なものです。同じようなコースを北上してきた台風12号と14号が片方は大型で強力に発達し、もう片方はほとんど発達しないのです。(両台風とも似たようなスピードで進んでいるのにです。12号は上陸した途端、急にスピードが落ちただけで、それまでは14号と同じように十五~二十キロほどのスピードで北上していました)

お分かりですか?言っている意味が…。

日本を直撃した12号はあれほど大型で強力な台風に発達したのに、日本に上陸しないであろう14号はまったく発達していない、と言っているのです。

同じような位置から、同じようなスピードで北上してきているのに、何で一方は発達して、もう一方は発達しないのでしょうか?当然、海水温も同じようなものでしょう。ならば、何で14号も12号と同じように大型で強力な台風に発達しないのでしょう?こんなことありえるのでしょうか?(実際目の前で起きているのですが…ぜひ、気象庁には分かりやすくご解説いただきたいものです)

少々の差はあれ、似たようなコースを似たようなスピードで北上してきているのですから、14号も少しは大きく発達してもよさそうなものですが、14号はほとんど発達しませんでした。

なぜでしょう?

答えは簡単ですね、この台風は日本に上陸しないからです。

この台風は日本に上陸させない、と言った方がより正確ですね(進むコースも九州と奄美大島の間を、ああもうまく進むものですかね、あそこまでいくと内匠の技ですね)14号はわざと日本に上陸させなかったのです。(上陸などいつでもさせられたのですよ、高気圧を弱めればいいだけの話ですから)

そうして12号との差をわざと見せつけたのです。もちろん私たちにですが…もう天の心はお分かりいただいていると思います。

こんな当て付けのようなことを天にされているのです。いい加減、天の心に逆らうのは止めた方がいいのではないでしょうか。(私は嫌がらせか、と思ってしまいました)

何度も言いますが、天の心(神の心)に日本に生まれている多くの人は逆らい続けているのです。

だから様々な異常現象が次々と起こり、東日本大震災だけに止まらず(今回の台風被害でもそうですが)似たような被災地があちこちにドンドンできているのです。

今回の新内閣でもそうです。皆、好き勝手なこと言って(しかも問題発言も多く)まったくまとまりがありませんが、この内閣でやれるのでしょうか?

やれるわけがありません。それをすでに天は私たちに教えてくれていました。新総理が決まり、新内閣が決まった途端、大型台風の12号が日本を直撃しました。(そして、この大被害です)これは、この内閣ではダメだということを、天が教えてくれているのであり、やはり民主(社会、共産)政権ではダメということを天が教えているのです。

それは今初めて教えてくれたわけではありません。すでに何年も前からです。

その天の心に私たちは逆らい続けているのです。日本のほとんどの人が表面上の起きたことだけ見て、その真の意味を知る人がほとんどいないのです。だから天は、その真の意味を悟らせるため、くり返し異常現象を起こしているのです。これだけ異常現象が起きているのに、いつまでたっても真の意味を悟ろうとする人が出てきません。これではいつまでたっても異常現象は収まらないでしょう。

真の意味がまるで分かっていないというのは、今度の内閣は期待できるなどと言っている人がいることでも、その事実が分かります。これだけ民主政権下で異常なことが起きているのに、まだ民主の内閣を期待しているのです。話にならないくらいの鈍さです。

今回の台風14号は、もっと大型で強力に発達させることも、日本に直撃させることもできたのです。(それくらいのことはヤハウェには造作もないことと、私のブログを読まれている方はご理解いただけると思います)

いいんですか、これ以上、傷口に塩をすりこむようなことをされても。

そんなことをすれば、ただでさえ重症の状態にある日本が重体に陥ります。ヤハウェはそれをギリギリのところで止めているのです。多くの人々が目覚めるのを待っているのです。(私から言わせると、あんたらどれだけ頑ななのか、いい加減にせえよ、と思ってしまいますが…これだけ頑なな人が多いと高橋先生が説かれても、園頭先生が説かれても法が拡がらなかったはずです。キリストやモーゼが出てこられ、いろいろな奇跡や癒しを行っても、現在の日本の人は法を聞こうとしないのではないでしょうか)

しかし、もう時間はあまり残されていません。現在の多くの人々は物事の本質を見抜くことができず、表面しか見ていないのです。

見たままのことしか理解せず(例えば原発問題でもそうですが)天がそれはいけないと現象を起こしているのに、それを一切無視する人々が多ければ、異常現象は激しさを増し、最後日本は滅びるしかありません。(あちこちにある多くの被災地を見れば、私が言っていることが、荒唐無稽なことかどうか、分かるはずです)

なぜ、そのようなことが起きたのか、という本質の意味を多くの人が早く理解しないと異常現象は止まりません。(今ある土砂ダムも次々に決壊します)

すでに時は来ています。今何をしなければならないか、ご自身でお考えください。

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9月 08 2011

神を一とする

今回の台風での被害は死者、行方不明者が百人を超え、平成に入って最悪となりました。

台風は最初、高知県に上陸したのですが、進むスピードがあまりに遅かったため、その東に位置する紀伊半島が大変な豪雨となり、大きな被害が出ました。奈良県、和歌山県、三重県の各地域に、わずか三日間で千ミリ以上の雨が降ったところがいくつもあり、川が氾濫しあちこちで土砂崩れが起こり、被害が拡大していきました。(現在もまだはっきりした被害状況は分かりません)

今回、なぜ紀伊半島がこれだけ記録的豪雨になったのか、専門家はいくつかの原因を挙げていますが、しかし、どの専門家も気象庁も、あるいはその気象庁にあるスーパーコンピューターでさえ、今回の台風の進むスピードの遅さは読みきれなかったそうです。(上陸してからスピードが落ちる台風など前代未聞でしょう)

紀伊半島の被害もそうですが、山陰や近畿あるいは北海道(台風が日本海に抜けた後も、一昨日はその台風の影響で北海道の各地で大雨となりました)にまで、広域にわたり豪雨の被害をもたらした、今回の台風被害の最大の原因は、その進むスピードの遅さにあったのであり、今のように発達した科学の世であっても、その科学でも考えられないようなことを起こしてしまうのが神の力であり、このようなところにも私たちは神の力の偉大さを見ることができ、その凄まじさを恐れ、偉大さに感服しなければならないのです。

これほど偉大な神を、これまで日本人の多くは、日本の科学者の唯物無神論などという意見を真に受け無視し続けてきました。そうして、それを認めるがごとく宗教の世界でも、自分たちに都合いい神(先祖や教祖、八百万)をでっち上げ、それぞれ自分たちの都合にあわせた信仰(の名を借りた商売)を続け、神を貶めてきました。

しかし、もう、そんなことなどできないことが現在の日本を見れば分かるはずです。そのようにいう科学者や宗教家の、どんな智恵や力をあわせても、現在日本に起きている様々な異常現象を止めることができないのです。

唯物無神論を言い続けてきた科学者は、現在の日本をどのように言うのでしょうか?自分たちの都合のいい神をでっち上げてきた宗教家は、現在の日本をどのように救うのでしょうか?

どのような言い方をしても、どのような救い方をしてもかまいません。現在の日本に異常現象が起きなくなるなら、それで結構です。普通の日本に戻してください。

しかし、それをできる人がいるのでしょうか?

残念ではありますが、それができる人は誰もいないのです。どんな科学者も宗教家も、あるいは政治家であれ誰であれ、誰も現在の日本に連続して起きている異常現象を止められる人はいないのです。(それともどなたかいられるのでしたら、我こそはと手を上げてみてください)

それならもう下らないプライドなど捨て、素直に神に頭を下げられたらどうでしょう。素直に今までの自分たちの間違いを認められたらどうでしょう。正しい意見は誰に何を言われても通さなければいけませんが、しかし、その意見が間違いであったと気づいた時は、ああ、自分の考えは間違いであったと素直に認めて反省し、考え方を変えた方が結局得なのであり、また、そんなところで意地やプライドを通しても、自分が損をするだけで何の進歩も向上もないのです。下らない妬みやひがみも同じで、そんなものをいくら持っていても百害あって一利なしです。(謙虚な心にならないと救われないからです)

どれだけ頭がよくても、地位や名誉があっても、あるいは金や力を持っていても、誰も現在の日本を救うことはできないのです。(金や力を持っていれば自分だけ逃げるということはできますが…)

仮に自分だけ日本から逃げれば、自分は救われると思っている人もいるかもしれませんが、大きな間違いです。

では、その人は死ぬことからも逃げることができるのでしょうか?どれだけ頭がよくても、どれだけお金を持っていても、死からは逃げられません。お金を出すから不老不死にしてくれとか、誰よりも頭がいい、あるいは力があるから死ぬことは勘弁してくれと、いくら頼んでも(誰に頼むか知りませんが)そんなことはできません。皆、死ぬ時がきたら死ぬのです。

もちろんあの世(死後の世界)は存在します。この世で逃げたとしてもあの世では逃げられません。この世の苦しみから今、どれだけ逃れることができても、そんな人には、この世の苦しみ以上の苦しみが、あの世では待っているのです。この世界に逃げ得はありません。この世では逃げたとしても結局あの世で裁かれるのです。

誰も日本を救えないのであれば、もはや本物の神に頼るしかないのではないでしょうか。

今まで神を無視してきたことを心から神に詫び、これからは神の存在を認め、神を一として何をやる時にでも、まず、神に感謝してから始める、そのようにするのであれば、自分の周りに起きること(そのような心になれば、同じことをしてもなぜか不思議とうまくいったり、運がよかったりするのです)が変わってきて、いやでも神の存在は自覚できることになるのです。

多くの人がそのような心になれば、日本に起きている異常現象も自然に収まってきて、いつの間にか普通の生活ができるようになります。

神の存在を認め、何を始める時にでも、まず、神を一とする、その心を忘れては何も始まりません。(GTS心の研究所も始めにG〔ゴッド〕をつけ、神を一としています)

多くの人がそのような心になった時、初めて救いが始まるのです。

(昨夜、北海道で震度五の地震がありました。震度五の地震はしばらくなかったのですが……〔大震災の余震でもなさそうですし〕。昨日の朝どなたか私のブログをそれとなく皮肉られなかったでしょうか?私はここに神の心を書いているのですから、あらかさまに逆らうような物言いは止められた方がいいと思います。〔いくらそんなつもりで書いたんじゃないとトボケられても、ヤハウェはその心の中まで見通しますから〕これで二度目ですが、今私は強烈に祈っています。何が起きるか分かりませんのでお気をつけください)

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9月 06 2011

神を知り、神の心を知ることの大事さ

今回の台風は三重、和歌山、奈良県を中心に記録的大雨をもたらしました。七十二時間の雨量が、この三県だけで千ミリを超えた地域がいくつも出たことでも、その事実が分かります。この大雨のせいで各地で土砂崩れが発生し、取り残された方や非難された方などが数十万人も出ました。

もちろん大雨だけでなく強風の被害も各地域に及び、私の住む名古屋でも雨はそれほどでもなかったのですが、強風が吹き荒れ、公園の木や街路樹などの枝があちこちでボキボキに折れて落ちていました。

今回の台風は異常なほど進むスピードが遅く(日本海にあった高気圧が台風の進むスピードを鈍らせたそうですが、とても偶然とは思えません…必然ですからね)大型であったということもあり、その被害は広域に及びました。台風一過とよくいわれますが、今回の台風はまったくそれが当てはまりませんでした。(一過とは、さっと通り過ぎることをいうのですから)

しかし、新内閣が発足した途端これでは、この内閣が続けば、これからまたどんな恐ろしいことが起きてくるか分かりません。

共産主義政権の恐ろしさというものを、多くの人が悟るまでこの現象は続くでしょう。

そうしてもちろんそれ以上に悟らなければならないことは、神の存在であり、その心でもあるのです。

私たちは神の心(法)を悟ろうとせず、もっとも神の心から離れている政権である、共産主義政権を二年前選びました。(神の心を悟った人が多ければ、共産主義政権など絶対選ばなかったはずですから)その時から災いは始まっていたのであり、それに気づかなかった人々は、それから多くの苦しみを与えられることになります。

口てい疫、鳥インフルエンザ、火山の噴火、大雨、大雪、猛暑に日照り、考えられないような大震災に加え、それに関連して大津波に原発事故と、ありとあらゆる災いを受けました。

それにもかかわらず現在の人々は、いつまでたっても、神を認めず、神の心を悟ろうとせず、それを拡げようともしません。

現在の多くの人々は、災いに襲われたら襲われたで、その時は大騒ぎをしますが、何でこんなことが起きたのか、その理由を知ろうともせず、神の心などそっちのけにしてトンチンカンなことを騒いでいるだけなのです。(例えば原発問題でもそうです。これほどひどい原発事故が起きたのは何度も言いますが、共産主義のせいなのです。〔その政権であり、その地域の知事の心〕しかし、そんなことは一切問題としようとはせず、こんな大きな原発事故となった原子力自体を問題とし、こんな大きなエネルギーがあるからいけないと、それも神から与えられているエネルギーの一つにもかかわらず、原子力自体を敵視し廃そうとしているのです。見当違いもはなはだしい、これほど大きなエネルギーには感謝こそすれ、敵視するなどもっての外であり、一番敵視しなければならないのは〔神の心の正反対の思想である〕共産主義という心であり、そのような心こそ廃さなければいけないのです。神から与えられているエネルギーを勝手に廃するなどもっての外です。〔だから私は、知事の人たちに脱原発など言ってはいけないと言ったのであるし、現実にそんなことを言った知事の地域は大きな災いを受けました〕このように本当に恐ろしい、神の心から反することを現在の人たちは平気でやっているのです)

それではいけません。なぜ、神がこんなことを起こされたのかを知ろうともせず、災害が起きた時だけ右往左往して、神などそっちのけにして神の本当の心は理解せず、自分たちの都合のいい解釈ばかりしてそれで納得しています。これでは神も許さないでしょう。多くの災いはまだまだ起こります。

キリストは、神を信じるのであれば山に海に入れと命じても、山は立ち上がって海に入るであろう、と言われました。(高橋先生も同じことを言われています)

それほど神を信じる心は大事なことであり、どんな奇跡をも起こすのです。

現在の日本に起きている様々な異常現象、このような現象を通して私たちは神の存在を知らなければならないのであるし、また、このような現象が連続して起きているにもかかわらず、いつまでたっても神の心を理解できない人たちは、自分たちの心の狭さ小ささを恥じなければならないのであり、まして神の実在を知らしめ、神の心を知ってもらうためにしている私の祈りに対して、余計なことをしている、とか、間違ったことをしている、とか、思う人がいたとしたら、そんなことを思う人の方がよほど愚かで神を冒涜しているのであり、私とそのように思う人の心を神が評価するのであれば、天と地ほどの差があることを知らなくてはならないのです。(私の祈りは神の心に叶っているから現象化するのです)

神を多くの人に知らせる行為こそ、もっとも尊い行為であり、神の御心に叶う行為であるということです。

今回なぜ、このような大きな台風が日本を襲ったのか?

私は、その本当の意味を多くの人々が知るまで祈り続けます。どのようなことがこれから起きようと、それは神が起こしてくださる大きな慈悲であり愛であるからです。(それだけ神の慈悲や愛は厳しいものである、ということです。ただしそれは神の心を悟ろうとしない人々にとって、という意味です)災害が起きた、起きないの、ただ一点だけとって神を評価するのも、人を評価するのも間違いなのです。そのような災害はなぜ起きたのか、その真の意味を知らなくてはならないのです。

そのような現象を通し、私たちは神を知り、神の心を知らないといけないのです。(もちろん神の力の偉大さもです)

私たちの勝手な言い訳や泣き言など神は一切認めてくれません。“神を知り、神の心を知る”ということは私たちがこの世に生まれてきた以上、最低限理解しなければならないことであるからです。(神を知ろうせず、自分たちのことだけやっていることが、どれだけいけないことか、これだけひどい目にあっているのです、いい加減ご理解願えませんか)

神の心を知ることの厳しさ、大事さを知ってください。

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