>>ブログトップへ

10月 19 2010

ゴルフトーナメントでの出来事①

先週、日本オープンゴルフ選手権が近くの愛知カンツリーでありましたので、観戦に行ってきました。先々週の三好カントリーに続いての男子のゴルフトーナメントです。

ゴルフトーナメントに行くとブログのネタには困りませんが、書きたいことが後回しになってしまい、なかなか書きたいことが(たとえば園頭先生の話などまだ途中までしか書いていなくて、他にも書きたいことがでてきますので、肝心の園頭先生の話がまったく進みません。師には申し訳なく思っています)書けないのが、悩みといえば悩みです。

しかし、ゴルフトーナメントに行くといろいろ事件(?)が起きるので、それも書かないわけにもいかず、そこが悩ましいところです。

今回のゴルフトーナメントを観に行った出来事として、よい話と悪い話とどちらかよく分からない話と、最後に不思議な事があった話を書いておきたいと思います。

最初によい話ですが、トーナメントの二日目だったか三日目だったか忘れましたが、ある有名選手が最初のティーショットを打とうと、ティーグランドで待っていた時のことです。

一番ホールのティーショットを打つすぐ後ろには、多くのギャラリーが観戦できるようにと、スタンドが作ってあります。その日のスタンドには多くのギャラリーが観戦していました。

その中に小さな子供をつれた家族がいたのですが、その家族の子供が急に大声で「遊園地に行きたい」と泣き出したのです。ゴルフは必要以上に声や動きを規制します。選手のプレー中に声を出したり動いたりすると、選手がプレーに集中できないからです。その必要以上に声や動きを規制するゴルフの観戦中に、選手のプレー中ではなかったとはいえ、一番ホールで、これからその日の一打目を打とうとしている選手のすぐ後ろで、子供が大声を出して泣き出したものですから、皆息を呑みました。それもこれからプレーに入ろうとしている選手は有名な選手です。

周りはシーンとなっているのに、その子供は、そんなことなどおかまいなしにぐずっています。すると、これからプレーをしようとしていた有名選手が、そのくずっていた子供に声をかけました。

「おい、どうした」選手に直接声をかけられたその子供は、驚いて黙ってしまいました。その選手は続けて「そうか、遊園地に行きたかったのか」といって、自分のバックからボールを取り出すと、そのぐずっていた子供に投げ与えました。その後その有名選手が何か言ったのですが、よく聞き取れませんでした。多分「これをやるから我慢して観とけ」とでも言ったのでしょう。

それを観ていた周りのギャラリーたちの場も一気に和み、笑いとやんやの歓声が起こりました。

かんぐった見方をする人も中に入るでしょうが、この選手のしたことは、周りのギャラリーの心も和み、大声を出した子供の家族たちも救いました。

これからその日の一打目を打とうとしている選手の後ろで、子供が大声を出したら、普通ならその場で待っていた選手にムッとされ、その家族たちはその場を離れるしかなかったでしょう。また選手たちがそのような態度をとっても、皆ゴルフで飯を食べているのです。その日の一番始まりの第一打を打つ前に、子供とはいえ大声を出され心を乱されては、その日のゴルフの調子も狂ってしまいます。その場にいた選手が怒ったような態度をとっても、それはそれで仕方がないと誰もが思ったでしょう。しかし、その有名選手はまったく逆の態度を取り、その家族たちばかりか、周りにいた多くのギャラリーたちの心まで和ませたのです。

なかなか、そのような態度を取れる選手も少ないのではないでしょうか。朝からいいものを見たと、私も心が和みました。

このような態度を取る選手が、もっと増えればゴルフ人気もまだまだ上がっていくでしょう。その選手が第一打目を打ち終えコースに出て行くときに、先ほどの家族の父親が「ありがとうございました。頑張ってください」と声をかけていましたが、結局このような態度をその有名選手が取っていれば、それがいずれ自分に帰ってきます。よいことをしていれば、その行為は自分自身を救うことにもなるのです。(この有名選手は今はスランプのようであまり調子も上がりませんが〔私ならすぐ直せますが……笑〕、いずれはそのスランプも脱して、前以上の活躍をしてくれることと思います)

この有名選手の今後の活躍を大いに期待しております。

0コメント

10月 12 2010

共産主義の危うさ

私は前に、今の政権(共産主義)が続けば恐ろしいことが起きます、とこのブログに書いておきましたが、その書いたとおりの恐ろしいことが現在起きています。

五月、六月に引き続き七月も各地で大雨が続いて、七月の月間降水量は北海道の稚内や三宅島(東京都)で過去最多を更新。岐阜県にある萩原や八幡、伽藍(がらん)、多治見などでも同様に最多雨量を更新しました。

その梅雨が明けた七月下旬からは今度は猛暑が始まり、月間平均気温が千葉や仙台などでは観測史上最高を記録しました。私が住む名古屋でも二十日~二十七日に八日連続で、最高気温が三十五度以上になる猛暑日を記録し、七月としては記録が残る一九六〇年以降では初の出来事でした。

八月も猛暑が続き、今夏(六~八月)の日本の平均気温は、記録的猛暑といわれた一九九四年を大きく抜いて、統計を開始した一八九八年(明治三十一年)以降で最も暑かったということが、気象庁のまとめで分かりました。なんと過去百十三年で一番暑かったのです。

ということは統計を取り始める以前も考えると、一体今年の猛暑はいつ以来なのかさっぱり分かりません。ここ何百年も何千年もなかった暑さなのか、それとも百十三年以前ではよくあった暑さなのか、いずれにしても記録のない(調べることのできない)暑さであったことは確かなようです。

まったく恐ろしいことが起きているのですが、この猛暑の影響で全国的にカメムシが大発生(例年の五倍)して、なしや柿が大打撃を受け、カメムシの影響で果物まで不足し、おまけにこの異常高温で米まで腐り始めるものもあり、食糧不足が顕著になってきました。それに海でも過去最大の赤潮が発生して、養殖魚が大打撃を受けたとのことです。野菜不足で野菜が高騰し、それに果物や魚が加わって家計は苦しくなる一方です。

この政権下(共産主義)では高橋先生が言われた(共産圏は食料飢饉が起きる)とおりのことが起きています。そればかりか円高、株安が続き景気もよくなる気配がありません。現在、政府が緊急経済対策をしようとしておりますが、この政権ではどれだけ経済対策をしても、景気がよくなるわけでもなければ、異常気象が収まることもないでしょう。

これだけ異常事態が続いているだけでも、共産主義の単独政権がいかに天の怒りを買っているかよく分かります。(前に自民党が社会党との連立政権をしたことがありましたが、あれは連立政権であり、社会党の単独政権ではありませんでした)

だいたい共産主義を言っている共産党など、一方では戦争反対の平和主義を唱えていながら、一方では赤旗を掲げています。赤旗の赤色は革命の血の色だといわれています。(ソ連のスターリンや中国の毛沢東が、粛清の名の下にどれだけ多くの人を殺したか、ということでもその事実が分かります)共産党は一方で平和を唱え、一方では革命の旗を掲げるという矛盾したことを平気でしているのです。共産主義者は少し頭がおかしいのではないか、と思えてしまいます。

表向きは平和を唱え、裏では国をかく乱しているというのが共産主義なのです。だから天も怒っているのです。

「今年の異常気象の原因は夏の高気圧が強く……」などと、今年はよく気象予報士がテレビで言っておりましたが、ではなぜ、今年に限って異常に夏の高気圧が強くなったのか、という原因は誰も言いません。つまり気象予報士などは、高気圧や低気圧がどのように動いたのか(あるいはどのように動くのか)という、予想や動きは説明できても、ではなぜ、その高気圧や低気圧は、そのような動きをしたのかということは説明できないのです。

それはそうでしょう。そのようなものはすべて天がコントロールしているのであり、そのことを知らなければ、なぜこのような異常気象になったか、という根本の説明はできないからです。つまり、法を知らないと正しい説明はできないということです。

この政権の政策はあきらかに神の心にそむいています。今の政権は総理だけでなく官房長官まで真っ赤な官房長官などといわれ、共産主義政権ということがまともに分かります。共産主義では国はよくなっていきません。自民党がダメだから民主党でなどという考えが、いかに恐ろしいものかをよくよく理解しなければならないのです。

天の怒りを買っているようでは、平和な生活などおぼつきません。共産主義の怖さ危うさをよく知ってください。

0コメント

10月 09 2010

ゴルフトーナメントでの気づき③

このブログ(仕事)を続けるかどうか、今週結論を出すといっておきながら、まだそのことを何も書いていませんでしたが、結論は次のようになりました。

私が、もし今回観に行ったゴルフトーナメントで、何も気づかず間違った考えでいたままでしたら、多分このブログを最後としていたでしょう。しかし、私は今回のゴルフトーナメントで多くのことに気づかせていただきました。(そのことについては天や周りの方々に感謝いたします)

ですから結論はまだまだこのブログ(仕事)は続けるということです。

ただし、自分の仕事としてやっている以上、売り上げがなければやっていけません。やっていけませんが、これからは、これまで以上に高橋先生と園頭先生に教えていただいた法を思い、必死に謙虚にそれを世の人々に伝えていきたいと思っています。

そうしてやるだけやって、それでダメなら仕方がないと思っております。

この世の人は結果がダメなら、それは失敗だと言われるでしょうが、神は結果を求めていられるわけではありません。その人がどれだけベストを尽くしたか、それを観ていられるのです。神はこの世で成功した人だけを見ていられるわけでなく、この世で失敗した人も観ていられます。その人が、どのような心でどれだけ必死に頑張ったのか、それを観ていられるのです。

その人が、常に神を思いベストを尽くしその結果、失敗することになっても、神はその神を思いベストを尽くした、その心を喜ばれるのです。

そのようなことを思ったとき、法がなかなか拡がっていかないということに苛立ち、結果ばかりを気にしていた自分の愚かさに気づきました。

これからはそのような心はすべて捨て、ただ神を思い、高橋先生と園頭先生から教えていただいた法を、できるだけ世の人々に伝えよう、自分がベストを尽くしそれで法を伝えることができなくなっても、それはそれでしょうがない、しかし、自分が伝えられる間は全力で伝えよう、と決めました。

園頭先生でさえ高橋先生の教えを正しく継ぐと宣言され、正法会を立ち上げられる時「誰もついてきてくれる人がいなくても私一人でもやる」という決心をされたのです。私のような者の書くブログを仮に誰も読む人がいなくても、法を教えてもらった以上、その法を世の人々に伝える努力をするのは、それが師の意志であったのですから、弟子としては当然のことで、それを途中で投げ出すなどもってのほかでしょう。

やれる間は法がどうしたら拡がるのか、(ブログを書いているだけではなく)その努力をし続けようと思っています。しかし、やれなくなればそれはそれで仕方ありません、やれなくなったときに悔いを残さないようやるだけです。したがって、何年もこのブログを続けるかもしれないし、一ヶ月先にはやめているかもしれません、がやれる間はやります、それが結論です。

しかし、私は今回のゴルフトーナメントを観に行って、さまざまな思いがでてきました。

何か知りませんが、今回のゴルフトーナメントを観ていると、ゴルフの選手だけでなく、その関係者やテレビ局の人たちまで私の方を観ている人がいました。一体どういううわさをしているのか私にはまったく分かりませんが、このようなことは少し異常なのではないでしょうか。たった一人の無名な者を、有名プロゴルファーや有名プロ野球選手や、その関係者の多くの方々が興味を持つなど、いままであったのでしょうか?

このようなこと考えますと、私に興味を持っている人たちは、過去の永い輪廻転生の過程のどこかで、法を通し縁のあった方々ばかりではなかったかと思います。過去世(過去の人生)でまったく縁のなかった人が、今生、私にどんなうわさがあろうと興味を持つはずがないからです。(それは私のブログを熱心に読まれている方も同じです)過去世のどこかで、何がしかの縁があったからこそ興味を持つのであって、もし今生初めて私にあったという人ならば、どんなうわさが私にあろうとまったく興味を示すことはありません。「縁は異なもの味なもの」といいますが、それほど縁生というものは深く不思議なものなのです。

高橋先生も「私の本を見て、いっぺんでこれは正しいと分かる人は、過去世のどこかで私の話を直接聞いたことがある人ですよ」と言っていられました。

今回ゴルフトーナメントを観に行って、そのような人と人との縁の深さ不思議さを改めて思いました。この縁を通し、また多くの方々に法が伝わればよいと思っています。再びこの世でめぐりあった縁ある人たちに感謝して、また来週もゴルフトーナメントが名古屋でありますので、謙虚な気持ちで観に行きたいと思っています。

いずれにしても、師の意志を弟子が継ぐのは当たり前のことでしょう、その気持ちを忘れず、やれる間は全力で師から教えていただいた“法”を、世の人々に伝えていきたいと思っております。

0コメント

10月 07 2010

ゴルフトーナメントでの気づき②

私が観た夢の意味が分かった時、私がはじめて法に出会ったころのことを思い出しました。

私は高橋先生の本を読んで、この人の教えこ本物だと思い、(その時すでに高橋先生は亡くなられていたので)この方の教えを継がれている人はいないかと探し始めました。そして、園頭先生の本を見つけたときは、この人こそ高橋先生の教えを正しく継いでいられる方だと直感し(それまで高橋先生の教えを継ぐだの、高橋先生がでてくるだの言う人の本を何冊も読みましたが、とてもそうは思えなかったので)園頭先生が主宰されていられた正法会(後に国際正法協会と改称)に入会しました。

しかし、私は入会したというだけでただ園頭先生の本を読み、近くで講演会が開かれた時だけは講演を聴きにいくというだけの、どちらかといえば、それほどやる気があるわけではない会員でした。園頭先生に積極的に何か質問したり、研修会に参加することもなく、ただ講演会が近くにあるときだけは、出かけていくだけの一会員に過ぎなかったのです。(ところが正法会に入会して二~三年たったころから、園頭先生が不思議な態度を私にとるようになります。このことはあまり人に言ったことはないのですが…また書く機会があればそのことは書きます)

私はプロの野球選手やゴルフの選手に、せっかく法というものを知るチャンスがあるのに、ボッーと観ているだけだと書いたことがありましたが、よくよく考えてみれば、私も園頭先生と出会ったころは似たようなことをしていたのです。

「そういえば、自分も園頭先生に出会ったころは、あまりやる気があるほうではなく、どちらかといえば園頭先生の話をボッーと聞いているだけで、人のことをいえるほど法に対して勉強する気も、その法を広げる気もなかったな」

自分が観た夢の意味が分かったとたん、次々と自分の法に出会ったころのことや、勘違いしていたことがわかり、恥ずかしくなってきました。

「そうか、私は自分のことは棚に上げ、ずいぶん間違った心で法を拡げようとしていたのだな」と反省しました。しかし、高橋先生がいつも言われていましたが「改めるにはばかることなかれ」です。自分が間違えたと気づいたら、それをよく反省し、二度とそのような考えを持たないようにすれば自分の間違えた罪は許されます。

高橋先生は「反省は神の慈悲である」といわれておりました。(この言葉には深い意味があるのですが、それはまた改めて書きます)

園頭先生でさえ「私は今までこのような思いでやってきたが、それは間違いと気づきこのように考えを変えたらいっぺんに心が軽くなった」と、よく正法誌(正法会が毎月出していた月刊誌)に書かれておりました。

如来といわれる方でさえ、反省されることがあったのです。私程度の者が勘違いしていても、まだまだ修行中の身、間違えたと分かった時点でそれを反省し、心を変えればよいのです。

法を人に伝えるならば、より謙虚にならなければならなかったのです。

そのことに気づいた私は、何か急に目の前の道が開けたように感じました。

0コメント

10月 05 2010

ゴルフトーナメントでの気づき①

今回男子のゴルフトーナメントを観に行き多くのことに気づかされました。そのことに気づかしていただきました、多くの方々に心より感謝いたします。

近くの三好カントリークラブで、今年もまた男子のゴルフトーナメントが行われました。それを観に行った私は、どうせ私にアドバイスを受けに来るプロなどいないだろう、と思いつつ営業もかねて観戦に行きました。

観戦に行くとまた何人かのプロが私の方をチラチラ見ています。「男が男の顔見て何が面白いんだろう?何年たってもやることかわんないな」と思いつつ、それなりに観ていたのですが、ゴルフを観戦に行った二日目の晩おかしな夢を観ました。(男子のゴルフトーナメントは四日間あります)

その夢とは、ある場所で園頭先生が私の前に座り、私を怒ったような顔でジッと見ていられました。私はその前に小さくなって座っていて「申し訳ありません」と詫びているようでした。

ただそれだけの夢でしたが、妙に心に残る夢でした。

翌日、ゴルフトーナメントを観ながら夢のことを考えていました。「昨日の夢は何か意味があったのかな、何か園頭先生に叱られるようなことしたっけ」と考えましたが、特別思い当たることはありませんでした。その時は。

しかし、あの夢は何だったのだろうと考えながらゴルフトーナメントを観ていた時、ゴルフをしている選手たちを観て、いろいろ心の中から思い当たることがでてきました。

それは選手たちのゴルフを見ていたときのことです、ゴルフのトーナメントでは、最初の一番でティーショットを打つとき、一人一人、選手がアナウンサーから紹介され、周りの多くのギャラリーから拍手されて、ティーショットを打つのですが、その時に、ある選手は私の方を観て私に頭を下げてから打つ選手がいました。またある選手は、私が昼飯を食べながらゴルフを観ていると、わざわざ私の観やすいところでティーショットを打ち、私にショットがよく観えるようにしてくれました。またある選手はトーナメント会場で、私とすれ違う時や私の前を通った時に、やはり頭を下げていく選手もいました。

私は、このような態度を取ってくれる選手を観た時にあることに気づきました。

「私はなんて横柄な態度を取っていたのであろう」そして「こういう心では法は拡がらない」と。

私はプロの選手など、周りにチヤホヤされ横柄でお山の大将で勘違いしている(……ここまでは書いてなかったかも知れませんが〔笑〕)と書いたことがありましたが、勘違いしているのは私の方だったのです。

私はプロ野球の選手やプロゴルフの選手の多くに、あるプロ野球選手に法を伝えたことがきっかけで、数年前から注目されるようになりました。不思議なことにプロ野球のどの球団の選手も、また一軍の選手も二軍の選手も、私がまったく顔も知らないような選手が私の方を観ていました。プロゴルフ選手も同じです。

私はあまりに多くのプロの選手が、私にそのような態度を取ってくるものですから、知らず知らずのうちに心に驕りのようなものがでてきていたのでしょう。それで「こちらは法を知っているのだから、そちらから聞きに来るのが当然だろう」と、自分の状況も考えず偉そうな態度を取っていたのではないでしょうか。だから、選手が頭を下げているのに、知らん顔をするということ平気でしたのです。しかし、そのような心では誰も私の話を聞きに来るはずがありません。

その時私は気づきました。

「しまった、あの夢はそういう意味であったのか」

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。