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ブログ

5月 16 2020

ケチくさい心と次々に現れる天罰

昨日のブログを書いた時のことです。

昨日は考えも今一まとまらないし、どこかの会社の連中も相変らずじゃましているしで、書いているうちに十一時を過ぎてしまったので、もう今日はブログを公開するのは諦めようと、そう思いながらとりあえず昼まではブログを書いていたのです。

そうして昼飯の時間になったので、今日はもうこれでブログを書くのはやめようと(午後からは買い物にいったり洗濯にいったりしなくてはいけないから)そう思って昼飯を食べていたのですが、そうしたらしばらくすると「ガチャン」というかなりでかい音が、どこかの会社の方からきこえてきたのです。

昼休みの最中にです。

どこかの会社が昼にあれだけでかい音を立てたことはあまりなかったので「あれ、また何か起きたのかな?」とも思いましたが、何か引っかかりました。

「それにしてもでかい音を立てたな。珍しいな。昼は何か起きたとしても静かなのにな」と思い、ということは何か理由があるのかな?とも思って「もしかしたら、これはブログを書いてしまえということなのかもしれないな」とも思って、それで昼飯を食べた後また書いて、それで昨日は昼過ぎにブログを公開したわけです。

ブログ(神理)を書くのをじゃましていた連中に昼によほどの災いが現れたようであったからです。

そういうことが起きているのに(ブログを書くのをじゃましていた者たちにひどい天罰)こちらが、そのブログを書くのをやめていたら、こちらにも何か悪いことが起きてもかなわないからです。

このように、こちらではブログを書くのをせかされ次々に事件が起きています。(まさに事件は現場で起きているですね。〔笑〕)そうして、前回のブログを急いで書いたことで、ずいぶん皆がこの辺りは怒っていたようです。(ほんと書いた昨日はずいぶんちょっかいをかけられましたから。多くの人からです。急いで書かなきゃよかったです。〔苦笑〕)

しかし、怒っている人が多かったということはです。それは、それだけケチくさい心の人が多いということであり、そういうケチくさいところを直さないといけないのです。前回のブログを見て怒っているような小さな人はです。

そのケチくさい心のままではみな地獄に堕ちるからです。

だってそうではないでしょうか。前回のブログを見て怒っている人たちは、このブログを読んで知らないことを教えられたこともあるはずです。そうして気づいていないことを気づかされたこともあるはずです。(人によってはかなりたくさん)しかし、そういう時は感謝せず、自分が気に食わないことを書かれた時だけ怒るというのは、どう考えても狭量でしょう。

あまりに都合がいいのではないでしょうか。このブログによって、知らないことを教えられたり、気づきを与えられたりした時などは少しも感謝しないくせにです。

しかし、自分が気に障るブログを書かれた時だけは怒るなどということはです。

それでは子供とかわりません。子供でも知らないことを教えられたら感謝するのです。(私に感謝している子供もいますから。わずかですが。そういう子供は救われます)

では、大人であるなら、感謝すべきところは感謝し、自分が気に食わないことを書かれた時でも、単に怒るのではなく、もしかしたら自分にはそういう足らないところがあるのかもしれないな、と謙虚に反省してみる、それが大人としての取るべき正しい態度なのではないでしょうか。

そういう正しい態度を取る大人がいない。(いるのかもしれませんが、この辺りで私はそういう大人を知りません)本当に悲しい話です。それでは子供までダメになってしまうからです。

子供も大人のそのような悪い面しか見ないからです。

それではあまりに情けないでしょう。だから、今回はよかったんではないですか。前回のブログを見て怒っている人たちは、自分の心はケチくさいとよく分かったからです。

では、その心を直せばいいからです。(また気づきを与えられましたね。このブログによってです。〔苦笑〕)

そこは素直に反省出来る人たちだけが救われていきます。反省してはどうでしょう。こちらはずいぶん災いが(天罰が)起きているからです。

その天罰によって地獄に堕ちるよりはよほどいいからです。

どこかの会社など今日も朝からお怒りのようです。(本当に毎日大変そうです)もうドンドン現れています。天罰がです。この辺りの人たちは、それだけ間違ったことをしている人が多いからでしょう。

だからこちらの人たちは今のような傲慢な態度を直さない限り、一人また一人と災いが(病気などの)現れるのです。

それは何度もいいますが神理に対する天罰であるからです。

こちらではもうその天罰が止まらないようです。あまりに神理に逆らう人が多いからです。

過去、その神理に逆らったばかりに滅ぼされた人たちがたくさんいます。

滅ぼされる前に気づいてください。神理に対しては決して逆らってはならないということをです。

そうして、神理をきいたのなら絶対に感謝を忘れてはならないということもです。

それだけ大事な気づきもないからです。

・

追伸…何か最近は、せかされているように(天から)感じていますので(心の内でもそうですし、周りにもいろいろ起きて来て)今日もブログを書きました。(土曜日はいつもテレビとか観ていますのでブログは書かないのですが)

ウナッシーさん以外で感謝され布施する人も出てきました。

特にこちらの人たちは布施くらいはされた方がいいでしょう。このブログを読み、救われたことはあるはずだからです。それに対しこちらの人たちは嫌がらせしかしていないからです。

よりにもよって神理に対するそのような不遜な態度はあまりに危ない態度であるのです。

そのような態度は絶対に反省された方がいいと思います。そういう態度のままでは必ずどこかで天罰はくだるからです。その天罰がくだってからでは遅いからです。

次々に天罰が現れて来ました。感謝して布施されてはどうでしょう。それをしない限り、こちらの人たちが救われることはないからです。

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5月 15 2020

知らずにしている恐ろしいこと

もう折れてもらえませんか。このブログを見ている多くの人たちがです。

皆さん方が感謝しない限りこれだけ起きている災いは止まらないからです。それで自分自身に何か悪いことが起きるというのなら、それは仕方のないことであると思いますが(自業自得ということで)皆さん方が神を怒らせ続けていることで、自分だけではなく多くの人まで不幸になるのです。

それだけ神理をきいていながら感謝一つしないということは神を怒らせることであるからです。そんなバカなという話はしばらく横に置いておいてもらえませんか。

私にはずいぶん奇跡が起きているからです。嘘をいう者に奇跡など起きないからです。

だから、分かってもらうまでいいますが、神理をきいているのならちゃんと感謝しないといけないのです。(感謝の布施までです)そうしないと神を怒らせ多くの天罰がくだるからです。

これは嘘でも何でもなく、本当のことなのです。こちらでは毎日のようにその天罰がくだっている人たちがいるからです。しかもたくさんです。(別にこちらだけの話ではないのですけどね。もう全国的に〔もっというなら世界的に〕天罰はくだっていますが、分かりやすくいうためにこちらを例に書いています)

それでも折れないんですけどね。こちらの人たちも同様にです。しかし、怖くはないのでしょうか。これだけ病気になるような人たちがたくさん出ていてです。

そうして、それで死んでいくのならみな地獄行きなのにです。

それなのにどれだけ病人が出ても平気でやっています。(嫌がらせをです)本当に哀れです。いつまでも神を信じようとせず、その恐ろしさも(天罰の)理解できない人たちばかりであるからです。

こういう人たちは、まだこれからどれだけ苦しい目に遭うか知れないからです。

そのような天罰がくだっているのなら、素直にその神の業と神の教えに対し頭を下げなければいけないのです。

素直に神の業を恐れる(畏れる)それが神の子の人間として取るべき正しい態度であるからです。

それなにの平気で神理どころか神の業まで無視し逆らっている、本当に恐ろしいことです。

だから、これほどの災いも現れてくるのです。

自分がしていることの恐ろしさと起きていることの恐ろしさを、まったく(正しく)理解しないからです。

何度も書きますが、それではまだこれからどれだけ恐ろしい目に遭うか知れないのです。

それは脅しでも何でもなく、本当にそういう苦しい目に遭うのです。実際、天罰を食らっている人たちなど、恐ろしい目に遭っているはずだからです。

だから、素直に神理に従えばいいのです。そうすれば、恐ろしい目に遭うこともなく、そういう人たちまで(天罰に遭って苦しんでいる人たちまで)救えるからです。

神理はそれだけの力があるからです。

何をどう思われようが、もう信じ行ってもらうしかないのです。そうすれば分るからです。自分に起きている災いも、そうして、今これだけ日本中に起きている災いも減ってくるということがです。

神理に従い愛の実践を多くの人が行うならです。

というか、もうそれをしないと危ないのです。こちらなどもう相当出ているからです。天罰がです。

他の地域の人たちはまだ信じないのでしょうか。多くの天罰をです。しかし、こちらでは本当にそれと分かる天罰が現れているのです。しかもすさまじい数のです。

こちらの人たちが皆が皆、その天罰を恐れようとせず、それを天罰とは思わず、私がしていることと思っているからです。

というより、もうそう思うしかないのでしょう。今さら自分たちが悪かったとは思えないからです。そのように心を変えるくらいなら、自分たちに天罰がくだっても仕方がないと、そう思っている人たちも多いようであるからです。

それだけ傲慢不遜な人が多いのです。この辺りはです。というより、そういう世相なんでしょう。最近はです。

自分の間違いを認めるくらいなら死んだ方がマシなどというです。(ほんとどういう基準でしょう)

しかし、そのような自暴自棄の考え方は後で死ぬほど後悔するのです。自分が思っている以上に、そのような人たちは後々苦しい目に遭うからです。そんな甘いものではないからです。

天罰を食らって地獄に堕ちるということは、ここにどれだけそれを書いても書ききれないくらい辛く苦しいことであるのです。

そのことを知らないのです。(理解しないのです)このブログを見ている多くの人たちはです。今している自分の生活だけを頑なに信じ、それを行っているだけだからです。

だから、先のことなどあまり考えない。その時、その時、起きたことだけを考え、後のことは深く考えようとしない。あまり先のことを考えても(今のままでは)絶望しか出て来ないからです。

それだけ多くの災いがこの辺りには起きているはずだからです。

このブログを見ている多くの人たちは、いま起きていること(災い)の先に何があるのかとか、真剣に考えたことなどないのでしょう。

そのうち悪いことも終わるさくらいにしかです。このまま悪いことが続き、自分にも災いが起きて、そうして地獄に堕ちたらどうしようとかはあまり考えない。考えてもどうにもならないからです。

もし、この先のことを真剣に考える人がいるのなら、もう少しまじめにこのブログを読む人も出て来て、布施くらいする人はもっと出てくるはずだからです。

しかし、そういう人がほとんどいない。では、そんなことまで考える人などほとんどいないということでしょう。あまり深く先のことや神のことまで考えては怖くなるからです。

もし本当にこれだけのことを神がしているのなら、自分たちはあまりに神に逆らいすぎているからです。

それでは怖くて仕方がない。だから誰も深く考えないようです。自分たちはあくまで人に(私に)逆らっているだけだからです。

そう思いたいのでしょうが、しかし、このブログを見ている多くの人たちは神に(本当の神にです)逆らっているのです。

だから、そのような(天罰がくだり地獄に堕ちる)不幸な未来が待っていることは確実なのです。

何度もいいますが、多くの人が(私にではなく)神に逆らっているからです。

だから、確実にそうなるのです。神に逆らっている人間に奇跡が起きるわけもなく(だから災いしか起きない)天上界に往けるはずもないからです。(だから起きていることでもその事実が分かるということです。神に逆らっているというまぎれもない事実がです)

例えば、このブログを見ている多くの人たちは、地獄のことを深く考えたことがありますか?

地獄のことなど書かれた書物はたくさんありますし、また昔からの言い伝えもたくさんあります。

しかし、そういうものを信じようとしないでしょう。このブログを見ている多くの人たちはです。

頭から、そんな世界はない、それで終わりです。

それは、こちらの人たちなど見ていても分かるのです。こちらの人たちなどこれだけのこと(災い)が起きているのにです。

私に対する態度を変えた人などほとんどいません。人の顔を見れば未だ怒って嫌がらせをしてくる人が多いのです。どれだけ災いが増えていてもです。

ということはです。そいう恐ろしいこと(災い)をあまり深く(真剣に)考えないようにしているのでしょう。このブログは読んでいても、全然心には入れていない人が多いということです。

だから、これだけ天罰を食らう人が多いのです。真剣に読んでいないからです。このブログ(神理)をです。

このブログを読む人は多くてもです。しかし、神理は適当にしか理解しない。

だから、天罰の恐ろしさも分からないのです。これだけ天罰がくだっていてもです。その天罰を真剣に考えようとはしないからです。

どれだけ病気が周りに現れて来ても、ただ、また病気なる人が出た、それはあいつのせい、単にそれしか考えないのです。

そういうことをし続けていては、それは恐ろしさも理解出来ないでしょう。恐ろしさを理解する前に責任転嫁してしまうからです。すべて私のせいにしてです。

何でこんなことがこれだけ頻繁に起きるのかとか、これだけ病気になる人が出たらこの後どうなるのだろうかとか、あるいは、このような病気で死んでいった人たちはその後どうなるのだろとか、そういういろいろな(深い)ことは考えないのです。

いま起きていることだけを考えただ責任転嫁しているだけ、そういう短絡的にしか考えないことが、どれだけ危ないことなのか、そういう単純な考え方を昔の人たちは決してしなかったのです。

だから、こういう恐ろしいことが何度も起きればすぐに天罰と分かり、そうして恐れもし、だから、そういうことが起きている人のいうことを素直にきいたのです。

昔の人たちは、みな神を信じ、その起きていること(神の業)の恐ろしさもよく分かっていたからです。その起きていることを誰も真剣に考えたからです。

しかし、現代の人たちは神を信じようとしません。だから、どれだけ神の業が現れても恐れない。その恐ろしさをすぐに責任転嫁しごまかしてしまうからです。

しかしそれは、すさまじく恐ろしいことをしているということなのです。

それはそうでしょう。起きていることを真剣に考えなければ、その起きていることの本当の意味は分からない。

意味も分からず、その恐ろしいことを自覚もなしに続けているのならです。それでは負の恐ろしい連鎖がずっと続くということになります。

しかし、その恐ろしさが分からないものですから、どれだけ恐ろしことが続いても、その恐ろしさの自覚もなく、ドンドン不幸になっていき、そうして自分が地獄に堕ちないと(しかも相当深いです)自分の間違いが分からない。

だから、釈尊はいわれたのです。知るべきことを知ろうとしない人(バカ)が一番いけないとです。そのしていることが悪いと分からないと、その悪いことをとことんまでしてしまうからです。

その典型が現代の(このブログを見ている多くの)人たちであるということです。神を、そうして神理を、いつまでも信じようとしないからです。

だから、これほどの恐ろしいことがこれだけ起きてくるのです。(数々の天変地変、疫病、様々な病、すさまじい蝗害などなど)多くの人が、それだけ恐ろしいことを、その恐ろしさも知らず、ずっとし続けているからです。

だから、もうその自覚を持たないといけないのです。そのしていることの恐ろしさのです。

そうしないとこの起きている恐ろしい災いはどれだけ増えてくるか知れず、そればかりか、この起きている恐ろしい現象でたくさんの人が苦しんで死んでいくことになり、そうしてその先にはもっと苦しい地獄が待っているからです。

嘘ではないのです。

適当なつくり話など書いている者に奇跡は起きないのです。災いが起きている人たちなど、そういう事実を知らないだけなのです。理解しようとしないだけなのです。

単に自分たちに都合の悪い事実は考えないようにしているからです。多くの人たちがです。

だから、いつまでたっても恐ろしい現象は止まらず、これだけ多くの災いも現れるのです。

誰もどれだけいっても、反省せず、自分の心を変えようとはしないからです。

しかし、そのような行い自体、大変、恐ろしい不遜な態度であるということです。

そういう態度を改めなければ、最後には自分たちにも、その災いは現れ、そうして苦しんで死に地獄に堕ちていかなければいかなくなるということです。

必ずそうなるのです。そのような(間違った)心を改めないということは、そのような不幸な道を進んでいることと同じであるからです。

では、結果は同じなのです。天罰がくだっている人と同様の結果になるということです。

今回これだけひどい疫病(新型肺炎)が世界中に流行りましたが、ひどい疫病が流行った後は必ずおかしな宗教が流行るといわれます。

そういうおかしなものに飛びつく人が増えるからです。多くの不幸が起きた時にはです。

しかし、今回は本当の神の教え(神理)がここに出現しているのです。では、この神理を流行らせてはどうでしょう。

神理を流行らせるなら、恐ろしい現象は確実に止められるからです。そうして神理を実践するなら、奇跡も起き(災いではなくです)確実に(地獄には堕ちず)天上界に往けるからです。

また、ここでこの神理に目覚めなければ、もう災いは止まらないのです。それこそ(このブログを見ている)多くの人たちに現れ尽くすまでです。

それだけ多くの災いがすでにこのブログを見ている人たちにも現れているということです。この辺りなどはです。(未だその自覚がある人が少ないようですが。いつまでたっても起きている天罰の恐ろしさに気づかないからです)

このブログを見ている多くの人たちは知らずにずいぶん恐ろしいことをし続け、周りに恐ろしいことが起き続けているのです。

その自覚を早く持たないと取り返しがつかなくなります。

この神理を見ていることの有難さをもう少し自覚されてはどうでしょう。

これほど多くの罪をつくっている(つくり続けている。それも自覚もなしに)あなた方を唯一救えるものは、この正法神理だけであるからです。

(この辺り、本当に悪いことが続いているようですから〔どこかの会社など特に〕だから無理して〔今日はもうじゃまばかりされてブログを公開するのは諦めようと思ったんですが〕こんな時間に公開しました。〔昼にまたどこかの会社に何か起きたようですので〕一刻も早く自分たちの間違いに気づいてほしいからです)

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5月 14 2020

感謝することの大事さ

さっそく神理の(感謝の)実践をしてもらえた人がいました。ありがとうございました。また布施をいただいてです。

その布施してくれた人は、この前、布施してくれた方と同じ方なんですが、その方から「いつもすばらしいブログありがとうございます」というメールまでいただきました。(笑)

これくらいの世辞をいえる人が他にいないのでしょうか?嫌がらせをしてくる人はごまんといるのにです。(苦笑)

しかし、布施はもちろんのことお世辞の一つもいう人がいないというのですから(ウナッシーさん以外)どれだけ愛がないのでしょう。このブログを見ている多くの人たちはです。それでは災いも起きるわけです。

神理を読んでいながら、これだけ愛もなければ愛想もない、ないない尽くしの人たちばかりであってはです。

それにしても、この方くらいのことがなぜ他の人に出来ないのか本当に不思議ですね。

だって、この方くらい興味を持ってこのブログ(神理)を読んでいなくてもです。そこそこは興味があって見ているんですよね。このブログを何年も前から見ている人たちはです。

興味がなければ何年も同じ者のブログを見続けるなど出来ないからです。ということは長くこのブログを見ている人たちは、それなりに興味があるから見ているんですよね。

このブログをです。

では、少しくらいの感謝の布施くらいしませんか?それだけ(それなりに)興味のあるブログをこちらも書き続けているからです。

それに皆さん方は認めませんが、そんなに長く神理を読んでいるのならもう相当心も救われているはずです。そういう自覚があろうがなかろうがです。

心が救われているのにまったく感謝しないではそれは罰も当たります。(中身神理ですから)だから、これだけ危ない現象ばかりが現れてくるのです。

最近は特にです。多くの人がもう何年も前から神理を見続けていてまったく感謝しないからです。

感謝とは(くどいほどいいますが)感謝の心と報恩の行為、これが揃って初めて感謝したというのです。つまり、今回布施してくれた人とウナッシーさん以外は、このブログを見ている誰も(子供以外の)神理を何年にもわたって読んでいるにもかかわらず、一切感謝しないということになるのですから、それでは神も怒ります。

神理とは、その神の本当の心を書いているからです。本当の神の心を知らされているのなら絶対に感謝は忘れてはならないからです。

もう理解してもらえませんか。それをです。これだけ災いも起きているからです。

あまりに多くの人が感謝を軽く見すぎているのです。だからこういうことになるのです。特に神理に関しては感謝を欠かしては絶対にいけないからです。

神理を知らされていながら感謝を忘れていては、そういう人は必ず罰が当たるからです。

だから、(その通り)多くの人に罰が当たっているのです。感謝を忘れている人(あるいは感謝を軽く考え、そんなこと別にしなくていいと思っている人)ばかりであるからです。このブログを見ている多くの人たちはです。

絶対にしないといけないものをしなくていいなどと思っているから、これだけ災いが起きるのです。絶対感謝をしないと(忘れては)いけないものはあるからです。

だから、そのことをいい加減、理解してくださいといっているのです。あまりにそのことを軽く考えていないでです。

しかし、こと神に関するものはちゃんと感謝は(お布施は)しないといけないと誰でも知っているはずですよね。そんなこと昔からいわれていることであるからです。

誰でも知っていることをしないのですから(しかもよりにもよって本当の神の教えに対してです)当然罰は当たるのです。

特にこちらの人たちはもう相当やばいでしょう。そこらじゅうで罰が当たっているからです。それだけ多くの人が神理を知らされていて(自分で好んでこのブログを読んでいて)一切感謝しないからです。

それどころか、感謝とは正反対の行いを(嫌がらせ)し続けているからです。

よく考えてみれば、これほど危ない行為もないのです。本当の神の教えを知らされていて、そのお返しになんと嫌がらせをし続けているというのですから。

それでは自ら罰を当ててくださいといっているようなものであるからです。

だから、この辺りの人たちは次々に罰が当たるのです。自分からわざわざ罰が当たるようなことをし続けているからです。

どこかの会社など今日も朝から大変お怒りなんですが(しかも朝もはよから今もってです。だから、このブログを書くのも大変なのです。ずっと書くのをじゃまし続けている罰当たりがこの近辺はたくさんいるからです)昨日もある病院の前を通ると、看護師と鉢合わせしたのです。

そうしたら、その看護師がすれ違いざまにまた何かしてきたように感じたので私は祈るような態度を取ったのです。

そうしたらです。真剣な顔でこちらを見ながら「な、何ですか…」とかいっています。相当ビビっているようだったので「何だ?」と思ったんですが、そういえば三日、四日前もその病院の前を通り、その時は事務員みたいな女性とやはり鉢合わせしたのですが(ここの病院は前を通ると誰かかれか出てきますから)その事務員が嫌がらせをして来たので、祈ったのです。

その事務員に何か起きたんでしょうね。きっとです。だから、これだけビビってるんだなと思い「別にいいだろう、病気になったら、自分のところで治せばいいのだから」といって(まあ、そういう問題でもないのでしょうが)祈ろうとしたら、何かモゴモゴいいながらビビリまくってこちらを見ているものですから、哀れになり祈るのをやめましたが、そんなにビビるなら何で嫌がらせなどしてくるのでしょう。

その事務員が病気になったのは私のせいだからでしょうか?そのはらいせにやってきているのでしょうか?

だとしたらとろくさい話です。神理を見ているのに感謝もせず、嫌がらせをしている自分たちが悪いのにです。そういう態度をしているから罰が当たっているのにです。

そういう自分たちの不遜な態度は一切考えず、その起きたことだけを見て、お前が人を病気にしたというですから単純な話です。

それまでの自分たちの罰当たりな態度は一切無視してです。

感謝して布施してくれればいいのです。そうすれば、そのような災いは決して起きては来ないからです。むしろ、よいことが(奇跡が)起きてくるからです。そういう正しい態度を取る人にはです。

これまで感謝しなかった自分たちがいけなかったのです。神理を見ていながら(しかも散々)感謝もせず嫌がらせなどしていれば災いは起きるからです。

必ず天罰はくだるからです。

その天罰がくだっていただけなのです。これまでです。それを私のせいにしていた。自分たちの行いも考えずです。

しかし、それは大間違いであったのです。その災いは、神理に対する自分たちの不遜な態度が原因であったからです。

だから私には悪いことが起きないのです。私がそのような人たちに悪いことをしているのではなく、その人たち自身が悪いことをしているため、その人に悪いことが起きていたからです。

そういう自分たちの心が問題なのです。自分たちに悪いことが起きるのはです。

それをどうしても理解しようとしないようですが、しかし、理解しなければそのような天罰はドンドンひどくなります。

最近は、その天罰がずいぶんひどいところまで来ているのではないでしょうか。それは特別この辺りだけではなく、日本全体を見ても(そうして世界全体を見ても)そのことはよく分かるからです。

とにかく、感謝を軽く見ていてはいけません。何度でもいいますが、特に神理に(本当の神の教えに)対しては絶対に忘れてはいけないのです。感謝することをです。

感謝を無視すれば、必ず、必ず、天罰がくだるからです。

それは昔からの言い伝えでもそういう話はごまんと出てくるのですから、そういう話はみな知っていることなのです。

しかし、そういう話は(悪いことをすれば罰が当たる)嘘であると思っていたり、悪いことをさせないためのただの方便であると思っていた人が多かったわけですが(特に日本の人はです)そうではなかったということが今回分かったということです。

本当の神の教え(神理)がこの日本に出現したことによって、そのような言い伝えが嘘ではなかったということが、また一つ証明されたということです。

この辺り、そのような天罰がどれだけくだっているか、知れないからです。あまりに罰当たりな人が多くてです。(しかも大人から子供まで)

このように、神理が出現することにより、これまでの様々な言い伝えが事実であったということが(奇跡や災い、天罰などなど)一つ、また一つと明らかになって来ています。

もう、いい加減、このブログを見ている人たちも神を信じ、そうしてこの神理の価値と、その神理をきいていることの有難さ、そうして神理に対する感謝の大事さを理解してください。

そうすればこれだけ起きている災いも段々おさまってくるからです。

とにかく、感謝を忘れていてはダメなのです。感謝を軽く考えていてはいけないのです。

特に神理に関することはです。

だからです。このブログを読み終わったらすぐにでも感謝を行ってください。

そうすることがどれだけ神の心に叶い、そうして自分自身をもどれだけ幸せにするか知れないからです。

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5月 12 2020

公より私 因果応報

しかし、ずいぶん引いているところもあればずいぶん大騒ぎしているところもあり、本当に極端になって来ましたね。この辺りなどです。

もう理解してもらえませんか。昔の人は神理をきけば感謝して布施してくれたのです。だから多くの人が救われたのです。本当の神理がきけるなら心から救われたからです。

しかし、その心から救われるには正しい行いがないと救われないということを、昔の人はみな知っていました。

だから多くの人が神理がきけたのなら感謝して布施してくれたのです。それが正しい行いであったからです。(だから例えばどこかの会社などもです。〔もう毎日何か起きているようですが〕嫌がらせなどやめて感謝して布施してくれれば、その起きている災いはピタリと止まるのです。しかし、それをしない限り〔そうして、その嫌がらせをやめない限り〕その災いは止まらないのです。毎日で続けるのです。神理に対す態度を間違えているからです)

たしかに昔でもです。そういう人ばかりではなく神理をきいても感謝もせず、逆恨みして嫌がらせなどしてくる人もいたでしょうが、しかし、そのような人たちは多くの人が知っての通り、例外なく罰が当たって地獄に堕ちたのです。

そのような行いは間違いであるからです。

それと同じことが起きているだけなのです。現在もです。神理に古いも新しいもないからです。同じこと(間違い)をすれば同じ(悪い)ことが起きてくる。

それが神理であるからです。

だから私は天罰ですといっているのです。神理をきいていながら(このブログを見ていながら)私に嫌がらせをして病気になっている人などです。

そのようなことは昔から起きていたことであるからです。特別、今だけ起きていることではなく、神理に逆らっている人たちには昔から起きていた当たり前の天罰であるからです。

だから、いま現在起きている災いは起きるべくして起きているだけなのです。神理に不遜な態度を取っている人たちにです。その天罰がくだっているだけだからです。(いい加減理解しませんか。それをです。この辺りはすさまじい出方をしているからです。その天罰がです)

だから素直に従えばいいのです。神理にはです。従える範囲でいいからです。そうすれば、その従った分だけ幸せになれるからです。

まあ、そういうのが全然嫌な人はです。(これもまた何度もいっていますが)見ない方がいいですよ。このブログはです。そういう人はまだ神理を見る(心の)レベルではないからです。(それに実践しないのなら神理を見ている意味もないし)

だから、あまり小さな心でこのブログ(神理)を読むのではなく、もう少し大きな心で読んでもらえませんか。

そうすれば神理に従うことも出来、神理に従うなら奇跡も起きるからです。

それにしても従う人が少ない、布施一つしてくれないですもんね。このブログを見ている多くの人たちはです。よほど心が狭く小さな人ばかりがこのブログを見ているのでしょうか?

残念ではありますが、そういう人が多いのかもしれません。それも両極端で小さな人がです。だから、やることも極端で小さいのでしょう。(それは特別、このブログを見ている人たちがということではなく、世相がそうであるという意味です)

だから、どれだけ奇跡が起きても、どれだけ災いが起きて、絶対に自分の態度は変えないし神理のことも考えない。気がないものにはまったく気がないからです。

しかし、気になるものはどんな小さなことでも徹底的に気にする、極端な人が多いからです。

そのよい例が、新型肺炎で頑張っている医療従事者の人たちを一方では応援しているのに、もう一方ではのけ者にして嫌がらせをしている。(新型肺炎がうつったらどうするのか、などといってです)

そういう人がいることでもその事実が分かります。やっていることが、非常に小さくて極端なのです。

そういう人が多いのでしょう。このブログを見ている人たちもです。第三者の立場でいれば、そういうことは悪いことであると分かっていても、いざ自分がそのような立場になれば(自分の近くに新型肺炎になった人など出たら)同じような悪いことを平気でしてしまう(その人をのけ者にしたり、嫌がらせしたり)そういう人が多いのです。

だから、神理をきいていても平気で無視できるのです。その神理をきいて人を救おうとも、自分自身を向上しようとも思わないからです。

そういう人なら、いま自分がしていることをそのまましていればそれでいいからです。

つまり、公のことなど考えず私しか考えないということです。

そういう人が多いのです。だから、世の中もそのようになっていき、政治家などもそういう人が増えて来たのです。

だから、それなりの政策しか出て来ないのです。公より私を優先するような、そんな政策しかです。

例えば、いま騒ぎになっていますが、検察庁法改正案とか(それにしてもの騒ぎっぷりですけどね。相変らずの左翼連中がです)改正種苗(しゅびょう)法案(こちらの方をもっと騒げ)とかです。

そういう公より私を優先するような法案をどさくさまぎれに平気で出してくるわけです。

公より(日本全体のことより)私の(自分たちの)ことを優先して考えているからです。そういう政治家が増えて来ているのです。

そういう自分のことしか考えない人たちが増えているからです。

では、当然、政治家もそういう人が増えきます。政治家も同じ日本国民には変わりがないからです。

だから、これほどの非常時での経済対策も、助ける気がないような経済対策しか出て来ないのです。政治家が自分のことしか考えていないからです。人のことなど知らないという政治家が増えて来ているからです。

平時ではないのです。平時に自分たちがやることもやらずにそれで困って助けてくれといっているわけではないのです。(それで政府が動かないというのならまだ話も分かりますが)

未曾有の疫病が流行って、それで皆が(国民が)動けなくて困っているというのに(そうして動けないのは政府の命もあるのに)少なくとも経済の部分では助けることが出来る政治家が(政府が)助けようとしない。

これなど最たる行いでしょう。人のことなど知らないというです。

だって、何度もいいますが経済などいくらでも助けることが出来るからです。政治家(政府)はです。

その言葉一つで金などいくらでも出てくるからです。(政府が国債を発行して、それを日銀が金にかえるだけで)その金さえあれば経済は(助かる人が)いくらでもいるのにです。

政治家が口一つ動かすだけで出来ることを(多くの国民が救われることを)自分の腹が痛むわけでもないのにしようとしない。

だから皆がそうだからです。人のことをガーガーいっても、自分がそうだから、そういうことが起きているのです。自分自身が同じことをしているからです。気づいていないだけでです。

因果応報です。

そういう自分たちの態度が政治家などを見ればよく分かるということです。政治家は自分たちが選んだ自分たちの代表であるからです。

だから、選んだ人たちがそういう人たちなら(そういう人が多ければ)政治家もそういう人が当選するということです。公より私を優先する人がです。

だから私はいっているのです。この神理を拡げませんか。実践しませんか、とです。

そうすれば、こんな不幸な(災いばかりが起き、悪い方、悪い方へと導かれていく)世の中から脱却でき、もっともっと幸せな(奇跡が起き、よい方、よい方へと導かれていく)世の中にかえることが出来るからです。

この神理を基とすれば本当にそうなるからです。

どちらにしても、これだけ災いが起きていて、そうして、自分のことしか考えない人たちばかりでは、この後まだどれだけ悪い方向へいってしまうか知れないのです。

少しずつでも、自分たちの考えを変えていくしかないのです。そいうしない限り、この不幸からの出口はないからです。

今のまま、災いばかりが起き、そうしてど貧乏になっていく不幸な世の中がいいのか、それとも、奇跡ばかりが起き、金持ちにはならずとも(なる人もいますが)必要な金は確実にもらえて不自由のない幸せな生活が出来る、そういう世の中がいいのか、一体どちらがいいのでしょうか。

不自由のない幸せな世の中を実現したいのであればです。

この正法神理を基準としなければ出来ないのです。

それは神理を基準としていない、いま現在の世の中を見れば分かるはずです。

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追伸…北朝鮮の金正恩委員長がロシアのプーチン大統領に祝電を送られたそうですね。

ついこの前は、中国の習近平国家主席にも新型肺炎のことで口頭のメッセージを送られたようですが、お元気なんでしょうか?

金正恩委員長はです。

一時不穏な噂が流れていましたが(死亡したとか、植物人間になったとか)しかし、あの肥料工場の竣工式の動画で払しょくされましたかね。そのような噂もです。

しかし、あの動画はあやしいとかいわれていますし(あの日に〔五月一日でしたっけ〕そんな竣工式など行われていないとか、あの日は暑かったはずなのにみな長袖でコートまで着ている人がいるとか)そんなあやしい動画ではなく、ご本人が皆の前に出てくればそれでことは終わるはずなのに何で出て来ないのでしょう。

金正恩委員長はです。

出てこれないわけでもあるのでしょうか?それとも、それも北朝鮮の策なのでしょうか?

まあ、何が事実か分かりませんが(いろいろなことをいう人がいてです)新型肺炎の影響で世界的にも風雲急を告げる状況となっています。(戦争も起きかねないです)

こういう時は指導者が先頭に立って指揮しないと士気も上がって来ないでしょう。

まあ、よその国のことをいっている場合でもありませんが。日本くらい神を怒らせている国もないからです。(ということは日本くらい危ない国はないということです)

こういう時に(世界が風雲急を告げている)神を怒らせているくらい不幸な(不運な)ことはありません。せめて神の怒りくらいは日本は解いてもらってはどうでしょう。

そうしないと、どれだけ不幸な道がついてくるか知れないからです。(この状況でまだミサイルまで飛んできたらかないませんから)

神の怒りを解くには神理を行う以外ありません。早くそれに気づいてください。このブログを見ている一人でも多くの人がです。

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5月 10 2020

口より行い

もうそこらじゅうで怒っていますが、どうしたんでしょうね。何かどこも尋常じゃなさそうであるからです。

最近は静かだったところまで(会社や工事現場が)急に怒り出しましたしね。本当にどうしたんでしょう。まるで打ち合わせをしたかのようにどこも一斉に怒り出しているからです。

止まらなくなりましたか。癌か何かがです。

だとしたら筋を通さないからでしょう。(前回書きましたが)もういい加減にしたらどうです。そうして真面目にこのブログを読んだらどうでしょう。ここに書いていることは(神理は)無視など出来ることではないからです。

それなのに平気で無視している。災いが止まらなくなるのも道理でしょう。ずいぶん傲慢不遜なことを(恐ろしいことを)多くの人が何年にもわたりし続けているからです。

これまでのそのような行いを反省し、感謝して布施してください。それをしない限りは、その恐ろしい災いは止まらないからです。

昔の人は皆そうしていたのです。現代の人たちだけなのです。神理をきくだけきき、感謝も布施もせず、平気で嫌がらせを(無視している)人たちなどです。

だから、これほど恐ろしいことが起き続けているのです。誰も昔の人と同様の素直で謙虚な態度を取らないからです。神理に対してです。

しかし、今度という今度はです。多分すさまじく起き出しますよ。その恐ろしい災いがです。もうそのような時が来ているからです。そのような不遜な態度を改めなければいけない時がです。

それは今回、新型肺炎でこれほどのパンデミックが起きたことでもその事実が分かります。

これほどのひどい現象が(世界中に)現れても、まだ多くの人が神のかの字も思わなければです。もう今度は日本も相当やられると思いますよ。新型肺炎ではずいぶん神から守られたようであるからです。日本はです。

神から守られていなければ、これだけ他国と(特に中国や欧米諸国などとです)感染者が違うわけがありません。感染者もそうですが死者数など二桁くらい違っています。

途中まで、新型肺炎が蔓延していた中国や欧米からの人をボンボン入国させていたにもかかわらず、この感染者の少なさと死者の少なさはもはや違う意味で(よい方の意味で)異常でしょう。

それは日本には神理があるからこの程度ですまされているのです。

逆にアメリカなどすさまじいまでの新型肺炎の感染者が出ています。(世界で感染者トップのアメリカが九日現在、百二十八万人で二位のスペイン〔二十二万人〕とは百万人以上違います)

このアメリカなどと比較すれば、日本が神から守られているということはよく分るのです。

いま現在、世界の中心であり発信源でもあるアメリカに何でこれだけ新型肺炎の感染者が出ているのか?(しかもアメリカには世界に名だたるCDC〔アメリカ疾病予防管理センター〕があるにもかかわらずです)

それはアメリカはよい発信もするが悪い発信もしているということです。

というより悪い発信の方が(はるかに)多いのでしょう。だからこれほどの(悪い)結果が現れているのです。神がそのように導いていられるからです。(それに影の世界政府の本拠地もあるようですし。何でもこの世界政府のせいにしている人たちもいますが、そうは思い通りにはいかないのです。神の存在があるからです)

しかし、日本からはよい発信が多い、この正法神理が日本に存在しているからです。

だから、日本は新型肺炎の感染だけは守られたのです。アメリカのようになっては日本で神理を説くことが出来なくなるからです。

あまりに日本に新型肺炎が広がるなら日本からの神理の発信が出来なくなるので、だから、それだけはしてはいけないということで、その部分だけは守られましたが、しかし、肝心の日本の人々が、その正法神理にいつまでたっても目覚めない。

だから、起き出しているんでしょう。より多くの(新型肺炎以外の)災いがです。特にこの辺りの人たちなど、これほどのことが(神の怒りが)起きているのにまったく態度を変えない。

そうであるなら、新型肺炎よりもっと強い感染力を持った癌が広がるということです。そういうあり得ないことも起きるのです。

あまりに神に対する態度がなっていないからです。(疫病より凄い感染力を持つ癌などあり得ませんが、そういう不可能なことを〔常識では考えられないことを〕可能にするのが神の力なのです。そういうところで神の恐ろしさとすさまじいまでの力を理解しないといけないのです。このブログを見ている人たちはです)

その通りのことが起き出したのではないですか。だから、この辺りの人たちが一斉に怒り出したのです。そこかしこで癌が現れ出しているからです。(どこかの会社などゴールデンウィーク明けはまた一段と凄いですから)

まあ、癌だけではないにしてもです。なにがしかの恐ろしい病気が流行り出したのは事実でしょう。この辺りの皆が同じような態度を取りだしているからです。同じような態度を取るということは、同じようなことが起きているということであるからです。

だから、他の地域の人たちもです。これほどひどいことが起きているのに、このまま態度を変えないのなら、この辺りと同じことが起きて来ますし、また、そのような肉体的部分だけではなくきっと経済的部分でもやられますよ。

もうダブルパンチでしょうね。(トリプルもあり得ます。この前沖縄に大雨が降りましたが、天変地変もまた起き出しているからです)あまりに聞き分けのない人が多いからです。

神の心に対するです。

だから、あのような張りぼての(外見は百十七兆円)緊急経済対策が出て来たんでしょうし、その後の例えば、あの与党が出してきた、家賃支払いが困難になった中小企業や個人事業主に対する支援策なども凄いですもんね。(いやほんと驚きました)

そうではないでしょうか。だって、家賃の三分の二を直接給付はいいのですが、その金額が月額の上限が中小事業者が五十万円で個人事業主が二十五万円って(苦笑)何か間違えていませんか?

明らかに違っていますよね。それこそ支援の金額の桁がです。東京の事業者の家賃の金額ご存知なんでしょうか?与党の先生方はです。(名古屋に住んでいる私がいうのも何ですが。〔苦笑〕)

このような支援策を見れば分かるのです。後の支援策が出て来たところでどうせショボいものばかりであるということはです。一事が万事こんな感じでしょう。

こんな支援策ではほとんどの人が救われないのです。

結局、助ける気がないのです。政府も与党もです。経済的困難者をです。金などいくらでも出せるのに出さないからです。(政府には通貨発行権があるからです。政府は貨幣の供給者であるからです。だから金〔円〕などいくらでも出せるのです。しかし、日本には借金が~とかいわれますが、赤字国債などを国の借金とかいいますが〔それは私たちに対する借金ともいわれますが〕それは政府の借金なのであり〔その借金というのも、私たちが借りる借金とはまったく性質の違う〕もっと分かりやすくいうなら、赤字国債など、あれは政府が出したただの貨幣の記録なのであり、その記録がどれだけたまっても国が破綻することはないのです。記録は記録でしかないからです。政府は貨幣の供給者であり、その政府がどれだけ貨幣を〔国債を〕発行しても供給者が破綻するわけがないのであり、簡単にいうなら日本政府が日本の自国通貨である円をつくって〔厳密にいえば日銀で刷らして〕出しているだけなのですから、それをどれだけ出しても日本が破綻などするわけがないのです。だから円など無限に出せるのです。出そうと思えばです。もちろんインフレになるとか、いろいろな条件がなければという話ですが)

政府は金(円)などいくらでも出せるのに出さない、ということは新型肺炎で疲弊している国民を助ける気がない。だからいっているのです。恐ろしい病だけではなく、経済的にもこれからドンドン追い詰められていくとです。(だから、一部の自民党のまともな議員が出している百兆円規模の財政出動も消費税ゼロも絶対に無理であるということです。今のままではです)

そのように導かれていくからです。いつまでも神にソッポを向いている人ばかりではです。

悪い方、悪い方へと導かれていくのです。神理に逆らっている(無視している)人たちばかりではです。

実際に、そのように(悪い方へ悪い方へと)進んでいることは事実であり、新型肺炎だけは段々おさまって来ていますが(その部分だけは神に守られているから)他の部分は(経済的部分やこの辺りで癌などになる人や天変地変など)おさまるどころかドンドン増えているのです。

この流れを変えるには、皆さん方が(このブログを見ている人たちが)目覚め、行うしかないのです。

この正法神理をです。

口でどれだけいっていても口だけでは何も変わりません。行いがないとダメなのです。

神に対する正しい行いです。それを多くの人がし始めるなら、このような多くの災いは段々鎮まっていくということです。

その神に対する正しい行いとはです。この正法神理を実践するしかないということです。

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