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10月 19 2020

大きな違い

もう周り中で怒り出しましたね。

家の前はもちろんですが(どこかの会社やマンションなど)家の横も裏もどこも怒りまくりです。

周りが怒っているので、自分たちもついでに怒っているだけなんでしょうか? そんな感じではないですね。どこかの会社同様、急に怒り出すからです。このようなところはどこもです。

しかし、よく考えてみてください。そのように怒っている人たちは一週間前は何をしていましたか? 二週間前はどうでしょう。そうしてその前はです。

そういう人たちは皆です。皆、嫌がらせしかしていませんよね。神理を説いている私に対してです。

しかし、神理だけは見続けている。

その結果、何が起きているのですか?

悪いことしか起きて来ないのではないですか? しかもその悪いことがドンドン増えている。

そうは思いませんか?

増えていると思いますよ。最近など特にひどく現れているようだからです。この辺りなど災い(天罰)がです。

だからいっているのです。神理を見ているのなら感謝して布施しないといけないとです。嫌がらせなどしていたら、どれだけ悪いことが起きてくるか知れないからです。

その通りのことが起きているのですから、これだけ正しい話もないわけです。

しかし、こういうことが、すでに多くの人が分かっているにもかかわらず(もうこの辺りの人たちなら誰だってそんなこと分かっているでしょう)不思議なことにみな怒っているだけなのです。

絶対にしないのです。感謝の布施などです。この辺りの人たちはです。

だから、なに考えているのかよく分かりませんが、ほんと危ないですよ。そのような態度を続けていてはです。そのような(不遜な)態度を取り続けていてはドンドン滅びていくだけだからです。

それは昔からそうだからです。

しかし、それでも別にかわまないようです。この辺りの人たちはです。だから悪いことが起きてくるともう分かり切っているのに、それでもまだ嫌がらせなど続けているのでしょう。

私に対してです。(しかし、どこかの会社など今日は朝からドン引きしていますが。窓を閉め切ってです)

ほんと頭がおかしいとしか思えませんが、それが嫌な人はです。(滅びるのがです)そのように心変わりした人だけでいいですから、やってはどうでしょう。

感謝の布施くらいです。

そうすればその皆が怒っている悪いことは止まるからです。そうしないと、その怒っている悪いことは、これからもっともっと起きて最後には滅ぼされてしまうからです。

しかし、そういう人たちと違い、神理を実践している人たちにはよいことが(幸運なことが)次々に起きて来ます。

そのような幸運な例をまた一つ正法誌から抜粋しておきましょう。その方が違いが分かりやすいと思うからです。

この神理を実践するなら自分だけではなく、自分の周りにも不思議で幸運なことが起きて来ます。そのような例を書いておきます。

1979年 五月号から抜粋

<奇跡的な心臓手術         村岡洋行ちゃんの場合

心臓中隔欠損症100%完全治癒

(中  略)

洋行ちゃんは、博多駅に店を出していられる西村さんのお孫さんで、昭和五十二年五月二十五日生まれである。

生まれてからの発育が非常に悪いので生後三ヶ月目に久留米医大の心臓外科で診断をしてもらわれたら、心臓中隔欠損症で、直径0・9ミリの穴があいていることが分かった。

(中  略)

そうして昨年(昭和五十三年)九月二十日、横浜市立病院で佐藤博士執刀の下に手術が行われた。

西村さんはかわいい孫の手術が無事成功してくれるようにと祈りながら、九月初めに横浜にいかれた。その時に「孫の手術が成功するように光を送ってください」と電話があった。そうしていよいよ九月二十日、これから手術室に入るという直前にまた電話があった。

私は、手術室全体が光に満たされ、手術される先生が神の光に包まれて、手術が完全に行われている状態を、アリアリと心に描いて手術の成功を祈った。

愛の心で正しく祈る時、その祈りに対しては天上界から協力があることを知っている私は手術の成功を信じていた。

神に波長を合わせて祈る時、患者にもっとも適した手術が施されるように、天上界から手術する先生に直観がふと与えられて、今までこうしようと思っていても、ふと直観によって別の方法を教えられて、その通りすると完全に成功するということになるのである。

西村さんの弟さんは、久留米医大の心臓外科の先生である。洋行ちゃんの手術が、あまりにも見事に成功したので、不思議だと思って、横浜市立病院での手術の方法を詳しく聞かれた。心臓手術は、血管や神経が絡み合っているので大人でもむずかしいというのである。まして小さな子供は、血管や神経が細いからなおのことむずかしいという。大人と小さな子供では身体の大きさが違うので手術の方法も違うというのであるが、普通、子供にはしない方法で手術してあるということで弟さんが「不思議だ、どうして佐藤博士が子供にこういう手術をされたのか考えらえない」といっていられるそうであるが、とにかく最高の手術が行われたというのである。その手術の状態は写真にとってあって、これから久留米医大でも参考にしたいということで、コピーして弟さんに渡されたという。

手術直後は集中治療室に入れられて、予後の経過が見られることになっている。洋行ちゃんの前に手術した人は、四日間入っていたというのに、洋行ちゃんは二日ですんだ。他の人は点滴も四本したのに、洋行ちゃんは二本ですんだ。とにかく経過がすばらしくよかった。手術して五日目には歩行器を押して病院内を歩き始めた。不思議なことは、たいていは手術した切り口のところはケロイド状になってひきつっているものであるが、洋行ちゃんのは小さく糸でスーッと引いたみたいにしか残っていない。あとしばらくすれば、これも消えるでしょうと医者はいっていると。

それで西村さんはいわれるのである。

「他の人たちは皆ケロイドで醜くひきつっているのに、不思議ですね、学校にいくようになって身体検査で裸になって、大きくケロイドが残っていたら、そのたびに、みんなに見られて「どうしたのだ」と聞かれると困ることになったでしょうに、全然手術のあとが分からないのですから」と>

(個人が特定される部分は省きました)

こういう信じられないような超幸運なことも起きるのです。神理を実践しているとです。

わずか一歳の子供が心臓病の手術をすることになり、園頭先生が祈られると、その手術が予想以上の(というか、ちょっと信じられないくらいの)結果が出たのです。

その手術方法から術後の経過、そうして手術あとに至るまで次々と奇跡が起きて、そのすべてに考えられないくらいのよい結果が現れたのです。

このようになるのです。神理を実践している人たちにはです。すべて良しという、そういう信じられない奇跡が起きるのです。

ずいぶん違うのではないでしょうか。こちらの人たちと神理を実践されていて園頭先生に祈られた人たちとではです。(こちらの人たちはすべて悪しですから。〔苦笑〕)

しかもその奇跡は、その手術を受ける人だけではなく、手術をされる側の医者にまで起こり、そうして手術後の経過も軽くなって、手術あとまで残らないというのですから、ちょっと考えられませんよね。

それくらいの超幸運なことが起きるのです。神理を実践しているとです。

これは園頭先生が祈られたからこれほどの結果も現れたといえばいえるのですが、しかし、たとえ私たちでもです。一生懸命に神理を実践するなら、これに近い結果は現れてくるのです。

神はそのような心を観られているからです。その心に合わせた愛と慈悲は必ずいただけるからです。

神理を実践しているのならです。

また、どこかの会社から大きな音が響いて来ました。ドン引きしているにもかかわらず、それでもまだ起きてくるようです。恐ろしい災いがです。

もう止まらないのです。そのような間違った心でいる人たちには次々に現れるのです。(だから、このブログを書いている間にもです)恐ろしい災いはです。

しかし、心を入れ替えるなら、災いは止まり、今回、書いたような奇跡もたくさん現れて来ます。

それでも心を入れ替えようとはしないのですか? このブログを見ている多くの人たちはです。

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10月 18 2020

神理の有難さと恐ろしさ

何か大変なことになっていますね。本当に滅びるのは明らかなのではないですか。このままではです。

だって、前回ブログを書いた日のことです。あの日、ブログを書いた後、昼に大きな音がどこかの会社の方から響いて来たのでまた昼休みに何か起きたなとピンと来ました。

何か救急車の音まできこえて来たようなので、それで昼休みが終わった後、どこかの会社の連中に「何だ救急車の音もきこえていたが誰かコロッと逝ったのか」と冗談半分で声をかけたのです。

そうしたらです。何か様子が変で(怒っているような引いているような)おかしいなと思って「オイオイ、本当に誰かコロッと逝ったんじゃないだろうな」と続けて声をかけたら、怒り出しましてね。

「本当に誰かコロッと逝ったのかな?」と思って声をかけて探っていたら、どうも本当に誰かコロッと逝ったようで、それで怒りまくっているようなのです。ずいぶん腰を引きながらです。

そうして、その日の夜も怒っていたようですからね。もうどこかの会社など昼であろうと夜であろうと関係なく、何人コロッと逝っているのか分からないとそういうレベルのようなのです。(どれだけ恐ろしい話なのでしょう。本当に怖くはないのでしょうか?)

そうして、そういう恐ろしいことばかりでなくずいぶん奇妙なこともあるのです。というのも、私が歩いていると家をつくっているところがこの近辺にはいくつもあるのですが、そういうところの大工が最近はいないところがよくあるのです。

普通の日なのにですよ。それなのにつくりかけの家がそのままになっていて大工が誰もいない、どこにいっているのでしょうか? 大工連中はです。

現場をかけ持ちしていて、それで他の現場にでもいっているのでしょうか? しかし、そんなに頻繁にいきますか?家をつくりかけにしたままあちこちの現場に大工連中がです。

そういうつくりかけのままそのままになっている現場がよくあるのです。最近はです。

そんなに家をつくっている大工連中は忙しいのでしょうか?ずいぶん景気は落ちているようなのにです。

二、三日前もそうでした。ある場所とある場所の家をつくっているところの大工がいなかったのです。しかし、そのうちの一ヶ所は並びで二軒の家をつくっていて、大工もたくさんいたのです。

そこはまた私が歩いていると、特別たくさん嫌がらせをしてくるところなんですが(大工の人数が多い分)そこがです。普通の日だというのに誰も大工がいません。先週まではいたのにです。

それが二、三日前に通るとシーンとしています。もう一ヶ所のところもそうです。誰もいません。急に大工がいなくなったとそんな感じで、そういうところがあちこちにあるのです。

その日はたまたま休みだったのでしょうか? しかし、普通の日に休まないでしょう。大工連中がです。日曜日まで出て来てやっているところもあるのにです。

では他の現場にいっているんでしょうか? そんなにあちこちの現場の大工がです。

まあ、そういうところもあるのかもしれませんが、中には私に嫌がらせをし続けていて、そこで家をつくっていた大工全員に災いが現れた、というところもあるのではないでしょうか。

だから、その現場には大工がいなくなった。そこにいた大工がみな病気になってしまったからです。

それだけたくさんこの辺りには災いが現れているのだし、それに大工連中などです。何か私に嫌がらせをしてくれば、必ずその現場には災いが現れるのです。そういう確認はもう何度もしているのです。

では、そこの大工全員に災いが現れても決して不思議ではありません。だから、そういうところもあるのではないでしょうか。だから、その現場には大工がいない、皆コロッと逝ってしまったからです。

などという、そんなシャレにならないことも想像できますが、まあ、それほどの災いが一変に現れるとも思えません。(でも、どこかの会社のことを知るなら分かりませんが)しかし、このような恐ろしことや奇妙なことが、最近はこの辺りなどそこかしこで起きているということだけは確かなのです。

だから、そういう起きている事実は事実としてしっかり書いておきます。そのうえで、このブログを見ている人たちには判断してもらえばいいからです。

いつまでも神理を無視していてよいのかどうかをです。

それでもまだ無視し逆らい続けるのですか? この正法神理にです。

このような状況では、そういう態度を取っていたところで、危ないだけで一つもいいことは起きないように思うんですが、それでもそのような態度を続けるのですか? 特にこの辺りの人たちなどです。(危ないですよ。特にこの辺りの人たちなどはです。もう相当しているからです。神理に対する罰当たりなことをです)

もうこれ以上の神理の無視はしない方がいいと私は思うんですが(もうくるところまで来ているように思いますので。この辺りは)しかし、どちらにしても態度を改めない限りは何度でも現れて来ます。

恐ろしい災いはです。

だから分かるまで何度でもいいますが、昔の人たちは神理をきいたのなら皆(ほとんどの人たちが)感謝して布施してくれたのです。

それだけ昔の人たちは神理の有難さ(神理に巡り合うことの難しさ)と恐ろしさを理解していたからです。

しかし、今生はそういう人がほとんどいません。(神理の有難さと恐ろしさを理解する人はごくわずかです)だから、これほどの災いも起きているのです。

いつまでも多くの人たちが神理の有難さも恐ろしさもまるで理解しようとしないからです。

神理に逆らい無視を続けるから、こういうことになるのです。それ以外、考えられないでしょう。

これほど多くの災いが、これだけ短期間に、これだけ多くの人たちに現れてくるなどです。

だから神理を無視すればするだけ、神理に逆らえば逆らうだけ、ひどいことは起きてくるのです。それだけ罰当たりで傲慢な行いもないからです。

まあ、そんなことを書けば書くだけ、起きれば起きるだけ、反発する人がこの辺りには多いのですが、そんなバカなことをし続けていればいずれは滅ぶのです。多くの人たちがです。

そうして、神理に逆らい続けて滅ぼされた人たちが行く先の世界はより深く苦しい地獄の世界です。(普通の人たち〔普通に悪いことをして死んでいった人たち〕以上の苦しみが、その世界では待っているのです)

そこでまた苦しみ続けるのです。この世はこの世で(いつ災いが現れるかと)苦しんで、その先の世界でも(死後の世界でも)またより以上の苦しみが待っている。

本当にろくなことがありません。神理に逆らっているとです。

別にそれは脅しで書いているわけではありません。本当のことを書いているだけなのです。本当のことを書き続けているから、私には奇跡が起き続けているからです。

だから、そういう人たちが分かるまで(滅ぶまで)書き続けますが、過去の人たちがみな神理には感謝の布施をしているのに、現代の人たちだけしなくていいはずがないでしょう。

そんな態度の人ばかりならいずれ神理は説けなくなるからです。(布施が集まらなければです)

そんなことを神が許すはずがありません。だから、これほどの災いも起きてくるのです。何でこんな簡単な話をいつまでも理解出来ないのですか。(理解しようとしないのですか)

現代の人たちはです。

今日も朝から怒っている人がたくさんいますが(この辺りはもうどこかの会社だけではないようだからです。次々に不幸が起きているのはです)しかし、そのような怒る(不幸な)ことはすべてです。

すべて神理に対する態度が間違っているから起きていることであり、その態度を正さない限り、起きてくる不幸は止まらないのです。

神理に対する態度を正すだけでいくらでも起きてくることは変わります。(もちろんよい方にです)

では、変えるしかないのではないですか。この辺りなどもう滅ぼされる人が次々に現れて来ているようであるからです。

それだけ神理の有難さと恐ろしさを理解しないということは悪であるということです。

追伸…昨日は午後から名古屋駅に大村知事のリコールの署名にいってきたのですが、寒かったですね。あんなに寒いとは思わなかったです。まだ十月だからと甘くみていました。

その寒い中、その署名の場所で街宣をしていた人たちがいましたが、ほんとご苦労様です。あのような寒い中わざわざ遠くから来られてです。(苦笑)

しかし、この方たちも本当に残念です。今一理解が足りないからです。この正法神理に対してです。(政治的には正しいと思いますが)

そこに気づいてもらわねばこちらもいけないからです。そちらにはです。

自分たちが正しいのであれば必ず奇跡が起きて来ます。(次々とです)何でそれが起きないのですか? そちらの方々にはです。(私は昨日でも起きていましたよ。お気づきですか?)

それは正しくない部分があるからです。(特に宗教観など間違いです)

だから日本で止まるのです。それだけではないからです。私たちは日本を、そうして日本の人々を救うのではなく、すべての人々を救わなければいけないからです。日本を通してです。

だから、日本を主とするのではなく神を主としないといけないのです。そうしないとそれが分からないからです。(分かりませんよね。キリストがいわれた「汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ」という心はです。今の心ではです)

あんまり書くと怒りますので書きませんが(もう書いちゃいましたかね。怒らせるくらいです。〔苦笑〕)この神理に感謝の布施くらいされませんか?

そうすれば、キリストの心も段々わかってくるからです。そうすれば、されていることにも様々な奇跡が起きてもっともっと広がっていくからです。

そのような正しい政治運動もです。

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10月 16 2020

世界を救える唯一の教え

やはりドンドン現れ出しているようですね。多くの災いがです。

だって、この近所の会社まで引き出しましたからね。そうしてどこかの会社までもです。

昨日も静かだったんですが、今日も窓を閉め切ってやっています。しかし、中にバカがいて、まだガンガンやってくるのです。しかし、それが恐々やっているようで周りにそれが伝わって周り中の空気がよけい重いです。

もう相当出ているんでしょうね。この会社に災いがです。しかし、嫌がらせはやめられない。では、災いは止まらないでしょう。

この辺りはもうあちこちのところですさまじく現れているようであるからです。数多くの災い(天罰)がです。

昨日は金山にいったんですが(また現場回りです。〔苦笑〕)電車の運転手連中も引いているのが多かったですからね。どうするんでしょうね。運転手に次々に災いが現れたらです。

電車が止まっちゃったりして。運転手が足りなくなってです。

まあ、そこまではいかないと思いますが、しかし、運転手もいくらでもいるわけではありません。いくら大きな会社でも(いくらJRや名鉄でも)ドンドン運転手に災いが起き出したら、どこかで足りなくなります。

JRや名鉄の皆さん、ソロソロ感謝して布施した方がいいのではないでしょうか。この正法神理にです。運転手がいなくなってからでは遅いからです。

もう、そこらじゅうで現れ出しているようであるからです。神理に対し不遜な態度を取る人たちに対する天罰がです。

昨日など会社や現場より家の人たちの方がキレている人が多かったですからね。あちらの家でガチャン、こちらの家でゴホゴホ、そちらの家でカンカンカンカン、ほんとあちこちにチンドン屋がたくさんいるのかと思いました。

家からしてくる音は、会社や工事現場と違ってやさしいからです。(苦笑)

まあ、会社や工事現場に出ているのなら家でも出ているでしょう。しかし、どこでも一緒です。神理を説いている者に嫌がらせなどしていたら、その家庭にも災いはドンドン現れて来ます。

不幸になるだけなのです。いつまでも、災いを人のせいにして嫌がらせなどしていたところでです。

心が正しければ、どれだけ周りに災いが現れて来ても、またどんなひどい奴がいても、自分のところに災いは現れてはきません。

どういう状況であろうと災いが現れた時点で自分(の心)が悪いのです。

だからもう責任転嫁などしている場合ではないのです。それがもう誰のせいでもいいのです。要は自分に災いが現れなければそれでよいだけの話であるからです。

では、どうしたら、その災いは防ぐことが出来るのですか?

いつまでも神理を無視していては、いつまでも災いは止まらないのです。

今日の中日新聞に男性の育休を促す制度(妻が出産直後の時期に男性が育児休業を所得しやすくする制度)を総理が導入するという記事が載っていましたが、最近は核家族が多いので、一概にそれを反対はしませんが、しかし、このような男が子育てに積極的に参加したり(仕事を休んでまで)妻の出産に立ち会ったり、あるいは同性婚などを認めたり、このようなことはこれまでの歴史上やって来なかったことなのです。

こういうことを積極的に行っていて、それが本当に正しいのでしょうか? こういうことが正しいのであれば、なぜこれまでの人々はこのようなことを行っては来なかったのでしょう。

進歩的という言葉で、やっていることを正当化していますが、こういうことが間違いであるなら、後々このような間違いのつけは必ず巡って来ます。

古いという言葉に騙され、これまでの歴史をないがしろにしてはいけないのではないでしょうか。そのようなことが間違っているから、いま現在これだけの災いが世界中に現れているのではないでしょうか。

歴史に学ぶことを知らない人たちくらい愚かな人たちもいないからです。(だとしたら、現代の人たちは、歴史上存在しないほど愚かな人たちということになりますが…)

だからこれほどの災いが現れているのではないですか。それこそ世界中にです。そのような進歩的といっていることの中に多くの間違いがあるからです。(極端な男女平等もそうですが)

神理は、いま世界の思想がこうだからと安易にそれを信じるものではありません。正しいものは正しいし、間違いは間違いと、しっかり神の心に照らし合わせてそれを判断するのです。

だから、次々に奇跡が起きてくるのです。その神の心が本当の正しさの基準であるからです。

その本当の正しさの基準が分かるものはこの正法神理しかありません。だからこの神理を世界に伝えないといけないと私はいっているのです。

今も書きましたように世界中に間違った思想が蔓延しているからです。だから世界中にこれほどの災いが(激しい天変地変、コロナ禍、バッタ禍、その他)現れているのです。

世界の思想が大きく間違っているからです。だから現れるのです。多くの災いがです。

間違ったところには必ず災いは現れるからです。(その災いとは気づきの天罰です)

だから世界がそういっているからと、簡単にそれをそのまま信じてはいけないということです。

間違ったことを信じ行うなら、必ず不幸になるからです。

そういう不幸が世界中に現れているのです。そういうことに疑問を持たないといけないのです。何でこれだけ世界に不幸が多いのかということにです。

それは世界中の人々が多くの思想の間違いをしているからです。

それを正すのがこの正法神理であり、この正法神理しかないのです。そのような間違った思想を正すことが出来るのはです。

なぜなら、他のどんな思想もです。奇跡など現れては来ないからです。

それを行って奇跡が現れるのは唯一この正法神理だけであるからです。

災いが間違いの証拠なら奇跡は正しさの証拠であるのです。

だから私は、この正法神理を行いませんかと、協力できる範囲でけっこですから協力してくださいと、くどいほどいっているのです。

それは災いが起きている人たちを救うためだけではなく、世界を救わなければいけない、そのような大きな使命がこの正法神理にはあるからです。

だからいっているのだし、こちらもこんな苦しい目に遭っても、それでもやり続けているのです。

この正法神理の流布をです。

この教え以外(日本はもちろんのこと)世界を救える教えはないからです。世界を救える唯一の教えがこの正法神理であるからです。

そのような大きな心でこちらはこの神理の流布を行っているのです。あまり小さな心でこの神理を見るのはやめませんか。

そのような心は神理を汚す以外の何ものでもないからです。また、そんな小さな心ほど恥ずかしいものもありません。そんな小さな心のままでいるなど人に知られたら、それこそ格好が悪くないですか?

ずいぶんそのような格好を気にする人が多いようであるからです。このブログを見ている多くの人たちはです。(苦笑)

少し大きな心になって、この正法神理を理解されませんか。そうすれば必ず変わってくるからです。

自分に起きてくることも周りに起きてくることもです。

やれば変わります。ではやりませんか。

どちらにしても今のままではです。滅びていくことは火を見るよりも明らかであるからです。

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10月 15 2020

災いの止め方

昨日も現場回りをしてきました。(営業か。〔笑〕)

マンションをつくっているような大きな現場はどこもです。みな引いていましたね。少し前までは、そういうところはどこもずいぶん怒っていたのにです。

それが最近は、音がきこえるかきこえないか分からないくらいの音しか出してこなかったり、あるいはでかい音を出していたのに私が近くまでいくとシーンとなって、それで私が「感謝して布施してな。そうせんと災いは止まらんで」と声をかけても無視です。

何をいってもうんともすんともいいません。そうして私が離れていくとまたガンガン音を立てるみたいなところもあり、どこもみな微妙な怒り方をしているところが多いのです。

キレているところもありますが、本当に減りましたね。そういうところはです。この近所くらいでしょう。平気でキレているのはです。

少し離れると微妙な怒り方をしているところばかりです。やはり相当出ているんでしょうね。災いがです。中途半端な出方しかしていなければキレているところばかりであるはずだからです。

実際そういう時もあったからです。

しかし、最近はほとんどのところが引いています。では、ずいぶん出ているんではないですか。災いがです。

それと不思議なのは前にも書きましたが、嫌がらせをしていた人が、祈ると急に嫌がらせをやめて、顔を引きつらせて一変におとなしくなるのです。

見た目ピンピンしているのに何が起きているんだろうと、本当に不思議ですね。そういう人はです。

しかし、何が起きているんでしょうね。そういう人にはです。昨日もそういう人がいたからです。その昨日の急におとなしくなった人とはです。なんとホームレスなのです。(苦笑)

そのホームレスは最近、近くの公園に来て、その公園の隅で多くの荷物を持って座っていたのですが、ある時、その公園で歩いて来た人に私が嫌がらせをされて、それでその人にそこで辻説法をしたのです。

それが気に食わなかったのか(うるさかったのか)知りませんが、その時から、そのホームレスは私が近くを通るとカチカチ音を立て始めたのです。

それで私が「おっちゃん、そんな嫌がらせをするなら祈るからな」といったのですが、そのホームレスはまったくビビる様子もなく、私のいうことなど平気で無視してガチャガチャやっていました。

まあ、私のことなど知らなかったんでしょう。(笑)誰だこいつはやかましい奴だなと、それくらい思って嫌がらせをしていたのでしょう。「こっちを祈ってそれで何か起きるのか? へっへー。(笑)」みたいな感じでです。(笑)

だから、その夜、そのおっちゃんを祈っておいたのですが、祈った後、しばらくして私がその公園を通ると、その時はたまたまだったのでしょうか、そのホームレスはいませんでした。

しかし、荷物だけは置いてあるのです。

でも本人はいません。まるで今までいたのに、急にどこかにいってしまったような感じでした。荷物がそこらにばらけて置いてあったからです。

何か私が歩いて来たので逃げだしたような感じです。だから、近くにいるのかなと思いキョロキョロしながら「おっちゃんいるのか、祈ったけどどうだった」とか声をかけたんですが、公園内にいなさそうだったので、まあ、そのうちまた会うだろうとその時はそのままいってしまったのです。

しかし、何か様子が変だったので「何か起きたんじゃないか?」と漠然と思っていました。

そうして昨日です。夕方、その公園を通ると、そのホームレスのおっちゃんが荷物をたくさん持ってベンチに座っていました。

「お、いるじゃん」と思って近くまでいき「おっちゃん、祈ったけどどうだった。何か起きたか?」ときいたのですが、私が近くまで歩いていくと急にオドオドし出してどこかにいこうとします。

もうきくまでもないなと思い「な、起きるだろう、俺が祈ると必ず何か起きるのよ」といいながらこっちはさっさと歩いていきました。

このおっちゃんは全然話そうとしないからです。だから何をきいても仕方ないと思ったからです。

しかし、少し歩いていってふと気づきました。「そういえばこのおっちゃんに一体何が起きたんだ」ということをです。このおっちゃんもピンピンしているようだったからです。

それなのに、態度だけは変わっています。「なぜ?」ということになるからです。

それで振り返って「おっちゃん何が起きたか教えてくれないか」といったのですが、無視です。「よう、おっちゃん、何が起きたか教えてくれよ、そうしないとまた起きるぞ」とか散々きいたんですが(脅し半分で。〔笑〕)何も答えません。

仕方がないので「ならもういいわ。おっちゃん、早くホームレスなどやめてちゃんと働けよ。神に祈れば救われる道は必ずついてくるからな」といって帰りましたが、正しい祈りはきかれるということをこのホームレスは身をもって体験したのです。

では、自分でも実践してもらいたいものです。そうすれば本当に救われていくからです。

だから結局、私が祈って何が起きているのかは分からないんですが(笑)しかし、祈れば必ず何か起きてくることだけは確かなようです。

祈った後、態度が変わったり、いなくなったりする人が私の周りにはたくさんいるからです。

まあ、こんな感じでこちらでは次々に天罰が現れているようです。こっちの人たちは神理を知らされているのに(ホームレスにまで教えているのに。〔笑〕)まったく感謝しないからです。

感謝しないどころか、こちらの人たちは神理を説いている者をないがしろにし、嫌がらせまでしているのです。

そんなことをしていてはよいことが起きるはずがありません。だから天罰が止まらないのです。それだけ罰当たりな間違った態度もないからです。

だからこちらは辻説法をしながら歩いているのです。では、歩いているのを見かけたら布施くらいするのが当たり前なのではないですか。いま現在でも、そういう坊さんがいたら布施する人もいるからです。

しかし、そんな坊さんの説法などきいても、何の奇跡も起きませんが、私の説法をきくなら本当に奇跡が起きて救われていくのです。

では、どちらに布施をしないといけないのかはもう誰が見ても明らかでしょう。

それをしないから止まらないのです。災いがです。

だからそれをしたら止まるのです。もうこの辺り、そこかしこで起きている災いはです。

昔の人たちは皆していたことであるからです。神理を説いている者に対する感謝の布施などです。

今の人たちだけなのです。それをしないのはです。神理をきくだけきいていてです。

それで何もしない。それで何が起きているのですか?

多くの災いです。

では、した方がいいのではないですか? というより、しないといけないのではないですか。それをしないばかりに(頑なに)その災いは起きているからです。

するべきことをしないからです。昔の人たちが誰もがしていた神理に対する当たり前のことをです。

だから、昔の人たちが誰もがしていた当たり前のことをするなら(神理に対する感謝の布施)その災いはすぐにでも止まるのです。

ならしてはどうでしょう。いつまでも、そんな大事なことを無視し続けてなどいないでです。

それだけ大事なこともありませんよね。だって、その災いを止めないことには、仕事も、遊びも、何をするにしても支障をきたすからです。

実際、支障をきたしているにもかかわらず、多くの人たちがそれを無視し、その災いをただ私のせいにして無理してやっているだけなのです。

いま現在はです。仕事も、遊びも、自分たちのそのような生活をです。

ただ無理してしているだけ、みな困っているのです。そのような災いが次々に起きてくるからです。

では、止めたらどうでしょう。そのような災いをです。その災いはいくらでも自分たちで止めることが出来るからです。

元々、その災いは自分たちが現したものであるからです。(自分たちの神理に対する不遜な態度が)では、自分たちの態度を直しさえすればすぐにでも止めることが出来るのです。

また直さない限り、止めることは出来ません。すべて自分たちの行い次第であるからです。

止めてはどうでしょう。その次々に現れている災いをです。そうしないと最後にはです。

皆、その災いに滅ぼされてしまうからです。

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10月 14 2020

感謝 主役と悪役 あの世の存在

前回のようなブログを書くとです。必ずいますね。やたら怒っている人がです。(苦笑)

昨日もいたのですが、大丈夫ですかね。あの昨日やたら怒ってブシュとやっていった運ちゃんなどです。今頃、地獄にいませんか。

コロッと逝って地獄で後悔しても遅いのです。

実際私の周りには、そういうことが起きている人がいるからいっているのであって、別に脅しや嘘をついているわけではありません。本当にそういう人が増えているから、そういうことをすると危ないといっているのです。

しかし、意地なのか、本当に怖くはないからやってくるのか(こちらの状況で、怖くない人はいないと思いますが)それは分かりませんが、そういう人はどうなっても知りませんよ。

そんなことをしていればドンドン罰が当たって病気なっていくだけだからです。実際に多くの人がそうなっているからです。

今日はどこかの会社も久しぶりに朝からお怒りです。(最近は引いていたのに)しかし、そういう態度を取れば取るだけ病気は現れて来ます。病気になりたいのでしょうか? そのままではまた必ず病気になる人が出るからです。

一人として分からないのでしょうか? そういう事実がです。

本当に病気なるのです。本当に病気なってもいいと思っているんでしょうか? それともただ単に無理しているだけなんでしょうか?(そうだとしたら何年無理してるんでしょう?)

本当にそういうことが起きているのです。真剣に考えてはどうでしょう。この辺りでいま起きている事実をです。

この神理に従うなら、奇跡も起きて正しい道に導かれてもいきます。

本当にまじめに考えてはどうでしょう。いまこちらで次々に起きている恐ろしい現象をです。特に大人の人たちはです。大人が変わらなければ子供も変わらないからです。(では、子供らも病気になってしまいます)

数日前の話ですが庄内川にいった時のことです。

川岸を歩いているといきなり後ろから「どっぼーん」という大きな音がしてきたのです。「なんだ」と思って後ろを振り向くと川岸から二、三メートル川の中に入ったところが大きく波立っています。

相当大きな魚が跳ねたようです。

どんな魚が跳ねてんだと思って「おい、何がおるんだ。顔を出せ」と声をかけましたが、その後はシーンとしています。

何が跳ねたか分からないので、また歩いていきましたが、そうしたらまたしばらくしたら「どっぼーん」という大きな音がしてきます。すぐに後ろを振り向いたら少し見えましたね。魚の頭だけがです。

鯉のようでしたが、ずいぶんごつい頭でした。だから、細長いのではなく、ごつくて丸っこい鯉のようでした。(その魚が鯉なのかどうなのかよく分かりませんが。〔笑〕)それが先ほども跳ねたようです。

「ごついのがついてきてんな」と思って歩いていくと、また大きな魚が(これは鯉ですね)あちこちで水面に上がって来ていました。

「お前ら今日もいるのか」と声をかけながら歩いてくと、近くまで寄ってくる鯉もいました。そうして、私のすぐ前で跳ねたのもいました。ずいぶん大きな鯉がです。

すずめたちも回りで騒いでいましたが、楽しいですよ。神理を実践しているとです。このように周りにたくさん愛が現れてくるからです。

こういうことばかり起きている私はもっと感謝しないといけないのですかね。だって、周りの人たちとあまりに違うからです。起きてくることがです。

私の周りの人たちは、病気ばかりが起きて来ているのでしょう。もう顔を引きつらせて怒っている人たちばかりだからです。

しかし、私は自然と笑顔がこぼれて来ます。こういうことしか周りに起きないからです。

だから、私からするとなんでそんなに怒ることがあるのと不思議でならないのです。

そういう怒っている人が周りにいなければ私は楽しいばかりであるからです。そりゃそうでしょう。祈れば、次々に願いがかなって奇跡は起きてくる、生き物たちは喜んで寄ってくる、こちらに危害を加えようとする人には次々に天罰がくだる、まるでテレビドラマのような人生ですもんね。

私が主役で回りの人たちは、悪いことばかりしてドンドンやられていく悪役。(笑)

だからもっと感謝しないといけないと思うのです。こういう人生もまたとないと思うからです。

どうですか。いつまでも悪役を演じていないで主役に回られては。今生の人生などテレビドラマと同じであるからです。反省して心を入れ替えるならいくらでもよいことが起きて来て主役になれますし、そのまま間違った行いを続けるなら、いつまでも悪いことが起きて来て悪役のままであるからです。

そのテレビドラマをです。観ている人たちがちゃんといるのです。天上界にです。

皆さん方はです。その天上界の人たちの期待を一心に背負ってこの世に出て来ているのです。この世のすべての人たちにはみな仲間がいるからです。あの世にです。

そのような天上界の人たちに、この世に出て来ている皆さんはすべて約束してきているのです。この世に出たら、自分の心を向上させ、この世の人たちに愛と慈悲を説いて、大調和してまた(この天上界に)帰ってくるとです。

そういう約束を皆が皆しているのです。この世に出ているすべての人たちはです。

それなのに、そのあの世の多くの人たちが観ている前で、そんな見苦しい態度を取り続けるのですか? それだけキレてやけくそで嫌がらせをしまくる見苦しい態度をです。(特にどこかの会社の皆さんなどその通りのことをいま現在行っています。〔苦笑〕何か知りませんが、今日はキレまくっています。一体何が起きているんでしょうか?)

あの世があり、そこに住む天使たちがいるから、私の周りに起きている愛ある現象も起きるのであり、また皆さん方にもそのような天罰がくだるのです。

そのような異次元の世界があるからです。その世界の光の天使たちの力によってです。(人の力ではそんなこと出来ませんから)

すべてあの世があるから、そうしてそこに住む天使たちが存在するから、そういうことが起こるのであり、この世がこの世だけあるならです。そんなことは起きようがないのです。

そんなことが起きるなら、その起きるだけの力(エネルギー)と意志は必ず必要になるからです。その意志とエネルギーは一体どこからくるのか? ということです。

そのようなことが起きてくる意志とエネルギーはすべてあの世から、すなわち大意識であり、大エネルギーである、神の意志と力であるということです。

こういうことが分かり、こういうことが起きている、私もそうですが、皆さん方もです。もっと感謝を深めてはどうでしょう。神理が説かれなければこんなことは分からなかったからです。

「そんなわけあるか」で終わっていたからです。

しかし、それでは終われないのです。なぜなら、そのいった通りのことがこれだけ起きているからです。いうだけなら信じませんが、いった通りのことが次々に起きて来ては信じざるを得ません。

だからもっと神理に感謝してはどうでしょう、といっているのです。神理が出現しなければこんなことは起きなかったのだし、こんなことが起きなければ、神の存在も、あの世の存在も何も分からなかった(信じなかった)からです。

多くの人がこれまでの人たちと同様、この世がすべてで死んだら終わり、だからこの世で好き勝手すればいいのだと短絡的な人生しか送れなかったのです。神理が出現しなければです。

しかし、神理が出現したばかりに、それだけ短絡的な話ではないというが多くの人に少しずつでも分かってきた。それだけ視野は広がっているということであるからです。

もっと神理を知るならもっと分かって来ます。この世がこの世界だけではないということがです。

それを理解できるだけの現象が次々に現れてくるからです。そういう人にはです。

また、このブログを読んでいるにもかかわらず、それが何時までたっても分からない。(視野がいつまでたっても広がらない)そういう人はよほど心が固いのでしょう。

少しその固い心を柔らかくするなら、多くのことが分かってくるのにです。この世以外の様々なことがです。それを知らせ、証明するのがこの正法神理であるからです。

だからです。それほどの正法神理に、感謝すればするだけ、感謝を深めれば深めるだけ、よいことが起きてくるのです。

それほどの力がこの神理にはあるからです。

感謝も知らなければ反省も知らない、そうして自分の間違いも理解しない、そんな、ないない尽くしではどう考えてもいいことが起きるわけがありません。

もっと神理に感謝されてはどうでしょう。このブログを見ている多くの人たちはです。

なぜなら、このブログを(神理を)見ている人たちは、知らない間に、これまでの人たちが理解し得なかった(理解できなかった)多くのことを学んでいるからです。

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