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6月 17 2016

古い考え

今日も朝からお怒りですが少々元気がありません。

昨日、一昨日のあの電話が関係しているんでしょうか?(何せ多かったですから)

二度あることは三度あるといいます。(三度も続けば、ずっと続くでしょうし)あまり罰当たりな態度は慎まれたらどうでしょう。

それがあなたたちのためだからです。

罰当たりといえばです。函館で震度6の地震が起きたそうですね。

北海道は昨日からまた大雨が降っているそうですが、これで地震まで起き出したら本当に北海道は危うくなります。

少し太陽光パネルを減らしてはどうでしょう。それがこのような天変地変を減らす一つの方法であるからです。(原発はすぐに動かせないんでしょう?)

罰当たりなことをしているのに、その自覚が全然ない(天の計画〔日本の使命〕を全然理解しようとしないんですから)本当に危ないパターンですね。

それだと、どれだけ悪いことをするか分からないからです。(悪いことの自覚がまるでないからです。それではどれだけ恐ろしい現象を起こされるか分かりません。多くの人が自分たちが間違っていることに気づくまで、その恐ろしい現象は続くのです)

その罰当たりの自覚がないのは関東の人たちも同じでしょう。

関東の水がめである利根川水系の取水制限が始まったそうですが、梅雨の真っ最中に取水制限が始まるなどまさに前代未聞です。

極めて異例のことだそうですが、その異例なほどの渇水を起こされている、これもまた関東の人たちが罰当たりなことをしている証拠でしょう。

だから、こんな異常気象が起きているのです。(人口降雨などやってもダメですよ。それで雨が降っても〔どうせ大して降らないんでしょうが〕誰も反省しないからです。それでは他の天変地変を起こされるだけだからです)

北海道と九州は大雨に地震、関東は異常な渇水(地震もありますね。茨木などは地震の巣ともいわれていますし)東海は神の業が出まくりと、どこも罰当たりな現象ばかり起こされています。

どこの人たちも私のいうことを(法を)無視しているからです。

だから、このような異常現象が日本中で起きているのです。(他の府県でも同じでしょう。異常な現象があちこちで起きています)

いい加減理解していただけないでしょうか。自分たちの考えはもう古いとです。

そういう古い考えのままでいるから、災いばかりが起こされるのです。そういう考え方は時代に合っていないからです。

分かりませんか?自分たちの考えの古さがです。

もう二十一世紀に入っているのです。それなのに、二十世紀のままの考えでいる人たちばかりなのです。

それではどう考えても古いでしょう。何でもそうですが、時代が(世紀が)変われば考え方も当然変えないといけないからです。

それは物質面を見ても分かると思います。

携帯やパソコンなど、二十世紀にはなかったものです。(最後の方にかかっていたかどうかですよね。実質はこのようなものは二十一世紀のものです)

しかし、二十世紀の考えのままならこのようなものは使えません。二十世紀にはなかったものであるからです。

では、どれだけ不便か分からないのです。

それと同じで、もうそのような天変地変は、自分たちの考えで(行いで)どうとでもなるという証明をすでに私がしているのです。(そういう証明はもうここに書ききれないくらいしました)

それを知っている人も多いのに、未だに大雨が降った、大きな地震が起きたといって驚き、異常な渇水だからどうしようなどと、右往左往しているのです。

そうであるなら、これだけ進歩のない(やる気のない)人たちもいないと思うのです。

もうそういうことは自分たちの意識でなんとかなると分かっている人も多いからです。

それが分かっているのなら、ではその人は、新しい考えに考えが変わっているということになります。

すでに考えが変わっているのに、その変わった考えの行いが出来ない、だから、これだけ進歩のない人はいないと書いているのです。

自分の考えが変わっているのなら、その考えが変わった通りの行いをするのが普通であるからです。

その意に反し、昔の考えのままの行いしか未だ出来ないというのですから、これだけ進歩のない(やる気のない)人もいないとしかいいようがないわけです。(ほんともうちょっとやる気を出してもらえませんか?そのままの考えではもう自分たちが危ないのです)

大雨が降った、大きな地震が起きた、異常な渇水で困った困ったといっているのは二十世紀の心のままの人たちなのです。

二十一世紀の心の人たちは、そのような異常現象が起きたのなら、ああ自分に悪いところがあったのだと、その自分の悪かったところにすぐに気づいて反省し、もうそのような悪いことは二度といたしませんと神に誓い、そうして心を入れ替えて祈るのです。

そうすることで、その異常現象は収まるということを知っているからです。

そういう心と行いに進歩のある人が二十一世の心の人なのであり、未だにどんな悪いことが起きても、それを責任転嫁し、困ったどうしよう、だからこういう時のために備えておかないといけないんだなどと、後付けみたいなことばかりいっている人が、心と行いに進歩のない二十世紀そのままの人なのです。

しかし、二十世紀そのままの人では、もう二十一世紀を生きることは困難なのです。

世紀が変われば、考え方を変えないと生きていけないのは当たり前のことであるからです。(それは仕事から生活からすべてそうです。時代が変われば生き方も変わります)

二十一世紀は二十世紀と違い、プラス天の作用も加わります。(もう正法の世ですから)

だから、起きる現象も激しくなり、よけい心の在り方が大事になってくるのです。

その心がまともに作用する(まともに現れる)時代となっているからです。

心をいつまでも変えようとしなければ、そのような人たちには災いばかりが起きて生きられなくなります。(現にそういう人がたくさん出てきています)

新しい時代になったのです。もう古い考えは捨て(私が教えている)新しい考えを実践されませんか?

その私の考えこそが、二十一世紀を生きるための最高の考えであるからです。(次々起きる奇跡がその何よりの証拠です)

いつまでも古い考えのままでいるから不幸になるのです。

古い(二十世紀の)考えは捨てないといけないのです。すでにもう時代は変わっているからです。

時代遅れではもう生きられません。

時代の先を行っている者もいるのです。では、その者に従ってはどうでしょう。

それが一番正しいやり方であるからです。

追伸…これだけのことを教えているのに(奇跡まで見せてです)じゃまや嫌がらせはしても、感謝や布施など少しもしてくれません。

それこそ(自分本位な)二十世紀の考え、そのままなのです。

そういう愛のない考えはもう捨てないといけないのです。二十一世紀は愛ある世紀であるからです。(何せ、今世紀中には真のユートピアが実現するのですから)

いろいろ教えてもらったのなら、感謝して報恩の行為はしないといけないのです。(それが当たり前といえば当たり前の行為なのですが。〔苦笑〕)

そういうことさえしないから、これだけ災いが起きているのです。

少しは愛の行為を実践されたらどうですか?

それこそが自分が幸せになる一番の方法であるからです。

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6月 16 2016

不幸の原因

しかし、面妖ですね。

昨日あれだけ多くの電話が入ったのに(凄かったですよ。午前中などほとんど電話が鳴りっぱなしでした)夜の八時前には電気が消えていました。(どこかの会社ですが)

この会社は忙しいと十二時過ぎまでやっています。八時前に終わるなどこの会社としては暇な方なのではないでしょうか。

それほど忙しくもないのに、あれほどの電話(午前中だけでなく、昼からもよくかかってきていましたから)だから面妖だと書いたのです。(それに昼から急に静かになりましたし)

マァ、よその会社のことなのですから、こちらが気にする話ではないのですが、そのようなどこかの会社に比べ、私の暇なことといったらありません。(ほとんど電話など入りませんから。〔苦笑〕)

だから、やっかみ半分で書いているのですが(笑)あれだけの電話が入り暇だとはこれいかに、といったところでしょうか。(苦笑)

何度も書きますが、もし、次から次へと災いが起きてきたのなら(今日も微妙に静かですが)早く反省し詫びに来た方がいいのではないでしょうか。

その不幸の原因をつくっているのは自分たちに他ならないからです。

はっきりいっておきますが、そのような不幸が次々に起きているその原因は、そのような傲慢な態度にあるのです。

だからそれを反省し、迷惑をかけた人たちに(私を含めた近所の人たちにです。ずいぶんでかい音を立てているんですから)詫びを入れた方がいいといっているのです。

それをしない限り(そのような心にならない限り)その現象は止まらないからです。

他の人にもいっておきますが、ずいぶんまたサイレンも聞こえています。(昨日もずいぶん怒っている人もいましたが)多くの不幸が訪れる前に神に詫びられたらどうでしょう。

神に対し、不遜な態度を取り続けているのはそちらの方であるからです。

私はそのことを教えているだけです。その私にもう少し感謝されてはどうでしょう。私がいなかったら、誰もそのことに気づかなかったからです。(気づかないのであれば、今頃日本はなかったでしょう。天変地変が今以上に起きてです)

そういう感謝の心がまったくないから不幸になるのです。(感謝の心がないどころか自分たちの〔神を理解しようとしなかった〕罪を私に擦り付けています。それでは不幸にならない方がおかしいのです)

不幸になる原因を自らつくっておいて責任転嫁していては、その不幸はいつまでたってもなくなりません。

多くの人は自分でつくっている不幸の原因に気づいていないだけなのです。(この辺りの人は気づいていても、それを認めない人が多いようですが)

早くその不幸の原因に気づくことです。(認めることです)その原因に気づかなければ(認めなければ)永遠にその不幸はなくならないからです。(だから、その原因に気づかなければ〔認めなければ〕死んでもその不幸は続くということです。地獄でです)

それは何も神に対する態度ばかりではないのです。

例えば、昔やんちゃをしていた人がいたします。その人がまじめになり、家庭を持って幸せな生活をしていたとします。

しかし、その幸せな家庭がある日突然不幸に見舞われるのです。(例えば、自分か奥さん、あるいは子供たちが大きなけがをしたり、病気をしたりしてです)では、その原因はどこにあったのかということです。

その家庭生活が幸せであり、家庭内に問題がないのであれば、その不幸の原因は他にあるということになります。

では、その不幸になった原因はどこかということです。

この例を分かりやすく説明するために、今回私は先に不幸の原因を書いておきました。ですから、どこにこの幸せな家庭が不幸になったのかは前の部分を読めば分かると思います。

どこの部分であると思いますか?その不幸になった原因はです。

たったこれだけしか書いていないのだから(十行くらいしか書いていないのですから)すぐに分かると思います。

それは「昔やんちゃをしていた」という部分です。

もし、この人が、その昔やんちゃであった部分をまったく反省していないのであれば、それが原因となり、今の幸せな生活が不幸になるということは十分考えられるのです。

昔やんちゃであったのなら、その時にその人に迷惑をかけられた人たちは必ずいるからです。

人に迷惑をかけているのなら、それは罪となって残ります。

では、その罪を反省していないのなら、その時つくった罪はいずれ自分に返ってくるのです。

今回の例は、その時(やんちゃしていた時)つくった罪が自分の家庭に返ってきたということです。

それで幸せな家庭が不幸になったのですが、こういう例は巷にあふれているのではないでしょうか。

昔はずいぶん悪かったが、今はまじめになって幸せな家庭を築いている、などといわれる人によく不幸が起きるのは、その昔していた悪いことを反省していないから、その昔していた悪いことが自分に返ってきて、現在の自分たちが不幸になったのであり、一見すると、その人にたまたま不幸が襲ったかのように見えますが、そうではなく、その人が不幸になったのなら、その不幸の原因は必ず自分自身でつくっているということです。

自ら不幸の原因をつくっているから自分が不幸になったのであり、その不幸の原因は決して人のせいではないということです。

その人が、もし自分が不幸になった原因が分からないというのであれば、その人は自分がなった不幸の原因をただ自分で気づいていないだけなのです。(自分では忘れていることが不幸の原因などということはよくあることだからです)

釈尊がいわれた「善因善果 悪因悪果」「因果応報」という法則は必ず作用しているからです。

だから、自分たちの生活は気をつけなければいけないのであり、悪いことをすれば(そのことを反省すれば別ですが)その悪いことは(自分が覚えている、いない、自覚がある、ないにかかわらず)必ず自分自身に返ってくるのです。(時間がかかる、かからないという違いはあるにせよです)

その不幸が次々に起きている人たちがもしいたとしたら、その不幸の原因は全部自分たちでつくっているということです。

そうして、その不幸がです。未だに起き続けている人がいたとするなら、そのような人は現在においてもまだ、その不幸の原因を自分でつくり続けているということです。

早くその不幸の原因を知って反省されたらどうでしょう。

それをしない限り、その不幸は止まらないからです。

追伸…今日もよく電話が入っているようです。(うらやましい限りです)

まだ無理してやっていますが(それとも悪魔が入りました?)そういうことを続ければ、続けるだけ不幸も続きます。(知らずに悪いことをしていても罪になるのに、知ってて、それをわざとやっている、これではよけい罪も重いでしょう。わざと悪いことをするという罪が余分になりますから)

いつまでも無理を続けていると滅ぼされますよ。(この人たち本当にそうなりそうだから怖いですよね)

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6月 15 2016

聞きたくなければ聞かなくてよいのですが…

今日も朝からお怒りですが…今日はどこかの会社ばかりでなく、その横の会社まで怒っていました。

朝から(七時半くらいです)駐車場の砂利をスコップでじゃりじゃりやっていたオッサンがいました。

その音がまたよく響くのです。

それで「何だ何か起きたのか?自分たちが悪いんだろう」とか「悪いことが起きるとすぐ俺のせいだな」とかいろいろ声をかけたのですが、一切無視してじゃりじゃりやっています。

この会社にも何か起きたようです。(少し前にも何か起きたようです。それまでは私にちょっかいをかけていたのが急に静かになりましたから)

昨日帰って来た時、どこかのマンションも様子がおかしかったのですが、この近所の連中はみな私のブログを読んでいるのです。

それなのに少しも感謝せず平気で嫌がらせをしてくるのです。そうして何か起きたら私のせいにして怒っています。(それはこの辺りの人たちばかりでなく、どこかの運転手連中も同じなんですが)

まったく呆れるほかないのですが、もう私もいい加減疲れましたので、それならそれでいいです。

感謝しないでいいなら感謝しなくてもいいですし、病気になったのが私のせいなら私のせいでいいです。どうぞどうぞ好きなだけ私のせいにしてください。

どう思おうが、そんなの本人の自由であるからです。

そのかわりです。どれだけ悪いことが起きても知りませんよ、ということです。

私は、そういう考えでいては天罰を食らうから、そういう考えでいてはいけないといっているのだし、しかし、その考えを変えたくないのであれば変えなければいいのです。

そのような考えの人には遅かれ早かれ天罰がくだるからです。

現にそうなっていますよね。私のいうことに逆らう人には災いが、従う人には奇跡が実際に起きているのです。

これ以上の分かりやすい話はありません。

だから、好きにすればいいのです。災いが(天罰が)現れるだけの話だからです。

私は昨日は(ウナッシーさんのコメントにも書きましたが)東山動物園に行ってきました。

しかし、夏になると人が増えますね。昨日も平日なのに人がたくさんいました。

最悪だと思ったのですが(苦笑)しかし、恩着せがましい説法は人が多くてもずいぶん効くようで、そういう話を聞き下や横を向く人、いやらしそうな顔をした人がたくさんいました。

しかし、そういう人たちの中でもです。何をいっても「お前のいうことなど聞けるか」という態度の人もいました。

そういう人は救われないでしょう。近所の人たちと同じように(自分たちが悪いと分かったのに)考えを変える気がないからです。

では、そのような人がいつまでもその考えを変えようとしなければ(私が悪いと思い続けるなら)その人にはいずれ天罰がくだることになります。

そのような考えは間違っているからです。

私は口でいっているだけではないのです。

自分自身にも次々に奇跡が起きていますし、昨日もそうでした。あの動物園にいる動物たちはもちろんのこと、そこにいるすずめやムクドリ、カラスなどの野鳥まで大騒ぎしているのです。(もう私がどこに行ってもそこらの動物たちに騒がれます。私がどこにいるのか、すぐに分かりますね。〔苦笑〕)

普段あんなに騒ぐのでしょうか?あそこにいる動物たちはです。それほど騒がないと思いますよ。私が見ていても異常な騒ぎ方をしているからです。(昨日だけでも騒いでいた動物たちの数が多すぎて書けないくらいです。〔笑〕)

これだけ動物たちに喜ばれる者もいないのではないでしょうか?

奇跡まで起き、それだけ動物たちに好かれている者が、なぜそれほどの悪人なのでしょう。

私が悪人ではないと、奇跡と、そのような動物たちが証明しているのです。

そういう事実があるにもかかわらず、私のいうことをまったく聞こうとしない、では、好きにすればいいのです。

そのような人たちには災いが起き続けるからです。

もうそういう時代になっているからです。(何度もいいますが、正法の世とは、そのような自分の心がまともに現れる時代なのです)

そういう正法の世になっているのであれば、心をきれいにすればするだけ、愛を出せば出すだけ、奇跡が現れてきますし、心が汚いままで怒りやねたみ、ひがみなどの心を出せば出すだけ災いが起きてきます。

その書いた通りのことが起きているだけなのです。

物が段々進化していくように、人の心も段々進化していかないといけないのです。それがこの世の当たり前の順序であるからです。

いつまで同じ位置にとどまっているのですか?

それでは遅れていくだけなのです。

追伸…ずいぶんよく電話がかかって来ているようです。(どこかの会社ですが朝からもう何回も〔何十回も〕かかって来ています。〔こちらまで電話の音が聞こえてきますから〕ちょっと異常ですね)

その度に怒っている人がいますが(物をぶっ叩いたりしてです。逆にシーンとなる人もいるようです)何か起きているんでしょうか?

本当に次々に災いが起きて来たんじゃないでしょうね。(汗)

「今週から起きる現象が激しくなる」私は先週、このブログにそう書いておきました。

その通りのことが起き出しているのではないでしょうか。(どこかの会社だけではないですから。あちこちの会社がおかしいですし、どこかのマンションも変です。どこかの運転手の皆さんは大丈夫なんでしょうか?)

私のいうことを聞かないなら聞かないでよいのですが…それで本当に大丈夫ですか。〔汗〕

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6月 13 2016

これ以上ない徳行

今日もお怒りです。

それはそうでしょう。日曜日までわざわざ嫌がらせしをしにくるくらいです。怒っていないわけがありません。幸い今日は雨なので(それとも怖くてですか?)窓を閉め切って怒っています。

お蔭でそれほどうるさくはありませんね。(苦笑)

そんなに無理しない方がいいのではないでしょうか。神に逆らい続けているのです。恐ろしい目に遭わないわけがありませんし、どれだけ恐ろしい目に遭ってもそれでもまだやっています。

それではどれだけひどい目に遭うのか(ひどいことが続くのか)分かったものではありません。

もう、やめた方がいいのではないでしょうか。そのような神の心に背くような行為はです。

それは、どこかの会社の連中だけではないと思うんですが(どこかの運転手などもそうだと思いますが)この辺りの人たちはです。

これだけ怖い体験をし続けているのです。

いい加減、神に頭を下げられてはどうでしょう。そうすれば、これほどの体験をしているのです。その体験は後で大きく生きてくると思うからです。

そうは思いませんか?

これだけ多くの神の業を体験した人たちもいないのです。どの人も、もう神の業がどのようなものなのか、その恐ろしさを誰よりも知っているのです。

では、その体験を多くの人に伝えてはどうですか?

これだけ貴重な体験もないと思うからです。

そのような(神の業を自分たちが次々に体験するという)貴重な体験は、世界中の人の神に対する大きな指針となるはずだからです。(もちろんそれは日本も同じです。皆さん方が回りの多くの人にその体験を伝えるなら、無神論の日本もガラリと変わるのです。有神論にです)

逆にこれほどの体験をしているのです。それを世界に伝えない手はないのではないでしょうか。

本当の神の存在や恐ろしさを分かっているのは、この辺りの人たちだけであるからです。(あとの〔日本を含めた〕世界の人たちは「神よ、神よ」と口でいっているだけで、本当の神のことも恐ろしさも知らないのです。この辺りの人たちのしているような〔聖書に書かれているような〕体験など誰もしたことがないからです)

いい加減目を覚ましませんか?

この辺りの人たちがしている体験は、人間は絶対に神に逆らってはならないということが本当によく分かる、これ以上ないという体験をさせられているのです。

では、それほど稀有な体験を世界の人に伝えないで、自分たちだけで騒いでいて、一体何になるのでしょう。

それでは何もならないでしょう。神のためにも、自分のためにも、人のためにもです。

戦争を体験した人が、語部(かたりべ)となって戦争はいけないということを伝えていますが、それと同じように、この辺りで恐ろしい体験をしている人たちは、神の語部となり神に逆らってはいけないということを、自分の体験も交えて多くの人に伝えるのです。

そうすれば、多くの人の神への概念が変わるからです。

特に日本の人など、普段は無神論をいうくせに、正月や自分に何かあった時だけは神に頼みごとをしに行くのです。

これだけ勝手なふるまいもないでしょう。神を便利屋のようにしか思っていないからです。

神に対し、こういう適当なことをし続けていれば、当然罰は当たります。これだけ神に対し不遜な行為もないからです。

しかし、日本の人たちはそれが分からないのです。昔からそうしてきたからです。

またそれで天罰を食らっていても、それが天罰という自覚もなかったのです。責任転嫁ばかりしていたからです。

しかし、そうではないと、神は常に私たちと共にあるのだと、それがこのような現象(神の業)が次々に現れることによりよく理解出来たのです。

そういうこともしっかり伝えるのです。そうすれば日本の人たちも神に対する概念が大きく変わるからです。

神は常に私たち人間の近くにいてくださるのです。そうして、救いの手を差し伸べ続けてくださっているのです。

それを多くの人は知らないでいるだけなのです。(このような様々な現象も神の救いの手なのです。それを人間が気づいていないだけなのです)

素直に神に頭を下げられてはどうですか?そうすれば楽になるからです。

そうして、この事実を多くの人に伝えるのです。そうすれば世界が変わるからです。(真の神の存在、真の神の力を多くの人が知ってです)

神に逆らっていても何一つよいことはないのです。それが一番分かるのはこの辺りの人たちなのです。

では、それを伝えてみませんか?

これ以上の徳行もないからです。

(そういうことをするなら、もちろん災いなど起きなくなります。逆に多くの奇跡が起きてきます。これ以上の神が喜ばれる行いもないからです)

追伸…プロ野球最速を連発ですか…ずいぶん調子がよくなったみたいですね。(なんだ面白くない)

しかし、去年の奇跡が起きていた頃ほどではないように思います。(スピードだけは出ているようですが)

シロウトの私がそれをいっても全然説得力ありませんが(苦笑)今週はナゴヤドームに来るようですね。

マァ、私は行きませんが(お金がないから。〔苦笑〕)せいぜいこれからも頑張ってください。

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6月 12 2016

災いの根源

凄いですね。(もちろんどこかの会社なんですが)

今日など、日曜日にもかかわらずわざわざ出て来て、朝から怒ってでかい音を立てていました。(朝の六時前にですよ。そんな時間にでかい音を立てているのです。本当に非常識です。こういう非常識なところが天罰を食らい続けている理由なのですが、それが全然分からないようです)

もう止まらないんでしょうね。災いがです。

昨日も書きましたが反省する気がある人は早く反省して詫びられることです。

それが、その災いが現れない唯一の方法であるからです。

昨日も出て行くとやたら怒っている会社がありました。しかし、どれだけ私に怒っても無駄です。昨日も説明した通り、その災いは私のせいではないからです。

自分たちが悪いから自分たちに災いが起きているのです。では、自分たちが反省するしか、その災いを止める手立てはないでしょう。

反省されてはどうですか?あなたたちの多くは私に救われているからです。(救われている人に嫌がらせをしているのはどう考えてもまずいでしょう。救われた人にはまず感謝しないといけない、そういう筋を通していないから悪いことが起きるのです)

それにしても私のいうことを誰も聞きこうとしませんね。私のいうことを聞く人が増えるのなら、災いはぐっと減るのにです。

今日の朝、また茨木で地震が起きました。(地震の巣である茨木南部で震度4のです)

何度もいっていますが、あそこに地震が多いのは大規模な風力発電があるからです。

北海道や東北の天気がずっとおかしいのは大規模なメガソーラー(太陽光発電)がたくさんあるからです。

九州もそれは同じですが、鹿児島で原発を動かしています。だから、前ほどの異常な雨は降っていないのです。(熊本の地震は別の理由ですが、太陽光もまったく関係していないとはいえないでしょうね)

私がいった通りになっているではないですか。(茨木もそうですし北海道もそうです。鹿児島だって原発を動かしたとたん、天気だけではなく桜島まで静かになったのです。偶然とか、たまたまの域は完全に超えているでしょう)それなのに何で私のいうことを聞こうとしないのですか?

だから災いが止まらないのです。(私が説いていることは法なのです。その法を無視しているからです)

とにかく、北海道、東北、九州でメガソーラーのベストテンのほとんどを占めているのです。

これでは天も怒ります。(日本は原発事業を進めないといけないからです)だからその辺りは特に天気がおかしいのです。

そういうことを私は前からいっているのに、誰も何も変えようとしないのです。だから天気も悪いままなのです。(茨木も地震だけではなく大雨が降って川が決壊したくらいですから)

それはこの辺りも同じで、私のいうことを聞かず、いつまでたっても同じことをしています。

メガソーラーのような大規模な事業は、ちょっとやそっとで変えることは出来ませんが、こちらは個人の意識でどうとでもなるのです。

では、変えられてはどうですか?このままでは多くの人が不幸になるからです。(現在進行形です。ドンドン不幸になっています)

この教えに帰依されて、この教えを多くの人が学ぶのであれば、災いばかり起きている現在の日本に今度は奇跡が起きてくるのです。

現に、その奇跡を私が体現しているではないですか。(他の人もそうですが)それを何でいつまでも無視し続けているのですか?

私のいう通りするのは悔しいからですか?自分のプライドが許さないのでしょうか?それとも自分たちの暮らしを変えたくないだけなのでしょうか?

そのどれもくだらない、愚かな考えであるということです。

どれだけ悔しがったところで災いは止まりませんし、自分にそれほどのプライドがあるなら奇跡の一つでも起こしてみてください。

災いの一つでも止めてみてください。(私は大洪水を祈りで引かせたことがありますから)

そのどれも出来ないのに一体何のプライドでしょう。

そういう人をプライドが高いとはいわないのです。そういう人は、実際は自分では何も出来ないのに何か出来ると勘違いしている、現実を知らないただのバカというのです。

それに自分たちの暮らしを変えたくないといくら思ったところで、自分たちの家族に不幸があれば(例えば誰かが病気で倒れるとかしたらです)嫌でも、その暮らしを変えなければいけなくなるのです。

そういうことがもうたくさん起きているのに(サイレン聞こえていますよね)自分たちの暮らしを変えたくないとは一体どういう料簡でしょう。

もう、その暮らしを変えざるを得なくなった人はたくさんいるのにです。

こう考えるのであれば、そのような進歩のない、広がりのない考えがいかに愚かな考えかは分かると思います。

そういう愚かな考えの人たちばかりだから、現在不幸になる人が続出しているのです。

そういう進歩のない、広がりのない考えではもうわたってはいけない世の中になっているからです。

二十一世紀とは、心の世紀とは、そのような世紀であるのであり、この二十一世紀は常に心を広げていかないといけない、進歩させて行かないといけない、そういう時代であるのです。

そういう時代になっているにもかかわらず、いつまでも同じところにとどまり続けている(それどころか、バックしている人までいます)それこそが災いが起きているすべての根源であるのです。

心を広げようとしない、進歩しようとしない人が多い、それが現在の日本に災いが多い理由なのです。

早く目覚め、立ち上がってください。

そういう人が増えて来なければ、この災いはひどくはなっても止まることはないからです。

追伸…何度もいいますが、この辺りの人たちは急がれた方がいいでしょう。今週からもっと起きる現象が激しくなると聞いているからです。(そこらじゅうで恐ろしい現象が現れてきたらこちらもかないませんし)

私に詫びられ(よってたかって嫌がらせしたのですから)報恩の行為くらいされたらどうですか?

あなたたちは私にずいぶん救われているからです。

そうして、そのような心と行いが災いを防ぐ、唯一の手段であるからです。

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