>>ブログトップへ

6月 11 2016

正しい信仰と間違った信仰

今日は休みの会社が多いようです。(どこかの会社もです)

では、こういう時は静かに書けるのかというと、今度はどこかのマンションの連中がじゃましてきます。(そういう人たちも私のブログは読んでいるのにです)

本当にこの辺りの人たちは感謝ということを知らないようです。(人のブログを読むだけ読んでいて、じゃまはしても布施をした人など一人もいませんから。〔苦笑〕)

しかし、昨日のようなブログを書いたら烈火のごとく怒るのかと思ったら、そうでもなかったですね。(昼からそううるさくなかったですから。どこかの会社の連中ですが)

詫びを入れる気がある人が多いのなら早くそうすることです。深刻な病気にでもなってからでは遅いからです。

さて私は、昨日は名古屋港水族館に行ってきました。(年間パスポートを持っていますから。〔笑〕)

相変わらず可愛かったですよ。どの生き物もです。ベルーガやイルカなど私の前で泳ぎ回っていましたし、ペンギンなども大騒ぎです。(ペンギンなどもうプールの中で飛び跳ねていましたから。〔笑〕そこは動画に撮りました)

しかし、そういう大きな生き物だけでなく、小さな魚たちも可愛かったです。また小さな魚で不思議な態度を取ったものもいました。

その不思議な態度を取った魚とは、あのこの前行った(木曽川と長良川のある)三重県の長島町の長島川で見たあの顔を上げて泳いでいたボラたちです。

その子供のボラだと思うんですが(小さいだけで同じ姿かたちをしていましたので、多分同じ種類の魚だと思います)水槽の中で、なんと、その大きなボラたちと同じ泳ぎ方をしているのです。(水面から顔だけ出して口をパクパクさせて泳いでいました)

しかもその泳ぎ方を私に見せつけるように泳いでいます。(私の前を行ったり来たりして、私の顔を見ながら、そのような泳ぎ方をしていました)

私もちょっと驚いて「お前なんで同じ泳ぎ方しているの?」と、その小魚に話しかけましたが、さすがに答えてくれませんでした。(笑)

そこも動画に撮りました。ちょうどよいことに同じSDカードに大きなボラとその小さなボラが(その魚がボラかどうかよく分かりませんが)映っています。

その動画を公開した時、見比べてもらえれば、同じような泳ぎ方をしていることがよく分かってもらえると思います。

それにしても不思議ですね。何で同じ種類の魚が、まったく別の場所で、同じ時期に同じような泳ぎ方をするのでしょう。(それ以外の魚はみな普通に泳いでいました)

何か目に見えない力が働いているとしか思えませんね。(テレパシーか何かです)何らかの心の通信があるのでしょう。

それにしても、これだけ多くの生き物たちが、これだけ喜んで寄って来る私が、多くの人を病気にしているなど、一体何を根拠にいっているのでしょう。

もし私が多くの人を病気にしているのなら(不幸にしているということもそうですが)もう雰囲気からして凄いものになるでしょう。(それだけ悪いことを実践していたら、ものすごく殺気立っていると思いますよ)

しかし、私がそんなに殺気立っているのなら、生き物たちが寄ってくるわけがないのです。

先ほども書きましたが、人間以外の生き物たちは何かテレパシー(人間にもあるのですが、人間は心が汚れているため、それを感じなくなっているのです)のようなものを感じているからです。

その何かを感じている生き物たちがこれだけ私に寄ってくるのです。それだけを見ても、私が人を病気になどしていないということは分かるのではないでしょうか。

もし私が多くの人を病気にしているのなら、その何かを感じる生き物たちが、そういう悪いことに(恐ろしいことに)気づかないはずがないからです。

そんなことを私がしているのなら、生き物たちは恐ろしがって私になど寄ってこないはずだからです。

逆に、何かを感じている生き物たちがこれだけ喜んで私に寄ってくるのです。そのような現象は、それだけ私が善人であるという何よりの証拠なのです。(私が人よりも善人であるから、それを感じている〔通信されている〕鳥や魚たちは私に喜んで寄って来ているのです。釈尊やキリストの時と同じようにです)

その人よりも善人であるはずの私が人を病気にしている、これ以上の罪の擦り付けはないと思います。

その病気といえばです。

有名な歌舞伎俳優の奥さんが、癌になったということでずいぶん騒がれているようですが、気の毒な話です。まだ奥さんは若いのにです。(それに子供さんも小さいのにです)

それにしても、ずいぶん若いのに(三十三歳とかいわれていますが)癌になる(しかも深刻な状態のようですが)何か問題があるのでしょうね。心にです。

そうでなければ、このような深刻な問題も起きて来ないからです。

しかし、一概に、その人の心に問題があるとばかりもいえませんね。この辺りも深刻な病気になる人は多そうであるからです。

正しい信仰にあまりに逆らうとやはり深刻な病気になりますし、間違った信仰などしていても、これもまた深刻な病気になります。

要は正しい信仰をしていないと、そのような不幸なことになる確率は高くなりますよ、ということがいいたいのですが、そういう深刻な病気になった人はです。

もう、心を入れ替え正しい教えに帰依されたらどうでしょう。そうすれば奇跡も起きてくるからです。

正しい信仰を行い、正しい祈りを行うなら、例えば、その人の病気に一番合った医者に出会えるとか、その人にとって一番良い治療法が見つかるとか、そのような道がついて来るからです。(それが天の導きです)

そればかりか、正しい祈りはその癌まで小さくするのです。(現に私はそういう祈りをしたことがあります。私が祈ると末期癌の方の癌が小さくなり痛みまで引いたのです)

正しい信仰は、このように不幸な人も幸福に出来るのです。祈りをちゃんと天がきいてくださるからです。

もうこれまでの信仰が通用しないことはこの名古屋の人たちはみな知っています。

では、正しい信仰をされてはどうでしょう。

間違った信仰をしていては不幸になる、それがもう、はっきりと分かる時代となっているからです。

(そうして正しい信仰をしていると幸福になるということもです。いろいろ不思議な体験も出来てです。先ほどの生き物たちの例などそうです)

2 コメント

6月 10 2016

心の入れ替え

今日は微妙に静かですが(微妙というのも変ですが〔苦笑〕多少はうるさいということです)多少でも静かなうちに書きましょう。

また悪魔が騒ぎだすと書けなくなるからです。

昨日は白鳥公園に行ったんですが「あれっ」と思いましたね。ずいぶん雰囲気が変わっていたからです。

前から歩いてくる人のほとんどが嫌がらせをしていきません。(少し前までは前から歩いてくる人のほとんどが嫌がらせをしていきましたから。〔苦笑〕えらい違いです)

どうしたんだろうと思いましたが、どうも私がここで何度もしていた恩着せがましい説法がどうやら効いてきたようです。

私を見ても無視して行ってしまう人がほとんどです。(微妙に頭を下げる人もいたかもしれませんが)

もちろん嫌がらせをしてくる人がゼロではありませが、しかし、嫌がらせが少ないと公園を散歩しているだけで、こんなに気分が爽快(そうかい)になるんですね。

そこまでの実感はありませんでした。これまではかなり多くの人から嫌がらせを受けていたからです。(笑)

とにかく人にちょっかいをかけられないと、鳥や魚たちの喜んでいるのがこちらにいっそう感じられます。

すずめやツバメ、カラスやムクドリがあちこちから飛んでくる(私の回りを飛び回っていました。カラスやムクドリは鳴き声が少々うるさいのですが。〔笑〕)横の堀川の魚たちは(小魚ばかりでしたが)水面上にたくさん出て来てビチャビチャやっている。ピィピィ足元から鳴き声が聞こえてくるのでそちらを見ると、なんと私から一メートルくらいのところに、どこから飛んできたのかいつの間にかカワセミがいてピィピィ鳴いているのです。(あんなに近くでカワセミを見たのは初めてです。青くてかわいかったです)

そのような動物たちの愛くるしい振る舞いが凄い癒しとなるのです。

私は公園を歩いているだけでずいぶん癒されているのだな、ということを昨日改めて気づきました。(動物たちの癒しは感じていましたが、嫌がらせが少ないとこうも違うとは。ちょっと驚きましたね)

その白鳥公園に比べて庄内川はダメですね。

歩いてくる人は少ないのですが、それこそ、その少ない人たちのほとんどが私に嫌がらせをしていきます。そうして、川岸の横の道路を走るトラックもよくブシュブシュやっていくのです。

それだけ嫌がらせをされると、それこそあまり気が休まらないですね。鳥や魚たちとの触れ合いがあそこもたくさんあるのですが、そのような多くの人のそのような悪い行いで、その癒しが帳消しになってしまいます。

こう考えると、あのような嫌がらせはずいぶん悪いことだなと、これもまた改めて思いました。

癒されているよい心を一変に気分の悪い、悪の心に変えてしまうからです。

そのような心を悪い方に向ける行いを重ねているのなら、それがどれだけ小さな行いであったとしてもいずれは大きくなります。(小さな悪を続けているのなら、その小さな悪が積み重なり、その悪はいつの間にか大きくなっているのです)

そう考えるのであれば、ずいぶん大きな罪を負っている人は多いのではないでしょうか。

人に軽い気持ちで嫌がらせをしている人はたくさんいるからです。

しかし、この辺りの人はもうかなり危ない状況ですのではっきり書いておきますが、どうしても私が許せないと、悪いのはあいつ一人であると、そう思い続ける人がいるのであれば(庄内川に来る人たちのようにです)そのような人たちにはまず天罰が現れます。

その覚悟だけはしておいてください。そういう時代となったからです。

すでにもう、そのような天罰が次々にくだっている人たちがあちこちにたくさんいるのです。(どこかの会社の連中、どこかの運転手の連中などなど)

自分たちの考えが間違っているからです。(しかも大きくです)だから天罰を食らうのです。

いろいろ知らなかったことを教えてもらい、心を救ってもらった人には感謝しないといけないのです。(感謝とは感謝の心プラス報恩の行為です)

私が多くの人の心を救っているということは、釈尊やキリストと同じ奇跡が現れているということで証明出来ます。釈尊やキリストと同じくらいの善行を行わなければ、あのような偉大な方々と同じ奇跡など現れて来ないからです。

そういう事実があるにもかかわらず、そのような天罰を食らっている人たちは、私に感謝とは裏腹の行いをしているのです。(私の悪口をいい拡げ、私に対する数々の嫌がらせです)

それでは天罰を食らうのは当然の結果であると思います。自分たちのやっていることがまったくの悪であるからです。

そういう悪を行う人がたくさんいては、この教え(法)は拡がりません。(それはそうでしょう。私の悪口など拡げられれば、そのような悪い奴のいうことなど聞けるかとなるからです)

だから、そのようなことをしている人たちに次々に天罰がくだっているのです。

この教えが拡がれば多くの人が幸せになれるのです。その多くの人が幸せになれる教えを拡げるのをじゃましているからです。(先ほど書きましたが、この教えを勉強するなら歩いているだけで幸せな気分になれるのです。いろいろな動物たちが癒してくれるからです)

私の悪口をいうこと、私に嫌がらせをすることの罪の深さが少しはお分かりいただけるでしょうか?

何もしなくても幸せを感じることが出来る、そのような教えを説いているのは私だけであるからです。

本当の神の教えとはそのようなもので、何も特別なことをしなくても、そこにいるだけで幸せを実感できる、生きていることに感謝できる、そのような教えであるのです。

早く心を入れ替え、反省してください。

そうすれば誰にでも、この教えを学ぶことが出来るからです。

追伸…先ほどまではずいぶんうるさかったのですが(また途中からやかましくなりました)急に静かになりました。(また何か起きたようです)

もう次々に何か現れているようです。(これだけ天罰覿面の人たちも珍しいですね。よほど悪いことをし続けているのでしょう)

昨日もいったんですが早く詫びに来た方がいいでしょう。頭から神に逆らう気がない人たちはです。(昨日どこかの会社の連中が表に出てきて、やかましいことをしたので、私も表に出てその連中を祈ったのです。そうしたら、その連中、ビビりたくっていました。それを見て、どこかの会社の連中も、神に逆らう気のあるものは全員ではないのだなと思ったのです)

直接詫びなくても、電話でもメールでもいいのです。匿名でもいいから詫びを入れて、少々の布施くらいすることです。(私のブログを読んでいる人も多いからです。それが報恩の行為です)

そうすれば、その罪は許されるからです。(ただし心から詫びなければいけません。その心を天は観ているからです)

今のままその連中(悪魔)に合わせていれば、必ず天罰を受けます。やっていることがあまりに神に逆らっているからです。(現に凄い勢いで天罰を食らっているようですが…)

そのような反省の行いが出来た人から救われて行きます。

いつまでも悪魔に合わせていてはいけないのです。そのままでは生きている間はもちろんのこと、死んだ後まで不幸になるからです。(もちろん地獄に堕ちてです)

2 コメント

6月 09 2016

悪い行い

また激しくお怒りです。それだけ災いが起きていればそれも仕方がないでしょう。(マァ、どれだけ災いが起きているのか、私よく知りませんけど)

悪いことが起きているのに、悪いことを続けている、それでよいことが起きてくると思っているのでしょうか?

少し自分たちの行いを振り返るだけでも分かりそうなものですが、それがいつまでたっても分からない、真から不遜な人たちは、自分たちがやっている不遜な行為をまるで気づかないようです。

しかし、悪いことが起きているのは自分たちが悪いことをしているからです。

だから悪いことが起きてほしくなければ、その悪い行いを変える以外ありませんね。

その悪いことといえばです。

関東は水がめであるダムの貯水率がずいぶん低いようですね。(この時期としては過去最低だそうですが)

このままだと記録的な水不足に見舞われる可能性もなくはありませんが、大丈夫でしょうか?東京を含めた関東の人たちはです。

今年は暖冬で雪も少なく、そのうえ五月に降った雨も少なくて、今月(六月)も梅雨に入ったとはいえ雨が少なそうです。

ずいぶん悪いことが重なっているようですが、まさか(この名古屋を含めた東海地方の人たちだけではなく)関東の人たちも何か悪いことをしているんじゃないでしょうね?

そうでなければ、これだけ悪いことが重なることもないと思うからです。

何か心当たりありませんか?関東の人たちはです。(苦笑)

どうですか、いろいろ支障をきたす前に祈りましょうか?私が祈れば雨が降る可能性も高くなるからです。

しかし、望まれないのであれば祈りません。

関東の人たちが望んでもいないのに祈っては迷惑だと思うからです。それに望まれてもいないことを勝手にしては、その祈りもしっかりきかれません。(この前のように関東に雨が降るよう祈ったのに、関西に大雨が降るなどということがまた起きかねませんので)

もし、望まれる人がいるのなら、また連絡でもください。関東の人から連絡をいただければ祈りますから。(どうせ、誰もしないんでしょうが。〔苦笑〕)

どちらにしても、こうも法が拡がらないと災いは起きるでしょう。

すでに多くの人が法を知っているのに、それを実践しようとしない(あるいは逆らいまくっている)いま日本に次々に起きている災いの元凶はそこなのです。

神を一としないとダメなのです。(神を便利屋のように考え未だ自分を一としています)

この世のことだけに現(うつつ)を抜かしていてはダメなのです。(仕事と遊び、そればかりです)

感謝するとは、感謝の心と報恩の行為、この二つが揃って初めて感謝したといえるのですが、報恩の行為どころか、感謝の心もありません。

それでは話にならないくらいダメなのです。

だから、こういうことが出来ていない人のところに(こういうことが出来ていなければいないほど)災いが起きるのです。

そのような行いは悪いことだからです。(だからこの辺りの人たちにより悪いことが起きているのです。神は思わない、この世のことだけやっている、感謝はしない、と三拍子も四拍子も不遜なことが揃っているくらい不遜な人が多いからです。これでは恐ろしい現象〔天罰〕を次々に起こされるわけです)

そのような行いを反省されてはどうでしょう。災いが起きている元凶は、そのような(大変)悪い行いにあるからです。

常に神を思い(それは悪いことをが起きた時などすぐに反省し神に詫びるということです)この世のことだけ考えるのではなく、あの世もあるのだと認めて、この世のこともあの世のこともしっかり勉強し(この世のことだけしか勉強しないからあの世に行くのが〔死ぬのが〕怖いのです。あの世のことをしっかり勉強しているのなら〔あの世のことがしっかり分かっているのなら〕死ぬこともさほど怖くなくなります。死んだ自分の行き先がだいたい想像がつくからです。だからあの世の勉強はしっかりしないといけないのです。そのあの世の勉強とはこの法をしっかり勉強することです。この法にしか、あの世の正確なことは書かれていないからです)そうして感謝の心を忘れない(それは報恩の行為を忘れないということです)そうすれば、災いなど起きてくるはずがないのであり、それくらいのことも出来ないから悪いことが起きるのです。

これくらいのことを実践するのはさほど難しいことではないのではないでしょうか。(神を一とする、この世のことだけでなくあの世のことも考える、感謝する)

こんなことさえ、実践できないから、災いが起きているのであり、だから(そういう)行いが悪いから悪いことが起きているのですよと私はいっているのです。

少しは私のいうことを聞かれてはどうでしょう。

私には、そのような災いばかり起きている人たちとは対照的に奇跡ばかりが起きているからです。

(はっきり書いておきますが、この辺りの人たちはもうかなり危ないのです。それだけの悪いことをたくさんしているからです。〔今現在もやり続けていますけどね。どこかのバカ会社がです。ほんとうるさい〕ここに書いたことを実践しなければ必ず近いうちに引き上げられます。あの私が観た多くの光の天使たちは、そのような人たちの守護霊ではなかったかと思うからです。〔その人の守護霊は、その人をあの世の引き上げることが出来る唯一の権能を持っています。当然、私にそんな権能はありません。だから私が祈って人をあの世に送るなど、その一点から見てもあり得ないのです。あの世に送れる権利など、その人の守護霊以外、与えられていないからです〕もし私が観せられた映像がそのような人たちの守護霊であるのなら、これから多くの人があの世に帰るということになります。〔それはたくさんの守護霊が迎えに来ているということだからです〕心を入れ替えられてはどうですか?今のままの心では〔私に罪を擦り付けたままの心では〕本当に引き上げられてしまうからです)

0コメント

6月 08 2016

災いから救われるには

今日はまた一段とお怒りです。(苦笑)

次々に恐ろしい現象が現れだしたのでしょう。(私が昨日書いた通りです)それでも心を入れ替えないというのであれば、この会社も、もう長くはないのではないでしょうか。

あまりに神をなめすぎているからです。

それは特別この会社だけでもなさそうです。

昨日、私は高畑にある中川区役所に行っていました。(国民健康保険の減免申請にです。ほら私、お金ないですから。〔苦笑〕)その後、あの辺りをあちこち回って辻説法をしたのですが、マァ皆さん、まだお前が悪いという人ばかりでした。(普段あまり行かないところを回っているので仕方ないといえば仕方ないのですが)

昨日は頭を下げる人がいなかったんじゃないですか?しかし、下を向く人は多かったですね。やはり恩着せがましい説法はどこでも効果絶大です。(笑)

帰り際、荒子観音を通ったのですが、その近くでもオバちゃんに嫌がらせをされました。それで荒子観音のすぐ裏で辻説法です。(そこの住職からすれば思いっきり商売敵ですね。〔笑〕)

「オバちゃん、散々俺に心を救われておいて、なにその態度は。感謝のかの字もないのか。俺がいなけりゃ誰も、神も、あの世も、生まれ変わりも信じなかったんだぞ。俺がいろいろ現象を現して、そういう話をあちこちでしたから、みな、そういうことを信じたんだ。信じなきゃ救われないんだ。こちらは体を張ってそういうことを伝えているんだ。少しは感謝しろ」

「オバちゃん、この荒子観音にはお参りに行ったことがあるんだろう。(近いから当然行っていると思いますが)ここにお参りして、それで心が救われたのか?そんなの気持ちだけで、実際は救われていないんだよ。お賽銭を上げて祈っているだけで心が救われるわけがないだろう。そんなのただの自己満足にすぎないんだ。本当に救われるには心を変えないと救われないんだ。あなたたちの心を変えたのは俺だろう。なら、荒子観音に賽銭上げてお参りしている暇があるなら、本当に心を救ってくれたこっちに頭を下げて布施しろよ」

と、いいたい放題いってきました。(笑)

しかし、事実は事実です。いつまでもそれを認めない方がおかしいのです。

いつまでも、くだらないガセネタを信じているより、正しいことを信じ、自分のこれまでしてきた間違いを反省されてはどうでしょう。

その方がよほどよいことが起きてくるからです。(また、そういうガセネタをいつまでも信じているから悪いことばかり起きるのだし)

私に多くのことを教えてもらったのは事実なのです。それで多くの人の意識が変わりました。

その多くの人の意識が変わったことにより、多くの人の心が救われたのです。

では、何で感謝しないのですか?それだけ多くの人の心を救ってくれた人にです。

それなのに何で多くの人が、その人の悪口をいい、嫌がらせを繰り返しているのですか。そのようなことばかりしているから悪いことばかり起きるのです。

自分たちの行いが間違っているからです。

自分たちの心を散々救ってもらった人に嫌がらせを繰り返しているのです。それがどれだけ間違った行いかいい加減気づきませんか?

しかし、気づこうが気づきまいが、悪いことは悪いことです。そういう悪いことを繰り返しているから悪いことが起き続けているのです。

私は多くの人の心を救い、天上界の心をみなに伝え続け、そうして、釈尊やキリストにはこのような奇跡が起きていられたのです、ということを知ってもらうために、その奇跡を現し、毎日のように多くの人々を感化させているのです。

それが嘘ではないということは、このブログを読めば分かることですし(ほとんど毎日このブログを書いていますから)私を外で見かけた人も分かるはずです。(私が歩いていれば鳥が騒ぎますし、人がいるところでは辻説法や祈りをしていることがほとんどなのですから)

ここまでのことをしている人が他にいますか?

「坊さんや宗教家など、お前くらいのことをしている人はいくらでもいる」という人もいるかもしれませんが、そういう人たちは正しい教えを説いているわけではないのです。(私のような奇跡が起きないのがそのよい証拠です)

正しい教えを説いていないのであれば、そんなことをいくらしたところで本当に心が救われる人はいません。(一時は救われる人もいるかもしれませんが、結局最後は失敗するのです。その教えは正しいものではないからです。正しい教えを聞かなければ最後まで救われることはないのです)

それでは正しく法を説いて、人を感化していることにはならないのです。

正しい法を説いて、正しい行いをしている人しか本当に人を救うことは出来ないからです。

したがって、それが出来ている者は、現時点では私一人なのですから、本当に人を救っているのは現時点では私だけということになります。

その多くの人を(本当に)救っている唯一の者に、散々心を救ってもらっていながら、未だにそのお返しが嫌がらせではこれだけ悪い行為もないでしょう。

だから、そのようなことをしている人たちに次々に災いが起きているのです。

これだけやっていることも違えば、起きていることも違うのです。

もう反省されませんか?悪いのは、私に嫌がらせをしている人たちの方であるからです。

どれだけそれを認めなくても、起きる現象に嘘はありません。悪いことが起きている人が悪いのです。

それでもお前が悪いと思われる人は仕方ありませんが、少しでも自分が悪かったのではないか、と思われる人がいるのなら、私に詫びを入れたらどうでしょう。(それは直接でも、メールでも、電話でもなんでもかまいません)

そうして、お気持ちだけで結構です。布施していただけないでしょうか。

それがこれから起きるであろう、多くの災いを防ぐ、唯一の方法であるからです。

まだ、私のいうことが信じられませんか?これだけここに書いたことが起きているにもかかわらずです。

そうして、これだけ多くの人の心を救っているにもかかわらずです。(脅しでもなんでもありません。本当に起きるのです。このまま多くの人が行いを変えようとしなければです。これまでにない現象が現れてくるのです。それに気づいている人たちは多いのではないですか?もうこの辺りの人たちはです。起きる現象が激しくなっているはずだからです)

これだけ多くの人の心を救い、天上界の心を伝えている者はいません。そういうことはもう多くの人が分かっていることなのではないでしょうか。

しかし、それをいつまでたっても認めようとしませんが、もう認めないといけないのです。認めない限り、この災いは止まらないからです。

私には次々に奇跡が起きています。私のいうことを信じ行ってください。

そうしなければ、これまで以上の災いが現れることはもう分かっているからです。

(もう少しこのブログの重要性を認識してもらえないでしょうか?〔いつまでも興味本位で読んでいるだけでなくです〕このブログに書いたことは後に起きているのです。そうして、それが起きない方法も書かれてあるのです。それがどれだけ重要なことか分かりませんか?ここに書いたことを実践するなら多くの人が救われるのです。これ以上無視することは本当に危ないのです。私がこれだけいっているのです。理解してください。これ以上この法を無視することの危なさをです)

2 コメント

6月 07 2016

光の天使大集結

昨日は(特別、昨日だけでもないんですが)朝から一悶着(ひともんちゃく)です。(苦笑)

よけいなちょっかいばかりかけてくるものですから(もちろん、どこかの会社ですが)思いっきり朝から祈っていました。そうすると静かになるのです。

そうしてブログを書きだすとまたうるさくします。この繰り返しです。本当に大変です。こういうバカバカ連中(悪魔に憑かれた者)が回りに多いからです。

ではブログを書かなくていいのかといえば、それも困るようで、ブログを書くのをやめて祈るというと急に静かにするのです。

しかし、書き出すとまたうるさくします。

最後はこちらもキレて「じゃあ、今日は祈ることにする」と、昨日はブログを書く時間を祈りの時間に変えたのですが、そうしたらまた何か起きたようで、今日は朝から烈火のごとく怒っています。(そっちの方がいいくらいです。こういう場合は一人、二人の奴がうるさいだけで後は静かですから)

本当に哀れです。何年たっても同じことを繰り返しているからです。

しかし、昨日の祈りは重要なことを教えらえました。(だから祈らされたのかもしれませんが)昨日祈っている最中にまた不思議なものを観せられたからです。

その観せられた不思議なものとは多くの光の天使たちでした。

昨日祈り始めてしばらくした時です。目をつぶって祈っていた時、私の目の前に多くの光の天使が現れたのです。

しかも、その数が半端ないのです。

もう数えきれないくらいの光の天使の大軍が(背中に羽の生えた、あの天使の姿そのままの人たちがです)この辺りの上空を列をなして飛んでいるのです。

本当に物凄い数です。私は思わず「光の天使ってこんなにいるのか」と驚いたくらいです。

祈っていると、そのような情景が目の前に観えてきたものですから「エッ」と驚いて目をあけました。

すると、何も変わらない部屋の中が見えます。しかし、目をつぶり祈り始めるとまた同じ情景が観えてきます。

「何だ、これは」と驚いたのですが、そういえばこのようなことはこれまで何度もありました。

少し前には祈っていると龍が観えてきたこともあったし、その前には七大天使が観えてきたこともありました。

どうも、また何か天上界の計画を観せられたようで、しばらく、その光の天使の大軍の情景を思いながら、それでかと納得したのです。

何に納得したのかといえばです。最近、この辺りの雰囲気が変わったことにです。

これまでも変でしたが、ここ数日は特にこの辺り変なのです。(それは最近何度もブログに書いています)

やたら怒っている会社はある(それは普通ですが)急に静かになった会社はある、休みや早上りが多くなった会社はある、会社の様子がおかしいということは人の様子もおかしいということで、何か最近は(より一層)変だなと思っていたのですが、多くの光の天使が来ているというのなら、多くの人の態度がおかしいのも分かります。

それだけ多くの光の天使が来ていられるのなら、多くの光の天使の業が(多くの人に)現れだしてもおかしくはないからです。

むしろ多くの光の天使が来られていて、何も起きない方がおかしいからです。

だから、納得したのです。最近のこの辺りの雰囲気のおかしさにです。

多くの人に多くの光の天使の業が現れだしたら、態度がおかしい人が増えても何もおかしくはないからです。

このようなことが分かったのですが(よかったですね。このようなことが分かるのもこのブログを読んでいる人たちだけの特典です)それでどうされるのですか?

この辺りの人たちはです。まだ突っ張られるのでしょうか?

これだけ多くの光の天使が来られているというのにです。(いやもう相当やばいですよ)

悪いことはいいませんので、ソロソロ私のいうことに従われてはどうでしょう。

正しい心の在り方(光の天使に災いを起こされない方法)を知っているのは私だけであるからです。

正しい心の在り方を知っているのは私だけです。だから私にだけ奇跡が起きているのです。その奇跡は光の天使が力を貸して下さるから現れているからです。(では、これ以上の光の天使の心を知っている者はいないということになります)

それとも私がここに適当なことを書いているとでも思われますか?

私がそのようなことを書いた後は、必ず、その書いたことが正しいと裏付けるような現象が現れているにもかかわらずです。(今回はすでに現れていますが)

龍が現れたと書いた時もそうでした。そのすぐ後に、その龍のような雲が現れ(名前なんでしたっけ?あの一直線にのびた雲です)大雨を降らせました。(茨木かどこかで川が氾濫しましたよね)

七大天使が来ていると書いた時には、その後すさまじい天気となったのです。(そればかりか、エル・ランティーが来ていると書いた時にはすさまじい竜巻も来ました)

私はここにいい加減なことは書きません。(というか書けません)そういうものが観えたから観えた、と書いているのであり、それは天上界がその後に起きることを私を通して知らせているのであり、しかしそれを多くの人が理解しないのです。

いつまでたってもです。

多くの人がこのブログを興味本位にしか見ていないからです。

しかし、まったくの興味本位ということもないでしょう。このようなブログを書けば、また怒り出す人も(たくさん)いるからです。

このブログを信用しなければ、こんなこと書けば笑っている人たちばかりなんでしょうが、怒る人も多いということは、このブログに書いたことを信じている人も多い証拠です。

信じているのですが、しかし、従おうとしないのです。このブログの本当の価値が分かっている人がほとんどいないからです。

しかし、いい加減分からないといけないでしょう。このブログの価値をです。

ここに予告したことが次々に起きているのです。そういうブログなど他にないからです。

今回このようなことをここに書いたのなら、またです。また、それを裏付けるようなことが必ず起きるでしょう。(例えば数多くの異常現象が現れるとかです)

そのような現象が、ここに書いたことが正しいという証拠となるからです。

そういうことが起きてきたら(マァ、この辺りはすでに起きているようですが)私がここに書いたことがまた起きだしていると理解してください。(多くの光の天使が多くの業を現している)

その現象が正しく理解出来る人たちは、このブログを読んでいる人たちだけだからです。それ以外はみな正しいことではないからです。(またそのようないろいろな異常現象が現れてきたら、いろいろな人がいろいろな説明をするんでしょうね。何かに無理やりこじつけてです。しかし、それはみな正しくありません。そういう説明は表面上の説明にしかすぎず、本質をいっているわけではないからです)

そういうおかしな現象が現れてきた本当の原因は人々の心にあるのです。

今のような(神を思わない無神論のような)心は大変罰当たりなのです。多くの人がそういう心でいつまでもいるから悪いことばかり起こされるのです。(だから、このブログも興味本位くらいにしか読めないのです。そのような神を二の次三の次にして、自分のことばかり考えている人が多いからです)

そんな心である自分たちが悪いのに、それをいつまでも私のせい(あるいは他のもののせい)にしていたところで、自分たちのその(神を軽く見ている)心を直さない限り、この悪い現象は収まらないのです。

それだけ(神に対し)不遜な心もないからです。そのような心は神の子の人間としてあるべき心ではないからです。

光の天使がたくさん現れいるということは、心を入れ替え神を思うようになる人が増えるのなら、たくさんの奇跡が現れるということでもあります。(光の天使は奇跡を現す方が本来の仕事であるからです)

その多くの光の天使たちが災いを現すも、奇跡を現すも、すべて自分たちの心次第であるということです。

いつまで不遜な心を持ち続けているのですか?

それがすべての不幸の元凶なのです。

追伸…これだけここに書いたことが起きているのに、それでも心を変えようとしない(神を思おうとしない)どれだけ頑ななんでしょう。

このブログを読んでいる人たちは、どれだけ多くの天上界の計画を知ったかしれないというのにです。

その多くの天上界の計画を知ったにもかかわらず、無視したり、その計画に怒ったりしている人がほとんどなのです。

これだけ罰当たりな態度もないでしょう。すべては自分たちの責任なのにです。

もうここに書いていることは何度も起きているのです。では、今のままの心であるなら、必ずまた悪いことが起きてきます。(しかもたくさんのです。今回は光の天使の数が違います)

いい加減、心を入れ替え(この神の計画に)協力されたらどうでしょう。そうしないとまた多くの災いが起きることになるからです。

(特にこの辺りの人たち危ないでしょう。あまりにも罰当たりな態度を取り続けている人たちが多いからです)

2 コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。