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6月 23 2016

次の東京都知事

今日も激しくお怒りです。

どれだけ怒ってもどうしようもないとまだ分からないのでしょうか?本当に哀れです。

しかし、昨日は他の場所でもやたら怒っている人たちがたくさんいました。あちこちで恐ろしい現象が次々に起き出したのではないかと心配ですが(みな私のせいですからね)心配といえばです。

九州をはじめとした西日本は記録的な大雨になっているようですね。

今日の朝方は(四時頃でしたか)名古屋も激しい雨が降っていました。まだまだ梅雨は続きます。このままではまた大きな被害が出ますね。

あまりに罰当たりな人(神の心が分からない人)が多いからです。

ここに書いている神の心に早く気づいて、一緒に祈ってくれる人たちが出てくることを願ってやみません。

祈らないと、どれだけ被害が大きくなるか分からないからです。

とりあえず、今の私ではどうすることも出来ませんので(私一人で祈っても聞いてはもらえませんし、どれだけいっても、どの人も心を入れ替えようとしないからです)もう少し昨日書いていた政治のことを書きましょう。

しかし、あの東京都知事は凄かったですね。(苦笑)

あの人を食った、おちょくったような会見は歴史に残るのではないでしょうか。(苦笑)

あんな会見をしていたら誰でも怒るんでしょうが、それがまともに自分に返って来ていました。あまりに哀れで見ていられませんでした。

そうして辞める前はだんまりです。この方はあまり人の心が分からないのではないでしょうか。

マァ、もう辞められた人の話はいいんですが、では、次の都知事は一体誰がなるのか?ということになります。

今はまだ参院選の真っ最中ですので、そちらまで話題が行きませんが誰になるんでしょうね。次の都知事はです。

最近は若い知事が増えてきています。では若い人が都知事になってはどうでしょう。その方が夢も希望もあるからです。(別に年がいった人では夢も希望もないというわけではありませんが。〔笑〕)

少し希望がわく明るい話題も必要なんではないですか。だって現在の日本は暗い話題が多いからです。(マァ、それは自業自得なんですが)

若い知事といえば、自民党の次世代のエース、この方が一番人気も実力もあってよいのではないかと思うのですがどうでしょうか。(自民党も今のところ面目丸つぶれですが〔自民党が推薦した人が次々に途中退場ですから〕この方が出てくれば都知事選、負ける心配はありませんし)

もし、この方が都知事になれば、それだけで日本中の話題になりますし(世界の話題になるかもしれませんし)活性化にもなります。

それにこの方は、どちらにしても後々総理大臣になられる方なのです。

では東京都知事は、うってつけの勉強の場になるのではないでしょうか。東京都知事は総理大臣とかわらないともいわれているからです。

それにどのみち総理大臣になられるのであれば、総理になるための準備、勉強は早ければ早いほどよいはずです。

では、これだけよいチャンスもないと思います。

これだけ自民党が窮地(きゅうち)にあり(都知事に限ればの話ですが)これから東京オリンピックに向かって仕事も山積している時でもあるからです。

このピンチをうまく乗り切れば、自分の手腕も評価されますし、苦しい時の乗り切り方も経験できます。

これ以上の総理としての勉強もないと思うからです。

そうして、それ以上の仕事が出来れば、これ以上世界に名を売るチャンスもないのです。

そうではないでしょうか。これから東京オリンピックがある時の東京都知事なのです。

当然世界からも注目されますし、そこでいい仕事が出来れば、世界中の人が新東京都知事を知ることになります。

世界に名を売る絶好のチャンスですよね。これもまた総理になられた時に生きてくるはずです。

総理大臣は世界を相手にしないといけないからです。

現在、一強といわれている安倍総理でさえ、最初の時は失敗したのです。総理としての経験がなかったからです。

そうであるなら、総理並みといわれている東京都知事としての経験は後で大きく生きてくると思いますし、時期が時期です。(四年後の東京オリンピック)

これ以上、時を得たよいチャンスもないのではないでしょうか。

マァ、これは私が決めることではありませんし、自民党はじめ、ご本人の考えがありますので何ともいえませんが、ただ将来の日本のことを考え(後の総理大臣になられる方です。東京だけではなくもう日本の問題ですから)そのような経験は大きいのではないかと思ったまでです。

ただの冗談ですが、あまり東京都知事が代わられては日本の信用にもかかわってきます。

今度はちゃんとした人を選んでいただきたいものです。

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6月 22 2016

参院選

ずいぶん起き出してきたみたいですが、大丈夫でしょうか?(恐ろしい現象がです。怒るの通り越して引いていますから。どこかの会社の連中です)

何度もいいますが「お前のせい」ではないのです。「助けてください」なのです。その現象の相談に乗れるのは私だけであるからです。

心変わりするのを待つしかありませんが、滅ぼされる前に気づいてほしいものです。(ほんと滅ぼされますよ。そのままだとです)

しかし、九州も大変なことになっています。(今日も大雨になる予報が出ていますが)

特に熊本など激しい雨だけではなく地震まで起きています。(今日の朝、震度4のです)

まだ梅雨はこれからが本番です。それに熊本地震の余震もまだ続くでしょう。このままでは熊本はどれだけひどい被害が出るのか分かったものではありません。

だから私はいっているのです。

寄付など、どれだけしていてもダメだとです。

結局また被害が出たら同じことだからです。(というか、よけい不幸になります。今回の熊本のように、悪いことが起きたところにさらに悪いことが重なるからです)

この被害を止めないといけないのです。それには神に頼らないといけないのです。

いつになったらそれが分かるのでしょう。そういう神のことが理解出来る人がたくさん出てくるまで、この恐ろしい現象は止めようがありません。

早く私のいうことを素直に聞ける人が出て来てくれることを願ってやみません。(こちらも心変わりしてくれる人を持つしかありませんが、何度もいいますが、次々に奇跡が起きているのは私だけなのです。では、私のいうことを聞かないと奇跡は起きないということです)

そのような災いが次々に起きているさなかの今日から、いよいよ参院選が始まります。(今日公示ですよね)

これだけ災いが起きている中、参院選といわれてもあまりピンときませんが(災いの方ばかりに気がいってしまってです)しかし、選挙は選挙で大事です。(おかしな党があまり議員を増やせばよけい災いが起きますから)

投票にはいかないといけないでしょう。

しかし、どちらにしても参院選は今一乗りませんね。衆院選と比べればどうしても話題性に欠けるからです。

というか、私もどちらかといえば一院制派なのです。

とはいえ、単純に参議院をなくせばよいとは思いません。衆議院と参議院を足して二で割ったような一院制でよいのではないかと思うのです。

二院制もいらないでしょう。だって二院制だとなにか選挙ばかりやっている感じがするからです。

参議院の選挙は(半分ずつとはいえ)三年に一度だし、衆議院は四年に一度とはいえ(四年も待たずして)必ずどこかで解散総選挙があります。

二院制では、選挙の準備期間も考えたら、これでは大半が選挙と選挙運動の期間で政策を落ち着いて議論している時間もないと思うからです。

政策を落ち着いて議論できないのであれば、よい政策も出てきません。

だから、例えば、選挙は参議院のような六年に一度にして、そうして衆議院のように解散権もある、そういう一院制にしたらどうかと思うのです。

そうすれば、よい内閣なら長く続けてじっくりよい政策を出してもらえばよいのであるし、悪い内閣であれば早々に退陣してもらえばよい、その両方が出来ると思うからです。

それに選挙までの期間が六年もあれば、その内閣の政策が正しいのか正しくないのかもよく分かりますし(例えば、今回のようにアベノミクスは成功か失敗かもよく分かります。六年もやってアベノミクスは道半ばとはいえないからです)一院制の中に、参議院のような政策の差し戻しが出来る部署もつくればいいのですから、特別二つに分ける必要もないと思うのですが、マァ、一院制がいいかどうかの話はこれくらいにしておきましょう。

もう参院選が始まっているからです。

それにしても、今回の野党の選挙協力には呆れますね。初めてのことっていいますが、それは初めてでしょう。

これだけバカげた選挙協力もないからです。

だって、選挙は協力するけど、政策は一致しないのだから、その選挙の後、野党連合をつくるわけでもなんでもないんですよね。(政策が一致しないのですから野党連合など出来るわけがありません。それに民進党など自分たちの党一つまとめることが出来ないのですから、野党連合などまとめられるわけがありません。〔笑〕)

では、今回の選挙協力は一体何のための選挙協力なのかということです。

ただ野党議員をたくさん当選させるためだけの、ただ与党のじゃまをしたいためだけの選挙協力なのでしょうか?

だとしたら、それではあまりに中身がないのではないでしょうか?

というか、ほとんど迷惑ですよね。そういう選挙協力はです。

だって、仮にその選挙協力がうまくいって与党議員が減り、野党議員が増えたとします。

では、その後の国会運営はどうなるのですか?

野党が増えたといっても、その野党同士では政策が違うので(一つや二つ同じものはあってもです)与党の反対は出来ても、自分たちの政策を通すことは出来ません。

そうして与党議員が減るので、その政策自体がなかなか決まらなくなるのです。

つまり、単に与党議員を減らしたいためだけ、野党議員を増やしたいためだけに選挙協力をするのなら、その後の国会が混乱するだけだということです。

だから、これだけ中身のない策もないのであり、これだけまずい策もないのです。何度もいいますが、この策が仮にうまくいっても、その後の国会が混乱するだけだからです。(ということは日本が混乱するだけということです)

今回の野党の選挙協力は、安保法の反対と憲法改正反対のためだけの選挙協力が見え見えなのであり、その後の日本のことなど考えてはいないのです。

では、そんな野党に票を入れるのでしょうか?

少なくとも、今回の参院選は野党の選挙協力に協力している党には票を入れない方がいいと思います。

その党は日本のことなど考えていないからです。(ということは国民のことを考えていないということです)

ただ「自分たちの意見を通したい」それだけだからです。

どうせ初めてのことをされるのなら、これまで出したことのない驚天動地の政策でも出してほしいものです。(例えば、神と協力しながら政治を行う神権政治とかです)

それが政治家として、一番のやるべきことであるからです。

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6月 21 2016

恩を恩で返す

昨日はどこかのバカ会社がうるさくて書けませんでした。

昨日など最初は静かだったんですが、ブログを書きだすとうるさくします。(その分、今日は朝からやたら怒っていますが…まさに天罰覿面みたいです)

その繰り返しでしたので、それで書くのを諦めて祈りの時間にしたんですが、ずっと祈っていたら途中でやたら怒りだして大騒ぎしているのです。

本当に勝手なものです。私は一方的に祈っているわけではないのにです。そちらが嫌がらせをしてくるから祈っているだけなのにです。

向こうが先に嫌がらせをするから、こちらはこういう悪いことをしている人たちを正しくお導きくださいと祈っているだけなのに、その祈りが悪いというのです。

では、その祈りより先にしている嫌がらせは悪くないのでしょうか?

この辺り、お前が祈るから病気をしていると思っている人も多いようですが、私が祈るより前にそのような人たちは(必ず)私に嫌がらせをしてきているのです。(私から一方的に祈ったことは一度もありません)

では、その嫌がらせは(その悪いことは)本人に返らないのでしょうか?

自分がしている行いはすべて自分自身に返ってきます。

その自分がしている悪いことが、私が祈ることにより少し早く本人に返ってきているだけなのです。

私は人を病気にする祈りなどただの一度もしたことはありません。自分たちが悪いことをしているから自分たちに悪いことが起きるのです。

だいたい、そういう嫌がらせをしてくるすべての人が私に心を救われているのです。それなのに、その自分の心が救われたことには少しも感謝しないで、そのお返しが嫌がらせなのです。

それはどう考えても悪いことでしょう。

恩を仇で返しているからです。

だから、悪いことばかり起きているのですが、それがどうしてもこの辺りの人たちには分からないようです。(どこかの運転手連中もそうなんですが、もう責任転嫁がしみついています。だから絶対自分が悪いとは思わないようです)

しかしそれは、他の地域の人たちも同じでしょう。

昨日、今日などもう列島は大荒れです。

名古屋も先ほどまで激しい雨が降っていましたが、昨日は大雨にヒョウまで降ったところがあり岩手では竜巻まで起きたそうですね。

特に九州は記録的な大雨となっていて、あの熊本地震が起きたばかりの熊本でも凄い集中豪雨となっています。

そうかと思うと関東など逆に水不足で(これもまた記録的なです)もっと雨が降ってくれないと困るのですが、不思議なことにこの大雨が関東の方まで降ることはないのです。(今回の雨も関東の水がめを潤すほどの雨にはなりそうもありませんよね。そちらまで大雨の雲が行きそうもないからです)

こういうことも同じなのです。悪いことが起きていることには変わりがないからです。

こちらで起きていることも、他の地域で起きていることも同じで、決してよいことは起きていません。

なぜでしょうか?なぜこれだけ悪いことばかりが起きるのでしょうか?

多くの人が法を知って心を救われたのに、そのお返しをしようとしないからです。また、その法を逆恨みして嫌がらせばかりしているからです。

法を知るということは、それだけ大きな恩をいただいたことになるのです。(何せ法は、自分だけではなくあらゆるものに影響を与えますから)

その大きな恩をいただいた人に、なぜ少しくらいのお返しが出来ないのですか?(もちろん恩には恩でです)

そういう人として当たり前の行為さえ出来ないでいるから、天も怒るのであり、当たり前の行為を当たり前にするなら、天は奇跡さえ現してくれるのです。

それほど、この法はすべてのものに大きな影響を与えるからです。(このいい方、決して大げさではないと思いますが)

大変な恩をいただいたのに、その恩を恩で返そうとせず、無視しているか、恩を仇で返している人が多いからこういう悪いことばかり起きるのです。

そのような大きな恩には大きな恩で報いなければいけないからです。

その大きな恩に報いようともせず、仇などで返していれば、その罪はより大きくなるからです。

関東でもそうです。熊本でもそうです。法を知った人が法を勉強して(私に協力して)正しく祈るのであれば(東京の人も熊本出身の人も法を知った人の中には何人もいるのですから)関東の水がめがある辺りにはたくさんの雨が降るし、熊本もこんな地震が起きたばかりなのに、また記録的な大雨が降るなどという、こんな悪いことが重なるようなことはないのです。(熊本出身の人で私に悪い感情を持っている人はいませんか?そういう人の心が熊本に災いをもたらしているのです。神の使いを悪く思うということは、すなわち神を悪く思っているのと同じだからです)

もし、私のいうことを素直に聞き行う人が何人かいたならば、それだけでこんな悪いことが重なるようなことは起きないのです。

それはすなわち神に従う人が何人もいるということであるからです。

しかし、私のいうことを素直に聞く人が一人もいないのです。

では、このような悪いことばかりが起きるのも必然であるということです。そのような人たちはみな神に逆らっているのと同じだからです。

計り知れない恩をいただいているのです。では、少しばかり素直になり私のいうことを聞かれてはどうでしょう。

そういう人が増えれば増えるだけ、逆に災いは減って行くからです。

(本当にどれだけひどい目に遭ったら分かりますか?この世のことだけ〔自分のことだけ〕やっていてはいけないのです。神の教えには素直に従わないといけないのです。それが正しい本当の人の道であるからです)

追伸…ナゴヤドームでも勝ったようですが(六勝目ですか)自打球を右足すねに当てたようですね。(大丈夫ですか?)

マァ、それも一つの天罰です。私のいうことを聞かないからそういうことが起きるのです。(ナゴヤドームの時に限ってです)

他の選手でも、よくボールが当たったり、けがなどしている選手がいるようですが、そういう人たちはみなこのブログを知っているはずです。

そうして、奇跡的なことが起きた選手もいるはずです。

ではなぜ、少しも私にお返しをしようとしないのですか?

だからそういうことが起きるのです。報恩の行為をまったくしようとしないからです。

都合のいいことばかり聞いているのではなく、少しは都合の悪いことも聞いたらどうでしょう。

そういう都合の悪いことこそ、本当に自分自身のためになるからです。

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6月 19 2016

神を恐れよ

今日の朝は静かでしたね。(先週は、何かやたら怒っていて朝の六時前からわざわざ出て来てでかい音を立てていましたから)

そういえば昨日もどこかの会社は誰も来ませんでした。珍しいですね。この会社が休みの日に誰も来ないなどです。(しかも二日も続けてです)

いつもは休みの日でも誰か彼か来て(社長か誰か知りませんが)中で何かやっているのに、昨日も今日の朝も人が来ている様子はありませんでした。

よほど仕事が暇なのか、それとも、よほど家の方で立て込んだことが起きているのか知りませんが、本当に珍しいですね。

休日とはいえ、この会社にこれだけ誰も来ないのはです。(こういうことを書くと午後から誰か来るかもしれませんが。〔苦笑〕)

まさか、先週かかっていた、あのたくさんの電話が関係しているのではないでしょうね?

あの電話が仕事ではなく(従業員の人たちの)家からの電話であるなら、さぞ立て込んだことが家の方で起きていると思うからです。(何せ、凄い数の電話がかかってきていましたから)

マァ、よその会社のことをあまり詮索するのもよしましょう。それではただの噂好きのオバちゃんみたいだからです。(笑)

しかし、これほど法の流布をじゃましている人たちもいません。何か悪いことが次々に起きていないか心配ではありますね。

これだけ法の流布をじゃましているということは、これだけ神の心に逆らっている人たちもいないということであるからです。

それどころか、これだけ神の心に逆らう人が家族にいると家族中が不幸になります。だから、あの激しい電話の数が、そういう人たちの家族からの電話であったのではないかと思えるからです。(家族に次々に不幸が起き出した知らせのです)

神の心に逆らっている人たちの不幸は、例えば天変地変などを見ても分かるのです。

大きな天変地変が起きれば、小さな子供も年老いた老人も関係ありません。そういう年や男女の区別なく、災難に遭う人は遭うのです。

しかし、そういう激しい天変地変が起きても奇跡的に助かる人はいます。これもまた年や男女の区別がありません。

どんなに小さな子であろうと、またどれだけ年を取っていようと、死ぬ人は死ぬし、助かる人は助かるのです。

これまでは、このようなことをすべて偶然でかたずけてきました。(あるいは運がよかった、悪かった)しかし、それが間違いのもとであったのです。

こういうことは、偶然ではなくすべて必然であったからです。

つまり、そうなるには(幸、不幸ともにです)そうなるだけの原因がどこかにあったということです。

では、その(生死の境となる)原因はどこにあったのか?

それが心であるということです。

こういう場面で(例えば天変地変など起きた場合など)救われるかどうかの基準は、その人の心にあるのであり、それは天災ばかりでなく、事故とか、病気やけがなども同じなのです。

心の在り方が悪いから、不慮の事故や病気やけがなどするのであり、心がよければ、そういうことが起きないか、起きても奇跡的に助かるということになるのです。(ただし例外もあります。その人の決めて来た人生によっては早く死ななければいけない人もいるからです。そういう人は急に病気で死ぬということはあります)

そう考えるのであれば、今この辺りで(病気などの)災いが急増しているという理由もよく分かるでしょう。(よく聞こえてくるサイレン)

心の在り方が悪い人が多いからこういうことが起きているのです。結局、今この辺りで起こされていることは激しい天変地変と何ら変わりがないのです。

天変地変が起きた時と同じように、病人やけが人がたくさん出ているからです。(結果だけ見たら同じですよね。ただ、家が壊れていないかどうかだけなのですから。激しい天変地変が起きたら人だけでなく、家から何からみなグチャグチャになりますから)

天変地変は自然現象ではありません。神が(天が)その地域の人々の心を観て起こされるのです。

この辺りに起きていることが天変地変と同じであるなら、では、それを一体誰が起こしているのでしょう?(天変地変と同じことが起きているのなら、それは当然、天が起こしているということになります)

また、なんでこの辺りの人たちにそんなことが起こされているのでしょう。

現代の人たちは責任転嫁がしみついています。だからその理由など全然わからないのでしょうが、自分たちが悪いからです。

自分たちが悪いから、これほどの(天変地変に匹敵する)現象をこの辺りの人たちは天から起こされているのです。

しかし、それがよく分からないから、これまでは考えもしていなかったことを(例えば、人を祈って病気にするとかです)平気で考えだして、無理やり責任転嫁しているのです。

今なぜこんなことが起きているのか、その理由がよく分からないからです。

そうして、それが自分たちが悪いから起きているなど考えもしないからです。(責任転嫁がしみついているのと同時に傲慢でもあるからです)

しかし、どう取り繕っても不幸になっているのは、そのような責任転嫁ばかりしている人たちなのです。

自分たちが次々に不幸になっているのに、いつまでも「それはお前のせい」といい続けていて、一体それが何になるのでしょう。

そのような行いは、ただ自分に不幸が訪れるのを待っているだけにすぎないのです。

神を神とも思わず、神を少しも恐れようとしなかった自分たちが悪いのです。

そういう大罪をすでに犯していたから、このようなこと(数々のサイレン)が起きてきたのであり、それは自分たちがあまりに傲慢であったからその罪が分からなかっただけなのです。

そのような神を恐れようとしない傲慢さは、このような状況になっても、誰も神に手を合わせようとしない、神に頭を下げようともしない、そのような態度で分かるのです。

これほどの(激しい天変地変に匹敵するほどの)現象が現れているにもかかわらず、未だ神を神とも思わず、それをすべて人のせいにして怒り狂っている、ちょっと考えられないような傲慢さですが、このような傲慢な行いがすでに罪をつくっているのです。(少しの謙虚さもなくただ傲慢なだけ、心の世界から観たらそれだけでも十分罪となります。増上慢は大きな罪だからです)

そのような傲慢な態度が、このような恐ろしい現象を現されているすべての原因なのです。

いつまで神を恐れようともせず「自分が悪かった、神よどうぞお助けください」と神に手を合わせようともしないのですか?(そんなとろくさいこと出来るか、ですか?そのような考えがすでに神を冒涜しているのです)

私たちは神を恐れ(畏れ)ないといけないのあり、それが神の子の人間として、あるべき当たり前の姿であるのです。

もう少し謙虚になり、神の存在を理解されませんか?

そうすれば、どれだけ神が恐ろしいのか、その恐ろしさも分かるからです。

(その神の恐ろしさが分かって初めて幸せの道がついてくるのです。その神の本当の恐ろしさを知った人から〔それは謙虚に神を思うということにつながりますから〕神が導いてくださるからです)

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6月 18 2016

悪魔の言葉を聞くか、それとも天使の言葉を聞くのか

今日は休みですか…どこかの会社は凄かったですね。今週はです。

何が凄いってあの電話の数です。ジャンジャンかかってきていました。

あれだけかかって来ているのですから、それが仕事の電話であるのなら今日が休みのはずがありません。(あれが仕事の電話であるなら、夜も遅くまで仕事をやるであろうし〔今週は毎日八時前には終わっていました〕今日も朝からガンガンやっているでしょう)

あれだけ電話がかかってきて、それで今日が休み(先週もですんで二週連続です。二週連続で土、日が休みなど、この会社としては珍しいです。よほど暇なのでしょう)では、あのジャンジャンかかってきた電話は何だったのか?ということになります。

一体あの異常な数の電話は何であったのでしょう?(もちろん仕事の電話もあるのでしょうが)

想像の範囲でしかいえませんが、どこかの運転手連中もずいぶん態度を変えた人たちがいます。同じようなことが起き出しているのではないでしょうか?

そのような私に対する態度を変えざるを得ないことがです。

もう悪魔の心を持つ人たちには次々に天罰がくだる世になっています。(正法の世)

では、その悪魔の心を持っている人が仮にいたとしたら(その自覚が本人にあるか、ないかは別にして)その人はその悪魔の心を直さない限り、天罰はいつくだってもおかしくはないということになります。

その天罰が次々にくだり始めたのではないでしょうか。悪魔の心を持つ人があまりに多いからです。

その悪魔の心を持つといえばです。最近凄い奴がいることに気づきました。その凄い奴というのが、なんと中学生なのです。

昨日も会いました。その凄い(のが憑いている)中学生にです。

私は昨日庄内川に行っていたのですが、その帰りのことです。前から四人の男子中学生が歩いて来ました。(一柳の奴ですね)

最近この連中とは庄内川の帰りによく顔を合わせるのです。どうもわざと私が庄内川から帰る時間に合わせて帰ってくるようです。

私に嫌がらせがしたいんでしょう。現に私の近くまで来ると、必ず何かしてくる奴がいるからです。

そうして、そういうことをするから私が祈り始めると、今度はその祈りをバカにします。そういうことを、ここ二、三度続けているのです。(最近は何も起きていないからでしょうか?バカですね。それは反省の期間を与えられているだけで、こういうことをする者が出てくるとまた恐ろしい現象は現れるのです)

この中学生の中に、凄い悪魔を憑けている者がいるのです。(それは凄いですよ。この連中とやりあった後の数時間はげんなりしてしまいます。その悪魔の毒気にあてられてです)

この辺りも悪魔を憑けている人はたくさんいますが、これだけの毒気を出す悪魔はそうはいません。この中学生の中にどうも悪魔の親玉を憑けている者がいるようです。(だから魔王ですね。ここら辺の人が憑けている悪魔は、その手下クラスの阿修羅〔あしゅら〕が多いです)

こういう凄い悪魔を憑けている者がいるなら、少し何か起きなくなれば、それは私の帰る時間に合わせて帰ってきてバカにもして行くでしょう。

魔王は私が憎くて仕方がないからです。(なんせ、悪魔の親玉ですから。それはそれは私のことを憎んでいるでしょう。お前のせいで法が拡がったとです)

悪魔は法が拡がるのを一番嫌います。法が拡がって多くの人の心が変わるなら(神の心にです)悪魔はそのような(心の)人に憑けなくなるからです。

だから、悪魔からすれば法が拡がることは死活問題なのです。(憑く人がいなくなると悪魔は人を使って悪さをすることが出来なくなります。そうすると悪魔の動きは半減されます。それはそれは苦痛でしょうね。悪魔からすれば悪いことが減るくらいの苦痛はないからです)

しかし、すでに中学生で魔王を憑けているなど、よほど性格が悪いのか、それともよほど家庭環境が悪いのか、それは知りませんがとにかく不幸なことには変わりありませんね。

その魔王が後々どんな不幸をもたらすか知れないからです。(こういう中学生連中は先が思いやられます。オイお前ら、後々犯罪を犯すなよ)

しかし、こういう悪魔を憑けていては、もうよいことが起きないのです。そのような世の中にすでになっているからです。

このような悪魔連中の毒気にあてられて家まで帰ってくると、今度はどこかの会社の横の会社がまたやたら怒っていました。

ガンガンやってくるので「また何か起きたのか」と聞くとビクッとした者がいました。この会社、また何か起きたようです。(今週二度目ですが…)

どうもそこらじゅうで天罰がくだり始めたようで、それで悪魔たちも黙っていられないのではないでしょうか。

とにかく今週に入り、少なくともこの近くでは、次々に天罰がくだり始めたようです。(耳元で何か聞こえる人たち〔この辺り多いのですが〕本当に反省しないとやばいです)

天罰がくだっている時の対処の仕方は皆さんご存知であると思います。(罰が当たっているのですから、自分が反省するしかありません)

天罰をいつまでも人のせい(私のせい)にしていたところで、その天罰は止まりません。

これだけの天罰がくだり始めたのです。もう反省するしかないのではないでしょうか。

この天罰は正法の世が深まれば深まるだけ増えてくると思うからです。(ということは、この先もっと天罰は増えるということになります)

悪魔を憑けたままなら、いずれは天罰を受けなければいけなくなります。しかし、反省するならその天罰は受けなくてもよくなるでしょう。

なぜなら反省すれば心から光が出てきます。そうすれば自然とその悪魔は離れていくからです。

その心から出る神の光がその人を守るからです。(心から光が出てくると悪魔はその人に憑けなくなります)

反省が遅れれば遅れるだけ、自分に天罰がくだる確率も高くなります。

その天罰が尋常じゃないくらいくだり始めたようですが、それなのにいつまでも悪魔の言葉に騙されていてよいのでしょうか。(そういう人は悪いことしか起きていないように思うのですが…)

光の天使のいうことを聞いている人には次々に奇跡が起きているというのにです。

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