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5月 18 2016

素直さ

相変わらず朝からうるさいのですが、そういう進歩のない傲慢な連中はほっときまして、昨日は尾頭橋から日比野、松葉公園の辺りにかけて営業(辻説法)をしてきました。

最近は嫌がらせが激減しましたね。

嫌がらせをしてきそうな人には、先に恩着せがましい話をしているからです。(恩着せがましいと書いていますが、それくらいのことはしていますからね)

そういう話を聞くと、嫌がらせをしようとしてもなかなか出来なくなるようです。やはり良心が痛むのでしょう。(それでもしてくる人はしてきますが少ないです。そういう哀れな、地獄に直行しそうな人もです…この辺りはそういう人が多いようですが。〔苦笑〕)

あちこちで辻説法をしているといろんな人がいますよ。それはそれで面白いのですが、昨日も面白い爺ちゃんがいました。

前から歩いてきたその爺ちゃんは、私の顔を見ると、とたんにムッとして足を引きずり始めました。(こういう人が多いのです。私の顔を見ると急に足が悪くなる人がです。〔苦笑〕)

それで私がその爺ちゃんに向かい「爺ちゃん、あの世があると分かってよかったな。それ誰に教えてもらった」と声をかけました。

するとその爺ちゃんはビクッとします。

それから立て続けに、その爺ちゃんに辻説法をすると、最初ビクッとした爺ちゃんが次には「エッ」という顔になり目が泳いでいます。(笑)

その爺ちゃんは私の辻説法を聞いているうちに、鬼の形相から戸惑いの表情に変わり、私とすれ違う頃には愛想笑いを浮かべ、すれ違った後、私が振り返ると、その爺ちゃんは私に向かってぺこりと頭を下げたのです。

それを見て私が「そうそう、爺ちゃん、そうやって感謝しないといけない。俺にずいぶん心を救われているんだからな。皆さん、この爺ちゃんのように素直に感謝すれば天上界に行けますよ。少しは見習ってください」といっていると、少し離れたところにいたオバちゃんやオジちゃんが下を向いていやらしそうでした。(笑)

最近は頭を下げる年寄りが増えたといえば増えたのですが、はじめて私の辻説法を聞いて、こうも素直な態度を取る年寄りもそうはいません。

中には頑固な人もいて、私が何を話してもお前が悪いという態度を変えない人もいるのです。

同じ年寄りでも(年寄りは頑固な人が多いですから)ずいぶん心が違うのだな、と改めて思いました。

このようなところでも確実に地獄に堕ちる人と、そうでない人の差が分かります。

どれだけ年を取っても(その爺ちゃんは年の頃なら八十くらいの人ではないかと思います)素直な人は素直のようです。

そういう素直な年寄りもいたかと思うと、子供を二人くらい連れたある母親は頑固でした。(年は三十前後くらいだったと思いますが)

そのオバちゃんは、私が歩いていると急に「ゴホゴホ」せき込むので、また辻説法を始めました。

しかし、その人は頑として私のいうことを認めようとしませんでした。

私が何をいっても無視して子供らと遊んでいます。しかし、私が辻説法を続けていると、ところどころで体がビクッ、ビクッとしています。(ということは、私の辻説法に心が動かされているということです)

それでも態度を変えようとしません。私が近くで話しているのに無視です。

それで最後に「オイオイ、自分が悪いと分かっているのに素直に頭を下げようともしないのか。それでどうやって子供に教育するんだ。お前ら(それは子供に向かっていったのですが)親から『自分が悪いと分かったら素直に謝りなさい』などといわれたら『お前が先にせえ』といってやれよ」と捨て台詞(すてぜりふ)を残して歩いて行きました。

親の面目丸つぶれでしょうが、子供であろうとなんであろうと、私は利用出来るものはすべて利用します。その我の強さを早く自覚しないと不幸になるからです。(特に現在はです。これだけ多くの神の業が現れだしているからです)

こういう母親もひどいのですが、そういう母親に育てられているからかどうなのかは知りませんが、最近の小学生もひどいものです。素直に謝ろうともしないからです。

昨日も歩いていると、何かしてきた小学生がいたので「何だお前、親や学校の先生にも教えてもらえないようなことを俺に教えてもらったのに、感謝も出来ないのか」というと、その小学生は急に顔が引きつりました。

「知らないことをいろいろ教えられ、散々心を救ってもらった者に嫌がらせしてんのか。そういう時は感謝しろと教えてもらっていないのか」と私が話していると、なんとその小学生は急に逃げだしたのです。

「何だお前、自分が悪いのに謝りもしないで逃げるのか」と声をかけましたが、一目散に走って行きます。

まったく呆れましたね。

自分の親よりも年が上かもしれない者に嫌がらせをしておきながら(しかもその者にいろいろ教えられてもいるのにです)それを注意されても謝らないどころか逃げて行く、こういう小学生も多いのです。(バカにする奴も多いのですが…それでも最近は減りましたかね)

本当に最近は素直な人が少なくなりました。自分が悪いと分かってもすぐに謝るということをしないのです。(感謝もしなければ謝ろうともしない、これでは恐ろしい現象がたくさん現れてくるわけです)

そう考えると、素直さに年は関係ないのかなとも思えます。

最初の年寄りのように、自分が悪いと分かり、すぐに態度を変えて頭を下げる人もいれば、どれだけ自分が悪いと分かっても態度を変えない若い人もいる(先ほどの子連れの母親などそうですが)自分が悪いと分かったら逃げだす小学生までいるのです。

本当に人それぞれで年は関係ないと改めて思います。

しかし、年を取っても素直な人は幸いでしょう。その人は必ず救われるからです。(そういう素直な心が神に通じているからです)

素直さなど、現代の多くの人が忘れてしまった心の一つなのではないでしょうか。

しかし、そのような忘れてはならない大事な心を(他にはいつも書いている、愛、慈悲、調和などそうですが)多くの人が忘れてしまったため、いま様々な災いが現れているのです。(そのような心を思いださせるためにです)

忘れてはいけないことは、どれだけ年を取っても忘れてはならないのです。

その忘れてはならない心が、最後は自分を救うからです。

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5月 17 2016

自分で気づく大事さ

何かキレ方が尋常じゃないんですが、本当に大丈夫でしょうか?(段々ひどくなるんですけど)

ここ数日は本当に変です。(前から変でしたが前以上に様子がおかしいのです…だからブログの書きだしはここんとこどこかの会社ばかりです)

もし、前以上のやばい現象が起き出したのなら、自分たちのやっていることを早く反省し(自分たちが人に嫌がらせを繰り返しているからそうなるんですから)神に頭を下げた方がいいでしょう。(ということは、私のところに相談に来た方がいいということです)

そうしないと、その現象は激しくはなっても止まることはないからです。

他のところは大丈夫ですか?(ずいぶんおとなしくなったところもあるようですが)もし、かなり危ない現象が現れているのなら、もう無理はしない方がいいでしょう。(やせ我慢しても危ないだけです。そのままだと次々に地獄に落とされますよ)

無理をすればするだけ恐ろしい現象が現れてくるからです。

いい加減、神を意識されたらどうでしょう。神はそれほど恐ろしい存在であるからです。

だから私は神を一としなければいけないと常々いっているのです。

神は愛と慈悲の塊ではありますが、その反面です。その愛と慈悲が分からない人たちには、それを気づかせるため恐ろしい現象も現すのです。

天変地変がいい例ですが、その天変地変といえばです。

昨日関東にも大きな地震が起こりました。(茨木で震度5ですか)

熊本地震があったばかりです。嫌な感じはしますよね。(まだこれから震度5以上の本震があるかもしれないですから)

東京も都知事の心があまりよろしくなさそうです。そうなると大きな地震が起きても何も不思議ではないからです。(いわんこっちゃないという感じですね)

別に脅しているわけではありません。

神の運動を(気づいている人も多いのに)やろうともしないし、都知事の心と行いもあまりよろしくない、こういうことが重なると危ないですよと警告しているだけです。

名古屋は名古屋でやばいことが起きています。本当に気をつけてください。(マァ、どこも同じなんですけどね)

しかし(本当に何度もいいますが)奇跡が起きているのは私だけなのです。

その奇跡が起きている者のいうことを、いつまでも聞こうとしなくて本当にいいのですか?

災いが起きている人のいうことをいくら聞いても災いしか起きて来ないのです。(もしかしたら、その人、悪魔に憑かれているかもしれないからです。悪魔のいうことなど聞いていれば百パーセント不幸になります)

奇跡が起きている者のいうことを聞くから奇跡が起きてくるのであり、その奇跡が起きている者を未だ疑っている人も(というか、完全に悪魔だと思っている人も)多いのですが、その者がもし一方で善行を行い、一方で悪いことを行っていたとしたら、そんな者に釈尊やキリストと同じ奇跡など起きないのです。

どれだけよいことをしている者でも、一方で悪いことをしているのなら、そのような者に天は奇跡など現さないからです。

それは悪魔の所業でしかないからです。(どれだけ多くの人の心を救っても、一方で多くの人を病気にしているのなら、その者は悪魔です。では、そんな悪魔に〔鳥や魚が寄ってくるような〕釈尊やキリストと同じ奇跡を天が現すはずがないのです)

釈尊やキリストはよいことだけをされたのであり、だから天が愛ある奇跡を現されたのであり、そうであるなら、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きている者は、釈尊やキリストと同じような善行しか行っていないから、同じ奇跡が起きているのあり、その釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているということこそが、その者の善人さを現している何よりの証拠なのです。

私が人を病気にしている、不幸にしているなどという話は、悪魔が私に自分たちの罪をかぶせているだけのただのでっち上げであり、そのような人たちが病気や不幸になったのは私のせいではなく、皆その人たち自身のせいなのです。

悪魔はとにかく、自分たちの罪を認めないよう認めないよう誘導します。(すべて責任転嫁です)

そうして都合のいいことしかいわないのです。自分たちは何も悪くない、悪いのはすべてあいつであるなどとです。

しかし、そういう理屈がありえるでしょうか?

片方はよくて片方だけが一方的に悪いなどという理屈がです。

そういう理屈は、子供の屁理屈のようで、ちょっと考えにくいのですが(必ず自分たちにもどこか悪い部分はあるはずだからです)そういう一方的な話を多くの人に平気でするのです。

自分たちの罪をまったく認めようとせず、すべて責任転嫁する、そういう人こそ悪魔に支配されている人なのです。

しかし、そういう人の話を、もうまともに聞いていてはいけないのです。

よく考えてみてください。

先の東日本大震災でも最近起きた熊本地震でもそうです。

罪もない(と思われている)人たちがたくさん亡くなっているのです。

あれは天災だから仕方がないと、多くの人たちはいうでしょう。しかし、私を知っている人たちはその言い訳は通用しません。

なぜなら、私を知っている人たちは、そのような天変地変も人の意識で起こせるとすでに知っているからです。

人の意識で起こせるのなら天の意識でも当然起こせるはずです。ではなぜ、あのような大災害を天は起こされたのでしょう。

なぜ(現在に至るもですが)これだけ多くの人が不幸になるよう、天はし向けているのでしょう。

このような大災害を知れば分かるのです。自分たちにまったく罪がない(悪いところがない)などということはないとです。

それどころか、これほどの大災害を立て続けに起こされているのです。自分たちにも相当悪いところがあるから、これほどの大災害が起こされているのであり、では、その悪いところはどこなのか?

それを反省しないといけないのです。

自分たちに悪いところがなければ、自分たちに悪いことが起きることはないのです。

釈尊やキリストに悪いことなど起きませんでした。あのような偉大な方々は悪いところがなかったからです。

こういうことでも、自分たちに起きている悪いことを人のせいにしている愚かさが分かるのです。

もし、自分に悪いところがなければ自分に悪いことは絶対に起きません。(釈尊やキリスト同様です)

自分に悪いところがあるから、自分に悪いことが起きるのであり、だから、その悪いところを(自分で気づいて)反省しないと恐ろし現象は収まらないのです。

未だ(どこかの会社のように)悪いことを私のせいにし続け嫌がらせを繰り返している人もたくさんいますが、その反面、頭を下げていく人も増えました。

そのような人たちは、自分も悪いと気づいたからです。

その気づきから救いは始まります。

いつまでも気づこうとしないから救われないのです。

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5月 16 2016

愛を出す大事さ

今日も朝から激しくお怒りです。(そりゃそうでしょう。わざわざ日曜日まで嫌がらせをしにくるくらいですから)

まだ神に頭を下げる気にならないようです。(ほんと傲慢です)

もう私を見て頭を下げる人も増えてきました。

何度もいいますが、奇跡が起きているのは私だけなのです。少しは私のいうことを聞いて反省されてはどうでしょう。そうすれば(災いどころか)奇跡も起きてくるからです。

その奇跡といえばです。

去年はあれ程の奇跡が次々に起きたのに今年はどうしたのでしょう。奇跡どころか、去年より成績が落ちている(それも著しくです)選手までいるではないですか。

ずいぶん寂しい話です。(それは法の実践を行っていないということですから)

あの百六十キロピッチャーもどうしたのでしょう?

調子が悪いのは肉体改造の代償?などと書かれていますが(書く方も大変ですね。いろいろ理由を見つけて原因を書かなくてはいけないからです。〔苦笑〕)去年最多勝まで取り、今年も百六十キロ以上の球をバンバン投げているのです。

それだけのピッチャーが勝てないのですから、調子が悪いのは、そういう技術、体力面ではないでしょう。

明らかにツキがないのです。だから勝てないのです。

では、なぜ(こうも)ツキがなくなったのか?

それは書かなくてもお分かりであると思います。あのゴリラのようにごつい選手にもいっておいてください。(それだけ馬力があるということです。あしからず。〔笑〕)

去年のような奇跡を起こしたいのであれば私に協力することです。(あなたたちは特に縁が深いのですから)

そうすれば、その心と行いに応じた奇跡がまた起きてくるからです。(あなたたちに奇跡が起きたらゾッとするでしょうね。他の選手たちは。〔笑〕)

私のいうことを誰も聞こうとしないから、これだけ災いが起きているのです。

何で奇跡が起きている者のいうことを聞こうとしないのですか?だから、不幸な人が次々に出てくるのです。

そのように気づいている人たちが、神の運動にいつまでたっても協力しようとしないからです。

現在の日本にこれだけの災いが起きているのも、そのような人たちの不徳の致すところなのです。(気づいても神の運動をじゃまする人しかいないというのですから、どれだけ不徳なのか分かりません。本当に罰当たりな人たちばかりです。だから罰が当たるのです)

我ばかり出したり、自分たちのことばかりしているのではなく、もっと愛を出さないといけないのです。

ところが多くの人が、何か起きてはじめて愛を出しています。

それでは遅いのです。(出さないよりはいいという程度です)

そういう(天変地変などが)起きる前に愛を出さないといけないのです。

多くの人が少しでも周りに愛を出し続けているのなら、そのような(激しい)天変地変は起きないからです。

また起きたとしても、小規模な被害で収まるからです。(そのような愛の心を出していない人たち〔マァ、私の周りにいる人たちなどそうなんですが〕のところなどに起きる災いは限定されるからです)

現在は、あまりに多くの人が(普段から)愛を出していないから、災いばかりが起きるのであり、もっと愛を出す人が増えるなら、このような災いは起きなくなるのです。

最近の私は歩いているとそこらじゅうで鳥が騒ぎます。よくこちらに飛んでもきますし、段々起きる奇跡が大きくなっているようです。(それは周りに起きている災いでもよく分かりますけどね。いま大きな祈りをしたら、どれだけ大きな現象が現れるか分かりませんね。一度試してみましょうか?…ハハ、何てね、もちろん冗談です。〔苦笑〕)

私に起きている奇跡が段々大きくなっているのは、それだけ善行を行っているからです。

毎日のように法の流布を行い(ブログ)多くの人の間違いを正しているのです。(辻説法や祈りなどしてです)

しかも無償でです。(たしか今年に入って誰からも寄付をもらっていませんから、これだけの善行を無償で行っているのと同じです。しかもじゃまをされまくっているのに、それに負けずにです。お金ももらわず、どんな困難にも負けず、ただ一心に法の流布を続けている、私は一体どれくらいの善行を行っているのか分からないくらいですね。〔笑〕)

これでは奇跡も大きくなるでしょう。

また仮に私と同じことをしている人がいたとしても(例えば坊さんとかです)間違った信仰でそれをしていてもダメなのです。

間違った教えをいくら流布しても間違った考えの人が増えるだけだからです。

だから、そのような人たちに奇跡が起きないのであり(私と似たようなことをしている人もいると思いますから)正しい教えを流布して、はじめて善行を行ったことになるのです。(だから、間違った教えを流布している人たちは逆に悪行を行っているということになるのです。間違った教えをどれだけ知っても不幸になる人が増えるだけだからです)

その私がしている善行を、天は知っているから(人は見ていなくても天は必ず観ていますから)私に起きる奇跡が大きくなっているのであり、私の善行をじゃまする人たちに起きる災いもひどくなっているのです。

そのような悪いこともすべて天は観ているからです。

自分でいうのも何ですが、少しは私を見習ってはどうでしょう。そうすれば、私と同じ奇跡が起きてくるからです。

そういう人が増えれば、もちろん災いは減ります。

この災いを減らすためには、もっと愛を出す人を増やさないといけないのです。

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5月 15 2016

無為、無策

しかし、何やってんでしょう。

今日など朝六時半くらいからガチャガチャやって、でかい音を立てていました。(どこかの会社です)

ここ数日様子がおかしかったのですが、今日は日曜日なのに、わざわざ出て来て朝から嫌がらせをしています。頭がおかしいのではないでしょうか。(それではまた今日も何か起きるでしょう。神の業に休日は関係ありませんから。本当に哀れなものです)

よほどのことが起きているんでしょうが、何で同じことを繰り返しているのでしょう。(怒って嫌がらせをしているだけです)

無為、無策では身を滅ぼすだけです。何か他のやり方を考えてはどうでしょうか。(恐ろしいことばかり起きているのなら神様、仏様に頼ってはどうでしょう。それ以外で救われる道はないからです。しかし、偽の神様、仏様に頼っても救われません。〔巷は偽物が多いですから〕この教えに帰依されたらどうでしょう。本当に救われたいのであれば、それしか道はないからです…他の皆さんもそれは同じですが、本当に大丈夫ですか?奇跡が起きているのは私だけなんですが…)

しかし、一般人が無為、無策であっても身を滅ぼすだけですが(おいおい。〔汗〕)政治家が無為、無策だと国を滅ぼします。

どこかの野党第一党が支持率が増えないというのもそれが理由でしょう。

あの党は、ただ安倍政権に反対しているだけで何も対案を出さないのです。同じ反対するにせよ共産党はまだ政策があります。(まともな政策かどうかは別にしてです)

だから、最近は反自民の票が共産党に集まっているのでしょう。

策を出せないのであれば、解党した方がいいのではないでしょうか。そんな党は何も国民のためにならないからです。(世を惑わすだけです)

特にこれからは、世界の混乱期に入ると思います。しっかりした政策がない政党など百害あって一利なしなのです。

アメリカの大統領が次に誰がなったとしても、アメリカの世界に対する求心力が弱まるのはもう目に見えているのです。(どちらの方が大統領になろうと、世界に対するアメリカの影響力は弱まって行くでしょう。どちらの方も、アメリカを世界の警察に戻す気などサラサラないと思うからです)

では、策もなしに日本はこれからどうするのですか?

これまでも大して変わらなかったのだから、これからも大して変わらないだろうと、高をくくって何もしなくてよいというのでしょうか。

先ほども書きましたが、一般人はそれでもよいのでしょうが、政治家がそれでは困ります。

政治家がそれでは、世界情勢が変わった時に国が対応出来ないからです。(そうなると大きく国益を損ねますから)

この日本の周辺だけ見ても、アメリカの影響力が段々薄れてくれば、中国は必ず手を広げてくるのです。(すでに広げていますが。南シナ海がそのよい例です)

その中国を一国では抑えようがないから、安倍総理は地球儀外交を行い、世界の国々と手を結んでいるのでしょう。

アメリカの求心力がこれから落ちることは明らかなのです。では、それに変わる策は当然必要なのです。(平和、平和といっているだけでは平和にならないからです)

安保法案も、その一つの策ではありますが、これだけでは全然足りません。

何をやるにせよ、アメリカが中心ということは変わりませんが、そのアメリカを中心として、他国とも連携を深め、そうして中国だけではなく、北朝鮮やロシアなど他国の暴走も止めないといけないのです。

そのために、安倍総理がされている地球儀外交(合従連衡〔がっしょうれんこう〕ですよね)は非常に意味があることであり、これくらいの策は出してもらわなければ、日本は危ないのです。

このような策であるならば、例えば、中国を抑えるのに、ロシアやインドなどという大国の力を借りることも出来ますし、あるいは北朝鮮もあります。(北朝鮮は劇薬ですが、それはどこの国にとっても同じだからです)

他のアジアの国々はもちろんですが、ヨーロッパやアフリカの国々などとも手を組めるのです。

いわゆる三すくみのような外交も可能であるということです。(あっちの国をけん制するにはこっちの国を。こっちの国をけん制するにはあっちの国を、という感じでです。アメリカを中心とした三すくみ外交です)

これ以上の外交はないのではないでしょうか。(戦争をしないためのです)

そうして安倍総理はこのような世界の国々と、経済の方でも手を結ぼうとしているのです。

では、景気の回復の手段の一つでもありますし、中国などはもう早くから、そのような国々と経済の面でも結びつきが強いのかもしれませんが、中国の製品と日本の製品では物が違いますし、安かろう悪かろうの中国は、そのような金や物だけで徳がありません。(とにかく威張り散らしているそうですから)

では、少々時間はかかるかもしれませんが、その弱点をついて、日本が経済の面でも、そのような国々に手を広げることは十分可能であるのです。(安倍総理など、少し謙虚すぎるのではないかと思えるくらい謙虚です。他国に対し、もう少し堂々としてほしいくらいですが〔笑〕日本人のトップの方からしてそうなのですから、日本の人々はそういう謙虚な人が多いのです。それに正直な人も多い、そこが中国人と日本人の大きな違いなのです。〔別に中国人が威張っていて人を騙す人ばかりとはいいませんが〕では、その違いを経済にも生かすべきでしょう)

とにかく、日本の安全保障から経済から広がる可能性が高いのが安倍総理がされている地球儀外交であり、これほどの策が出ていても、まだ足りないくらいなのです。(まだまだ、日本の安全保障は完全とはいえませんし、景気もよくなっていませんから)

では、そんな策を持ち合わせていない党が一体何をしようというのでしょうか?どう考えても口だけです。(どこかの都知事じゃありませんが)

これからは、これまで以上の世界の混乱期に入ります。

その現実は現実として受け止め、どうしたらいいのかを私たち一人一人が考えないといけない、そのような時が来ています。

今度の衆参ダブル選挙は選ぶ党を間違えてはならないのです。(勝手にダブル選挙と決めていますが。〔笑〕)

追伸…なんか今回のブログ、民進党に対する愚痴のようなブログになってしまいました。あの党、何やってんだろうとしか思えないからです。(各議員が勝手なことをいっているだけでです)

党が合流して名前が変わっても、未だに政策を出そうともしない、本当にこの党、大丈夫なんでしょうか?

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5月 14 2016

衆参ダブル選挙

本当に異様な雰囲気ですね。

もし何かおかしなことが起きているのなら相談に来てください。私は一応アドバイザーですから。(ハハ、誰も来ませんか。〔苦笑〕)

何かやばそうですから、異様な雰囲気の人たちはそっとしておいて話題を変えますが、何ですか昨日の都知事の会見は。(ほんと、まじめにやれよといいたくなりますね)

あれで納得する人はいないでしょう。(都民や国民なめてますね)都庁に抗議の電話やメールが殺到しているそうですが、そうなるでしょうね。

あれでは精査していたのではなく、言い訳を考えていたとしか思えないからです。

まだ都知事を続けられるそうですが、もう長くは持たないでしょう。あんな会見だけでは都民や国民だけでなく、都議会やメディアも黙ってはいないと思うからです。

それにしても忙しいですね。

これからサミットもあるというのに、その後の衆参ダブル選挙は確実です。それに都知事選まで加わるとなると東京は大忙しですね。

全部同時にやったらどうでしょう。(東京はトリプル選挙になりますね)その方が手間もかからず早いと思うからです。(愛知県や名古屋市もやりますか。衆参に合わせてまた知事と市長のダブル選挙か何かをです。もうお祭りですから。〔?〕)

マァ、勝手な予想を書いていますが、そんなに外れないかもしれませんよ。何せ、状況が状況だからです。

だって、都知事の問題がこれで終わるとは思えませんし、衆参ダブルはされるんじゃないですか、この先の情勢を見ればです。

サミットという追い風もありますし、消費税の問題もあります。

それに一番気にかかるのはアメリカです。

誰が大統領になるかで日本の対応はまったく変わってきます。(何せ一方の方がなられると日米同盟まで危うくなるかもしれませんから)

アメリカの大統領選はまったく分からない状況になってきています。(支持率、競ってきたそうですから)

アメリカの大統領が誰になるのか分からないのだし(また、今回は特になる人で大きく対応が違ってくるかもしれないのですから)新大統領が決まってから、日本で衆院選をやってバタバタして対応が遅れるようでは、それこそ日本が危なくなります。

当然、アメリカの新大統領が決まる前に、どのようにも対応が出来るよう安定政権はつくっておかねばなりません。

だから、衆参ダブル選挙は行うと思うのです。その後のことを安倍総理は当然考えていられるからです。(というより、後のことの方がよほど大事です)

マァ、アメリカの大統領選を理由に解散を行うことはないでしょうが、選挙期間でそれをにおわす発言はされると思います。

何せ、野党はアメリカの大統領がどうなるかも分からないのに、日本の守りなどそっちのけにして「安保法案を廃案にしよう」と叫んでいるところが多いからです。(まったく先のことを考えているんでしょうか?本当に無責任です。そういう野党は〔どこかの学生と同じ〕書生論を平気でいっているからです)

また得意のすり替えで「熊本地震が起きたばかりなのに選挙などしている場合か」などと発言する党もいるのでしょうが、そんなきれいごとをいっている場合ではないのです。

アメリカの大統領次第で、世界が大混乱を起こすかもしれないからです。(世界が混乱したら、それこそ熊本の復興どころではなくなります)

また、そうならないにせよ、最悪の状況は考えないといけません。そういうことすべてに対応できる安定した政権が必要なのです。

批判しているだけの(なんの対案も出そうとしない)そんな先のことも世界のことも全然考えない党に(特にこれからの数年は)日本を任せるわけにはいかないのです。

世界が混乱しても、日本は混乱せず、また(熊本だけではなく)復興も確実に行える、それをするためには、少々復興を遅らせてでも選挙を先にして、安定した政権をつくっておかねばいけないのです。

そういうことは当然安倍総理は分かっていられます。だから衆参ダブル選挙は確実にあるといっているのです。

しかし、こういう諸々のことを考えるならです。

今度の衆参ダブル選挙ほど大事な選挙もないと思います。日本の復興もそうですが、この先、世界情勢が一変するかもしれないからです。

そのような世界情勢まで読めて、そうして対応できる、今度の選挙はそういう政党を選ばないと、下手すれば日本は大混乱に陥るかもしれません。

だから、今度の衆参ダブル選挙ほど大事な選挙はないといっているのです。

今度の衆参ダブル選は(東京は都知事選もやるかもしれませんが)私たち有権者にとって、そうして日本にとって、これまでで一番大事な選挙といっても過言ではありません。

それを心して選挙に行かねばならないのです。

(完全にダブル選と決めつけて書きましたけど、シロウトの意見とはいえ、そんなにあさっての意見でもないですよね。十分考えられる話ではないでしょうか。というか、誰もが真剣に考えておかねばいけないことなのではないでしょうか。何度もいいますが、今度のアメリカの大統領選で大きく世界が変わるかもしれないからです)

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