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5月 03 2016

進歩

今日からしばらくは(三日ほどでしょうか)多少は静かでしょう。(苦笑)

しかし、他の連中が(多分)ところどころでじゃまして来るのでしょうが、そういう人たちに限ってこのブログを読んでいるのです。

このブログを読み、知らないことを教えられ心まで救われているのに、それには少しも感謝せず、ブログを書くのを平気でじゃましている、本当に勝手なものです。(というか、どういう神経をしているのでしょう?)

そういうことをしているから天罰を食らうのですが、それがいつまでたっても分からない(悪いことはみな私のせいですから)本当に哀れで進歩がない人たちです。

そういう哀れで進歩のない人たちの話はこれくらいにしておいて、進歩がないといえばです。

今日は憲法記念日です。

この憲法が出来て、すでに七十年もたつのに中身をまったく変えようとしない、これもまた進歩のない話なのではないでしょうか。

ずいぶん改憲か護憲かで議論も盛り上がって来ているようです。

せっかくここまで盛り上がっているのです。改憲をまったく考えないのではなく少々の議論くらいはしてもいいのではないでしょうか。(というか、するべきではないですか、先ほども書きましたが、もう憲法が出来て七十年もたつからです)

改憲というと、護憲派の人たちはすぐに戦争が出来る国にしてはいけない、と叫びますが(ほとんど病気ですね。〔笑〕)特別九条だけではなく、せっかく自民党が対案を出しているのです。

では、憲法全体を見て、今の憲法と自民党が出している憲法を比べ、意見を出し合ってはどうでしょう。

そうすれば、もっとよい憲法が出来ると思うからです。

平和、平和といくら口で唱えても、日本の周辺事態は刻々と変わっているのです。

それにアメリカの大統領が代わることも決まっています。

今のままでいいといっている人たちは、では、次のアメリカの大統領が日本をしっかり守ってくれなかったらどうするのですか?(その可能性の方が高いのですが。〔汗〕)

どれだけ口だけで平和を唱えても、日本の周りには不穏な国々がいくらでもあるのです。何か手を打たなければその平和は守れないのです。

では、憲法を変えて、守りを固めるのは当然のことなのではないでしょうか。(例えば、軍国主義の復活とか、そういう悪いイメージをいつまでも引きずっていてはいけないのです。そういうイメージをいつまでも引きずっているから逆に平和にならないのです。そういう悪い心は捨てないといけないのです。自衛隊の人たちが日本を守ってくれている、そのようなよいイメージを持たないと日本も守られないからです)

このような安全保障だけではなく、もう少し現実を見て、それに即した憲法にしなければいけないのではないでしょうか。

何でもそうですが、時代が変われば、それに合わせて変えなければいけないものはたくさんあるからです。

これほどの災いが日本にも現れているのです。この災いは、憲法から思想からあらゆるものを変えないと、そう簡単には収まりません。(日本の人々の心と行いが悪いから〔しかも相当です〕これだけの災いが起きているからです)

では、憲法も変えるべきでしょう。七十年も前の憲法では(明らかに)時代に合わないからです。(今の憲法は自由と平等に偏りすぎています。それで愛とか秩序がなくなってきているのです)

何でもそうですが中道でないといけません。憲法も愛や平和、自由や平等、秩序などがバランスよく書かれている中道のものでないといけないのです。

そういう憲法をつくってはどうでしょう。

今の憲法のままでは、日本の安全保障から秩序から何から何まで不安なところがいくつもあるからです。

口だけではダメ、災いが起きているようではもっとダメ、奇跡が起きて来ないといけないのです。

そういう(心の)レベルの時代になったからです。

では、その時代に合わせた憲法に変えるべきでしょう。そうしなければ私たち日本人も進歩しないからです。

後退しているのでは話になりませんが、同じところにいるのもダメなのです。私たちは常に進歩しないといけないからです。(それが心の向上です)

常に進歩しなければいけない私たちが、七十年も前の憲法のもとで進歩して行くのでしょうか?

そんな古い憲法のもとでは、私たちの成長の妨(さまた)げにはなっても、決して進歩はしないということです。

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5月 02 2016

発想の転換

しかし、朝からにぎやかです。(苦笑)

どこかのバカ会社の連中、朝からドンドンガンガン大騒ぎです。

それで今日もブログを書くのは無理だなと思っていたら、なんと前のバカ会社、休みのようなのです。(いま見たら窓が全部しまって電気もついていません)

休みなのに、二、三の人間がわざわざ会社に出て来て、朝からドンドンガンガンやっていたというのですから驚きます。(アホですね)よほど何か起きているのでしょう。(本当にゴールデンウイーク中に潰されますね)

哀れなものです。自分たちが天罰を食らいまくっているというのに、それを人のせいにして怒っているだけだからです。(それではよけい天罰を食らうでしょう)

こういう(八つ当たりばかりしている)人たちがこの辺りは多いのですが、何度もいいますが、もうそういうこと(天罰)は全国的に起きているのです。

地震雷火事親父こういう怖いことが(最近親父は怖くなくなりましたが)異常なほどの頻度で起こり、それ以外でも(インフルエンザ、ノロウイルス、はしか、デング熱などの)様々な疫病が流行り、多くの人が亡くなっている(浜松など)こういう現象は、神に逆らう人があまりに多いと起こされる天罰の典型的な例であり、歴史を振り返るなら、過去に何度も起こされていることなのです。

なぜ、こういうことが起きて来たのか?

それは自分の胸に手を当てて考えてみればすぐに分かることなのです。

無神論がその最たるものですが、そればかりではなく、昔では考えられないような愛のない行為を今の人たちは普通にしているからです。(そういう愛のない行為も天罰を食らう一つの理由なのです)

先ほどの朝からドンドンガンガンやることもそうでしょう。(周りのことなどまったく考えていません。自分の感情だけです)そうして保育園をつくるな、などというあのような行為も、その愛のなさがよく分かる出来事なのです。

風俗などの、公序良俗に反するものをつくるのに反対しているというのならまだ話も分かりますが、小さな子供の学びの場である保育園をつくるのに多くの人が反対しているのです。(何せ、全国的にそうらしいですから)

これでは話にならないでしょう。

なぜなら、すべての人は(それこそどんな年を取っている人でもです)そのような場で様々なことを学んだのであり、また、そのような場で学んだ子供たちが将来の日本を背負っていくのです。

では、そういう学びの場をつくるのをじゃまするということは(自分はそういう場で学ぶだけ学んでおいてです)自分さえよければそれでよいという最たる考えであり、自分たちの未来さえ潰してしまう浅はかな考えであるということです。(将来の日本を背負って立つ子供たちの学びの場を閉ざしてしまうのですから、将来の日本もなくなるということです。では、自分たちもよい未来はこないということになります。みな運命共同体であるからです)

これだけ浅はかで自分本位で愛のない人が増えているのです。(自分たちが気づいていないだけでです)

では、全国的に天罰を食らっても別に不思議ではないですし、そういう天罰を食らい続けたから少しは人のことも考えるようになったのではないでしょうか。

絆とかいって、募金活動やボランティアを皆が率先して行うようになったのが、そのよい証拠です。

もし、このような天罰をたくさん食らわなければ、今のような(保育園をつくるなとかです)愛のない人々はもっと増え、もっともっと殺伐とした世の中になっていたはずです。

それこそ、男女平等、同権という個人尊重の思想がそれに拍車をかけるからです。

こういう天罰が次々に起きているから、自分のことより、そういう(災害になど遭って)困っている人をまず助けようと思うのであり、こういうことが起きないと人に対する愛の心などまず出て来ないのです。

だから起きているのです。様々な天罰がです。そういう(愛のない)思想ではいけないからです。

また自分だけがよくても、結局、周りが悪くなれば自分にもその害は及びます。(それもこういうことが起きたから分かるのです。いろいろ自粛したり災害で流通が悪くなったりして景気も悪くなるからです)

だから自分だけがよいという考えは本来あり得ないのであって、周りもよくなって初めて自分も本当によくなるのです。

だから私はいっているのです。早く心を変えないといけないとです。(発想を変えないといけないとです)

こういうことが起きる前に悟るなら、災いは起きないからです。

自分さえよければそれでいいのではなく、自分も周りもよくないといけないのです。周りもよくなって行かないと、結局、自分もよくならないからです。

それを悟っているなら、何も起きていなくても人助けは出来るはずです。自分だけがよいのではなく、周りもよくなってもらわなければ自分もよくなることはないからです。

これまでの発想が間違っているのです。(自分さえよければいいという単純な発想がです。皆を見ないといけないのです)

その発想を変えない限り、よい世の中は来ないのであるし、よい世の中が来ないのであれば、不幸な人がたくさん出て自分も不幸になります。

では、発想を変えるしかないでしょう。

発想を変えるのであれば、よい世の中も来て、自分も周りも幸福になるからです。

神の対する思い、人に対する思い、そういうものをこれまでとは正反対に変えてみてはどうでしょう。

そうすれば、これでとは正反対の(ということは、幸福なです。これまでは不幸なことばかり起きているからです)世の中が現れてくるからです。

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5月 01 2016

お年寄りの皆様へ

昨日は前のバカ会社がうるさくて書けませんでした。(あまりにやばそうでゴールデンウイーク中に滅ぼされないか心配です)

マァ、今日は休みです。そういう痛い連中の話はやめて時間のない方々を救う話を書きましょう。その方がよほどためになると思うからです。

昨日も一昨日もそうなんですが、バスの運転手がやたら怒っていました。

それ以外でも、ずいぶん怒っている人があちこちにいますが(今日も朝から怒っているのがいましたから。でかい音を立ててです。〔横のオジちゃんかオバちゃんか知りませんが〕今日は朝から遠くでサイレンがしっぱなしでした。そういうこともあったのかもしれませんが)どれだけ怒って八つ当たりしても恐ろしい現象は止まりません。

その悪いことは(私のせいではなく)自分のせいで起きているからです。

少しはお年寄りを見習ってはどうでしょう。最近のお年寄りは私に頭を下げる人が増えているからです。(意外ですか?)

といっても理由があるのですが(笑)最近は年寄りの弱点が分かりましたので、その弱点ばかりをついているからです。(弱点をつくのは戦の常道ですから。〔笑〕)

この頃の私は、年寄りが前から歩いて来て何かしたとたん(または、何かしそうな年寄りを見るとです)「おっちゃん(またはオバちゃん)神からあの世から生まれ変わりから何から何まで教えてもらってよかったな。それ誰のお蔭」とか「先が短くてもあの世があることが分かり希望もわいただろう。ずいぶん救われたよな」とか「その連れてる孫ともあの世でまた再会出来るんだ。嬉しいだろう」とか「神もあの世も生まれ変わりも、俺がいたから信じたんだろう。その俺に感謝しなくていいのか?」とか、散々恩着せがましい言い方をしているからです。(笑)

そうして「そういうことを命懸けで伝えている俺に、これっぽっちも感謝しないんだな。そういう態度をこれっぽっちも反省しないんだな。それで悪いことが起きたら俺のせいってか。ずいぶん都合がいいんだな」とか「最近はそういう話を聞いて、感謝する年寄りも増えてきたけど、この辺の年寄りはまったく感謝しないんだな」とかいいまわっていると、それを聞いた年寄りの十人に一人くらいの人が頭を下げていきます。(そういうことを聞いてさすがにやらしくなってでしょうが)

だから、最近は私に頭を下げる年寄りが増えたと書いたのです。(年寄り以外はまず頭など下げませんね。開き直って「それがどうした」という顔をしているか、逃げていく人がほとんどです)

そういう話をしまくらないと年寄りも頭を下げませんが(笑)しかし、年寄りに無理やり力ずくで頭を下げさせているのではなく、良心に散々訴えかけて、そうして自発的に頭を下げさせているのですから、別に悪くはないでしょう。

むしろよい行いなのではないでしょうか。自分たちが悪いと少しも認めなかった人たちに(少々強引ではありますが)それを認めさせているからです。

しかし、私に頭を下げている年寄りは、自分も(まだ「も」ではあるのでしょうが)悪いと少しは理解したのですから、そういう心になってはじめて救われ始めるのです。

そういう心にまずならないと救われようがありません。

そういう意味では、私に頭を下げている年寄りはこれから救われる可能性があるということです。(まだ可能性だけですけどね。そこからどれだけ自分が反省出来るかだからです。その行いは始まりにすぎないからです)

この前、ゴルフを観に行って歩きながら辻説法をしていた時、また大きな建物が見えてきて、前に出ている看板を見ると天理教と書かれてありました。

「こんなところにもでかいのがあるよ」と思いながら、中をのぞくと建物の前に人が出て来ているようでした。(一人、二人でしたが)

それで私が「いつまでそんな間違った信仰しているの。正しい信仰はこういう現象が現れるんだぜ」と騒いでいる鳥たちを指差しながら歩いて行きました。

あるオバちゃんの家の前を通ると(七十過ぎくらいの年の人です)そのオバちゃんがよく家の前に出てきていて、私に嫌がらせをしていました。(鳥が騒ぐんで私が歩いているのがよく分かるのでしょう)

しかし、私が散々辻説法をすると、最近その人は私に対する嫌がらせをやめたのです。

そのオバちゃんの家には例の公明党のポスターが張られていました。

二、三日前にも、私は、そのオバちゃんの家の前を通ったのですが、そのオバちゃんは植木いじりをしていました。

私が前を通っても何もしてきません。

それで私が「そのまま今の間違った信仰を続けても、地獄に堕ちるだけだぜ。何度もいうけど、正しい信仰はこういう奇跡(その時も鳥が騒いでいましたから)が起きないといけないんだ。誰かそういう奇跡が起きている人がいるの」と聞きました。

そのオバちゃんは顔を引きつらせて私の方を無言で見ていました。

お年寄りの人たちにいっておきます。

もう皆さん方は時間がないのです。他の人より急がないといけないのです。では、私のいうことを聞かれてはどうでしょう。

他に救われる道はないからです。

釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているのは私だけですし、現に多くのお年寄りの心を私は救っているのです。(特別年寄りだけではありませんが)

すでに、そのような実績があるのに、正しいかどうかも分からない(完全に間違っていますけど)噂を信じ、私に反発するのは唯一救われる道を自ら閉ざしているのと同じなのです。

もはや他の宗教に救いはありません。(どんな大宗教でも、この災いを止められない、そこの信者の一人として私と同じ奇跡が起きていない、そのようなことが何よりの証拠です)

私の話を信じ、それを行ったらどうでしょう。

そうすれば、その行い次第ではありますが、死後、すばらしい世界へ行くことになるからです。

救われる道は唯一私が説いていることを行う、それのみなのです。

私のいうことを聞かれてはどうでしょう。何度もいいますが、皆さん方はもう時間がないからです。

(特別、時間がないのは年寄りに限ったことではないのかもしれません。どこかの会社の連中も、どこかのバス会社の連中も〔他にもたくさんいるようですが〕時間がなさそうだからです。そういう人たちも突っ張っていないで、早く私のいうことを聞かれてはどうでしょう。それ以外で救われる道はもうないからです)

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4月 29 2016

責任転嫁

昨日は男子プロゴルフの中日クラウンズを観てきました…といいたいところですが、あれは観てきたことになるのでしょうか?

一時間ほどしかいなかったからです。(苦笑)

一昨日のウナッシーさんからのコメントに、私への嫌がらせが増していると書きましたが、本当にそうで、昨日の中日クラウンズに来ていた連中は、ギャラリーからボランティアからテレビのスタッフに至るまで、本当にうっとうしかったです。(こいつケンカ売ってんのか、と思うようなのもいましたから)

それですぐ出てきてしまったんですが、その間だけでも何度もサイレンがしてきました。

サイレンがしてくると、目の色が変わる人もいます。それでいずらかった面もありましたね。

私がゴルフを観に行く主目的は、その辺りの生き物たちとの触れ合いと(昨日も鳥がよく騒ぎ、そのせいかどうか知りませんが魚も騒いでいました。〔笑〕)辻説法をすることですので、早くゴルフ場を出てくるのはかまわないといえばかまわないんですが、ただ、それくらいで出てくるのであれば入場料がもったいなかったですね。(特に男子プロは高いので〔四千円〕金欠の私にはつらいです。〔涙〕)

しかし、あれだけサイレンがしているのです。さぞ、あの辺りでもひどいことをされると思いましたが、その意に反しあの辺りを歩いていても思ったより静かだったですね。

それは意外でした。

ゴルフ場を出て、あの辺りを歩き回っていたのですが、工場などは静かで道路を走って行くトラックもブシュとやって行ったのは数台くらいでした。(その半面、鳥たちは相変わらずの騒ぎっぷりでした。〔笑〕)

あれだけ鳥が騒げば、あの辺りにある工場の人たちは私がいるとすぐに分かります。

そうしたら、でかい音を立てて来る工場が必ずあると思っていたのですが、意外や意外、あの辺りにある工場はどこも静かなものでした。

ある工場など、そこは去年は私が近くにいるのが分かるとガンガンやってきたところなんですが、そこも私が近くを通っているのに、まったく静かです。

「おかしいな」と思い、その工場の前を通る時に「今日は静かですね」とか「どうしたんですか?皆さん、私のことお忘れですか?」とか散々冷かしたんですが、まったく無反応でした。

これだけサイレンがしているのにどうしたんだろうと思い、これは当てが外れたなと思っていたところ、一人、二人、歩いている人がいまして、その人が足をザッザッとならして嫌がらせのようなことをしてきましたので「チャンス」と思い、辻説法をしたのですが、あの辺りは(名古屋とは違い)ずいぶん静かでした。

なぜでしょうか?(本当にどうしたんでしょう。でも、歩いている人はさほど変わらなかったですけどね。他の場所でも歩いている人には嫌がらせをされましたので、そこで辻説法は出来ましたから)

とにかくあのゴルフ場(和合)の辺りは思ったより静かだったんですが、段々名古屋に近づくにつれ(地下鉄の平針駅まで歩いたのですが)様子も変わってきました。

ブシュブシュやるトラックも増え、でかい音を立てる工場もあったからです。

名古屋と名古屋以外の人たちでは温度差があるのでしょうか?よく分かりませんが、その辺りでずいぶん辻説法をしました。(反発する人もいましたが、だいたいは最後の方は静かになり、私の話を聞いている人が多かったです)

名古屋の人は相変わらず反発が強いのですが、それ以外の地域では少しは反省する人も出て来ているのでしょうか?

それを期待したいのですが、名古屋に帰ってくると(鶴舞公園で降りて、そこから辻説法をしながら歩いて帰ってきたのですが)あまりにブシュブシュ、ガンガンやられるので、最後は切れてしまい「お前らいい加減にせえ。悪いのはお前らの方ともう分かり切っているだろうが。東日本大震災からわずか五年で熊本地震なんか起こされ、それ以外でもそこらじゅうで異常なことが起こされているのに、いつまで自分たちが悪いのを認めないんだよ。お前らが悪いのをいつまでも認めないから、いつまでもこういうおかしな現象ばかり起こされるんだろうが。お前らがもたもたしているせいで日本が潰されるわ。どれだけ人の足引っ張ってんだよ」と怒鳴りまくっていました。(苦笑)

しかし、その声を聞いても怒る人の方が少なかったですね。名古屋の人たちの多くは(特にこの辺りの人たちは)もう神の存在も自分が悪いということも知っているからです。

それをただ認めないだけなのです。

しかし(分かっているのに)いつまでも認めなくていいのでしょうか?

今日も朝からずいぶん名古屋は風が強いのですが(ゴーゴーいってますけど)北海道など爆弾低気圧の影響で、暴風雪が吹いて大荒れの天気になっているとのことですが(もうゴールデンウイークなんですけど…)北海道や東北の荒れた天気は熊本の地震に関係なく続いています。

東日本大震災や熊本のような大地震が続くと(古い記録を引っ張りだしてきて)昔このような大きな地震が続いたことがあるので、こういう地震が続いてもそういうこともあるから注意しないといけないと、その部分だけとって、これは自然現象で起きているだけみたいなことをいっている人もありますが(特にテレビや新聞で)しかし、現在はです。

このような考えられない大地震が続いているだけではなく、北海道などで続く大荒れの天気、ゲリラ豪雨、スーパー台風、竜巻、そうして多くのサイレンと、私に起きている鳥や魚が寄ってくるなどの奇跡、このような様々な異常現象が一度に起きているのです。(私に起きている現象も異常現象の一つですよね。こんなこと起きた人いないんだし)

こういう何重もの現象が一変に現されているから、私は「これは神が行っている」といっているのであり「日本の人は神を思わないと潰されますよ」といっているのです。

起きている現象の数が異常であるからです。

そうして、その起こされている現象の中で、愛ある奇跡が起きているのは、私に起きている現象(鳥や魚が寄って来るなどの)それのみであるのです。(私に起きている現象以外は、みな愛がない恐ろしい現象ばかりです)

ということは、いま起きている現象は、私に起きている現象だけが人を救える力があるのであり、それ以外はみな人を滅ぶす力しかないということです。(現れる現象に愛があるかないかで、それくらい違います)

愛ある現象が起きているのは私だけなのです。

では、やはり私のいうことに従うしか、救われる方法はないということになります。私以外の人で、私と同じ現象が現れている人はいないからです。(愛ある現象が現れていない人に人を救う力はないでしょう。それは釈尊しかり、キリストしかりです)

もう自分たちのことだけをやっている時代ではないのです。それは起き出している現象でそれに気づかなければいけないのです。

それなのにまあ、なんと気づかない人が多いのでしょう。これだけ危ない現象が起き続けているのに、少しも神を思わず自分たちのことばかりやっています。(それだけ神を観ようともせず、責任転嫁ばかりして、金儲けと遊びだけに突っ走っていると本当にやばいですよ)

私が歩いていると、多くの鳥たちが騒ぎますが、その鳥が騒ぐのは(また私に起きている愛ある現象は)何かを多くの人に教えているのではないでしょうか。

そのような愛ある現象は無駄なものではないと思うからです。(例えば、いま起き続けている異常現象を止める方法を知っている人を鳥が教えているとかです)

いつまで気づかないふりをしているのですか?

そういう態度をし続けるのは本当に危ないことなのです。(これだけ日本中が危険地帯になっていて、まだその危険度が分かりませんか?)

追伸…昨日歩いていて一番感じたことは、ずいぶんバスが極端だなと思ったことでした。(トラック連中は相変わらずですが。〔苦笑〕)

名鉄バスの運転手はずいぶん静かなのですが、それとは対照的に市バスの運転手はやたら怒っているのです。(私の顔を見て思いっきりブシュとやって来た運転手もいますし)

そういう両極端な態度を取るのは(少し前までは普通〔?〕にブシュブシュやってきましたから)何か起きている証拠でしょう。

もう止まらなくなったのではないですか?愛のない現象がです。(先ほども書きましたが、そういう現象は人を滅ぼします)

それは私のせいではなく、みな自分たちのせいなのです。自分たちの愛のない心と行いが、そのような愛のない現象を現しているからです。

私しかその愛のない現象を止められる方法を知っている者はいませんが…それでもまだ、そのような態度を続けるのですか?

(静かにしていても、怒っていても、その現象は止まりません。反省して、私が祈らないとその現象は止まらないのです)

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4月 27 2016

唯心無神論(ゆいしんむしんろん)

昨日は金山に行ったんですが、もうどの人も「お前が悪い」「お前のいうことなど聞けるか」という感じでしたね。(苦笑)

私は昨日、私のことを知って多くの人が唯物無神論から唯心有神論に考えが変わったと書きましたが、こういう人たちを見ているとどうも変です。(この逆らいよう、尋常じゃありません)

やはり、そう簡単には人の考えは変わらないのかもしれません。

というか、唯物論から唯心論にまでは考えが変わった人が多いのかもしれませが、無神論から有神論にまで考えが変わった人はまだほとんどいないのでしょう。

そうでなければ、これだけ神の業が現れているのに、多くの人が、それをちっとも恐れないのはおかしいからです。

昨日もあちこちでサイレンを聞きましたが、そのようなサイレンを聞いても恐れるどころか怒っていますし、私にどれだけ鳥が寄ってきても、そのような現象を屁とも思わないないようで、それがどうしたというような顔でみな通り過ぎていきます。

結局このような態度は、神のことを信じていないから取れるのであって、もし、多くの人が神を信じているのであれば、このような態度は取らないはずだからです。(神がこのような業を現していると思えば、恐れおののくはずだからです。人が現していると思っているから、恐れもおののきもしないのです)

私に誰も布施しないということもそうでしょう。

多くの人が神を信じ、私がその神の業を現していると思うなら、多くの人が私に布施するはずです。しかし、誰も私に布施しないのは、誰もまだ神を信じていないからです。

だから所詮は人がいっている(行っている)ことだろうと、この法を軽んじているのです。だから、どれだけ奇跡が起きても、布施までする気にならないのです。

それを神の業とは思わず、人の業だと思っているからです。

いってみれば、私を知った多くの人たちは今現在、唯物無神論から唯心有神論に変わったのではなく、唯物無神論から唯心無神論に変わっただけであり、唯物論は間違いで唯心論までは信じても、まだ神を信じるまでには至っていない人が多いということです。

だから、神の業を恐れることもしなければ、神の業に敬服するわけでもないのです。

人が行う業なら、世の中にはいろいろなことが出来る人がいるのだから、そういうことが出来る人もいるだろうとしか考えないからです。

だから「あいつは自分の感情だけでそういうことをしている」としか考えないのです。人がやっていると思っているからです。

そう考えるなら腹も立つでしょう。

「お前の考えだけで世の中を混乱させるな」と誰でも思うからです。

しかし、そんなわけがないのです。個人の考えで(個人の力で)これだけのことが出来ますか?(このサイレンにしても、これだけ鳥や魚が寄ってくることにしてもです)

個人の力でこれだけ世を混乱させることなど出来ないのであって、個人以外の何か大きな力がかかっているから、これだけの現象が現れているのであり、その大きな力が神の力なのです。

人の力でこんなことはやれっこないのです。

私がしていることの、その奥にある神の力を(神の心を)理解しないといけないということです。

もう名古屋だけではなく、日本中で恐ろしい現象は現れているのです。(まだ熊本地震は収まっていないですし)

これだけ災いが起きていて、これがそのまま時間が過ぎれば収まるとでもいうのでしょうか?大きな災いの起きる頻度は増しているというのにです。

これだけ恐ろしい現象が全国的に現れていて、ほっとけば、その現象が収まって行くなど、先のことを何も考えようとしない、バカの考え以外の何ものでもないのです。

それは今しているサイレンだけを考えても分かります。減るどころか、聞こえてくる範囲が広がっているからです。

こういう現象を、救急車のサイレンなどはいたずらが増えただけ、激しいゲリラ豪雨や猛烈な台風、竜巻などは温暖化の影響、地震は日本は地震大国だから地震が起きるのが当たり前、などと責任転嫁し続けるのであれば、そのような人々は滅ぼされるのです。

このような業すべて、神が現しているからです。

この起きている様々な異常現象は、心の向上より金儲けを優先し、神の存在をすっかり忘れてしまった人々に、その間違いを気づかせるために神が起こされている現象であるのです。

いつまで、それに気づかず、責任転嫁を続け、悪い心のままでいるのですか?

そのような心でいる限り、異常現象は激しくはなっても、収まることはないのです。

追伸…しかし、めんどくさいですね。

普通は唯物無神論が間違いと分かったら、次は唯心有神論を信じるはずですが、日本の人たちは、唯物論の間違いが分かったところまではいいのですが、そこから下の無神論も間違っているとは思わないようで、神の存在をまだ信じていない人が多いようです。

しかし、唯心無神論などという言葉はないのですから(苦笑)普通は唯心論を信じれば神の存在も信じそうなものですが、唯心論は信じても、神の存在(有神論)までは信じない、唯物無神論の根深さを感じますね。

しかし、神は存在するのであり、神の存在がなければ、この大宇宙も、地球も、また地球にある水や空気も存在しないのであり、このような人がつくったものではないものが存在しているということが、神が存在している何よりの証明なのであり、少し考えを広げるのであれば、神の存在は誰にでも理解出来るはずです。

いま起きている様々な災いは、そのような神の存在を忘れてしまった愚な人々に神を思いださせるため、神の心を思いださせるため、現されていることなのです。

それを個人が何かしているなど、あまりに飛躍が過ぎます。(というか、責任転嫁が過ぎます)

神の心を思いだし、それを実践した人から幸せになって行きます。

これだけ災いが続いているのです。この法を信じ行われたらどうでしょう。

このような災いが起きている中でも、奇跡が起きているのは、この法を実践している人たちだけだからです。

(もうこれだけブログを書くだけでも、どこかの会社の連中がじゃましたくっています。〔大変ですよ、これだけ書くだけでも〕こういう過酷な状況の中で、私は毎日のように法を伝えて〔人の心を救って〕いるのです。〔外に出て行けば毎日のよういじめられますし〕少しはこういう苦労もお分かりいただけないでしょうか。少しでも心が救われたと思われる人はお気持ちだけで結構です。布施をよろしくお願いします)

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