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12月 03 2015

気づき

今日の名古屋は朝から雨ですが、この辺りは土砂降り状態ですね。(時々凄まじい音がしますから…だからカミナリがなっているのかもしれません)

本当にどこかの会社の情緒不安定さには呆れます。静かにしていたと思ったら急にキレ出します。アホかと思ってしまいます。

自分たちが、そういう嫌がらせをし続けているから悪いことが起きているのに、それは全部スルーして起きてきた悪いことだけ私のせいにして怒りたくっているのです。

どれだけ都合がいいのでしょう。そうして、いつまで同じことをし続けるのでしょう。哀れなものです。(それはどこの人たちも同じようなものですけどね)

これだけのことが起きても、それでも神に頭を下げようとも、神に手を合わそうともしないのです。

起きてきた天罰を人のせいにして怒りまくっているのです。どこまで傲慢なんでしょう。

こういう傲慢な人が多いから日本はこれだけの異常気象となっているのです。(異常現象が起きているのです)それにいつ気づくのでしょう。

神がつくられたこの世に、神のかの字も思わないような人たちばかりでは、そのような民族は滅ぼされるのです。(昨日もそれは書きましたが)

だからやっているのです。(やらされているのです)あまりに神に無関心な自分本位な人が多いからです。

この日本に如来が出世されたのに、それにまったく気づかず、神を少しも思わず、自分たちのことばかりやっているのは自分たちの方ではないですか。

それは悪いことなのです。(しかも大変です。神がつくられたこの世にいて、神を無視し、そうしてその神から遣わされた如来を無視しているのです。〔信じられないことやっています〕そんなことをしていたら最後には滅ぼされるのです)

そういう滅ぼされるかもしれないような大罪を犯していて、それにまったく気づこうとしない、では、このような超がつくほど鈍い人たちをどうやって気づかせるのですか?

私がやっていることを怒っている人はこの辺りたくさんいるのですが、では、どうやって、あなたたちのようなまったく神を思おうとしない人たちに(如来のことなどまったく思おうとしない人たちに)神の存在を自覚させるのですか?(如来の存在を自覚させるのですか?)

そのままの心では滅ぼされるのです。その滅ぼされるまで、自分たちの危なさにまるで気づかない、そのような人たちをどうやって目覚めさせるのでしょう。

このようなきついやり方以外で、他の方法があるなら教えてください。

これまでまったく神や如来に気づかなかった人たちが、このような恐ろしい現象が次々に現れたため、ようやく神や如来の存在に気づき始めたのは事実ではないですか。

そうして、あれほど日本の多くの人の頑なな考えであった唯物無神論が崩れかかっているのも事実です。

現在の日本の人々(の心)は大きく変わろうとしているのです。

どうしてこういうことが起きているのですか?

私が祈ることで様々な現象を現したからです。よい現象から悪い現象までです。

「なんで悪い現象など現すのか」といわれる人には次のように答えます。

「よい現象を現しただけでは誰も気づかなかったからです」

高橋先生があれほどの奇跡を現し、そうして園頭先生がキリストと見まがうばかりの癒しを現しても、それでも誰も気づかなかったのです。

では、悪い現象を現すしかないのではないでしょうか?どれだけ肉体的に人を救っても誰も気づかないのですから。(高橋先生の弟子や園頭先生の弟子たちがダメだったから、という言い訳も出来ますが、それも責任転嫁です。自分で気づかないといけないからです)

自分たちがいつまでも気づこうとせず、滅ぼされかけているのに、何がお前が悪いですか、そういうことに気づかない(そんなことが起きるわけがないとただ否定して、先の想像がまったく出来ない)自分たちが一番悪いのです。

そういう(責任転嫁ばかりで自分の罪を認めない)心の人が多いから、こういう悪い現象ばかり現されるのです。(それだけ現在の人は神に対し大きな罪を犯しているということです)

自分たちが悪いから起きている現象を、いつまで私のせいにしているのでしょう。それでは来年以降も、どれだけ多くの人があの世に引き上げられるのか(死ぬのか)分かったものではありません。

その自分たちの神を神とも思わない、如来の偉大さも分からない、そのような神の子の人間としての自覚のなさを早く反省すべきなのです。

だから、どれだけ怒ろうと、どれだけ無関心を装おうと、今の(その神や如来のことなど知らない、自分さえよければいいという)心を反省しない限り、恐ろしい現象は現れ続けます。

いつまで責任転嫁をし続けるつもりですか?そうして、いつまで私の肉体しか見ていないのでしょう。

人は肉体ではなく、心を観ないといけないのです。

これほどの現象が現れている人が他にいるのですか?

今の人たちは、これほどの気づきを与えてくれたその人を、ないがしろにしすぎているのです。

(誰のお蔭で、これだけこの世以外のことに気づいたのですか?私が自分の保身など考えず、書いて行ったからではないですか。それには本当に感謝のかの字もないのですね。神のかの字もなければ、感謝のかの字もない、あるのは金儲けのかの字だけというのですから、それは滅ぼされます)

追伸…しかし、軽減税率って、専門家もみな反対しているんですね。(昨日テレビでいっていました)

賛成が五十パーセントくらいで(反対が四十パーセントくらいだったかな)あとは賛成ではない人たちばかり、しかも専門家もみな反対、この軽減税率って何のメリットがあるんでしょう。

この軽減税率って、公明党がいっているだけですよね。(しかも参院選のパフォーマンスで…だとしたら、メリットがあるのは公明党だけだったりして。〔苦笑〕)

自民党も公明党に安保法案の時の借りがあるから、軽減税率に賛成しているだけで、本当は反対なんですよね。

自民党は借りを返すため、そうして公明党は参院選のためのパフォーマンスのために、この軽減税率を提案しているだけですよね。(では、公明党は元々安保法案は賛成ではなかったんでしょうか?後の参院選のことを考えてあの安保法案に賛成したのでしょうか?)

だとしたら、どこにも日本のため、というところがありません。

これはあくまで私の推理でしかありませんが、もし、この推理通りなら、すべて党利党略ということになりますが、まさか党利党略で軽減税率を決めるということはありませんよね。

もし、そうなら日本は大迷惑です。

こちらは命懸けで日本のため(日本を滅ぼさないため)に働いているのです。(そういう人は国民の中にもたくさんいると思います)

党利党略で法律など決めるのだけはやめてください。そういうことをすれば、日本にまた災いが増えるからです。(そのような政治家の心を天が観てです)

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12月 02 2015

運勢

運勢の話をもう少し書きますが、もし上のクラスの運勢のまま生活できるのであれば、それは毎日のように奇跡が起きる、そのような状況となるのです。

今の私がそうです。毎日、奇跡的なことが起きています。

鳥は寄ってくる、魚は寄ってくる、そういうこれまで起きたことがないような奇跡が毎日起き、それ以外でも不思議な夢を観て導かれる時もある。不思議な思いも上がってくることがある。(その思いの通りに書くと、それがその後起きたということが何度もありました)

そうして、祈れば、その祈りが天に通じ、天候が変わってしまう時もあれば、祈った人に奇跡が起きる時もある、災いが起きる時もある、人を祈れば、その祈られた人の心に応じた現象が現れるのです。

これ以上の奇跡の毎日があるのでしょうか。

結局、上のクラスの運勢とはこのようなもので、神がかり的な毎日が続くのです。(それは高橋先生や園頭先生も同じでしたが)

では、これを野球選手に当てはめてみたらどうなるのでしょう。

想像に難くないでしょう。バッターであるなら毎日のようにヒットが出て、ピッチャーであるなら、まず点を取られるようなことはない、ということです。

簡単にいうなら、バッターであるなら、四割、五割という夢の数字が現れるかもしれないし、ピッチャーであるなら、防御率が0点ということも可能であるということです。

マァ、間違いで点を取られることもあるかもしれませんので、ピッチャーの防御率0.00は無理かもしれませんが、上のクラスの運勢を維持できるのなら、防御率0点台の前半は確実でしょう。(では、勝ち星はどれくらいになるのか?それはご想像にお任せします)

バッターもそうです。どれだけ肉体を鍛えても打率四割を打てる選手はいませんが、上のクラスの運勢を維持できるのなら、四割、五割という打率も夢ではないということです。(だってこの前の国際試合で、それくらいの数字を残した選手いましたよね。〔あの神がかりといわれた選手以外でもです〕よい運勢が続くのなら、そのくらいの数字は決して不可能ではありません)

これまでそういう選手がいなかったのは、これまで、この法を知って野球をやる選手がいなかったからです。

心そっちのけで、肉体ばかり鍛えていたから、その程度の数字しか残せなかったのであり、肉体とともに心も鍛えるなら(磨くなら)どれほどの数字が残せるのか分からないのです。

はっきりいっておきますが、肉体を鍛えるよりも心を鍛える(磨く)ことの方が現れる現象は大きくなるのです。(心は神に通じていて無限大だからです。どこまででもいけます。その能力はどれだけでも現れるということです。もちろん人によって心の範囲が違いますので、その範囲内ということになりますが、それでも相当現れてきます)

それは、私を見てもらえれば分かると思います。

周りの人が病気になっただの、なんだのいっていますが(何度もいいますが、それは自業自得です)私がその気になって祈れば、天変地変さえ現せるのです。(前に何度もその証明はしました。それで多くの人が唯物無神論から唯心有神論に考えを変えたのです。お蔭様でずいぶん嫌われましたが)

別にそれは自慢でもなんでもありません。(もちろん犯罪でもありません。そういう神の業を理解しない人が多いからいけないのです。神の業をあまりに理解しない人が多いと、そのような民族は滅ぼされることになるからです)誰にでもある心のエネルギーは天変地変さえも現せる、それほど偉大なものであるということです。

だから、不可能と思える数字でも、自分の心のエネルギーを少し出すだけで可能になるということです。(野球で人より少し余分に打つくらいのこと、天変地変から比べればしれたものです)今の多くの人々は、法を知らないため、その心の偉大なエネルギーの出し方を知らないのです。(現在の人々は、もう、少しも少し、ほんの少しの心のエネルギーしか出していません)

運勢がうんとよくなれば、その心のエネルギーがたくさん現れてきます。だから、周りに奇跡的なことが起きるのです。

その反対に、この法に逆らっている人たちです。これは最悪です。運勢がドンドン悪くなって行くからです。(運勢がよくなる方法に逆らっているのですから、それはそうなるでしょう)

だから、悪いことが起きるのです。

ただでさえ中から下の運勢しかない人たちが、法に逆らったら、下の上から下の下の運勢しかなくなってしまいます。(どちらにしても下の運勢しかないということです)

するとどうなるのか?

最悪死んでしまうということも起きるのです。(不慮の事故から不治の病などになってです。現にその通りのことが起きています)

高橋先生がいわれていましたが、昔、日航機が墜落して多くの人が亡くなった事故があったのです。(三十年前の話ではなく高橋先生在世当時の話です。その時も日航機が墜落したことがありました)

あのような事故が起きる時は、その墜落する飛行機に乗り合わせる人は、その事故が起きる日が人生で一番運勢が悪い日である人ばかりが、固まって乗ってくるそうです。

高橋先生は、最悪の運勢ばかりの人が同じ飛行機に乗り合わせると、それだけで飛行機が落ちるような大事故まで起きてしまうといわれるのです。

それだけ人の運勢とは大事なものなのです。

法に逆らうとは、その自分の運勢をドンドン下げる行為であるのです。だからよいことが起きなくなるのは当然のことであり、最悪、亡くなるということも起こりうるわけです。

そこまで自分の運勢を下げてしまってはこの世にいられなくなるからです。(だからいってるでしょう。自業自得だと)

運勢がよくなることと、悪くなることでは、ずいぶん差があるのではないでしょうか。

運勢がよくなればなるだけ、奇跡が次々に現れてきますし、悪くなればなるだけ大きな災いが現れて来るのです。

運勢は私たちの生活に大きな影響を与えます。

あまりこの運勢というものを軽く見ない方がよいのではないでしょうか。

運勢をよくする努力をされてはどうでしょう。

そうすれば究極の奇跡が現れることになるからです。

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12月 01 2015

法の偉大さ

今日から十二月です。

いよいよ師走に入りましたが、こちらは師走感ゼロですね。いろいろおかしな現象が続出しているようだからです。(大変ですね。いろいろな人にいろいろ起きて)

本当の師走を取り戻すためにも、早く皆さんに気づいてほしいのですが、しかし、まったく見なくなりましたね。

庄内川の帰りの中学生たちです。どこに行ってしまったんでしょう?(小学生はちょこちょこ見るんですが)

祈りをやめてくれということもいってこないので、こちらは一生懸命祈っていますが(私は義理堅いですから)この連中にも早く気づいてほしいものです。

悪いことをしているのはあなたたちの方なのです。(よってたかって人をバカにして)そのことを反省して詫びようともしないとは一体どういう料簡でしょう。それでは恐ろしい現象も止まりません。(自業自得です)

だから早く気づけといっているのです。

それはこの辺りの人たちも同じでしょう。

嫌がらせを先に散々してきたのはあなたたちなのです。だから私は祈っているだけです。(キリストの「汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ」という言葉に従ってです。キリストの言葉を実践しているだけです)

その嫌がらせもほとんどの人は、根拠もない噂を信じてしているだけでしょう。(すべて私が悪いという噂をです。その噂本当に正しのですか?)

「なんでそんな悪い奴にこれだけ鳥が寄ってくるのか?」という質問に誰一人答えることが出来ないのです。

では、悪いのは、そのような根も葉もない噂を信じて嫌がらせをしている人たちの方なのではないでしょうか。

そんなに悪い人間に、あのような気の弱いすずめたちが寄ってくるはずがないからです。

無実の者に、一方的に嫌がらせをしているのならそれは悪いことでしょう。

そのような悪いことを自分たちがしているから、自分たちに悪いことが起きているのです。それを私の祈りのせいにするのはお門違いでしょう。その私の祈り自体、おかしな祈りをしているわけではないからです。(私は呪っているわけではないのです。「この人を正しくお導きください」としか祈っていないのです。それでその祈られた人に何か起きても、それは自業自得なのではないでしょうか)

それに私は嫌がらせをしてくるから祈っているだけです。(何もしてこない人に祈りなどしません。人一人祈るのも大変だからです)自分から嫌がらせをしておいて、そうして祈っている私を怒るとは、これもまたお門違いなのではないでしょうか。

私に祈られたくないなら、私に嫌がらせなどしなければよいからです。

マァ、私が勘違いして祈ることもあるのでしょうが、何度も書いていますが、そんな間違った祈りがきかれるはずがありません。

私に何もしていないのなら、私にどれだけ祈られようと気にすることはないのです。それどころか、その人がもし正しい人なら、その人に奇跡が起きるかもしれません。

なぜなら、私はどのような人にも同じような祈りしかしないからです。

よい人にも悪い人にも「この人を正しくお導きください」と祈るだけなのです。(ことは同じなんですから)

同じように祈っているのに、起きる現象が違うのなら、それは祈られている人が悪いのではないでしょうか。

こういうところを見ても、私に祈られて災いが起きるなど、それは自業自得でしかないのですが、その自分の悪いことを棚に上げて、災いを全部私の祈りのせいにしています。

まったく責任転嫁の極致ですね。

今回、私のアドバイスを聞いて奇跡が起きた人たちがいますが、そのような人たちにも「神よ、どうぞ、このアドバイスを聞いた人たちを正しくお導きください」「そのような人たちを通し、この法の正しさを証明せしめたまえ」という同じ祈りしかしていないのです。(私は書きっぱなしで知らん顔はしません。何か、らしいことを書けば必ず祈るのです。だから、そのような人たちも私に祈られているということになります。しかし、結果は全然違いますが)

私は、誰に対しても同じ祈りしかしていないのですから、その同じ祈りをされてよいことが起きる人と悪いことが起きる人の違いは、やはり心と行いの違いといわざるを得ないでしょう。

私のいうことを素直に聞いて、その通りのことを行った人には奇跡が、私のいうことに逆らい、嫌がらせなどした人には災いが、その心と行いの程度により、起きる現象の違いはありますが、ちゃんとその心と行いの通りの現象が現れているのです。

では、これほど正しい話もないはずです。

起きる程度と書きましたが、今回いろいろ現れたことで、よいこともそうだし、悪いこともそうです。一人一人の心の在り方で起きることもずいぶん違うなと改めて思いました。

今回、神がかりとか、神の領域とか、いわれた人はみな男の選手でした。女の選手はいなかったのです。(これから出てくるかもしれませんが…出てくることを祈ります)

私はこれまでそのような男と女の違いは書いて来ました。

いわく「女は男のいうことを聞かない」「女の業の深さは男の比ではない」そうして「私に嫌がらせをして来た人で、私のいうことをその場で素直に聞いて、私に謝ったのは小学生の男の子が二、三人で、女の子はどれだけ小さくても誰一人謝らなかった」などなど。

これは男より女の方がダメだといっているに等しく、このような発言は現代風にいえば、女性差別でしょう。

しかし、差別ではなく、本当にそうであったということが、このような奇跡でも分かるのです。

私のいうことを聞いて実践した人で(男性ばかりでなく女性のスポーツ選手も聞いた人がいたと思いますよ。私のいうことをです)女性の選手の中に誰一人「神」と名のつくほどの成績を現す人がいなかった、これこそ私がいったことの証明なのです。

なぜ、神と名のつくほどの業を現す選手がいなかったのか?

それは、女性の選手の中に、私のいったことを男性選手ほど深く聞いた人がいなかったからです。

だから、そのような(神の名がつくほどの)奇跡が現れなかったのです。中途半端な聞き方しかしなかったからです。

こればっかりはどれだけ否定しても、成績がそれを現しています。これ以上の証明はありませんね。

高橋先生は「法を知らない人は、自分の運勢の中から下の間を行ったり来たりしているだけなのです」といわれていました。

つまり法を知らない人は、自分の運勢の上の部分を知らないのです。

ということは、法を知らない人が法を知ると、その自分の運勢の上の部分を知ることになります。だから、奇跡が現れるのです。自分の運勢が上の部分に上昇したからです。

だから、その上の部分の運勢をどれだけ維持できるか、それは自分の心次第ということになりますが、とりあえず、その法を深く理解すればするだけ(自分の運勢が上昇しますので)神業といわれるくらいの現象が現れるのです。

だから、今回、神がかりとか、神の領域とかいわれる業を現した選手たちは、より深く私のアドバイスを聞いたから、そのような業が現れたのであり、その理解度により現れる現象は違うのです。

だから、女性の選手の中で、そこまでの現象が現れた選手がいなかったのは、私のいうことを深く理解した選手がいなかった(深く心に入れる人がいなかった)それは即ち女は男のいうことを聞かないという私の言葉を、図らずも証明した形となったのです。(聞いても浅くしか聞かないということです)

しかし、私のいうことを聞いた女性はいたと思います。その調子で男の言葉に耳を傾ける、女性はそのような努力も少しはしてください。(笑)

その方がよい人生を歩めると思うからです。

法を聞いて実践し、それで普通よりよかったでは話にならないのです。

それは中の上クラスの運勢でしかないからです。そのくらいなら、この世で少し頑張れば出来ることだからです。

しかし、真に法を知るならその程度ではないのです。法を知っての実践はもう神の領域となります。それほどの現象が現れるということです。(そうでなければ奇跡とはいわないでしょう)

つまり上のクラスの運勢がその人に現れるのです。

上のクラスの運勢には法を知らないとならないのですから、だから、その運勢が現れると、この世の人たちは、そのようなことが起きている人を神がかりとか、神の領域とかいうのです。

そこまでなる人がほとんどいないからです。

だから、法を知らないのに、そのようなことが起きた人は、法を知るならもっと上があるということです。

しかし、今回法を知って神の何とかといわれた人たちでも、その人たちは法の一部を知って実践しただけであり、その程度では運勢がよくなったといっても上の下クラスでしょう。(それも一瞬でしょう。それほど法の心を長く維持できるとは思えないからです)

法をもっと知って実践するなら、もっともっと大きな奇跡が現れます。

練習はもちろんやらなければいけませんが、肉体的なトレーニングは限界があります。(そうですよね。やりすぎても疲れるだけだし、故障の原因ともなります)

しかし、心のトレーニングに限界はありません。(心のトレーニングの行きつく先は宇宙即我〔悟り〕の境地です。しかし、その悟りの境地になるにはまだ何世代もの輪廻転生を繰り返さないとなれないのです。つまり、今生だけではとても無理ということです)

では、やられてはどうですか、もっと心のトレーニングをです。(法の勉強という意味ですが)

今回、ほんの少し法を実践された人たちが出ただけで、これほどの騒ぎとなるのです。

しかし、笑わせてはいけません。この程度の現象など法が現す奇跡のほんの一部でしかないからです。(私に起きている現象を考えたら、それはそうでしょう。いいことから悪いことまでメチャメチャ起きています)

よいことをすればよい現象が、悪いことをすれば悪い現象が、必ず現れるのです。

多くの人が、この法の偉大さをもう少し理解されてはどうでしょうか。

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11月 30 2015

心21(心の国際会議)

フランスのパリでCOP21が開催されました。(今日からでしたっけ?)

このCOP21は、温室効果ガスの削減を目指す国際会議のようなのですが、そういう温暖化対策を話し合う場も必要なんでしょうが、世界の人々の心の対策はもっと必要です。(そのようなことのすべての原因は、人々の心にあるからです)

本当に、この世界で相次ぐ異常気象を止めたいのであれば、心21の開催は不可欠でしょう。(COP21にかけてみましたけどダメですか?)

一、二日前に堀川に行ったんですが、もうたくさんカモメが来ていました。

私の顔を見ると(半年ぶりくらいでしょうか)ギャーギャー、ギャーギャー大騒ぎです。

その場面を動画に撮りましたが、可愛いものです。

庄内川に行くと、庄内川にもカモメが来ていました。去年までは、庄内川にはあまりカモメはいなかったんですが(この時期でも、たまに数羽のカモメが飛んで行くくらいでした)今年は十数羽くらいのカモメが庄内川にいて飛び回っています。

庄内川のカモメも私を見るとよく近くに飛んできます。(そこも動画に撮りました)これもまた可愛いものです。

そうして最近はトビまで庄内川に来ているのです。

数日前の話です。いつも休憩する南陽大橋の辺りを私が歩いていると、数メートルくらい前の草むらから急に何かが飛び出して来ました。

そちらを見ると、なんとトビがハトを捕まえたようで、片方の足にハトをつかんだまま、草むらから私の目の前に出て来たのです。

急に出て来たものですから驚いたんですが、そのトビは少し私の顔を見ていましたが、すぐに飛んで行ってしまいました。(もちろんハトをつかんだままです)

それからですね。あの辺りでトビを見るようになったのは。

その時から南陽大橋の辺りを歩いていると毎回トビが飛んでいます。三日四日前には四~五羽のトビが飛んでいました。

そのトビも声をかけるとこちらに寄ってくるのです。

その時も、私が歩いている横の辺りを(といってもずいぶん高いところをですが)何羽かのトビが飛び回ってしばらく私について来ていました。

もう少し近くに寄ってくるようになったら、また動画に撮ろうと思っています。(その時も撮ったんですが、遠すぎたので消しました)

庄内川には本当にいろいろな生き物がいます。(エイや庄助もいますし。街中にはいない、貴重な生き物が見られます)庄内川は、川岸など草がたくさん生えていて自然もたくさん残っています。

これからも川岸をすべてコンクリートにするのではなく、あれくらいの自然は残しておいてほしいものです。

あれだけの自然が残っているのなら、そこを散歩するだけでいろいろな生き物に出会えるからです。(そういうのも癒されますから)

自然に触れ合うとは、そこにいる動物たちとの触れ合いも欠かせません。

心が変わるなら、その触れ合いはより深くなって、こちらの心もより癒されます。

仮に心21みたいな、各国の首脳が心のことを真剣に議論できる場が出来たなら、本当に世界は変わるであろうなとつくづく思います。(そのような動物たちとの調和も含めてです)

地球環境をきれいにすることも大事なことですが、世界の人々の心をきれいにすることはもっと大事なことなのです。

そのような心の国際会議を近い将来ぜひ開いてほしいものです。

心の国際会議を行って、正しい心の世界的基準が出来て、世界の人々の心がきれいになるなら、そのような地球環境だけではなく、いま問題になっているテロも、戦争も、不当な差別や貧困もなくせると思うからです。(多くの人の心がきれいになるのなら、お互いの意見を尊重しあって、本当に助け合える世界が実現するからです)

高橋先生は、人間が調和するなら動物同士の争いもなくなるといわれていました。

ということは人間が調和できれば、地球的規模の動物たちも含めた大調和が実現するのです。夢のような世界が現れると思われないでしょうか。

そう考えるのなら、いま一番先にやらなければいけないことは、人々の心をきれいにすること、それなのではないでしょうか。

人々の心がきれいになるなら、今のような世界で相次いでいる異常気象もなくなり、テロや戦争もなくなり、世界各国で奇跡が次々に起きるようになるからです。

それには法が欠かせません。その法にまつわる奇跡がいま日本で相次いでいるからです。(よいことも悪いことも含めてですが)

この法を中心とした「心21」はいつ開催できるのでしょう。

そのような心の国際会議がもし出来るようになったのであれば、世界は大きく変わることになるのです。

(マァ、名前はともかく、そのような各国首脳が参加する心の国際会議が、一日も早く出来るようになることを願ってやみません)

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11月 29 2015

法を知らない不幸

北海道は荒れた天気だけではなく、震度4の地震まで起きたそうですね。

まだ冬はこれからが本番です。今のまま何もしようとしなければ、北海道は今年の冬もまた過酷な冬になるといわざるを得ません。

本当に法を知ろうとしないということは不幸ですね。

いま世界中で異常気象が相次いでいるようですが、それを温暖化の影響と決めつけ、温室効果ガスを減らそうなどとやっていますが、いくら温室効果ガスを減らして温暖化を止めたとしても、この(日本はもとより)世界で起きている異常気象は止まりません。

この異常な異常気象は温暖化が原因ではないからです。この地球に住む人々の心が原因であるからです。(だけど、何か無理やり感はありますよね。科学は他に原因が分からないので、この異常気象の原因を無理やり温暖化に押し付けている、そのように感じてなりません。だって、異常に暑くても、異常に寒くても温暖化が原因というのでしょう。〔温暖化になると温度が極端になるとかいって〕そういう確かなデータでもあるんでしょうか?それもただの仮説でしょう。〔科学など所詮はみな仮説なんですから。本当にそれが正しいがどうかなど分からないんですから〕あれもこれも無理やりこじつけているとしか思えませんね。何度もいいますが、科学はこの異常気象の本当の原因が分からないからです)

この異常な異常気象の原因は「人々の心にある」早くそれを世界の人々に知ってもらわなければいけないのですが、私のいうこと(法)を聞いて、それを実践し奇跡が起きている人があちこちから出始めたようです。(それも世界的に注目を浴びる人たちからです。これも世界に法が拡がる、そのような順序の一つでしょう)

こういう現象一つとってみても、私のいっていることの正しさは理解していただけると思います。いっていることが正しいから奇跡が起きるのです。

あの歴代最高得点で優勝した選手(ああいうのは神がかりとはいわないのでしょうか?)など、競技後のインタビューで、長野といわなければいけないところを名古屋といっていました。(インタビューアーにいい間違いを指摘されていましたが)

よほど名古屋が気になるのでしょう。正直な選手だなと思わず笑ってしまいました。(笑)

法を実践するなら、もっともっと神の力は現れてきます。もっとされてはどうですか法の実践をです。

ほとんどの人は自分の都合のいい部分だけはやってあとはやろうとしません。だからダメなのです。

だから起きる奇跡も単発で終わってしまうのです。

それではただのいいとこどりだからです。(そんな自分の都合で実践されては奇跡は続きません)

何度もいいますが、アドバイスをもらいそれを実践していい結果が出たのであれば、そのお返しを少しでもするのは人として当たり前のことなのです。

せめて、その当たり前のことくらいまではされてはどうでしょう。

それならまた奇跡も起きてくると思うからです。(その肝心なところが抜けているからダメなのです)

そういうことさえもしない人が多いから、このような(異常気象が多発する)世の中になっているのです。

あまりに考えが足りないからです。自分のことしか考えないからです。

もっともっと法の実践をしないといけないのです。多くの人は、その法の実践があまりに足りないのです。

ただ、このような行いが如実に現れてくるようになったのは事実なのではないでしょうか。

わずかであってもです。法を実践している人には奇跡が(よいことが)法を知らない人、その法に逆らっている人には災いが(悪いことが)確実に起きているからです。

では、このような異常な異常気象が多発する世の中に、なぜなっているのか、それもお分かりいただけると思います。

あまりに法を知らない人が多いからです。

だから、このような世の中になっているのであって、法を実践する人が増えて来るなら、異常気象は段々収まっていき、そこかしこに奇跡が起きる、そのような世の中に変わってくるということになります。(奇跡が起きれば、その分災いはなくなるからです)

その法を実践すれば、奇跡が起きるということをもっとも現しているのが、この私なのではないでしょうか。

私は、この法を流布することで生きて行こうと決めたのです。

そうして、一日を法の流布と法の証明、それのみでやっているのです。(つまり神への全面投棄です。自分のためではなく、すべて神のために働いているのです)

するとどうでしょう。私に次々に奇跡が現れたのです。(そのような奇跡は逐一このブログに書いています)

法を信じ、このような神への全面投棄が出来るなら、その人には多くの奇跡が現れるのです。

これ以上の法を実践すれば奇跡が起きるという証明はありません。実際に生活をすべて法の実践に変えた私には、次々に奇跡が起きているからです。

みな、私のようにやれとはいいませんが、自分の生活の一部にこの法を取り入れるだけでも十分奇跡は起きるのです。

では、された方がいいでしょう。災いが起きるよりも奇跡が起きた方がよほどいいからです。

それに、その奇跡が起きないと災いは消せません。(相殺されるという意味ではありません。奇跡が起きるくらいの心にならないと、災いはなくならないという意味です)どちらにしても心の改革は必要なのです。

奇跡も目の前で見ることが出来、そうして、自らも奇跡の体験が出来る、これ以上の教えがあるのでしょうか。

この教えを一人一人が少しずつ実践するだけで、大きく世の中が変わるのです。

この法を知ったのなら、もう少し実践されてはどうでしょう。その法を実践する人が増えるのであれば、この異常な異常気象は収まってくるからです。

追伸…私は、一回三万円などとはいっていないのです。(苦笑)

「お気持ちだけで結構です」といっているだけなのです。少し実践していただけませんか?(報恩の行為をです)そうすれば、この法はもっともっと拡がって行くからです。

くれなきゃくれないで、こちらは飢え死にするだけですが、飢え死にしようと、この法の流布以外でお金をもらおうとは思いません。

こちらは命懸けです。間違ったことを説けば、あの世に引き上げてもらうという(死ぬということです)祈りまでしているのです。

このブログを読んでいる人は、もう少し真剣に世の中のことを考えていただけないでしょうか。

このブログを読んでいる人たちも、法に縁があったことには変わりないからです。(では、私と同じような使命があるということです)

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