10月 28 2015
何ものにもかえがたい宝
昨日は知多の海に行ってきました。
特別な理由はありませんが、この前起きたことがまた起きるのかとの確認と、この辺り、とにかくいろいろ起きています。(一昨日の晩も悪魔軍団が何回もキレていましたから。それにやたらキレているところや急に静かになったところなど、極端な態度を取るところが続出中ですから)
気分転換の意味も兼ねてです。
マァ、少し遠出しても同じといえば同じなんですけどね。同じような態度を取る人が多いからです。(苦笑)
しかし、知多の海に行くと魚たちは歓迎してくれました。(鳥たちも同じなんですが)
南知多ビーチランドは相変わらず午前中は混んでいるようなんですが、その南知多ビーチランドを通り越して裏の海まで行くと、すでに魚たちが波打ち際にたくさんいるようであちこちでピチャピチャやっていました。
と、その前に海に流れ込んでいる川の辺りで、その川に向かい私が「お前らいないのか」とか声をかけていたら、岸のすぐ近くでやはりピチャピチャ音がします。
そちらを見ると輪っかがいくつも出来ているんですが、川の中を見ても何もいません。何もいないのですが、水面に小さな輪っかがいくつも出来るのです。
また小さい魚でもいるのかなとよく目を凝らして見ていたら、魚ではありませんでした。
岸の壁にたくさんついている貝が、私の声に反応して潮を吹いていたのです。
私が声をかけるといくつかの貝がピュ、ピュと潮を吹きます。その潮が水面に落ちてそれが輪っかになっているのです。
マテ貝のこともありますので、貝も私の声に反応するということは分かっていましたが、そういう現象をまともに見ることが出来ました。
心が変わってくると、考えられないものまで反応してくるということがよく分かりました。
鳥や魚が寄ってくるということは(釈尊やキリストも同じことが起きましたので)まだ考えられますが、貝まで反応するようになるということが分かったのは史上初なのではないでしょうか。
もちろん、釈尊やキリストの声にも貝は反応していたのでしょうが、そのような神から遣わされた人たちには、すべての生き物が反応する(従う)というよい証拠なのではないでしょうか。(そういう人たちに逆らいたくっている人たちが多いのです。それではいいこと起きません。今日も朝から大変そうです)
しょっぱなから、そのような奇跡が起こり、海を見るとすでに波打ち際で魚が騒いでいます。
「今日もまた奇跡が起きるな」という予感は当然ありました。
その予感通り、海辺をウロウロしていたら、波打ち際にたくさんの魚が集まり、また奇跡が起きたのです。
とにかく波打ち際の私の目の前まで多くの魚たちが寄ってくるのです。それが一匹や二匹ではありません。何十、何百という魚たちがです。(周りを見渡したらあちこちにいましたので、もっといたかもしれません。とにかく私の周りに何千匹いたのか、何万匹いたのか全然分かりません。それくらい多くの魚が寄った来たのです)
多くの魚たちが波打ち際の岸のすぐのところまで寄ってくるのですから、ちょっと異様でしたね。(何か魚に襲われているようにも感じたからです。〔笑〕)
もちろん、岸のすぐの波打ち際に魚がたくさん泳いでいるのです。魚たちがまともに見えました。
私はそれまで、岸近くまで来る魚たちは(二、三センチくらいの)小さな魚たちばかりであろうと思っていました。
しかし、その魚たちの姿をまともに見ると、そんな小さな魚たちが寄ってきているのではありませんでした。周りにいる多くの魚たちは十センチ前後の魚たちばかりであったからです。
「案外大きいのが、こんな岸近くまで寄って来ているんだな」と、その時少し驚きました。
そんな大きな魚たちがこれだけ岸近くまで来ているとは思わなかったからです。
そのくらいの魚たちが私の目の前に無数にいるのです。またまた奇跡が起きたのです。(先ほどの貝が声に反応して潮を吹くのもまた奇跡であると思いますが)
その魚たちは結局、私が帰る夕方近くまで岸近くにいて、私が南知多ビーチランドから出てきて、また海岸に行くとまだ目の前でピチャピチャやっていました。
その海にはサギもカモメも鵜も、すべての天敵が揃っているというのにです。
このように最近は起きる奇跡も凄さを増しているようですが、それに比例して起きる災いも凄さを増しているようです。
最近はあちこちでキレているところがあります。(必要以上にです)
「癌でもなったのか」と声をかけると(何ちゅう声のかけ方かと思われるでしょうが、現象が現れているのか確認しないといけません。仕方がないのです)急に怒りだすところがいくつもあるようです。
あちこちで恐ろし現象が現れ始めたのでしょう。
それに最初にも書きましたが、悪魔軍団の態度です。昨日の今日です。私は今日はまだ悪魔軍団は烈火のごとく怒っている者たちが多く(ブログを書く前まではそうでした。でかい音をたてていました)今日はブログを書くのは無理だろうと、祈りだな、と思っていました。
そうしたらです。ブログを書き始めたら急に静かになったのです。(いつもとは逆です)
ブログを書く直前にいくつか電話が入りましたが、その電話がやばい電話だったのでしょう。それで急に静かになった、どうもそのようです。(ちゃんと確認しましたから。声に出してです)
そういうことまで起き始めています。(法の流布をじゃましようとすれば即座に災いが起きる…それでもこのブログを書き終わる頃になるとまたガチャガチャやり始めています。本当に愚かですね)
これだけ激しい現象がもう現れているのです。(奇跡、災いともにです)
心を変えられてはいかがでしょうか。
もう恐ろしい現象は、この辺りだけではなく日本全国に及んでいるのです。
昨日行った知多でも何度もサイレンが聞こえてきましたし、激しくなった天変地変などもそうです。ウナッシーさんのコメントでもそれは分かりますが、そういえば、あのような話(火葬場が三日待ちとかのです)テレビのニュースでも聞いたことがあります。
もうあちこちで恐ろしい現象は起きているのです。
これだけ起きているのなら、私のせいにいくらしたところでこの現象は収まりません。では、恐ろしい現象を全部私のせいにして、その後はどうするのですか?
この辺りだけならともかく、あちこちで起きている恐ろしい現象まで私がしているわけがないのです。何度もいいますが、そのようなことが起きる時代になったのです。その時代が変わったから起きてきたことを責任転嫁しているだけなのです。(私のせいにしたり温暖化のせいにしたりです)
早めに詫びを入れたらどうでしょう。そのような災いが起きている人たちほど、いま起きていることの本当の意味、そうして神の業を知っている人たちはいないからです。
では、そのような人たちが反省すれば、それこそ神の業を多くの人に伝えることが出来る(それは、いま起きている災いを減らすことが出来るという意味です)一番の証言者となりうるのです。(自分たちが体験しているのですから、これ以上の法の正しさを証明する経験者はいません。それにこの神の業の本当の意味もよく知っています。このブログを読んでいる人が多いからです)
今の日本を、そうして世界を救えるのは、このような神の業を知っていて(私のブログをよく見ている)体験している人たちだけなのです。(体験と勉強を両方していますから、これ以上法のことが分かっている人たちもいません)
いつまで自分たちのことだけしか考えていないのですか?
このような体験は何ものにも勝る宝であるのにです。
(今起きていることを知っている〔体験している〕人たちが世界を救うのです。なぜいつまでも自分のことしかしようとしないのでしょう。本当にもったいない話です。神の業とその意味を〔それが法そのものですが〕知っている人たちしか世を救う力がないのにです)



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