>>ブログトップへ

11月 02 2015

過去世の業

昨日のNHKの花燃ゆでも時代が変わっていても、それが理解出来ない人たちがたくさんいる場面をやっていましたが、現代も同じでしょう。

すでに時代が変わっているのに、それがまったく理解できず、一昔前の唯物無神論の考えのままに起きて来る激しい現象を全部責任転嫁している、時代が変わったことを理解出来ない人たちは、いつの時代でも多いようです。

もう自分の心が現象として現れる時代になったのです。

自分の周りに現れる恐ろしい出来事は自分の心を現しています。いつまで責任転嫁を続けるつもりでしょう。それではこの時代、幸せにはなれないのです。(最悪、命を落とします)

マァ、時代遅れの人たちのことはいいのですが、注目の日中韓首脳会談が終わりました。

今日まだ日韓首脳会談がありますが、来年は日本で日中韓の首脳会談が開かれることも決まり、一応はうまくいったのではないでしょうか。

この三国は、昔から仲があまりよくありませんでしたが、それにしても最近の日中韓の不仲ぶりは際立ちます。日本の安倍総理、中国の習近平国家主席、韓国の朴槿恵(ぱくくね)大統領と指導者が変わってから、特にひどくなりました。

何か理由があるのでしょうか?(それぞれの国内事情はあるにせよです)

例えばです。この日中韓の三国を中国の三国志の時代に例えるなら、一番国土が広く人口も多い中国は魏でしょう。

そうして、三国志人気が高い(特に諸葛孔明が人気ナンバーワンの)日本を蜀、韓国を呉としますが、この三国時代の中国は激しい動乱が続いて(つまり非常に三国は仲が悪かったということです)中国の総人口が一千万以下になってしまったそうです。(魏・呉・蜀で戦ばかりしていたからです。だいたい西暦220~280年くらいのことです)

これだけ中国の総人口が減ったのは、その前の秦・漢時代にも、その前の秦や楚などの戦国七雄といわれた国々が、やはり戦に明け暮れた戦国時代にもなかったことなのです。(この頃の中国の総人口はだいたい二千万くらいだといわれていますから)

中国の戦国時代でもやらなかったほどの激しい戦を、この三国志の時代にはやっていたというのですからいやはや凄まじいですね。

先ほど例えばと書きましたが、ではもし、この三国時代に出ていた人々が、現在の日本や中国や韓国に生まれていたとしたら、この三国はどうなるでしょう。(特に、その国の首脳として生まれていたとしたらです)

必要以上に仲が悪くなるでしょう。過去世の業はそう簡単には直すことが出来ないからです。

しかし、仮にそのような時代の人々が、この世に輪廻転生して生まれて来ていたとします。

そうであるなら、そのような人々は、その過去世の業を清算するために生まれて来ているのであり、どれだけ仲の悪くなるような条件が揃っていたとしても、それでも仲良くやれるように努力しなければいけないのです。

そうしなければ自分たちの業は清算できないし、その業が清算できなければ自分たちの使命もしっかり果たすことが出来ないからです。

マァ、過去世の話はともかくです。仲の悪いままでは自分の使命は果たせないということです。

だから、仲良くやりましょうというお話でした。(なんじゃそりゃ。〔笑〕)

追伸…少し冗談半分のような書き方になりましたが、安倍総理が七十年談話を出される前に、なぜ私が諸葛孔明の「出師の表」を例えに出したのかお分かりですか?

ブログの本文に書いたそのようなことも、あるいは起きているのかもしれません。

それはともかく新し時代の文書とはこのようなものです。過去世の業もまじえ、いま行われていることの原因を説くのです。

全世界が唯心有神論になれば(法が拡がればということですが)今なぜこれだけ揉めているのか、その根本の理由も分かり、そうしてだから仲良くしなければいけない(業の清算という修行もありますので)ということも、よく分かってくると思います。

今起きていることは、いまだけの問題ではないのです。(だいたい過去世を引きずっていますので)

そのような問題を深く知るためにも法は必要なのです。

2 コメント

11月 01 2015

偏った心

昨日は堀川に行ったんですが、私が声をかけると魚がよく跳ねました。

最近は、私が庄内川ばかり行くので堀川の魚たち(いじけてか何か知りませんが。〔笑〕)声をかけてもあまり跳ねなかったんですが、昨日は久しぶりによく跳ねていました。

ずいぶん川面に魚たちが上がってきていたみたいで、あちこちでピチピチ、パチャパチャやっていました。

しかも跳ねている魚たちが、みな十センチ前後のあまり大きくない魚ばかりです。この魚たちはどうも私が春頃から撮っていた(二、三センチくらいだった)あのたくさんいた小魚たちのようでした。

その小魚たちが半年ほどでこれだけ育ち、その姿を私に見せてくれているように跳ねているのです。

「お前らずいぶん大きくなったじゃないか」とかいいながら動画を撮っていました。

川の魚たちとはいえ、それだけ育つとそれはそれで可愛いものです。その小魚だった魚たちが昨日はずいぶん跳ね、また水面に上がってきているようでした。

しかし、これだけたくさんいる魚たちもこれからグッと減ることになります。

今日から十一月ですが、ソロソロこの堀川にもカモメや鵜などがまたたくさん来るからです。

それを考えると、これだけ育ってうれしい反面寂しくもありますね。そのような自然淘汰的な面は必ずあるからです。

これはなにも魚たちばかりではありません。

これからは、あまりに反省が出来ない、我の強い偏った心の人たちはあの世に引き上げられていきます。(これも一つの自然淘汰です)そのような現象が、すでにあちこちで起きているのではないでしょうか。

この辺りもそうですし運転手連中もそうです。それにあちこちの会社の様子も変なのです。(もちろん私が歩いていて散々嫌がらせをされた会社です)妙に静かだったり、やたら怒っていたり、ずいぶん極端なところが多いのです。

もし、そのような会社内で何か恐ろしい現象が起こっているのなら、それは始まりにしかすぎません。悪かったことを反省し、そのような偏った心を直さない限り、その現象は現れ続けるでしょう。(早く反省しないと本当にやばいです)

今のようにアベノミクスでどれだけ手を打っても全然景気がよくならないのも、そのような偏った心が原因なのです。

トリクルダウン(富裕層が豊かになれば、その富が下にも流れて貧困層も豊かになる)理論が今の日本で通用しないのは、あのトリクルダウンは同じグラスを積んで、そうして行うから、あのようにシャンパンは下の杯にまで流れて行くのであって、上に積んであるグラスが大きかったのであれば、そのシャンパンは下にまで流れて行かないのです。

今の日本は、上からシャンパン(富)を流しても、その上にあるグラスが一番大きいのです。(しかもその大きさが並ではありません)それではシャンパンは下にまで流れて行かないでしょう。シャンパンには限りがあるからです。

その上にあるグラス(大会社)を小さくするか、穴をあけるかしない限り、シャンパンは下まで行かないのです。

だから景気がよくならないのです。どれだけ政府が富を流しても大会社が取れるだけ取って、そうしてその富を下に流そうとしないからです。(内部留保が過去最高などというのがそのよい証拠でしょう)

自分のところにためるだけためて、そうして、そのためきれなくなった分だけ下に流しているのですから、その流れてくる富はさほどではありません。それを二番手三番手の会社がまた同じように取れるだけ取ってしまうのですから、その富は下まで行くわけがないのです。

だから私は、大会社の下請けに払う金を値上してあげてはどうですか、といっているのに、トヨタなどまだ値下げしています。話になりませんね。

あの今問題になっているマンションなどの杭打ち偽装の問題でも、元々は資金やら納期やら、あまりに削りすぎているからではないのでしょうか。

あの問題でも、その業界の体質もあるのでしょうが、やはり上の会社があまりに富を独占しなければ、これだけ広く杭打ち偽装の問題が広がりはしなかったのではないでしょうか。

食品偽装もありましたが、これからは、このような偏った心が原因で起こす悪いことは、次々に白日の下のさらされ、その罪を償わなければいけなくなるでしょう。

そうして、この世では罪にならない強欲な行いなどは(先ほどの富の独占などそうですが)天に裁かれ、そのような企業家など、やはりあの世に引き上げられてしまうことになります。

正法の世とは、そのような神の心が大きく現れる時代であるからです。

あまりに偏った心の人は、正法の世にはいられないのです。(正法の心とは中道が基本であるからです)

そのような時代となったのです。これまでの考えを少し改められてはどうなのでしょう。

富がたくさん入ったのなら(自分のところの株主や従業員だけではなく)下の会社にも分配し、いい加減な仕事をしているところは、今のうちにそれを反省し、正しい仕事を行うようにするのです。

そうすれば、予想もつかないよいことがまた起きてくるのです。正法の世とは、そのようなよいことも悪いことも、これまでとは比べ物にならないほど激しい現れ方をする時代であるからです。(それは、これだけサイレンやら死ぬ人やら増えているのがそのよい証拠です。悪い心の人が多いからです。その悪い心が激しく現れているのです。それは天変地変も同じなのです。それを温暖化のせいにしていてはいつまでたっても異常気象は収まらないのです)

愛の心を現せば現すほど奇跡が周りに現れてきます。(それは私を見てもらえれば分かります。このように法を毎日のように伝えているお蔭で毎日のように奇跡が起きているのです)

少し心を中道に戻されてはどうでしょう。偏った心のままでは愛の心も慈悲の心も出て来ないからです。

偏った心のままではもう危なくて仕方がない、すでにそのような時代になっているのです。

(今日はまたずいぶん周りが静かです。どこかのマンションもどうしたのでしょう?一体この辺り何が起きているんでしょうか?〔汗〕)

追伸…今日、朝一度目を覚ましたのですが、すると私の布団の横に父の名刺が落ちていました。

「何でこんなところに親父の名刺が?」と不思議に思ったのですが、その後また寝てしまいました。

すると、父の夢を観たのです。

夢の中で父は私の前にでんと座り笑っていました。

私は手に数百万の手形を持っています。それを父に渡そうとしたのですが「それは母さんに渡しといてくれ」といって笑っていました。

そこで目を覚ましたのですが、その夢の意味は(多分ではありますが)私は生前父に借金をしていました。その借金を返そうとしたのですが、父はそれを受け取らず母に渡してくれといったのです。

私は、今まだ母に厄介になっています。だから父は、その金を母に渡してくれといったのでしょうが、父はそのような思いを今あの世で持っているのだなと思い、そうして、そのような心を持っているのなら父は天上界に行けたのだなと思いました。

そのような愛の心は地獄にいては持てないからです。(地獄にいるなら、それは俺によこせというはずだからです。だいたい地獄にいてあんなに笑っていられるはずがありません)

どうも天上界の父の姿、そうしてその思いを私は落ちていた名刺と夢で教えられたようです。

このように、この法を勉強していると、そのような亡くなった人(今回は父のことでしたが)のことまで教えてもらえます。

次々に奇跡が起き(これもまた奇跡なのでしょうが)気になっている人のことまで教えてもらえる、これ以上よい教えもありませんね。(笑)

2 コメント

10月 31 2015

恐ろしい現象を止める方法

しかし、昨日も凄かったですね。(悪魔軍団顔負けです。〔苦笑〕)

バカ柳…違いました一柳中学の生徒たちです。このブログを読んだ者がいたのでしょう。昨日も庄内川の帰り道、数人の中学生のグループと行きあいましたが、その連中にバカだのアホだの散々いわれました。

「こんな奴相手にしたくない」などといっている中学生もいましたが(平気でタメ口ですからね)それはこっちのセリフです。先に相手をしてきたのはそちらの方なのです。

散々こちらをバカにしておいて、それで相手にしたくないもないものです。まったく呆れますね。

こちらも「何だその口の利き方は」と叱りつけましたが、ヘラヘラ笑って聞きもしません。

道路を挟んだ向こう側には女子中学生のグループも歩いていましたが、そのグループも薄ら笑いを浮かべてこちらを見ていきます。そればかりか、その女子グループの中に母親とおぼしきオバちゃんまで混ざっているのです。

そのオバちゃんまで、こちらとのやり取りを止めるどころか、面白そうに見ながら薄ら笑いを浮かべて歩いて行くのです。ちょっとゾッとしましたね。(何か憑いているんじゃないですか、あのオバちゃん)

この学校に通っている連中は親子ともども礼儀を知らないようです。(マァ、悪いことを全部私のせいにして、そうして私のことを頭からバカにしているんでしょう)

そうであるならもう遠慮はいらないでしょう。

私が本物であるのか偽物であるのか(そうして正しいのか正しくないのか)このような人たちに証明してもらいましょう。私が本物であるなら、このような人たちに現象が現れるであろうし、偽物であるなら何も現れないでしょう。

親子でそのような(上の者を平気でバカに出来る不遜な)心であるなら、親子ともども直さないといけません。

では、それを天にきいてみることにします。

そのような態度が正しいのか正しくないのかを天に祈るのですから、これだけ公正な話もないわけです。人が裁くのではなく天が裁くからです。

私は、前回書いたようなことをこのブログに書けば、それを読む一柳の生徒もいて、それで反省して態度を改めてくれればそれでよいと思っていました。(態度を改めてくれれば祈る必要もないのですから)

だから学校名をわざと書いたのですが、この学校の連中はそれを反省するどころか、そのことを根に持ちよけい嫌がらせをしてくるのです。

そういう態度であるなら天にきかざるを得ません。では、遠慮なく祈らせてもらいます。

私としましては、また法の証明が出来てありがたいことであるからです。(これであの一柳中学の辺りにもしっかり法が拡がりますね)

しかし、この連中もそうですが、この辺りの他の人たちもそうです。

私が何度説明しても、それを聞こうとしない、悪いのはお前の一点張りです。

これではどうしようもないでしょう。もうこのような時代となれば、ほっておいても悪いことは起きてくるからです。(この前のウナッシーさんのコメントなどよい例ですが)

表面ばかりで誰も心の汚れを取ろうとしないのです。

正法の世となれば、そのような心の汚い人たちは順番にあの世に引き上げられて行くのです。それを私が何とか止めようとしているのに、悪いことを全部私のせいにして、私一人悪者扱いです。

これではいいことも起きないでしょう。

悪魔軍団も元気がありません。ところどころでキレるのですが、あとは静かなものです。もう前のように年がら年中の嫌がらせは出来ないようです。

それだけ恐ろしいことが連続して起きているからです。

運転手連中も同じなのではないでしょうか。ずいぶんブシュブシュも減ったからです。

しかし、嫌がらせをやめたから(少々減らしたから)と、それで恐ろしい現象が止まるのでしょうか?

止まっていないはずです。

悪魔軍団など見ていれば分かります。時々半狂乱のように怒りだすことがあります。あのような態度など現象が現れている証拠でしょう。それがこちらには断末魔の叫びのように聞こえてきます。

本当に哀れです。

その次々に現れる恐ろしい現象が、私が祈ることで止まるかもしれないのにです。

いつまで私を悪者にしているのでしょう。私を悪者にしている限り、その恐ろしい現象は止まらないのにです。

もし、その現象を止められる人がいたら連れてきてください。

この前の千日回峰行をされている坊さんにでも祈ってもらったらどうですか?その恐ろしい現象が止められるかもしれないからです。

しかし、やるだけ無駄でしょう。その恐ろしい現象はどれだけ高名な坊さんに祈られても止まらないからです。そちらが反省し、そうして私に悪かったと頭を下げ、そうして私が天に祈る以外止める方法はないからです。(嘘だと思いますか?嘘をいう者に奇跡など起きません。私は毎日のように奇跡が起きています)

自分のことを棚に上げ、いつまで私一人を悪者にしているつもりですか?

あなたたちが悪者にしている、その者しか、そのあなたたちを救える方法を知らないのにです。

0コメント

10月 30 2015

愛と慈悲の心

何か朝からこの辺り凄い雰囲気なんですが、それは無視してブログを書きましょう。

アメリカが中国の南シナ海に建設中の人工島周辺に艦艇を派遣したそうですね。

アメリカは、この南シナ海の航行を今後も続けるとのことですが、悪いのは中国の方なのですから、当然それはやるべきでしょう。いち早く日本もアメリカ支持を打ち出しましたが、これもまた当然のことであると思います。

米中は、細心の注意を払い会話も交えながらのこととはいえ、いつ偶発的な最悪な事態が起こるやもしれません。(誰もそのようなことは考えていないでしょうが、最悪の場合も当然考えなくてはいけませんから)

そうなった時に日本はどうするのでしょう。これもまた当然のこととはいえ、中国の背後をつき何らかの形でアメリカの援護射撃はしないといけないでしょう。(フィリピン、ベトナムなどアジアの国々と組んでです)

中国の暴走は止めないといけないからです。

マァ、そのくらいの気概で、明後日からの日中韓の首脳会議には臨んでいただきたいと思います。そうしないと中、韓にやられっぱなしで終わりそうだからです。

中国はすでに「歴史問題は避けて通れない」とプレッシャーをかけてきていますし、日中韓首脳会議の前日に(だから明日ですか)中韓の首脳会議を先にされるのです。

ということは、二国で組んで日本を(歴史問題などで)ボコボコにしようという魂胆は丸見えです。

中韓が、あまりに無理難題を吹っ掛けてくるようなら、そのような話に深入りせず早々に席を立つべきでしょう。(同じ国のこととはいえ)政治と経済は別なのであるし、中国は南シナ海や東シナ海の問題などあるからです。(そこらへんが中国の弱点のような気もしますが…)

アメリカが、この時期になぜ南シナ海航行を開始したのか?

元々アメリカはもっと早くから航行する気でいたとか、この前の米中首脳会談で習近平国家主席の横柄な態度にオバマ大統領が怒ってとか、いろいろいわれていますが、この日中韓の首脳会議も視野に入っていたのではないでしょうか。

アメリカは中韓があまりに歴史問題に固執して、日中韓の間で話が進まないことを懸念しているはずです。では、この会議の前に(直前に)そのような行為を行ったということは、この会議のことも念頭に入れてのことであったのではないかとも思えるのです。(だとしたら、そのカードは日本は使うべきであると思うのですが…)

どちらにしても、せっかく三国の首脳が顔を合わせるのです。実のある話をしていただきたいものです。

マァ、外交、防衛のシロウトの私が、あまりそちらに顔を突っ込んでもボロが出るだけでしょう。(笑)

お国のお歴々にそのような話は任せると致しまして、問題はこちらのことです。

いやはや凄い雰囲気です。(息が詰まりそうです)

何が起きているのか知りませんが、もし、起きる現象に拍車がかかっているのなら、詫びを入れたらどうでしょう。(私にではなく神にです)

どれだけ怒ろうが、わめこうが、静かにしようが、その現象は止まりません。

自分たちの行為を反省しない限り、その恐ろしい現象は止まらないのです。

それにもかかわらず、まだ嫌がらせをし続けている人たちがいます。本当に危ない行為です。もしかしたら、五十人、百人あっという間に癌になってしまうのかもしれないのにです。(…本当にそのくらいのこと起きてないですか。運ちゃんたち大丈夫ですか。〔汗〕)

もう少し神を畏れるべきでしょう。(本当にいつまで無神論やっているんでしょう。これだけいろいろ起きていてです)

傲慢な態度はやめ、少し謙虚な態度を取られてはどうでしょう。(神を畏れるなら、そのくらいの態度は取れるはずです)その方がよほど平和に暮らせるからです。

自分たちの意地や暮らしを守るためだけに、そんな傲慢な態度を取り続ける、これ以上の愚かな行為もないと思います。

神の心は愛と慈悲しかないからです。

その神の思いが、それ以上の間違いを犯させてはいけないという現象として現れているのです。いま起きている現象は、本当は恐ろしい現象なのではなく愛と慈悲に満ちた現象であるのです。現に神の心に叶った人には、そのような愛と慈悲に満ちた現象が現れているからです。

そのような神の愛と慈悲の心を早く知ることなのです。その愛と慈悲の心があるなら、くだらない意地や自分たちのことだけしか考えないような、狭量な考えなど出て来なくなるからです。

素直な心、相手を思いやる心、そのような心が多ければ多いほど幸福になり、そのような心が少なければ少ないほど不幸になります。

我の強い心を捨てられてはどうでしょう。そうすれば、よほど幸福になるからです。

(それは人も国も同じですけどね)

追伸…最近はよく庄内川に行くのですが、その帰りに中学生たちとよく会います。(下校する途中なのでしょう)

その中学生たちに私はよくバカにされるのですが、昨日もそうでした。数人の女子や男子中学生にバカにされました。

この中学校の生徒はもう何年も前から、私の姿を見かけると、そのような人をバカにする態度を取る生徒が多いようです。(他の中学の生徒もするにはしますが、この中学の生徒はダントツに多いですね。ここまでやってはいけないでしょう)

さすがに、これだけバカにされると法の流布にも支障をきたすように思います。(中学生にバカにされているような奴のいうことが聞けるかとです)

そうであるなら、祈らないといけないでしょう。だから、この中学の生徒たちをこれから徹底的に祈ることにします。それはご了承ください。悪いのはあなたたちの方だからです。

中学生があまり大人をバカにしてはいけないでしょう。その中学がどこの中学かははっきり書いておきたいと思います。

私が祈り、その中学がどうなるのか周りの人たちにも確認してほしいからです。

その中学校とは一柳中学です。

もし、このブログを読んでいる、その一柳中学の生徒がいたとしたら早く反省してほしいものです。法の流布のじゃまは、この世で一番悪いことであるからです。(大変なことになっているところもあるようですし)

とにかく、この辺りは悪い人が多いです。(法に対してという意味です)そういう人が少しでも減るよう私は祈り、法を説いて行くしかありません。

少しでも心を変えてくれる人が早く出てくることを願ってやみません。

(アメリカや中国、韓国の問題から中学生の問題まで、本当に幅広いですね。私のブログは。〔苦笑〕)

0コメント

10月 29 2015

最大の伝道者

キリストの弟子のパウロという人を知っている人も多いと思います。

この方はキリスト教最大の伝道者といわれ、キリストの一番弟子であったペテロよりも有名なのではないでしょうか。

しかしパウロは、キリストの十二使徒でもなければ直接キリストから教えを学んだわけでもないのです。それどころか、元々パウロはユダヤ教徒であり、キリスト教徒を迫害していたのです。

そのパウロがなぜキリスト教最大の伝道者といわれるようになったのか?

それは次のような奇跡がパウロに起きたからです。

それは「ダマスカスの奇跡」として有名な出来事なのですが(今のシリアのダマスカスは空爆と戦闘でとても奇跡が起きる状況ではありませんが)パウロは多くのキリスト教徒を迫害していました。

そのパウロがダマスカスに遠征していた時の話です。

ダマスカスのある場所で急に天から光が差しパウロを照らします。その時パウロ(この時パウロはサウロという名でありました)は「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」というキリストの声を聞いたのです。

不思議なことに、このキリストの声を聞いたとたんパウロは目が見えなくなります。

その見えなくなったパウロの目をあるキリスト教徒が癒します。

それからパウロは回心し(この時サウロからパウロと改名しますが、これが「パウロの回心」といわれるものです。〔または「サウロ回心」といわれます〕)キリスト教徒として命懸けでキリスト教を世界に伝え、数々の奇跡を現し、そうしてキリスト教最大の伝道者と後にいわれるようになるのです。

元々はユダヤ教徒であり、キリスト教徒を迫害していた者がキリスト教最大の伝道者といわれるようになるというのですから、ということはどれだけ悪い人でも回心するなら、このパウロのようになれるということです。(もちろん資質もあるのですが〔パウロは菩薩界の人です〕それでも本人の努力次第です)

いま悪いことをしている人がずいぶんいます。(法に対してという意味です)

法の流布のじゃまや私に対する嫌がらせなど、パウロの当時でいえばキリスト教徒に対する迫害と同じなのです。その人が自殺してもおかしくないくらいの嫌がらせをし続けているからです。

その当時、多くのキリスト教徒が迫害され殺されましたが、ということは、それと同じことを現代の人たちもしているのです。

キリスト教徒(これは正しい法を説いている人という意味です)に対する迫害は現在もあるということですが、その当時のキリスト教徒は、やはり私と同じように数々の奇跡を現したのです。

その当時(二千年ほど前です)はキリストが説かれたキリスト教だけが正しい法であったからです。

だから、その正しい教えを勉強し実践している人たちだけに奇跡が起きたのです。

その当時、他のユダヤ教などの教えは何の奇跡も起きていなかったのに、奇跡が次々に起きるキリスト教を認めようとせず迫害したのです。

まさに歴史は繰り返すですね。

正しい教えは一切認めようとせず、自分たちの考えがすべてであり(無神論にせよ、他の間違った宗教にせよです)どれだけパウロに起きたような奇跡が現れても(いま多くの人に現れている神の業は、パウロに現れた奇跡と同じような一つの気づきの現象なのです)それでも誰も回心しようとしないのです。

その奇跡を一人の者のせいにして怒っているだけなのです。

しかし、もし、当時のパウロが現在の多くの人々と同じ態度を取っていたなら、現在キリスト教がこれだけ世界に拡がっているということはなかったでしょう。(ということは、多くの人が救われることはなかったということです)

せいぜいイスラエル辺りで、そのような宗教をやっている人がいる程度にしかならなかったのではないでしょうか。

たった一人のパウロの気づきで、キリストの教えは世界に拡がったのです。

その一人になってみてはどうでしょうか?

この高橋先生、園頭先生が説かれた教えが正しいものである、キリストや釈尊と同じ教えを説いていられるのであるということは、私が証明しています。(奇跡を動画にまで撮っているんですから間違いないでしょう)

迫害者でも、そのような英雄になれるのです。(だとしたら、今生は英雄になれる人がたくさんいますね。〔苦笑〕)

回心されたらどうでしょう。回心し、この教えを真摯に勉強されるなら必ず奇跡は起きてきます。その奇跡と、この教えをパウロのように全世界に伝道されるのです。

そうすればパウロ以上の英雄になるのも夢ではないでしょう。パウロの世以上に今生は文化文明が発達しているからです。(それだけ伝道しやすいということです。例えばパウロたちはどこに行くにも歩いて行かないといけなかったのです。今は車があり電車があり飛行機があります。どこにでもあっという間に行けるのです。それにパソコンもあります。説いたことが即座に世界に伝わるのです)

無理して法の流布のじゃまを今日も続けている人たちがいます。(かなり無理しているのが分かります。〔ずいぶん元気がありませんので〕次々に恐ろしいことが起きているのでしょう)そのような迫害者でも回心するなら英雄になれるのです。

「ダマスカスの奇跡」はすでにそこかしこに現れています。

あとはもうそれにいつ気づくのか、そうしていつ回心するのか、それだけなのです。

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。